毒舌な日々
私の名前は猿渡哲子。
藤花女学園将棋部の部長を務める、高校3年生です。地元ではお嬢様学校だの何だのと言われていますが、この魑魅魍魎が集う将棋部をまとめあげて行くのは、なかなか大変なのですよ。でなければ、3年生になってまで部長など引き受けません。私が推薦入試だからいいようなものを、明らかに学業の妨害です。
さて……愚痴はこのくらいにしまして……。
「では、今月の定例会を始めます。10月6日に開かれる文化祭の……」
「はい、はい、はーい」
出ましたね……一番面倒な人が……。
「何ですか、幸子さん?」
「メイド喫茶やろッ! メイド喫茶ッ!」
ハァ……この人は、いったい何なんでしょうね……。
あ、部員紹介が遅れました。ひとりずつ紹介しましょう。
まず、このとんでもない提案をしてきたのは、甘田幸子さん。2年生です。将棋が強くなかったら、退部してもらっているほどの逸材……とでも言っておきましょう。正直なところ、この人とはウマが合いません。合わな過ぎて、逆にいいのかもしれませんが……。
「部長、聞いてる?」
「聞いていますが……文化祭は風俗ではありません。却下です」
「あのさ……他の部だって、変な企画してるところ、一杯あるじゃん。将棋部だからって、お高く止まることないんだよ。女子高生メイドと将棋を指せる喫茶店、1局500円ッ! 絶対儲かるッ! それで盤とチェスクロを買い替えて、本も一杯買おうッ! 決まりッ!」
あいかわらずのマシンガントークですね。
ここは流されないように注意しなければ。
「将棋部の品位に関わります。駒桜から何を言われるか……」
「何で? 別に負けたらピーッとかピーッとかするわけじゃないんだよ?」
……伏せ字にさせてもらいます。
「議題を変えましょう。……甘田幸子さんの退部に賛成の方は、挙手を」
「は?」
上級生に向かって「は?」とは何でしょうか……。
そもそも、常にタメ口なのが気になります。何度も注意しているのですが……。
「賛成致します」
おしとやかな声で人差し指を立てたのは、姫野咲耶さん。我が部のエースです。通称……おっと、これは言わないでおきましょう。姫野さんは、容姿端麗、品行方正。絵に描いたようなお嬢様で、実家は駒桜市の有力な家系と聞いています。成績も優秀でスポーツ万能。玉に傷と言えば、将棋に熱意があり過ぎることくらいでしょうか。
さて、姫野さんの一票に、甘田さんもさすがに慌てていますね。
「じょ、冗談だよね? あたしを首にしたら、団体戦の人数足りないよ?」
「人数は足りています。レギュラー以外にも、補欠は数人いるのですから」
「補欠なんか入れたら勝てるわけないっしょッ! 初心者ばっかなのにッ!」
そんなに慌てるなら、日頃の素行を正して欲しいのですが……。
まあ、いいでしょう。彼女がいないと勝てないのは事実ですし。
「冗談です。……他にアイデアは?」
「……」
ん、ないのですか?
こういうときはむしろ、1年生に発言して欲しいのですが……。
「鞘谷さん、横溝さん、何かアイデアは?」
このふたりは、今年度期待の新人です。
ショートカットのボーイッシュな方が、鞘谷さん。セミロングで前髪が異常に長いのが、横溝さん。対照的なコンビですが、仲は良いようですね。鞘谷さんはちょっと我が強過ぎるのと、校外でやたら特定の男子にベタベタしているのが問題でしょうか。横溝さんも、声が小さく、終始きょどり気味なのが気になります。
どちらを来年度の主将にするか……これも悩ましいのですよ。棋力とさばさばした性格から言えば、断然、鞘谷さんでしょう。しかし、恋愛スキャンダルなど起こされては、藤女の恥です。ここは男っ気のない横溝さんという手も……。
まあ、それは後々考えることにしましょう。姫野さんとも、要相談です。
「去年は何をやったんですか?」
それはいい質問です。鞘谷さん。
「去年は、将棋の指せる喫茶店をやりました」
「ほら、結局一緒じゃん。メイド服着てるかどうかだけだって」
「1局500円も取っていません。せいぜい飲み物と合わせて、250円。幸子さんの値段設定は、どう考えても高過ぎます。生徒会から目を付けられる虞も」
「大丈夫、大丈夫。生徒会の方は、姫ちゃんが睨んどけば黙るから。それに、500円出す価値のあるオプションも、ちゃーんと考えてあるんだ。聞きたい?」
聞きたくありません。次に移りましょう。
「ちょ! 無視しないでよッ! ちゃんと説明するってば。……1回勝つごとに、部員から『ご主人様、お飲物です』の台詞付きドリンクサービスっていうのは、どう?」
はて、それは、どこかで聞いたような……。
「え……それをお客さんに言うんですか……? メイド服姿で……?」
横溝さん、顔が赤くなっていますよ。
私としても、賛成できません。羞恥心以前の問題です。
「幸子さん、あまりふざけた提案はしないでください。それではキャバクラです」
「えー? 部長、キャバクラ行ったことあるの?」
「……議題を戻します。甘田幸子さんの退部に賛成の方は……」
「ああッ! もうッ! 真面目に提案してるってばッ! 何がダメなのッ!?」
何がダメかも分からないのですか……。将来が思いやられますね……。
「私はいいですけど、お客さんが来ます?」
鞘谷さんは、それでいいのですか……。
これは、主将候補を考え直し……。
「来るってッ! 絶対、来るッ! 藤女の文化祭はスケベな男子どもが押し寄せるし、その中には将棋部員も混ざってるんだから、100%釣れるッ! 間違いなしッ! しかもこの面子なら勝てるっしょッ!」
……確かに、面子的には大丈夫かもしれませんね。姫野さんと甘田さんのコンビに勝てる高校生は、駒桜市内に10人もいないはず……。
ただ……。
「問題はそこではありません。藤女の品位の……」
「品位とかないってッ! だいたい、去年もメイド喫茶したクラスあるんだから、今さらどうこう言われないよッ! 先例ありッ!」
「それは、甘田さんのクラスだったと記憶しておりますが……」
なるほど……姫野さん、情報ありがとうございます。
要するに、去年うまくいったから、将棋部で二匹目のドジョウ狙いですか。
ますますいけませんね……。しかし、これで反論が難しくなったのも事実。前例があるようなら、別の口実を……。
「『ご主人様、お飲物です』などと、男性に媚びたような台詞は、感心致しません」
その通りです。姫野さん。
「へえ、姫ちゃんは反対なんだ。……ま、そうだよね。何回も負けて言うの恥ずかしいし」
「……わたくしがその台詞を口にすることは、ありえません」
「何で?」
「……負けないからです」
あ、これは……まずい、姫野さん、落ち着……。
「え、負けないならいいじゃん。ほんとは、負けたとき恥ずかしいから反対してるんじゃないの?」
「……試してご覧になられますか?」
「姫野さ……」
「はい、決まりッ! 姫ちゃんが賛成したから決まりッ! 1年もそれでいいよね?」
「議論を勝手に……」
「姫野さんがオッケーなら、それで……」
な、何をしているのですかッ!? 鞘谷さんッ!?
「はい、3票入ったッ! けってーッ!」
こ、これは……さすがの私も、頭に血が昇りそうです……。
「でも、5人だとキツいんじゃ……せめて、もうひとりかふたり……」
よ、横溝さん、少しは反対の雰囲気を出してください……。流され過ぎです……。
「大丈夫ッ! 助っ人は用意するからッ! 衣装もあたしに任せてッ!」
「助っ人? 将棋が強い助っ人なんて、いるんですか?」
「いるッ! 大丈夫ッ! 全部あたしに任せてちょうだいッ!」
……ん、まさか、甘田さんの言っている助っ人というのは……。
議論はそのまま続き、終始甘田さんのペースに振り回されてしまいました。
……どうしてこうなった?




