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男前な日々

 おっす、オレの名前は冴島(さえじま)(まどか)

 今さら自己紹介する必要もねえし、さっさと将棋部に顔出すぜ。

 今日は1学期最終日だが……お、いるいる、暇そうな女どもがなあ。

「あ、円ちゃん、こん」

 部室(というか物置きなんだが)の端で将棋を指してるのは、同級生の木原(きはら)。将棋はよえーが、根はいい奴だし、ちゃんと部に顔出してくれてるのも高評価だぜ。

 まあ、うちは幽霊部員いないんだけどよ。その点でも珍しいよな。

 ちなみに、木原とオレはクラスメイトだ。たまに宿題手伝ってもらってる。

「冴島さん、お疲れさまです」

 そう言って下級生のオレに頭を下げてきたのは、大川(おおかわ)部長。ひとりしかいない3年生で、部の仕切り役だ。部長がいなきゃ、この部はとっくに崩壊してるな。灰汁の強い女が多すぎるんだよ。

「暑いなあ、クーラーつけてくんねえのか」

 オレは学ランの胸元をはだけながら、窓際に歩み寄った。

 すると、今年入った1年生の裏見(うらみ)が、携帯を弄ってるじゃねえか。

 何、見てんだ? 出会い系サイトじゃねえだろうな。

 オレが覗き込もうとしたところで、裏見は顔を上げた。

「あ、先輩、こんにちは」

「おっす……さっきから何してんだ?」

 裏見はオレに、携帯の画面を指し示す。変なサイトじゃないようだ。

「……ん、何だ、連盟のHPか」

 つまんねーもん観てるなあ。そう思ったが、口には出さなかったぜ。

「何かニュースでもあったのか?」

「今度の幹事会で、規約改正があるから、改正案に目を通してるんです」

「幹事会? おまえ、幹事じゃ……」

 そこまで言って、オレはハッとなった。ああ、あの件か。

「男女混合がどうとか言うやつか。……くだらねえ」

 オレの感想に、裏見は何も言わなかった。

 このへんが常識人だよな。部長に「勧誘ブースで賭け将棋を挑んできた1年生がいる」なんて言われたときは、どうしようかと思ったぜ。賭けはダメだ。男子将棋部は、それで解散になったんだからな。

 オレは、部室を見回す。……何だ、駒込(こまごめ)は来てねえのか。大方、期末が赤点ばっかで、職員室に呼び出されてるとか、そういうオチだろ。あいつ、マジで進級できるのか? こっちが心配になってくるぜ。

 ……まあ、いっか。これじゃあ、将棋も指せねえし、定跡書でも読んで……。

「ん、そうだ。ちょい、いいか?」

 オレはそう言って、裏見の携帯をもう一度覗き込んだ。

「何ですか?」

「HPのどっかに、『部の紹介』ってのがねえか?」

 オレが尋ねると、裏見はページを切り替えた。トップに戻る。

「……ありますね。これが何か?」

「今月は、藤女(ふじじょ)じゃなかったか? 暇つぶしに読もうぜ」

 オレの提案に、裏見はリンク先を押した。

 お、素直でいいな。規約とか読まなくていいんだよ。適当、適当。

 ページが切り替わり、オレと裏見は、窮屈な体勢でそれを覗き込む。

「お、やっぱりな。どれどれ……」



【2013年度 藤花女学園 将棋部】


《猿渡さん》


Q1 自己紹介をどうぞ


 猿渡(さわたり)哲子(てつこ)。3年生です。


Q2 渾名はありますか?


 てっちゃんと呼ぶ人もいますが、普通は哲子さんです。


Q3 将棋を始めたきっかけは?


 小学3年生のとき、父に教わりました。


Q4 得意な戦法は?


 得意というわけではありませんが、力戦型の方が好きですね。


Q5 尊敬する棋士は?


 武市三郎。


Q6 将棋のライバルはいる?


 特定の人はいません。


Q7 将棋以外の趣味は?


 水泳です。小学生のときからやってます。


Q8 好きな食べ物は?


 柑橘類。


Q9 嫌いな食べ物は?


 レバー。

 

Q10 今年の目標をどうぞ


 高校生活最後の年ですので、悔いの残らない将棋を指したいです。



「……無難だな」

「そうですね。猿渡さんらしいっていうか。水泳だけ意外な印象ですけど」

「インドア派に見えるからな」

 偏見って言やぁ、偏見か。彼氏もサッカー部だしな。

「この武市三郎って言う人は?」

 裏見は、プロにあんま詳しくないんだよな。オレも傍目(はため)ほどじゃねえがよ。

「筋違い角で有名なプロだぞ。クラスはずっと下だったけどな」

「なるほど……B級戦法繋がりってことですか」

 筋違い角って、B級か? B級って、もっと変わった戦法だと思うぞ。

 それにしても、なんかつまんねえよなあ。質問が普通過ぎるんだよ。

 もうちょっと人が知りたそうなこと訊きゃいいのに、編集がヒヨってるぜ。彼氏との馴れ初めくらい、訊いときゃいいんだ。

 ……ま、次に期待するか。どうせ、あいつだろ?



《姫野さん》


Q1 自己紹介をどうぞ


 姫野(ひめの)咲耶(さくや)と申します。2年生です。


Q2 渾名はありますか?


 ……特にございません。


Q3 将棋を始めたきっかけは?


 9歳のとき、習い事の一貫として。


Q4 得意な戦法は?


 どれもまだ二流ですが、強いて挙げるなら角換わり腰掛け銀でしょうか。


Q5 尊敬する棋士は?


 谷川浩司先生です。対局姿勢が素晴らしいと思います。


Q6 将棋のライバルはいる?


 男子では千駄(せんだ)さん、女子では駒込(こまごめ)さんを挙げさせていただきます。


Q7 将棋以外の趣味は?


 弓道と生け花を少々。


Q8 好きな食べ物は?


 日本人ならば、白米でしょう。


Q9 嫌いな食べ物は?


 生卵はどうも……。

 

Q10 今年の目標をどうぞ


 ひとつでも多く勝てるように精進致します。



「渾名は特にございません、って何だよ。正直に答えろよなあ」

「えーと……本人は知ってるんですか?」

「知ってるに決まってんだろ。絶対、甘田あたりから漏れてるぞ」

 まあ、そうは言っても、自分から言い難いのは分かるけどな。

 それより、尊敬する棋士が谷川浩司って、初耳だぞ。大山康晴とか言ってなかったか? 勝つことが全てと思ってるくせによぉ。なーにが対局姿勢だ。お嬢様ぶりやがって。本当にそう思ってるなら、対局中に殺し屋みたいな目をするの止めろよなあ。

 まさに二重人格……ん、そうだ。ひとつ思い出したぜ。

「ヤクザの血液型、何だと思う?」

 オレの質問に、裏見は携帯から顔を上げた。

「血液型ですか? ……知りませんけど」

「何型に見える?」

 裏見は、わけが分からないような顔をした。

 何だ? 血液型占いは信じてないタイプか?

「ABなんだよなあ。ちなみに、おまえBだろ?」

「……Aですけど」

 あれ? ……次いこうぜ、次。



《甘田さん》


Q1 自己紹介をどうぞ


 甘田(かんだ)幸子(さちこ)でーす。2年だよ。


Q2 渾名はありますか?


 さっちー、さっちゃん、かっちゃん……いろいろあるねえ。


Q3 将棋を始めたきっかけは?


 よく覚えてないんだよね。家にあった本で興味持った気がするんだけど。


Q4 得意な戦法は?


 コーヤン流三間飛車。


Q5 尊敬する棋士は?


 もち中田功!


Q6 将棋のライバルはいる?


 駒桜の円ちゃんかな。


Q7 将棋以外の趣味は?


 おしゃべりとテレビ。あとはニコニコ動画?


Q8 好きな食べ物は?


 塩せんべい。


Q9 嫌いな食べ物は?


 梅干し。すっぱーい。

 

Q10 今年の目標をどうぞ


 今年こそ彼氏を作るよ。

 

 

「ガハハ! 何が彼氏だ。おまえと付き合うなんて、どこの物好きだよ」

 ……ん、微妙に裏見の視線が痛いな。突っ込み過ぎたか。

 だけどよお、甘田と付き合いたい男とかいるのか? 中学のとき冗談で取ったアンケートの「クラスで腹パンしたい女」第1位だったぞ。他人のプライバシーに立ち入り過ぎなんだよなあ。節操がないっつーか……。

 まあ、オレは女だから、男子の好みはイマイチ分かんねーが……。

 とりあえず、頑張れー。応援はするが、協力はしないぜ。紹介したら、あとでそいつに恨まれそうだしな。

「そう言えば、先輩がライバルになってますね」

「ん? ……ああ、それはいつものことだからな」

「中学生のときからですか?」

 オレは黙って頷いた。こいつとライバルなのは、中学が同じだったことと、もうひとつ、棋力がそこそこ近かったこと。そのふたつが主な理由だ。姫野、駒込は強過ぎるし、辻姉は歳が離れ過ぎてた。他の女子は、ちょいと物足りねえ。

 でも、仮に裏見が昔から学生将棋に顔出してたら、裏見だったかもしれねえな。一番棋力が拮抗してるのは、ここだろう。甘田はなんだかんだで、オレよりちょい上だ。悔しいが、それは認めないといけねえ。オレの中では、

 

 姫野>>>駒込>甘田>オレ=裏見>猿渡=鞘谷>横溝>>>大川>木原

 

 こんな感じだな。観る専の傍目は除外。

 さーて、これで2年生は終わりだな。残るは1年生か。どれどれ……。



《鞘谷さん》


Q1 自己紹介をどうぞ


 鞘谷(さやたに)涼子(りょうこ)、1年です。


Q2 渾名はありますか?


 サーヤ。


Q3 将棋を始めたきっかけは?


 小学校5年生のときに、学校のイベントで覚えました。


Q4 得意な戦法は?


 横歩。


Q5 尊敬する棋士は?


 里見香奈さん。


Q6 将棋のライバルはいる?


 駒桜の裏見さん。


Q7 将棋以外の趣味は?


 趣味じゃないけど、剣道してます。


Q8 好きな食べ物は?


 チーズ。


Q9 嫌いな食べ物は?


 マグロの赤み。

 

Q10 今年の目標をどうぞ


 当面の目標として、秋季個人戦ベスト4です。




「お、裏見、ライバル認定されてるぞ」

「……そうですね」

 ん? 嬉しくないのか? ライバル認定って、要するに実力派ってことだからな。鞘谷あたりから指名されるのは、悪くないと思うが……。

 そのへんは、学生将棋歴が浅いから、分かんねえのかもしれねえな、裏見は。

「秋季個人戦ベスト4って、どれくらいですか?」

 裏見の質問。オレは首を捻った。

「男女別なら、オレでも狙える位置だぜ。当たりによるけどよ」

 1回戦でヤクザと当たったら、それで終わり。籤運って重要だぜ。

 1回戦でヨッシーあたりをぶっ飛ばして、2回戦で甘田を蹴散らせば、何とか……。だけど、駒込もいるしなあ……。1回戦は、同じ高校が当たらないように配慮される。だけど、2回戦からは別だ。普通に、駒込と当たる可能性がある。ヤクザと駒込が1回戦で潰し合ってくれると楽なんだが、なかなかそうもいかねえ。

「男女混合だと?」

 裏見は、真面目な顔でそう訊いてきた。

 男女混合ねえ……。何か議題にはなってるみたいだが、実現しないと思うぞ。まあ、仮定の話なら、いくらでもしてやれるんだが……。

「男女混合なら、相当きついな。会長、ヤクザ、駒込、スネ夫くんと目白押しだ」

「スネ夫くん? 誰ですか、それ?」

 おっと、知らねえのか。オレは慌てて言い直す。

駒北(こまきた)幸田(こうだ)だよ。見た目、スネ夫に似てるやつ」

 裏見は目を細めて、宙を見つめた。もしかして、会ったこともねえのか?

「……ちょっと分からないですね」

「そっか、じゃあ、次の大会で捜してみろよ。すぐ見つかるぜ」

「強いんですか?」

「ああ、駒北で一番強い。あと升風(ますかぜ)には、仏の久世(くぜ)さんもいるしな。久世さんは、男子の部でベスト4経験者だ。だから、男女混合でベスト4って言ったら、かなり厳しいぜ」

 オレの予想に、裏見はちょっと顔が曇った。

 まあ、層の厚さにうんざりしちまうのは、仕方がねえよな。そう甘くはないぜ。ただ、秋季の個人戦には出ない3年生も多いからな。狙い目っちゃ狙い目だ。

 オレたちは、最後のアンケートに移る。



《横溝さん》


Q1 自己紹介をどうぞ


 横溝(よこみぞ)良枝(よしえ)……1年生です……。


Q2 渾名はありますか?


 ヨッシー……恐竜じゃないです……。


Q3 将棋を始めたきっかけは?


 中1のとき……何となく……。


Q4 得意な戦法は?


 ないです……。振り飛車党です……。


Q5 尊敬する棋士は?


 藤井猛……。


Q6 将棋のライバルはいる?


 裏見香子ちゃん……。


Q7 将棋以外の趣味は?


 ぬいぐるみ集め……。


Q8 好きな食べ物は?


 豆類が好きです……グリンピースとか……。


Q9 嫌いな食べ物は?


 アイス……頭が痛くなるから……。

 

Q10 今年の目標をどうぞ


 とりあえず公式戦で勝ちたいです……。



「おまえ、ふたりからライバル認定されてるぞ。すげぇな」

 なかなかねえぞ、ダブル指名は。しかも、デビューしたてでな。

 だけど、裏見はあいかわらず、嬉しそうな顔をしなかった。

「んー、なんかマークされると、調子が狂いますね……」

「調子が狂う? 何でだ?」

「対策とかされちゃわないかなあ、と……」

 何だ、そんなことか。オレは汗ばんだ額を、袖口で拭った。

「そりゃ、しょうがねえよ。だいたい、対策はライバル以外でもするんだからな」

 それに、裏見は両刀使いなんだから、そこまで心配する必要ねえと思うんだ。甘田みたいに三間オンリーで頑張ってる奴の方が、相当苦労人だぞ。一種のマゾだよな。

「オレの直感だと、ヨッシーよりサーヤに注意だな。あいつの方がヨッシーより上だろ」

「そうですか? いまいちよく分かんないですけど……」

「おまえ、あいつと指して……ないのか」

 オレは、裏見が公式戦で4人としか指してないことを思い出した。春季団体戦の猿渡、新人戦のヨッシー、くららん、つじーんだ。少ねえなあ。これじゃ、対戦成績がどうこう言ってる段階じゃねえし、感触が分からなくても当然か。

「ま、秋も指してりゃ慣れるぜ。なかなか機会がないのは事実だけどよ。大会の休み時間を利用して30秒将棋するとか、いろいろ手はある。ネットも手だぜ」

「合宿はどうなったんですか?」

 ……そういや、どうなったんだ? オレも知らねえぞ……。

「さあな……まあ、この時期に決まってないなら、流れたんじゃねえのか?」

 オレは、適当に答えた。裏見は、納得したようなしていないような、微妙な顔をする。

「だいたい、こっからじゃ宿が取れねえだろ。明日から夏休みだぜ?」

 オレは席を立ち、裏見の肩をぽんと叩く。

「いっちょ指すか」

 こいつと個人戦で当たると、めんどそうなんだよなあ。

 今のうちに、苦手意識植え付けときたいんだが……どうなることやら……。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。

無事30万字を迎え、合宿編も終わりです。

これも読者の皆様のおかげかと思いますので、今後ともご贔屓にm(_ _)m


さて、どこまで続くのか……ということなのですが、2年生編まではやります(多分)。

作者の中では、駒込さんたちが卒業して最終回、という感じで構想しています。

というわけで、香子ちゃんは2年生に進級する予定です。

新1年生も入って来ます(既に候補者が出てたりするわけですが)。

ただそうなると、100万字〜120万字ペースなんですよね><

とりあえず、2学期、3学期を張り切って行きたいと思います。


捕捉ですが、作中に登場する不等式は、あくまでも冴島さん視点です。

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