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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第9局 どきどき合宿編(2013年8月12日金曜〜13日土曜)
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44手目 お泊まりする少女

 というわけで、やって参りました。

 合宿ですッ! 私は気合いを入れるため、合宿所の玄関で立ち止まる。

「おーい、裏見(うらみ)、入り口で突っ立ってんじゃねーぞ」

 私の肩を押しのけて、冴島(さえじま)先輩が割り込んできた。

 ととと、邪魔になってましたか。私は素直に道を開ける。

 後ろにつけていた甘田(かんだ)さんは、

「一時はどうなるかと思ったけど、(まどか)ちゃんのおかげで助かったねえ」

 と、笑いながら言った。

「1週間前に宿見つけろとか、頭おかしいだろ。どんだけ行き当たりばったりなんだよ」

「見つかったからいいじゃない。結果オーライなのよ、円ちゃん」

「オレが見つけたんだろ。女バレのツテがなきゃ無理だったぞ」

 冴島先輩の愚痴にもかかわらず、甘田さんはいつもの忍び笑いを浮かべた。

「というか円ちゃん、荷物それだけでいいの?」

 甘田さんはそう言って、冴島先輩の鞄を指し示した。

 私もそれは気になってた。だって学生鞄しか持って来てないんだもの。他の人は、旅行用の大きな鞄をぱんぱんに膨らませてるのに。

 冴島先輩は、溜め息をつく。

「あのな、1泊2日なんだぞ? 分かってんのか?」

「いやいや、そこは乙女の嗜みって奴でね」

 甘田さんは、ぽんぽんと鞄を叩く。

「嗜みで鞄が膨れるかよ。代えの下着と洗面具でいいだろ」

 え、それは色々足りてない気もするのですが。

 私が突っ込みかけたところへ、数江(かずえ)先輩が割り込んでくる。

「ゲーム機とか漫画とか、いろいろあるじゃん」

 ないです。さすがに呆れたのか、冴島先輩も反論しなかった。

 茶番をよそに、志保しほ部長は、合宿寮の入り口近くにある窓口へと向かった。私たちは玄関ホールで、ぼんやりと待機する。参加人数は、全部で10人。駒桜(こまざくら)からは、八千代(やちよ)先輩を除く全員。藤女(ふじじょ)からは、レギュラー5人。

 要するに、いつもの面子だ。

 歩美あゆみ先輩はかばんを床に置きながら、

「偶数人数なのは助かるわね。余りが出ないし」

 とそう呟いた。

 すでに将棋モードですか。やりますね。

 私は、

八千代やちよ先輩は、来ないんですか?」

 とたずねた。

「八千代ちゃんは観る専だから」

 そ、それだけ? ……まあ、指さなきゃ合宿の意味もないか。

 私が半分納得していると、志保部長が戻って来た。

「お待たせしました。部屋に移動しましょう」

 志保部長を先頭に、私たちは1階の和室へと通された。見るからに使い古された部屋。テレビもなければ、冷蔵庫もないような、ザ・合宿所って感じの空間だ。

 私たちは特に相談することなく、駒桜(こまざくら)スペースと藤女(ふじじょ)スペースに分かれる。

 さて、目的地にたどり着いたのはいいんですが、何をするんですかね? 将棋なのは分かるけど、トーナメントでもするのかしら? ……それは効率が悪いか。団体戦とか?

「えーと、それでは、各校代表から挨拶をさせていただきます」

 志保部長は、参加者の注目を集めた。自然と腰を下ろす部員たち。

 こういうときは、部長はほんとに頼りになる。

「まずは自己紹介をさせてもらいます。私は駒桜高校将棋部の部長、大川志保です。今回は藤花(ふじはな)女学園から、合宿へお誘いいただき、誠にありがとうございました。後期は男女混合など、いろいろと解決しなければならない問題もありますが、女子将棋部としても、精進していきたいので、よろしくお願いします」

 拍手。入れ替わるように、藤女の猿渡(さわたり)さんが立ち上がった。

 姫野(ひめの)さんが挨拶するかと思ったけど、違うのね。っていうか、志保部長と猿渡さんって、3年生なのに合宿とか来てて、大丈夫なのかしら。

 猿渡さんは眼鏡を直すと、酷く真面目な顔で挨拶を始めた。

「私が言いたいことは、大川さんが言ってくれましたので、手短に済ませます。今回は駒桜からのご参加、大変ありがとうございました。男女混合については、次回の臨時幹事会で決まる予定ですが、どちらに転ぶにせよ、駒桜の学生将棋の底上げが目標です。合宿についても、単なる親睦ではなく、個々人の棋力向上を目指したいと思いますので、気を抜かずにやりましょう。以上です」

 拍手。はい、これで面倒な挨拶は終わり。

 さっさと指しましょう。そのために来たんだから、腕が鳴るわ。

 場の雰囲気を感じ取ったのか、志保部長は早速準備に取りかかる。

「猿渡さんと話し合ったのですが、なるべくいろんな人と指せるように、工夫していきたいと思います。というわけで、最初は団体戦と同じように、藤花と駒桜の生徒がお互いに当たるようにセッティングします。猿渡さん、籤でいいですよね?」

 志保部長の確認に、猿渡さんは頷き返す。

「では、籤を用意してありますので、藤花から引いてください」

 おお、何と言う手際のよさ。

 私が感心する中、まずは猿渡さんが籤を引く。次に、姫野さんと甘田さん。最後に1年生の横溝(よこみぞ)さんと鞘谷(さやたに)さん。

「次に、駒桜が引きます」

 私たちも、学年順に籤を引いた。

 私の紙には、Cと書いてある。どういう意味かしら?

「アルファベットが同じ人同士で、対局をお願いします」

 めいめい、自分のアルファベットを口にする。

「Cって誰? 誰?」

 うッ……この声は……。

「わ、私です……」

「あ、香子(きょうこ)ちゃんなんだ、よろー」

 そう言って擦り寄ってきたのは、何と甘田さんだった。

 志保部長は、組み合わせを確認する。

「猿渡−駒込、鞘谷−冴島、裏見−甘田、姫野−木原、横溝−大川ですね」

「わーい、姫野さんと指せるよ」

 数江先輩は、両手を挙げて喜んでいる。

 姫野さんは……微妙そう。これって、姫野さんが1回損してるんじゃないの?

 指導対局にすらなっていないような……。

 まあ、横溝さんも志保部長とだから、微妙と言えば微妙か……。

 学校同士で、棋力差があるのよねえ……。

「では、盤を用意しましょう。ルールは、10分60秒でお願いします」

「え? 10分なんですか?」

 私は思わず訊いてしまった。志保部長は、申し訳なさそうな顔をする。

「はい、できれば夕方までに3回戦やりたいので、10分でお願いします」

 私は、腕時計を確認する。今は1時過ぎ。午前中から集まれば良かったのでは?

 首を捻る私を他所に、周りの人は盤と駒、それにチェスクロを用意し始めていた。

「ほらほら、こっちこっち」

 甘田さんが、にやにやしながら私を手招きする。

 うむむ……これは腹をくくるしかないわね……。

 私は、甘田さんの前に座る。盤駒は、彼女が用意してくれていた。

 チェスクロの時計を合わせながら、甘田さんは唇を動かす。

「香子ちゃんは、スケジュール調整とか大変だったんじゃない? 彼氏とかさあ」

 ……何を訊いてるんですか、この人は?

「え……彼氏とか、いないんで……」

「またまた、そんなこと言って、どうせいるんでしょ? ほら、彼とか」

 彼? 彼って誰? 脳内カップルですか?

「いえ……ほんとに……」

「おい、甘田、うちの裏見にセクハラすんな」

 Bの席に座っていた冴島先輩が、助け舟を出してくれた。

 これはありがたい。甘田さんも、肩をすくめて、それ以上は追及してこなかった。

 お互いに、黙って駒を並べる。

「じゃ、振り駒するよん」

 甘田さんはそう言って、歩を5枚、宙に放った。

 歩が4枚。あらら、甘田さんが先手ですか。どうしましょ。

「はい、それでは対局の準備が整ったようなので、始めてください」

 志保部長の言葉を合図に、みんなが頭を下げた。

「よろしくぅ」

「……よろしくお願いします」

 私は、チェスクロのボタンを押す。甘田さんは7筋に指を伸ばし、7六歩と突いた。

 私の3四歩に、甘田さんは6六歩。そう言えば、三間党なのよね。普通に指せば、相振り飛車になる展開だけど……。

 私は8四歩と突いた。

 

挿絵(By みてみん)


「ほおほお、居飛車にしてきますか」

 甘田さんは、大げさに首を捻ってみせた。

「両刀使いってのは、本当なんだね」

 ううむ、その言い方、止めて欲しいんだけど……。

 ちょっと恥ずかしいというか、誤解を招くというか……。

 まあ、それはどうでもよくて、この8四歩には意味がある。甘田さん相手に、ちょっと試したいことがあるのだ。

 甘田さんは、30秒ほど使って、7八飛と寄る。やっぱり三間飛車なのね。

 じゃあ、8五歩と突いて、角を上がらせましょう。

 7七角、6二銀、6八銀、4二玉、4八玉、3二玉、3八玉、5四歩、1六歩。

 おっと、打診して来ましたか。普通なら1四歩と突き返すけど、ここは……。

 

挿絵(By みてみん)


「おっとっと、もしかして穴熊模様?」

 甘田さんは5六歩と、中央を突き返す。私は5三銀。

 5七銀、2二玉、2八玉、1一香、3八銀、1一玉、5八金左、2二銀。

 はい、穴熊の完成です。最近は、ちょっと棋風改造で、穴熊も指すのよね。まあ、歩美先輩に毎回凹られてるからなんだけど。甘田さんに、うまい穴熊潰しの手順、見せてもらおうじゃないの。情報収集。情報収集。

 4六歩、3一金、3六歩、4二角、4七金、7四歩、4五歩、6四銀、4六銀。

 銀を4六に上げて、プレッシャーを掛ける形か。コーヤン流だっけ?

 左の守りが薄いから、もう攻めちゃいましょう。7五歩、と。

 

挿絵(By みてみん)


「はえー、税金も払わずに、いきなり開戦ですか」

 確かに、ちょっと早いかもしれない。6一の金も浮いてるし。ただ、これは7一飛成とさせないためで、意味がある。うっかりばらばらにしているわけじゃない。

 甘田さんは、10秒ほどで3五歩と突き返してきた。7筋の歩を放置は、すごく三間飛車っぽいわよね。7六歩、5九角に8六歩、同歩。手筋に突き捨ててから、私は3三角と出た。次に6六角があるから、甘田さんは当然7六飛。

 だけど、これには7五歩があるのよね。7五歩、と。

「ありゃー、飛車逃げられないね」

 甘田さんは、にやにやしながら3四歩と取り込む。

 7六歩、3三歩成、同銀。飛車角交換だ。こっち有利なんじゃない?

 私がそう思っていると、甘田さんは6五歩と突いてきた。

 これは……同銀は5三角ってことかしら?

 3二金、7五角成、6九飛は、6六歩で銀が捕まっちゃう……。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 かと言って、6四歩は同馬で受けになってないし……。

 なるほど、甘田さん、やるわね。仕方がないわ。5三銀と下がりましょう。

 私が銀を下がると、甘田さんは5五歩と追撃してくる。同歩、5四歩、同銀、5三角は、さっきと似たような展開。だから、放置して先に6九飛。

 5四歩、同銀と進み、そこで7五角が指された。

 4二金なら、5三角成とはできないけど……微妙に同角成とされそうなのよね。同飛なら5三金、同銀なら3二金か……。潰れないとは思うけど……。

 安全に行きますか。3二金、と。

「じゃ、とりあえず馬作りますよん」

 甘田さんはそう宣言して、5三角成。ここで6五銀と5二飛の二択ね。

 6五銀、7五馬、6六銀、7六馬、6七銀不成、7七馬……微妙に冴えない?

 5二飛、同馬、同金、8二飛、4二金右、8一飛成、8九飛成の方がいいかしら。

 んー、どっちも居飛車の形勢が良くないような。まあ、これは実験局だし、覚悟の上よ。がんがん行っちゃいましょう。5二飛ッ!

「ひゃー、ぶつけてくるんだ。取っちゃうよ?」

 同馬、同金に……1五角? これは読んでなかったわよ。

 まあ、それでも8九飛成だと思うけど。

 私がそう指すと、甘田さんは1分ほど考えて、4一飛車と下ろした。

 

挿絵(By みてみん)


 4一飛……意外なところに打たれた……。

 でも、これ放置で良くない? 6七角と打って、8一飛成に4九角成。同銀、同飛成は、先手終わってるような……。

 あ、でも6七角に、8一角成なんてしないか。5八歩よね。4五銀、同銀、同角成、4六歩に、どうしましょうか。3六桂は、1八玉で逃れてるし……。素直に3四馬と引く? そこで8一飛成なら、こっちも5一歩と打って補強。私は馬、甘田さんは素角だから、私の方が指せる気がする。

 うん、これでいきましょう。私はチェスクロを確認する。私の持ち時間が1分、甘田さんが2分。いい勝負ね。6七角、と。

「うーん、これ面倒なんだよねえ」

 甘田さんは、困ったような声を上げる。顔は笑ってるけど。ほんとに、強い数江先輩バージョンって感じ。将棋を楽しんでる雰囲気が、よく出ている。

 甘田さんは、貴重な残り時間を使い始めた。5八歩だとは思うけど……。

 私は、何だか不安になってくる。そして、その不安は的中してしまった。

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