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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第8局 はちゃめちゃ駒桜市名人戦(2013年7月23日火曜〜8月4日日曜)
44/295

39手目 ふくれる少女

 辻さんはノータイムで6四同歩。味付けを終えた私は、5四銀と食いちぎる。

 同歩に3二銀と放り込んで、私は一息吐いた。ここからが正念場だ。辻さんは4四金と逃げる。2三銀成に3六歩、1三成銀、3七歩成、同金寄、1三香、5一角と、読み筋が噛み合う。

 7二金と指されて、私は計画通り、6三歩と打った。

 

挿絵(By みてみん)


「やるわね」

 意味深な呟き。惑わされないわよ。そういうのは、歩美(あゆみ)先輩で慣れてるから。

 辻さんは、再度長考に入る。別の手を予想してたのかしら?

 もう一度、読み直しましょうか。

 後手がどう受けるかだけど……7一銀とか? 7一銀、4四角、同飛、6二金の打ち込みは、3六歩、7二金、同銀、6二歩成、3七歩成、同桂、3六歩、7二と、同玉、6二金、8二玉……これはイモ筋ね。6二金とか酷い手だわ。かと言って、8四角成は、同歩が詰めろになってない。

 もう終盤に突入してるわね。6二金、3六歩には、一回同金かしら? そこで……5五角と打ってみる? 8九飛、4六歩、7二金、同銀、6二歩成の攻め合いは、4七歩成、3七歩、3八と、同玉、4七銀、2八玉、3八金、1八玉、3六銀成、7二と、同玉……これは後手勝ちだわ。先手はもう受けがない。後手は詰まない。却下。

 だったら、5五角がかなり効いてるわね。5五角、8九飛、4六歩に、すぐ3七歩と受けましょうか。それでも4七歩成が厳しい。

「ま、こうかしら」

 辻さんが指した手は──

 

挿絵(By みてみん)


 あたたた、やっぱり7一銀か……一番嫌な手がきたわね。この局面、先手はおそらく4四角。同飛に6二金と重たく打って、後手は3六歩の勝負手。7二金、同銀、6二歩成、3七歩成、同桂、3六歩、7二と、同玉。ここで6二金は、さすがにダ……メ……。

「ん?」

 私は、小さく声を上げてしまった。

 辻さんが鼻歌を止める。

「どうしたの?」

「い、いえ……なんでもありません……」

 私はその場を誤摩化して、6二の地点に見入る。

 6二金、8二玉、7一銀、9二玉……7二金ッ!

 これが詰めろになってるッ! 3七歩成は?

 ……先手は詰まない。8五銀と桂馬を外しても、同飛がまた詰めろ。

 ってことは、これで勝ち? ……いや、違うわ。3六歩と攻め合わなければいいのよ。6二金に、5三銀ともう1枚打つ。7二金なら同玉として、6二歩成を阻止だわ。6二金、同銀上、同歩成、同銀、3三角成、5五角。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これなら後手もやれるはず。4四馬、同角、4二飛には、5三銀打の連結。先手は飛車を逃げるしかないけど、それは攻守逆転するわ。避けないと。

「案外に難しいわね」

 辻さんは、それを楽しむような口調で、また鼻歌を歌い始めた。

 私はリズムに流されず、読みを深めていく。

 6二金に5三銀打が面倒だってことは、辻さんも気付いてるはず。だったら、先にその地点を埋めちゃうのはどうかしら?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 敵の打ちたいところに打てよね。ここで3六歩とか? 同金、5五角、6二歩成、8八角成、7二と、同銀、6二金は……詰めろ? 8五銀、7二金、同玉、6二金、8二玉、7一銀、9三玉、7二金……これは勝てる気がしないわね。何か受けがありそう。

 6二歩成に、同金、同金、同銀、同角成は、7二金、4四馬、同角。これは五分……じゃないかも。4二飛が厳しい。8八角成、6一銀の引っ掛けで、終わってるっぽい。6三銀なら7二銀成、同銀、7一金。同玉は6二金から詰み。6二銀は7二金、同玉に、8二金、同玉、6二飛成の送りの手筋がある。最善は……8五銀? 7二飛成、9三玉と逃げて、微妙に捕まらない。

 ……あ、でも8六歩の犠打があるか。同銀なら8五金。むむむ……。

 私は一息吐くと、姿勢を元に戻した。かなり前のめりになってたみたい。

 5三金〜6二歩成が厳しいなら、さらに6一銀と受けてくるかも。ただ、それは3三角成が見えてるのよね。そこで3六歩は、さすがに無視して4四馬と取りそう。3七歩成、同桂(同金?)、5五角、同馬、同歩、2二飛、3六歩とか?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これは、いい勝負な気がするわね。っていうか、私のほうの感触が悪い。

 ということは、6一銀と5三銀を同時に防がないといけない。その手段はひとつ──

 私は時計を確認する。持ち時間は、私が5分、辻さんが3分。

 私は意を決して、4四角と取った。


挿絵(By みてみん)


「おっと、切ってきたわね」

 辻さんは私をちらりと見て、それから盤面に視線を戻す。同飛。

 私は金を摘み、それを5二の地点に置く。これなら、6一銀も5三銀も打てない。ただそうなると、後手は間違いなく攻めてくるのよね。

 ……上等よ。こっちも、すぐに潰れたりはしないわよ。

 辻さんの手は、おそらく3六歩、同金、5五角。そこで6二歩成、8八角成、7二と、同金、6二金が問題だ。これで後手が受かっているのかどうか。

 受かっているなら、4九銀と引っ掛けられちゃう。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 7二金、同玉、6二金、8二玉、7一銀、9二玉、7二金、3八銀成、同玉、6八飛、4八銀、2八金、同玉、4八飛成、3八歩、3九銀、1七玉、2八銀打、1八玉、1九銀成、同玉、2八金まで。……うーん、こっちの負けですか。

 4九銀に4八金打の受けなら、3八銀成、同金に、もう一回4九銀。今度は持ち駒に金がないから、4八金とは打てない。4七銀なら6八飛、3七金引なら、3六歩と叩く。これも後手が勝ちそう。

 私が苦悶する中、3六歩が飛んできた。

 厳しい……これは本当に厳しい……。

 私は同金以下を読み直す。5五角に8九飛車だと? ……4六歩、6二歩成、4七歩成、3七歩、3八と、同玉、4七銀、2八玉、3八金、1八玉、3六銀成、7二と、同銀、6二金、2八金打、1七玉、2七成銀……。詰むじゃない。

 私は、頭がくらくらしてきた。まずいかも。3六歩〜5五角の組み合わせが、予想以上に痛過ぎる。6三歩の時点では、こっちがいいと思ってたのに、反動がきつい。

 かと言って、受ける手も……私は、唯一の攻め合いの順を選ぶ。

 

挿絵(By みてみん)


 3七歩成、同桂、5五角。そこで私は、8九飛車と引いた。

 辻さんは、最後の長考に入る。鼻歌を止め、真剣な眼差しで盤を睨み始めた。

 多分、これが最善の粘りになってるはず。再度3六歩と打たれたら、7二と、同銀、6二金と寄る。3七歩成、同金に、辻さんがどう攻めるか。4六角とでもしてくれれば、同金、同歩に7一角で詰むんだけど……さすがにそれはないか……。

 辻さんは、最後の1分ぎりぎりまで読んで、3六歩と打ってきた。私は即座に7二と。こうなったら、時間攻めにするしかない。同銀、6二金。

 辻さんはさらに30秒ほど考えて、3七歩成。同金に……3六歩ときた。

 3回目の叩き。4八銀かと思ってたけど、そっちは何か不味かったのかしら? 7二金、同玉、6二金、8二玉、7一銀、9二玉、7二金なら、3七銀成、同玉、4六角で、こっちが詰んでたような……。

 まあ、いいわ。この歩も厳しいし、指されなかった手を読んでも仕方がないから。

 3六歩には、同金とするしかないわよね。金を動いたら、4六歩が激痛。

 ただ同金でも、やっぱり4六歩っぽい。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 7二金、同玉、6二金、8二玉、7一銀、9二玉、7二金は、4七歩成、3七歩、3八金以下の詰み。先に3七歩と打っても、やっぱり4七歩成が詰めろ。これを防げない。

 私は、チェスクロをちらりと見やる。残り時間は1分。私は同金と指す。辻さんは念入りに確認を入れて、4六歩。次の開き王手は見え見えだけど……5六金、4七歩成、5五金には、3八金、1八玉、5五歩が詰めろ。後手は、7一角、9二玉で詰まない。5六金に代えて単に5六歩なら、6六角と逃げられる。7二金、同玉、6二金、8二玉、7一銀、9二玉、7二金に、3八金、同玉(1八玉は1七銀、同玉、2八銀、1八玉、1七金まで)、4八角成、同玉、4七歩成、5九玉、5八金まで。

 詰みか……ふむ……。


 ピッ


 チェスクロが鳴った。残り4秒。

 私は、形作りをする。

 5六歩、6六角、7二金、同玉、6二金、8二玉、7一銀、9二玉、7二金、3八金。

 私はぷくっと頬を膨らませ、タメ息をつく。もう粘れない。

「……負けました」

 私は投了した。

「ありがとうございました」

 辻さんは澄まし顔で、首を45度傾けた。チェスクロを止める。

 終盤、ここまでいいところがなかったのはショック……どこがいけなかったんだろ。

「6四歩からの構想が悪かったですか?」

 私の問いに、辻さんは「うーん」と唸る。

「別に悪くなかったと思うわよ」

「でも、こっちにいいところが……」

「5二金とか捻らないで、いきなり3三角成でも良かったんじゃない?」

 5二金……あ、6一銀と5三銀を防いだところか。

 私たちは、そこまで盤面を戻した。そして、3三角成と手を変える。

 

挿絵(By みてみん)


「一目、5五角よね」

「4四馬、同角……8九飛車ですか?」

「逃げたら、6三金と取るかな」

 6三金……玉の脇腹が空いて怖いけど……4二飛には、6二角と受けるつもり?

 あるいはもっと手堅く、6二角打とか……次に7七角成でいいわけだし……。

「飛車を打っても、先手が良くないような……」

「飛車打ちに代えて6二金でも、同銀、同歩成、同金で堅いか……じゃあダメね」

 ととと、私はずっこけそうになる。

 ちょっと、マジメに読んでくださいな。

「どこかで7五歩が入ってれば、かなり違ったと思うんですけど……」

「うーん、入れるチャンスあったかなあ?」

「5四銀の直前とか?」

 私の提案に、辻さんは気の進まない顔をする。

「それだと、6五銀がきつくない?」


挿絵(By みてみん)


 うッ……確かに……。

「かと言って、それ以前に7五歩だと、展開が全然違うわよね」

「そうですね……5四銀の後だと、手抜かれて4六歩だと思いますし……」

 先手の駒組みに無理があったのかしら? そんな気はしないんだけど……。

「こっちはとにかく薄いから、生きた心地がしないのよねえ」

 私は、曖昧に相槌を打つ。

 負けてるから、どうにも突っ込みを入れられない。後手玉が薄かったのは事実。近くて遠い玉だったわね……。それとも、私の攻めの構想が悪かったのか……。

「じゃ、ありがとうございました」

 辻さんはそう言って、頭を下げた。

「ありがとうございました」

 15分60秒だけあって、あちこちで試合が終わり始めていた。感想戦の声。私はしばらくの間、盤を見つめる。もう少し、教えて欲しかったな……。

「香子ちゃん」

「うわッ!?」

 私は椅子から飛び上がる。これはもう定番だ。

「なんで驚いてるの?」

 歩美(あゆみ)先輩登場。

 もうちょっと前触れを持ってくれませんかね、前触れを。

 私は椅子に座ったまま、後ろをふりあおぐ。

「先輩、どうでした」

「勝ったわ。香子ちゃんは?」

 私は、正直に負けを伝えた。対戦相手の名前も。

「ああ、辻姉(つじねえ)に当たったんだ……ついてないわね」

 辻くんのお姉さんだから、辻姉?

 それって辻くん視点なんだけど、いいんですかね?

 普通に乙女(おとめ)さんとか呼べばいいような。

「辻姉くらいは吹っ飛ばして欲しかったかな」

 歩美先輩はそう言うと、対局の大雑把な流れを訊き始めた。

 細かいところを端折って、大筋だけを伝える。

「……難しいわね。相振りは私のレパートリーじゃないから……」

「まあ、なにか手はあったかもしれないんですけど……」

「……そうかもね」

 ずいぶんと淡白ね。

 私があきれていると、市立の制服を着た男子が現れた。

「げッ! あんたはッ!」

 なんと、松平(まつだいら)くんだった。

 松平くんは髪をさわりながら、

「おいおい、なんだよ、その反応は?」

 とタメ息をついた。

「……べつに」

 私はくちびるをすぼめて、そっぽを向く。こいつも来てたのか。

 そうか、これは市の大会だから、将棋部に所属してなくても出られるのね。

 結果は……訊くまでもないか。この様子だと勝ちね。しかも快勝してそう。

「なんだ? 俺の勝敗は訊かないのか?」

 うっさいわね。じゃあ訊いてあげますよ。

「どうせ勝ってるんでしょ?」

 松平くんは歯を見せてガハハと笑う。

「おう、小学生とおたがいにノータイム指しして、ぶっ飛ばしてきたぞ」

 お、大人げない。どっちが小学生か分からない。

 私があきれていると、歩美先輩がまた口をひらいた。

「香子ちゃんは、これからどうする? 帰るの?」

 うーん……帰るのは……もったいないかなぁ。

 他の人の将棋を観て、勉強したいところもある。

「昼くらいまでは、いるつもりです」

 私はそう答えた。

「そう。それなら好都合だわ。みんなでお昼にしましょう。他のメンバーもいるし」

 他のメンバー? ……ああ、姫野さんとかか。

「じゃ、適当に観戦しといて。まだ60人くらい残ってるし、飽きないわよ」

 ええ、そうさせていただきます。

 私が返事をするまでもなく、歩美先輩はどこかへ行ってしまった。

 あとには、なぜか松平くんがひとり。

「俺の対局、観に来いよなッ!」

 はあ? ……って言いたいところだけど、こいつ強いからなぁ。

 勉強にはなりそう。できればリベンジ戦といきたいところなんだけどね。

 まだ今の私じゃ勝てないかな。

「ま、気が向いたら……」

「おっし、気合い入れて行くぜ」

 はいはい、気合いでもエンジンでも入れてくださいな。

 私は松平くんを放置して、市民会館の入り口へ向かう。目指すは自販機。

 喉が乾いちゃった。

場所:2013年度駒桜市名人戦1回戦

先手:裏見 香子

後手:辻 乙女

戦型:相振り飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △3五歩 ▲6八銀 △3二飛

▲6七銀 △6二玉 ▲7七角 △7二玉 ▲8六歩 △3六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲8八飛 △3四飛 ▲2八銀 △4二銀

▲8五歩 △5二金左 ▲4八玉 △2四歩 ▲5八金左 △2五歩

▲3八金 △1四歩 ▲4六歩 △8二銀 ▲3七銀 △3六歩

▲2八銀 △1三角 ▲4七金左 △3三桂 ▲3七歩 △同歩成

▲同 銀 △3五歩 ▲3九玉 △4四歩 ▲5六銀 △4三銀

▲6五歩 △5四銀 ▲6六角 △6二金上 ▲7七桂 △7四歩

▲8四歩 △同 歩 ▲同 飛 △7三銀 ▲8八飛 △8三歩

▲2八玉 △1二香 ▲9六歩 △9四歩 ▲1六歩 △4三金

▲5五銀 △4五歩 ▲8五桂 △8四銀 ▲8二歩 △同 玉

▲6四歩 △同 歩 ▲5四銀 △同 歩 ▲3二銀 △4四金

▲2三銀成 △3六歩 ▲1三成銀 △3七歩成 ▲同金寄 △1三香

▲5一角 △7二金 ▲6三歩 △7一銀 ▲4四角 △同 飛

▲5二金 △3六歩 ▲6二歩成 △3七歩成 ▲同 桂 △5五角

▲8九飛 △3六歩 ▲7二と △同 銀 ▲6二金 △3七歩成

▲同 金 △3六歩 ▲同 金 △4六歩 ▲5六歩 △6六角

▲7二金 △同 玉 ▲6二金 △8二玉 ▲7一銀 △9二玉

▲7二金 △3八金


まで110手で辻の勝ち

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