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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第1局 うっかりお手並み拝見編(2013年5月6日月曜)
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3手目 勧誘する少女

 放課後のろうか。同級生たちが楽しそうに下校している。

 五月病にかかったようなひともいるけど、私には関係ない。

 憂鬱ゆううつと言えば憂鬱ゆううつ。だけどそれは季節の問題じゃないから。

 私はある人物を避けるため、下校にまで神経を尖らせていた。

 食堂でうどんをおごってくれた2年生、駒込こまごめ歩美あゆみ先輩だ。

 勝負は勝負ということで、私はうどんをおごってもらった。生卵のトッピング付きで。駒込先輩からは「なかなか図々しいわね」とのコメント。これだけなら笑い話で済む。問題はそのあと。駒込先輩は、私の勧誘をあきらめていなかったのだ。食事中も「将棋歴はどのくらい?」「普段どこで指してるの?」云々、いろいろとさぐりを入れてきた。私は全部テキトウにあしらって食堂を出た。

 ところが去り際に「じゃあ放課後、正門で待ってるから」という一言……ここまでくると怖くなってくる。私は聞こえなかったふりをして教室にもどった。私が「はい」と言わなかったのだから、約束としては無効だろう。とはいえ、わざわざ正門に向かうリスクを冒す必要もなかった。私は1年生の校舎を出て、裏門を目指した。

 散りきった葉桜の木漏れ日を抜けて、私は一目散。裏門には鍵がかけてあって、生徒の出入りは禁止されていた。けれど今日くらいは許してくれるだろう。柵が設けてあるだけだから、簡単に飛び越えられる。

 ……裏門が見えてきた。よかった、だれもいない。

 私が最後のダッシュをかけた瞬間、ふいに木陰から声がした。

「やっぱりこっちなんだ」

 聞き覚えのある声──足を止めて振り向くと、駒込先輩が立っていた。

 なんで? 正門で待つって言ったじゃない……嘘つき。

「先輩、どうしてここにいるんですか?」

香子きょうこちゃんのことだから、裏をかくと思ったの」

 い、いきなり下の名前にちゃん付けか。

 先輩は控えめそうに見えて、図々しい性格のようだ。

 そのへんは私とちょっとだけ似てるかも。

 でも、類友になる気はない。私は部活に入る気なんてないから。

「じゃ、私は急いでるので……」

「彼氏?」

 あきれた質問。そんなこと訊いてどうする気なの。

 正直に答えるのも癪だけど、嘘をついてもあとが面倒だ。

「……違いますけど」

「じゃあ、1局くらい指してちょうだい」

 1局? 将棋を指すために待ち伏せてたの?

 なんて執念。

「それは、どういう立場で言ってるんですか? 上級生の絶対性?」

「べつに立場なんてないけど……ただ、指して欲しいだけ」

「私は指したくありません。お先に失礼します」

 私は先輩のまえを通り過ぎようとした。

「今日じゃなくてもいいわ。指してくれるまで、声をかけるから」

 あのさぁ……ストーカーとののしられても、文句は言えないと思う。

 先生に相談しようかしら……でも部活の勧誘だし……犯罪じゃないから……それに、賭け将棋の話を持ち出されたら、私まで怒られちゃいそう。

「……じゃあ、1局だけ」

 さっさと指して帰ろう。単なる将棋マニアなのかもしれない。指せば満足してくれるだろう。私はそう思い込むことにした。

 私の返事にもかかわらず、駒込先輩は表情を変えなかった。

 少しくらい、うれしそうな顔してくれてもよさそうなのに。

 先輩は、

「あっちに座る場所があるから」

 と言って、桜並木の下にある石造りのベンチへ案内した。

 花見のときにしか使わないのか、だれもいない。ベンチなのに苔が生えている。

 私はスカートをそろえて座り、駒込先輩をみつめた。

 なんかおかしい。先輩、鞄もなにも持っていない。

「先輩、盤と駒はどこですか? 私は持ってませんよ?」

「それはもうすぐ来るわ……っと、うわさをすればなんとやらね」

 駒込先輩はそう言って、視線を私のうしろへ伸ばした。

 私も釣られてふりむく。

 学ラン姿の少年が、こちらに手をふっていた。

「おー、わりぃわりぃ、ちょっとダチに呼び止められてなッ!」

 ほほに絆創膏ばんそうこう。学ランの前をはだけて、胸にさらしを巻いている。大昔の番長のような出で立ちをしていた。彼の右手には木刀ぼくとう

 えぇ……そんなもの、持ち歩いていいの?

 少年は私たちの前で立ち止まった。

「よお、駒込、こいつが例の女か?」

 少年は珍しいものでも見るかのように、私の顔を覗き込んだ。

 珍しいのはあなたでしょ、と私は警戒した。

「おっと、そんな怖い顔するなって。せっかくコレを持って来てやったんだからさ」

 少年は鞄をあけて、将棋の盤と駒をとりだした。盤はビニール製だった。

 なるほど、これなら持ち運びも便利なわけね。駒も樹脂製だった。

 外見は怖そうだけど、案外いい人なのかしら。

 私はしどろもどろになりつつも、

「そ、それじゃあ、私は時間がないんで、早く指してもらえませんか?」

 と駒込先輩に頼んだ。ところが先輩は席を立った。

 そしてその場所に、学ラン少年が座った。

 え……これってもしかして……。

 駒込先輩は平然としたようすで、

「香子ちゃんと指して欲しい相手は、この子よ」

 と告げた。少年は笑顔で、

冴島さえじまだ、よろしくな」

 とあいさつした。

 いやいやいや、意味がわからない。

「駒込先輩と指すんじゃないんですか?」

 先輩は首を左右にふった。あいかわらずの無表情だ。

 サエジマと名乗った少年は、にやにやしながら盤を広げ始めていた。

「ま、物事ものごとには順序ってもんがあるだろ。まずはオレと指してみ」

 話がちがうッ! これじゃ2局指すことになっちゃうッ!

 やっぱり譲歩したのが間違いだった。

 うぅ。もう、めちゃくちゃ。入学2ヶ月目でこんな不幸に見舞われるなんて。

 サエジマくんは、

「ほらほら、時間がないんだろ。早く並べろよ」

 と催促してきた。

 サエジマくんはすでに駒をならべ始めていた。私も仕方なくならべる。

「中学のときに将棋部だったとか?」

 唐突な質問をしてくるサエジマくん。

「いいえ」

 私はそっけなく答えた。

「そっか、だったらうちに入れよ。かけ持ちだってできるしな。オレみたいに」

 この男子、馴れ馴れしいなあ。部活のかけ持ちなんて、物好きしかやらないでしょ。

 私は無視して駒をならべた。

「さてと……」

 サエジマくんはポキポキと指を鳴らす。私は横目でこの少年を観察した。

 ……この学ラン、どこで調達したのかしら。

 うちはブレザーで、選択はできなかったはず。現に学ランの生徒は初めてみた。

 これじゃ何年生かも分からない。

「オレもこのあと、応援団の練習があるんだよ。だから30でどうだ?」

 30? なんのことだろう。30円賭けようって意味かしら。金額が微妙すぎる。

 私が首をかしげていると、サエジマくんは両眉を持ちあげた。

「なんだ、30は嫌か? じゃあ60……ん、もしかして10秒将棋?」

 10秒将棋と聞いて、私はようやく合点がいった。

 一手を何秒以内に指すのか、それを相談しているわけだ。

「何秒でもいいですけど……どうやって測るんですか? 駒込先輩が時計で?」

 私の発言に、サエジマくんは爆笑した。

 なに、なにがおかしいの?

「ハハッ、どういうギャグだよ、おまえ、面白いな。気に入ったぜ」

 ギャグを言ったつもりはないんだけど。

 私が困惑していると、サエジマくんは鞄のなかから、濃紺の時計を取り出した。

 2つの液晶画面に、2つのボタン。

 なんだろ、これ?

「んじゃ、30秒な。60は長引くし、10じゃ力試しにならないんでね」

 サエジマくんは、液晶画面の下にあるボタンとダイヤルを回した。

 そしてそれを盤の横においた。

「それじゃ、先後を……」

「ちょ、ちょっと待ってください……これ、なんですか?」

 私は時計のような代物しろものをゆびさす。

 サエジマくんはびっくりして、

「なにって……チェスクロだろ?」

 と答えた。

「チェスクロ?」

「そうだよ、チェスクロだよ……おまえ、知らないのか?」

 知ってるわけないでしょ。こんなの、日常生活で一度も見たことがない。

 私は首をふった。駒込先輩が会話に割り込んできた。

「あなた、どこで将棋を覚えたの? ネットオンリー?」

「私はネットじゃ指しません」

「じゃあどこ? 道場に通ったことがあるなら、チェスクロは知ってるはずよ」

 それはプライバシーでしょ。

 とはいえ、秘密にするようなことでもなかった。

「おじいちゃんに教えてもらったんです」

 駒込先輩は納得顔で「そう……」とだけ呟いた。

 もっと踏み込んだ質問をされるかと思ったけど、なんか調子狂うなあ。

 憮然ぶぜんとする私に、駒込先輩はこう教えてくれた。

「チェスクロの使い方は簡単よ。自分が指したら上についたボタンを押すだけ。液晶画面に消費時間が表示されるの。残りが5秒を切ったら、音でも教えてくれるわ」

 そう言って先輩は、サエジマくんに目配せする。

 サエジマくんはポンとボタンを押した。

 1、2、3と数字がどんどん増えて行き、26からピッという音がなる。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ──そこで数字が止まった。

「最後のピーッっていうのが、残り2秒の合図。鳴りやむ前に指さなかったら負けよ」

 将棋にこんなハイテク機器があったなんて。

 おじいちゃんの家には、こんなのなかった。

 私が妙に感心していると、ふたたび駒込先輩が口をひらいた。

「うちの女子将棋部は部員が少なくて、今は5人しかいないの。この子が2番目に強いから、ちょっと腕前を見せて欲しいんだけど……」

 まあそうでしょうね。そもそも将棋部のある学校自体少ないし、ましてやそれが女子将棋部ともなれば……ん? なんかおかしくない?

 私は駒込先輩を見あげた。

「女子将棋部に男子が入れるんですか?」

 女子将棋部しかないから男子もそこで、っていうオチかしら。

 私が首をひねっていると、サエジマくんは目のまえで顔を赤くした。

 女の子に混じって指すのが恥ずかしいのは分かるけど、ちょっとかわいい。

「あのな……オレは女だ……」

「へ?」

 今のギャグ? 私がぽかんとしていると、駒込先輩が、

まどかちゃんはこう見えても、正真正銘の女子高生よ。心配しないで」

 と言った。

 うっそッ! ほんとに女子なんだッ!

「こう見えても、は余計だろッ!」

 私はもう一度サエジマさんを観察する。

 どう見ても同性とは思えない。そのへんの男子よりイケてる。

 私の視線に気づいたサエジマさんは、ぽんとひざを叩いた。

「いいから、さっさと指すぞッ! オレは時間がないんだッ!」

 それはこっちの台詞。

 こんな茶番、さっさと終わらせちゃいましょ。

「じゃ、振り駒いくぜ」

 サエジマさんは歩を5枚集めて、両手で軽く振ってから盤上に放り投げた。

「……歩が5枚か、幸先いいぜッ!」

 そんなの32分の1の確率で出るでしょ。表か裏なんだから。

 ……ん、それとも先手を引いたことを言ってるのかしら?

「じゃ、オレが先手な」

 そう言ってサエジマさんは腕まくりをした。

 えーい、ままよ。私も思わず気合いを入れる。

「「よろしくお願いしますッ!」」

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