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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第7局 どたばた幹事会編(2013年7月23日火曜〜8月3日土曜)
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33手目 会議する少女

 幹事会当日。会場は市民会館かと思いきや、升風(ますかぜ)の校舎だった。

 3年生の教室に案内された私と志保(しほ)部長は、隅っこの方に腰を下ろす。私としては、もうちょっと真ん中がいいと思うけど、ここは部長に合わせた。目立つのも損だしね。

 全6校から代表が2名。だけど全部で12人というわけじゃない。どうやら連盟の役員も来ているらしい。壇上にいる千駄(せんだ)会長を中心に、大会で見た人たちが話をしていた。

 私は黙って、開会宣言を待つ。

 最後の役員が到着したところで、千駄会長が口をひらいた。

「今日は夏休みにもかかわらず、おつかれさまです。これから臨時幹事会を開催します」

 書記らしき男子が、黒板に『男女混合棋戦について』と、なかなか流暢な文字で書いた。室内の空気が、にわかに強ばった。他の学校も、これを重要な議題と見ているらしかった。

 私は姿勢を正し、千駄会長の司会に耳をかたむけた。

「この議題については、先月の段階で各校に通知があったと思います。幹事会では5月初頭から話し合っていたテーマです。内容は繰り返しません。今日は各校の意見交換にしたいのですが、それでよろしいでしょうか? 採決は次回ということで」

 誰も異義を唱えない。千駄会長は厳かに頷くと、先を続けた。

「では、意見のある学校から、どうぞ」

 部屋の中央で手が挙がった。

猿渡(さわたり)さん」

 猿渡さんは眼鏡を直しながら席を立ち、ぐるりと教室を見渡した。

 どこかしら挑戦的なところがある。

藤花(ふじはな)女学園の立場を明らかにさせてもらいます。本校は、男女混合棋戦に賛成です」

「それは個人戦、団体戦ともに、ということですか?」

 千駄会長の確認に、猿渡さんはうなずきかえした。

「まずは現行制度の不備について指摘します。現行制度は、男子の部、女子の部と言いながら、実際には男女混合の部と、女子の部に分かれています。連盟規約にも、『団体戦男子の部については、女子会員の登録を認める』とあり、現に去年までは升風の(つじ)乙女(おとめ)さんがレギュラー入りしていました。これでは男女に区別している意味がありません」

 ここは部屋のすみからつっこみが入った。

「団体戦に限っては、だろ?」

 猿渡さんは、そちらをじろりと睨む。

「もちろん今の理由付けは、団体戦にしか当てはまりません。次に個人戦に移らせてもらいます。個人戦の形式は、新人戦と同じトーナメント形式です。新人戦について問題が発生していない以上、個人戦についても同じことが言えるはずです。ですから当方としては……」

「異義あり」

 突然、入り口の近くに座っていた男子が、手を挙げた。

 千駄会長は、ちらりとそちらを見た後、首を左右に振った。

「発言中は、割り込み禁止です」

「今の論点について意見があります」

 注意されたにも関わらず、男子は引っ込まなかった。

 制服を見る限り、どうやら清心の学生のようだ。幹事なのかどうかは分からない。

 千駄会長は猿渡さんに向き直ると、調整を始めた。

「猿渡さん、その先が長引かないようなら、ひとまず論点を整理しませんか?」

「ええ、私は構いません。ひとつずつ潰していきましょう」

 発言者の同意を得た会長は、さきほどの男子に目で合図した。

 男子は席を立った。

「個人戦と新人戦についてですが、両者を同列視するのは無理です。新人戦は人数が少ないので、男女混合が成り立っているだけです。個人戦に関しては、うちの試算によれば、1回戦多くやらないといけないことになります。それは無理だと言うのが、うちの意見です。以上」

 男子は簡潔に発言を終え、席についた。

 この反論に関しては予想通り。志保部長が昨日、説明してくれたから。

 けれども、猿渡さんも負けてはいない。

「私の計算によれば、男女混合の総参加人数は、およそ60人前後です。劇的な増加がない限り、6回戦で終了。となれば、個人戦1日目に3試合、2日目にも3試合やれば、問題は片付きます。2日目に2試合だけという縛りは、必要ありません」

 猿渡さんは説明を終えた。再び清心の男子が手を挙げる。

 千駄会長は、黙って論争を続けさせた。

「2日目3試合ということは、決勝ラウンドをかなり疲れた状態で戦わないといけません。それは将棋の質が落ちますし、後片付けや表彰式も考えると、スケジュールに無理があります」

「疲労で決勝ラウンドの質が落ちるというなら、新人戦はどうなるのですか? 1日3試合どころか、4試合なのですが?」

「新人戦はしょうがないですよ。優勝しても上位大会に出られるわけじゃありません。市代表のかかってる個人戦とは別です。それに、あの日の決勝戦だって、4局指した(つじ)くんの負け、3局指した裏見(うらみ)さんの勝ちなんです。このあたりの公平性は前から問題になっていたでしょう」

 ムッ、その言い方はなんかむかつく。

「辻くんが裏見(うらみ)さんに負けたのは、疲れていたからだと言うのですか? あの将棋を観て、そういう感想は抱けないと思いますが? あれは裏見さんの実力勝ちです」

 ま、まあね……振り飛車党だと誤解させる作戦ではあったけど……。

 私は気まずくなり、ちらりと教室内に目を通した。辻くんは……いないのか。代わりに蔵持(くらもち)くんが来てるわね。もしかして千駄会長、辻くんの将棋に話が及ぶのが、あらかじめ予想できてたとか? この人なら、ありえそう。

 どうも各校それぞれ、綿密に用意して来たことだけは察しがついた。

 議論は続く。猿渡さんの反論。

「全国大会でも決勝ラウンドが3試合目、4試合目ということは、決して少なくありません。県大会でもそうです。全国大会でも1日に3、4局指すのが普通です」

「それは規模が大き過ぎるからですよ。駒桜(こまざくら)市が倣う必要があるとは思えません。個人戦決勝は市の代表を決めるんです。ベストコンディションで望ませたほうがいいです」

 うーん、水掛け論になってませんかね? 猿渡さんは、可能かどうかの話を、清心は、すべきかどうかの話をしてて、なんとなくすれ違っていると思う。

 ただ1日3回将棋を指せないようでは、体力不足と言わざるをえず──

 猿渡さんたちも若干不毛だと思ったのか、討論を打ち切った。

 千駄さんは、他の面子に目配せする。

「この論点について、他に意見は?」

 猿渡さんのそばで手が挙がった。駒北(こまきた)の男子だ。

 見るからにキザそうな少年。前髪が特徴的で、失礼な言い方だけど……スネ夫っぽい。

幸田(こうだ)くん、どうぞ」

 指名された男子は、気取った立ち方をした。そして前髪を掻きあげる。

 なんなんでしょうかこの人は? お笑い担当ですか?

「正直なところ、決勝が3試合目かどうかなんて、大した論点じゃないと思うんだよね」

「幸田くん、今の論点と関係ないなら、後にしてもらえませんか?」

「いやいや、関係あるよ。論点の重要性について指摘してるんだから」

 んん、これは若干、論点ずらしな気がしますが……さて……。

 千駄会長は、再び会場を見回した。

「今の論点そのものについて、意見のある人は?」

 沈黙。誰も手を挙げない。

「なら、幸田くんの意見を聞きましょう。君は、どの論点が重要だと思いますか?」

「やっぱりクジだよね。1回戦で男子の強豪と女子の強豪が当たった場合、どちらかは市代表から陥落になっちゃうだろ。それって良くないと思うんだ。駒桜市が男女混合でも、県大会は男女別。上位2名を男女問わず派遣、はできないよ」

 ん……この論点、覚えてるわよ。

 1回戦で千駄vs姫野(ひめの)になったらどうするんだ、って奴よね。

 確かに、そういうカードができる可能性は、普通にあると思う。

 ここで清心の男子が、

「そうだ、うちもそれは懸念してた」

 と便乗した。さっき言わなかったでしょ。

 さらにべつの知らない男子が、

「それは現状でも同じことなんじゃないか? クジ運はどうしてもある」

 とコメントした。

 幸田くんは、やれやれと肩をすくめてみせる。

「違うんだなあ。確かに現行のトーナメントでも、強豪同士が1回戦にぶつかる可能性はあるさ。でもね、例えば、男1>女1>女2>男2という序列があって、1回戦が男1vs女1と男2vs女2になったとするだろう。で、女1が初戦敗退、女2が二回戦進出で、市代表獲得。これを懸念してるんだよ。こういう問題は、男女別のときは起こらないんだ」

 ……あ、分かった。なるほどね。

 女子強豪が男子強豪に潰されるのを懸念してるわけか。

 例えば、千駄>姫野>裏見>辻で、1回戦が千駄vs姫野、裏見vs辻。

 これで姫野先輩が1回戦敗退、私が2回戦進出だと不公平感が出る。

 そうなると……やっぱり別の方がいいような……。

 志保部長、この論点に気付かなかったのかしら? 私も人のこと言えないけど。

 猿渡さんも、やや苦しそうな顔をしている。ただ彼女の場合は、気付いていなかったというよりも、気付かれて欲しくなかったって感じね。このスネ夫くん、なかなかやる。

「というわけで駒北は、個人戦に関しては反対しておくよ。以上」

 そう言って、スネ夫くんは腰を下ろした。両腕を組んで、椅子を傾げている。

 ざわつき始めた教室を、千駄会長が収めにかかる。

「個人戦について、他に意見はありますか?」

 誰も手を挙げない。スネ夫くんの発言が、決定打になってしまったらしい。

 猿渡さんには悪いけど、個人戦=市代表決定戦なら、こうするしかないかも。

 私に投票権があるなら、個人戦に関しては、反対票を投じてると思うから。

 決着を感じたのか、千駄会長が議事を再開する。

「団体戦については、どうでしょうか? 今のは個人戦限定の話でしたが?」

 そう、ここからが難しいわよ。団体戦は総当たりだから、さっきのスネ夫くんの懸念は払拭されてる。あれはトーナメントでしか起こらない問題。

 三たび猿渡さんが挙手する。

「猿渡さん、どうぞ」

「団体戦については、男女混合でなんら不利益が生じないはずです。現状、4校で総当たり3回戦。同率首位が出た場合は2日目を用意するという、かなりイレギュラーな形式になっています。むしろ全6校の5回戦がいいと思うのですが」

 そっか……男子の部がどうなってるか知らなかったけど、そういう仕組みなんだ。総当たりと言っても、3回戦までしかないのね。でも2つ試合を増やすのって可能なのかしら?

 私がいぶかっていると、同じような異義が出された。今度は天堂の人だ。

「全3試合と全5試合は、運営の労力がかなり違うと思うぞ」

「その点については、これまで女子の部の運営に関わっていた藤女が協力します。それに、市立さんも協力してくれると思いますので……」

 そう言って猿渡さんは、ちらりと私たちの方を見つめた。

 ……そうなんですかね? なんか、いきなり話を振られたような気がするんですが。

 これに対して志保部長は、

「はい、駒桜市立は、それで異存ありません」

 と即答した。

 むむ、これは根回しされてますね。間違いない。

 だって部長の性格からして即答してるのはおかしいもの。

 猿渡さんは満足げにうなずくと、千駄会長へ向き直った。

「というわけで、女子運営と男子運営を統合する意味でも、合理的だと思います」

 猿渡さんはスカートの裾を直し、腰を下ろした。

 しばらくの間、議事が止まる。反論を考えているのだろう。

 お互いに様子見だ。

「他に意見はないのかな?」

 千駄会長は、少し驚いてるみたい。

 そりゃそうよね。このままじゃ、ほんと男女混合になる。

 別に私たちはそれでいいけど、他の学校が反対しないのは、なぜかしら?

 もしかして、猿渡さんと甘田(かんだ)さんが根回し済みとか?

 そう思った矢先、再び天堂が口を挟んだ。

「藤女はいいんだけどさ、市立は、ちゃんと5人揃えられるのか?」

 全員の眼差しが、私と志保部長に注がれた。

 志保部長も、若干おどおどしていた。

「は、はい、今年は6人いますし、3年生は私だけなので……」

「いや、今年の話じゃなくてさ、市立って2年生がほとんどだろ?」

 図星。やっぱり構成に目を付けられてるじゃない。部長の言った通りだわ。

「そ、そうですけど、来年はまだ卒業しませんし、勧誘活動は行ってますので……」

「んー、でもさあ、市立って、男女共学なのに、女子将棋部しかないんでしょ? そうなると、勧誘が難しいと思うんだけど。校内の半分は男子なわけだし」

「し、しかしですね、今年も裏見さんが入ってくれたわけですし、戦力には申し分ないかと思うのですが……」

「それでも、来年は2年生がひとり、残りは3年生。受験もある」

「まあ、ふたりくらいならなんとか勧誘で……」

 押しが弱いッ! うぅ、もどかしい。

 私が出た方がいいのかしら? でも、部長も頑張ってるし──

 ここで猿渡さんの助け舟が出た。

「会長、今の点について、ひとつよろしいですか?」

 天堂の男子生徒は、そこで口を噤んだ。

 千駄会長は、猿渡さんを制して、男子生徒に話を続けさせようとした。だけど、男性生徒のほうが、どうぞとゆずった。会長は猿渡さんに視線をもどす。

「猿渡さん、今の議論に直接関係することですか?」

「はい、そうです」

「では、どうぞ」

 猿渡さんは、天堂の生徒に顔を向け、眼鏡を上下に動かす。

「部員の不足についてですが、それは市立だけの問題ではないと思います」

 猿渡さんの言い方に、幾人かの生徒が顔を見合わせた。

「それは、どういう意味ですか?」

「先日の団体戦で、明らかに初心者と見られる人が、大会に出ていました。つまりレギュラーをそろえられていない学校があるということです。それを問題視しない以上、市立の将来を案じるのは余計なおせっかいだと思います」

 教室内が、若干ざわめく。私は、清心と天堂の大将戦を思い出していた。

 あのとき、確かに片方が初心者だったはず。

 一見正論にもかかわらず、周囲の反応は芳しくなった。

 さっきの清心の男子は難色を示して、

「正式な部員である以上、その棋力を問題にするのはおかしいと思いますけど?」

 猿渡さんはキッと目を細める。

「では市立が素人を集めて部を維持することも、問題はありませんね?」

 いや、それはどうかな……藤女が決めることではないような……。

 とはいえ志保部長も反論しないし、ここは黙っておく。

 すると外野のほうで好き勝手に言い合いが始まった。

「そこはうちも疑問に思っていた。いきなり部員が増えてる学校がある」

「そんなのは各校の勝手だろ。将棋歴が短いから部員じゃないっていうのは差別だ」

「あからさまにオーダーをずらすためだけの助っ人は禁止して欲しいけどね」

「登録要件は将棋部に在席していることだけだ。普段の活動実績は関係ない」

 喧噪の中、会長がパンと手を叩いた。

 議論が終決する。

「今日は駒桜市名人戦の打ち合わせもあるので、ここまでとしたいと思います。特に緊急を要する意見はありますか?」

 うまい終わらせ方ね。真面目な顔してるけど、用心、用心。

「ないようですね。今日採決というわけにはいきませんが、次回までに賛成反対を明確にしておいてください。投票権があるのは、各校の幹事だけです。つまり、校内で意見が分かれていても、どちらか一方に投票してもらういますから、そこは注意してください。この件について質問がある場合は、事務局へメールを。では、駒桜市名人戦の手伝いについて……」

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