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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第7局 どたばた幹事会編(2013年7月23日火曜〜8月3日土曜)
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32手目 相談される少女

 7月23日。終業式を終えた私は、部室へと向かっていた。

 がらりとドアを開け、堂々と入室を宣言する。

「新人王、裏見(うらみ)香子(きょうこ)、入ります」

 部室内の視線が一斉に私をみた。

 歩美(あゆみ)先輩も本から顔をあげた。

「ちょうどいいところに来たわね」

 はいはい、なんでしょうか。

「なにか用ですか?」

 部室の掃除とかかしら。ありうるから困る。せめて、みんなでやって欲しい。

 1年生に全部任せるわ、とかいう流れは勘弁。1年生、私しかいないし。

「明日の午後、時間ある?」

 夏休み初日だから、もちろんありますよん。

「はい、ありますけど」

「じゃあ、幹事会出てくれない?」

 幹事会……? 私が……? なんで? 幹事は志保(しほ)部長なのでは?

 目を白黒させる私に、当の部長が話し掛けてきた。

「明日の幹事会、各校2名ずつということになったんです」

「べつにいいですけど……上級生のほうがよくないですか?」

 というか、歩美先輩が行けばいいんじゃないの? 主将なんだし。

 1年生とか、発言権全然なさそうなんだけど。いくら新人王でもね。

冴島(さえじま)さんは応援部で遠征ですし、駒込(こまごめ)さんは都合が悪いんです」

八千代(やちよ)先輩はどうなんですか?」

 八千代先輩こそ適任でしょ。いろいろ知ってそう。

 ところが、部長は、

「いえ、将棋の強い人がいいんです」

 と言った。

「……会議じゃないんですか? まさか将棋大会だったりします?」

「はい、会議です」

「会議と将棋の実力に、なんの関係があるんですか?」

 志保部長は、なんだか言いにくそうな顔をした。

「えーとですね……これはあまり良くないことなのかもしれませんが、今回の会議ではすこし圧力をかけていきたいかな、と……」

 圧力? 私は圧力団体じゃないですよ。雇われ用心棒でもない。

 ここで歩美先輩が口をはさむ。

「香子ちゃんは知らないかもしれないけど、将棋界では発言力≒棋力だから」

 ……え? それはどうなんでしょうか。

「棋力って、会議と関係ないですよね?」

 歩美先輩は読みかけの本を閉じた。案の定、将棋の本。

「まあ、そうなんだけど、仕方がないわよね。プロの世界でも、羽生さんや森内さんが何か言えば、その要求は一応検討されるわよ。ふたりとも常識人だから、ムチャクチャなことを言い出さないだけ。逆に下っ端がなにを言っても無視されるわ」

 志保部長も、歩美先輩の解説にうなずいた。

「ですから、私と傍目(はため)さんのコンビだと、どうしても軽く見られがちで……」

 八千代先輩も、うんうんと首を縦にふっている。

 うーん、そんなもんかしら。

 高校将棋界に身を投じてから、まだ半年も経ってないのよね。

 発言もなにもないと思うんだけど。

 いぶかる私をよそに、話はどんどん進んで行く。

「ま、そういうわけだから、よろしく」

 歩美先輩はそう言うと、ふたたび本を読み始めた。

 え、これ決定したってこと? 本人の同意なしで?

「い、いいですけど……議題はなんなんですか?」

「議題は、男女混合制の可否です」

「あッ……」

 私はレストランでの会話を思い出した。

「もしかして知ってました?」

「は、はい……久世(くぜ)さんから聞きました……」

「そうですか。だったら話が早いですね。とりあえず座ってください」

 私は着席する。ここからはミーティングだ。

 志保部長は、また例の言いにくそうな顔で、

「実は今回の幹事会、相当荒れそうなんですよ」

 と切り出した。

「はあ……」

 私は、なんともやる気のない声を出した。

 脱力したわけじゃない。

 高校生の会議が荒れるなんて、あるのだろうか。そう思っただけだ。

「で、でも、議題は男女混合戦だけなんですよね? まさか、他にも?」

「議題はそれだけなんですが……それに反対する会員が多いんです」

 あ、そういう……私は、久世さんの説明を思い出した。

「県大会は、男女別なんですよね? まあ反対するひとも多いかな、と……」

「いえ、そのズレは大したことないはずなんです。藤女とも確認済みです」

 そうかしら……男女混合にして、後で男女別に分けるって、かなり混乱する気がするんだけど。いろいろ不平等になりそうだし。

 まあ、部長と猿渡さんが大丈夫って言うなら、そうなのかも。

 私はふたりを信頼することにした。

「つまり、うちは混合押しなんですね?」

「はい、男女混合なら、うちは最下位じゃないはずなんですよ」

「え? そうなんですか?」

「藤女に勝てないので、ここ数年はずっと2位、つまり最下位なんですけど、他の高校も合わせれば、3位か4位には食い込めるはずなんです。駒北より、ちょっと弱いくらいなので」

 なーるほど、それなら抵抗勢力は、うちより下になるチームか。

 天堂(てんどう)清心(せいしん)ね。

「升風と駒北は、何て言ってるんですか?」

「それがですね、タイミングが悪くて、升風は今、レギュラークラスの女子部員がいないんです。辻くんのお姉さんが最後の世代で……」

 女子で(たぶん)初めて新人王になったひと、か。

 そういえば、団体戦に升風の女子は出ていなかった。

「駒北にはいるんですか?」

「当て馬で出てる女子がいます。その人は、私よりちょっと強いくらいですかね」

 うーん、だったらレギュラー級とはほど遠い。

 部長は先を続けた。

「ただ、駒北は内心反対したいみたいなんですよ」

「え? なんでですか?」

「藤女が参加すると、優勝が絶望的になるからです。駒北としては、升風に一本入れて優勝というのが、長年の目標だったので。藤女が入ると、格上が2校になって不利なんです」

 ……なんかしょぼい動機。もうちょっと堂々としなさいよ、男子たち。

「升風は賛成してくれないんですか?」

「升風は千駄会長を含めて、完全に日和見状態です」

 むむむ、案外に腹黒タイプか。

 私は、今までの情報を整理する。

 賛成はうちと藤女。反対は天堂、清心、駒北。中立が升風。

 これは旗色が悪い。完全に男女抗争になってる。

「だったら、会議で反対理由を訊けばいいじゃないですか。まさか他の高校も、『自分たちが負けるから嫌だ』とは言えないですよね?」

 私の提案に、部長はタメ息をついた。

 そんな簡単な話じゃない。そう言いたげである。

「反対理由は、他にもいろいろあるんです」

「例えば、なんですか?」

 訝る私に、部長は一冊の手帳を開いてみせた。

 これは、覗き込んでもいいんですかね?

 カレンダーに♡マークがついてるとか、そういうオチは──

 メモ帳には、奇麗な文字がびっしりと綴られていた。



【反対理由】

1、県大会が男女別である以上、市内の大会も男女別の方がよい。

 ・例えば女子の上位2名が個人戦凖々決勝で敗れた場合、誰が代表なのか?

  ←代表者決定戦をすればよい。

 ・女子の優勝候補と男子の優勝候補が1回戦で当たる可能性。姫野vs千駄など。

2、個人戦、団体戦を男女混合にした場合、試合数が増え、運営が困難になる。

 ・現状でも会場の確保はぎりぎり。これ以上は開催日数を増やせない。

 ・運営の人手不足。

  ←男女別の方が運営の手間は大きいはず。

3、駒桜と藤花女子は、部員を毎年5名揃えられる保証がない。

 ・数年前まで、女子の部は3名の団体戦だった。現状の5名は例外事象。

  ←女子の将棋人口が増えているので、今後も入部は見込める。



 す、素晴らしい……さすがは志保部長……。

 私の授業ノートもまとめていただけませんでしょうか?

「1はさっきも言った通り大事ではなくて、問題は2と3なんですよ」

「運営が困難になるんですか? べつに増えても大したこと無さそうですけど?」

「いいえ、かなり増えるんです。トーナメント方式の場合、総試合数は……」

 部長は、水性マジックを手に取ると、ホワイトボードに式を書いた。


 参加人数−1


「こうなります」

 ん、そんなになるんだ。

 あ、そっか、1試合に1名脱落だから、優勝者が残るまでは、当然そうなるわよね。

 でもでも、総参加人数って、結局は男子+女子だから、変わらないんじゃないかしら。今だって、女子の部があるんだし。

 私は疑問をぶつけてみた。すると、部長は首を左右に振った。

「男女別と男女混合の場合は、トーナメント表の高さが違うんですよ。例えば男子16人、女子8人と仮定します」


 男子の部 16→8→4→2→1 計4回戦

 女子の部 8→4→2→1 計3回戦

 

「矢印の数が、トーナメント表の高さですね」

「そうです。これを混ぜ合わせると、1回戦にシード4人で……」


 男女混合 24(シード8人)→16→8→4→2→1 計5回戦

 

 1しか変わってないように見えるけど。

「1回戦増えるだけですよね?」

「将棋は、1試合に2~3時間掛かるんですよ……」

「……あ」

 私は全てを察した。

 開催時間が足りないというわけだ。

「4回戦なら8時間~12時間ですけど、5回戦は10時間~15時間掛かります。半日以上の拘束は、どうやっても無理なんですよね。昼休憩なんかも含めると、1日に開催できる試合数は、3試合から4試合くらいまでです」

「現状はどうなってるんですか?」

「日曜日を2回使って、初日が3試合、二日目が2試合です。多いときは二日目も3試合なので、これ以上は枠を増やせないと、反対派は主張してるんですよ」

「3日目もやればいいんじゃないですか?」

「それは、市民会館の貸し出し費用の問題がありまして……」

 んー、結局、お金の問題ですか。

 まあ、2学期の日曜日を3回も潰すのは、学生には優しくないわよね。運営さんも大変だろうし。となると、反論2は意外と合理的なのか。

 現状は男女別だから、並行して試合を進められるメリットがある。

「3も問題なんですか?」

 部長は、こくりと頷く。本当に困ったような顔をしていた。

「特に、うちが問題で……」

「え? どうしてですか? 6人いますよね?」

「今年度は大丈夫です。でも、来年度は駒込さん世代が3年生ですから……」

 皆まで言われなくても、私は理解した。

 そうだ。今は2年生が4人という、部の人口がいびつな状態。そこが一気に抜けた場合、1年生を4人補充できる保証がなかった。最悪、私だけという可能性も。

「まあ、そこは頑張って勧誘するしかありませんね。藤女はふたり掴まえてますし」

「そ、そうですね……」

 私は、曖昧な返事をした。今はもう7月。ここから将棋部に入る女子なんて、いないように思う。見学にきた人すらいないわけだし。

「じゃあ、やっぱり無理なんじゃないですか? このまま現状維持のほうが……」

「ええ、そういう考え方もあります。甘田さんも、そう言ってました」

 うん、あの人は現実主義者っぽい。

 現状で男女別。ちゃんと運営できてるなら、変えない方がいいんじゃないかしら。私も結構、保守的なところがあるし……変に改革してもねぇ。

「ちなみに混合はだれが推進してるんですか? 部長じゃないですよね?」

「……藤女の猿渡さんです」

 猿渡さんが? 意外。姫野さんかと思ったけど……。

「猿渡さん、今年がチャンスと見てるんですよ。猿渡、姫野、甘田、鞘谷、横溝。この5人なら、升風に一発入るかもしれません。それに、姫野さん個人戦優勝の目もあります。ようするに、『個人戦・団体戦、藤女制覇!』をやりたいようで……」

 ええ? それはどうなの……公私混同だと思う。

「ただ、猿渡さんの考えも分かるんですよ。天堂、清心、駒北は、今年の藤女よりは明らかに格下ですし、そこが升風と争ってるのが、許せないのでしょう。男女混合にしない場合、後期も升風優勝、個人戦は千駄さんで決まりだと思います。前期と一緒ですね」

 なんか、裏の事情を聞くと、やる気なくなるのよねぇ、こういうごたごたって。

 各校のプライドの問題になってるし。

「わ、分かりました。うちは消極的賛成、という理解でいいんですね?」

「はい……ただ、駒込さんは、どっちかって言うと積極派なんです」

「歩美先輩が?」

 これも意外……でもないか。あのひと、感想戦のやりとりとか見てる限り、負けず嫌いなのよね。男子と対戦して格付けしたいのかもしれない。

 んー、でもなあ、それなら歩美先輩が会議に出るのが一番だと思う。

 用事があるならしょうがないけどさ。

「とりあえず明日の会議次第ということですね……私が準備することはあります?」

「いえ、ないです。裏見さんは1年生ですし、首を突っ込む必要もないかと。とりあえず今年の新人戦優勝者ということで、女子の底上げアピール役を買ってもらえれば、それでいいです」

 マスコット扱いですか。

 でも、それでいい。「積極的に発言しろ」って言われる方が困るし。会議の間は、新人王らしく座って、黙っときましょ。詰め将棋の本でも持参して。

「蒸し返しになりますけど、歩美先輩の用事ってなんなんですか?」

 歩美先輩はとくに表情も変えず、

「んー、点が赤かったの」

 とだけ答えた。

 点が赤かった? ……赤点?

 もしかして補習ですかッ!? そりゃないでしょッ!

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