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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第6局 わくわく新人戦編(2013年6月2日日曜)
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31手目 複雑な少女

挿絵(By みてみん)


駒桜(こまざくら)市高校将棋連盟主催、2013年度新人戦優勝、裏見(うらみ)香子(きょうこ)殿。あなたは頭書の成績を収めましたので、これを表彰致します。2013年6月9日、高校将棋連盟会長、千駄(せんだ)光成(みつなり)

 会長は爽やかな笑顔を浮かべ、私に賞状を手渡す。

「おめでとう」

「ありがとうございます」

 私は軽く一礼し、賞状を受け取った。

 拍手。

 数江(かずえ)先輩は、小躍りしながら手を叩いた。

「よ、香子ちゃん」

 これはちょっと恥ずかしい。

 私は賞状を折り曲げないように気をつけて、(つじ)くんに場所を譲る。その後ろには、蔵持(くらもち)くん。気付かなかったけど、どうやら3位決定戦も行われていたらしい。辻くんと当たらなければ、鞘谷(さやたに)さんが入賞してたところなんでしょうけど──

 当の鞘谷さんは、藤女(ふじじょ)の列に加わり、蔵持くんにやたらと拍手してた。なんだか自分のことみたいに嬉しそう。まあ、気持ちは分かるけど……うーん、あの情報漏洩の罪を赦したわけじゃないわよ。今回は当たらなかったけど、次の団体戦か個人戦で、成敗しておきたいところ。

 というか、賞金とか出ないのかしら?

「さて、これで2013年度前半の行事は終わりだ。次は、夏休み明けの個人戦になる。幹事会については追って知らせるので、連絡に注意して欲しい。今日は、会場設営などの手伝い、ありがとう。閉会とするよ」

 パチパチと拍手が成り、生徒たちは後片付けの作業に入った。テーブルなんかを元に戻すだけで、大した作業ではない。15分くらいであっさりと終了した。

 歩美あゆみ先輩も、

「とりあえず、おめでとう」

 とねぎらってくれた。

「あ、どうも……」

「これも私のアドバイスのおかげね」

 そ、それを自分で言いますか……合ってるけどさあ。

 冴島(さえじま)はニヤニヤしながら、

「しっかし、裏見が優勝するとは思わなかったなあ」

 と、率直な物言い。

 うむむ、新人王に対するリスペクトが足りないんじゃないですかね。

 数江先輩は、

「そんなことないよ。香子ちゃんは強いもんね」

 と言ってフォローしてくれた。

 そのあとは打ち上げという流れに。優勝しちゃったから、さすがに参加することになった。お母さんにMINEで連絡を入れておく。会館の前に集合。そのあとでファミレスへ移動した。中に入ると、他のお客さんがびっくりしていた。まあ、びっくりするわよね、普通。

 席は……学校別かな? という私の予想とは裏腹に、みんな勝手に座り始めた。千駄会長の周りには、どうやら幹事が集まっているらしい。志保先輩も私たちの列を抜けて、千駄さんの席に移った。甘田さんもそっち。

 甘田さんが藤女の幹事なんだ。てっきり、猿渡(さわたり)さんかと……あ、でも猿渡さんは3年生だから……ん? 志保部長も3年生よね。この人、受験大丈夫なのかしら。誰かさんと違って、赤点の噂は聞かないけど。

 私は大テーブルへ誘導される。なんだか主役って感じで恥ずかしい。

 なんと8人席。U字型のソファーに囲まれた大テーブルだ。

「お、団体席か」

 そう言って、大きな人影が現れた。

 恰幅のいい眼鏡の男性。久世(くぜ)先輩だった。

 久世先輩が腰をおろそうとすると、蔵持くんが声をかけた。

「千駄さんが呼んでますよ」

「いや、俺はここに座るよ」

「千駄さんのご指名ですよ?」

「俺が座ると、ふたり分取っちゃうからな」

 久世先輩は、ワハハと笑う。な、なんと言う自虐ギャグ。

 周囲の視線も気にせず、久世先輩は8人席に座ってしまった。

 体積的に残り6人。

 数江先輩はとくに気にせず、

「ほらほら、早く座ろうよ」

 と言って、久世先輩の隣に座った。

 す、凄い凸凹コンビ……身長と横幅が全然違う。数江先輩は、見た目150センチちょっと。それに対して久世先輩は、180を超えているように見えた。

 私は八千代先輩に奥をゆずった。下級生は、端っこで皿取り。これくらいは私でも分かる。

 久世先輩は、

「おい、蔵持くんも座れよ。1年生同士、固まればいい」

 と言って、私の隣をゆびさした。

 ちょうどそのとき、鞘谷さんと横溝さんも合流した。

「お、こりゃ華やかなだなあ」

 久世先輩は嬉しそうに笑う。もう、完全におじさん入ってるじゃない、この人。

 蔵持くんが席を勧められたはずなのに、鞘谷さんは横溝さんを奥に押し込んだ。そして自分が入り、最後に蔵持くんを端に座らせる。要するに席順は、久世→木原→傍目→私→横溝→鞘谷→蔵持。

 これは鞘谷さんの策略ですね。間違いない。

 私が確信する中、トイレから誰かが出て来た。

 角刈り眼鏡の田中くんだ。田中くんは席を見渡し、ぽりぽりと頭を掻いた。

「あちゃー、満席か」

 蔵持くんは、

「ここ空いてるよ」

 と言って、さらに詰めた。これで合計7人。久世先輩が2人分取ってるから、要するに一杯ってことね。半分以上が1年生という所帯だ。

 全員が座ったのを確認したのか、さっきの店員さんが注文を取りに来た。

 久世先輩がまっさきに手をあげて、

「たらこスパゲティ大盛りとWハンバーグ、ドリンクバーで」

 と注文した。

 みんなびっくりしている。

 ところが数江先輩も、

「ライス大盛りとチキングリル、デザートはアイスクリーム。あとドリンクバー」

 とビッグなオーダー。

 えーッ!? か、数江先輩、食べ切れるんですか???

 八千代先輩は、

「コーヒーをお願いします」

 と、ドリンクオンリー。

「ドリンクバーですね……お食事のほうは?」

「結構です」

 まあ、訊かれるわよね。先のふたりがふたりなだけに。

「お次のかたは?」

 あ、注文決めてなかった。

「ちょ、ちょっと待ってください」

 私は慌ててメニューをひらく。店員さんは、そのまま横溝さんに移った。

「ラザニア……」

「はい? もう一度お願いします」

「ラザニア……」

 横溝さん、注文はもっと大きな声でしましょう。

 っと、それどころじゃなくて……確かに、ラザニアは好手かも。でも被らないほうがいい。

「お次のかたは?」

 鞘谷さんは蔵持くんとメニューをみながら、

「ねえねえ、私ひとりで食べ切れないから、半分こしない?」

 と言った。

「え……みんなの前でそれは……」

「いいじゃん。このセット頼んで、お皿に分けよ」

「じゃ、じゃあ、このサラダセットと……」

 うわー……このふたりは、そのまま爆発した方がいいんじゃないですかね。

「後で小皿をお持ちします。お次のかたは?」

 田中くんはハンバーググリルにライス。平凡。

 店員さんは機械を操作し、ふたたび私に向き直った。

「お決まりでしょうか?」

「ドリアをお願いします」

 うん、我ながら好手。やっぱりご飯を食べないとね。

「では、少々お待ちください」

 店員さんは厨房に引っ込んだ。私は他の席を見回した。

 そう言えば、辻くんは……あ、4人席で、他の男子と座ってる。雰囲気的に升風かな。それとも、中学からの知り合いか……いずれにせよ、同級生っぽい。もうひとつの席は、2年生の混合。早速、将棋盤を取り出していた。それはどうなの。

 久世先輩は、

「じゃ、ドリンク取りに行こうか」

 と言って席を立った。ドリンク組は全員起立。めいめい好きなものを汲んで、すぐに戻る。店内が騒がしくなり始めた。みんな好き勝手に喋っている。

 久世先輩と数江先輩は、メニューが来るのを今か今かと待っていた。八千代先輩は、時々その話し相手になっていた。隣ではカップルが……ってわけじゃないのよね。どうも見ている限り、鞘谷さんの一方通行だ。蔵持くんは華麗にスルーしている。いわゆる鈍感体質なのかもしれない。鞘谷さんのラブラブ光線が、空気みたいに透過しちゃってた。鞘谷さんが話しかけて、蔵持くんが適当にあいづちを打って、空気を読まない田中くんが割り込んで、鞘谷さんがにらんで……の繰り返し。千日手模様。

 となると、私の話し相手は──

「香子ちゃん……優勝おめでとう……」

 横溝さんは、ぼそりとつぶやいた。

「あ、ありがとう」

「辻くんに勝ったのは凄いよ……」

 そ、そうなのかしら? よく分からないんだけど。

「まあ、クジ運とかもあるし」

 一応謙遜しておく。横溝さんは1回戦負けだから、気を遣わないと。

「そうかな……クジ運が良かったとは思えないけど……」

「で、でも、3回しか指してないから……」

「その代わり、面子がキツいよね……」

 む、そう言われると……横溝さん、蔵持くん、辻くんか。

 って、それ言外に「自分も強い」アピールじゃない。横溝さん、やるわね。

 ただ、蔵持くん3位はねえ……いや、いちゃもんつけるわけじゃないけど、横溝さんと鞘谷さんが入賞できてないのは、完全にクジの問題だし……1回戦で蔵持vs横溝か、蔵持vs鞘谷のカードができてたら、蔵持くん初戦敗退だったんじゃない? ……ん、まさかの鞘谷さん八百長負けが……あるわけないか。そこまでノロケてないでしょう……と信じたい。

 私がそんなことを考えていると、続々とメニューが出てきた。店員さんは大忙しだ。

「いただきまーす」

 数江先輩は、自分のチキングリルが出た途端、ナイフとフォークを手に取った。そして勝手に食べ始める。久世先輩も、たらこスパゲティを食べ始めていた。蔵持くんと鞘谷さんは、サラダセットをふたりで分けている。田中くんのハンバーグは、久世先輩のWハンバーグと一緒に到着。最後に、ラザニアとドリアが届いた。

「いただきます」

 私はスプーンでドリアを救うと、冷ましてから口元に運んだ。

 ファミレスのドリアって、最初熱過ぎて食べ難いのよね。

 隣の横溝さんは、ラザニアを格子状に切って、冷めるのを待っているようだ。

「ところで香子ちゃん、居飛車も指せるんだね……」

 ごほッ!

 むせ返った私は、あわてて水を飲んだ。

「そ、そうだけど……」

「てっきり、純粋振り飛車党だと思ってたんだよね……」

 んー……やっぱり決勝のフェイント作戦、変な目で見られてるんじゃないの? 勝てたのはいいけど、卑怯とか思われてるんじゃないでしょうね。でも誤解したのは周りの方なんだから、卑怯もなにもないような。お堅い八千代先輩も、この作戦にはなにも口出ししていない。

「両方指せるのは、いいことだよ……羽生(はぶ)さんも両方指せるし……」

 そりゃ、作戦の幅が広がるしね。片方だけは、どうしてもレパートリーがせばまる。

 八千代先輩はコーヒーに口をつけながら、

「裏見さんは、うちの期待のエースですからね」

 とコメントした。

 嬉しいけど、他校の生徒に堂々と宣言しちゃうのはどうなんでしょうか。

 ハンバーグを頬張りかけていた久世先輩は、ふとフォークをとめて、

「そういえば……女子が優勝したのは4年ぶりかな」

 とつぶやいた。

 私は「そうなんですか?」とたずねた。

「4年前に辻くんのお姉さんが優勝して最後だった。そもそも辻くんのお姉さんが女子で初優勝なんじゃないかな。あんまり古いことは知らないけどね」

 ということはですよ、なかなかの快挙なのでは?

 史上二人目。

「まあ、今年は丸目(まるめ)くんも松平(まつだいら)くんもいなかったしなあ」

 ととと、持ち上げて落とす作戦。否定はできないけど。確かに松平くんが出てたら、松平くんが優勝してたと思うし、その丸目ってひとは、もっと強いんでしょうね。

 久世先輩はハンバーグを口に放り込み、そのまま押し黙ってしまった。

 数江先輩はジュースを飲みながら、

「でも、優勝は優勝だもんね」

 と言ってくれた。すでに皿を半分以上片付けている。

 この人、どこに胃袋があるの? というか、その栄養はどこへ行ってるのですか?

 私が不思議に思っていると八千代先輩は、

「男女がぶつかるのは、学生だと新人戦しかありませんし、なかなか実力差を測るのは難しいと思います」

 とコメントした。

 そっか、男女混合は新人戦だけなんだ。

 だったら、辻くん、蔵持くんとは二度と指さないのか。

 私がそう思った途端、久世先輩は、

「うーん、それなんだがなあ……」

 とつぶやいた。

 八千代先輩は「どうかしましたか?」とたずねた。

 久世先輩は、ちらりと幹事席を盗み見た。

「明日には広まることだし、ここで話してもいいか……」

 そう言えば、さっき久世先輩を幹事席に呼んでいた。

 あれって単なる社交辞令じゃなくて、なにか大切な話があったんじゃないかしら。

 久世先輩は紙ナプキンで口をふくと、大きくタメ息をついた。

「じつは2013年度秋季から、男女混合の話が持ち上がってるんだよ」

 エッと、何人かが声を上げた。

 蔵持くんが身を乗り出した。

「個人戦ですか?」

「全部」

「全部……? 団体戦もってことですか?」

 久世先輩は、そのふとましい首を縦にふった。

「それで千駄さんに呼ばれてたんですね……やっぱり話し合いに参加したほうが……」

 いやいや、と久世先輩は大きく手を振った。

「俺はもう運営引退してるから」

「でも、前会長でしょう?」

 え……あ、そういう……2012年度の会長って、久世先輩だったんだ。

 道理で顔が広いわけだ。

「前会長が口出しするなんて、混乱のもとだよ。現役がやればいい話さ」

 あら、けっこう常識人。口うるさいOBって、どこにでもいるものだけど。

 一方、私はなんだか話がよくわからなかったので、

「そもそも今は、どうやって決めてるんですか?」

 とたずねた。

「単純だよ。男子の部で優勝した個人とチームが男子代表、女子の部も同じ」

「代表?」

「市代表だよ。県大会がある。そのあとは全国大会」

 なるほど、そのへんは陸上とあんまり変わらないわけね。

「ま、さっきも言ったけど、この話は後輩に任せた。俺は関与しない」

 というわけで、この話題は打ち切りになった。

 あとは歓談になる。横溝さんとは、今日指した将棋について、八千代先輩とは、今後の学校生活について。八千代先輩曰く、学業をさぼらないように、とのこと。それはうちの主将に言ってください。

 1時間ほどで、会はお開き。私たちはそのまま、ファミレスの前で解散した。

 7時だけど、外はまだ明るい。西の空に雲が出ている。明日は雨かしら。

 家路の途中、なんだか沸々と、嬉しいものが込み上げ来た。新人戦優勝。

 初の公式戦タイトルだ。

 おじいちゃんに伝えたら、よろこんでくれるかな。

 私はスキップするように、家路へと急いだ。

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