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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第6局 わくわく新人戦編(2013年6月2日日曜)
33/295

29手目 接戦する少女

挿絵(By みてみん)


 3……七……桂……?

 私が呼吸を止めた。10秒ほど思考が固まる。意外だった。

 この手は……「ちょっと苦しいから勝負」って手……どうやら、辻くんの側も劣勢を意識してるみたいね。口には出してないけど、なんとなく分かる。将棋を長くたしなんでいれば、優劣は雰囲気に滲み出たりするから。

 私は、兜の緒を締めた。チャンス到来だ。3六歩と打ちたいところに、わざわざ桂馬を跳ねて来てくれたのだから。私は深呼吸して、目を閉じる。

 6五銀、5五角、8五桂、8六銀、7六銀、6四角、5四角、5五歩、8七銀成、6九玉までは、さっきと同じ。だけど今度は、6三角、9一角成に、3六歩がある。これが桂馬に当たってるから、前回読んだときよりも痛いはずよ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 進行例としては、2五桂、8六成銀、3三歩成、同桂、同桂成、同銀、3四歩、2二銀、2五桂のおかわり。ここでなにを指すかだけど……7五飛は、3三歩成、同銀、同桂成、同金直、3四歩、3二金引、3三銀……むむ、これは後手が苦しいか……あ、っていうかそれ以前に、7五飛には6四馬があるじゃない。飛車角両取りだから、これはアウトだわ。却下。

 代わりに……5六桂? ……ダメだわ。それは5七金左で受かってそう。

 ということは……すぐに3七歩成? 一見遅そうだけど……3三歩成、同銀、同桂成、同金直、3四歩、3二金引、3三銀、3六と、3二銀成、同金、2八飛、3五と……これは私がもの凄く駒得してるわね……あ、最初の3三歩成がおかしいんだわ。先手はそこで8六飛車と成銀を取ればいい。3六とには、3三歩成、同銀、同桂成、同金直、3四歩、3二金引、3三銀、3五と、3二銀成、同金、3三銀、3四と、3二銀成、同飛……。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 駒割りは、私の桂得。但し、形勢は微妙かも。次に6四馬があるからだ。2七角成、8五飛、4四と、8三飛成、3九飛成、5九桂、7六桂、8一龍、4一銀、5三馬、4二銀打、2一金、3二玉、2二金、3三玉(同玉は4一龍、3三玉、4二龍で加速する)、4一龍、5六桂、4二龍、3四玉(2四玉は1六銀が詰めろ馬取り)。入玉できそうかしら? ぎりぎりな気がするけど……あるいは中途半端に攻めないで、5六桂の代わりに1九龍。

 むむむ、難しい……これは難しい……。

 私はチェスクロを見やる。残り時間は、私が12分、辻くんが18分。辻くんの時間の余し方は、局面と比例していないはず。先手はそんなに良くない。おそらく、終盤逆転の目を狙って、時間をわざと残してるんでしょうね。このへんの呼吸は、悔しいけれど私には真似できないわ。

 私は最初の局面に戻る。6五銀、5五角、8五桂、8六銀、7六銀、6四角、5四角、5五歩、8七銀成、6九玉、6三角、9一角成、3六歩、2五桂、8六……ん、待って。8六成銀、同飛の交換を入れずに、3七歩成としたら?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 ……あ、今度は6六飛があるか。6二歩、3三歩成、同桂、同桂成、同銀、3四歩、2二銀、2五桂、3六と、3三歩成、同銀、3三桂成、同金直、3四歩、3二金引、3三銀、3五と。

 玉周りの攻防は同じ。問題は、飛車と角の扱いね。

 私は結局、3七桂馬をそこまで的確に咎める順を見つけられなかった。ただ、この桂馬はどこかで拾えるようになるし、こちらが不利になっているわけでもない。残り時間が10分になったところで、私は読みを打ち切る。6五銀。辻くんはあまり考えずに、5五角。8五桂、8六銀、7六銀、6四角、5四角、5五歩、8七銀成、6九玉、6三角。

 そこで9一角成かと思いきや、辻くんは持ち駒の歩に手を伸ばした。

 歩? 歩を打つ場所は2ヶ所しかないけど……?


挿絵(By みてみん)


 8八歩? ……なにこれ? 1秒も読んでないわよ。

 同成銀でいいような……私はその通りに指す。

 すると辻くんは8五銀として、桂馬を千切ってきた。こ、これは……?

 ……分かった。同角に8六飛車だ。8四歩、8八飛車で清算。3六歩も打ててないし、これは私がまずい。ぐぬぬ……こんな手があったなんて……。

 気落ちしかけた私は、ペットボトルを握り締め、お茶を飲む。水分の補給は重要。変に我慢してると、焦った手が出易いから。

 ……ふぅ、集中、集中。8五同角はさっきの順でダメだから、ここで3六歩ね。2五桂、3七歩成、3三歩成、同桂、同桂成、同銀、3四歩、2二銀、2五桂、3六と……これは後手がいい。途中、3三歩成のところで6六飛なら、3六と、3三歩成、同桂、同桂成、同銀、3四歩、2二銀、2五桂、3五と、3三歩成、同銀、同桂成、同金直、9一角成、6二歩(2七角成は6一飛成が王手飛車取り)、7四歩、2七角成、7三歩成、7一飛、8二馬に4一飛と逃げる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 いやー、どうですかね……これも難しい……。

 形勢は微妙。但し、先手は無理気味の攻めというのが、私の感覚だった。そもそも、2五桂馬から3三歩成は、駒をどんどん交換しているだけで、

 これ以上は時間を使えないので、3六歩とする。

 辻くんは、当然の2五桂……とせずに、9一角成ッ!?

 え、え、え? 桂馬はくれるってこと? 3七歩成……あ、6六飛か……さっきの順よりも早く展開するってことか……ようするに、私の王様は壁銀のままでいい、と。

 いやいやいや、それはどうなの? 辻くん、それは攻め急いでないですかね? さっきの局面は、かなり考えないといけないはず。

 これはチャンスッ! 私は楽観主義者よッ! 3七歩成ッ!

 6六飛、6二歩、7四歩、2七角成、7三歩成、7一飛、8二馬、4一飛と進む。

 6二飛成としかけたところで、辻くんの指が止まった。目を細め、腕を引っ込める。

 ……んー、ここでシンキングタイムですか。この局面……後手が相当いいわよ。少なくとも、私は後手を持ちたい。王様は窮屈だけど、3五の銀を取り払えば、ほぼ入玉確定。一方、辻くんの王様は左右挟撃の形。

 例えば6二飛成、5六桂、2五桂、4九馬、3三歩成、同桂、同桂成、同銀、3四歩、2二銀、2五桂、6八桂成、同玉(同金は5九金の一手詰み)、4五桂(詰めろ)、7七玉、7五金。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 入玉を防いで、5八の金を取る。足らないなら、3六と〜3五とで補充。

 気になる手順があるとすれば、2五桂と控えずに、いきなり3三へ放り込むパターン。6二飛成、5六桂、3三桂……同桂、同歩成、同銀、3四歩、2二銀に、もう一回3三桂。

 ん……意外とうざいかも……飛車はどこにも逃げられない。

 いや、でも無視して6八桂成……は同玉から上に逃げられちゃう……? 6八桂成、同玉に7五金……あッ! 全然ダメだわ。4二龍、同金(同飛は2一金で詰み)、2一金、3二玉、4一桂成、同玉、2二金が詰めろ。先手はさすがに詰まない。4一桂成に同金なら、2二金、同玉、3三銀、2一玉、2二飛、3一玉、2三飛成、2一歩、2二歩。ただ先手も危なくなってるから……例えば、5六桂、5七玉、4五桂、5六玉、6五金打、4六玉、3六馬……ん、詰んでるじゃない。

 あ、そっか。ここまで追い詰められても、一手勝ってるんだわ。途中で読み抜けがなければの話だけど。7五金の置物が急所。

 読む手は、まだまだたくさんある。ここで辻くんが長考してくれてるのは、大きい。

 最初の5六桂馬に、5七金と上がるのはどうかしら? 4八と、6八金、4九馬。これは寄りか。5六桂に、いきなり7八金のぶつけは? 同成銀、同玉、4九馬、5七金、7五金、5六金、8五金。入玉は防げそうかな? 寄りはまだ見えないけど……。

 その次は……辻くんが読んでいる間、私はいろんな手を考えた。簡単に勝てる筋、際どく勝てそうな筋、先手が勝っちゃう筋。うーん、どれも悩ましいわね。

 辻くんは10分を切るまで長考して、7八金と寄った。


挿絵(By みてみん)


 7八金……なるほど、6二飛成よりも、入玉を優先させますか。

 ただ、これは読み筋の一部。7八金の形自体は、既に読んでいるのだ。

 私は大事な1分を使い、これまでの読みを確認した。そして、同成銀と取る。

 同玉、4九馬、6八金。ここまでは既定路線だ。貰った金を、私は7五に打ち付けた。その瞬間、辻くんが顔をしかめる。読んでなかったというよりも、一番嫌な手を指されたという感じの表情。裏見(うらみ)様は見逃しませんよ、と。

 辻くんは1分ほど使って、6二飛成。私は8五金と、銀の回収に成功する。

 残り時間は、私が1分、辻くんが8分。時間差とは反対に、こっちの方が優勢よ。あとは入玉さえ阻止すれば……。

 私が寄り筋を確認する中、辻くんは3分ほど長考した。そして、8六に歩を添える。


挿絵(By みてみん)


 8六歩? ……なにこれ? 金を呼び込んでるだけのような……。私は手なりで同金としかけたが、すぐに思い留まる。そっか……同金に6六龍……7六歩で大丈夫なように見えるけど、8七銀、同金、同玉、8四銀、8五歩は、ほぼ入玉確定。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 ど、土壇場でこの手が指せるのは、やっぱり辻くん強い。

 あ、でも7六歩に代えて7六銀なら……7七金、同銀成、同龍(同桂は8七金打で、入玉できない)、同金、同玉、7五金? 先手も金駒があるから、いろいろ手は──


 ピッ


 うぅ、ここで持ち時間がないなんて……1分将棋だ。

 例えば7五金に7六銀、7九飛、7八歩、7六金、同玉、7八飛成、7七歩……これは入られそう。7六銀に単に同金で、同玉、4八馬、6六桂、4七馬、6五銀……これも入玉模様。なら、7六銀にいきなり4八馬はどう?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これなら……ん? 待ってよ? 本当に8六歩、同金、6六龍なの? 単に8七歩、7六金、7七歩の線もあるような。入玉はできなくなるけど、寄りもなくなってしまう。

 ピッ


 あと4秒ッ! 私は咄嗟の判断で、7六金を選択した。

 あんまり考えていない手だけど、8七にスペースがあるから。

 だけど辻くんは、読み切ったように8七銀で、先にその地点を埋めた。私は青ざめる。急ハンドルで7六金は悪手だったかも。これなら読み通り8六同金とした方が──えーい、指しちゃったからしょうがない。

 8七同金、同玉、7五桂、7六玉、4八馬、6五玉は入玉確定。だから7五桂に代えて7五銀だけど、7六歩、8四銀、7四と、5九馬、7八金打、5六桂、7七金右、6八銀、8四と、7七銀成、同桂、6八桂成、8五歩で脱出されちゃう。

 ああ、ここまで来て負けになるなんて……私は、最後の精神力で踏ん張る。

 もっとも、精神力だけで将棋が勝てるわけもない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 苦しい中、ふと盤上に、ある筋が見えた。私はその一点を凝視する。

 これは……即勝ちじゃないけど……私は桂馬を持って、最後の数秒を読む。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


 チェスクロのタイミングは、本当にぎりぎりだった。恐る恐る液晶を見る。

 辻くんの時計が動いていた。切れ負けにはならなかったみたい。

 私は胸をなでおろし、盤上に視線を戻した。

 

挿絵(By みてみん)


 6六桂……同歩は6七銀、同金、同馬、8八玉、8七金、同玉、7六銀、8八玉、8七金、7九玉、7八金まで。6七銀に8八玉と逃げるのは、6八銀成、7六銀、7八金、9七玉、7六馬で寄り。だから、6六桂には同龍、同金、同歩。これで後手玉は安泰。あとは入玉されないように注意して……例えば3八飛が詰めろ? 放置して3三桂なら、6七銀、8八玉、6八飛成、9七玉……詰みはないか……でも、そこで3三桂と手を戻せばいい。

 ただ、これはあくまでも受けなかった場合の話。普通は、3八飛に6七金打と受ける。これが厄介だ。4七とを予定してるけど……4七と、7七玉の早逃げは、7五歩、8五歩、3五飛成、8六玉、5五龍、8三と、5四龍、9二と……後手ダメっぽい。

 私は、ちらりと思考から舞い戻る。辻くんは、まだ考えていた。表情は変わってないし、彼の形勢判断がどうなっているのかも分からない。後手良しだと思ってたけど、8六歩がいい手で接戦になってるような。

 まあ、後手負けは今のところ見えないけどね……持将棋だけが問題……振り飛車→居飛車作戦は、2回使えない。

 辻くんの持ち時間は3分を切った。私は1分将棋。読めば読むほど、入玉を阻止する順が難しくなっていく。なにか好手をひねり出さないといけない。

 焦る私を他所に、6六同龍が指された。

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