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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第1局 うっかりお手並み拝見編(2013年5月6日月曜)
3/295

2手目 王手する少女

挿絵(By みてみん)


 9五角。一見、ただ王手しただけの冴えない手に見える。

 だけどこれには、恐ろしい狙いが秘められているのだ。

「……」

「……」

 私は先輩を盗みみる。先輩はあごに手をあてて、首をかしげていた。

「王様を上がると8八の銀を取られてしまうので……」

 そう言って先輩は、銀を7七に上がった。

「これで受かってますね」

 それは受かってない。正解は7七飛車。普通なら1秒も読まない手だ。

 私は腕組みをして、首を左右にひねる。いきなりポンと指すのはよくない。

 初心者っぽく逡巡、逡巡。

「困ったなあ……めんどうだから、もう取っちゃいます」

 7七角右成、同桂、同角成、6八金、9九馬。


挿絵(By みてみん)


 これをみた木原きはら先輩は表情を変えて、

「あれ? 部長、駒損してない?」

 と言った。

 大川おおかわ先輩は自分の持ち駒と私の持ち駒を見比べる。

「角と銀桂香交換……3枚換えになってますね」

 少しばかり青ざめる大川先輩。だけど飛車を目にして、すぐに顔色がもどった。

 大駒を3枚持っているから大丈夫、と踏んでいるのだろう。

 それは甘い。この局面、すでに私の優勢。

 駒得は裏切らない。プロ棋士、森下(もりした)(たく)九段の言葉だ。

 ここまではぜんぶ定跡通り。

 大川先輩はそれに気づいていないだけ。

「とりあえず馬を消します」


挿絵(By みてみん)


 私はさくっと角馬交換に応じ、それからふたたび演技をした。

「もうどう指せばいいのか、分かりません……」

 先輩には次に5四角あるいは6五角という狙いがある。

 私は5二香とすえた。5四角を消しつつ、王様をにらむかたちだ。

 この手は定跡じゃない。最善でもないけど、これで潰せるはず。

 先輩はうーんとうなった。

「手が広過ぎますね……」

 先輩が困るのも当然。先手の指し方はいろいろある。

 こういうときに棋風が出易いのよね。先輩は慎重型かしら、それとも──

「駒損を解消しましょう」

 先輩は2二角と打ち込んできた。私は3三角と合わせて、同角成、同桂。

 先輩は再度2二角と打ち込む。香車は取られたけど、桂馬を跳ねて私の一手得。

 行きがけの駄賃で私は4五桂と跳ねる。先輩はノータイムで1一角成。

 1一角成は一見すると当然だ。

 だけどここで、用意していた手がある。

 私は「難しいですね……」と言って、ワンテンポおいた。

 大川先輩は、

「こちらは居玉ですが、安定していますので」

 と、自陣にかなり自信があるようだった。

「それじゃあ……王様の近くから攻めます」

 私は7九に角を置く。


挿絵(By みてみん)

 

 先輩はあごに手をあてた。考え込むときの癖みたい。

 私はそんな観察をしつつ、手を読んだ。

 一手前の局面、一目5七桂成と行きたくなる。同金に5七香不成(成ると5五飛車が王手成香取り)、5八歩、7七角、6八香、6七桂、4八玉、6八角成、5七歩で、これも後手が悪くないと思う。だけど、時間がかかりそう。

 そこで私が選んだのは、急がば回れの7九角。この角、金を逃げればそこで終了する。例えば6九金と引くと、6七桂、4八玉、5七桂成、3八玉、4七成桂、同玉、5七角成と行き、3六玉、3五馬、4七玉、5七香成、3八玉、4七銀で詰み。

 もちろん、こんなおかしな逃げ方はしないと思う。

 それともこういう瞬殺が決まっちゃいそう?

 私が5八香からの受けを読んでいると、大川先輩は口をひらいた。

「この角は、あんまり意味ないような気がしますね……受けなくもいいような……」

 私はぴくりと反応してしまう。受けなかったら瞬殺コース。

 どうぞどうぞ、と思いきや、先輩の顔がだんだんと険しくなった。

「……受けないと危ないですね」

 さすがに放置はマズいと気づいたか。

 先輩は5八金と上がった。

「これで受かってますね」

 えっへんと胸を張る先輩。

 放置よりは安全だけど、これも読み筋。

 私はちらりと時計を見て、あわてたフリをする。

「あ、もうお昼時間半分過ぎてる。早く指さないと」

 私はあせったように7七銀と指した。


挿絵(By みてみん)


 それを見た先輩ふたりは、びっくりした。

 木原先輩が、

「え、それタダだよ?」

 とコメントする。

 わかってます。一応しまったと言う顔をしておく。

 大川先輩はくすくす笑いながら、私にアドバイスしてきた。

「そんなあせらなくても……待ったしてもいいですよ」

「い、いえ、待ったはよくないですよ」

「じゃあこれ、取っちゃいますよ?」

 早く取ってぇ。いくらおごってもらえるとはいえ、うどんを全速力ですするのは嫌。

 私は心の中で催促した。

 実はこの手、あまりいい手ではないと思う。6九香くらいで受かっているからだ。そのときは8八角成から、ぼちぼち体勢を立て直すつもりだった。でも、大川先輩なら、そうは指してこないはず。格下は最善手を指さないのだ。超見下し型の戦略。

 案の定、大川先輩は同金と取ってきた。

 私は決めに出る。

「しょうがないから、攻めちゃいますね」

 そう言って私は桂馬をつまみ、5七に成り込んだ。

 スッと手をもどすとき、ふと第三者の視線を感じた。

 見れば木原先輩のうしろに、おかっぱ頭の少女が立っていた。

 私と同じブレザーを着た彼女は、淡々と盤面を見つめている。

 このひとも将棋に興味があるのかしら? ……どうでもいっか。

 大川先輩は、

「これは……取るしかないですね……」

 とすこし悩みつつ、成桂を金で払った。

「じゃあこうします」


挿絵(By みてみん)


「!」

 先輩は前傾姿勢になった。

 そう、馬が銀当たりになっているのだ。5八金からの詰めろと、3九馬の銀取りを同時に受ける手はない。勝勢。

 先輩は頭をかかえた。

「あ、あれ……私の負けですか……?」

 私が投了を待っていると、おかっぱ頭の少女がまえに出た。

 大川先輩はようやく彼女の存在に気づいて、アッと声をあげる。

「しゅ、主将!」

 主将……? このひとが将棋部の主将?

 部長となにがちがうの?

 私が混乱していると、おかっぱ頭の少女は急に話し始めた。

「志保先輩、私は2年ですし、その呼び方はやめてください」

 少女はそう言いならが、大川先輩の隣に腰をおろした。

 大川先輩は申し訳なさそうに、盤面へと視線を落とす。

「すみません……すこし油断してしまいまして……」

 いかん、第三者の介入はマズい。

 私は大慌てで切りあげる。

「そ、そうですね。私も勝てちゃってびっくりです。それではこれで……」

 私は席を立とうとした。

 おかっぱ頭の少女は、間髪入れずい呼び止めた。

「賭けてたんでしょ? おごらなくていいの?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………マズい。

「えっと……なんのことでしょうか……」

「さっき『うどんを賭ける』って言ってたじゃない」

 どこにいたの、このひと。

 全然気づかなかった。

「いえ……べつにあれは冗談みたいなもので……」

「冗談と冗談みたいなものはちがうでしょ。賭けは成立してるわ」

「ほ、ほんとにけっこうです。そろそろお昼休みも終わりますし」

「おごる代わりに、ひとつだけ頼みごとを聞いてもらえないかしら?」

 頼みごと? ……おごる代わりになにか言うことを聞け、と?

 それは私が全然得してないじゃないですか。

「簡単な話よ。うちに入部しなさい」

 入部? 将棋部に? ……それ以外にないか。

 ここは適当にごまかそう。私はへらへらと笑ってみせる。

「いやあ、私みたいな初心者じゃ、ちょっと……」

「あなた初心者じゃないでしょ。すくなくとも初段はあるわよね」

 どきりッ! 私は心臓が跳ねあがった。

 おかっぱ頭の少女は、なにもかもお見通しという感じだった。

 私は背中に、冷や汗が流れるのを感じた。

「私はほんとに初心者で……」

「パックマンからの9五角打ちを知ってる初心者がいるわけないでしょ」

 くっ……そこから観戦していたのか……迂闊だった。

 私が言葉に窮していると、木原先輩がきょとんとした顔で、

「パックマンって、テレビゲームだよね? なんのこと?」

 とたずねた。

 おかっぱ頭の少女は、

「元ネタはテレビゲームだけど、今は将棋の戦法の話よ」

 と答えて、盤面を初期状態に戻した。

 私と大川先輩の棋譜をなぞっていく。

「2手目に4四歩と突いてわざと取らせる。角がぱくりと食いつくから、パックマン」


挿絵(By みてみん)


「へー、そんなのあるんだ」

 木原先輩は感心したように、ふんふんと盤面を眺めていた。

「あたしも今度からこれやってみようかな。面白そうだし」

「どんな戦法を使うかは個人の自由だけど、これはお勧めしないわ」

「え、なんで? ちゃんとした戦法なんでしょ?」

 木原先輩の質問に、おかっぱ頭の少女は淡々と返す。

「4四角と歩を取った時点で、すでに先手有利なの。プロの座談会でも、先手が6割から8くらい勝てると判定されてる。2手目で不利になる戦法を使うより、マジメに将棋を勉強したほうがいいでしょ」

「うーん、面白そうなのに、残念」

「4二飛、5三角成、3四歩。これも定跡。4七飛車成は後手が面白くないわ。9九角成を受けるために、4二馬、同銀、8八銀。ここまでは正解。だけど……」

 おかっぱ頭の少女は後手の角を持ちあげ、それを9五に打ち下ろした。

「この9五角がくせ者。初見なら、ほとんどの人が7七銀と上がってしまう……でもそれは、本局のように角と銀桂香の交換で駒損になる。だからここでの正解手は……」


挿絵(By みてみん)


 おかっぱ頭の少女は飛車を持ち、それを7七にすえた。

 大川先輩と木原先輩は目を見張る。

 なんと言う余計な解説。これじゃごまかしがきかない。

 木原先輩は、

「こんなの1秒も読まないよ……」

 とつぶやいた。大川先輩も、

「知らないと指せない手ですね……」

 と言い、それからハッとなって私のほうをみた。

「あなた、初心者のフリをして私たちをカモろうとしたんですか?」

 私は顔が真っ赤になる。

「え、いや、その、勧誘があまりにも強かったので……ことわる口実を……」

 ここでおかっぱ頭の少女がわりこんだ。

「失礼ですが、棋力の見分けがつかなかった部長にも落ち度があります」

 つ、強い。上級生に言えるセリフじゃないわよ、それ。

 だけどこのおかげで助かったっぽい。大川先輩はひっこんだ。

 おかっぱ頭の少女は、自己紹介をする。

「私は主将の駒込こまごめ、2年生よ。で、入部してもらえる?」

「それはちょっと……」

「ちょっと大歓迎?」

 なんでやねん。

 このひとはこのひとで、なんかやりにくい。

「すみません、入部は約束していないので、ここで失礼します」

「まだ20分あるけど、おごらなくていいの?」

 私は足をとめた。ふりかえり、コマゴメ先輩と目を合わせた。

 お腹の虫がさわぐ。

「……入部と交換条件で、ですか?」

「それとこれとはべつでしょ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………じゃ、ゴチになります。


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