(4)受けまくる少女
さて、気になる2回戦の結果は……。
「5−2で駒桜の勝ちになりました。お疲れさまです」
蔵持くんは、出場選手をねぎらった。
「2連勝ですね」
私は、となりにいる歩美先輩に話しかけた。
「去年もこんな感じだったわよ」
あっさりとした返答。
「うちの市は、層が厚いのに定評があるからね」
と幸田先輩。
なるほど、個人単位でみると、他の地域にも強豪がいる。
だけど、チームとしてみれば、うちは強いわけか。
「それでは、作戦会議に入ります」
蔵持くんを中心に、全員集合。
「最終戦、本榧となりますが……」
学校名が出た途端、2年生以上の顔付きが険しくなった。
「いよいよですわね」
姫野さんも本気モード。殺し屋の目になる。
「去年は負けてしまったけど、今回はいけるだろう」
千駄さんは、自分に気合いを入れるような言い回し。
どうやら、因縁の対決みたいね。
「メンバーは、どうしますか?」
蔵持くんは、主体性がない。あなたが会長なんですが。
「ベストメンバーで……と言いたいところだけど、当て馬がいるね」
千駄さんは、メモ帳を見ながらそう答えた。
「どこですか?」
「吉備くんのところだ」
あ、さっきの眼鏡の子だ。
そんなに強いの?
「となると、十傑のポイント順に上から、はダメですか」
「それはダメだ。ずらさないと、他も危ない。候補は……」
千駄さんは順番を数えて、それから私に向き直った。
あ、はい。
「裏見さん、吉備さんと当たってくれないかな?」
「いいですけど、私は吉備さんのこと、なんにも知らないですよ」
「受け将棋の名手だよ」
そう言われてもですね……。
「まあ、指してみれば分かるよ」
指して分かっても手遅れだと思う。
ま、当て馬だと決められてるなら、気楽にやりましょ。
ちょっと癪だけど、十傑で成績が最下位だからしょうがない。
「分かりました。善処します」
「そろそろ始めますので、着席してください」
私たちは、対局テーブルに急行した。
4番テーブル……ん、まだ来てない?
本榧のほかのメンバーは揃ってるわよ? 不戦勝?
「吉備さん、この椅子でいいですか?」
「はい、それでお願いします」
私のテーブルの前に、足の長い椅子が置かれた。
レストランの子供用席に似ているタイプだ。
そして、それをよじ登るように、吉備さんが姿を現した。
「遅れてすみません。椅子を用意してもらってました」
「あ、はい」
なんか不透明な返事をしちゃった。
「1番席、振り駒をお願いします」
三宅先輩が、再び振り駒。
「……駒桜市、奇数先」
「本榧市、偶数先」
むむむ、また後手か。
受け将棋としか聞いてないし、棋風が見えてこない。
居飛車党だとは思うんだけど……振り飛車党で受け将棋って珍しいから……。
「チェスクロは裏見さんの右でいいですか?」
「それでお願い」
もう、ですます調でしゃべらなくていいでしょ。
八千代先輩みたいなタイプ。
「対局に不備はありませんね? ……では、対局を開始してください」
「よろしくお願いします」
私は一礼して、チェスクロのボタンを押す。
「7六歩です」
方針をどうするかだけど……四間飛車でいいかしら。
オーソドックスにいきましょう。
「3四歩」
以下、2六歩、4四歩、4八銀、4二飛、5六歩、6二玉と進んだ。
「振り飛車党ですか」
というわけでも、ないんだけどね。
最近はちょっとずつ棋風改造してるし。
6八玉、7二玉、7八玉、3二銀、5七銀、4三銀、7七角、5四銀。
「藤井システムというわけでもないのですか……ふむふむ」
吉備さんは、分析するような眼差し。
正直ですね、受け将棋と聞くと、攻めて潰したくなるのですよ。
というわけで、ガンガンいかせていただきます。
「5五歩とします」
吉備さんもひねってきたわね……6五銀で歩の掠めとりはOKと。
「6五銀」
挑発は受けてたつわよ。
2五歩、3三角、2六飛(この受けは予想済み)。
「5四歩」
がっつりと抉じ開けにいく。
同歩に5二飛だ。
「こういう棋風、悪くありません」
なんですか、その上から目線は。
「攻め将棋ということは、姫野さん繋がりでしょうか?」
いいえ、全然違います。
「姫野さんとは、学校が違うから」
「それは制服で分かります」
じゃあ、なんで勘違いするのよ。
私は盤上のヤクザじゃないっての。
「失礼しました。そう怒らないでください」
「怒ってないわよ」
「顔にモロ出てますが」
くぅ、この子、いちいち反応がめんどくさいわね。
「あなた、姫野さんとは知り合いなの?」
「ええ、お得意さまですよ」
「吉備さん、対局中はお静かに」
左からいきなり声が聞こえて、私はびっくりした。
振り返ると、姫野さんがすごい眼でこちらを睨んでいる。怖い。
吉備さんは口を閉じて、そのまま5六銀と上がってきた。
これは……どこが受け将棋なのよ。
それとも、顔面受けタイプ?
とりあえず、同銀、同飛は論外だ。4二金と受けても5三銀で崩壊する。4五銀のガードは、飛車を逃げずに5三歩成、5六銀、5二と、2八飛、5八金右、5二金左、3一飛、2九飛成、2一飛成で、角が働かない後手は思わしくない。
となると、放置して7六銀ね。
「7六銀」
「6六角」
5四飛、7七歩……うまく受け流された感じ。
確かに、これは受け将棋だ。5六銀も受けの布石だったか。
ここで収まると後手不満なんだけど……んー……。
前のめりになっていた私は、背筋を伸ばしてお茶で一服。
いやあ、この構想はマズかったかしら。
攻めの継続手……攻めの継続手……5六飛とか?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
切って、同飛に6五銀が両取りだ。駒損もしていない。ただ、5三飛成を許すことになるから、その代償がないと指せないわね。5三飛成、6六銀、同歩、2八角、2四歩、同歩、2三飛……これは、3二銀で飛車が死んでいる。2筋からの攻めはないっぽい。
ということは、2八角に……ん、待ってよ、これ、6三の地点が危なくない? 5四銀、5二金左には、3二飛がある。6二金直は5二龍、同金、同飛成、6二銀打、6三銀成、8二玉、7二金、同銀、同成銀、同玉、6三金……げぇ、詰んでる。
3二飛に6二銀も、5二龍、同金、同飛成がW詰めろ(6三銀成以下と、8二金、同玉、6二龍以下の2通り)。5二金左は受けになっていない。
だったら、5二金右だと?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
これなら3二飛と打てな……あッ! 打てるッ!
3二飛、同金、5二龍、6二銀打、6三銀成、8二玉、6二成銀……終了。
そっか、だったら2八角は全然ダメだ。6三の地点を先受けしないと。
私はもう1分ほど考えてから、5六飛と切った。
一応対策は思いついたわよ。
「やって来ましたか……」
吉備さんは眼鏡を直して、同飛。
以下、6五銀、5三飛成、6六銀、同歩。
「2七角」
ここに置きましょう。
「さすがに2八角とはしてきませんか」
吉備さんは鞄からイチゴオレを取り出すと、ストローで飲み始めた。
盤にぶちまけないでね。
「金を上がってもいいんですが、個人的には……」
吉備さんは、龍に指を添える。
「こうですね」
「龍引き……」
「自陣龍、大好きです」
変な趣味しちゃって。
こうなったら、お互いに駒組みのやり直しだ。
私は4五角成と引いて、王手をかける。
8八玉、3五歩、4八金、3四馬、7八銀、8二玉、3九龍、4五歩(これで3三の角がだいぶ楽になった)、5九龍、4四馬、5七金。
吉備さんは、まったく攻めてこない。そろそろ第二弾いきましょう。
「5五銀」
攻めを再開する。
6七銀なら5六歩、同金(同銀は6六銀)、同銀、同銀、6六馬と出る。
吉備さん、ここで少考。
「さて、どうしたものでしょうか」
第一感は6七銀なんだけどなあ。
30秒将棋なら、ノータイムでそう指してきそう。
「……こっちですね」
吉備さんは、5六銀と打ってきた。
5六銀? 6筋を受けてないわよ?
6六銀、同金、同馬……銀に龍のひもがついてるのか……。
次に4八金と打てれば優勢だけど、5七銀とか受けてきそう。
でも、これって5六同銀から押さえ込めるような……。
「同銀」
私は銀を取った。
同金、5五歩、5七金、7二銀、4八龍。
押さえ込めたかと思ったら、吉備さんは4六歩、同歩、同金を狙ってきた。
いきなり攻めっ気をみせましたか。ひとまず受けに回りましょう。
「5四銀」
私は前線を補強する。
「4六歩です」
それでも突いてきた。同歩に同龍。同金じゃないのね。
4五銀、4七龍、5六歩、同金、同銀、同龍、5五金、5九龍、5六歩。
これは……拠点ができたのかできてないのか……微妙……。
「6七銀打」
吉備さんは、6筋をがっちり補強してきた。
んー、全体的に攻め駒不足の感が否めない。
しかも5六銀と拠点を潰される恐れがある。
「3四馬」
私は5六の歩を支えた。
「4七銀」
ええッ!? そこに銀打つのッ!?
こ、これは読んでなかった。
次は間違いなく5六銀右だから、どこかで手を作らないといけない。
……………………
……………………
…………………
………………
3六歩? 3六歩、同歩、3八歩と垂らして、同銀でも同龍でも6六金と突っ込む。これ以外には次の5六銀を防ぐ手段がないわ。
私は3六歩を決断した。
「ほお、うまく作ってきますね」
どうも。
「普通に同歩です」
3八歩。
「3五歩」
ん? 歩をくれるの? ありがたくちょうだいするわよ。
同馬、5六銀右、6六金、4三飛(?)、6七金、同銀上、5一金左。
「4七飛成」
なんじゃこりゃぁああああッ!?
じ、自陣2枚龍? 私は頭がくらくらしてきた。
どんだけ受けが好きなのよ。マゾですか?
私は残り時間を確認する……お互いに10分切ったところか。
これ150手超えるんじゃないかなあ。
とにかく、どこかで飛車角交換しないと、埒が開かない。
私は1五角と出て、龍に狙いを定めた。
4九龍寄、4六歩、3八龍引、3七歩、同桂、3六銀。
これで、どう?
「2八金」
……………………
……………………
…………………
………………
攻めが切れた予感。
さすがに銀桂交換じゃ無理がある。3七銀成はない。
「裏見さん、歩切れですが、どうします?」
えーい、そんなことは分かってるわよ。
歩、歩さえあれば、5五歩、同銀、4七歩成とできるのに。
入手するには……3三桂〜2五桂?
2五桂、同桂、5五歩、同銀、4七歩成。これは成功だ。
桂歩交換の価値がある。
「3三桂」
「7八金」
「2五桂」
私の桂跳ねに、吉備さんはこくりと頷いた。
「無理攻めですね」
いちいち言わなくてよろしい。
「同桂です」
「5五歩ッ!」
「3七歩」
うッ……銀を見捨てた……。
「ご、5六歩」
3六歩、4五馬。
「これで完切れですよ、5八銀打」
……………………
……………………
…………………
………………
攻めが……切れた……?
いや、まだなにか手が……4七銀とか……でも歩を渡すだけ……。
私は現実を見つめる。これは……完全に切れてる。もう無理だ。
だけど、駒割りは私の桂損(+歩損)。暴発しなければ粘れる形勢だと思う。
「6四歩」
私は自陣の歩を伸ばした。
「受けきりましたし、そろそろ動きますか。3七金です」
吉備さんは、金を活用し始めた。
3七角成は意味ないから、2四角。こちらも角の活用を目指す。
「5七歩です」
ん? 自分から前線を拡大した?
同歩成だと……同銀、4七銀、同金、同歩成、同龍右……手が続かない。
これは5七に銀がいるせいだから、むしろ5七歩成と取らないで、すぐに4七銀、同金、同龍右、4六金は、どう? これなら攻めが繋がる。
吉備さん、受けは得意だけど攻めが苦手なタイプ?
ここはチャンスとみました。
「4七銀」
私は銀を打ち込む。
同金、同歩成、同龍右、4六金。
「5六龍」
え? 馬と龍を交換してくれるの? いただきッ!
「同金」
「4五龍です」
6七金、同金。ほらほら、これは一気に巻き返してきたんじゃないの。
ここから裏見様の攻め、みせつけてやるわよ。
1五角、4九歩、3七角成。
攻め攻め攻め攻め攻め攻め攻め攻めッ!
3三桂成、3八飛、4七銀打、2八飛成。
攻め攻め攻め攻め攻め攻め攻め攻めッ!
「6九金」
……………………
……………………
…………………
………………
どうしてこうなった?