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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
番外編 2013年度 四市対抗オールスター戦(2014年1月12日日曜)
281/295

(4)受けまくる少女

 さて、気になる2回戦の結果は……。

「5−2で駒桜の勝ちになりました。お疲れさまです」

 蔵持(くらもち)くんは、出場選手をねぎらった。

「2連勝ですね」

 私は、となりにいる歩美(あゆみ)先輩に話しかけた。

「去年もこんな感じだったわよ」

 あっさりとした返答。

「うちの市は、層が厚いのに定評があるからね」

 と幸田(こうだ)先輩。

 なるほど、個人単位でみると、他の地域にも強豪がいる。

 だけど、チームとしてみれば、うちは強いわけか。

「それでは、作戦会議に入ります」

 蔵持くんを中心に、全員集合。

「最終戦、本榧(ほんがや)となりますが……」

 学校名が出た途端、2年生以上の顔付きが険しくなった。

「いよいよですわね」

 姫野(ひめの)さんも本気モード。殺し屋の目になる。

「去年は負けてしまったけど、今回はいけるだろう」

 千駄(せんだ)さんは、自分に気合いを入れるような言い回し。

 どうやら、因縁の対決みたいね。

「メンバーは、どうしますか?」

 蔵持くんは、主体性がない。あなたが会長なんですが。

「ベストメンバーで……と言いたいところだけど、当て馬がいるね」

 千駄さんは、メモ帳を見ながらそう答えた。

「どこですか?」

吉備(きび)くんのところだ」

 あ、さっきの眼鏡の子だ。

 そんなに強いの?

「となると、十傑のポイント順に上から、はダメですか」

「それはダメだ。ずらさないと、他も危ない。候補は……」

 千駄さんは順番を数えて、それから私に向き直った。

 あ、はい。

裏見(うらみ)さん、吉備さんと当たってくれないかな?」

「いいですけど、私は吉備さんのこと、なんにも知らないですよ」

「受け将棋の名手だよ」

 そう言われてもですね……。

「まあ、指してみれば分かるよ」

 指して分かっても手遅れだと思う。

 ま、当て馬だと決められてるなら、気楽にやりましょ。

 ちょっと癪だけど、十傑で成績が最下位だからしょうがない。

「分かりました。善処します」

「そろそろ始めますので、着席してください」

 私たちは、対局テーブルに急行した。

 4番テーブル……ん、まだ来てない?

 本榧のほかのメンバーは揃ってるわよ? 不戦勝?

「吉備さん、この椅子でいいですか?」

「はい、それでお願いします」

 私のテーブルの前に、足の長い椅子が置かれた。

 レストランの子供用席に似ているタイプだ。

 そして、それをよじ登るように、吉備さんが姿を現した。

「遅れてすみません。椅子を用意してもらってました」

「あ、はい」

 なんか不透明な返事をしちゃった。

「1番席、振り駒をお願いします」

 三宅(みやけ)先輩が、再び振り駒。

「……駒桜市、奇数先」

「本榧市、偶数先」

 むむむ、また後手か。

 受け将棋としか聞いてないし、棋風が見えてこない。

 居飛車党だとは思うんだけど……振り飛車党で受け将棋って珍しいから……。

「チェスクロは裏見さんの右でいいですか?」

「それでお願い」

 もう、ですます調でしゃべらなくていいでしょ。

 八千代(やちよ)先輩みたいなタイプ。

「対局に不備はありませんね? ……では、対局を開始してください」

「よろしくお願いします」

 私は一礼して、チェスクロのボタンを押す。

「7六歩です」

 方針をどうするかだけど……四間飛車でいいかしら。

 オーソドックスにいきましょう。

「3四歩」

 以下、2六歩、4四歩、4八銀、4二飛、5六歩、6二玉と進んだ。


挿絵(By みてみん)


「振り飛車党ですか」

 というわけでも、ないんだけどね。

 最近はちょっとずつ棋風改造してるし。

 6八玉、7二玉、7八玉、3二銀、5七銀、4三銀、7七角、5四銀。

「藤井システムというわけでもないのですか……ふむふむ」

 吉備さんは、分析するような眼差し。

 正直ですね、受け将棋と聞くと、攻めて潰したくなるのですよ。

 というわけで、ガンガンいかせていただきます。

「5五歩とします」


挿絵(By みてみん)


 吉備さんもひねってきたわね……6五銀で歩の掠めとりはOKと。

「6五銀」

 挑発は受けてたつわよ。

 2五歩、3三角、2六飛(この受けは予想済み)。

「5四歩」

 がっつりと抉じ開けにいく。

 同歩に5二飛だ。

「こういう棋風、悪くありません」

 なんですか、その上から目線は。

「攻め将棋ということは、姫野さん繋がりでしょうか?」

 いいえ、全然違います。

「姫野さんとは、学校が違うから」

「それは制服で分かります」

 じゃあ、なんで勘違いするのよ。

 私は盤上のヤクザじゃないっての。

「失礼しました。そう怒らないでください」

「怒ってないわよ」

「顔にモロ出てますが」

 くぅ、この子、いちいち反応がめんどくさいわね。

「あなた、姫野さんとは知り合いなの?」

「ええ、お得意さまですよ」

「吉備さん、対局中はお静かに」

 左からいきなり声が聞こえて、私はびっくりした。

 振り返ると、姫野さんがすごい眼でこちらを睨んでいる。怖い。

 吉備さんは口を閉じて、そのまま5六銀と上がってきた。


挿絵(By みてみん)


 これは……どこが受け将棋なのよ。

 それとも、顔面受けタイプ?

 とりあえず、同銀、同飛は論外だ。4二金と受けても5三銀で崩壊する。4五銀のガードは、飛車を逃げずに5三歩成、5六銀、5二と、2八飛、5八金右、5二金左、3一飛、2九飛成、2一飛成で、角が働かない後手は思わしくない。

 となると、放置して7六銀ね。

「7六銀」

「6六角」

 5四飛、7七歩……うまく受け流された感じ。

 確かに、これは受け将棋だ。5六銀も受けの布石だったか。

 ここで収まると後手不満なんだけど……んー……。

 前のめりになっていた私は、背筋を伸ばしてお茶で一服。

 いやあ、この構想はマズかったかしら。

 攻めの継続手……攻めの継続手……5六飛とか?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 切って、同飛に6五銀が両取りだ。駒損もしていない。ただ、5三飛成を許すことになるから、その代償がないと指せないわね。5三飛成、6六銀、同歩、2八角、2四歩、同歩、2三飛……これは、3二銀で飛車が死んでいる。2筋からの攻めはないっぽい。

 ということは、2八角に……ん、待ってよ、これ、6三の地点が危なくない? 5四銀、5二金左には、3二飛がある。6二金直は5二龍、同金、同飛成、6二銀打、6三銀成、8二玉、7二金、同銀、同成銀、同玉、6三金……げぇ、詰んでる。

 3二飛に6二銀も、5二龍、同金、同飛成がW詰めろ(6三銀成以下と、8二金、同玉、6二龍以下の2通り)。5二金左は受けになっていない。

 だったら、5二金右だと?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これなら3二飛と打てな……あッ! 打てるッ!

 3二飛、同金、5二龍、6二銀打、6三銀成、8二玉、6二成銀……終了。

 そっか、だったら2八角は全然ダメだ。6三の地点を先受けしないと。

 私はもう1分ほど考えてから、5六飛と切った。

 一応対策は思いついたわよ。

「やって来ましたか……」

 吉備さんは眼鏡を直して、同飛。

 以下、6五銀、5三飛成、6六銀、同歩。

「2七角」


挿絵(By みてみん)


 ここに置きましょう。

「さすがに2八角とはしてきませんか」

 吉備さんは鞄からイチゴオレを取り出すと、ストローで飲み始めた。

 盤にぶちまけないでね。

「金を上がってもいいんですが、個人的には……」

 吉備さんは、龍に指を添える。

「こうですね」


挿絵(By みてみん)


「龍引き……」

「自陣龍、大好きです」

 変な趣味しちゃって。

 こうなったら、お互いに駒組みのやり直しだ。

 私は4五角成と引いて、王手をかける。

 8八玉、3五歩、4八金、3四馬、7八銀、8二玉、3九龍、4五歩(これで3三の角がだいぶ楽になった)、5九龍、4四馬、5七金。

 吉備さんは、まったく攻めてこない。そろそろ第二弾いきましょう。

「5五銀」


挿絵(By みてみん)


 攻めを再開する。

 6七銀なら5六歩、同金(同銀は6六銀)、同銀、同銀、6六馬と出る。

 吉備さん、ここで少考。

「さて、どうしたものでしょうか」

 第一感は6七銀なんだけどなあ。

 30秒将棋なら、ノータイムでそう指してきそう。

「……こっちですね」

 吉備さんは、5六銀と打ってきた。

 5六銀? 6筋を受けてないわよ?

 6六銀、同金、同馬……銀に龍のひもがついてるのか……。

 次に4八金と打てれば優勢だけど、5七銀とか受けてきそう。

 でも、これって5六同銀から押さえ込めるような……。

「同銀」

 私は銀を取った。

 同金、5五歩、5七金、7二銀、4八龍。

 押さえ込めたかと思ったら、吉備さんは4六歩、同歩、同金を狙ってきた。

 いきなり攻めっ気をみせましたか。ひとまず受けに回りましょう。

「5四銀」

 私は前線を補強する。

「4六歩です」

 それでも突いてきた。同歩に同龍。同金じゃないのね。

 4五銀、4七龍、5六歩、同金、同銀、同龍、5五金、5九龍、5六歩。


挿絵(By みてみん)


 これは……拠点ができたのかできてないのか……微妙……。

「6七銀打」

 吉備さんは、6筋をがっちり補強してきた。

 んー、全体的に攻め駒不足の感が否めない。

 しかも5六銀と拠点を潰される恐れがある。

「3四馬」

 私は5六の歩を支えた。

「4七銀」


挿絵(By みてみん)


 ええッ!? そこに銀打つのッ!?

 こ、これは読んでなかった。

 次は間違いなく5六銀右だから、どこかで手を作らないといけない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 3六歩? 3六歩、同歩、3八歩と垂らして、同銀でも同龍でも6六金と突っ込む。これ以外には次の5六銀を防ぐ手段がないわ。

 私は3六歩を決断した。

「ほお、うまく作ってきますね」

 どうも。

「普通に同歩です」

 3八歩。

「3五歩」

 ん? 歩をくれるの? ありがたくちょうだいするわよ。

 同馬、5六銀右、6六金、4三飛(?)、6七金、同銀上、5一金左。

「4七飛成」


挿絵(By みてみん)


 なんじゃこりゃぁああああッ!?

 じ、自陣2枚龍? 私は頭がくらくらしてきた。

 どんだけ受けが好きなのよ。マゾですか?

 私は残り時間を確認する……お互いに10分切ったところか。

 これ150手超えるんじゃないかなあ。

 とにかく、どこかで飛車角交換しないと、埒が開かない。

 私は1五角と出て、龍に狙いを定めた。

 4九龍寄、4六歩、3八龍引、3七歩、同桂、3六銀。

 これで、どう?

「2八金」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 攻めが切れた予感。

 さすがに銀桂交換じゃ無理がある。3七銀成はない。

「裏見さん、歩切れですが、どうします?」

 えーい、そんなことは分かってるわよ。

 歩、歩さえあれば、5五歩、同銀、4七歩成とできるのに。

 入手するには……3三桂〜2五桂?

 2五桂、同桂、5五歩、同銀、4七歩成。これは成功だ。

 桂歩交換の価値がある。

「3三桂」

「7八金」

「2五桂」

 私の桂跳ねに、吉備さんはこくりと頷いた。

「無理攻めですね」

 いちいち言わなくてよろしい。

「同桂です」

「5五歩ッ!」

「3七歩」

 うッ……銀を見捨てた……。

「ご、5六歩」

 3六歩、4五馬。

「これで完切れですよ、5八銀打」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 攻めが……切れた……?

 いや、まだなにか手が……4七銀とか……でも歩を渡すだけ……。

 私は現実を見つめる。これは……完全に切れてる。もう無理だ。

 だけど、駒割りは私の桂損(+歩損)。暴発しなければ粘れる形勢だと思う。

「6四歩」

 私は自陣の歩を伸ばした。

「受けきりましたし、そろそろ動きますか。3七金です」

 吉備さんは、金を活用し始めた。

 3七角成は意味ないから、2四角。こちらも角の活用を目指す。

「5七歩です」


挿絵(By みてみん)


 ん? 自分から前線を拡大した?

 同歩成だと……同銀、4七銀、同金、同歩成、同龍右……手が続かない。

 これは5七に銀がいるせいだから、むしろ5七歩成と取らないで、すぐに4七銀、同金、同龍右、4六金は、どう? これなら攻めが繋がる。

 吉備さん、受けは得意だけど攻めが苦手なタイプ?

 ここはチャンスとみました。

「4七銀」

 私は銀を打ち込む。

 同金、同歩成、同龍右、4六金。

「5六龍」


挿絵(By みてみん)


 え? 馬と龍を交換してくれるの? いただきッ!

「同金」

「4五龍です」

 6七金、同金。ほらほら、これは一気に巻き返してきたんじゃないの。

 ここから裏見様の攻め、みせつけてやるわよ。

 1五角、4九歩、3七角成。

 攻め攻め攻め攻め攻め攻め攻め攻めッ!

 3三桂成、3八飛、4七銀打、2八飛成。

 攻め攻め攻め攻め攻め攻め攻め攻めッ!

「6九金」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 どうしてこうなった?

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