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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
番外編 2013年度 四市対抗オールスター戦(2014年1月12日日曜)
278/295

(1)忍ばない少女

「うわぁ……奇麗……」

 それが、私の第一声だった。

 ここはH市の総合文化センター。

 地方都市の駒桜とは、比べ物にならない広さだ。

 磨き上げられた板張りの床と、真っ白な壁に、照明の光が反射する。

 テーブルは、駒桜の大会で使ってるような茶色の長机じゃなくて、もっとどっしりとしたキャスター付きの代物。うーん、ひとつ失敬したいわね。

 さすがは県庁所在地って感じ。

裏見(うらみ)さんは、ここ初めてですか?」

 つじーんが尋ねてきた。

「初めてよ」

「僕は県大会でなんどかお世話になってます」

 なんですか? プチ自慢ですか?

「ところで、オーダーはどうなってるの?」

 なんの相談も受けてないんだけど。

「それは先輩方がやってくれますよ」

 上級生に丸投げか……楽でいい。

「駒桜の選手、集まってください」

 蔵持(くらもち)くんの号令で、私たちは一ヶ所に集まった。

 メンバーは、十傑の千駄先輩、姫野さん、菅原先輩、つじーん、スネ夫先輩、歩美先輩、くららん、三宅先輩、久世先輩、そして私。他には、新しく副会長になったサーヤと、甘田さんの姿もある。サーヤは引率役みたいだけど、甘田さんは自費かしらん。あ、それと、市の代表幹事として八千代先輩も参加していた。八千代先輩は、運営席にいる。

「えー、今日は四市対抗オールスター戦です。引率は新会長の僕と、副会長の鞘谷さんですが、オーダーなどは千駄前会長、姫野前副会長を中心に行いますので、その点はよろしくお願いします」

 まあ、1年生じゃ勝手が分からないわよね。

 くららんのスピーチが終わったところで、千駄前会長は前に出た。

「おはよう、今からオーダーを回すから、各自チェックしてくれ」

 千駄さんは、プリントを配った。

 

 大将 三宅

 副将 辻

 三将 菅原

 四将 裏見

 五将 千駄

 六将 久世

 七将 姫野

 八将 蔵持

 九将 駒込

 十将 幸田


 へぇ、こうなってるんだ。

 意図がよく分からない。

「いろいろ注文はあるかもしれないが、オールスターは交流戦だ。並びにこだわっても仕方がない。各人の努力に期待するよ」

 丸投げされた仕事が、再び私たちに返ってきた。

「初参加の人のために、ルールをもう一度説明するよ。10名登録の7名出場。勝ち星の多いチームが勝ち。当たり前だね。千日手は指し直し1回まで。2回生じたときは引き分け。持将棋は24点法で引き分け。そして、これが特殊なんだけど、登録選手は必ず1回は出なくてはいけない。ベンチになるんじゃないかと心配する必要はないよ」

 それは、あらかじめ送られてきたメールで知っている。

 10人中7人っていうのもすごいし、最低出場回数が定まっているところをみると、お祭り的なイベントなんでしょうね。会場の雰囲気も緩い。違う学校同士でも、将棋を指したり雑談したり、和気あいあいとしていた。

「なにか質問はあるかな?」

 千駄さんは、私たちをぐるりと見回した。

 すると、菅原先輩が挙手した。

「1回戦の相手は、まだ決まってないのか?」

「まだみたいだね」

「さっき籤引いてただろ?」

「本榧高校がまだ来てない」

 千駄さんの答えに、菅原先輩は軽く舌打ちをした。

「偏差値高いからって遅刻していいと思ってんのか」

 県立本榧高校は、この周辺だと一番の進学校だ。

「まだ定刻じゃないからね。ほかに質問がないなら、ゆっくりしといてくれ」

 こうして、ミーティングは終わった。

 なにも中身がなかったわね……あ、お茶買うの忘れてた。

「自販機のある場所、誰か知ってます?」

「それなら廊下の左にあるよん」

「ありがとうございます」

 甘田さんに教えてもらったとおり、私はホールを出て廊下を左に曲がった。

 ……あった。私は150円を投入して、緑茶を購入。

 きびすを返そうとしたとき、ふと他校の女子が現れた。

 この典型的なセーラー服は……獄門だ。うわぁ、ちょっと怖いかも。獄門は、いろんな意味で有名な学校だ。超スパルタで、体罰なんかも普通にあるとかないとか。スポーツの強豪だし、種目によっては全国に名が轟いている。

 私がそばを通り過ぎようとした瞬間、少女は振り返った。

「おぬし、市立の生徒だな」

 ……はい?

 妙な言い回しに、私は思わず立ち止まってしまった。

「そ、そうですけど」

「見かけぬ顔だな。新入りか」

 ……えぇ、なに、この人。

 語調がすごく変。

 ただ、美人だし、目つきが鋭いだけで、他に特徴は……あ、ポニテ。

 むむむ、ポニテなら私も負けないわよ。

 この裏見様のポニーテールをご覧なさい。

「どなたですか?」

 私は強気に出る。

「これは失礼した。拙者は獄門の神崎(かんざき)(しのぶ)と申す」

 ……は? 拙者って言った? 時代劇ごっこかなにか?

「一年生だ。貴殿の学年は」

「私も1年生だから、もうちょっと普通に喋ってくれない?」

「普通と言われてもな……拙者はこれが普通だ」

 んなわけないでしょッ!

 一人称が拙者の女子高生なんて、いてたまりますかッ!

「あのさ、いくら初対面でも……」

「あら、忍ちゃんじゃない」

 廊下の向こう側から、歩美先輩が現れた。

 神崎さんも、そちらに向き直る。

「これはこれは、市立の駒込殿、お目にかかれて光栄だ」

「忍ちゃん、最近調子はどう?」

「忍術学校も卒業し、いよいよ順風満帆といったところ」

「将棋は?」

「将棋もそこそこに」

「当たったら、よろしく」

「こちらこそ、よろしく仕る」

 歩美先輩はそれだけ言って、さらに奥へと消えてしまった。トイレっぽい。

「失礼。して、なんの話だったかな?」

「ニンジュツ学校って、なに? 中学校の名前?」

「国立の忍者養成機関だ」

「ニンジャ? ……漫画とかに出てくる忍者じゃないわよね?」

「その忍者だ」

 ……もはや意味が分からない。

 忍術学校? 忍者? ……んなわきゃーない。

 歩美先輩は動じてなかったけど、ふたりしてからかったんじゃないでしょうね。

 ありうるから困る。

「ごめん、そろそろ戻るわ」

「それは残念だ。同じ一年同士、あとで携帯番号など交換しよう」

 遠慮させていただきます。

 自称忍者とか、怪し過ぎる。変な勧誘のメール来そう。

 私はその場から、そそくさと逃げ出した。

 会場にもどると、知らない生徒が増えていた。

「本榧の到着ですか?」

 私は菅原先輩に尋ねた。

「みたいだな。あと5分で始まるぞ」

 まあまあ、落ち着きましょう。

 宮本武蔵も遅れて来たしね。頭に血が昇ったら終わり。

「それでは、対戦校を発表します」

 遠くのホワイトボードに、張り紙がされた。

 うーん、見に行ったものか……あんまり混雑してもしょうがないし……。

 私は諦めて、駒桜のブースに待機した。

 しばらくして、くららんがメモ帳片手に戻ってきた。

「最初は鎌鼬(かまいたち)市ですね」

 鎌鼬か……さっきの子、出てるかしらん。獄門は鎌鼬市のはず。

 当たらなければいいけど。

「時間が押していますので、すぐに開会式を行います。全校集合してください」

 あらやだ、結構本格的。

 と思いきや、整列もせずにバラバラ。

「選手代表、挨拶。椿油高校、桐野(きりの)(はな)さん」

「はぁい」

 間の抜けた声と一緒に、ロングヘアの妖精系美少女が前に出た。

 ほんわかな笑顔で、くるりとみんなの方へ向き直る。

「今日はぁ、北風さんがぴゅーぴゅー吹いててぇ、とっても寒いですぅ。でもぉ、みんなでぽかぽかするような将棋を指したいと思いまぁす。ちなみにぃ、お花は今朝、猫ちゃんとワンちゃんが、お庭で一緒にぬくぬくしてるのを見ましたぁ。とってもあったかそうだったのですぅ。お花も仲間に入れてもらおうと思ってぇ……」

 えぇ……なにこれ……私はめちゃくちゃ動揺する。

「というわけでぇ、猫ちゃんをモフモフしてたらぁ……」

「す、すみません、挨拶はそのくらいで終わりにしてください」

「ふえぇ、ごめんなさぁい」

 少女はそう言って、列に戻った。

 この子、ヤバいんじゃない?

 なんというか……すごく触れてはいけない感じがする。

「それでは、各市の代表者は、席についてください」

 では、早速……あれ?

「結局、誰が出るんですか?」

 私はキョロキョロする。

 蔵持くんは、メモ帳を確認した。

「今から発表するね。一回戦の抜け番は、三宅先輩、久世先輩、幸田先輩です」

 ってことは、私は出るわけか。

「ふむ、いきなり抜け番か」

 久世さんは、腕組みをして唸った。

「すみません、応援をよろしくお願いします」

「なに、新入生のトレーニングも兼ねてるからな。俺はおとなしくしとくよ」

 抜けた人は荷物番。

 私は対局席へと向かう。

「えー、オーダー交換などはないので、そのまま着席してください」

 適当ね。非公式戦だからかしら。

 三宅先輩が抜けてるから、私は3番席……げッ!

「む、おぬしと当たったか」

 なんでよッ!? 完全にフラグ立ってるじゃないッ!

「よろしく仕る」

「よ、よろしく……」

 神崎さんは、用意された駒を並べ始めた。

 この手付き……できる。

 私も負けじと並べる。

「面識がないとはいえ、おぬしも十傑。初心者ではあるまい」

「……中学のときは将棋部じゃなかっただけよ」

「左様か」

 この喋り方にも、だんだん慣れてきた。

「各列、振り駒をお願いします」

 1番席のつじーんは、相手の怖そうなお兄さんに振り駒を譲った。

「……鎌鼬市、奇数先」

「駒桜市、偶数先です」

 私は後手か……そっちの方が、相手の棋風がみれていいかも。初見だし。

 情報収集しとけばよかったかしら。

「対局準備の整っていないところはありませんね? ……それでは始めてください」

「よろしくお願いします」

 私は一礼してから、チェスクロを押した。

「9六歩だ」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「どうした。拙者が先手番であろう」

「え、あ、はい」

 私は3四歩と、角道を開ける。

 神崎さんは、さらに4八銀としてきた。

 ……なにこれ、全然予想外の出だしなんだけど。

 素人? ……なわけないか。鎌鼬市の十傑でしょ。鎌鼬がどれくらい将棋盛んなのかは知らないけど、十人目が初心者ってはずはない。いくらなんでも少な過ぎる。

 私は用心しつつ、9四歩と突き返して、様子をみることにした。

「3六歩」


挿絵(By みてみん)


 くぅ、もうわけ分かんない。

 悩むのは止め。ぶっ潰す。

 5四歩、3七銀、5二飛、6八玉、6二玉、7八玉。

 飯島流引き角でもない……と。

 7二銀、4六銀、7一玉、3八飛。

 めちゃくちゃ単純な急戦ってわけね。なんとなく見えてきたわ。

 私は3二金と備えた。以下、3五歩、同歩、同飛、8二玉と進む。

「駒組みに粗相はないようだな」

 序盤で作戦負けして、たまりますか。

「こちらも守備を固めよう。5八金右」

 ここで私は少考。

 この神崎って子、早指しみたいね。全然時間を使ってない。

 中飛車にした以上、こちらは5五歩と伸ばしたい。同飛も同銀もありえないから、先手はそれを甘受するしかないはず。そこでなにを指してくるか……7六歩かな?

 いい加減に角道を開けてくるでしょ。

「5五歩」

「3七桂」


挿絵(By みてみん)


 ぐッ……読みが外れた……けど、これって悪手じゃない? 3八歩で?

 4五桂で歩を取りにきたら、4四歩と突いて桂馬を殺すことができる。3八飛、4五歩、3五銀は、こちらが有利だ。かと言って、2五に跳ねても同じ。2四歩がある。というわけで、3八歩〜3九歩成を許すしかないでしょ、先手は。

 私は軽く頷いてから、3八歩と打ち込んだ。

 神崎さんは、形のよい眉毛をぴくりとさせる。

「なんだそれは、取り切れるぞ」

「え?」

 神崎さんの手が、9筋に伸びる。

 

挿絵(By みてみん)


 え、角上がり? 3九歩成で?

 私は読み直す。3九歩成、4五桂、4四歩……あッ! 5三桂成ッ!

 しまった、角で桂馬をガードできるのか。変則的過ぎて気付かなかった。

 となると、歩成りはできない。桂馬を突っ込まれてしまう。

 ……やるわね。こうなったら方針変更で、角を苛めましょう。9五歩とか。4五桂には4四角と上がって、5筋をガード……あれ? 3八飛? 歩を取られちゃう。

 4四角と上がらずに、9六歩と取り込むのは? 8六角……8六角のあとが続かないか。ということは、3八歩は無意味……そんなバカな……この順を一瞬で読んだの? ありえない。だとしたら強過ぎる。

 私はちょっと怖くなってきた。

「きゅ、9五歩」

 とりあえず、歩を代償にして端を詰めに向かう。

 4五桂、4四角、3八飛、9六歩、8六角。

 ここで、私の方は手詰まりになってしまった。先手は次に3三歩がある。同桂、同桂成、同角、同飛成、同金、3一角成の強襲がモロ見え。

 となると……5一飛。これで銀に紐をつける。

「やはり取り切りであったな。おぬしの急所は……」

 神崎さんは、歩を手にする。3三歩かなあ……これは……。

 ところが、歩はまったく別のところに置かれた。


挿絵(By みてみん)


 端の逆襲……さっきから、全然手が当たらない……。

 私は、チェスクロを確認する。私は22分、神崎さんは28分。

「時間は気にせずともよいぞ。拙者は10秒以上使わぬからな」

 はあ? 舐めプですか?

 あったまきた。こんなの全部受け止めてやるわよ。

 こっちの駒はほとんど動かせないから、角を目標に。8四歩。

「大層危険な順に飛び込むのだな。9六香だ」

 神崎さんは、端を完全に詰めた。

 8五歩、9三歩成、同香、同香成、同玉、7五角、8二玉。

「9四歩だ」

「9二歩」

 香車交換で、ムリヤリ攻め駒をゲットした。

「お互いに香車が手に入ったか……」

 神崎さんは、親指で香車を器用に弾いた。

 コイントスみたいに、駒が奇麗な放物線を描く。

「既に拙者の勝ちだな。いざ、寄せに参らん」

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