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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第6局 わくわく新人戦編(2013年6月2日日曜)
26/295

22手目 言い負かされる少女

 私が遅れて頭をさげた。横溝(よこみぞ)さんは自嘲気味に盤面をゆびさした。

「ひどかったね……いいところナシだったかも……」

 横溝さんから見れば、ずっと受け一方だったのよね。

 ただ、私の圧勝かと言えばそういうわけでもないし。

 ここで歩美(あゆみ)先輩が、

「そう? 終盤はけっこう怪しくなったと思ったけど」

 とコメントした。

 うんうん、私もそう思います……って、なにいきなり割り込んでるんですか。

 横溝さんも驚いてるんですけど……。

 私たちをよそに、歩美先輩はひとり先を続けた。

「例えば74手目に飛車打ちじゃなくて6三飛の勝負手は?」

「6三飛……」

 私と横溝さんは、うながされるように盤面を戻した。

 そして6三飛車と成銀を取る。


挿絵(By みてみん)


 私はすこし迷いながら、

「とりあえず同角成の一手で……」

 と、飛車を取った。これで飛車銀交換。後手が損してる。

「で、5二銀と打つのよ」

「5二銀……?」

 私は言われるがままに銀を打った──どうなの?

 確かに即寄りはなくなったっぽいけど、これでも先手がまだいいような。

「5四馬、4三銀打、4五馬くらいで、こっちが良くないですか?」

 将棋の優劣には年齢も地位も関係ない。それは私の持論。

 歩美先輩がひとつ上でも、ここはゆずれない。

「それは4四歩、4六馬と追ってから、6二金と拠点の歩を払う。大切なのは、即寄りがないってことと、持ち時間がなければいくら有利でも読み切れないってこと。1分将棋で指すなら7四歩くらいでしょうけど、それでもずっと粘れるでしょ。っていうか、私の大局観だと、これもう後手逆ってるわよ。王様が堅過ぎるから」

 うッ……そう言われるとそうかも……駒割りは……角と銀2枚の交換か。

 こっちは馬を作ってるけど、小駒がないから攻め手に欠けちゃう。

 ショックを受けてるのは私だけじゃなかった。むしろ横溝さんの方が深刻そう。

「そっか……攻めないで受ければ良かったんだ……」

 横溝さんがくやしそうにつぶやく。私はなにも言えない。

 感想戦って、敗者側の肩をもたないといけないから、勝った方は自然と無口になっちゃうのよね。まあ、人に寄るんでしょうけど。歩美先輩はそのへんに無頓着だ。

 私がそんなことを考えていると、横溝さんが先を続けた。

「5二角に4二飛車打ちも、ちらりと浮かんだんだけど……香子ちゃん読んでた?」

「4二飛車打ち? ……ううん、全然読んでないと思う」

「そっか……冴えなさそうだから、私もすぐ読みを打ち切ったんだよね……」

 そう言いながら、横溝さんは4二飛とした。


挿絵(By みてみん)


 おたがいに沈黙が続く中、今度は姫野(ひめの)先輩がそっと口をはさんだ。

「それは危ないですわね。寄りがあるかもしれません」

 横溝さんは顔をあげた。

「寄りますか?」

「このままでは5二飛、同成銀、同玉と清算されてしまうので、6一歩成、同金、同角成、同玉。そこで5三角と打ちます。5一玉には4二角成、同飛、5三金、あるいは4二角成、同玉、6二飛、3一玉、5三金。前者の5三金で後手が受けずに、例えば2八角なら、4二金、同金、6二飛」


挿絵(By みてみん)


 駒がすらすらと進められる。

 これまさかリアルタイムで読んでるんじゃないでしょうね。

 私は薄ら寒いものを感じた。

「次に6一飛車で詰みですから、受けなければなりません。5二銀のような手は、6一飛、同銀、同飛成、同玉、6二銀で受けになっていませんので、例えば4三角でしょうか。そこで3二飛と、今度は反対側から打ちます。3二銀なら同飛成、同金、5二銀、4二玉、4三銀成、同玉、6一角、4四玉、3二飛成……」


挿絵(By みてみん)


「先手も少し危ないですが、入玉にさえ気を付ければなんとかなるかと」

 沈黙──みんな手順を追うので精一杯って感じ。

 私はようやく読みがまとまったところで、

「でも、これを1分で正しく指せるかどうか……」

 と返した。

「確かに1分将棋では厳しいかもしれません。それに、5一玉はおそらく悪手で、本線は7一銀打というのが、わたくしの第一感ですわね。いずれにせよ横溝さんは、時間攻めに入るのが少々早かったような気が致します」

 うーん、姫野先輩、口調はお嬢様だけど、なんかドスが効いてるのよね。

 横溝さんも縮こまっちゃってる。それにこの駒を強引に切っての寄せは、姫野先輩の棋風であって、横溝さんの棋風じゃないと思う。

 盤上の女ヤクザ……か……言い得て妙かもしれない。

 ん、待ってよ、これだけ受けの有力手があるってことは──

「私、どこかで間違えました? 2六飛と回ったときは、かなり良く感じたんですけど?」

 私の質問に、みんな考え込むような仕草をした。一番後ろにいる数江(かずえ)先輩も、目を閉じて楽しそうな顔をしていた。ほんとにこの人、将棋好き。

 一番最初に口をひらいたのは、志保(しほ)部長だった。

「6三銀が無理攻めなんじゃないでしょうか?」

 歩美先輩も続けて、

「6四銀は自信がなかったの?」

 とたずねてきた。

 私は自分の読み筋を披露した。

 すべてを聞き終えた歩美先輩は、ひとこと。

「それ読み抜けしてない? 6六角には先に6三銀打よね」


挿絵(By みてみん)


 ん、6三銀打……? 私は息をのんだ。

「あ、そっか……」

「7一玉、6二歩と詰めろをかけて、同金、同銀成、同玉、6三金、5一玉、6六角。これなら6二歩の受けに5三金と寄れるし、次に1一角成があるでしょ」

 歩美先輩の解説に納得しかけた瞬間、姫野さんが疑問をさしはさんだ。

「しかしこの局面、先手も相当危ないように見えます。例えば……4六歩はいかが?」


挿絵(By みてみん)


 4六歩? それは同歩で……あッ! 4六同飛が王手角取りになってるッ!?

「それは放置して1一角成でなんとかなるわよ」

 と歩美先輩。

「4七歩成、同金の形は、先手が怖過ぎます。2八飛車くらいで潰れのような……」

 と姫野さん。

「3八金と受ければノープロブレム。4七飛成も5九銀も詰まないでしょ。5九銀、同玉、3八飛成は、5二銀、4二玉、4三銀成、同金、6二飛、3一玉、2二馬、4一玉、5二飛成で詰み。5九銀、同玉、4七飛成も、5二銀、4二玉、4三香、同金、同銀成として、同玉なら6五角の王手龍取り。同龍が一番手堅いけど、5三銀成、同龍、同金、同玉と清算してから2八金と飛車を払えば受かってるはずよ」

「それは勝手読みです。本筋は5九銀ではなく再度4六歩。2八金なら4七歩成から詰みですわ」

「それこそ勝手読みでしょ。4四香車と飛車先を止めなさいよ」

「4七歩成から三たび4六歩と打たせていただきます」

 姫野さんの強気な攻めに、歩美先輩はふと舌が止まった。

「4六歩……3度目の4六歩……」

 いきなり考え込む歩美先輩。

 これは場外乱闘ですか? 対局者置いてきぼりなんですけど。

 私が困惑する中、横溝さんがぼそりと囁く。

「と、とりあえず今の局面、作ってみようか……」

「そ、そうね……」

 歩美先輩と姫野さんのバトルを放置して、私たちは駒を並べ直した。

 ふたりが言い争ってる局面は──

 

挿絵(By みてみん)


 ……これは難しい。詰みそうにも見えるし、詰まなそうにも見える。

「王様を引くのは全部詰みだから、同玉か5六玉?」

 私は自信なさげにそう尋ねた。

「5六玉は6七銀と打つよね。でないと左辺が広過ぎて捕まらなくなるし……」

「そこで6六玉と寄って7六金と打たせれば……」

 私はそう言いかけて、はたと口をつぐんだ。

「それは打たなくてもいいよね……7七玉の逃げは7六金、8八玉、8七金まで。7四歩と逃げ道を広げようとしたところで打つんじゃない?」

「そうね……その通りだわ……」

 ってことは……初めから6五玉と上に逃げる? ……あ、5四金と打てるのか。

 6六玉に3八飛成が詰めろ。4三香成が間に合わない。

「4六玉と歩を払いながら戻るのはどう?」

 私の指摘に、横溝さんもうなずいた。

「それで詰まないかな。4五歩、同玉は5四金で怪しくなるけど、取らないで4七玉と引けばギリギリ耐えて……」

「横溝さん、それは手順前後ですわ」

 うわッ!? びっくりした。いきなり声を掛けないでくださいな。

 私たちがかしこまる中、姫野さんは寄せの筋を披露した。

「4六玉には3八飛成とまず金を取り、4三香成に4五歩です」

 

挿絵(By みてみん)


 ああ、これは詰んでる。お見事。

 と思いきや、ふたたび歩美先輩が乱入する。

「4三香成じゃなくて3七角。竜の筋を止めれば右に逃げられるわ」

「それは詰めろを回避しているだけです。4五歩、同玉、4七龍、4六歩、5四金、3五玉に2四金、2六玉と入玉を阻止し、4四飛車で香車を回収するのが詰めろでしてよ」

 香車を回収して……あッ、ほんとだ。4四飛、同馬は2五香、1六玉、1五歩までね。

「取らないで3五玉は?」

「3五玉? それは2四金、4五玉、4七龍、4六歩、5四金。4六歩に代えて5五玉は5七龍までです」

「待って。4四香車のところを4四歩に変えるわ。それなら2五香車はないでしょ」

「残念ながら、銀が6四に落ちているので、そちらを回収して終わりです」

「……」

 うーん、これは……歩美先輩の負けね。御愁傷様です。

 歩美先輩は腕組みをして、首を仕切りにひねった。

「まあ、今回はそういうことにしときましょ。変化は他にもあるし」

 いやいやいや、どんだけ負けず嫌いなのよ。

 ってうか、本題が何だったか忘れちゃったし……あ、6三銀が疑問手って話ね。

「えーと、結論は6四銀もダメってことですか?」

 私の発言に、姫野先輩がふりかえった。

「ちょっと戻していただけません?」

「は、はい……」

 姫野さんに言われるがまま、私は局面を戻した。

 6三銀のタダ捨てに代えて、6四銀が歩美先輩の提案だった。それがダメとなると、他に手が見えない。私は姫野先輩の回答を待つ。ってか、姫野先輩の顔、メチャクチャ怖いんですけど。盤を睨んでる目がヤバ過ぎでしょ。人殺しの目ですよ、これは。

 90秒ほど読んで、姫野さんは表情をやわらげた。

「いえ、やはり6四銀で正解ですわ。6四銀、6六角、6三銀打、7一玉、6二歩、同金に、6六角と手をもどします」

 え? 最後6六角? ……金を吊り上げたのに放置するってこと?

 私はとりあえずそこまで局面を進めてみた。


挿絵(By みてみん)


「次は6三金ですよね?」

「それは同銀成で終わりです。成った局面を、よくご覧になってください」

 同銀成……え……あ……あああッ! そっかッ! これが詰めろなんだッ!

 しかも6一銀の受けは6二角、同銀、7二金で詰むしッ!

「受けるとすれば、もはや4二飛車しかありません。しかし5一角と足せます。5二飛車の並べ打ちなら、4二角成、同飛、4一飛。同飛は7二金の頭金なので、6一銀としますが、4二飛成、同金、7二飛、同銀、6二金まで。5二飛の並べ打ちに代えて6一銀も、同じ筋で詰みます」

 私はしばらく盤面を見つめた。そしてあることに気付く。

「あれ、でもこれってやっぱり4六歩でダメなんじゃ……」

「あのときとは後手玉の位置が違います。4六歩なら例えば5二角と打つのが詰めろ。とりあえず4七歩成としますが、そこで6八飛、5八金、6六飛成は間に合いません。6二銀成から詰みなので。2八飛、3八金、5二金、同銀成、1五角には、3九玉と引けばよろしいのではありませんこと?」


挿絵(By みてみん)


 すっごい危なく見えるけど……後手には詰めろがかかってるから、4七飛成みたいなのは意味ないし、かと言って、3八飛成、同玉、4七飛成の王手ラッシュは、明らかに駒が足りてない。先手が銀をタダ捨てしてないから、持ち駒の比率が違うんだわ。

 ……いや、これは参ったわ。要するに、姫野先輩なら10手以上早く終わらせてるってことでしょ。まあ、2六飛の時点の手応えから言えば、70手台で終わってても不思議じゃないとはいえ。

 横溝さんも同じ感想なのか、しょんぼりとうなだれていた。

「だったら、ほんとに私の序盤が酷かったね。3七銀〜2六銀がいい構想だったと思う」

 褒められて光栄です。

 っと、疑問手も明らかになったし、感想戦はおひらきにしますか。

「ありがとうございました」

 私は率先して頭を下げた。

 横溝さんも一礼して、対局終了。

 私は椅子に座ったまま、部のメンバーに向きなおる。

「ほかの対局はどうなってるんですか? 2回戦は?」

 私の質問に、志保部長は、

「もうすぐ始まりますよ。さっき一番遅かった組が終了しましたから」

 と答えてくれた。

 休憩なしなのか。私はシードだから関係ないけど、みんな大変そう。

「凖決勝は何時からですか?」

「それは昼食休憩後です。一回休憩を挟まないと、不公平ですからね」

 疲労アドバンテージはほぼないってことか。

 私は席を立ち、颯爽とトーナメント表へ向かった。

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