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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第36局 まったり秋の団体戦(2日目・2014年11月9日日曜)
257/295

226手目 読み間違える少女

「では、オーダー会議を始めます」

「はーい」

 私はホワイトボードの前に立って、司会進行。

 初めての経験で、イマイチ勝手が分からない。

 3年生メンバーは、放課後忙しくてこれないとのこと。

 というわけで、残りの部員には全員集合してもらいました。男子も含めて。

「まず、これが清心(せいしん)のオーダー表です」

 私は、プリントアウトした紙をホワイトボードに貼る。


挿絵(By みてみん)


「全敗なんですね」

 と葉山(はやま)さん。

「全敗と言っても、勝ち星差は首位と3しかない……」

 飛瀬(とびせ)さん、鋭いわね。

「今回は、4−1、5−0みたいな大勝が出てないんだよな」

 松平(まつだいら)は、他の学校のオーダー表も見比べた。

 テーブルの上に置いてあるのだ。自由閲覧。

「3年生が出てくるかどうかが、重要だと思います」

 来島(くるしま)さんは、眠たそうにコメントした。

「そうね、来島さんの言う通りだわ。3年生が出てくるかどうかがポイント」

「出てくるとしたら、小竹(こたけ)は必ず出ると思うぞ。将棋大好きだからな」

 なるほど、その情報は重要だ。松平に感謝。

「確かに、今年の春、去年の秋と、小竹先輩は出まくってますね」

 箕辺(みのべ)くんは、過去のオーダー表を比較した。

「箕辺くん、小竹さんが出たら、来島さんの勝算は?」

「ちょい厳しいんじゃないでしょうか。入らないことはないと思いますけど」

 うむむ、そうか。

 来島さんの進化速度が追いついていない模様。

「そもそも、小竹先輩が来なくて、田中(たなか)先輩が出る可能性もありますから、そうなるとなおさら苦しいです。5番席は負けで見といた方がいいんじゃないかと」

「最初から負けで見られるのは、私もちょっと嫌だよ?」

「いや……客観的に見てだな……」

 箕辺くん、どぎまぎ。

「そこは、もとから動かしようがないからな。4番席は俺、5番席は来島。どう当ててくるかは、相手の権利だ。下駄預けとこうぜ」

 松平は一声で、この問題は解決。

 私は4番席と5番席を、ホワイトボードに書き加えた。

 

 1番席 ???−???

 2番席 ???−???

 3番席 ???−???

 4番席 松平−田中or三宅or佐伯

 5番席 来島−小竹or田中


「1番いいのは、俺が三宅(みやけ)先輩に当たるパターンだな」

「三宅さん、来るかしら?」

「んー……微妙だな……」

 松平は、あごに手を添えて考える。

「仮に三宅先輩がこなくて、佐伯が俺と当たるなら、清心の上は相当薄くなる」

 その場合は……。


 1番席 裏見−森屋

 2番席 葉山−原田

 3番席 飛瀬−古久根

 4番席 松平−佐伯

 5番席 来島−田中


「裏見、飛瀬、俺勝ちでみていい」

 松平は、自信をもって言った。

 ほんとかいな。相手は佐伯くんなんだけど。

「相手から見ても、これが本命ですよね? 変えてきませんか?」

 と箕辺くん。

「どう変える?」

「森屋、原田、佐伯、田中、中川とか」

 私は、箕辺くんの言った順に書き換えた。


 1番席 裏見−森屋

 2番席 葉山−原田

 3番席 飛瀬−佐伯

 4番席 松平−田中

 5番席 来島−中川


「来島と中川のところが、ガチだと思います」

「ガチっていうのは、まったくの五分ってこと?」

 私は尋ね返した。

「いえ、来島の方がいいです」

 だったら、この並びは心配しなくていいわね。

「勝算があるなら、問題ないわ」

「三宅先輩がこないっていう前提は、危険だと思います……」

 飛瀬さんは、慎重論を唱えた。

 私たちは、もう一度考え直す。

「そもそも、清心の最強の並びって、なんなんですか?」

 葉山さんが尋ねた。

 彼女は、だれが強くてだれが弱いか、全然知らないのよね。

 おさらいしましょう。

「清心のベストメンバーは……」


 1番席 森屋

 2番席 原田

 3番席 佐伯

 4番席 三宅

 5番席 田中

 

「こうだと思うわ」

「2番席は、原田(はらだ)じゃなくて古久根(こくね)かもしれんぞ」

 松平は、細かい訂正をした。

「どのくらい違いそう?」

「まあ、ほとんど変わんないレベルだ」

「だったら、変更なし。大会経験の長さで、年上を優先するわ」

 私たちは、ホワイトボードをじっくりと眺めた。

「……結構、きついな」

 松平は、そう言ってから咳払いをした。

「清心のオーダーは、うちのオーダーに対して相性がいいですね」

 うむむ、箕辺くんの言う通り。

 飛瀬−佐伯、来島−田中と、よくない組み合わせが2つもできちゃう。

「俺の代わりに辰吉(たつきち)を出して、辰吉、裏見、葉山、飛瀬、来島でも、解決になってないんだよな……これは下3つが負けだ」

 室内を沈黙が覆う。

 それを破ったのは、松平だった。

「ま、しょうがないよな。他の高校は先週の模試で終わり。うちだけ校内模試で、3年生が来れないんじゃ、最初から戦力差がある。そこは諦めよう」

「……そうね」

 ないものねだりをしても、しょうがない。

 重要なのは、現有戦力で、最善の結果を出すことだ。

「この様子だと、私が佐伯くんに勝たないといけないような……」

 飛瀬さんがボソリと呟いた。

「どうなの、佐伯くんとの差は?」

「火星と木星ぐらいの差は……まあ……」

 ラブパワーでなんとかしなさいよ。

「質問がありま〜す」

 葉山さんが挙手。

「なにかしら?」

「上から裏見先輩、カンナちゃん、松平先輩って出したらダメなんですか?」

 え、それって……。

「1番下を、わざと不戦敗にするってこと?」

「聞いてる限りでは、それで勝てるんじゃないですか?」


 1番席 裏見−森屋

 2番席 飛瀬−原田

 3番席 松平−佐伯

 4番席 来島−三宅

 5番席 不在−田中

 

「松平、これっていいの?」

「ルール上は可能だが、思いっきりマナー違反だぞ」

「でも、可能なんでしょ?」

「俺が佐伯に負けたら、どうするんだ? それに、佐伯2番席もあるんだぞ?」

 うーん……リスクが高過ぎるか……。

「一点読みで外したら爆死するんで、止めませんか?」

 箕辺くんも否定的。

「分かったわ。じゃあ、こっちもベストメンバーで行きましょう」

 

  ○

   。

    .


 はい、対局当日です。

 私は、会場に視線を走らせる。

「……ふたりとも来てるわね」

 三宅先輩と小竹先輩を発見。

 少し離れたテーブルで、他の部員たちと談笑している。

「三宅さんの出場は、ほぼ確実だな。俺に田中をぶつけてくる理由がないから、4番席が三宅さん、5番席が田中で決まりだ」

 それっぽいわね。

市立(いちりつ)、全員集合」

 私は召集をかけた。

「何ですか?」

 来島さん、あいかわらず眠そう。

「三宅さんが来たから、清心のオーダーは森屋、原田、佐伯、三宅、田中で、ほぼ決まり。前回、葉山さんが提案した組み合わせにできるけど、どうする?」

 5番席不戦敗作戦。

 私の質問に、部員たちは顔を見合わせた。

「俺は反対だ。そういうことは、するもんじゃない」

 松平は、真っ先に反対した。

「上の並びが確定じゃないから、しない方がいいと思います」

 来島さんは、理由を付した。

「私も、そう思う……1〜3番席の並びが確定してない……」

「俺は出ないんで、ノーコメです」

「私もよく分かってないんで、コメント控えときます」

 反対3(松平、来島、飛瀬)、棄権2(箕辺、葉山)。

「じゃあ、打ち合わせ通りにするわね」

 私は、ズラすのを諦めた。

「それでは、オーダー交換の時間になりました。着席してください」

 よし、出動。私たちは、対局テーブルへと向かう。

 相手は田中くん、こっちは八千代(やちよ)先輩の代理で来島さん。

 来年度の予行演習。

「田中先輩から、どうぞ」

「オッケー、いくね。清心、1番席、五将、佐伯くん」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 完全に読み間違えた。

 来島さんの視線が痛い。

「市立、1番席、三将、裏見です」

「2番席、六将、三宅先輩」

「2番席、四将、葉山です」

「3番席、七将、田中、僕ね」

「3番席、六将、飛瀬です」

「4番席、八将、中川くん」

「4番席、八将、松平です」

「5番席、九将、小竹先輩」

「5番席、九将、来島です」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 どうしてこうなった?

 私が混乱する中、清心サイドはわいわいやり始めた。

「おい、小竹、これで負けたら戦犯だからな」

 三宅先輩は、小竹先輩に睨みを利かせる。

 天然パーマの小竹先輩は、ハハハと笑った。

「いいじゃないか、3年生の秋だし、思い出対局させてくれよ」

 そこが原因かぁああああああッ!

「どうやら、小竹先輩が頼み込んだみたいですね」

 箕辺くんが、うしろから話し掛けてきた。

「……そうみたいね」

 清心は優勝の芽がないから、少しくらい融通が効くってことか。

 そのあたりを計算に入れていなかった。

 こんなの読めるわけがない。

「それでは、対局準備を始めてください」

 私はそのまま、1番席に座り込む。

 人混みから、タキシード姿の佐伯くんが現れた。

「よろしくお願いします」

「よろしく」

 私は平静を装うけど、内心は冷や汗。

 森屋くんなら楽勝だったけど、佐伯くんではガチンコ勝負だ。

 緊張を誤摩化すように、黙々と駒を並べる。

「振り駒をお願いします」

 私は歩を5枚集めて、盤上に放った。

 歩が1枚。

「市立、偶数先」

「清心、奇数先」

 後手を多めに引いちゃったけど、学生だから関係ないでしょ。

 私は歩の位置を戻して、対局開始の合図を待つ。

「……それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

 私はチェスクロを押した。

「よろしくお願いします。2六歩です」

 ん、飛車先を突いてきたわね。

 佐伯くんは棋風が変わってるし、用心しなきゃ。

「3四歩」

 以下、2五歩、3三角、4八銀と進んだ。

 これは、なに? 振り飛車にしろってことなのかしら?

 ……ここまで強調されると、居飛車にしにくい。

「4四歩」

「4六歩」

「4二飛」


挿絵(By みてみん)


 お望み通り、振り飛車にしましょう。

 先手は右四間っぽいけど、それならおじいちゃんと対局経験豊富だ。

 かかってきなさい。4七銀、3二銀。

「3八金」

 ふえ? ……右金上がり?

 そんなの、右四間にないでしょ。意味が分からない。

 これは本格的に怪しくなってきた。嫌な匂いがぷんぷんする。

 とりあえず囲っておきましょう。6二玉。

 3六歩(これもよく分からない)、5二金左、3七桂(跳ねた?)、7二玉、5六歩、8二玉、6八銀。


挿絵(By みてみん)


 これは……ここからできる戦法って、ひとつしかない……。

 私は、小考。

 佐伯くんの選んだ戦法はズバリ……右玉だ。それ以外は考えにくい。四間穴熊にしようかと思ったけど、右玉vs穴熊は、2九飛〜9九飛と回られたときのプレッシャーと、穴熊側から打開が難しいというデメリットがあって、好ましくない。

 ここは、普通に。

「7二銀」

 私は穴熊を放棄して、美濃に組んだ。久しぶり。

 5七銀、6四歩、2九飛、7四歩。

「4八玉」


挿絵(By みてみん)


 だいたい分かってた。

 私は9四歩、9六歩の交換を入れて、さらに1四歩と打診する。

 佐伯くんは無視して5八金。どうやら、端を詰められても平気らしい。

 もっとも、振り飛車側から端を詰めるメリットは、ない。相居飛車だったら、王様が広くなるから、喜んで突くけどね。じゃ、1筋はもう放置して、6三金、と。

「裏見さんは、早指しなんですね」

 いきなり話しかけてきた。

「序盤はこんなもんでしょ」

「僕と指すときは、みなさん時間を使うので、裏見さんは例外だと思います」

 ああ、それは、アレでしょ。佐伯くんの戦法が変わってるからでしょ。

 私は年配のご老人方と指してるから、対応力が違うのよ、対応力が。

 この対局で、年季の違いを見せつける。

「角道を開けます。7六歩」

 8四歩、6六歩。

 全体的に、打開できるような形を工夫する。

 8三銀、6九飛、7二金。


挿絵(By みてみん)


 まずは銀冠にして、防御力アップ。

「右金が使いにくくなっちゃったな……」

 どやぁ。

「こっちから攻めますね。7七桂」

 佐伯くんは、桂馬を跳ねた。

 普通は右玉だと跳ねないところだ。

 三味線とも思えないし、間違いなく6五歩と突いてくるはず。

 立ち後れないように4三銀と出るのは既定路線として……6五歩、同歩、同飛の速攻は、6四歩、6九飛と収めて、なにもなさそうなのよね。まあ、飛車先の歩を交換するくらいでも、メリットはあるっちゃある。

 いずれにせよ、急激に潰される順は、なさそうだ。

「4三銀」

「9七角」


挿絵(By みてみん)


 端角か。凄い形になってきた。

 ここから5四銀は……5五歩、同銀、6五歩、同歩、同飛、6四銀に、同角、同金、同飛の2枚換え。以下、6三歩、6九飛として、4五歩がそこまで厳しくなさそう。6五桂、4六歩の取り込みには、同銀左と普通に取って、次の5三桂成が厳しい。飛車の紐がついてるから、9九角成と香車を拾えないのも痛い。

 ということは、5四銀はよろしくないみたいね。がっつりと6筋を守るために、6二飛と回る方が良さげ。以下、6五歩、同歩、同飛、6四歩……いや、この形で6四歩は、つまらないかも。振り飛車っぽくないし。

 もっと果敢に……7五歩とか?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 同角は7四銀の両取り、同飛は6四金の飛車取り、同歩は7六歩の桂取り。

 つまり、取れない、と。

 先手としては、一旦6九飛と退避して、7六歩、6五桂の反撃。だから、こっちも7六歩とはせずに、4五歩と突いて角で桂馬を狙う。このとき7五歩の効果で、4五同桂〜5三桂成の強襲が効かない。受けるなら、6七金か6七飛。前者は手堅く、後者は突っ張って受ける格好。佐伯くんの棋風だと、若干後者もありえるかしら。そのとき、7七角成、同飛、8五桂の両取りが成立するかどうか。8五桂、6七飛、9七桂成、同香、4六歩、同銀左……ダメか。先手からは5五桂の両取りがあるわ。

 巻き戻して、6七飛に7六歩だと? 6五桂、7七歩成、6九飛、6八歩、同銀、同と、同飛、6四歩……これは後手がいい。7七歩成にいきなり5三桂成は、6七と、6二成桂、5八とと、こっちが先に王手できる。これも後手優勢。

 6七飛の突っ張りは、成立しないみたいね。だったら、6七金の一択。そこで強引に7六歩とするのは、6五桂と跳ねずに同金と取られて、手が続かなくなる。私の方も、なにか手を考えないといけない局面だ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 5四金とか?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 先手がなにもしなければ、7七角成、同金、6九飛成で終了。

 受けるには、6六歩と打つしかない。その瞬間に4六歩と取り込んで、同銀左、4五歩、5七銀、4四銀と進出。これは、私好みの形になりそう。

 私はチェスクロを確認する。残り19分。ちょうど20分を切ったところだ。

 佐伯くんは22分残してるけど、今の順のどっかで長考するでしょ、多分。

「6二飛」

 私は飛車を寄った。

 佐伯くんは、すぐに6五歩と仕掛けてくる。

 同歩、同飛、7五歩。

「機敏な一手ですね」

 佐伯くんは、7五歩をそう評価した。

 そして、長考に入る。

 さあ、佐伯くん、あなたの対応力、見せてもらいましょうか。

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