225手目 任命する少女
というわけで、恒例の打ち上げです。
八千代先輩の音頭で乾杯。
「今日はお疲れさまでした」
「お疲れさまー」
ひと仕事したあとのコーヒーは格別だわ。
一方、松平はへこんでいた。
「ほんとにすまん……」
まったく、私へのラブが足りないんじゃないの。
飛瀬さんを見倣いなさい。飛瀬さんを。
八千代先輩は松平をかばって、
「相手が姫野さんですから、仕方がありません」
と言った。
「それにしても、汗だくの姫野さんも色っぽかったな」
しかも浮気かいッ! そんなのだから勝てないのよッ!
私が怒っていると、飛瀬さんが敏感に反応した。
「裏見先輩から怒りのオーラを感じる……」
む……飛瀬さんったら、勘がいいわね。
ちょっとクールダウン。
八千代先輩はコーヒーを飲みつつ、
「私の方でも勝ち星をあげられませんでしたし、申し訳ないです。全体的に優勝は苦しくなりましたが、腐らずにやりましょう」
と付け加えた。
そうね。別に優勝じゃなきゃ価値なしってわけでもないし。
参加することに意義があるのよ、うん。
「私は来週、模試で参加できません。裏見さん、後任の準備は?」
あ、そうそう、忘れてた。
八千代先輩の視線に促されて、私は咳ばらいをする。
「少し早いけど、この時点で来年度の主将と部長を指名します」
場の雰囲気が、急に重くなった。
「面子的に、だいたい分かってると思うけど、まず、主将は飛瀬さん」
飛瀬さんは、「あ、はい」と返事をした。
「主将の指名、いただきました……」
「飛瀬、よかったな」
「カンナちゃん、おめでとう」
箕辺くんと来島さんは、飛瀬さんを祝福した。
「まさか他の惑星で管理職に就くとは、思わなかった……」
いますぐ解雇したろか。
正直、宇宙人ネタが酷過ぎて、候補から外しかけてたのよね。でも、他に人がいないし、友だちとは仲良くやってるみたいだし、今日のサーヤ戦勝利で見直したわ。
「飛瀬さん、主将で一番大事なことは分かってる?」
「チームを勝利に導くこと……ですか……?」
そう、その通り。私はうなずき返す。
「え? 自分が勝つことじゃないの?」
歩美先輩は黙っててくださいッ!
冴島先輩は、メロンソーダをすすりながら、
「裏見の後任だとプレッシャーもあると思うが、頑張れよ」
と発破をかけた。
八千代先輩もうなずいた。
「裏見さんは、団体戦優勝、個人戦優勝で、文句なしの主将でした」
おほほ、八千代先輩、それほどでもありましてよ。
「とはいえ来年度は4人抜けですから、事情はもっと厳しくなりますね」
八千代先輩の一言が、私たちを現実に引き戻す。
歩美先輩、冴島先輩、数江先輩、八千代先輩が卒業してしまう。
それを考えると、なんだか寂しい気持ちになった。
冴島先輩は、
「新入生3人は確定してるんだっけか?」
とたずねた。私は曖昧にうなずき返す。
「馬下さん、福留さん、赤井さんは、一応希望してるみたいです」
「その3人なら、入試に落ちたりしないだろ。安心してていいぜ」
「それでも、ひとり足りないんですよね……」
私が消極的に返すと、八千代先輩は首を左右にふった。
「それは3年生になる裏見さんが考えることではないですよ。新部長の仕事です」
あ、部長を指名してなかったわね。
まあ、みんな分かってるでしょ。
「来年度部長は、来島さん、あなたを指名するわ」
私の指名に、来島さんはなんとも言えない表情をした。
「え、私でいいんですか? 将棋のこと、よくわかってないですよ?」
「大丈夫、俺もサポートするからな」
「箕辺くん、ありがとう」
そうそう、よき同級生として、サポートしてあげてください。
八千代先輩もアドバイスする。
「部長は私が務めたので、来島さんにアドバイスしておきます。部長の仕事は、主将が大会などに専念できる環境づくりです。会計などの裏方がメインになりますから、周りとよく相談するようにしてください。オーダーの取り方などは、春秋の大会で、だいたい感触がつかめたのではないかと思います」
「はい、そのあたりは大丈夫です」
「卒業後の連絡先も教えておきますから、なにかあったら質問してください」
「よろしくお願いします」
うーん、さすがは八千代先輩。
八千代先輩が部長じゃなかったら、団体戦優勝もなかったと思う。
オーダー作りなんかは、全部任せきりだったし。
姫野さん対策も、八千代先輩から教えてもらったしね。
ここで冴島先輩は、葉山さんをジロリと見つめた。
「それにしても、そこの……木山だっけか?」
後輩にプレッシャーを掛けてはいけない。
「葉山です。葉っぱの山」
「葉山は、今回だけの助っ人なのか?」
「あ、来年度も続けますよ」
え? ……これは意外。
「マジか? 本業は新聞部だろ?」
箕辺くんも驚いた。
「えへへ、なんかめちゃくちゃ濃い面子が揃ってるから、気に入っちゃった」
そういうオチかい。記者魂?
「こ、濃いことは否定できないが……将棋もちゃんとやれよ?」
「大丈夫だって、箕辺くんとはクラスメイトだしさ。いろいろ教えてもらうよ」
あ、そうなんだ。だったら話は早いわ。
「来島さんも箕辺くんに教えてもらったみたいだし、葉山さんもね」
……ん、なんですか、来島さん、その目つきは?
……なんで睨むんですかッ!?
「ひとりでも多いに越したことはありません。歓迎しますよ」
八千代先輩の一言で、葉山さんの件は片がついたようだ。
私としても、入ってくれるのは嬉しい。負担が軽くなる。
なにか役職についてもらいたい。
「じゃあ、いきなりで申し訳ないけど、幹事とかどう?」
「かんじってなんですか?」
「部の代表として、将棋連盟の総会に出たりするんだけど」
「写真撮影可ですか?」
う、そ、それは……。
「ちょっと控えて欲しいかな」
「うーん、だったら考えさせてください」
基準がそこかい。
まあ、いきなり頼むのも悪いわね。知り合いはそこまでいないでしょうし。
「ちなみに今日もたくさん撮りましたんで、欲しい人はあとで言ってください」
「なにを?」
「みなさんの対局シーンです」
えぇ?
「見せてちょうだい」
私の要求に応じて、葉山さんはカメラを見せてくれた。
……うわ、ほんとだ。私が写ってる。
「うわ、めちゃくちゃウマいじゃん」
数江先輩は、ちっちゃい体をテーブルから乗り出してくる。
「えへへ、これでも中学のときに、コンクールで入賞してますからね」
な、なんと、そんな特技持ちだったとは。
「自分の対局姿を見るというのは、なんだか恥ずかしいですね」
八千代先輩はそう言いながらも、眼鏡を直して見入っている。
「スーパー歩美ちゃんの対局シーンがない、マイナス30点」
あなた出てないでしょ。
「箕辺くんのも、あるよ」
「え? 俺は出てないぞ?」
「それが、あるんだなあ」
葉山さんは、カメラを引っ込めて、こっそりと箕辺くんに見せた。
「……なッ!?」
「どう? バッチリ写ってるでしょ?」
「お、おまえ、なに写してるんだッ!?」
箕辺くんは、顔を真っ赤にして大慌て。
気になる。
「なんだ、なんだ?」
冴島先輩が覗き込もうとすると、箕辺くんはカメラを手で遮った。
「ダメですッ! 絶対見ちゃダメですッ!」
「おいおい、そこまで否定するってことは……恥ずかしい写真だな?」
「葉山、今すぐ消してくれッ!」
「どうしよっかなぁ」
葉山さんは意地の悪い笑みを浮かべて、カメラを懐に握り締めた。
「なにが写ってるの?」
箕辺くんの隣に座っている来島さんが顔を覗かせる。
「あ、遊子ちゃんなら見てもいいよ」
「え? 私ならいいの?」
「いいよ」
箕辺くんが止める間もなく、来島さんはカメラを覗き込んだ。
来島さんの顔も真っ赤になる。
「え、これって……」
「奇麗に写ってるで……しょ……」
来島さんの顔から、いつもの眠たそうな表情が吹き飛んだ。
感情のない目つきで、じっと葉山さんを睨んでいる。
これは……殺し屋の目ッ!
「消さないと、あとで怖いことになるよ?」
「あ、あい……」
葉山さんは、急いでカメラを操作した。
「ちゃんと消えてる?」
「か、確認してもいいよ」
来島さんはカメラを受け取って、消去されたかどうか確認を始めた。
「……消えてるみたいだね」
いったい、なにが写っていたのでしょうか?
「だいたい想像はついた……」
「飛瀬さんも、そろそろオコだよ?」
「やめて……地球で死ぬと保険金がおりない……」
この迫力……ドスの利かせ方……できる。部長に適任。
押しが足りないかと思ったけど、全然そんなことはなかった。
意外な一面を見た気がする。
「それにしても、来年度は藤花も相当補強されるんだろ?」
冴島先輩は、話題を変えた。ナイス。
八千代先輩もすぐに答えた。
「春日川さん、林家さん、高崎さんですね」
冴島先輩はそれに合わせて、指折り数え始めた。
「お笑い外人、腹黒、ひきこもり、デカ女……これだけで4人か」
ひどいこと言ってますね。
八千代先輩は、
「3年生まで入れると、レギュラー候補が6人。異例です」
と評価した。私は、
「レベル的には、どうなんですか?」
とたずねた。ポーンさん以外の棋力が、イマイチ分かんないのよね。
春日川さんには負けたけど、あれは30秒将棋の余興だし。
「そうですね……横溝さんがレギュラー落ちだと思います」
えぇ……どんだけぇ……。
「ちょ、ちょっと強過ぎませんか?」
「男女合わせての優勝候補だと思いますよ、来年度の藤花は」
八千代先輩は、あっさりと返してきた。
そこへ冴島先輩が口を挟む。
「そうか? 来年度は男子もかなりいるだろ?」
「各校にバラけると聞いていますが」
「おまえ……そこまで調べてんのか……」
「情報収集は戦略の基本です」
怖い。
「私が調べたところでは……曲田くんと獅子戸くんが升風、古谷くんと新巻くんが清心、五見くんが駒北、駒込くんがうちですね」
また全然知らない名前が出て来る。
私の顔の狭さは異常。八千代先輩の情報網も異常。
「そう分かれてんのか……だったら、マジで藤花が優勝候補だな」
冴島先輩が納得した代わりに、今度は歩美先輩が疑問を呈する。
「そうかしら? 升風は、くららん、つじーん、ふたばちゃんもいるし、戦力的に全然劣ってないと思うんだけど。清心だって、ふたり加わるんでしょ。ヨシュアちゃん入れて3本柱じゃない」
ふたばちゃんじゃなくて、ふたばくんですよ。
そこ間違えないようにしましょう。
「んー、そうだな……まあ、オレたちには関係ないけどな」
出た、卒業生特有の放置プレイ。
1年生陣も困っていた。
「今言われた面子、全然分からない……遊子ちゃん、知ってる……?」
「私も知らない」
飛瀬さんと来島さんは、頭に?マークを浮かべていた。
八千代先輩は、
「そう言えば、飛瀬さんは市外から引っ越し、来島さんは高校から始めたのですよね。面識を広めるために、中学の大会に顔を出したらどうですか?」
と提案した。
「中学生の大会……どこでやってるんですか……?」
八千代先輩はメモ帳をめくる。
「それぞれの中学の体育館で、持ち回りのはずです。今年の秋は……第一中学ですね。高校と一週ズレてますから、来週の日曜日が初日です」
あら、全然知らなかった。
「主将と部長が門外漢では困りますし、行ってみては?」
「部外者扱いになりませんか……?」
「それなら、うちの弟をダシに使っていいわよ」
歩美先輩は、弟を生け贄に差し出した。むごい。
「俺も行きましょうか? 全員顔見知りですし」
箕辺くんが引率を申し出た。えらい。
八千代先輩は、
「箕辺くんは、新巻くんと仲がいいのですよね」
と確認を入れた。
「古谷とも、そこそこ。小学生の頃からの付き合いです」
こういう人脈の広さだと、箕辺くんもかなりのものだ。
「このメンバーだと、新巻くんと古谷くんが、一番とっつきやすいでしょう」
八千代先輩は、ずいぶんと遠回りな言い方をした。
私は冗談半分で、
「要するに、来年度もキャラが濃いわけですね」
とつっこみを入れた。
「今年度ほどではありませんよ。これ以上、地底人やら海底人やら妖精やら幽霊やら妖怪が加わられては困ります」
さ、さすがに、そうか。
「来年度は、比・較・的まともです」
八千代先輩の強調に、冴島先輩が割り込む。
「でも、市外にはアレがいるだろ?」
「アレとは?」
「椿油のアレだよ。今年から高1じゃなかったか?」
八千代先輩は思い当たるところがあったのか、しばらく押し黙った。
「……黒木さんのことですか?」
「そうだよ、黒木美沙」
市外だったら、別にいいんじゃないですかね。
飛瀬さんよりぶっとんでるのはいないでしょ、さすがに。
「まあ、飛瀬さんといい勝負だと思いますが」
ふわッ!?
「さっきから、ひどい言われよう……」
自称宇宙人のキャラ作りなんかするからでしょ。自業自得。
「どんな子なんですか?」
「裏見さんは、会ったことがないのですね……会ってみれば分かります」
じゃあ、会わない方向で。
「ひとまず、来年度のことはこれくらいにして、2日目を頑張ってください」
「はい、優勝の芽を残せるように、頑張ります」