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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第33局 ばっちり秋の個人戦(男子の部・2014年9月14日日曜)
232/295

204手目 一喜一憂する少女

挿絵(By みてみん)


「それでは、男子の部、凖決勝を始めます」

 対局テーブルは、いよいよふたつ。

 菅原(すがわら)vs捨神(すてがみ)と、千駄(せんだ)vs松平(まつだいら)だ。

「凖決勝で潰し合いとは、ツイてないですね」

 隣のテーブルから、捨神くんの声が聞こえる。

「個人戦だからな。別にどうってことはねえ」

 菅原先輩は、天堂(てんどう)対決を気にしていないようだ。

 このへんは、菅原先輩らしいかな。

 ちなみに、午後から数江(かずえ)先輩が顔を出していた。

 八千代(やちよ)先輩の代理かと思ったら、そうでもないらしい。

 菅原vs捨神戦を観に行ってしまった。飛瀬(とびせ)さんも、そっち。

「振り駒をお願いします」

 蔵持(くらもち)くんの指示に従って、千駄さんは振り駒をする。

「歩が3枚、僕の先手だね」

 松平が後手を引いた。

 これは、横歩の予感。

「対局準備はよろしいですね? では、始めてください」

「よろしくお願いします」

 お互いに一礼して、松平はチェスクロを押した。

 7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。


挿絵(By みてみん)


 よしよし、ひとまずは、松平の思惑通りだ。

(つじ)くんを負かした横歩か」

 千駄さんは、既にそのネタを仕入れていた模様。

 まあ、同じ学校だから当たり前。違う学校でも調べるでしょうし。

 2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛、3三角、3六飛。

 1回戦と同じ展開になりそう。

 2二銀、5八玉、5二玉、9六歩。

「8四飛」


挿絵(By みてみん)


 おおっと、今度は松平が8四飛型。

 つじーんの作戦を見て思いつき、ってわけじゃなさそう。

 これも対策の一環と見ました。

「この形は、僕も嫌いじゃないよ。7七桂」

 あ、これは、もしや……。

「ひねり飛車になる可能性が高いですね」

 ここで、つじーんが登場。

 今回こそ、解説をお願いします。

 解説と言えば、つじーん、つじーんと言えば、解説。

 9四歩、7五歩。ほんとにひねり飛車だ。

「先輩、突っ張りますね」

 松平はそう言って、2三銀。

「きみこそ、その銀上がりは大丈夫なのかな? 8五歩だよ」

 2四飛、2八歩。

 飛車の大回転だ。

「2筋に歩を打つのは、先手悪いとしたもんですが、どうなんでしょうか」

 つじーんは、2八歩をあまり好ましくないと判断した。

 1四歩、3八金、1五歩。

 んー、松平、大丈夫なの?

 門外漢でも、伸び過ぎに見える。

 千駄さんは、形を整えて2七歩。

 以下、6二銀、8六飛と、ついに飛車が8筋へ回った。


挿絵(By みてみん)


「これはもう、横歩とは別の何かですよ」

 ふむ、お互いに想定の範囲内? それともイレギュラー?

 お互いの表情からは、それは分からない。

 どちらも真剣に読んでいる。千駄さんの方が、少し余裕あるかな。

 松平は3分読んで、9三桂と跳ねた。

「端攻めされない?」

「9四の地点を飛車で守ってますし、跳ねないと8四歩と突かれますからね」

 8四歩……ああ、9三桂と跳ねておけば、8五歩と打ち返せるのか。

 千駄先輩も3分使って、3六歩。

「8四歩」

 松平は、自分から8四に突っかけた。

 同歩、8五歩、7六飛、8四飛。


挿絵(By みてみん)


「機敏ですね。あのまま8筋に居座られては、後手も頑張れませんから」

 ふむふむ、順調。

 とはいえ、千駄さんが3分も考えて無策というのはありえない。

 どういう返しが飛んでくるか、気になる。

「こうなると、バランス重視か……4八銀」

 以下、5一金、3七桂。

「先手は、低く構えて牽制ですね」

「8六歩と伸ばされたら、どうするの、これ?」

 さっきから、ずっとその筋があるんだけど、松平は選択していない。

「それは、8五歩、同桂、同桂、同飛のあと、3三角成、同桂、7七桂と打ち直せますよ。8五歩、同桂、同桂、8八角成、同銀、8五飛、7七桂でも、同じです」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「8七角と打ち込んでも、同金、同歩成、8五桂、8八と。大幅に駒得です」

 あ、8五歩でいいのか……えーい、裏見香子、しっかりしなさい。

 それにしても、8六歩が効かないなら、主導権が先手に移っちゃうわよ。

 せっかく8筋に狙いを定めてるのに。

「後手から手を作れそう?」

「そうですね……どこから作るかが問題で……」

「4四角〜1六歩とかじゃないですかぁ?」

 おっと、この声は。

 私たちが振り返ると、そこには葛城(かつらぎ)くんがいた。

 ぱちくりとした目で、こちらを見つめている。

「葛城くん、どこへ行ってたんですか?」

「つっくんの将棋を観てましたぁ」

「ああ、捨神くんの応援ですか。別に同じ学校を応援しなくても、いいんですよ?」

「なんか対抗型になっちゃって、あんまり好きじゃないです」

 へぇ、捨神くんと菅原先輩の対局なのに、対抗型になるんだ。

 相振りを避けて、変な形になっちゃったパターンかな。

 あるいは、捨神くんのトリッキーな対応。どっちかだと思う。

「それにしても、4四角〜1六歩は、なかなかいいですね」

「えへへぇ」

 1六歩、同歩、1七歩と押さえるわけよね。以下、1六香と走る。これは成功。

 1五歩と伸ばしているから、そこから攻めるのは首尾一貫している。

 但し、反動も強そう。

「1六歩と突く前は、先手の手番ですからね。そこで何を指すか……」

 つじーんは、じっくりと考える。

 葛城くんも唇に指を添えて、可愛らしいポーズ。

 それ必要?

「3五歩、同角、2五桂とか、ありそうです」


【辻案】

挿絵(By みてみん)


 先につじーんが口を開いた。

「ふえぇ、ちょっと怖いです」

 葛城くんは、あんまり乗り気じゃない。

 私もこれは、賛成できないかな。やり過ぎに見える。

「葛城くんなら、どう指しますか?」

「8七歩と一回受けまぁす」


【葛城案】

挿絵(By みてみん)


 こっちは慎重派だ。

「2五桂だと、何か不満がありますか?」

 辻くんが尋ねた。

「3四飛、3三歩、同桂、同桂成、同飛で、6五桂に5七角成かなぁ、と」

 おお、これは厳しい。

 同銀でも同玉でも、次に3八飛成とされては激痛。

 1一角成と馬を作れたところで、リカバリーできなさそう。

「それがありましたか……すぐに2五桂とせず、6五桂、3三桂、2五桂とひねっても、同じように3四飛で先手が悪そうです。葛城くんの案を読みますか」

 つじーんは、あっさりと譲って、葛城くんの8七歩を検討し始めた。


 パシリ


 おっとっと、先に指されちゃったわね。

 盤面を振り返ると、松平は4四角と上がっていた。

 顔色は、あんまり良くない。難しいのかなあ。

「……あ、分かりました」

「つじーん、どうかした?」

「8七歩と打って、1六歩と突かれてから、同歩、1七歩、3五歩、同角と引き寄せます。これなら、8五桂、同桂、1一角成が残って、端攻めは頓挫しますね」

 ほおほお、ということは、次で端攻めをしない可能性が高いのか。

 千駄さんが8七歩と打てば、の話だけど。

 2分後、本当に8七歩が打たれた。

 松平は、髪の毛をくしゃくしゃにする。

「それなんっすよねぇ」

「1六歩と攻めてきてもいいよ?」

「いや、遠慮しときます」

 松平は1分ほど考えて、4一玉と下がった。

 4六歩、5四歩、4七銀。

「牽制し合う形になりましたね」

 先手に盛り上がられると、見た目的にも後手が窮屈になってきた。

 そんなに動かせる駒がないのだ。

 中住まいの方が、なんだかんだで発展性がある。

「これ、ムリヤリ囲うしかないな……3一玉」

 千駄さんは4五歩、3三角とバックさせて、左側に手を伸ばす。

「9七角」


挿絵(By みてみん)


 うへぇ、王様に直通してる。

 下手すると、3一玉が悪手になりかねない。

「4二金右」

 松平は、よく分からない囲いを完成させた。

 6八銀、5三銀、6六歩。

 だんだんと局面が飽和してくる。

「5六銀〜6五銀が、一番マズいか……6四銀」

 松平はわざと6五歩を突かせて、再び5三銀とバックした。

 6筋の位を取られちゃったけど、5六銀〜6五銀に6四歩と突かされるよりは、いい。それは5三の銀が、ほんとうに使えなくなっちゃう。

「やっぱり、松平くんと指すのは疲れるね。4八玉」

 千駄さんは、手待ちっぽい。

 2二玉、3五歩。


挿絵(By みてみん)

 

 ここで松平は長考。

「動かす駒がありませんね。9二香と浮くくらいですか」

「先手は3九玉〜2八玉があるから、9二香以外も必要ですよぉ」

 むむむ、手待ちできない状態になってしまった。

 松平、頑張れ。

「……」

 松平は、じっと王様の周りを見ている。

 囲いを発展させたいんでしょうけど、これ以上は無理な気がする。

 3一金〜3二金直の繰り返しくらいしか、私は思いつかない。

「……」

 松平は唇をすぼめると、持参のコーラを飲んだ。

 キャップを閉めて、大きく息を吐く。

「一か八かだな」

 こら、暴発禁止。

 まさか、6四歩なんてする気じゃないでしょうね。

 私の不安をよそに、松平は1筋へ手を伸ばした。

「1二香」


挿絵(By みてみん)


 ギャラリーの間で、ざわめきが起こる。

「ふえぇ……これは予想してなかったよぉ……」

「まさかの穴熊ですか」

 葛城くんとつじーんは、めちゃくちゃ驚いていた。

 私も、びっくり。端を伸ばし切ってるのに、よく決断したと思う。

 さすがの千駄さんも、眼鏡の奥で目を細めた。

「これは……かなりの挑発だね」

「そういうことになりますね」

 松平の態度は、堂々としていた。

 自信があるのか、虚勢なのか。

 今度は、千駄さんが考える番だ。

「相居飛車での穴熊対策と言えば、2六歩〜2五歩ですよね」

 と、つじーん。

 私も同意する。

「2五歩まで伸ばされるとマズいから、2四歩って打つんじゃない?」

「なるほど……僕も、そうするかもしれません」

「3六銀〜2五歩で、ムリヤリ抉じ開けられちゃいませんかぁ?」

 うーん、それは、どうかなあ。

 ここから玉頭戦に持っていくのは、どちらも怖いのよね。

 特に先手は、囲いと言えるような囲いになってないし。

「玉頭の銀を動かすから、かなり怖いと思うんだけど」

「一回6七銀〜5六銀左としてぇ、そのあとで3六銀とか」

 左銀を補強に回すのか。それは、ありそう。

 私たちが議論している間に、2六歩、2四歩までが指された。

「2五歩に同歩とするかどうか、ですね。同歩は3六銀で弾みがつきますから、無視して取らない可能性が高そうです」

「取らないと、そのうち2六飛ですよぉ?」

 そこまで進むと、先手有利かな。

 松平の穴熊、成算があるのかしら。なかったら、あとでビンタよ。

「組み合わせが多過ぎて、わけが分かりませんね」

 つじーん、もうちょっと頑張りなさい。

 結局、千駄さんは5分も考えて、6七銀と上がった。


挿絵(By みてみん)


 これは、葛城くんの進行かな。

「1一玉、5六銀左、2二金、2五歩?」

「いえ、ちょっと待ってください。いきなり5六銀左は、5五歩でバックさせられちゃいますね。1一玉、2五歩、2二金、3六銀じゃないですか?」

 つじーんは、私の読みを訂正した。

「それだと、2二金のところで、5五歩がない?」

「……ありますね。5六銀左は、成立しないのかもしれません」

「それだと、6七銀の意味がありませんよぉ?」

 んー、ひたすらに難しい。

 一手一手に、意味があり過ぎる。

「ちょっとまとめましょう。(1)後手は2五歩に同歩とできない。(2)先手は5六銀左を決めないと、囲いが薄過ぎて戦えない。これで、いいですかね?」

 つじーんのまとめに、私と葛城くんは頷いた。

「ということは、1一玉、2五歩、5五歩、3六銀、2二金、5六歩ですか?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これは……ありそう。

「同歩、同銀で、銀を繰り替えるんですねぇ」

 葛城くんも、すぐに5六歩の狙いを見抜いた。

「2四歩に同銀は、2五銀、同銀、同桂以下、さすがに戦えませんね。パターンは多いですが、これが本命に見えます」

 いずれにせよ、後手は守勢。

 こうなってくると、1二香〜1一玉は、やっぱり苦肉の策に見える。

 松平は、もう一回コーラを飲んで、ようやく1一玉と下がった。

 千駄さんは、すぐに2五歩と突っかける。

「そう来ますよね……」

 松平はペットボトルを端に退けて、5五歩。

 以下、3六銀、5四飛と進んだ。


挿絵(By みてみん)


「金寄りではなく、飛車回りでしたか。外しましたね」

 つじーんは、もう一度読みを入れ始めた。

「飛車を回られても、5六歩、同歩、同銀は、成立しそうです」

 ふむふむ、大幅にズレてるわけじゃないのね。

 2二金に比べて、5四飛の方が積極的というだけ。

「先手は、9七角が問題ですよねぇ」

 葛城くんの指摘通り、先手は9七角が働いていない。

 これを捌けるかどうかで、先手持ち、後手持ちに分かれそう。

 先手は飛車の打ち込みに弱いから、すぐには7四歩と活かせない。同飛で困る。

 飛車交換は、穴熊に組んで大正解という展開に。

「次の問題は、2四歩を入れるか、入れずに5六歩か、ですね」

 つじーんは、さらに先を読む。

「2四歩、同角、5六歩、同歩、同銀、5五歩、4七銀左は分かり易いですけど、5六歩、同歩、同銀、5五歩、4七銀左のとき、後手の指す手が難しくないですかぁ?」

「どうですかね。前者でも、後手の指し手は難しいと思いますよ」

 残り時間は、千駄さんが10分、松平も10分。

 お互いに時間を調整したかのような進行だ。おそらく、そうなのだろう。

 このレベルになると、一手に使う時間も、なるべく決めているはず。

 さあ、松平、なんとかしてみせなさい。

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