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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第33局 ばっちり秋の個人戦(男子の部・2014年9月14日日曜)
230/295

202手目 解説を任せる少女

 今日は個人戦2日目。

 女子の部は終わってるけど、そこそこ人数は来ていた。

 藤女からは副会長のサーヤ、駒北からは大場(おおば)さんが顔を出している。

 うちからは、飛瀬(とびせ)さんと歩美(あゆみ)先輩。

 歩美先輩、あいかわらず暇人ですね。受験勉強は?

 男子は3年生以外、だいたい来てる感じかな。初日で負けた葛城(かつらぎ)くんも来てるし、うちは箕辺(みのべ)くんが応援に参加してくれている。天堂はふたり残っているから、知らない男子が何人か顔を出してる感じ。会計の田中(たなか)くんの姿もある。

松平(まつだいら)、調子は?」

 私は、控えテーブルで尋ねた。

「まあまあ、だな」

 まあまあ、ね。とらえどころのない返事。

 箕辺くんの話だと、相当頑張っているらしい。

 期待したいところだけど、相手が相手。

 初戦で千駄(せんだ)さんか捨神(すてがみ)くんに当たる可能性もある。もちろん、決勝まで行くには、どちらかと必ず当たるんでしょうけどね。下手すると、両方当たる可能性もある。まずは、籤運を試さないと。

「それでは、トーナメント表を確認してください」

 サーヤの指示に従い、ホワイトボードを確認する。


挿絵(By みてみん)


「……バラけたな」

 松平は、左右の山をチェックする。

 初戦から厳しいのは、佐伯(さえき)くんと千駄さんのところかな。

 さすがに、佐伯くん不利だとは思う。

(けん)ちゃんと当たっちゃいましたね」

 (つじ)くんが、うしろから顔を覗かせる。

「前回は1日目で当たったが、今回は2日目か」

 松平はそう言ってから、さっさと席に移動した。

 私と歩美先輩も、あとを追う。

「あ、私は捨神くんのところを観るんで……」

 飛瀬さんは離脱。まったく。

 8人だから、会場の準備はスムーズに進行。

 振り駒のターン。

「剣ちゃんでいいですよ」

「同級生で譲り合ってもしょうがないし、振らせてもらうぜ」

 松平はあっさり引き受けて、簡単に歩を放った。

「歩が3枚、俺の先手だ」

 辻くんは、自分の右側にチェスクロを置き換える。

「対局準備の整っていないところは、ありますか?」

 返事なし。

「それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

 辻くんがチェスクロを押して、対局開始。

 7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。


挿絵(By みてみん)


 やっぱり横歩か。

 歩美先輩に、解説を頼みましょう。

 2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛、3三角、3六飛。

 とにかく速い。

「……8四飛とします」


挿絵(By みてみん)


「8五飛じゃないのか……」

 松平は小考して、2六飛と寄った。

 2二銀、8七歩、5二玉。

 8五飛戦法にならなかったから、松平はちょっと時間を使っている。

 一方、辻くんは用意してきた作戦なのか、指し手は早い。

 5八玉、5一金。

「なんか、変なことになってません?」

 私は、歩美先輩に尋ねた。

「最近は後手5二玉型が再評価されてるから、その関係じゃない?」

 ふむ……私の知らないうちに、横歩も進化してるのね。

 昔は、4一玉型だったと思う。先手が中住まいで、後手が中原囲いみたいな。

 1六歩、6二銀、4八銀、9四歩。

 お互いに、ひとつずつ端歩を伸ばす。

「詰めとくか……1五歩」


挿絵(By みてみん)


 1筋からの攻めを見せたわね。

 どう対応するか。

 辻くんは1分ほど考えて、2三銀と受けた。

 これも、結構怖いと思うんだけど。3筋が薄くなる。

 松平は3八金。

 つじーん、再び長考。

「どう指すんですか?」

「んー」

 歩美先輩も、指し手の予想がつかないらしい。

 両腕を組んで、難しそうな顔をした。

「7四歩は飛車の横利きが消えちゃうし、9五歩は遅いわよね」

 私たちが考えていると、箕辺くんがやって来た。

 そう言えば、さっきまで姿が見えなかったわね。トイレだった?

「どうなってます?」

「横歩取り8四飛型」

 私の返事に、箕辺くんは盤面を確認する。

「8四飛なんですね……」

「箕辺くん、どこいたの?」

「佐伯vs千駄戦を偵察してました」

 次の対局相手をチェックか。

 松平に頼まれたっぽいわね。

「で、どんな感じ?」

「後手佐伯の右玉になってます」

 右玉か。新人戦で葛城くん相手に指してたわよね、確か。

 パシリ。

 おっと、動いた模様。

 私たちは、盤面を振り返る。


挿絵(By みてみん)


 え? 後手から攻めた?

「これはトリッキーね」

 歩美先輩も、びっくり。

「マジかぁ……」

 松平は前髪をかきあげて、椅子にもたれかかる。

 まったく予想していなかったらしい。

「伸び過ぎを咎められた感じですか?」

 箕辺くんが尋ねた。

「んー、どうかしら。2三銀が1四歩の準備で、5二玉も王様を遠ざける伏線だったのは分かるけど、成立してるかは不明ね。同歩は必然として……」

 同歩……の次が見えない。

 私たちが黙っていると、箕辺くんはちらりと別のテーブルを振り返った。

「俺は他のもチェックしないといけないんで、失礼します」

 そう言って箕辺くんは、菅原(すがわら)vs蔵持(くらもち)戦に向かった。

 あそこは、中飛車vs居飛車穴熊でしょ、多分。

 私は松平の方へ向き直り、続きを考える。

「……歩を垂らすくらいしか、ないんじゃないですか?」

「ああ、1六歩とか?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 歩美先輩は、唇に指を添えて、視線を横に走らせた。

 脳内将棋盤を見てる感じかな、この動作は。

「香車で取ると1五歩があるわね」

「香車は死にますから、飛車ですか?」

「それは1四香と走られて、もっと困るわよ?」

 ……確かに。飛車を逃げたら、無条件で1九香成とされちゃう。

「私なら、同香、1五歩に3三角成と飛び込むかな」

 ん、ちょっとよく分からない。

 私がその先を尋ねようとしたところで、松平は指した。

 1四同歩。

 つじーんは、すぐに1六歩と垂らした。

「……同香だな」

 松平は、香車で歩を払う。

 歩美先輩と同じか。

 1五歩、3三角成、同桂、5六角。


挿絵(By みてみん)


 あ、なるほど、こういう厳しい手があるのか。

 だったら、飛車を1筋に寄る必要性がないわ。

「これ、後手死んでません?」

「2四銀と上がれば、死んでないわよ」

 はあ、そんな手があるのか。

 辻くんは念入りに確認してから、2四銀。

 松平は、1五香と取った。

 これは……同銀とは取れないのよね。2一飛成がある。これが3二金に当たってるから、4二金寄、1一龍。駒得は消滅。対抗型なら、それでも均衡がとれてたりするけど……。

「香、取ります?」

「それは、後手陣が保たないでしょうね」

 やっぱり。

「じゃあ、どうします?」

「んー、どうしましょ。1四香とか?」

「え? 香車を捨てるんですか?」

「2五銀で、飛車香両取り」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ほおほお、これは先手が悪いわね。

 ということは、1四香に同香とは取れない。

 香車を代償に1二角成かしら。馬を作って粘る。

 横歩でどれだけ粘れるのか、よく知らないけど。

 私はどうしても、振り飛車の感覚で読んじゃう。三つ子の魂、百まで。

「1四香」

 辻くんは3分ほど考えてから、香車を走った。

 今度は、松平が長考する。

「……考えてみたけど、1二角成は、手が遅過ぎるわね。何もできないわ」

 そうみたい。

 私もいろいろ考えたけど、後手陣を突破できるような手はない。

 飛車を追い回されて、そのうち1筋方面が壊滅してしまう。

 松平、いきなり悪くしたんじゃないでしょうね?

「……8三角成」


挿絵(By みてみん)


 ふわッ!?

「凄い手が出たわね」

 歩美先輩は、覗き込むように体を乗り出した。

 辻くんも、これには驚いているようだ。

「……パッと見、成立してそうなのが嫌ですね」

 辻くんは、ぼそりとそう呟いた。

「そう願いたいな」

 私の感覚だと、パッと見、成立していない。

 だけどこのへんは、辻くんの方が正しそうだ。

 松平の暴発ってわけじゃないみたいね。

「同飛の一手ですか」

 辻くんは、同飛。

 以下、2四飛、1五香、2一飛成と進む。

 駒割りは……角香と銀の交換+先手は飛車成り。

 普通は大損としたもんだけど……。

 辻くんは、すぐに4二金寄と逃げた。

「2四歩」


挿絵(By みてみん)


「これで届かないなら、俺の負けだな」

 こらこら、まだ50手も行ってませんよ。

「こっちは、速い手がないんですよね……」

 つじーん、再び長考。

 横歩でよくある4五桂とかかしら?

「これ、剣ちゃん有利かも」

「本当ですか?」

「2三歩成〜3二との攻めが、止められないわよ」

 まさかの、中盤で有利?

 期待できそう。歩美先輩が言ってるから、デタラメってわけじゃないでしょ。

「後手は、何を指します?」

「一目、4四角かしら。7七桂と受け……ないわね。3二角、2二龍、2五桂とされて、攻めが頓挫するわ」

 あれ……だったら、そこまで有利でもないような……。

「9九角成が確定しちゃいますよね? 先手、マズくありません?」

「んー、9九角成とは飛び込みにくいわね」

 え? 何で? 理由が分からない。

「2三歩成、9九角成、3二と、同金、同龍、4二香とか、どうです?」

「7二銀で死んでない?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 ……死んでるっぽい。8二飛には8三金。左右挟撃になる。

「もしかすると、9九角成のタイミング、ないかも」

「じゃあ、何のために打ってるんですか?」

「とりあえず、つじーんの応手に注目かな」

 歩美先輩は、他人任せな結論を出した。

 辻くんは、たっぷり5分使って、4四角と打った。

 これは、予想通り。

 松平も、ノータイムで2三歩成とする。

「早逃げしますね」


挿絵(By みてみん)


 なんと、逃げた。

「それ、意味なくないか?」

 松平は、怪訝そうな顔をする。

「それは指してみてのお楽しみ、ということで」

 つじーんの返答に、松平は考え始めた。

 時間を使わせるテクニックなんじゃないの?

 あんまりお付き合いしない方が、いいと思う。

「ふーん……そっか、そういう手か……」

 歩美先輩は、何かに気付いたらしい。

 しきりにひとりで納得していた。

「狙いが分かりました?」

「多分、3二と、同金、同龍のとき、王手にならないってことね」

 王手にならない……。

「それだけですか?」

「一手余裕ができるから、9九角成の余裕が生まれるでしょ」

 で、っていう。

 龍に迫られ過ぎてて、後手悪いんじゃないかしら。

 一方、当の松平も、ずいぶん悩んでいる。

「……」

 松平は息を吸って、それから大きく吐いた。

「こりゃ難しいな……」

 松平は、3二とと入った。

 同金、同龍。

 ここで辻くんが、また少し考える。

 9九角成じゃないの?

「これ、角成らないかも」

 と歩美先輩。

「他に手がなくないですか?」

「ないっちゃないんだけど、9九角成、7七桂と封鎖されたあと、3三龍が見えるのよね。2五桂と逃げることはできるけど、今度は6五桂跳ねが痛いわ」

 手順に桂跳ねか……次に5三桂成一発で終わるわね。

 つじーんは散々考えてから、2九香成とした。

 これは、後手苦しいんじゃない?

 松平は大きく頷いてから、4一金。

 同金は同龍、5一香、5二銀くらいで後手負け。

「5二金」


挿絵(By みてみん)


 浮いて受けたか……継続手は……。

 7二銀、同玉、5二龍は見えるけど、続かない感じかな。

「予想より難しいわね。先手優勢ってわけでもないみたい」

 あと1枚あれば、楽勝なんだけどなあ。

 松平は2一龍とする。これはちょっと心細い。

 5一香、7七桂。どうやら、先手は増援が必要な模様。

「角がいる間は、6五桂〜5三桂成に、同角があるのよね」

 うむむ、つじーんは、防衛戦に切り替えている。

 松平の陣地は安全だけど、これは焦れてくる展開。

 ギャラリーとしても、もどかしい。

「ただ、ここで後手の指し手も難しいから、何とも言えないわね」

「動かせる駒、ありますか?」

「2九成香が第一感だけど……同龍って取っちゃうかも」

 それは、長くなりそう。

「2四歩〜2三歩成が間に合えば、先手勝ちかしら。2九成香、2四歩……1四角、2三歩成、4六桂、6八玉、3八桂成。これは圧倒的に後手持ちね」

 つまり、2四歩〜2三歩成は間に合わない、と。

「……2九成香」

「同龍」


挿絵(By みてみん)


 あらら、ほんとに取っちゃった。

「これ以上は、時間を使えませんね。1四角」

 残り時間は、松平が15分、つじーんが10分。

 つじーんの方が苦しいけど、そこまで大差じゃないかな。

「これなあ……2一龍と入り直したいんだが……」

 それは、4六桂があるのよね。

「んー、剣ちゃん、金は見捨てないといけないかも」

「見捨てたら、勝てなくないですか?」

「4六香と打って、4一角、4四香、同歩があるわよ」

 なるほど、4六桂を防ぎつつ反撃ね。

 松平、ちゃんと気づきなさいよ。

「……香車打つしかないか」


挿絵(By みてみん)


 松平は、4六香と打った。よしよし。

 4一角、4四香、同歩。

 歩美先輩の読み通りに進む。

 とはいえ、これは予定外なんじゃないかなあ、松平的に。

 4一の金は、取られるために打ったわけじゃないでしょうに。

「どっちも表情が渋いわね」

 ですね。

 両者自信なしの展開。

「互角ですか?」

「心理的にはともかく、剣ちゃんの方が指しやすいと思うわよ。龍と生角の差は大きいし、陣形は、つじーんの方が脆いわ。あとは、どこから手を作るかの問題」

 だったら、とりあえず龍を入り直すわよね。

「2一龍とかですか?」

「攻め駒が足らないから、一回桂馬に当てたいわね、3三の」

 3三の桂馬に当てる手段は、2四龍しかない。

 けど、これがいいようには見えないわ。

 4二金で簡単に受かる。

「……」

 松平は前髪を触りながら、じっと盤面を見つめている。

 つじーんは前傾姿勢で没我の状態。ときおり首を捻る。

 1回戦負けはして欲しくないけど……どうなることやら。

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