伝聞
※このお話は、辻くん視点です。
ふわぁ……春の昼下がりはいいですね。部室でのんびり。
気分がおちつきます……あ、辻竜馬です。
升風高校の1年生です。よろしくお願いします。
今日は新人戦をまえに、蔵持くんことくららんと練習なのですが、来ないですね。
ぶっちされましたか。くららんに限ってそれはないと思いますが。
詰将棋でも解こうかな、と思ったところで、ドアが開きました。
「ごめん、遅くなった」
竹刀袋を背負ったくららんが登場。
僕はひらきかけの本を閉じました。
「おつかれ。剣道部でした?」
「うん、あっちも大会が近いんだよね」
二足のわらじは大変ですね。
くららんは竹刀袋を壁にたてかけて、着席。
盤駒チェスクロの準備はできているので、さっそく指します。
「……つじーん、今年度は優勝狙えるんじゃない?」
急にお世辞が飛んできました。
くららんじゃなかったら盤外戦術かと思ってしまいます。
「急にどうしたんですか?」
「え……じっさいそうかな、と思うんだけど」
僕は黙って次の手を指しました。
くららんも応じます。
僕は次の手を考えながら、
「剣ちゃんがいないのはさみしいですね」
と言いました。
剣ちゃんというのは、松平剣之介くんのニックネームです。
幼馴染というか、昔からの将棋仲間ですね。
彼は駒桜市立高校に行っちゃったんです。
で、市立には男子が入れる将棋部はないんですよ。
くららんは、
「剣ちゃんだけ特例に出られないかどうか相談したけど、ダメって言われた」
と言いました。
「だれかに相談したんですか?」
「千駄会長に相談した。ルール的にダメなんだって」
それはそうかな、と思います。
あれは市内の将棋部員の大会ですから。
公私混同になりかねません──と、そろそろ指しましょう。
飛車を上がって、と。くららんはこの手を見て、
「あ、そっか、浮く手があるのか」
と言い、頭をかきました。見落としみたいです。
くららん長考。
「……考えてるところすみませんが、あのウラミさんってひと、知ってます?」
くららんは盤を見つめたまま、
「知らない」
と答えました。
「高校から引っ越してきたひとじゃないですよね?」
「ううん、一中の子だよ。横溝さんといっしょ」
あ、そうなんですか。
その情報すら知らなかったです。
「くららんはどこからそれを?」
「横溝さんから聞いた。あと陸上部の友だちは知ってたよ」
「なんで陸上部のひとが知ってるんですか?」
「ウラミさんは陸上部らしいんだよね。短距離だったかな」
え……なんですか、それは。
もしかして禁断の引き抜き? でも陸上部から引き抜いたりしないですよね。
あるいは掛け持ち? それはありえますか。
「元陸上部なんですか? それとも現陸上部?」
「わかんない」
くららんはそう言って、角を上がりました。
わからないことだらけですね。謎の少女。当たったとこ勝負ですか。
でもその角上がりが悪手なのはわかります。こうして、と。
「あッ……負けました」
「ありがとうございました」
それじゃ新人戦、張り切っていきましょう。