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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第32局 ばっさり辻斬り編(2014年9月10日水曜)
228/295

201手目 探りを入れる少女

挿絵(By みてみん)


 これ、いきなり4五歩と突っかけても、いいんじゃないかしら。4六歩〜4七銀〜3七桂と立て直されるのが、一番面倒そうだし。例えば、4五同銀、5四歩、同歩、8八角成、同玉、5五角、7七角……これは変ね。むしろ、同玉に4四銀と出て、同銀、同飛、7七角、5四飛、1一角成、4九銀とか?

 んー、穴熊ばっかり相手にしてて、急戦の感覚を忘れちゃってる。

「……4五歩」

「そう来よったか……3五歩じゃ」

 おっと、取らなかった。

 これが定跡?

「同歩」

「4五銀」

「4四歩」

 5六銀とバックさせてから、私は3四銀と出た。


挿絵(By みてみん)


 これは手応えを感じる。

「またずいぶんと古い将棋ですね」

 お盆を抱えた猫山(ねこやま)さんが、興味深そうに覗き込んだ。

 店内は一段落したのか、あまり注文の声も聞こえてこない。

「おタマさん、これ、どうするんですか?」

「3六歩と打つぞい」

 タマさんは、攻めを継続する。

 急戦だから、受けに回ったら負けよね。

 私も4五銀と指して、どんどん前進。

「取るのは、さすがにいかんな……5七銀じゃ」

 5六銀、同銀。

 ここで4五歩と伸ばすのは、3五歩の攻めが速そう。

 ちょっと鈍臭いけど、羽生ゾーンに打って飛車をいじめますか。

「2七銀」


挿絵(By みてみん)


「そこに打たれると、困るんじゃが」

 困るから打つ。

 相手の嫌な手を指してこそ、将棋。

「3九飛かのぉ」

「3六歩」

 これで、3五歩以下の攻めは頓挫した。

 タマさんは、少し考える。

 私は、ちょっぴり冷めたコーヒーを飲みながら、3七歩成の攻めを検討。

「裏見さん、優勢なんじゃないですか?」

 と猫山さん。

「そんなことはないぞ。まだまだ互角じゃ」

 私が答える前に、タマさんはそう言って鼻息を荒くした。

「3四銀じゃ」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あッ、2三の地点がガラ空き。

「ニャハハ、重い手には重い手で返すぞい」

 2八銀不成は、3六飛で攻めが加速しちゃうわね。

 かと言って、2二角、2三銀成、3一角、3二歩は、逃げ回るだけ損。

 角銀交換は不可避。だったら、逃げずに……逃げずに、どうするの? こっちとしても、指す手は難しい。動かしていい駒が、あんまりないような……7三桂かしら?

 私は、7三桂と跳ねた。

「守りを薄くしますか」

 猫山さんは、ふむふむと頷く。

 守りは薄くなるけど、4六角とかの流れ弾も回避できるし、問題ないと思う。

 それに、いざというときの8五桂は、かなり頼りになるから。

「角と銀を交換しても、打つ場所がないのぉ……2四歩じゃ」

 あらら、交換してこなかった。

 さっきから、読みがあんまり噛み合ってないわね。

「同角」

 タマさんは、2三銀不成として、歩を補充した。

 狙いは……3四銀成、3三角、同成銀、同桂、3四歩か。

 単に角銀交換をするよりも、こっちの方が先手に有利ね。

 だったら、先に攻めちゃいましょう。

「2八歩」


挿絵(By みてみん)


「これはどうしようもない……3四銀成じゃ」

 2九歩成、同飛、3七歩成。

 私は、角を放置した。

「過激ですねぇ」

 猫山さんは、面白そうに笑う。

「ありがたく、角をもらうぞ」

 タマさんは、2四の角を躊躇なく取った。

 私は2八銀成と成り込む。

「5九飛……同飛もあるわい」

 5九飛なら単純に3八成銀。同飛なら同と、5四歩、同歩、3四歩かしら?

 いずれにせよ、形勢は五分。私の方が、指したい手は多いかな。

「飛車を渡したら、勝てん気がするのぉ……5九飛」

 3八成銀。

 ここでタマさんは、うーんと唸ってしまった。

 長考するようだ。

「すみませーん、コーヒーのお代わり」

 奥で、男性客の声がした。

「はいはい、少々お待ちを」

 猫山さんが退席。

 タマさんは両腕を組んで、左右に首を捻っている。

 ああでもない、こうでもないと、独り言。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あ、そうだ、これって、ちょっとしたチャンスなのでは。

「タマさんって、猫山さんのお友だちですか?」

「ネコヤマ? ネコヤマとは誰じゃ?」

「あそこのメイドさんですけど……」

 タマさんは、猫山さんを見やる。

「そうか、猫山と名乗っとるのか」

 意味が分からない。もしかして、友だちじゃないとか?

 ……いや、ここまでのやり取りを見る限り、友だちで間違いないはず。

 だけど、苗字を知らないって言うのは、変ね。

 私はそのとき、ある可能性に思い当たった。

「あの……猫山さんの本名って、知ってます?」

 偽名なんじゃないかしら?

「アイちゃんじゃぞ」

「いえ、苗字の方を……」

「みょうじ? ……ああ、人間は名前がふたつあるんじゃったな」

 どうしましょ。やっぱり、危ない人な気がしてきた。

 まるで、自分が人間じゃないみたいな言い方だ。

 飛瀬さんの同類? 宇宙人とか言い出すんじゃないでしょうね。

「猫山さんって、どこから来たんですか?」

「生粋の駒桜娘じゃぞ」

 ん……ここは話が合ってる……。

 猫山さんも、自称駒桜生まれの駒桜育ちだ。

「どのあたりの地域出身か、知ってます?」

「わしと同じじゃから……元町じゃな」

「元町? 駒桜元町ですか?」

「他に元町はないじゃろ?」

 駒桜元町って、合併で駒桜市ができる前の、旧市街地だ。

 っていうか、私が住んでるところよ。おじいちゃんは、この町出身だし、ひいおじいちゃんも、そうだったと聞いている。その頃はまだ、駒桜市と呼ばれていなかった……と、小学校の社会の時間に教えてもらった。

 だったら、猫山さんはご近所さんってことになる。

「今でも、元町に住んでるんですか?」

「知らん」

 連絡取り合ってないのか……久々みたいなこと言ってたわね。

「なんの話をしてるんですか?」

 びくッ! 私は思わず、全身を強ばらせた。

「おお、アイちゃん、この子がの、住所を……」

「タマさん、紅茶が冷えますから、早く飲んだ方がいいですよ」

 私はムリヤリ話題を変更した。

「そうじゃった、将棋を指すと、どうも夢中になっていかん」

 タマさんは、ミルクのたっぷり入った紅茶を、ぐびぐび飲む。

 一方、猫山さんは、私の横顔をじっと見つめている。緊張。

裏見(うらみ)さん、コーヒーのお代わりは、どうですか?」

「あ……お願いします……」

 3杯目か……飲み過ぎだけど、勢いで頼んじゃった。

 なんか、不審がられてたような気もするし、去ってくれた方が安全。

「ちと考え過ぎたわい。6六角じゃ」


挿絵(By みてみん)


 これまた、かなりひねった手だ。

 4八とからの攻めを、全部清算するつもりね。

 私は6五歩と突いて、5七角とバックさせてから2二飛。

「それは止めるぞ、2三歩とな」

 しまった、単純に押さえ込まれると、思ったより暴れられない。

 例えば、3二飛、3三歩、4二飛、3一角、4一飛、2二角成と進めて……これは、後手負けかも。飛車がどうにもならないから。

 だったら、3三歩に同桂、4三角、3一歩と受ける?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 3二角成、同歩なら、働いてない大駒を捌けて、少しは持ち直せる。

 以下、4五桂と跳ねて、同銀、同歩から5六桂を狙えるわ。

「3二飛です」

「3三歩と追っかけようかの」

「同桂」

 私が歩を取ると、タマさんは目を丸くした。

「そういう手があったか……4三角じゃ」

「3一歩」

「ふむむ」

 タマさんは、ここでまた長考。

 そう言えば、コーヒーのお代わりがまだ来て……る。

 いつの間にか、新しいコーヒーが置かれていた。

 歩美(あゆみ)先輩ばりのステルス機能ね。

 私はちょっとだけ口をつけてから、盤面に集中した。

 なあなあで始まった対局だけど、だんだん盛り上がってくる。

「……5四歩と突いてみる」

「同歩」

「そこで4六角じゃ」


挿絵(By みてみん)


 ん、これは……狙いが分からない。

 よくある角筋だけど、この状態では痛くもかゆくもない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 いや、そうでもないか。2二歩成、同飛、3三成銀があるのね。

 2八飛成、6四桂と打たれると、こっちは角筋がかなり怖い。

 それに、こちらは特に指す手がない。1二香とか、1四歩くらいか。

 だったら、8一桂と堅めて、2二歩成、同飛、3三成銀、2八飛成、6四桂、4八成銀、同金、同と……おっと、龍が抜かれちゃう……けど、5九とと取り返せる。

 いきなり激しくなる展開。

「……8一桂」

「受けるのか……年に似合わず慎重じゃな。2二歩成」

 以下、同飛、3三成銀、2八飛成、6四桂。


挿絵(By みてみん)


 読み通りに進む。

「4八成銀」

「それは龍を抜くぞ?」

「5九とで取り返せますから、何とか」

 タマさんは、なるほどと頷いた。

「それなら、同金じゃ」

 同と、2八角、5九と、同金。

 飛車を下ろす位置は……3八かしら。王手角銀のトリプル当たり。5八飛と自陣飛車にしても、3三飛成の保険がある。ナイス。

「3八飛」

「参ったわい……5八歩」

「2八飛成」

 これで角を取戻して、駒割りは五分。

「いよいよ寄せ合いじゃな。4二飛」

 ぐぅ、厳しい。6一角成という、典型的な美濃崩しのパターン。

 駒を投入しないと、受けられないわね。

「6二金打」

「にゃ、ニャンと」

 さっきから気になってるんだけど、なんで猫山さんと口癖が同じなの?

 身内ネタ?

「5二銀と張り付くぞい」


挿絵(By みてみん)


 これは……何手スキ?

 6一銀不成〜7二銀成〜8二金……詰まないわね。2手スキ以上だわ。

「1九龍」

 私は香車を補充した。

「悠長じゃの。6一銀不成」

「5九龍」

 タマさんの王様、詰めろが掛かりそうよ。

 全然悠長じゃない。6一銀不成の威力を、過大評価してたんじゃないかしら。

「これは、香子ちゃんの勝ちですかねぇ」

 と猫山さん。

 いつの間にか、観戦サイドに戻っていた。

「むぅ、5二銀が遅過ぎたかもしれん……7二銀成」

「9二玉」


挿絵(By みてみん)


 これで安泰。逆に先手は、詰む気がしてきた。

 7七香、同玉、7九龍、8六玉(7八合駒は6八角一発で詰む)、8五金、9七玉、8八角、9八玉……あれ、詰まない……あ、7九龍がおかしいのか。6八角、8八玉、7九角成として、王様がどう逃げても詰むわ。9八玉なら9七金、同桂、6八龍。オッケー。

「……6九金じゃ」

 詰めろが掛かってるのに気付いたわね。

 とりあえず、詰めろを継続したいけど……8八金から送るか、あるいは……。

 私はコーヒーをちびちびやりながら、ゆっくり考える。

 ここで焦ってもしょうがない。私の王様も、そこまで安全じゃない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 とりあえず、これかな。

「7七香」

「同桂」

 タマさんは、桂馬で取る順を選んだ。

 8九角と送るか、それとも別の手を指すか……ん?

 私は、もう一度局面を確認する。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あ、なんだ、簡単じゃない。

「6八金」


挿絵(By みてみん)


「なんじゃ、それは?」

「同金なら、8九角で寄ってるかな、と」

 タマさんの瞳孔が細くなる。

「ほ、ほんとじゃ、寄っとる」

 8八玉も6九龍で終わり。

 私の王様は、絶対に詰まない。

「うーむ、わしの負けじゃ」

「ありがとうございました」

 私は一礼して、再びコーヒーを飲んだ。

 ちょっとクラクラして来たわね。カフェインの取り過ぎかも。

「後手玉が遠かったですね」

 猫山さんは、ちらちらと私の陣地を観察した。

「途中までは、いけたと思ったんじゃがのぉ」

「飛車と角を交換した方が、良かったんじゃないですか?」

 私は、飛車を成り込む前の局面に戻す。


挿絵(By みてみん)


「3二角成、同歩、6八金寄、4八と、5七飛は、どうですか?」

「8四角とか、ありそうじゃのぉ」

 ふむ……受けが利かないのか。

「飛車が5九に回ってる時点で、押さえ込みが成功してるみたいですね」

 猫山さんは、横からアドバイス。

「ならば、切るんじゃったか」

 タマさんは、2八成銀に同飛と切るところまで戻した。


挿絵(By みてみん)


「……角を打つ場所がありませんよね?」

 猫山さんの突っ込み。

「ということは、この時点で悪いのかもしれん……」

「なんで5筋位取りにしようと思ったんですか?」

 私は、思い切って訊いてみる。

「5筋位取りは、優秀なんじゃぞ」

 うーむ……疑問。

「藤井プロも、5筋位取りの優秀性自体は認めてますね」

 猫山さんがフォローした。

「え、そうなんですか?」

「『将棋世界』のイメ読みかなにかで、そうコメントしてましたよ」

 んー、そうなのか。

 でも、プロは誰も指してないと思う。

「しかし、なかなか楽しかったの。夏に指して以来じゃ」

 タマさんは、ひとりでご満悦だった。

 こういう縁台将棋は、勝っても負けても楽しい。

 公式戦の真剣勝負とは、また違った良さがある。

「わしは、これで失礼しようかの」

「あ、お金はちゃんと払って行ってくださいね」

「分かっとるわい」

 タマさんは懐から、たくさんの5円玉を取り出し、カウンターに置いた。

 絶対足りてない。

「……ありがとうございました」

「アイちゃんも、たまには遊びに来てくれんといかんぞ」

 タマさんはニャハハと笑って、喫茶店を出て行った。

 猫山さんは財布を取り出して、千円札を引き抜くと、レジに向かった。

 自腹ですか。痛い。

「すみません、こちらも会計をお願い致します」

 春日川(かすがかわ)さんの声。

 中学生3人組は、どうやら話し合いを終えたらしい。席を立っていた。

「別々に致しますか?」

「はい」

 春日川さんは、財布から器用に千円札を取り出す。

 どうやって識別してるのかしら? お札の手触りとか?

 支払いをすませた彼女は、カウンターに向き直った。

「裏見さん、まだそこにいらっしゃいますね?」

「あ、はい」

「今年度の文化祭、将棋部は中等部も出し物をします。ぜひ、お越しを」

「じ、時間があれば……」

 3人は、喫茶店をあとにした。

 残された私は、コーヒーを飲み干すと、盤駒を片付けた。

 さて、詰め将棋の続きでも解きますか。次の問題は……。

場所:喫茶店『八一』

先手:おタマ

後手:裏見 香子

戦型:先手5筋位取りvs後手四間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲2五歩 △3三角

▲4八銀 △3二銀 ▲5六歩 △4二飛 ▲9六歩 △9四歩

▲6八玉 △6二玉 ▲7八玉 △7二玉 ▲5八金右 △8二玉

▲3六歩 △7二銀 ▲5七銀 △5二金左 ▲5五歩 △4三銀

▲6八銀上 △6四歩 ▲1六歩 △7四歩 ▲3八飛 △6三金

▲5六銀 △4五歩 ▲3五歩 △同 歩 ▲4五銀 △4四歩

▲5六銀 △3四銀 ▲3六歩 △4五銀 ▲5七銀 △5六銀

▲同 銀 △2七銀 ▲3九飛 △3六歩 ▲3四銀 △7三桂

▲2四歩 △同 角 ▲2三銀不成△2八歩 ▲3四銀成 △2九歩成

▲同 飛 △3七歩成 ▲2四成銀 △2八銀成 ▲5九飛 △3八成銀

▲6六角 △6五歩 ▲5七角 △2二飛 ▲2三歩 △3二飛

▲3三歩 △同 桂 ▲4三角 △3一歩 ▲5四歩 △同 歩

▲4六角 △8一桂 ▲2二歩成 △同 飛 ▲3三成銀 △2八飛成

▲6四桂 △4八成銀 ▲同 金 △同 と ▲2八角 △5九と

▲同 金 △3八飛 ▲5八歩 △2八飛成 ▲4二飛 △6二金打

▲5二銀 △1九龍 ▲6一銀不成△5九龍 ▲7二銀成 △9二玉

▲6九金 △7七香 ▲同 桂 △6八金


まで100手で裏見の勝ち

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