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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第31局 ばっちり秋の個人戦(女子の部・2014年9月7日日曜)
218/295

192手目 8五飛と浮く少女

挿絵(By みてみん)


 ふぅ、なんとか1回戦突破。

 他のところも、事故はないみたいね。

 実力者がそれぞれ勝ち上がっている。

香子(きょうこ)ちゃんは、抜け番か」

 後ろで、歩美(あゆみ)先輩が呟いた。

「先輩は、ポーンさんとですね」

「まあ、なんとかなるでしょ」

 死亡フラグっぽいけど、歩美先輩なら、ほんとに軽くのしちゃいそう。

 スーパー歩美ちゃんじゃなくても、ポーンさんとの棋力差は明らかだ。

「じゃ、そろそろ次の対局だから」

「頑張ってください」

 私は歩美先輩を見送って、それから控えテーブルに戻った。

 コンビニで買ってあったお茶を飲み、会場を見渡す。

 ……どうやって時間を潰しましょうか。

 男子は、1回戦中なのよね。今日は3局しか指さないし。

 ただ、男子を観るよりも、ライバルを観た方がいい可能性も。

 私は、トーナメント表をもう一度思い出した。

 大場(おおば)さんとヨッシー、歩美先輩とポーンさんか……後者かな。

「個人戦って、最初に負けると暇ですね」

 来島(くるしま)さんは、眠たそうに言った。

「ゲームやってていいから、荷物番してくれない?」

「はぁい」

 もうひとり、飛瀬(とびせ)さんは……また捨神(すてがみ)くんの観戦か。

 ストーカーになりますよ?

 私は席を立つと、歩美先輩とポーンさんの対局席へ向かった。

 ふたりとも気合い十分。駒は既に並べられている。

「振り駒をお願いします」

 サーヤの指示に従って、歩美先輩は振り駒をした。

「と金が3枚で、後手ね」

 歩美先輩は、すぐにチェスクロの位置を変える。

「対局準備の整っていないところはありますか?」

 返事なし。

「では、女子2回戦を始めてください」

「よろしくお願いします」

 歩美先輩は一礼して、チェスクロのボタンを押した。

 ポーンさんも挨拶して、すぐに7六歩。

 3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金……あッ。


挿絵(By みてみん)


 ものの見事に横歩だ。

 私は横歩を指さないけど、次の対局相手だから、ちゃんと観ましょう。

 2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛。

 指し手がめちゃくちゃ速い。ノータイムの応酬。

 3三角、3六飛、2二銀、8七歩、8五飛。

「8五飛戦法ですね」

 振り返ると、つじーんが立っていた。

「あれ? 対局は?」

「1回戦シードです」

 ああ、そういう。

 いつもみたいに、解説でも頼もうかしらん。

 私が依頼する前に、つじーんはその場を去ろうとした。

「どこ行くの?」

「次の対局相手が、おそらく葛城(かつらぎ)くんなので、下見に」

 あらら、解説なしか。

「じゃ、またあとで」

 私はつじーんを見送って、盤面に向き直る。


挿絵(By みてみん)


 かなり進んでるわね。

 ポーンさんは、中住まいじゃないのか……。

 歩美先輩も7三桂と跳ねて、4六歩、7五歩。

 こういうときって、どう応じるのかしら。

 私は、過去に観たいろいろな対局を思い出す。……3三角成かな。同桂に3五歩と伸ばして、桂頭をイジメるのが一般的かもしれない。後手は……うーん、これも分かんない。桂頭が受からないと考えれば、8四飛かしら。

 ポーンさんは1分使って、3三角成と指した。同桂、3五歩、2五歩。

 なるほど、先に飛車先を押さえるのか。3六飛と寄る?

「Um KEIMA zu verteidigen……」

 ポーンさんは、1六飛と逆に寄った。そうするもの?

 ……あ、3六飛には、5四角、1六飛、3六歩があるのか。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 5四角に4五歩と防いでも、同桂、同桂、同角となって、3四歩は空振り。

 こういうのがあるから、横歩って怖いのよね。

 歩美先輩は8四飛と引いて、3四歩に備えた。

 ポーンさんはそれでも3四歩と突いて、同飛。

 ……ん? 5六角だと?

 結局、再度の3四歩が受からないんじゃないかしら?

 ポーンさんは、少しばかり長考。罠だと思ってる?

 例えば、5四飛と寄って……寄っても意味ないか。

 私は混乱する。手が全然見えない。

 横歩党のサーヤがいたら、なんとなく分かりそうだけど……サーヤは副会長だから、運営席を離れられないのよね。今も腕組みをして、運営席から会場を見回している。会長の蔵持(くらもち)くんは、対局中のようだ。

「なかなか面白いことになっていますわね」

 おっと、この声は。

姫野(ひめの)さん、おはようございます」

裏見(うらみ)さん、1回戦突破、おめでとうございます」

「ありがとうございます……姫野さんも抜け番ですか?」

「ええ」

 姫野さんは手短に答えて、盤面に向き直った。

 これは……質問するチャンスなのでは。

「ここから、どう指すんですか?」

「5六角、5四飛と寄って、3四歩に2八角かと」

 2八角?


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 意味が分からない。

「3三歩成の方が厳しいですよね?」

「同銀のあと、先手にはそこまで有効な手がありません。対して後手は、香車を拾ってからの5五香など、指したい手がいくらでもありますので」

 ……そんなもんかしら。

 パシリ。ポーンさんが指した。5六角。

 以下、5四飛、3四歩、2八角と進んで、ポーンさんは1八香と逃げる。


挿絵(By みてみん)


 これまた難しい手だ。狙いがよく分からない。

 一見、香車取りを避けたように見えるけど、1九角成でまた香車取り。

「姫野さん、これは……あれ?」

 いない。

 姫野さんは、次の対戦相手である大場vsヨッシー戦に移っていた。

 あそこは相振りなんじゃないかしら?

 ……まあ、自分で読みましょう。ポーンさんも本格居飛車党だし、1八香を適当に指したとは思えない。何か意味があるはず。1九角成に……うーん、分からない。

 歩美先輩は3分使ってから、1九角成とした。

 3三歩成、同銀。

 ポーンさんはノータイムで4五角。


挿絵(By みてみん)


 ……あ、1八香に角で紐をつけたのか。これは、うまい。

 歩美先輩も、この順には気付いていたのか、すぐに8四飛と寄った。

「3六飛ですわ」

 え? それじゃ紐をつけた意味が……あ、3三飛成で馬を抜けるのか。

 歩美先輩は、再び長考。顎に手を当てて、目を瞑る。

 この雰囲気……なにかいい手があるときの格好だ。2年間の付き合いで分かる。

 ポーンさんの3六飛、実は疑問手?

 私もその線で考える。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 4四銀、5六角、3五歩、1六飛、1八馬?


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これは、後手が相当いいような……。

 パシリ。案の定、4四銀が指された。

 ポーンさんはその手に、ハッとなる。

「Nein……das ist unerwartet……」

 どうやら、さっきの順を見落としていたらしい。

 リカバリーできる? それとも、致命傷?

 私は、歩美先輩の顔を盗み見る。

 ……楽勝って感じじゃないわね。まだ難しい変化があるとか?

 5六角と下がるしかないと思うけど。

 私は、慣れない局面を読むのに疲れてしまった。

 気分転換にあちこちを見て回る。

 まずは、隣の大場vsヨッシーを……。


【先手:横溝 後手:大場】

挿絵(By みてみん)


 あ、ふーん、こんな感じなんだ。

 予想通り、相振り飛車ね。

 後手の陣形は窮屈だけど、大場さんはあんまり気にしてないみたい。

 女子はこの2局だけだから、今度は男子。

 一番近いテーブルでは、葛城くんと知らない男子の対局。


【先手:小島 後手:葛城】

挿絵(By みてみん)


 ここも相振り飛車か……そう言えば、葛城くんは対抗型嫌いなんだっけ。

 アマチュアは対抗型大好きだから、ちょっと珍しい。

 それにしても、9三銀とは凄い受けね。

 この対局を追いたいくらいだわ。

 さらにその隣では、松平(まつだいら)と知らない男子。


【先手:松平 後手:鈴本】

挿絵(By みてみん)


 ここは矢倉か……長丁場になりそう。

 松平は、かなり集中しているのか、私の観戦に気付かなかった。

 私はさらに箕辺(みのべ)くんなんかの対局も観て、女子の方に戻った。


挿絵(By みてみん)


 おっと、進んでる。

 と言っても、4四銀、3四飛が指されてるだけね。ここで4五銀は、8四飛と抜かれてしまう。2三金で飛車が死ぬけど、それは4四飛、同歩、2三角成の返し技がある。

 ポーンさん、なかなかやるわね。

「思ったより難しいわね」

 歩美先輩は一息吐いてから、6五桂と跳ねた。

 6六歩、8八歩、同銀。先手は壁銀になる。

「3六歩」


挿絵(By みてみん)


 同飛……は4五銀、同桂、1八馬で、3三桂成が間に合わない。

 同角……2三金……ん? 飛車が死んでる?

 でも、4四飛〜6五歩と拾えるから、実質的には2枚換えか……3六歩って、別に6五桂と跳ねなくてもできたわよね? あの時点でやってたら、もっと効果的だったんじゃないかしら。この点は、あとで質問しましょ。謎が残った。

 3六同角、2三金、4四飛、同飛、6五歩。銀桂と飛車の2枚換えになった。

 先手陣には、飛車を打ち込むスペースがない。もう少し形を乱さないと。

 ここで、歩美先輩がまた長考。

 かなりいい勝負なってる? ポーンさんも健闘しているわね。午後の対局は、ポーンさん相手も視野に入れないといけないかな。

 この局面、私ならすぐに4六飛と出たい。ただ、よく読んでみると、4五角の反撃があるのよね。これが金当たり。以下、2二金、5八桂で、飛車が死ぬ。後手陣には8一飛と打ち込む場所があるから、飛車は渡せないかもしれない。

「……これは仕方ないかな」

 歩美先輩はそう言って、4六飛と走った。大丈夫?

 ポーンさんは即座に4五角。

 2二金、5八桂。飛車が死んじゃったわよ? 角と交換する?

 歩美先輩が選んだのは、もっと意外な順だった。

「3七馬」


挿絵(By みてみん)


「Was!?」

 角桂交換? ……あ、4六桂、同馬で、桂2枚と飛車の交換か。

 いや、それでも……駒割り的に……どうなのこれ……?

 本譜も、その通りに進んだ。

 ここでポーンさんは、悩ましげな表情を浮かべる。

「角の逃げ場所がsehr schwierigですわ……」

 後半になんて言ったか分からないけど、角の逃げ場に困っているらしい。

 移動先は、たくさんある。でも、実質的には5六と6七の二択。

 3七桂と紐をつける捻った手は……3六歩くらいで死ぬわね。

 残り時間は、ポーンさんが11分、歩美先輩が12分。

 長考合戦で、お互いにかなり減っていた。全部読む暇はない。

 なんとなく、角引きでは5六角が形よね。ただ、4四桂とイジメられても、7六歩と取り込まれてもめんどくさそう……いや、4五桂が一番キツい。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 5八金と受けるのは、6六桂が両取りになる。6七金は5五桂の追撃。

 だんだん慣れてきたわね、この形に。

 ポーンさんの持ち時間は、どんどん減っていく。

 ついに5分を切ったところで、ポーンさんは持ち駒の飛車に手を伸ばした。

 飛車?


挿絵(By みてみん)


 角を逃げずに飛車で紐……?

 これは私の理解力を超えている。狙いが分からない。

 歩美先輩も少し意外に思ったのか、1分ほど考えてから2四馬と引いた。

「2三歩ですわッ!」

 ポーンさんは、金を叩いた。

 金と馬が利いているところだ。こんなの取って……あッ! 取ると同角成から4三飛成があるんだわッ! どうやっても王手金取りか王手馬取りになる。

「取れないのか……3二金」

 歩美先輩も、取らずに逃げた。

「Noch einmal!! 3三歩ッ!」

「同金」

「2二歩成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 と金ができた。

 この順は、ポーンさんが得点を稼いだ格好だ。

「2三と、同金、同角成、同馬、4三飛成でまた両取りか……5二玉」

 歩美先輩は、早逃げをする。

 ポーンさんは5六桂と打って、6四歩以下の攻めを見せた。6四歩に同歩は、同桂、4二玉、3一銀、4一玉、2三と、同金、同角成、同馬、4三飛成の殺到がある。かと言って、取らないのは6三歩成〜6四歩で崩壊。

「んー、受けに回っちゃったわね。5四歩」

 手筋。同角と引きつけてから5三飛の狙い。

 ポーンさん、ここで時間を使いたいけど、ほとんど残っていない。3分。

「一旦3四歩と致しますわ」

「同……金」

「5四角」

 歩美先輩は、5三飛と打つ。角をイジメつつ、6筋も受ける最強の手だ。

 ポーンさんは貴重な1分を使ってから、3二銀。


挿絵(By みてみん)


 これもウマい。5四飛なら4三飛成だ。

 ただ、受けるのは簡単。4四桂くらいじゃないかしら?

 ……うん、そう打ったわね。

 同桂、同歩。これで5四飛の準備は整った。

「Bitte fällt mir etwas auf……」

 先手、攻めが続くかどうか。

 5四の角が動くと5七飛成で即死するから、角はもう逃げられない。

 ピッ。ここでポーンさん、1分将棋に。歩美先輩は2分残している。

 30秒……40秒……50秒……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

「2三と、ですわッ!」

 ポーンさんは、馬に狙いを定めた。

 え? 5六桂で王手飛車取り……いや、それは厳しくない。7七玉、4八桂成、2四と。この瞬間、後手玉には4三角打、4二玉、3四角成という攻めが発生している。これをほどくために5四飛としても、4三角、5三玉、3四角成が詰めろ。

 5六桂の両取りが成立しないなら、後手は馬を逃げるしかない。

 歩美先輩は、残り30秒を切ったところで3五馬と上がった。

 この逃げは……。

「2七桂ッ! 退いてもらいますわッ!」

「5七馬」


挿絵(By みてみん)


 うわ、切った。

 同玉、5四飛、5六歩。

 なるほど、王手で角を抜くわけか。これなら、4三角と打たれる前に対処できる。

 問題は、どう対処するかだけど……。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

「4二金」

 歩美先輩は、金上がりで受けた。

 ポーンさんは持ち駒が角だけ。無理な攻めはできない。

 3一銀不成と金に当てながら逃げて、4三金に2一角。

「受かってると思うんだけど……」

 秒読みの中、歩美先輩はそう呟いて、5三飛と下がった。

 どうやら、自分の受けきり勝ちだと思っているらしい。

 一方、ポーンさんはポーンさんで、悲観的なオーラは出ていない。

 これは、どちらかの形勢判断が間違ってるパターンね。

 さあ、どっち?

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