忍者な日々
拙者の名前は神崎忍。
名実共に、一流のくの一。
今日は、駒桜市立高校にお邪魔仕った。
女子将棋部の秘密に、探りを入れてみせん。
「おい、裏見、そんなところで何してるんだ?」
む、早速獲物が掛かったな。
「冴島先輩、こんにちは」
「ここ、3年の校舎だぞ? 誰かに用か?」
拙者の変装術は完璧。見破れまい。
ただ、あまり変なことをして裏見殿に迷惑をかけるのも、憚られる。
適当に返事をしておこう。
「ちょっと歩美先輩に用事があって」
「駒込なら、さっき職員室に呼ばれてたぞ」
駒込殿は不在か……むッ。
「成敗ッ!」
「うわぁあッ!?」
ごきぶりと言えども、拙者の手裏剣術からは逃れられぬ。
「お、おまえ、人前でナイフなんか投げるなよ……」
「ナイフじゃありません。かんざしです」
「かんざし……?」
痺れ薬が塗ってある。
普通の手裏剣は、銃刀法違反で捕まってしまうからな。
忍者もいろいろと大変なのだ。
「それじゃ、先輩、またあとで」
「お、おう……」
おっと、かんざしは回収しておかねば。
ごきぶりを抜いて、手ぬぐいで拭いて……これでよし。
死骸はぽいっと。
「こっちに投げるなッ!」
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…………………
………………
む、新たな目標を発見した。
「あれ、香子ちゃん、どうしたの?」
「数江先輩、こんにちは」
その手に持っているのは……。
「おやつですか?」
「生協のチョコレートバーだよ。知らないの?」
拙者、貯古齢糖のような南蛮菓子は食さぬ。
「ういろうの方が好きですね」
「……渋いんだね」
「そうですか?」
このおなご、相当な大食漢と聞くが……そうは見えぬな。
「ちょっと失礼」
「うわッ!?」
ぷにぷに、ぷにぷに。
「……腹回りは普通か」
「な、なにしてるの?」
「これだけ食べて、よく贅肉がつかないですね」
なんだ、その誇らしげな笑みは?
「食べて太らない、これ最強」
「栄養はどこに行ってるんですか? 背は低いですし、胸もないですし」
「先輩に対して、そういうこと言うかな……」
怒ってしまったようだ。
ちと、口さがなかったか。
「またあとで」
「もう知らない、ぷんぷん」
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…………………
………………
お、あそこにいるのは、自称宇宙人ではないか。
「飛瀬さん、こんにちは」
「こんにちは……あれ……?」
なぜじろじろ見る?
「……裏見先輩ですか?」
「見れば分かるでしょ」
「周波数が違う……」
なに……見破られたのか?
この女、かなり目敏いようだな。
「ばれては仕方がないな」
「やっぱり……神崎さんでしたか……」
「拙者の変装の、どこに綻びがあった?」
「私たちの種族は、身体から発せられる微弱な電波を捉えることができるのです……」
うまく誤摩化されてしまったな。
拙者も修行が足らぬということだ。
「このことは、他言せぬよう」
「忍者ってあれですか……房中術なんかも使えるとか……?」
「お子様にはまだ早い」
軽く叩いておこう。ぺしり。
「さすが忍者、汚い……」
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…………………
………………
次は……傍目殿か。
「八千代先輩、こんにちは」
「こんにちは」
と言っても、傍目殿は真面目過ぎて、話すことがない。
いかにしたものか。
「八千代先輩って、男同士で絡んでる本をよく読んでますよね」
「なッ!?」
何を驚いているのだ?
事実ではないか。
「そ、そんなの読んでませんッ!」
「またまた、隠さなくてもいいじゃないですか」
……周りの様子が妙だ。
くすくす笑われている。
「失礼しますッ!」
「あ、先輩」
……逃げてしまった。
次の獲物を探そう。
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…………………
………………
あれは新入生の……来島殿か。
弁当箱を持っておる。昼食のようだが……動きに不審なところがあるな。
追っ手を警戒しているらしい。ここは、尾行術の見せどころ。
こそこそこそ……こそこそこそ……。
ん? 屋上ではないか。
「辰吉くん、お待たせ」
「遊子、なんかあったのか?」
「誰かにつけられてる気がしたんだけど……」
ほほぉ、なかなか勘のよい女だ。
「とりあえず、今日のお弁当だよ」
「サンキュ」
自分の弁当を他人に与えるのか?
……よく分からぬ。
女に飯を恵んでもらうなど、甲斐性がなさ過ぎるな。
「カンナちゃん、私たちの仲に気付いてるみたい」
「……マジか?」
「この前の合宿で、変なテストさせられたから」
「考え過ぎじゃないか? いつもの冗談だと思うぞ」
ふたりでは暇であろう。
拙者も加わらん。
「箕辺くん、来島さん、こんにちは」
「ごふッ!」
「裏見先輩ッ!?」
何をそんなに驚いているのだ?
「せ、先輩、このことは内密に……」
「内密? 何が?」
男なら、しゃきっと話さぬか。
「その……俺たちが付き合ってることは、誰にも言わないでください……」
付き合っているだと?
「もしかして、逢瀬の最中だった?」
おお、赤くなっておる。ういやつ、ういやつ。
「来島さん、もうちょっと甲斐性のある男にした方が、いいと思うわよ」
まあ、蓼喰う虫もなんとやらだがな。
邪魔にならぬうちに去ろう。
さらば。
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……………………
…………………
………………
む、ついに駒込殿を発見した。
「歩美先輩、こんにちは」
「あら、香子ちゃんじゃない」
やはり気付いておらぬな。
すぅぱぁ歩美ちゃんには、少々警戒せねばならぬところだが。
「先生に呼ばれたそうですね」
「ええ……それでちょっと、大変なことになっちゃって……」
「大変なこと……?」
ついに退学か。南無三。
「生活指導室で先生を小突いたら、転倒して……」
「警察を呼ばれたんですか?」
「柱に頭をぶつけて、死んじゃったのよね」
なん……だと……?
「そこの部屋に死体が転がってるから、隠すの手伝って欲しいんだけど」
……拙者をからかっているのか?
しかし、駒込殿がそのような冗談を言うとは思えぬ。
事件の匂いがするぞ。
「ちょっと見せてくれませんか?」
では、失礼して……む、あれか。
床に倒れておる。
「脈は診たんですか?」
「んー、心臓が動いてないと思うんだけど」
こういうときこそ、冷静でなくてはならん。
「じゃあ、私が確かめてあげます」
まずは脈を……。
プシュー
なんだこの煙はッ!?
「ゴホ! ゴホ!」
いかん、罠かッ!?
「忍先輩、隙ありです」
「うッ……」
喉元に匕首が……。
「もみじ……貴様……」
拙者としたことが、何という不覚。
「……と、まあ、冗談はこのくらいにしまして」
「もみじ、貴様がなぜここにいる?」
「先輩と同じように、ちょっと校内見学を。志望校ですから」
「ふむ……完璧な変装だったな。見破れなんだ」
「忍術学校でも、変装だけは先輩に勝ってましたからね……おっと、誰か来ました」
そのようだ。足音が聞こえる。
「お昼休みも、残すところ30分です。そろそろ失礼します」
「拙者も、五限は体育だ。今から走って帰らねばならぬ」
「では、お気をつけて」
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ふぅ、今日も数学の授業、疲れたわ。
桂先生ったら、出す問題が難しいんだもの。
将棋でリフレッシュしましょ。
「こんにちは」
……あれ? 返事なし?
誰もいない……いや、むしろ大勢いる。
「珍しいですね。3年生がこんなに揃うなんて」
冴島先輩、なんで指の骨を鳴らすんですか?
「裏見ぃ、人にゴキブリを投げつけるとは、いい度胸してるじゃねぇか」
「はい?」
今日、一度も会ってませんが。
「チビで悪かったね」
えーと、数江先輩は、何を言ってるんでしょうか……。
「裏見さん、人にはプライバシーというものがあってですね……」
「はあ……誰にでも、あるんじゃないでしょうか……」
傍目先輩は、顔が真っ赤だ。
「先輩、箕辺くんに謝ってください」
何を?
私がハテナマークを浮かべていると、みんなこちらににじり寄って来る。
「応援団直伝のヤキの入れ方ってのがあるんだ……試してみるか?」
「罰として、パフェおごってもらうからね」
「プライバシーというのはですね、憲法にも規定された大事な権利で……」
「謝らないと、秋の団体戦は、お昼寝ボイコットしますよ?」
ちょ、なによ、この空気はッ!?
「うふふ……私だけが真相を知っている……」
飛瀬さん、たーすーけーてーッ!