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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第30局 うやむや名人戦編(2014年8月10日日曜)
214/295

189手目 すり替えられる少女

挿絵(By みてみん)


 不破(ふわ)さんはテーブルに両肘をついて、体を揺らす。

「とりあえず2筋を受けないとな……2八飛」

 完全な居飛車になった。

 これは珍しい展開かも。

 7二玉、8八玉、4三銀、9八香、8二玉、9九玉、9二香、8八銀。

 お互いに穴熊一直線。

 9一玉、7九金、8二銀、5九金、5二金左。

「ちょいとプレッシャー掛けさせてもらうぜ」

 不破さんは、8六角と覗いた。


挿絵(By みてみん)


「左穴熊からの出だしにしちゃ、ちょっと変則的だよな」

 松平(まつだいら)は、両者の陣地を見比べる。

 7一金、6九金右。

「このままだと、陣形差で負けるね」

 佐伯(さえき)くんは、駒組みのしづらさを感じたらしい。

 確かに、6二金左〜7二金寄ともできないし、5四歩とも突けないし、6四歩とも突けない。全部8六の角が牽制している。

「4二角と間接的にぶつけるよ」

「6六銀」

 銀を上がった不破さんは、ポケットの中を弄り始めた。

 鼻でもかむの?

 私の予想に反して、不破さんが取り出したのは、スティック付きの飴玉だった。

 包装紙を剥がして、そのまま口にくわえる。

「はひゃくひゃひぇよ」

 口にモノを入れたまましゃべらない。

「3三桂」

「7七角と戻すぜ」


挿絵(By みてみん)


 これは……5五銀とぶつける準備?

「4筋を受けるよ。3五歩」

 佐伯くんは、2四飛の浮きを見せた。

「6八角」


挿絵(By みてみん)


 また角の移動?

 ちょこちょこ動くわね。

「手損になってないかな?」

「手損とか関係ねぇ。将棋で重要なのはスタイルだ。陣形」

 不破さんはニヤリと笑うと、そのままソファーに寄りかかった。

 この子、意外とロジカルなのね。

 実際、手数をいくら稼いでも、形が悪くなってはおしまい。だからこそ、手渡しという戦術がある。手渡しというのは、相手に余計な一手を指させるテクニックだ。

「なるほどね、じゃあ、こっちはその手損を狙わせてもらうよ」

 佐伯くんは、4五桂と攻勢に出た。

 3七桂成〜3六歩の攻めだ。

「4六角」

 また角の移動。

 3五の歩は、結局取れないっぽいわね。

 まあ、タダでそこの歩を取られたら、序盤で不利もいいところだけど。

 5四歩、1六歩(1五角の牽制ね)、6二金寄、7八金上、2一飛。

 そろそろ飽和してきたかな……佐伯くんも、悪くない形になった。

「3五角だ」


挿絵(By みてみん)


 こ、ここで取った?

「3七桂成〜3六歩は怖くないってことか。しかし、どうだ?」

 松平は、顎に手を当てて読みふける。

 佐伯くんも、ここで長考。

「……3七桂成、同桂、3六歩、3八飛か?」

 松平は、4手ほど進めた。

 これはありそう。

 以下、3七歩成、同飛、6四角の出は、5五歩or4六角で止まる。

「でも、先手から手がある?」

 私は小声で尋ねた。

「そこが分かんねぇな……3一飛くらいでも先手困るような……」

 その瞬間に3一飛もあるし、3七歩成、同飛、3一飛もある。

 これにうまく対応できなきゃ、3五角はただの悪手だ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「そうか、3三歩があるな」

 松平は、かすかに目を細めた。

「どこで?」

「例えば、3一飛、3三歩。パクリと同飛は、2四角、3七歩成、3三角成、同角、3七飛とするか、あるいは3七歩成に同飛、同飛成、4二角成。前者の方がいいか」

 ……なるほど。

「先に3七歩成を入れてから3一飛でも、同じ手筋が効くわね」

「ああ、だからうかつに攻めれないな」

 佐伯くんも気付いたのか、さらに1分ほど考えて、ようやく3七桂成を敢行した。

 同桂、3六歩、3八飛に6四角。

 それを見た不破さんは、飴玉のスティックを口の端でくるりと回す。

「ふーん……そこまで弱くはねぇか……」

 不破さんは1分投入して、5五歩と止めた。

 佐伯くんは、すかさず3四銀。


挿絵(By みてみん)


「4四角」

「4一飛」

 後手、なかなか好調。

 不破さんは、面白そうに膝を叩いた。

「やるじゃねぇか。24何段だ?」

「冬に始めたばかりで、まだ登録してないんだよね」

 この情報には、不破さんもちょっと驚いたらしい。

 眉を軽く吊り上げた。

「そのわりには巧いな……」

「そうかな?」

「が、まだまだひよっこだぜ」

 ちょ、先輩をひよっこ扱いしない。

「こいつをどう受ける?」

 不破さんは、持ち駒の桂馬に指を伸ばす。


挿絵(By みてみん)


 角に紐をつけながらの角取り……3一角と引けそう?

 ……いや、3二歩があるか。4二角と逃げるようじゃ、意味がない。

 3七歩成、同飛、4四飛か、あるいは単に4四飛。

 残り時間は、不破さんが8分、佐伯くんが5分。

 佐伯くんは貴重な1分を使って、4四同飛と取った。

 同桂、2九角。

「3九歩」


挿絵(By みてみん)


 ひ、飛車に底歩……。

「こいつは好手だ。3七歩成、同飛のとき、4七の地点に紐がついてる」

 松平は、不破さんの狙いを看破した。

「3八角成、同歩、3七歩成で、いいんじゃない?」

「そうだな……不破がそこで何を用意してるのか……」

 飛車打ちか角打ちの、どちらかだと思う。

 3一には打てないから、5一飛が第一感かなあ。

 そんなことを考えていると、本譜は3八角成、同歩、3七歩成に5一角と進んだ。


挿絵(By みてみん)


「露骨に金狙いか……金を渡すと、不破玉はもう寄らないぜ」

 松平の言う通りだ。穴熊戦では、角<金の場合が多い。

 凖4枚穴熊+持ち駒金vs2枚穴熊なんて、逆立ちしても勝てない。

「……6一金引」

「3三角成」

 不破さんの指し手が速くなってきた。

 この少女、確かに強い。

「銀も渡せないよね……3五銀」

「4一飛」

 不破さんは、飛車を勢いよく下ろした。

「大差なんじゃねぇか?」

「認めざるをえないね」

 佐伯くんは正直。

 駒損はしてないけど、働きが悪過ぎる。

 3五の銀なんて、ほとんど何もしていない。6四の角も同様。

「とはいえ、時間がないから、どうしようもないんだよね。4七と」

「3四馬」

「5一飛」


挿絵(By みてみん)


「……うまく消されたな。同飛成」

 同金、5二桂成、3二飛。

 トリッキーな受けが炸裂する。

「馬はやるよ。5一成桂」

 3四飛、6一金。

 不破さんは、ガジガジ流に切り替えた。

 3四の飛車が、これまた何もしていない。

「3一飛」

 佐伯くんは、飛車をムリヤリ働かせた。

「ちょいと考えさせてもらうよ」

 不破さんは両腕を組んで、読みに没頭する。

 飴玉のスティックが、ひょこひょこリズムを取っていた。

「松平、これ、どうなの?」

「佐伯の敗勢だろ。俺なら投げてるぜ」

 うーむ……佐伯くん、投了寸前……。

 不破さんは寄せで時間を使ってるし、ポカも期待できなさそう。

「……ねえ、ひとつ訊いてもいいかな?」

「なんだ? 投了なら、いつでもしていいぜ?」

「さっきから煙草の匂いがするんだけど、きみ?」

 不破さんは、制服の袖に鼻を当てて、くんくんと嗅いだ。

「チッ、クリーニングしたばっかなんだけどな」

「日本で煙草は20歳からじゃないかな?」

「んなことは、どうでもいいんだよ」

「犯罪だよ」

 不破さんは、めんどくさそうに舌打ちをする。

「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」

「ふーん……」

 ちょっと気まずいやり取り。

 佐伯くんが尋ねたのは、単なる好奇心かしら?

 不破さんは合計3分使って、7一金と寄った。


挿絵(By みてみん)


 ん? 成桂を見捨てた?

 ……いや、ここで成桂を拾ってもダメか。先手無傷だし。

 佐伯くんは7一銀として、金の方を拾った。

 無慈悲に6一飛が下ろされる。

「7二金」

「取った金をそこに使ってるようじゃ、ムリだよなぁ。5二成桂」

「4六角」


挿絵(By みてみん)


 反撃した? 再度金の入手?

「往生際が悪いな……3一飛成だ」

 同角、4一飛、7九角成、同金、6四角。

 不破さんの指使いは、既に感想戦モードだ。

 佐伯くんは、とっくに30秒将棋。

「6一金」


挿絵(By みてみん)


 ……決まったかな。

 飛車交換から4一に打ち直すことで、6一金のスペースを作ったわけだ。

 8二銀と逃げても、6二成桂で一手一手。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

「3九飛」

 佐伯くんは、敵陣深くに打ち込んだ。

「いい加減に投了しろよ……7一金」

 不破さんの指が、金から離れた。

「僕の勝ちだね」

 突然の勝利宣言に、不破さんは眉をひそめる。

「なに言ってんだ、おまえ?」

「きみの王様は詰んでるよ」

「詰むわけねぇだろ……2枚残ってるのに……」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「8九金で僕の勝ち」

 バン! 店内に、テーブルを打ち付ける音が木霊した。

「こんなところに金があるわけねぇだろッ!」

 不破さんは、席から飛び上がる。

「あるものはあるんだから、しょうがないよね」

「てめぇ、なんかしやがったなッ!?」

「さあ」

 不破さんの口元で、飴玉のスティックがポキリと折れた。

「涼しい顔してしゃあしゃあと……」

「僕がすり替えたって言いたいのかな?」

「それ以外に考えられねぇッ!」

「だけど、現場を押さえてないからね」

 不破さんは、ぷっつんしかけていた。

「現場を押さえられなかったら、どうなんだッ!?」

「バレないと大丈夫だって言ったのは、きみじゃないかな?」

 不破さんは、さっきの会話を思い出したのか、うしろに仰け反った。

「このヘリクツ野郎……」

 そこへ、店長がやって来る。

「申し訳ございませんが、店内ではお静かに願います」

 やばい、やばい。

 私たちも巻き込まれちゃう。

 ここは、ひとつ……。

歩美(あゆみ)先輩、仲裁を」

「え? なんで?」

「立会人じゃないですか」

 歩美先輩は、自分が立会人だということを忘れていたらしい。

 思い出したように頷くと、対局者に向き直った。

「どっちにも一理あるから、この勝負は私が預かるわ」

 理由付けが適当過ぎる。

「さすが、大師匠……ありがとうございます」

 な、納得するんだ……。

 不破さんは佐伯くんを指差すと、思いっきりメンチを切った。

「てめえ、今度会ったらタダじゃおかねぇからなッ!」

「次は腕を掴んでくれることを期待するよ」

 不破さんは舌打ちすると、そのままレストランを飛び出した。

 まったく、とんだ修羅場だったわね。

「佐伯が、あんな技を使うとはな」

 箕辺(みのべ)くんは、ちょっと意外そうな顔をした。

「久々にキレたからね」

 え……キレてたの?

 表情が変わらないから、全然気付かなかった。

「ふえぇ……今度から、あんまりいじらないようにしよ……」

 葛城(かつらぎ)くんは、おっかなびっくり。

 普段からいじっちゃダメでしょ。

「まさにキレる若者たちね」

 歩美先輩は、何を言ってるんですかね。

「ところで、不破さんのコーヒー……誰が払うんですか……?」

 飛瀬(とびせ)さんは、目の前のコーヒーカップを見つめた。

 そう言えば、会計してなかったわよね……あの子……。

「じゃ、あとはよろしく」

 歩美先輩は、率先して席を立つ。

 ちょッ! あなたが最年長でしょうが、大師匠ッ!


  ○

   。

    .


 ハァ……なんだか、いろいろ疲れたわ。

 私は息抜きにお茶を買って、会場にゆっくり戻った。

「え? 姫野さんが勝った?」

 私の喫驚に、八千代(やちよ)先輩は眼鏡を上げ下げする。

「はい、さきほど決着がつきました」

「相手は誰だったんですか?」

猫山(ねこやま)さんという方です」

 また猫山さん? ……学生と当たり過ぎじゃないかしら。

 さすがに姫野さんには勝てなかったか。

 というか、これでベスト32でしょ。

 受験勉強で衰えてるとか、松平の見込み違いなんじゃ……。

「ところで、八千代先輩は、どこにいたんですか?」

「ちょっと塾の方へ用事があったので、昼休みの間に行って来ました」

 ああ、そういう……。

「私が留守のとき、何かありましたか?」

 私はちょっと迷ってから、不破さんのことを話した。

「不破さんが来てたんですか」

 八千代先輩は、あっさりとそう返した。

「驚かないんですね」

「不破さんと姫野さんの仲が悪いのは、有名ですよ」

 いや、そういう問題じゃないと思うんだけど……。

「あら、おふたりさん、そこで何してるの?」

 私たちが振り返ると、そこには辻姉(つじねえ)が立っていた。

「お久しぶり」

「こんにちは……去年のクリスマス以来ですか?」

「3月に帰省したとき、会ったと思うけど?」

 ……そうだった。ボケるな裏見(うらみ)香子(きょうこ)

 それにしても、対局中じゃないってことは、2回戦負けかしら?

 あんまり触れないでおきましょう。

「八千代ちゃんも、元気そうね」

「おかげさまで」

「うふふ、私は別に何もしてないわよ……市立の優勝、おめでとう」

 ありがとうございます。

「運が良かったです」

 八千代先輩は、控えめに答えた。

「運も実力のうちってね。香子ちゃん自身、個人戦で凖優勝だったんでしょ?」

「ええ……まあ……」

「嬉しくないの?」

「もちろん嬉しいです……でも、籤運に助けられた感じですし……」

「だから言ってるでしょ、運も実力のうちだって」

 そうなのかなあ。

 正直な話、私が女子のナンバー2だと思ってくれてる人、いない気がする。

 そんなことを考えていると、姫野さんが後輩を引き連れて戻って来た。

 辻姉と視線が合う。

「ベスト32、おめでとう」

「ありがとうございます」

 何か微妙な雰囲気。

「相手の人、粘らないタイプだったみたいね」

「ええ、少し淡白な印象を受けました」

 猫山さんが? ……なんか気に掛かる。

「まあ、学生ふたり抜きくらいじゃ、実力は量れないってことかしら」

「しかし、相手は佐伯さんと松平さんです。それに2連勝ということは、個人戦優勝クラスだと考えてよいはずなのですが……あまり手応えがありませんでした」

「松平くんは、万年2番でしょ。佐伯くんは、ポカに助けられたって聞いたけど?」

 ムカっ。辻姉が言うと、なんだか私も腹が立つ。

「姫野お姉様が、強過ぎるのですわ」

 ポーンさんは、すっかり姫野さんに心服しちゃってるわね。

 去年のクリスマス会で洗脳された?

「次は駒桜名人経験者ですので、かなり厳しいかと思われます」

「あらら、ついに引いちゃったか。せいぜい頑張りなさい」

 辻姉は、応援してるのかしていないのか、よく分からない調子で言った。

 姫野さんはそれをスルーして、私に向き直る。

「不破さんは、どうなりました?」

「えーと……」

 どう説明すればいいんだろ?

「歩美先輩の預かりになりました」

 私は、結果だけを伝えた。

「そうですか……騒動にならなかったようで、何よりです」

 いや、めちゃくちゃなったんですけどね。

 佐伯くんの意外な一面も見られたし、驚くことづくめだったわ。

「それでは、わたくしはこれで」

 姫野さんは、ちょっと疲れてるっぽい。そのまま場を離れた。

 ポーンさんたちも、金魚の糞状態。

「私も、観戦に戻ります」

 観る専の八千代先輩も、野次馬の列に消えた。

 あとには、辻姉と私だけが残される。

「香子ちゃん、どうしたの? ボーっとしちゃって」

「え? ……ボーっとしてました?」

「姫ちゃんの背中を見てたけど……片想い」

 私にその気はありません。

「冗談よ。怖い顔しないで」

「いや、なんというか……凄いなぁ、と……」

 ベスト32を2年連続とか、私じゃ考えられない。

「今さらね」

「ええ、ちょっと思うことがあって……」

 私は、ビーチで松平に言われたことを伝えた。

 すると、辻姉は軽く笑った。

「受験勉強で弱くなるのは事実だけど、それで埋まるような棋力差じゃないでしょ」

 うッ……めちゃくちゃストレートに言われた……ショック……。

「っと、言い過ぎたかしら」

「いえ……事実なので……」

 確かに、私は姫野さんのこと、ちょっと軽く見てたかな、最近。

 反省。

「ただ、香子ちゃんが強くなったのも事実だし、一発入らないわけじゃないわよ」

「本当ですか?」

 私は、半信半疑だった。

 そもそも、他の四天王クラスにすら、ほとんど入らないわけで……。

「姫ちゃんと実力拮抗してる私が言うんだから、本当よ。信用しなさい」

 ふぅむ……歩美先輩よりは信用できるかな。

「そもそも、私は個人戦で高校グランドスラムを達成してるのよ」

 グランドスラム……? ああ、3年間全勝ってことか。

「姫野さんとは、3才差なんですよね?」

「ええ、姫ちゃんとは直接当たってないわね」

 姫野さんのいないグランドスラム……ただ、それは姫野さんにも言える。姫野さんのライバルになりそうなのは、スーパー歩美ちゃんだけ。あのときバイオリズムが合ってなかったら、姫野さんは3年の春まですべて優勝していたはずだ。

「オカルト地味ちゃうけど、駒桜には3年おきに強い女子が現れるわ。私、姫ちゃん、そして不破さんよ」

「不破さんって、そんなに強いんですか?」

「姫野咲耶の再来と言われた女よ」

 えぇ……そこまで……?

「ナンバー2の馬下さんとは、結構差があるんですね」

「よもぎちゃんのこと?」

「はい」

「よもぎちゃんはナンバー3でしょ。下手したらナンバー4かも」

 ……え?

「まだ他にいるんですか?」

「藤花の中等部に、強いのがいるわよ、2、3人」

 げぇ……ってことは、全然戦力強化になってないじゃない……。

 藤女は中高エスカレートだから、間違いなく藤女の将棋部に入っちゃう。

「姫ちゃんの世代も大概だけど、来年度の1年も相当な当たり年よ。気をつけなさい」

「ナンバー2の名前を教えてもらえませんか?」

 私が尋ねると、辻姉は不敵に笑った。

「うふふ、将棋指しは引かれ合う……そのうち巡り会うわよ」

 なんですか、そのオカルトは。

「それじゃ、秋の個人戦、頑張ってね」

 辻姉は踵を返そうとして、もう一度振り向いた。

「ひとつだけアドバイスしてあげる。たとえ棋力差が絶望的でも、工夫次第で勝つチャンスは生まれるわ。羽生に対する佐藤、森内の奮戦を思い出しなさい。最悪なのは、自分の劣勢を自覚しないこと、それだけよ」

 辻姉は、私の返事も待たずに、その場を去った。

 あとに残された私は、4回戦開始の合図に、ぼんやりと耳を澄ませていた。

場所:市内のファミレス

先手:不破 楓

後手:佐伯 宗三

戦型:先手左穴熊vs後手向かい飛車


▲5六歩 △3四歩 ▲5八飛 △3三角 ▲7六歩 △4四歩

▲7七角 △2二飛 ▲6八玉 △6二玉 ▲7八玉 △4二銀

▲4八銀 △2四歩 ▲5七銀 △2五歩 ▲2八飛 △7二玉

▲8八玉 △4三銀 ▲9八香 △8二玉 ▲9九玉 △9二香

▲8八銀 △9一玉 ▲7九金 △8二銀 ▲5九金 △5二金左

▲8六角 △7一金 ▲6九金右 △4二角 ▲6六銀 △3三桂

▲7七角 △3五歩 ▲6八角 △4五桂 ▲4六角 △5四歩

▲1六歩 △6二金寄 ▲7八金右 △2一飛 ▲3五角 △3七桂成

▲同 桂 △3六歩 ▲3八飛 △6四角 ▲5五歩 △3四銀

▲4四角 △4一飛 ▲5六桂 △4四飛 ▲同 桂 △2九角

▲3九歩 △3八角成 ▲同 歩 △3七歩成 ▲5一角 △6一金引

▲3三角成 △3五銀 ▲4一飛 △4七と ▲3四馬 △5一飛

▲同飛成 △同 金 ▲5二桂成 △3二飛 ▲5一成桂 △3四飛

▲6一金 △3一飛 ▲7一金 △同 銀 ▲6一飛 △7二金

▲5二成桂 △4六角 ▲3一飛成 △同 角 ▲4一飛 △7九角成

▲同 金 △6四角 ▲6一金 △3九飛 ▲7一金


まで95手にて立会人預かり

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