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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第5局 部内格付け編(2013年5月13日月曜〜5月14日火曜)
21/295

18手目 感想を述べる少女

挿絵(By みてみん)


 7五飛……強い攻めの手。

 でもこれは7四桂くらいで受かって……ない。同成桂、同歩に4六角がかなり利いてる。負けではないかもしれないけど、7三桂、同桂成、同銀、8五桂のおかわり。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 ぐッ……7四桂とは打てない……6二金と上がって粘る?

 でも4六角と足されたら同じことになっちゃう。


 ピッ


 し、しまったッ! 30分使い切っちゃったわッ!

 60秒以内に指さないと……受けが無いなら攻めるしかない。それに、4六角と打たなかったから、さっきよりも寄せ易くなってるはずよ。7九銀不成、同玉、6七桂。そこで同銀なら6八金、8九玉、6七と、同金、同金、7九銀、7七銀、7八銀打、同銀成、同銀、同金、同玉、6六馬。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 き、際どい……ッ!


 ピッ、ピッ


 えーいッ! (まま)よッ!

 私は光速で7九銀不成と入り、チェスクロを押した。先輩はノータイムで同玉。

 次は6七桂で決まってるけど、ここはきっちり60秒使わないと。さっきの局面を思い出しましょう。6六馬から7七金打……6九銀、6八玉、5七銀、7九玉、7八金、同金、同銀成、同玉、7七金、7九玉、6八銀成、8九玉、8八金……詰みだわッ! 最初の金打ちに代えて桂馬なんかは6七金で終わり。6六馬の局面は受けなしのはず。


 ピッ、ピッ


 6七桂馬ッ!

 私が桂馬をパシリと打ち付け、それからチェスクロのボタンを押した。

 歩美先輩はノータイムで……8八玉?

 

挿絵(By みてみん)


 これはどういうこと? 6八とで一手パスしてるだけじゃない?

 ……ち、ちがうッ! 6八と、6七銀のときに6八金と打てないんだッ!

 ん、待って、その前になにか飛車を動かす手があったような……。

 ……5六飛車? 確かに一枚足さないと攻め切れそうにない。

 あれ? もしかして6七桂馬が悪手だった? 単に6八ととしておけば……いや、それは足りてないか……やっぱり飛車を走らないと……。


 ピッ


 うッ、読み切れないッ!


 ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は残り1秒ギリギリでボタンを押す。指した手は──

 

挿絵(By みてみん)


 それを見た瞬間、歩美先輩の表情が変わった。

 なんだかよく分からないけど……背筋が伸びた? かなり真剣に読んでるみたい。

 もしかして、この飛車走りを予想してなかったとか? 私は盤面を見る。

 ……次の6八とを受けないといけないはず。6九銀打、6八金、同銀、同と、8八玉と逃げて……7九金? なんか冴えないけど詰めろだし……放置なら7八と、同金、同金、同玉、5八飛成……。

「香子ちゃん」

 いきなり名前を呼ばれ、私はびっくりした。盤から顔を上げ、変な声で返事をする。

「は、はい?」

「あなた、強いわね」

 でしょでしょ? 私もそう思ってたんだ……なーんてね。その手には乗らないわよ。そういうのを盤外戦術って言うのよ。いきなり話し掛けたりして、相手の集中力を乱す戦法。これを使ってきたってことは、歩美先輩は私の読み通り苦戦してるはず。

 私がもう一度局面に集中しようとしたとき、ようやく歩美先輩が動いた。

 持駒の銀を摘んで、それを自分の陣に……打たない。それはもっと先へと伸びた。

 

挿絵(By みてみん)


 ……6三銀? 攻めた? この局面で攻めるの?

 ……え、ちょっと待って。これって銀が手に入るから悪手なんじゃ……6三同銀、同成桂は7九銀、8九玉、8八金で詰んじゃうわよ。

 ……? ……あ、違うッ! 6三同銀に同成桂じゃなくて7三成桂だわッ! 同桂は同飛車成、9二玉、8四桂、同歩、8三銀。同桂じゃなくてすぐに9二玉だと……9三桂成、同桂……んん? 詰まないじゃない……あ、そっか、そこで6七銀が詰めろ逃れの詰めろだ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 で、でもこれはさすがに受けがあるような……。


 ピッ


 ぐッ! さすがにこの筋は飛び込めない。6八とッ!

 私はと金を入り、秒読みを止めた。7八と、同金、6六馬の筋だ。

 それに、銀はまだ6三に落ちてる。いつでも回収できる状態。

 私の思考は、さっきの詰むや詰まざるやの局面へと戻った。例えば先輩はここで6七銀と桂馬を補充する手があるかもしれない。そこで同ととするか、それとも6三銀とするか。6三銀は詰めろ(7九銀、8九玉、8八玉まで)だけど、さっきと同じ7三成桂がある。今度は9二玉と逃げても8四桂で即死ね。

 却下。6七とは同金で堅いから……ん、そうでもないかしら?

 例えば5八飛成、6八角に6六馬はどう?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これは勝ちでしょ。同金とできないし、7七銀なら6七馬で勝勢のはず。7二銀成から殺到されても、こっちはさすがに詰まないだろうし……そっか、ということは6七銀で桂馬を補充できないんだ。先輩、読み抜け? それとも7二銀成からバラす気? 7二銀成、同金、7三成桂、同桂、同桂成、同金、同飛成、同玉、6五桂……これはさすがに詰まないんじゃない? 飛車が利いてる。それにこれだけ駒を貰ったから、もう受けも利かないはず。

 私がいぶかっていると、歩美先輩は残り時間を全部使い始めた。チャンスとばかり、私もそれを利用させてもらう。問題は、バラして7三玉、6五桂の優劣。

 ……私のほうがいい。3分後、私はそう結論付けた。私の玉は詰まない。先輩の玉は詰めろがほどけない。少なくとも、私の棋力で読める限りでは。

 でも、歩美先輩のオーラが気になる。まだ諦めてない感じ。ここからなにか手があるの?

 私はじっと盤面を見つめる。

「……うん、これね」

 歩美先輩は意味深にそう言うと、銀を成り込んだ。

 同金、7三桂成、同桂、同成桂、同金。ここまで読み通り。次は同飛成で──

 あれ? 先輩、どこに手を伸ばしてるんですか? ……持ち駒?

 

挿絵(By みてみん)


 ……血の気が引く。完全な見落とし。

 お、お、お、落ち着いて……詰むとは限らない。これだけ広いんだもの……。

 9二玉は8一銀、同玉、8二銀、7二玉、7三飛成、6一玉、6二龍まで。だから、7二玉と逃げるしかないけど……そこで7三飛成か……同玉、6二銀、6三玉、5三金、7四玉、7五銀、8五玉、8六歩……あッ、詰んじゃう……でもでも、6三玉じゃなくて6四玉と逃げれば、6五金、7三玉、6四銀、5二玉、5三銀成、4一玉……そうよ、これだけ広いんだから詰まないでしょ、こっちは。うん。

 私は軽くうなずき、7二玉と寄った。先輩は60秒考え、ギリギリで7三飛成と指す。

 私もさっきの読み筋を56秒確認して、同玉。ここで6二銀なら──


挿絵(By みてみん)


 6五桂? ……こっちのほうがいいの? 飛車が利いてるから詰むようにみえない。

 6三玉は5三金、6四玉、7五銀、8五玉、8六金、9四玉、9五銀まで。7二玉なら6二金、8一玉、8二銀、9二玉、8一銀でもっと早く詰む……ってことは、最初の6三玉が間違い? 6四玉なら……。


 ピッ。


 ぐッ! 指運に賭けるッ! 6四玉ッ!

 私は玉を斜め前に逃げた。歩美先輩がその玉を狼のように睨みつけた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 同飛は同角成でダメだから、5四玉か5五玉だけど……5五玉、4四銀不成、4五玉、3五金……ひ、飛車が邪魔になってるッ!? 4五玉じゃなくて6四玉なら? ……8二角成、5四玉、5五歩、6三玉、5三銀成、7四玉、7五銀、8五玉、8六金、9四玉、9五銀……ダメだ、5五玉は詰むわ。5四玉ならどう? ……4四銀成ッ! 6四玉、8二角成、6三玉、5三金打、7四玉以下はさっきと一緒……そんな……私は呆然としていた。こんな詰み筋があるなんて……しまった……。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


秒読みの音。私は力なく頭を下げる。

「負けました……」

 歩美先輩が大きく息をつく。チェスクロはピーッと音を立て、そのまま時間切れを告げて止まった。部室に静寂が訪れる。

「香子ちゃん、途中まで勝ってなかった?」

 残酷な指摘。私もそう思う。途中までは勝ってたはず……だけどどこで……。

「感想戦はどうする? 最初から?」

「……重要なとこだけお願いします」

 私がそう言うと、歩美先輩はしばらく押し黙った。棋譜を追っているのだろう。

「そう……じゃあ74手目なんだけど……」

 先輩はそう言うと、駒を丁寧に戻し始めた。5七歩と打つ前だ。 

「6三歩はないの? 結構、そっちを本線で読んでたのよね」

 先輩は歩を5七ではなく6三に置いた。


挿絵(By みてみん)

 

「……6五成桂ですよね?」

「そこで5七歩とされると、こっちが困るのよね。争点がないから……8五桂は5八歩成から7九金、5七と、7七金、6八銀。ここで私に手があるかどうか……」

 私は動かされた局面を読む。確かに手がなさそうだ。やるとすれば──

「4二銀……はダメですね。同金、同飛成、7九銀から先手が詰んじゃいます」

 私のコメントに、横から八千代(やちよ)先輩がわりこんだ。

「8五桂馬が良くないんじゃないですか?」

 勝負に集中してて気付かなかったけど、もしかしてずっと観てた?

 私が言葉に詰まっていると、歩美先輩が変事をした。

「私もそう思う。ただ他に手がね……」

「8五桂馬のとこで、先に4二銀はどうですか?」

 八千代先輩が指摘した手を、歩美先輩は盤上に再現する。

 4二銀のごり押しは全然読んでなかったけど、速いの?

 私は飛車の逃げ場を模索した。

「さすがに放置はできないですよね……2一飛車ですか?」

 私はそう言いながら、飛車を2一に逃がす。八千代先輩が困ったような顔をした。

「そうなんですよね……そこに逃げられると……」

「そこで4六角とでもしてみる?」

 歩美先輩は角を4六に置く。手つきが自信無さげだ。私は先を読みながら、

「次に5七金で歩を払われるから、5八歩成の一手ですか」

 と返した。

「だったら7九金ね。今度は5七ととできないわ」

 なるほど……私がうなずいていると、八千代先輩がまたコメントをした。

「変な手かもしれないですけど……3七銀と打てませんかね?」

 歩美先輩は首をかしげながら、銀を拾い上げて3七に打った。


挿絵(By みてみん)


「……ん、そうか。先手に持ち駒がないから、ありえなくはないわね」

 私はその銀をしばらく見つめていた。5五角なら5七と。同角、同歩成は駒損な上、やはり5七とがある。ちょっと棋理に反してる気もするけど……もしかして八千代先輩、典型的な岡目八目タイプなのかしら? 他人の対局だけやたらといい手が見えるってヤツ。

 私が感心していると、歩美先輩はこの局面をまとめ始めた。

「だから、6三銀はちょっと良くなかったかも。ごり押し過ぎたわ。6三歩に気付いたのが6三銀と指した後で、修正が効かなかったのよね」

「そうですね……一回6三歩で局面を収めれば良かったかもしれないです」

 ということは、攻めを選択したのが間違いなのかしら?

 ……いや、違うと思う。本譜でも終盤は押してたはずよ。敗着は他の手だわ。

 落ち込んだ気分もだんだんと消え去り、私はマジメに棋譜を追った。

「6七桂馬が悪かったですか? 対局中も、ちょっと後悔したんですけど……」

 同じように読み耽っていた歩美先輩が視線を上げる。

「たしかにアレはこっちが助かったかもしれない」

 私たちは二人掛かりで問題の局面まで進めた。


挿絵(By みてみん)


「じつは6七桂、同銀の筋しか読んでなかったんですよね……」

 私はそう白状した。感想戦で嘘をついても仕方がない。

 歩美先輩は小さくうなずきながら、桂馬を一回駒台へともどす。

「多分、桂馬を打たずに5六飛車ね」

 5六飛? それで攻めが足りてるの? 私は将棋脳を働かせる。

「例えば6三銀、6八と、8八玉で……7九金ですか? 詰めろですよね?」

 私が読み筋を披露すると、歩美先輩はあまり納得しなかったらしい。

 首をひねって、眉間に皺を寄せた。

「……7九金じゃなくて、7八とじゃない?」

 7八と? それは本当に攻め駒が足りて──

「あッ……」

 私は喫驚した。歩美先輩も以心伝心と言った感じで、6六馬を指した。

 

挿絵(By みてみん)


「これは香子ちゃんの勝ちよね。7七銀なら、同馬、同金、7九銀、同玉、5九飛成として、6九歩、8八玉、7七銀成、同玉、5七龍」

 盤面にすらすらと寄せの手順が並べられる。

「6七銀、6六金、8八玉、7七金打、8九玉、6七龍か……私のほうは詰みません?」

 自陣を確認する。形はさっきと一緒だ。7二銀成、同金、7三成桂、同桂、同桂成、同金に7一角。私たちは盤面をそこまで進める。

 

挿絵(By みてみん)


「これは1分将棋だとキツいわね……7二玉、7三飛成、6二角打……ん、意外と危ないかもしれない。今度は角が2枚あるし……」

 後手必勝だと思っていた歩美先輩は、少しだけ表情を曇らせた。

「例えば6四玉の上部脱出はどうかしら?」

「え? それは7五銀、6五玉、7四銀で詰み……あ、7六玉か……」

 そっか、7六に駒が利いてないんだわ。するりと中に入られちゃう。

 かと言って、7五金は5五玉、4四角成、5六玉で、真ん中にトライ……。

「だったら金を残して5三角成かしら……でもこれも詰まないわ。6五玉、7五馬に5六玉で入玉が確定するから」

 そうかあ……これで私の勝ちなんだ。

 あれ、なんの手順を考えてたんだっけ? ……6七桂馬の話か。

「ってことは、6七桂馬が大悪手でしたね」

「大が付くかどうかは分からないけど、緩手よね。いきなり5六飛は読まなかった?」

 私は対局中の出来事を振り返る。正確には覚えてない。

「多分、6七桂と指した後に思いついたような気がします」

「そう……それならしょうがないわね……時間もなかったし……」

 感想戦は終わった。敗着以降は変化がなさそうだから、一直線負けという結論に。

 詰まないと思ったんだけどなあ……7一角〜6五桂馬があったとは。

 私はしばらく反省したあと、気を取り直して質問をぶつけてみた。

「ところで、この戦法はなんて言うんですか?」

「え、これ? ……飯島流引き角よ」

「イイジマ流?」

飯島(いいじま)栄治(えいじ)7段っていうプロが考案したから飯島流」

 八千代先輩は、

「升田幸三賞を取った戦法ですよ」

 と教えてくれた。なんの賞かは知らないけど、B級じゃないってことか。確かにこれは優秀だと思う。ただ、指しこなすには相当腕力がいるはず。今回は、歩美先輩の腕力に捩じ伏せられちゃった感じだわ。

 悔しいけど……実力差を素直に認めるしかなさそうね。

「どうもありがとうございました」

 私は丁寧に頭を下げる。歩美先輩も前髪を垂らしてそれに応じた。

「それにしても香子ちゃん、私が思ってたより強いじゃない」

 むむ、なんか微妙に刺のある言い方なんだけど。

 まあ、冴島(さえじま)先輩との初戦がかっこ悪かったし、公式戦でも猿渡(さわたり)先輩に負けちゃったから、弱く思われてもしょうがないかも……うぅ……。

 私がそんなことを思っていると、歩美先輩は席を立った。

「それじゃ、6月の新人戦は期待してるわよ。せめて凖決勝までは行ってちょうだい」

「はぁ……」

 歩美先輩はそう言い残すと、そのまま部室を出て行った。

 どうやらこれ、新人戦は出ないとダメみたいね。トホホ──

場所:駒桜高校女子将棋部部室

先手:駒込 歩美

後手:裏見 香子

戦型:飯島流引き角vs中飛車


▲2六歩 △3四歩 ▲4八銀 △3二銀 ▲5六歩 △4四歩

▲5八金右 △4三銀 ▲7八銀 △5四歩 ▲2五歩 △3三角

▲7九角 △3二金 ▲5七角 △5二飛 ▲6八玉 △5五歩

▲同 歩 △同 飛 ▲7九玉 △6二玉 ▲8八玉 △7二玉

▲3六歩 △8二玉 ▲9六歩 △9四歩 ▲6六歩 △7二銀

▲6七金 △5一飛 ▲7六歩 △6四歩 ▲7七桂 △4五歩

▲3七桂 △4四銀 ▲2四歩 △同 歩 ▲5六歩 △4二角

▲2四角 △3三桂 ▲6八角 △2三歩 ▲3五歩 △同 銀

▲同 角 △同 歩 ▲3四歩 △3六歩 ▲3三歩成 △同 角

▲4五桂 △1五角 ▲9五歩 △6三角 ▲5五桂 △4五角

▲2五飛 △4八角成 ▲4五飛 △9五歩 ▲9三歩 △同 香

▲6三銀 △同 銀 ▲同桂成 △7二銀 ▲6四成桂 △9六歩

▲9八歩 △5七歩 ▲8五桂 △5八歩成 ▲7九金 △5七と

▲7七金 △6八銀 ▲7五飛 △7九銀不成▲同 玉 △6七桂

▲8八玉 △5六飛 ▲6三銀 △6八と ▲7二銀成 △同 金

▲7三桂成 △同 桂 ▲同成桂 △同 金 ▲7一角 △7二玉

▲7三飛成 △同 玉 ▲6五桂 △6四玉 ▲5三銀


まで101手で駒込の勝ち

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