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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第29局 ぶかぷか夏合宿編(2014年8月7日木曜)
209/295

185手目 罰ゲームな少女

 私たちは長机を片付けて、部屋の中央に円陣を組んだ。

 ちょっと窮屈。

「真ん中に盤を置いて、そこで出題するよ」

 甘田(かんだ)さんは、ゴム盤を中央に据えた。

「これ、誰が解答を確認するんっスか?」

「持ち回りでよくない? 毎回出題者交代で」

(すみ)ちゃん、詰め将棋の問題なんて用意してないっス」

「ネットで探せばOK」

 なるほど、確かに合理的だ。

「複数の無解者が出た場合は、どうするのだ?」

 神崎(かんざき)さんの質問。

「全員罰ゲームでいいんじゃない?」

「おぬし、嗜虐嗜好があるな」

 全員罰ゲームは厳しい。

 頑張らないと。

「じゃ、最初の出題者はあたしね」

 甘田さんは、盤に詰め将棋を並べた。

「3手とか5手じゃ行列ができるから、ちょっと難し目のやつを出すよ」


【第1問 出題者:甘田】

挿絵(By みてみん)


(『最強羽生将棋』7手詰め集第2問)


「7手詰め。制限時間は5分。よーい、スタート」

 7手詰めか。

 ちょちょいと解きましょう。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「解けたのですぅ」

 さすがは桐野(きりの)さん、早い。

 まだ15秒しか経ってないのに。

「解けた人は、あたしに耳打ちして確認してね」

 桐野さんは、甘田さんのそばに移動して耳打ち。

「……うん、正解」

「私も解けました」

「拙者もだ」

「同じく」

 吉備(きび)さん、神崎さん、歩美(あゆみ)先輩が解答。

 私も脳を働かせる。……解けた。

「私も解けました」

「角ちゃんも解けたっス」

 私は甘田さんのそばに移動。

「1三銀、同玉、2二銀、1四玉、2四飛、同玉、2五金」

「正解」

 やりぃ。

 大場(おおば)さん、サーヤ、飛瀬(とびせ)さん、ヨッシー、ポーンさんも解答。

 ここまで、わずか2分。

「うーん……」

 来島(くるしま)さんだけがひとり残されてしまった。

 詰め将棋は苦手なタイプ? 単に経験不足かな。

「あ、解けました」

「その場で言っちゃっていいよ」

 来島さんは、解答を口にする。

「正解……だけどラスだね」

「みんな早過ぎですよぉ」

 残念だけど、罰ゲームは来島さん。

「ところで、罰ゲームは何をするのですかしら?」

 ……決めてなかったわね。手落ち?

「そりゃあ、質問コーナーだよ」

 またまた悪い予感。

「出題者が質問するね。嘘吐いちゃダメだよ」

「嘘吐かれても分からないと思いますけどね」

 吉備さんの突っ込み。

「そんなこともあろうかと……」

 いきなり飛瀬さんは席を立った。

 鞄をごそごそやって、ラジオのようなものを取り出す。

「エントデッカー」

 ……は?

「Entdecker? 何を発見しますの?」

「要するに嘘発見機……」

 何を言ってるんですかね、この人は。

 みんなが呆然とする中、飛瀬さんはそれを盤の横に置いた。

「嘘吐いたらアラームが鳴るんで……よろしく……」

「いいもの持ってるねぇ。じゃ、質問、ずばり彼氏いる?」

「いないです」


 ピーッ

 

 いきなり反応してるんですが……。

「ほらほら、嘘吐いちゃダメだよ。いるんでしょ?」

「えー、いないですよぉ」


 ピーッ

 

 再び電子音。

「強情だなあ。別にいいじゃん。そこまで隠すってことは、将棋部員?」

「いいもなにも、いないものはいないです」


 ピーッ

 

「これ、壊れてると思うよ?」

 来島さんは、怪訝そうに機械を見つめた。

 甘田さんも諦めたのか、肩をすくめて大げさなポーズを取る。

「次は誰が出す?」

「拙者が出そう。7手詰めの適当な問題を存じておる」

 神崎さんは盤面を崩すと、駒を配置し直した。


【第2問 出題者:神崎】

挿絵(By みてみん)


(スカパーオンデマンド『解けたら初段! 7手詰』第345問)


「制限時間は5分だ。心して解くがよい」

 スタート。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「解けたのですぅ」

 また桐野さんがトップ。

 20秒しか掛かってない。

「ごにょごにょなのですぅ」

「お花殿、正解だ」

「わたくしも解けましたわ」

 おっと、ポーンさん、早い。

「……ですわ」

「む?」

 神崎さんは目を細めた。

「問題をよく見よ。7手詰めだ。しかも駒が余る」

「He?」

 ポーンさん赤面。

 彼女が引っかかった筋は、だいたい予想がつく。

 1二飛成、同玉、3一角成、2三玉、1三香成だ。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これは5手詰め。逃げ間違い。

 1二飛成に1四玉と逃げるのがポイント。

 ここで1五歩は打ち歩詰めだから……。

「解けたわ」

 歩美先輩を筆頭に、続々と正解者が出る。

 私も手を挙げた。

裏見(うらみ)殿、近う寄れ」

「1二飛成、1四玉、2二角不成、1二馬、1五歩、2三玉、3三銀成」

「うむ、正解だ」

 よしよし。

 私に続いて、サーヤとヨッシーも正解。

「あ、そっか……」

 飛瀬さんが解答して、ポーンさんがラスト。

「Oh mein Gott……打ち歩詰めになってしまいますわ……」

 最初のお手付きが痛かったわね。あれで時間ロスしたから。

 ポーンさんはそれからさらに考えて、残り30秒で解答。

 来島さんは時間切れ。

「最後は来島殿だが、既に経験済みなのでポーン殿が制裁だな」

「優しくしてくださいまし」

「ふむ、何を尋ねたものやら……」

 こういう罰ゲーム、神崎さんはあんまり向いてないっぽい。

 お堅いから。

幸子(さちこ)殿を真似て、好きな男の話でも訊こう。どうだ?」

 神崎さんの質問に、ポーンさんは顔を赤らめた。

 お、これは。

「わたくし、片想いの人がおりますの……」

 にわかに座が盛り上がる。

「それは初耳だね」

 と甘田さん。

「ほぉ、同じ学校か?」

 藤花(ふじはな)は女子校なんですが。

 いや、そういう人もいるけど。

清心(せいしん)のHerrサエキのことが気になってますの」

 おお、ぶっちゃけた。

「サエキ……? 知らぬな」

「お花も知らないのですぅ」

「もしかして、引っ越して来た人ですか?」

 市外組は、誰も見たことがないみたい。

 それも、そうか。団体戦のときに初登場だったから。

「手品がうまい男子っス」

 その説明は、どうなの?

「お笑いキャラかな……」

 どこが?

 飛瀬さんの鑑識眼は、まったく当てにならない。

「で、告白などはしたのか?」

「そんな、まだ恥ずかしいですわ」

 ポーンさんは両頬に手を当てて、体をくねらせた。

 初々しいことで。

「今回は、なかなか収穫があったな。次は誰が出す?」

「はーい、角ちゃんが立候補するっス」

 大場さんが出題者席に移動した。

「角ちゃんは、実戦形の9手詰めを出すっス」


【第3問 出題者:大場】

挿絵(By みてみん)


(skillerブログ、2010年2月1日)


 9手詰めか……。

「9手詰めとか解けないよ」

 来島さん、解く前からギブアップ。

「大丈夫っス。全然難しくないっスよぉ」

 駒を並べ終えた大場さんは、席に戻った。

「制限時間3分でもいいくらいっス。スタートっス」

 私たちは前のめりになる。

 実戦形は、食指が動きやすい。

 初手は7四桂で間違いないから、その続きだけが問題。

 実質的に7手詰めと変わらないわね。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「解けたですぅ」

「拙者も解けたな」

 桐野さんと神崎さんが、ほぼ同時。

「これは簡単ね」

「右に同じく」

 歩美先輩と吉備さんもクリア。

 私もほぼゴール寸前。変化を潰して……。

「解けたわ」

「角ちゃんに聞かせて欲しいっス」

 私は座布団から腰を上げた。

「7四桂、8三玉、8四銀、同玉、6六角、7四玉、8四金、6四玉、6五金」

「正解っス」

 ポイントは3手目ね。これが分かれば、あとは並べ詰み。

 3手目に8二金と追うのは、7四玉と上がられて困る。

「はい」

 サーヤが挙手。

「サーヤ先輩も正解っス」

「今度のは分かったかも」

 来島さんも正解。やりますね。

 ヨッシーと飛瀬さんの勝負か。

「あ、分かった……」

 ヨッシーが解答。

「正解っス。カンナちゃんの罰ゲームっス」

「なんという不覚……」

 ここまで全員1分以内に答えてるから、運が悪かったとしか言えないわね。

「罰ゲームは、質問じゃないとダメなんっスか?」

「んー、別になんでもいいんじゃない?」

 甘田さんは適当に答えた。

「じゃあ、口を広げて『学級文庫』って言ってもらうっス」

 あのさぁ……小学生じゃないんだから……。

「学級文庫……? 地球だとそれが罰ゲームなの……?」

 飛瀬さんは、ネタの意味が分からなかったらしい。

「こうやって、口を広げてから言うんっスよぉ」

 大場さんは、両手の人差し指で口を広げた。

 飛瀬さんはそれでも首を傾げていたが、同じように真似をした。

「学級文庫」

 ……ん?

「もう一回言うっス」

「学級文庫」

 みんな、目が点になる。

「ちゃんと広げるっス」

 飛瀬さんは、ちょっとだけ指先に力を込めた。

「学級文庫」

「もっとっス」

 いや、もう限界に近いような……。

 飛瀬さんも疲れたのか、指を離した。

「これ以上は無理」

「なんで『がっきゅううんこ』にならないんっスか?」

 これまたストレートな物言い。

「がっきゅううんこ……? ああ、私は人間と声帯の構造が違うから……」

「また手品っスか。じゃあ、それがネタだったってことで満足するっス」

 3回目の罰ゲームが終了。

 そろそろ私もキツくなっていた。

 上位陣が速過ぎる。

「次は誰がやるっスか?」

「じゃ、私が出すわ」

 なんと歩美先輩が登場。

「私の実戦譜からね」

 自分大好き歩美ちゃん。

 

【第4問 出題者:駒込】

挿絵(By みてみん)


「ここから後手玉に必至が掛かるんだけど、手順は?」

 必至問題か……また難易度が急激に上がったわね。

「何手必至ですか?」

 吉備さんの質問。

「9手」

 ええっと悲鳴が上がる。

「そんなに難しくないわよ。実戦必至だから」

 そうは言ってもですね……。

「15分あげるから、スタート」

 私たちは頑張って考える。

 実戦的な手順なら……まあ、3二歩成よね。

 同銀、3四桂、3三銀、4三金、1二飛……いや、1二飛は3三金で簡単か。3二飛、2三銀……ん? これも簡単? 2二飛も3三金で意味ないから、3四桂に3三銀はダメね。むしろ3四桂、4三飛、5四桂、3三銀、2三金。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 必至かな。

 3二歩成に同銀は必至。同玉の場合は……。

「解けたのですぅ」

 うぅ、ここはしょうがない。無視。

 3二同玉、3五桂……ん? 3五桂は詰めろじゃないっぽい? 必至は詰めろの連続で迫らないといけないから……。

 私はそこで、はたと困った。

 これ、3二歩成が間違いだと、どうしようもないわよ。

「なるほど、分かったぞ」

 神崎さんが解答。正解。

「うぅ……ヒント欲しい……」

 ヨッシー泣きそう。

「んー、初手は3二歩成よ」

 あれ? 合ってた?

 ということは、3二同玉でも必至が掛かるはず。

 私は腕組みをして考える。

「分かりました」

「角ちゃんも分かったっス」

 吉備さんと大場さん。

「……丸子ちゃんは正解だけど、大場さんは間違い」

「ぎゃふんっス!」

 3二同玉……3二同玉……2三銀、同玉、3五桂?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 3四玉は、2六桂、2五玉、3六金、1五玉、1六歩で頓死。

 1四玉も似た筋で詰む。

 1二玉や2二玉は、2三金〜4三桂成で必至。

 となると、問題は3二玉と3三玉ね。正解に近付いてる気がする。

 簡単そうなのは、3二玉よね。2三金、4二玉、4三桂成、同玉、3五桂、3四玉……2六桂、3五玉、3六銀、2六玉、3七銀、1五玉、1六歩、1四玉……詰まない。途中で間違えた? 

 3二玉……あ、もしかして単に4三桂成? 同玉、3五桂と打ち直して、3二玉なら2三金、3一玉、3二銀、4二玉、4三桂成の即詰み。だから3三玉か3四玉と逃げるしかないけど、3三玉には2三銀で必至……いや、違うわ。3四歩よ。3四歩、同玉、2三銀、2五玉、3六金、1五玉、1六歩。全部詰み。オッケー!

「解けました」

 私は挙手して、歩美先輩のところへ向かった。

「答えは?」

 えーと、一番長い必至だから……。

「3二歩成、同玉、2三銀、同玉、3五桂、2二玉、2三金、3一玉、4三桂成までの9手必至です。3五桂に3三玉は、4三桂成、同玉、3五桂、3三玉、3四歩以下の詰みで」

「正解」

 やりぃ。

「ラスト1分よ」

 残りはサーヤ、ヨッシー、飛瀬さん、来島さん、大場さん、ポーンさん。

 大場さんが解けないのは、意外かな。ハマってる?

「はーい、そこまで」

 なんと6名脱落。

「難しかったかしら?」

 歩美先輩は、一通り読み筋を披露した。

「じゃ、次は誰?」

「歩美ちゃん、罰ゲームだよ、罰ゲーム」

 甘田さんの指摘に、歩美先輩は押し黙った。

 忘れてたんかい。

「んー、別に訊きたいことないんだけど」

「ま、余興だからね。何か考えてよ」

 歩美先輩は、買い出しの袋を取り出すと、寝そべってせんべいを齧った。

 お行儀の悪い。

「じゃあ、まず大場さん。いつも変な制服着てるけど、あれなんなの?」

「へ、変な制服じゃないっス。ファッショナブルな制服っスよ」

「そう? お遊戯会で着る衣装に見えるわ」

 こ、これはマズい。

「むかァ! いくら先輩でも許さないっスよ!」

「まあまあ、落ち着いて。人それぞれだからね?」

 甘田さんが仲裁に入って、一段落。

 こういうときは、やたらと常識人だ。

 歩美先輩は人を怒らせる才能があり過ぎ。自重しましょう。

「次はサーヤか……くららんとの進展具合は?」

 またズケズケと。

 際どい質問かと思ったら、サーヤは頭に手を当てて照れ笑いした。

「なかなかいい感じだと思います」

 ……そういうことにしときましょう。

「次はカンナちゃん」

「私はもう罰ゲームしました……」

 一人一回です。

「じゃあ、ヨッシー、この前、本屋で怪し気な本買ってたでしょ?」

「えぇ……買ってないです……」


 ピーッ

 

 めっちゃ反応してる。

「白状しなさい」

「……星野ナイルさんの新刊買いました」

 誰?

「これで全部かしら? 次の出題者は?」

「お花が出すのですぅ」

 おおっと声が上がる。

「難しいのはダメですよ?」

 吉備さんは釘を刺した。

「大丈夫ですぅ。簡単なのですぅ」

 桐野さんは盤の前に正座すると、ぺちぺちと駒を並べた。

 

【第5問 出題者:桐野】

挿絵(By みてみん)


(南倫夫「詰将棋サロン」『将棋世界』1999年11月号)


「ラッキーセブンなのですぅ」

 7手詰めってことか。

 大駒3枚だし、そこまで難しくなさそう。

「制限時間は5分ですぅ。よーいドンですぅ」

 みんな考え始める。

 初手は……4一飛で確定かな。

 5一に逃げられたら終わりだから。

 4一飛、3三玉……3四飛、2三玉……あれ?

 うまい王手が続かない。3四飛じゃなくて3二飛だったかしら? 3二飛、2三玉、2二飛成……ん、詰んだ? 2二飛成、1四玉、4四飛成、1五玉、2四龍左、1六玉、2六龍で詰み……じゃないか。2二飛成には3四玉で不詰み。それに、さっきのは9手だ。飛成りに代えて2二と、1四玉、4四飛成、2四歩……やっぱりダメ。

「難しいね……」

 と甘田さん。

 まだ誰も答えていない。

「そんなことないのですぅ」

「お花殿視点なのではないか?」

 神崎さんは、桐野さんを睨んだ。

「お花はノーマルだから大丈夫ですぅ」

 この時点でアウトっぽい。

 かなり難しいと見ました。

 仮にそうなら……初手は4一飛じゃないわね。多分、そこが引っかけ。重く3二飛か2二飛って打つんじゃないかしら。3二飛……ああ、5一玉があるのか。っていうか、そのための4一飛だったし、3二飛は捕まらないかなあ。3二飛、5一玉、7一飛、6二玉、5二飛成、同玉……詰むわけないか。2二飛も5一玉で終わり。

「あれ、9手で解けちゃった?」

 来島さんの発言に、みんな顔を上げた。

「7手なのですぅ」

「でも詰んでるような……」

「お花に教えるのですぅ」

 来島さんは、桐野さんに耳打ちする。

「あ、それは取らなかったら詰まないのですぅ」

「取らなかったら……あ、そっか」

「でも惜しいのですぅ」

 こらこら、個別にヒントあげちゃダメでしょ。

 私は続きを考える。

 飛車打ちが間違いの可能性もあるわね……4一角成とか? 4一角成、同玉、3一飛、4二玉、3二飛打、4三玉、4四飛成、4二玉、3二龍……ほえ? 詰んだ? 1、2、3、4……あ、9手か。もしかして、来島さんが勘違いしたのは、この筋かしら。ただ、確かに詰んで……ないか。4一角成に4三玉だわ。取らなきゃ安泰。

 残ってる王手は……3二角成? 同玉でも5一玉でも詰まないわよね。

「残り1分なのですぅ」

 げげッ!

「総当たりだが、分からぬ」

「盤面は合っているんでしょうね?」

 吉備さんは確認を入れた。

「合ってますぅ。ちゃんと解けるのですぅ」

「まあ、将棋に関しては信用しますが……しかし……」

「残り30秒なのですぅ」

 ふえぇ……これはアウトくさい……。

 私はもう一度、4一飛を読み直す。

「……あ、分かった」

 ふわッ!?

 声を上げたのは、歩美先輩。

「お花に教えるのですぅ」

「ごにょごにょ」

「正解ですぅ。さすがは歩美ちゃんですぅ」

 くぅ、解けるのか。だったら私だって……。

「残り10秒ですぅ。9、8、7、6、5、4、3……」

「む、解けたぞ」

 神崎さんが挙手。

「2、1、0、(しのぶ)ちゃんで締め切りますぅ」

 ああ……アウトになった……。

 神崎さんは桐野さんのそばに移動して、耳打ち。

「正解ですぅ」

「拙者の勘も鈍ったものだ。これに手こずるとは」

 神崎さんはお茶を啜る。

「大量罰ゲームになっちゃったね。正解は?」

 甘田さんは卑屈に笑った。

「丸子ちゃんが外れは珍しいのですぅ。絶対かすってるはずなのですぅ」

「怪しいのは3二角成だと思います」

 ええ? 3二角成?

「正解ですぅ」

「え? 3二角成で詰むんっスか? 5一玉と逃げられるっスよ?」

 そうよね。3二角成、5一玉で、大海に逃げられ……。

「5一玉は詰みますよ。7一飛、6一合駒、4一飛、6二玉、6一飛右成です」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 あ、そっかッ!

 飛車が持ち駒に2枚あれば、5一に逃げられても詰むんだわ。

 直感で切り捨てちゃった。

「3二同玉は、どうなりますの?」

「そこが分かりませんでした。3一から打っても2二から打っても詰まないような……」

 吉備さんは口元に手を当てて、首を捻った。

「盲点になりやすいが、3四飛と実戦的に打てば詰むぞ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 うわ……詰め将棋っぽくない手……。

「ああ、そういう手がありましたか」

 吉備さんは、何度も小刻みに頷いた。

「合い駒は、3一飛、4三玉、3三飛引成で詰みっスね」

「4二玉は4一飛、同玉、3一飛成までですわ」

 2三玉は3三飛打。1二の香車が邪魔で詰む。

 うーん、このパターンは意外。

「というわけで、3二角成、同玉、3四飛、4二玉、4一飛、同玉、3一飛成が正解なのですぅ。歩美ちゃんと忍ちゃんに拍手ぅ」

「いえい」

 歩美先輩はVサイン。

「それでは、楽しい罰ゲームのお時間なのですぅ」

 不正解は大人数だけど、罰ゲーム候補は私と吉備さんと甘田さんだけ。

「まずはぁ、丸子ちゃんに質問なのですぅ」

「どうぞ」

「はじめてのチューは、どこでしたいですかぁ?」

 うわ、結構際どい。

「そのときの状況に依るんじゃないでしょうか?」

「そんなつまらない回答は、ワンちゃんの餌なのですぅ」

 シビアですね。

 吉備さんは、マジメに考えた。

「私は海が好きなので、夕暮れ時の浜辺でして欲しいですね」

 んー、ロマンチスト。

「丸子ちゃんも、女の子してるのですぅ。次は、幸子ちゃんですぅ」

「何を訊かれるのかな?」

「丸子ちゃんと同じ質問なのですぅ」

「ファーストキスねぇ……ベッドの中かな?」

 甘田さんはイヒヒと笑った。これは受け狙いですね。

「ファーストキスがベッドなのは、いろいろとタイミングが変だと思いますが」

 吉備さんの細かい突っ込み。

「最後にぃ、香子ちゃんなのですぅ」

 うぅ、ついに回って来た。

「香子ちゃんのファーストチューを教えるのですぅ」

 は?

「まだなんだけど」


 ピーッ

 

 は?

「香子ちゃん、嘘吐いちゃダメですぅ」

「いや、こんなオモチャ信用されても……」

 私は飛瀬さんを横目で睨んだ。

「あぁ……あのときの……」

 こら、思わせぶりなこと言わない。

「えへへぇ、香子ちゃんもやり手なのですぅ」

 違うっちゅーねん。

 とはいえ、周りもあんまり信用していないみたいだから、いっか。

「それじゃ、次は私が出すわね」

 サーヤが盤を並べる。

 こうして、楽しい(?)夜は更けていくのだった。

歩美ちゃんの必至問題の元ネタは、佐藤(天)vs瀬川戦です。プロ編入試験のときの棋譜ですね。歩美ちゃんが嘘を吐いているのではなく、あくまでも架空の物語としてお楽しみください。

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