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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第29局 ぶかぷか夏合宿編(2014年8月7日木曜)
206/295

182手目 泳ぐ少女

 というわけで、いよいよ自由時間です。

 全員海に集合して、着替えも完了。

「混んでるね」

 甘田(かんだ)さんはニヤニヤ笑いながら、まわりの観光客を見渡した。

 親子連れが多いから安心。ナンパスポットでは、なさそう。

遊子(ゆうこ)ちゃんを埋め立てるっスよぉ」

「ふわぁ……お布団作ってくれるんだね……おやすみ……Zzz」

 まだ始まってもいないんだけど。

 来島(くるしま)さんは、砂の山に埋もれてしまった。

「念入りにオイルを塗っておかないと、お肌が赤くなってしまいますわ」

 ポーンさんは、日焼けオイルをあちこちに塗りたくっていた。

 白人だから、私たちと違ってなんか紫外線に弱そう。偏見かしら。

「えーと、全員いる?」

 サーヤは、人数の確認を始めた。

 全員いるんじゃないですかね。1、2、3……あれ?

「ひとり足りないね」

 と甘田さん。

飛瀬(とびせ)さん?」

「私はここにいますよ……」

 おっと、失礼。

 いなくなりそうなのと言えば、もうひとり……。

「お待たせ」

歩美(あゆみ)先輩、遅い……ふわッ!?」

 な、なんじゃこりゃーッ!?

香子(きょうこ)ちゃん、どうかした?」

「な、なんですか、その格好……?」

「水着でしょ?」

 す、スクール水着……胸に【駒込】って書いてある……。

「あの……スクール水着はちょっと……」

「これしか持ってないし」

 やばい。めっちゃ見られてる。

「じゃあ……ちょっと離れたところで遊んでください……」 

「タブレットで詰め将棋解いてるから、別に邪魔しないわよ」

 歩美先輩は浮き輪を持ったまま、海へと消えて行った。

 やっぱり泳げないんですね。

「呆れた」

 サーヤ、若干おかんむりの様子。

 申し訳ございません。

「海に来るのは始めてなのですが、どうすればいいんでしょうか……?」

「え、飛瀬さん、始めてなの?」

「私の星に海で泳ぐ習慣はないです……大海蛇とかいて危ないし……」

 あのさぁ……。

(すみ)ちゃんが、泳ぎ方を指南してあげるっスよ」

「わたくしも少しは泳げますわ」

 大場(おおば)さんとポーンさんは、飛瀬さんを連れて海に入った。

 これでお守りは万全……かな?

「みんな、楽しそうなのですぅ」

桐野(きりの)さんは、水着持って来なかったの?」

「お花は泳ぐの苦手ですぅ」

 まあ、その方が助かるかも。

 なんか潮に流されそうだし。

 自由行動で行方不明になりそうな人、ナンバーワン。

裏見(うらみ)殿は、どうする? 泳がぬのか?」

「もちろん、泳ぐわよ」

 せっかくここまで来たんだし、泳がない手はないでしょ。

「荷物番は、お花と遊子ちゃんに任せるのですぅ」

 ……大丈夫じゃなさそう。

 しかも片方寝てるわけで。

「私もお留守番してるね」

「え? ヨッシーも?」

「腹筋が間に合わなかったから……」

 ???

「3人ならば大丈夫であろう。いざ」

 私たちは準備体操をしてから、海に入る。

 冷たくて気持ちいい。

 私たちは平泳ぎで、人気の多い浅瀬を離れた。

「瀬戸内海ゆえ、波が穏やかだな」

 そうかしら?

 他の海に行ったことないから、よく分からない。

神崎(かんざき)さん、平泳ぎうまいわね」

「平泳ぎ……? これは平泳ぎではない」

 ???

「これは神伝流(しんでんりゅう)と言っていな、古式泳法の一種だ」

「こしきえいほう?」

「日本の伝統的な泳ぎ方だ。武装した状態でも泳ぐことができる」

 ……なんかよく分からない。

 というか、海水浴場で武装しちゃダメでしょ。

 あと、意外なのが吉備(きび)さんかな。

「吉備さんも、泳ぐの速いわね」

羽生(はぶ)さんの真似をして、子供のころは水泳をしていましたので」

 ああ、そういう。

「裏見殿も、将棋部のわりには巧みだな」

「スポーツはそんなに苦手じゃないから」

 というか、結構得意な方ですよ?

「どうだ、ひとつ勝負せぬか?」

「勝負?」

「この地点から、あの浮標を回って……」

「おーい、裏見ぃ」

 こ、この声は……。

 私が浅瀬の方を振り返ると、そこには見慣れた3人組がいた。

「裏見、何やってんだ?」

「ま、松平(まつだいら)ッ!」

 な、何でここに?

「つじーんが海行きたいって言うから、みんなで来たんだ」

 私がぽかんとしてると、つじーんとくららんも泳いで来た。

「裏見さん、奇遇ですね」

 とつじーん。

 奇遇ぅ? 同日同時刻に将棋部の面子が集合ぉ?

 ……話ができ過ぎでしょ。

「ここで冬馬(とうま)と会えるなんて、これも運命かな?」

 サーヤは猫撫で声。

 ……こいつが首謀者か。

 情報を誰かにリークしたわね。松平……いや、松平の態度は怪しくない。

 となると……。

「つじーん、なんで海に行きたくなったの?」

「え? あ、それはですね……まあ、なんとなく……」

 つじーんは目を逸らした。

 バレバレ。

「いやぁ、男同士で海とか気が進まなかったんだが、これなら安心だな」

 松平はホッとした表情を浮かべた。

「何が安心よ。こっちは合宿中」

「海で将棋指すのか?」

「ぐッ……」

 減らず口がぁ。

「とにかく、私たちは別行動……」

「冬馬、一緒に遊ばない?」

 サーヤぁ。

「拙者も同意する。人数は多い方がよいからな」

「何か仕組まれているような気もしますが、乗るのも一興でしょう」

 神崎さんと吉備さんも、浅瀬に移動し始めた。

 私も仕方なくついて行く。

「他に誰が来てるの?」

「2年の面子だよ。俺、つじーん、くららん、津山(つやま)っちと田中(たなか)な」

 ああ、なるほど。2年生の主要な男子か。

 1年生と3年生も呼んでオールスターってわけじゃないのね。

「遊ぶって、何して遊ぶの?」

「んー、どうすっかなぁ……男女ペアでビーチバレーとか……」

 それはありかな。

 ビーチバレー用のボール、確か甘田さんが持って来てた気がする。

「あ、(けん)ちゃんが戻って来た」

 浜辺で手を振る影があった。駒北(こまきた)の主将、津山くんだ。

 かき氷を食べていたらしい。

 私もあとで買いに行きましょ。

「津山っちも、ビーチバレーやるか?」

「えーと、それはあとにして、あのイベントに参加しない?」

 津山くんは、浜辺の奥を指した。

 人集りができている。

「なんだ、あれ?」

「海の家のイベントらしいんだけど、今、スイカ割りをやってるんだ」

「スイカ割りか……あんま気乗りしねえな」

「勝ったらスイカ10玉もらえるんだよ。持って帰ろう」

 津山くん、意外と、がめついですね。

 いや、私もスイカ食べたいけど。

「ま、スイカ食べたくはあるわよね」

「マジか? じゃあ俺が取って来てやるぜ」

 ん、ヤル気出したわね。

「でも難しいんだよねぇ」

 隣にいた田中くんは、眉間に皺を寄せた。

「ルールは? スイカ割りだろ?」

「『30秒以内にアドバイス2回で一発成功』が条件」

 津山くんの説明に、みんな気後れを見せた。

「そいつは……難しいな……」

「誰か成功しておらぬのか?」

 田中くんと津山くんは、首を横に振った。

「僕たちが見ている間では、ないかな」

「ならば、拙者が腕試しをしてもよいぞ」

 いいアイデアだ。神崎さんなら一発で成功するかも。

「なんかインチキな気もしますけどね」

 吉備さんに同意。

 神崎さんは、ちょっと反則気味かな。

 自称忍者だし。

「冬馬がやればいいんじゃない?」

「僕は、そういうの苦手かな……」

「とりあえず、様子を見に行かない?」

 私の提案にしたがい、全員会場に移動した。

 少しだけスペースを空けてもらい、観客席ポジションへ。

 会場は、半径15メートルくらいの円で、スイカは中央にあった。

 大学生くらいのお兄さんが挑戦しているところだ。

 お兄さんは、スタッフの手でクルクル回転させられている。

「では、スタートです」

「リュウジ、まず右斜め45度に動いて」

 水着姿のお姉さんが指示を出す。彼女かな。

 青年は、体を右に動かした。

「そうそう、で、そっから真っ直ぐ5メートルくらい進んで」

 ん? それは足りなくありませんかね。

 短距離走の距離感覚からして、7、8メートルはあるわよ。

 ……まあ、目隠しされてるから、正確に移動できるとは思えないけど。

 案の定、青年は3メートルも歩かないうちに、右に逸れ始めた。

「左右の足の筋力が違うために起こる現象ですね」

 と吉備さん。

「リュウジ、違う、もうちょっと左」

「左? こうか?」

 青年は、左に向き直る。

 あ、これは……。

「もうダメみたいだね」

 くららんの言う通りだ。

 左に向き直り過ぎ。

 青年はそのまま観客席に向かって移動を始める。

「あ、リュウジ、そっちは……」

「アドバイスは2回までです」

「あうぅ」

 青年が向かって来るので、観客席は左右に避けた。

「5メートルって、このくらいか? ……えい」

 木刀は空を切って、砂にめり込んだ。

 青年は目隠しを外す。

「全然違うじゃねーか……」

 退場ぉ。

「これは、思ったより難しいですね」

 吉備さんは目を光らせる。

「アドバイス2回ってのがミソだな。最初の向きを修正するのに1回、そこから距離を教えるのに1回。これで2回使っちまう」

 松平の状況分析。

「そうとも言い切れないんじゃないかな。スタート地点とスイカまでの距離は、どうやら一定みたいだし、2回目のアドバイスは軌道修正に使えると思うよ」

 ふむ、くららんの方が正しいかも。

 そこへ、田中くんが口を挟む。

「問題がもうひとつあってね。ルール上、『身体がスイカに触れたらアウト』なんだよ。要するに、距離を間違えて行き過ぎたら反則になる」

「じゃあ、最初の方向決定に1回、ストップをかけるのに1回か」

「剣ちゃんのやり方が最善でしょうけど、それはスイカまで一直線に歩けるときに限られます。さきほどの人のように、目隠し状態では体がブレますから」

 むむむ、つじーんの指摘も正しい。

「そうは言ってもなあ……」

 将棋部らしい逡巡だ。

 あーでもないこーでもないと議論が始まる。

「私が挑戦しましょうか……?」

 私たちは、一斉に後ろを振り返る。

「飛瀬さんが?」

「このゲームは、めちゃくちゃ簡単……」

 簡単?

「ルールちゃんと聞いてた?」

「大丈夫です……」

 何か不安。

「もしかして飛瀬さん、そのためにかき氷買ったの?」

 津山くんの問いに、飛瀬さんは、こくりと頷いた。

「え? かき氷が参加費用なの?」

 私は誰とはなしに尋ねた。

「ふむ、かき氷屋の販促というわけか」

 神崎さんの言う通り、近くにかき氷の屋台がある。

 【スイカ割りに挑戦してスイカをゲットしよう】の手書きポスターが。

「この飛瀬という少女、腕は確かであろうな?」

 神崎さんは、自分の出番を取られたからか、若干警戒しているようだ。

「任せてください……」

 飛瀬さんは私にかき氷を押し付けると、会場に歩み出た。

「おっと、今回は可愛らしいお嬢さんの挑戦です」

 飛瀬さんは、スタッフに目隠しをしてもらう。

「誰がアドバイスする?」

「拙者がやろう。目測には自信がある」

 なるほど。

「飛瀬さーん、神崎さんが指示するから、それに従ってちょうだい」

 飛瀬さんはこくりと頷いた。

「では、回ってもらいましょう」

 女性のスタッフが出て来て、飛瀬さんをくるくる回した。

 飛瀬さんは、スイカを背にした格好で止まる。

「では、スタート」

「まずは、反時計回りに七十八度三分回ってもらおう」

 細か過ぎィ!

 そんなのできるわけが……。

「こうですね……」

 飛瀬さんは、ぴったりとスイカの方向に合わせた。

「見事なり。そこから七米突(メートル)……」

「7メートル23センチ先ですね……?」

 飛瀬さんの確認に、神崎さんはぴくりと眉毛を動かした。

「……その通りだ」

 飛瀬さんは、真っ直ぐに歩き始める。

 ……え、ほんとにめちゃくちゃ真っ直ぐ。

 そして、スイカの50センチくらい手前で止まった。

「飛瀬カンナ、行きます……」

 飛瀬さんは木刀を振り上げて、スイカをポカリと殴った。

 喚声が上がる。

「おおっと、本日ふたり目の成功者が出ました! 拍手をお願いします!」

 パチパチパチ。

 飛瀬さんは目隠しを外して、こちらに帰って来た。

「ゲットしました……」

「あ、ありがとう……」

「おぬし、なかなかやるな。あっぱれだ」

「透視できるから、目隠しとか意味ないんで……」

 そういう気味の悪いこと言わない。

「どうする? 女子が一発で当てちゃったけど」

 くららんは、一同を見回した。

「ま、教えてくれたのは男子だし、山分けでいいんじゃない?」

 10個もらっても食べ切れないと思う。

「サンキュ、裏見」

 松平がそう言ったところで、甘田さんが姿を現した。

「あ、いたいた」

 相手が相手だけに、私たちは軽く身構える。

「ビーチバレーしようかと思ったら、誰もいないんだもん。やらない?」

「2vs2ですか? いいですよ」

 松平は、あっさりと引き受けた。

「ねえねえ、冬馬、私と組まない?」

涼子(りょうこ)ちゃんと? 別にいいよ」

「あー……サーヤ、くららんコンビだと、私じゃキツいかな……」

 甘田さんはそう言いながら、こちらに視線を向けた。

 嫌な予感。

「香子ちゃん、松平と組みなよ」

「私がですか?」

「サーヤとくららんが体育会系だし、ここは香子ちゃんがね?」

 松平とか……ちらり。

 なんですか、その懇願するような眼差しは。

「……ちょっとだけなら」

「よっしゃッ!」

「場所あるんですか?」

「あっちにコートあったよ。借りといた」

 手筈がいいですね。

 私は、早速そのコートに移動した。

「じゃ、審判は私がやるね。ルールは大丈夫かな?」

 あんまり知らないけど、なんとかなるでしょ。

「ま、うるさくは言わないよ。あと、このボール、ガチのやつじゃなくて、滞空時間長いやつだから、そこんとこも気をつけてね。両チームの合計が21点になったとき、より多くのポイントを取っている方が勝ちだよ」

 私たちはサーブを決めるため、じゃんけんをする。

 松平がサービス権を獲得した。

「じゃ、はじめ」

「よっしゃ、行くぜ」

 松平のサーブで、ボールが相手チームのコートに入る。

 くららんが上げて、サーヤのスパイク……スパイクぅ!?

 私は体を捻ったけれど、全然間に合わずボールは砂地に沈んだ。

「ナイスアタック」

 サーヤとくららんはタッチで祝福。

「マジかよ……手加減なさすぎだろ……」

 松平も呆気に取られていた。

「それじゃ、いくわよ」

 サーヤのサーブ。

 これまた強烈で、松平は辛うじて拾い上げた。

 この軌道だと、さすがに打ち返せない。

 私も軽く上げて、松平にパス。

「裏見、打ち込め」

 松平は高めにトス。

 香子ちゃんアタック!

「させるかッ!」

 サーヤがブロックして、弱まった球威をくららんがアンダーハンドパス。

「冬馬!」

 今度はサーヤがトスを上げた。

 私と松平はブロックに回る。

「っと!?」

 なんとフェイント攻撃。

 ボールは軽くタッチされただけで、私たちの目の前に落下した。

 唖然。

「ナイスフェイント」

「涼子ちゃんのトスが良かったよ」

 サーヤは、こっちに向かって親指を立てた。

「だてに10年も幼なじみやってないのよ」

 ぐぬぬ……息はバッチリってわけか……。

 それから私たちは、さらに2本連取された。

「ありゃりゃ、これはワンサイドゲームかな?」

 甘田さんのKYなコメント。

「ふむ、見ておれぬ。松平、拙者と変われ」

「俺が?」

「今までの動きを見るに、おぬしの方がこの戦いに向いておらぬ」

 松平は私の方を見て、肩をすくめると神崎さんと交代した。

 神崎さんは屈伸運動だけ済ませると、両手で印を結んだ。

 左手の人差し指を立てる、忍者がよくやってるアレだ。

「何やってるの?」

「……」

 返事なし。

 しばらくして、神崎さんは目を見開いた。

「呼吸は整った。いざ」

「はぁ……」

「じゃ、ゲーム再開するよぉん」

 甘田さんの合図を受けて、サーヤのサーブ。

 私はアンダーハンドでパスする。

「天地逆転の術ッ!」

 ふわッ!?

 なぜか世界が逆さまになり、私は大慌てで砂を掴んだ。

 空におっこちるぅううううッ!?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あれ?

 私は砂浜から起き上がり、あたりを見回す。

 サーヤとくららん、甘田さんにその他のギャラリーもひっくり返っていた。

「な、何、今の?」

 そばにいたお姉さんは二人組は、目を白黒させる。

「球は敵陣に落ちたぞ」

 ひとりだけ仁王立ちの神崎さんは、相手のコートを指差した。

 ……あ、入ってる。

「ちょっと、(しのぶ)ちゃん、それ反則」

 サーヤは腰に手を当てて怒る。

「忍術を使ってはいけないと、規則書に乗っているのか?」

「将棋のガイドブックにも、そんなこと書いてないでしょ」

「一理ある」

 百理はある。

「仕方ない。封印しよう」

 チームメイトとしても、そっちの方が助かる。

 ワンゲームごとにひっくり返っていては堪らない。

「じゃ、今のは無効で、もう一回ね」

 サーヤのサーブ。

 またまた私がトスする。

「破ッ!」

 神崎さんは空中で一回転したかと思うと、強烈なアタックを決めた。

 さすがにブロックし切れず、サーヤたちは得点を許す。

「け、剣道の試合のときより強い……?」

「これは呼吸術のひとつでな、ドーピングと同じ効果を引き出せるゆえ、公式戦では使っておらぬのだ。模擬戦なら構うまい」

 遊びでドーピング……?

 それからの私たちは絶好調。

 私がトスで神崎さんがアタック。

 たまにブロックされたり、私のミスが出たけど、14vs7のダブルスコアで終了。

「ハァ……ハァ……なんか釈然としない……」

 サーヤは膝に手をつきながら、がっくりと項垂れた。

「裏見、おつかれさん」

 松平は、イチゴのかき氷を両手に持っていた。

「ん、差し入れ?」

「正解」

「……ありがと」

 私たちは、浜辺に並んで座る。

 うしろでは、サーヤ、くららんと甘田さん、津山くんの試合が始まっていた。

「なあ、裏見、秋の個人戦は出るか?」

「もちろん」

「……今回は狙い目だぜ」

「何が?」

 私が横を向くと、松平はえらく真面目な顔をしていた。

「姫野は3年だ。受験勉強で、今が一番弱い」

「……優勝が狙えるってこと?」

 松平は頷き返す。

「男子もそうだ。千駄(せんだ)さんが3年だからな」

捨神(すてがみ)くんがいるでしょ」

 私はそれを言って、ちょっと後悔した。松平の顔が曇ったからだ。

 春の個人戦を思い出させてしまったらしい。

 私は慌ててフォローする。

「ま、あのときも勝ちそうだったけどね」

「俺は今回、絶対優勝するぜ」

 松平はそう言って、水平線の果てを見つめた。

「お互いに、最後のチャンスだと思う」

「……分かった」

 私はかき氷を崩して、ひとくち頬張る。

 ちょっとだけドキドキしちゃった。何でだろ?

【次回更新】

師走で忙しくなったため、次回は12月4日(木)の更新になります。

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