似ている日々
7:15
おはようございます。
僕の名前は駒込歩夢。
どうしようもない姉を持つ、苦労人の弟です。
よろしく。
「歩夢、なんか言った?」
「……何も」
「そう……」
「そう、じゃなくてさ、いいかげんトイレから出てくれない?」
「まだ10分でしょ。新聞読んでるんだから」
おやじくさい発言、いただきました。
「将棋欄?」
「詰め将棋」
「新聞の詰め将棋に10分もかかってるの?」
「さっき解き始めたのよ」
ああ……姉さんが新聞の詰め将棋に10分もかかるわけないか。
「早く解いてね」
「一緒に解く?」
トイレの前に突っ立ってるのもヒマだし、そうしようか。
「いいよ」
「まず攻め方の配置が……」
○
。
.
10:09
「……であるからして」
学校の授業ってのはヒマだね。
教科書の裏で定跡書読んでた方がマシだよ。
……っと、スマホが光ってる。
《何してるの?》
《授業》
《じゃあヒマね。この局面だと、次になに指す?》
……これ、どっかで見たことあるね。
《棋聖戦第3局だろ?》
《それなら話が早いわ。先入観なしだと、なに指す?》
確か、実戦は5七香不成。
でも正解は8八歩成、同金、6七角成、6八歩、5七香不成。
これでほぼ受けなし。
ただ、先入観なしとなると……。
《5四歩と突いて、王様を広くするかな》
《私なら3八銀成ってするわね》
攻め……いかにも姉さんらしいね。
このへんの性格が合わないんだよなあ。
《6四桂って跳ねられて、どうするの?》
《それは6三玉と逃げて……》
○
。
.
12:35
お昼休みだね。
ひとりで食べるよ。
トイレは不衛生だから屋上へ……と、やっぱり鍵が開いてる。
「お、歩夢か」
昼間から煙草を吹かしてる金髪の女の子。
こっちをギロリと睨んでくる。
「あいかわらず、やさぐれてるね」
「るっせえ。さっさと閉めろ」
戸締まり戸締まり。
僕は煙草が嫌いだから、風上に避難した。
今日は……カニコロ弁当か。
姉さんの好物だね。
僕の好物でもある。
「……煙草くさい」
「そりゃあたしが吸ってるからな」
うちは誰も吸わないから、困るんだよね。
喫煙所で……吸えないか。
「制服に匂いつくよ」
「こいつとも、あと半年でおさらばだ。構わねえよ」
「今度見つかったら退学じゃないの?」
「もう少しで厄介払いできるんだから、されねえ」
なるほど、計算づくか……。
そういうの、好きじゃないけど嫌いでもない。
「不破さん、進路はどうするの?」
「高校進学」
「どこに?」
「天堂は名前書きゃ受かるんだよ。知ってるだろ」
ああ、やっぱり天堂なのか。
菅原先輩と捨神先輩いるからね……。
あ、菅原先輩は、今年で卒業だった。
留年とかしないよね、さすがに。
「将棋部入るの?」
「んー、入らねえと公式戦出られねえ」
だね。うちの将棋部に入ってるのも、それ目当てだし。
例会には全然顔を出さない。
「……ヒマだな」
「3年の夏にヒマってのも、変な話だけどね」
「いいんだよ……5六歩」
それは何かな?
「目隠し将棋?」
「他になにがあるんだよ?」
ひとり将棋かもしれないよね。
「……3四歩」
○
。
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16:24
「駒込先輩、今度の遠征費用、これでいいですか?」
「……いいんじゃない?」
「じゃあ、サインお願いします」
こういう書類の学生サインって、有効なのかな?
未成年だから意味ない気がするんだけど。
「ありがとうございます。ところで……」
そういう持ち出し方、やめようよ。
「先輩が部室から持ち出した本、2学期までに返してくださいね」
「借りてたっけ?」
「10冊ほど……」
そんなに借りたかな?
将棋年鑑を2、3冊借りた覚えはあるけど。
高いからね、あれ。
「姉さんに貸したかも」
「又貸しはやめてください……」
「あとで確認しとくよ。それより、誰か指さない?」
○
。
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18:13
「姉さん、そろそろ代わってよ」
「まだ見終わってないでしょ」
NHK杯の録画なんて、いつでも見れるだろう。
「なに見たいの?」
「将棋ジャーナルの解説」
「そう……」
「そう……じゃあ、3秒将棋で」
盤駒を用意して、と。
バシバシバシバシバシバシバシバシ。
「はい、私の勝ち。視聴続行」
「ぐッ……もう一局」
「ダーメ、30分後にまた来なさい」
○
。
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20:07
ああ、ごくらくごくらく。
昔はお風呂で本がよれよれだったけど、今は防水機能のスマホだもんね。
将棋ウォーズで対戦、と。
相手? 姉さんだよ。
○
。
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21:03
コンコン
「なに?」
「姉さん、宿題教えて」
「どうぞ」
「x^2-4xy+4y^2-2x+4y-8を因数分解せよ」
「将棋で勝ったら教えてあげる」
「じゃ3秒で……」
バシバシバシバシバシバシバシバシ。
「はい、僕の勝ち。因数分解せよ」
「(x-2y-4)(x-2y+2)じゃない?」
「……やっぱりそうだよね」
「で、なんの用?」
バレてるね。
「僕が部室から持ち出した本、返してくれない?」
「あれ、歩夢のじゃないの?」
「あんなに小遣いあるわけないだろ。まさか捨ててないよね?」
「将棋の本を捨てるわけないでしょ」
それもそうか……。
週刊将棋ですら捨ててないもんね。
「あと一週間待って」
「一週間経ったら夏休みなんだけど」
「だったら9月ね」
それが狙いか……悪くないアイデアだよ。
後輩も、「2学期までに」って言ってたし。
「じゃあ『一週間以内に』返してね。『ダメなら2学期』で」
「了解」
○
。
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22:00
もう寝ようっと。
今日はお姉ちゃんと5局も指して疲れたな。不破さんには負けちゃうし。
それにしても、僕たちほど似てない姉弟も珍しいよね。
もうちょっと似てれば、いろいろ話も通じるんだろうけど……。
ま、いっか。これも運命。
おやすみ……Zzz……。