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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第1局 うっかりお手並み拝見編(2013年5月6日月曜)
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初 手 賭ける少女

 私の名前は裏見うらみ香子きょうこ駒桜こまざくら市立いちりつ高校の1年生。

 中学のときは陸上をやっていた。ポニーテールにちょっと引き締まった体格の女の子。

 身長は中の上くらいかな。体重はもちろん秘密。

 好きな科目は数学、趣味は──ちょっと変わってるけど将棋。

 幼いころ、おじいちゃんに教えてもらった。それ以来ずっと遊んでいる。

 5月をむかえて、すこしダレてきた昼休み。

 私は学食に来ていた。券売機にならんで順番待ち。

 長蛇の列で、もう何分も待っていた。前の女子がはけて、ようやく私の番。

 さっそく本日のAランチを──あれ? お金がない?

 財布に100円しか入っていなかった。

 私はまごまごしてしまう。するとすぐうしろの男子が、

「どうかしたの?」

 とたずねてきた。

 マズい。券売機の前から移動する。財布の中身をもう一度よく確認した。

「変ね……昼食代はもらったはず……あッ!」

 もらったあと、財布に入れた記憶がない。

 ということはつまり……勉強机のうえだ。なんという不覚。

 私はタメ息をついた。あたりを見回す。みんな美味しそうに食べている。

 しょうがない、コンビニで一番安いパンを──と、そのときだった。

 私はあるテーブルに目をとめた。

 ふたりの女子がボードゲームで遊んでいた。将棋だった。

 女子高生がお昼休みに将棋? 見間違いかしら?

 私はこっそりうしろにまわってみた。


挿絵(By みてみん)


 やっぱり将棋だ。

 学食で将棋なんて、ずいぶん変わってるのね。ま、ひとそれぞれか。

 っと、こんなことしてる場合じゃない。私はその場をはなれようとした。

 ところがその瞬間、メガネをかけたショートボブの女子がふりむいた。

 ネクタイのタイピンからして、最上級生のようだ。

 うちの学校は、男女ともダークグリーンのブレザーで、赤いネクタイをしている。

 そのタイピンに横線が入っていて、その本数で学年がわかるのだ。

「あ、こんにちは、将棋に興味がおありですか?」

 あいてのほうが先輩なのに、敬語で話しかけてきた。

 しかも、もちろん興味がありますよね、っと、そんなオーラ。

 私はすぐに察した。このふたり、ただ将棋を指してるわけじゃない──勧誘だ。

 将棋部なのだろう。5月になって、新入部員の勧誘はとっくに終わっている。けど、こうして出店を構えている部活は多かった。大抵は、4月に新入生が集まらなかったというオチだ。

「いえ……なにをしてるのかな、と気になっただけで……」

「気になるということは、興味がおありなんですよね?」

 しまった。めんどくさいことになったかも。

「すみません、ほんとにチラッと通りがかっただけで……」

「いえいえ、もしよろしければ一局」

「将棋はよく知らないので……」

「でも将棋っておわかりになられたんですよね?」

「駒の動かし方を知ってるだけで……」

「初心者大歓迎ですよ」

 しつこーい。このようすだと、ほんとに新入生がいないっぽい。

「たいしたおもてなしはできませんが、あめをさしあげますよ」

 こ、高校生を飴で釣るのはどうなの?

 と思ったけど、いい考えが浮かんだ。

「じゃあ、一局指すので、私が勝ったら学食でおごってもらえませんか?」

 賭け将棋の提案。これならさすがにことわるでしょ。

 案の定、メガネの先輩はしぶい顔をした。

「賭け将棋はちょっと……」

 はい、ではさようなら。

 私は退散しようとした。

 ところが、もうひとりの女子が急に顔をあげた。

 人懐っこそうな感じの、小柄な子だった。タイピンからして2年生。

 その少女は、メガネの先輩にむかってタメ口で、

志保しほちゃん、べつに学食くらいいいじゃん」

 と言った。

「賭け将棋はちょっと……」

「後輩におごるだけだから、だいじょうぶだよ。それに初心者なんでしょ」

 メガネの先輩は急に考え込んだ。

「……拘束時間を考えると、おうどん一杯くらいなら釣り合っていますか」

 ちょっと待って、受けてくる流れ?

 いやいやいや、そこはことわってくださいな。

 私があわてていると、メガネの先輩は、

「わかりました。おうどん一杯ならいいですよ」

 と了承してきた。

 最悪……でもないか。ちょうどお昼を食べ損ねてたし、渡りに船。

 それにしつこく勧誘してきたあいてが悪い……ような気もする。

 私は「じゃあ、私が勝ったらおうどん一杯で」とお願いした。

 先輩たちは自己紹介をしてくれた。

「私は3年生の大川おおかわ志保しほです。将棋部の部長をやらせていただいています」

「あたしは木原きはら数江かずえ、カズちゃんって呼んでね」

 えーと、自己紹介しないといけない流れかしら。

「1年の裏見香子です」

 大川先輩は漢字の書き方をたずねてきた。

「裏側を見る、です」

「めずらしいお名前ですね。では、さっそく……木原さん、どっちが指しますか?」

「部長でいいよ」

 木原先輩が席をゆずってくれた。

 どうやら大川先輩と指すらしい。とりあえず駒をならべる。

 私が半分くらいならべ終えたところで、大川先輩は、

「ずいぶんと手馴れていらっしゃいますね」

 とつぶやいた。

 そうか、初心者っていう設定だった。

 なんか変な感じで置いておこう。

「それでは、裏見さんからどうぞ」

「いえ、先輩からどうぞ」

「いえいえ、裏見さんから」

 じゃんけんで、となって、私が後手をひいた。

「お客さんがあいてですが、先に指させていただきます。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 大川先輩は7六歩と突いた。

 さて、どうしたものか。初心者設定にしてしまったから、うかつに指せない。

 私はあれこれ悩んだ。

 初心者っぽくみえて、しかも勝てそうな戦法を考える。

「……これを動かします」

 私は4筋の歩を持ち、やぼったい手つきでひとつ前に進めた。


挿絵(By みてみん)


 これを見た大川先輩は、

「その歩、取れちゃいますよ?」

 と言って、同角としてきた。

 え? ……この戦法知らないの?

 もちろん同角はまちがいじゃない。むしろ定跡じょうせきだ。

 けど今の雰囲気は、4四歩の意味がわかっていないようにみえた。

「……先輩、こうしたらどうします?」

 私は飛車にひとさしゆびをそえ、ずるずるとスライドさせていく。


挿絵(By みてみん)


 5三角成を受けない強気の一手。

 先輩はアッと悲鳴をあげた。

「そっか……角成だと飛車が……」

 あ、ほんとに知らないんだ。

 先輩は長考し始めた。5三角成、4七飛成以下を読んでいるのだろう。

 さっきまでの楽観な態度は、どこへやら。真剣に読んでいた。

「……成るしかないですね」

 そう言って、先輩は角を成った。

 正解だ。角を逃げると、一方的にこちらが飛車を成れる。

 それはマズいから、5三角成が当然の一手。

 手番を終えた先輩は、自分の陣地を見つめている。

 私はわざと不器用な手つきで、3四歩と角道をあけた。


挿絵(By みてみん)


「あ、飛車を成らないんですね。だったらもらいます」

 先輩はあまり考えず、4二馬と取ってきた。角より飛車のほうが好きなタイプか。

 私は同銀と取り返す。

「8八銀です」

 先輩は銀をあがって、9九角成を防いだ。

 んー……ちらり。木原先輩のようすをうかがう。

 木原先輩は他人の将棋をみるのが好きなのか、楽しそうな顔をしていた。

 この先輩の棋力はわからない。

 すこしカマをかけてみる。

「木原先輩、このきょ……この状態、どう思います?」

「え? アドバイスして欲しいの?」

「あ、いえ、アドバイスというか……どっちが勝ってそうかな、と」

「わかんない。見たことない変なかたちだし」

 なるほど……理解した。

 このふたり、初心者じゃないけど低級者だ。

 私の棋力をはかることもできないはず。

 この勝負、もらいました──とりま王手。

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