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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第5局 部内格付け編(2013年5月13日月曜〜5月14日火曜)
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16手目 挑戦する少女

 その日、部室に顔を出した私は、志保(しほ)先輩から新人戦の話を持ちかけられた。

「え、やっぱり出ないといけないんですか?」

 志保先輩は両手を組んで、それを腰もとでもじもじさせながら、

「強制ではありませんが、団体戦に出場した選手が新人戦に出ないのは、体裁が……」

 と言葉をにごした。

「体裁?」

「団体戦だけ助っ人で呼んだと思われる可能性がありまして……」

 いやいや、それじゃあ事実上の強制じゃないですか。

「まあ、べつに出たくないってわけじゃないですが……」

 そのときだった。廊下で足音が聞こえた。扉ががらりとひらく。

 歩美あゆみ先輩たちだった。

 数江(かずえ)先輩と八千代(やちよ)先輩もいっしょ。

 これをみて、志保先輩はいきなり話を切りあげた。

「あ、みなさんいいところへ、まずは日曜日の昼食代を支払います」

 志保先輩は封筒から500円玉を取り出すと、まず先輩たちに、それから私に1枚ずつ手渡した。私は500円玉の重みを感じながら、志保先輩に質問する。

「これなんですか?」

「日曜の大会の昼食代です。公式の部活動ですから、部費から支給されるんですよ」

「あ、そうなんですか……どうも……」

 私は500円玉を財布に入れる。これはなかなかの収穫ね。

 と、お金の問題はさておき──私は歩美先輩に睨みを利かせる。

「先輩、待ってましたよ」

「ええ、私も待ってたわ」

 いや、待ってないでしょ。なにを待ったと言っているのやら。

 おっとっと、いけない。相手のペースに飲まれかけてる。将棋で勝負よ。将棋。

 私たちは席に座った。駒はならべてある。ヒマだったから。

「ルールはどうします?」

「大会準拠で」

 先輩はそう言うと、すぐに振り駒に取りかかった。私はそれを制止する。

「ちょ、ちょっと待ってください。どういうルール……」

「前回の大会と同じよ。30分60秒。それじゃ、振るわね」

 歩が宙に舞い、ぱらぱらとビニール盤の上で跳ねた。

「……歩が3枚。私の先手ね」

 うーん、また後手かあ──って、別にいいんだけどね。歩美先輩の戦い方が分からない以上、後手で様子を見るのが一番いいわけだし。むしろ幸先がいい。

「「よろしくお願いします」」

 私は右手でチェスクロのボタンを押した。液晶が時を刻み始める。

 歩美先輩は人差し指をしなやかに伸ばし、2六歩と突いた。

 

挿絵(By みてみん)


 2六歩。いきなりの居飛車党宣言。

 情報アドバンテージを無視してるけど、それだけ自信があるってことかも。

 とりあえず3四歩。

 私が角道を開けると、歩美先輩はノータイムで4八銀と上がった。

「……?」

 声には出さなかったものの、私の頭に?マークが浮かぶ。

 7六歩と2五歩しかないと思ってたけど……これは?

 いや、でも変じゃないか。そのうち4八銀自体は指すわけだし。角道が開いてないから先に3二銀としましょ。3二銀。

 それに対して歩美先輩は5六歩と突いてきた。まだ角道を開けない気? なんか意固地になってるわね。別に付き合う必要もないわ。こっちは普通に指しましょう。4四歩。

 歩美先輩は5八金右で、私は飛車を手にする。そして4二に……ん、待って。べつに四間飛車って縛りはないのよね……三間を見せときましょ。私は飛車を元の位置にもどし、4三銀と上がった。

 するとびっくりするような手が飛んできた。

 

挿絵(By みてみん)


 7……八……銀……?

 なにこれ? 自分から7六歩って突けなくしてる。どう見てもマイナスなんだけど。

 それとも私の知らない戦法? おじいちゃんには指されたことがない。

 猿渡さんみたいなB級戦法を採用したってことかしら? 分からない。

 と、とにかく方針を決めましょう。四間と三間を考えてたけど、歩美先輩が居玉だから中飛車で制圧が一番。5四歩。

「中飛車ね……」

 先輩は一旦2五歩と飛車先を伸ばす。さすがに読まれた。

 でもこの2五歩に3三角と上がれば、また狙いが読めなくなるはず。

 私は3三角と上がり、2二飛車を見せる。ただしこれはブラフ。私は振り飛車党だけど、向かい飛車はほとんど指さないから。あれは局面が硬直し易いのよね。おじいちゃんの変な棒金にいっつもやられちゃう。

 私がそんなことを考えていると、先輩はさらにびっくりする手を指してきた。


挿絵(By みてみん)


 ここで角引きッ!?

 驚愕する私は、自分が前のめりになっていることに気付き、背筋を伸ばした。

 ここは落ち着かないと……見たことないからって焦っちゃダメよ。深呼吸深呼吸。

 ……そっか、だんだん見えて来たわ。7六歩を開けなかったのも、7八銀と王様を囲わずに銀を上がったのも、全てはこの7九角のためだったんだ。

 どうしよう。2二飛車が第一感だけど、それは苦手な向かい飛車になっちゃうし、相手の狙いに嵌まってる気がするのよね。かと言って、放置は2四歩から角交換。同歩、同角に2二飛車は、3三角成で即死だわ。こっちの居玉が祟ってる。飛車を動かすまでは王様を6二に移動できない。

 ということは、2筋防御の定跡で3二金か。

「3二金」

 先輩は即座に5七角と上がった。この形はどうなの? 飛車が回る5筋に、もろ頭の丸い角が来てるんだけど……。まあ、5七角としなきゃ、玉が囲えないから仕方ないわよね。

 とりあえず5二飛、っと。

 私が飛車を展開すると、先輩は6八玉と上がった。


挿絵(By みてみん)


 ここで私の手が止まる。

 ……5五歩からいきなり開戦できない?

 まだ時間使ってないし、ちょっと読んでみましょ。

 5五歩に同歩の一手。同飛、2四歩、同歩、同角、同角、同飛。おっと、3五角が王手飛車ですよ、っと思ったけど、それは4六角の返しがあるのか。同角、同歩、2三歩、2八飛は……微妙に面白くないか。そこで5六歩と押さえても、6六角、5二飛、4五歩くらいでこっちが悪そうね。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 却下。

 4六角に同角じゃなくて2四角だと、同角、3三…。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 うん、これは悪くないわ。次の2八飛車が激痛でしょ。5五歩、同歩、同飛に2四歩の仕掛けは不成立ね。行っちゃいましょ。5五歩ッ!

「せっかちね」

 先輩は同歩としながらそう呟いた。むむ、なんですかそのプレッシャーは。

 えーい、無視無視。同飛っと。先輩は何を指してくるかな?

 ……ん、7九玉か。なるほどね。5六歩に6八角の引き場所を作りましたか。さすがに2四歩なんておかしな攻めはしてこない。でも、これで5筋は制圧できそう。

 問題は、5六歩を指すかどうかね。5六歩、6八角で、5六の拠点をそのまま守り切れるかどうかだけど……うーん、それはさすがにここからじゃ読めないわ。ただ、伸び過ぎた歩はほとんどの場合取られちゃうし、1歩持っといた方が得でしょう。

 私はそう判断して、6二玉と上がった。5筋は解放したままで、玉を囲う。歩美先輩もそのまま8八玉と入城した。7二玉、3六歩、8二玉、9六歩、9四歩。

 私が次の手を考えていると、歩美先輩は6六歩と伸ばす。


挿絵(By みてみん)


 このままだと、6七金〜5六歩で奪還されちゃうわね。それは面白くない。ここで5六歩と押さえちゃいましょうか。4六角なら5一飛、6七金、4五歩、3七角に4四銀と繰り出して、7六歩、5五銀、7七銀、7二銀、7八金。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これも一局だけど、こっちの狙いがイマイチよく分からないわね。矢倉が堅いわ。どうも5六を確保し続けるのは無理みたい。欲張らないで、一歩得を目指しますか。

 7二銀と組んで……むむ、6七金ですか。さっきからノータイム指しじゃない。私を舐めてるわね。どこかで隙を見せてくれるといいんだけど。5一飛車。

 私が飛車を目一杯引くと、歩美先輩はまたまた数秒で7六歩。私は6四歩と突き、角道を開ける準備をした。先輩は悠々と7七桂馬。あ、矢倉じゃないんだ……。だったらすぐに角道を開けましょう。4五歩。

 次の先輩の指し手は私の予想通りだった。3七桂。そのまま4五に跳ねられては堪らないので、私は4四銀と位を確保する。次に5五銀と出られればこっちの勝ち。だから5六歩と守るしかないと思う。

「……」

 ん? 指さないんですか? いきなり長考に入ったわね。

 先輩困ってる? 中飛車使いとしても、この形は悪い気がしないもの。

 後は左桂を使う手段さえ思いつけばいい。


 1分……2分……3分……


 ちらりと見上げると、もの凄く真剣な表情で盤面を見つめている歩美先輩の顔があった。私はすぐに視線を逸らす。盤面に集中しましょう。

 とりあえず5六歩と仮定して……5五歩とムリヤリこじ開ける。同歩、同銀、4五桂、4二角、2四歩、同歩、同角、同角、同飛、2三歩、2八飛が一例かしら?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 ここからどうするの? 4四歩の桂馬殺しは……5二歩? 同金なら5六歩で私の銀が死んじゃうし、同飛なら2二歩、同金、4一角、4五歩、2三角成、同金、同飛成……。ああ分かんない。駒割りが角桂と金交換だから、圧倒的にこっちがいいと思うんだけど、先手は次に桂馬と香車を拾う手がある。

 私が苦悶していると、歩美先輩は全然別の方向に手を伸ばした。これは──

 

挿絵(By みてみん)


 2四歩ッ!?

 もう攻めるんだ。危なくないのかしら。こっちは3二金がいるから、簡単に2筋を突破できる形じゃないんだけど……まあいいわ。同歩の一手。

 私がチェスクロを押すと、先輩は駒台の歩を摘み、5六にパシリと打ち付けた。闘志のこもった音が部室に木霊する。なかなかいい音出すじゃない。

 と、感心してる場合じゃないわね。この手順、さっきのをちょっと改良しただけね。似たような展開になるはず。5五歩、同歩、同銀、4五桂、4二角、2四角、同角、同飛、2三歩、2八飛。

 あれ? 全部一緒? そこで4四歩と打てば駒得だったような。

 私は首を捻る。相手は歩美先輩だし、あれだけ考えて見落としは……ん、そっか。4四歩に5二歩、同飛、5三歩、5一飛、3七角だわッ! 5四歩、5二歩成、同飛、5六歩がぴったり足りてる。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 4五歩、5五歩、同歩は4一銀……こ、これはさすがに戦えない。かと言って、5二歩成に同金じゃ、形が悪過ぎてどうしようもない。

 4四歩と桂馬を取るのが悪手なんだわ。素直に5六銀と出ましょう。同金、同飛……6七銀打と手堅く守るか、それとも5七歩で済ませるか。まず5六銀打ね。5一飛車と引くか、3六飛と歩を補充するか。3六飛、4一角、2二金、2三角成、同金、同飛成は一見先手順調ね。2一龍とすれば駒損も解消されるし……。ただ4六歩が厳しいかしら? 同歩なら4七歩と叩いて、5七銀、3七飛成、2一龍、4八歩成、6八銀。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 先手の陣形、かなり堅いわね。これはちょっと勝てる気がしない。却下。

 6七銀打に3六歩じゃなくて5一飛車だと? ……3五歩、6三角、4六歩、4七歩、同銀、3七金。これはこっちの勝ちね。6三角に5二歩、同飛、5三歩、5一飛、4四角、2二金打、同角成、同金、5二金、同金、同歩成、同飛、5三金……うーん、ムリヤリ過ぎるけど、攻めが止まらないかも。

 あ、そうだッ! 5一飛、3五歩なら、5五角と打てばいいんだわ。4六角と合わせられても、同角、同歩、4七歩で、やっぱり3七金の筋が残ってる。5九銀と無理に逃げたら、3七角、5八飛、5七金、同飛、同飛成……ん、5六金があるか。龍が死んじゃってるけど……5九龍、同金、同角成?

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これで……金得か。5六金は守りに効いてないし、こっちが勝勢まであるわ。ということは変に3六飛車とするよりも、5一飛車と素直に引く方がいいみたい。

 んん、ちょっと待った。5一飛車に3五歩が勝手読みかも。6七銀打と手堅く受けたんだから、次は5六歩よね。そこで……3五歩? 同歩なら3六歩、3四歩、1五角と歩成りを見せて……おっと、先手困ってる? 次の3七歩成が受から……る? 例えば4四角、3七歩成に2五飛と浮く手があるわね。1四歩、同飛、同歩、3七銀か……。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 うむむ……これは難しいとしか言いようがない。3九飛車と下ろしても、3三歩成から同桂、同桂成、同金、3三角成、3七龍。その時点で駒割りは五分。だけど次に5一馬と切って同金に5五角がうるさそう。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 私は一息吐き、チェスクロを見た。……あッ! もう5分以上考えてるじゃないッ! 少し読みを省略しないと……えーと、6七銀打は形勢不明ってことで結論付けましょう。6七銀打〜5六歩で互角なら、単に5七歩は受からないと予想するわ。これで解決。

 ……かな? 全部読んでたら30分じゃ全然足りないし。さて、少し局面を戻して、もう一通りくらいで読みを打ち切らないと……。

 私は盤面を睨む。角交換からはかなり激しい戦いになることが分かった。だけど、こっちは左桂が攻撃に参加してくれないから、どうしても堅さ負けしちゃうみたい。

 左桂を使う方法……左桂を使う方法……。

 あッ! 思いついたッ! この局面で4二角ッ!

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これで2四角なら、交換を拒否して3三桂ッ! 6八角、2三歩。これで次に5五歩の合わせを狙えるわ。今度は3三に桂馬がいるから、5五歩、同銀に4五桂と跳ねられない。先手が5七銀と悠長に囲ったら、2一飛〜2四歩〜2五歩で制圧できる。

 オッケー、これにしましょ。我ながら名構想だわ。

 私は自画自賛しながら、4二角と引いた。

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