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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第3局 初めての大会編(2013年5月12日日曜)
16/295

14手目 観戦する少女

「あー、食った食った。ごちそうさん」

 冴島(さえじま)先輩はお腹をポンポンしながら、メックを出た。

 甘田(かんだ)さんはお財布をしまいながら、ぶつぶつと文句を垂れた。

「はあ、信じられないね……ほんとにおごらせてるし……」

 傍から見ると険悪な雰囲気。だけど、甘田さんはおごる約束をしてないんだから、断れば済む話。それを払ってるってことは、最初からおごる気だったんでしょうね。

 うーむ、このふたりの仲、謎。

「おっし、オレはもう帰るぜ」

「あれれ、もう帰っちゃうの? せっかく市民会館まで来たのに?」

 冴島(さえじま)先輩は甘田さんの肩を叩いた。

「わりィな。今月は応援部で忙しいんだ。今日くらいゆっくりしてえんだよ」

「そっか……」

 甘田さん、すこし残念そう。もしかしてこの後、遊ぶつもりだったのかな。

「ほんじゃ、また今度な」

「ばいばーい」

 甘田さんの挨拶に手を振って、冴島先輩はバス停の方へ向かった。

 あの人、ここから結構遠いみたいなのよね。市の端っこに住んでるみたい。

 冴島先輩の姿が見えなくなったところで、私は今後の予定について考えた。

 部長と数江先輩は、先に会場へもどっちゃったのよね。

 私も行ったほうがいいのかしら? 元体育会の感覚だと、多分そう。

 私が思案していると、鞘谷さんが声をかけてきた。

「まだ2回戦の途中だし、見て行かない?」

「2回戦? ……まだ試合してるの?」

「女子は2校しかないからいきなり決勝だけど、他の高校はこれからが本番よ。今日中に3回戦までやるんだし」

 ええッ? そんなにやるの? 30分60秒を1日3局かぁ。

 そう言えば、メックにいた人たちもやたら早食いだった。道理でね。

「でも、なんで男女別なの? ほとんどの高校って共学じゃない?」

 私が尋ねると、鞘谷さんはちょっと困ったような顔をした。

 横溝(よこみぞ)さんが代わりに答えた。

「なんかいろいろあって男女別に分かれた……って聞いた……」

「いろいろ?」

「もともと駒桜市の高校大会は、男女混合方式だったの……でも県大会が男女別だから、男女別に市代表を決めないといけなくなって……それで……」

 へえ、そういう歴史があるんだ。陸上も男女別でやってるし、普通といえば普通か。

「女子チームが2校しかないのは?」

 こんどは甘田さんがしゃしゃり出て来た。

「そりゃ簡単な話。女子の将棋人口が少ないからだよ。昔は升風(ますかぜ)にも女子チームがあったんだけど、今はなくなってるね」

 たしかに、5人制だと集めるのもたいへんそう。うちだってほとんどギリギリの人数だもの。

 とりま、会場へもどりましょ。

 直帰すると、行方不明扱いになっちゃうかもしれないしね。

 

  ○

   。

    .


 市民会館は、あいかわらずの盛況だった。

 2回戦も始まっているらしく、対局音が聞こえた。

 学生の群れ……に混じって、私服のおじさんもいるわね。顧問?

「あそこの人、学校の先生?」

 私はちょっと小太りなおじさんを指差して尋ねた。

 鞘谷さんは目標をサーチして、なんだと言った顔をした。

「あ、違う違う。一般の見物客よ」

「見物客?」

「そ、どこの大会でも、見に来る人はいるんだよ。他人の将棋を見るのが好きなタイプ」

 社会人の八千代(やちよ)さんタイプかぁ。

 未だにその心境が分かんないのよね。まあ趣味の問題だからいいんだけど。

 鞘谷さんは会場をぐるりと見まわして、

「どれから見る? やっぱり千駄(せんだ)さん?」

 とたずねてきた。

 せんだ? 誰それ?

「どの人?」

「んー、野次馬に隠れてて見えないわね。千駄さんは駒桜高校将棋連盟の会長よ。しかも升風の部長兼生徒会長」

 高校生のくせに肩書き多過ぎ。将来、過労で死ぬわよ。

「ようするに、すっごい真面目くんってわけね」

 私が総括すると、鞘谷さんはチッチと指を横に振った。

「そんな肩書きは正直どうでもいいの。重要なのは将棋よ、将棋」

 最初からそれを言ってくださいなッ!

 会長云々のくだり、完全にいらなかったでしょ。

「どれくらい強いの?」

「去年の新人王で、駒桜名人戦ベスト4の強豪」

 ん? なんか私の記憶に引っかかるものがある。

 去年の新人王ってことは2年生でしょ。だから……姫野(ひめの)さんと同学年だッ!

「え、じゃあ決勝で姫野さんが負けた相手って、もしかして……」

「決勝は千駄ー姫野の千駄勝ち。去年卒業した先輩曰く、3年に1度の好局だったらしいわ」

 3年に1度ってのがなんかいやらしいわね。リアルっぽくて。

 まあ鞘谷さんがそれだけ言うなら、その対局を観てもいいかな。

 もしかすると姫野先輩退治のコツがつかめるかもしれない。

 ところが、私たちが近づいてみても、全然スペースがなかった。

 横溝さんは、

「それより1年生をチェックしたほうがいいんじゃないかな……」

 と提案した。

 鞘谷さんもうなずいた。

「そうね。新人戦も近いし、ライバルの偵察でもしますか」

「うん……今日は比較的1年生が顔出ししてるし……」

 新人戦? ……1年生だけの試合ね。確か……うーん……6月だった?

「みんな新人戦出るの?」

 私が尋ねると、鞘谷さんは「もちろん」と答えた。

「裏見さんは出ないの? ……そんなわけないわよね?」

「いや、まだ決めてないんだけど……」

「出た方が得よ。今年はチャンスだし」

「チャンス……? なんの?」

「もう、優勝に決まってるでしょ、とぼけちゃって」

 とぼけてないんだけどなぁ。そもそも優勝のチャンスってなに?

 私はちょっと推理した。

「……今年は層が薄いとか?」

 鞘谷さんは大きくうなずいた。

「私たちの世代で1番強い男子が、市外の高校に行っちゃったの。だから狙い目」

 トップが抜けただけで勝てると思うのは、ちょっと甘いんじゃない?

 2番手、3番手もいるわけだし。鞘谷さんが何番手かは知らないけど。

 ところが、横溝さんも鞘谷さんと同じ意見のようだった。

「しかも2番目の男子は、将棋部に入ってないらしいから……松平(まつだいら)くんって知らない……?」

 知らんっちゅーねん。

駒桜(こまざくら)に入学したって聞いたんだけど……」

「え?」

 ってことは、同学年? ……私のクラスじゃないわね。

 松平っていう苗字の男子はいない。

 私が「知らない」と答えると、ふたりとも半信半疑のようだった。

 なんで疑うんですか。心外ですよ。

「それじゃ、順番に1年生をチェックしていこっか」

「でもどうやって? 鞘谷さん、全員の顔覚えてるの?」

 私がそう尋ねると、鞘谷さんは振り返って肩をすくめた。

「簡単よ、大将席のオーダー表に学年が載ってるから、それを確認すればいいだけ」

 ああ、なんだ、そんな方法があるんだ。ほんと簡単ね。

 私たちは移動を始めた。まずは手近なテーブルから……私はオーダー表を覗き込む。

 天堂(てんどう)清心(せいしん)──ん? 天堂が出てるの?

 天堂は地元の不良高校で有名なところだ。

 名前を書いたら合格するとかいう噂がある。

 そこに将棋部があるというイメージがなかった。偏見かしら。

 清心はカトリック系の私学だ。マジメな生徒が多い印象。

 1年生は天堂に1人、清心に2人……あ、天堂の方は大将だわ。私は盤面を見た。


挿絵(By みてみん)


 ふえ? 後手が天堂の1年生だけど……なんですかコレは? もう敗勢な気が。

 私が目を白黒させていると、鞘谷さんたちは奥の方へ行ってしまった。私も後を追う。

 私は対局の邪魔にならないように、できるだけ小声で、

「さっきのなに?」

 とたずねた。

 鞘谷さんがふりむく。

「さっきのって?」

「大将戦」

 ああそのことかと、鞘谷さんは軽くうなずいた。

「あれは当て馬よ」

「あてうま?」

 馬がどうしたの? 競馬用語?

 鞘谷さんもいい加減に私の知識量を把握し始めたのか、すぐに説明をくわえた。

「当て馬って言うのは、強い人に弱い人を当ててオーダーをずらすこと」

 オーダーをずらす……ああ、分かった。八千代先輩が説明してたもんね。多分、清心の大将がメチャクチャ強いから、弱い人を当てて他で星を稼ぐ作戦なんだ。さっきの1年生は、そのための生け贄ってわけか。可哀想に。

「あの手付きだと、ルールを知ってる初心者を狩り出したんでしょ」

「……そんなのアリ?」

「参加条件に棋力は関係ないから」

 ……それもそうか。だったら、さっきの1年生はノーマークね。

 団体戦に狩り出された人なら、個人戦には出て来ないでしょうし、出て来たとしても楽勝よ。

 さてさて、お次は清心の1年だけど……確か、四将と五将だったわね。

 四将は、と──


挿絵(By みてみん)


 んー、横歩か。横歩はさっぱり分かりません。

 次に移ろうとすると、鞘谷さんは真剣な表情で盤面を見つめていた。

 ……ははん、鞘谷さんは横歩を指すわけだ。彼とはライバルってわけね。

 数江先輩戦も居飛車穴熊だったから、鞘谷さんは居飛車党でほぼ確定。これは貴重な情報。

 それじゃ、次行きましょ、次。


挿絵(By みてみん)


 後手が清心の1年よね……ふむ、私でもこうなりそうな形だ。

 相振りなら受けて立つわよ。相手が男子だろうが、逃げも隠れもしないんだから。

 っと、鞘谷さんと横溝さんもこちらに移動してきた。

 横溝さんは五将の将棋に興味津々のようす。

「相振りか……」

 ……横溝さんは振り飛車党っぽい?

 私と横溝さんが当たると、相振りになる可能性が高いかも。

 後で部長に訊いてみましょ。

 鞘谷さんたちは少しだけテーブルを離れた。作戦会議かなにか? 私も後を追う。

 壁際に寄ったところで、鞘谷さんが口をひらいた。

「さっきの四将と五将、中学のときに見たことあるわね……」

「え、指したの?」

「じかに指したことはないわ。中学のときは男女で指す機会がなかったから」

「ふーん……で、強いの?」

 鞘谷さんは「うーん」とうなり、評価をひかえた。ってことは、そうでもないんでしょうね。入賞するくらい強かったら、鞘谷さんたちも覚えているだろう。

 だけど私の立ち位置が分からないから、比較のしようがないのよね。ここだとどのくらいの順位なんだろう。下の方ってことはないと思う。さっきの当て馬を見る限り、下はほとんど初心者に近いようだ。

 いや、でも、あの男子だけ極端に弱かった可能性はあるか。

 ここは恥を忍んで──

「ねえ、ちょっと質問していい? 私って、ここだとどのくらい強い?」

 鞘谷さんと横溝さんは、お互いに顔を見合わせた。

 うぅ、これは緊張する。下の中くらいなんて言われた日には、立ち直れないんだけど。

 ふたりはこちらへ顔をもどす。

 横溝さんは、

「裏見さんとは指してないから分かんない……」

 と答えた。なんとも無難な回答。

 鞘谷さんは、

「裏見さんって、ほんとに同世代の誰とも指したことないの?」

 と確認してきた。

「ほんとよ、私が指したことある人数は多分……両手の指で数えられるくらいかな」

 私の返事に、鞘谷さんと横溝さんはなんとも微妙な顔をした。

 むむッ、ライバルオーラが漂ってる。敵と認識されましたか。

 だけどそれも束の間、鞘谷さんはすぐに笑顔を浮かべた。

「そっか、じゃあ今後は長い付き合いになりそうね。後でMINE交換しましょう」

 ああ、この青春してるって感じ──と、このへんでお手洗い。

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