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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第3局 初めての大会編(2013年5月12日日曜)
12/295

10手目 集合する少女

 日曜日。駒桜(こまざくら)市民会館に集う少年少女の群れ。

 ちょっと異様な光景だけど、会場には長机と将棋盤が並べられている。全部大会用のはずなのに、結構な数の生徒が勝手に対局を始めていた。楽しげに駒を動かす人から、本番みたいに真剣な顔をして指してる人まで、いろいろいる。

 それにしても将棋部員って、駒桜市だけでこんなにいるんだ。意外。

香子(きょうこ)ちゃん、おっはー」

 熱気に包まれた空気の向こうから、のほほんとした挨拶が聞こえた。

 数江(かずえ)先輩だ。

「ずいぶん早く来たんだね」

 えっと、集合時間はもう過ぎてると思うんですが。

 私は時計を確認する。10時3分。昨日のメールには、10時集合って書いてあったような気が。それとも遅刻しないように、私だけ早めの時間を指定されたとか?

「先輩たちは10時集合じゃないんですか?」

「え、そうだけど?」

「じゃあなんで他の人はだれも……」

 なんだそんなことかと、先輩は手を左右に振って見せる。

「うちの将棋部に時間を守る人なんていないから」

 なんじゃそりゃーッ!? ど、どんだけ適当なのよ。

 そう言われてみれば、団体戦の開始時刻は10時半のはずなのに、だれもなにも準備してないわね。運営らしきメンバーは前でダベってるし、どういうことなの。中学のときに在籍していた陸上部では、遅刻するとばっちり叱られていた。

 私が混乱していると、今度は志保(しほ)部長の姿が見えた。

 プリントみたいなものを持って、こちらに手をふってくる。

裏見(うらみ)さん、木原(きはら)さん、おはようございまーす」

「部長、おっはー」

 うむむ……メチャクチャ気合いを入れて来たのに。

 これじゃあピクニックに行くみたい。拍子抜けしちゃう。

 一方、部長は入り口のほうに目をやって、

「あ、冴島(さえじま)さんも来ましたね」

 と言った。

 さてさて、冴島(さえじま)先生の勇姿を拝見、っと……ん?

「お、おっす……」

 恥ずかしそうに挨拶する冴島先輩……よね?

 しばらく先輩の制服姿を眺めたあと、私は口元に手を当てた。

 ぶッ……ぶはははッ!

「こらーッ! 裏見、笑うんじゃねーッ!」

「わ、笑ってないですよ……くくッ……」

「どう見ても笑ってるだろうがッ!」

 だ、だって、女子の制服が全然似合ってないんだもん。

 男子が女装してるようにしか見えない。

 そっぽを向いてしまった冴島先輩をよそに、部長が口をひらく。

「オーダー表は私が書いて提出しときますから、集合の合図まで待機してください」

 私は「主将はどこにいるんですか?」とたずねた。

 歩美(あゆみ)先輩の姿がない。まさか寝坊?

 私がいぶかしがっていると、数江先輩は、

「歩美ちゃんはトイレだよ」

 と教えてくれた。

「トイレ……?」

 緊張によるアレですか……って、んなわけないわね。

 あの人、全校集会で前に立たされても平然としてそうなタイプだし。

 しばらくして、歩美先輩はトイレから出て来た。

 ……す、凄いオーラを感じるッ! 闘気が見えそうなレベル!

「おはよう、みんなそろったわね」

 私たちはだまってうなずき返す。部長を始め、他の面子も緊張してきたみたい。

 そりゃそうよね。歩美先輩、命懸けてそうな顔してるし……怖い。

「オーダー提出はもう済んだの?」

「す、すぐにします」

 上級生なのに、部長はおろおろと筆記用具を取りに行った。私はその背中を見送ったあと、歩美先輩に向きなおった。その拍子に、先輩と目が合った。蛇に睨まれた蛙みたいになってしまう。

「香子ちゃん、ひとつ忠告があるわ」

 忠告? 対局直前に?

 負けたらしばきあげるぞ、とかじゃないでしょうね。パワハラ禁止。

「な、なんでしょうか……」

「あそこ、藤女(ふじじょ)のテーブルを見て」

 歩美先輩が指差した方向へ、私は視線をむけた。

 セーラー服を着た一団が、会場の隅っこのテーブルを占拠していた。

 あッ! 姫野さんもいるッ! 私が釘付けになっていると、歩美先輩は先を続けた。

「さっちゃんの隣に座ってる眼鏡の女、見える?」

 さっちゃん? 眼鏡の女? ……ああ、はいはい。なんかThe生徒会長みたいな人がいますね。分厚い本を持って、凄く真面目な顔をしてる。受験勉強かしら?

「み、見えます」

「彼女は猿渡(さわたり)哲子(てつこ)。藤女の生徒会長で将棋部の部長よ」

 ほ、ほんとに生徒会長なんだ。人は見た目に寄るものね。

「もし彼女に当たったら、絶対に相手の戦法を受けちゃ駄目よ。いい?」

「はい?」

 意味が分からない。戦法を受けちゃダメって、どういうこと?

 回避できない場合もあると思うんだけど。

「それって、どういう意味ですか?」

「彼女はB級戦法使いなの」

 B級戦法? また分からない用語が出て来た。B級グルメなら知ってる。

 解説してくださいな。

「B級戦法って言うのは、普通の人が使わない変わった戦法の総称」

 うーん、変わった戦法の総称って言われても……戦法の名前自体知らないから、どれがどれやら分からないんだけど……。

「この前の……えーと、パックマンもそうですか?」

「そう。他にもポンポン桂、ヒラメ、アヒル、一間飛車……数え上げたらきりがないわ」

 その時点で全く意味不明です。鳥や魚の名前がついてるとか。

「そんなにたくさんあったら、対応のしようがないんですけど……」

「B級戦法対策の基本は、『見たことのない手を指されたら、無視して見たことのある形に持って行く』こと。例えばパックマンなら、7六歩、4四歩に2六歩。そうすれば相手はそのうち3四歩と突かなきゃならないわ。これで普通の振り飛車になるの」

 ……なるほどね。パックマンは4四歩を同角とするから、4二飛車とできる。それを無視されたらお手上げってわけか。

 私が納得していると、会場の奥から大声が聞こえた。

「そろそろ始めまーすッ! 各校は席についてくださいッ!」

 時計を見ると10時39分。全然定刻通りじゃない。

「じゃ、行くわよ。私たちの席はBー7だから」

 主将を先頭に移動すると、Bー7には既に部長の姿があった。長机を2つ並べて、5人が一列に座れるようになっている。だけど着席しているのは、部長とあの猿渡という人だけ。ふたりは向かい合って、例のオーダー表をひらいていた。

「オーダー交換を始めてくださいッ!」

 運営男子の声に合わせて、各所で一斉に名前の呼び上げが始まる。

 志保部長と猿渡さんも、交互に席順を発表し合う。

駒桜(こまざくら)高校、大将は2年生の駒込(こまごめ)です」

藤花(ふじはな)女学園、大将2年、姫野です」

 おおっとざわめきが起こる。

 志保部長が眉間に皺を寄せたのを、私は見逃さなかった。

「副将、2年、木原です」

「副将、1年、鞘谷(さやたに)です」

「三将、1年、裏見です」

 そこで、やり取りが一瞬途切れた。猿渡さんは、ちらりと私に視線を向けた。

 これってもしかして……。

「三将、3年、猿渡です」

 だーッ! やっぱりフラグになってるじゃないですかッ!

 私が頭をかかえているあいだも、オーダー交換は続く。

「四将、3年、大川です」

「四将、1年、横溝(よこみぞ)です」

「五将、2年、冴島です」

「五将、2年、甘田(かんだ)です」

 オーダー交換が終わった。周囲に集まっていた野次馬は、それをメモに取ったり、知り合いと話し込んだりしている。部員たちの反応も様々だった。

 うしろにひかえていた八千代(やちよ)先輩は、

「ほら、やっぱり姫野さんが大将じゃないですか。だからあのとき……」

 ぶつぶつと文句を垂れていた。

 まあまあ、おちついて。というか八千代先輩、来てたんだ。

「八千代先輩、おはようございます……出場はしないんですよね?」

「指す指さないに関係なく、こういう大会は全員参加です。他の学校も、部員総出で来てますしね」

 そ、そうなんだ……時間にルーズかと思いきや、変なとこで真面目。

 どうりで会場がぱんぱんなわけだわ。

「でも、将棋で応援なんて……」

「応援だけじゃありません。どの学校がどういうメンバーで戦っているかとか、誰がどういう将棋を指しているかとか、そういうこともチェックするんです」

 そこまでしますか、普通? ……で、でも確かに、他の学校のオーダー表をチェックしてる人が何人かいるわね。八千代先輩もノートとペンを持ってるし。

 だんだん会場の熱気が上がってきてる。座って準備してる人も出始めた。

 私もそろそろ席につこうかしら。そう思って片足を宙に浮かせたとき、どこからともなく舌打ちが聞こえてきた。

「チッ、こりゃまずいぜ」

 ふりむくと、冴島先輩が頭をぼりぼり掻きながら、眉間に皺を寄せていた。

「先輩、忘れ物ですか?」

 先輩は周囲を確認し、私の耳元に口を寄せる。

「オーダーが最悪だ……」

「最悪?」

「当たりが悪過ぎる……」

 私はもう一度、オーダー表を確認する。

 

 大将 駒込 姫野

 副将 木原 鞘谷

 三将 裏見 猿渡

 四将 大川 横溝

 五将 冴島 甘田


「これが最悪なんですか?」

 私がたずねかえすと、冴島先輩はくちびるに指を添えて「しーッ」と注意した。

 私は声を落とす。

「どのへんが最悪なんですか?」

「うちに勝ち目が全然ねえ……」

 ……はあ? いきなり降参モードですか?

 私が反論しかけたところで、いきなり女の明るい声がした。

「いよッ、まどかちゃん、お久しぶりッ!」

 小柄な少女がにたにた笑いながら、こちらに向かって歩いて来た。

 それを見た冴島先輩は、聞こえない程度に軽く舌打ちをした。

「甘田ぁ、てめえとはこの前、マックで会ったばっかだろうが」

「1週間も前のことでしょ? 昔は毎日顔合わせてたのにねえ」

「当たり前だろうがッ! 同じ学校だったんだからなッ!」

 むぅ、この軽口の叩き合い……相当なマブだちと見た。

 学校が一緒ってのは、中学校の意味かしら?

 冴島先輩、一見イライラしてるように見えるけど、内心はそうでもなさそう。

「まどかちゃん、今日はお手柔らかにね」

「うっせー、てめえの方が勝ち越してんだろうが」

「いやいや、いっつも際どいからさ」

「際どいのはてめえのおつむだ」

 横目で観察していると、甘田さんは私の視線に気付いたらしい。動物園の猿を見るかのような目で、私に話し掛けてくる。

「この人が裏見さん?」

「は、はい……そうですけど……」

「姫野から聞いてるよ、()()()()()()んだってね?」

 甘田さんはニヤニヤしながら、私を肘で小突いてきた。

 初対面でいきなりお友だちモード……このタイプすっごい苦手……。

「この試合が終わったら、みんなでお昼食べに行かない? ね? ね?」

 う、うわぁ……私は助けを求めて、冴島先輩をチラ見する。

 先輩は両腕を組んで目をつむり、そして一言。

「そうだな……たまにはいいか……」

 私は遠慮させていただきます。

「それでは大会を始めますッ! 選手は席についてくださいッ!」

 その声を合図に私語がやみ、椅子を引く音が会場に木霊した。私も5列中央の椅子を引いて、そこに腰を下ろした。正面には猿渡さんが座っている。

 ん、なんか持ってるわね……さっき読んでた本だ。カバーが掛かっててなにか分からないけど……多分、参考書かなにか……なんで鞄に仕舞わないの?

 私がいぶかしがっていると、ふたたび司会の声がした。

「では振り駒を始めてくださいッ!」

 そうそう、まずは振り駒を──私が盤面に指を伸ばすと、隣に座っていた部長が、

「振り駒は大将だけです」

 と注意してきた。

 へ? 大将だけ? ……どういうこと?

 混乱する私に、部長は小声で説明した。

「大将が先手なら、三将と五将が先手です。後手の場合は逆です」

 ……あ、分かった。1ー3ー5が同じ手番になるのね。

 私は大将席へと視線を伸ばす。姫野さんが歩をひろい、手の中でかき混ぜていた。

 奇麗な指先から、歩が5枚宙に舞う。ぱらぱらと盤上に散らばる駒。

 ……表か裏か見えないんだけど。

「藤花、奇数先です」

「駒桜、偶数先」

 え、え、え? なにそれ? 先手? 後手?

 私は腰を上げて、歩の枚数を確認しようとした。

 部長はそれを引き止めた。

「裏見さんは後手です」

 そ、そうなんだ……私は腰を下ろす。

 どういう理屈か分からないけど、とにかく落ち着こう。深呼吸、深呼吸。

 うッ、猿渡さんにめっちゃ見られてる。素人と勘違いされたかも。

「……」

 凄い……さっきまで騒がしかった会場が静まり返ってる。

 まるで受験会場みたいな緊張感。手に汗が浮く。

 時計の音。微かな息。時折聞こえる咳払い。

 奥で時計を見ている司会が、ふいに大きくうなずいた。

「それでは対局を始めてくださいッ!」

 よろしくお願いしますの大合唱。私も頭をさげ、チェスクロのボタンを押した。

 猿渡さんは真っ直ぐ盤を見つめ、しばし黙考する。

 B級戦法使いか……いったいどんな手を……?

 猿渡さんが指した手は……7六歩。普通の手だった。

 私は10秒ほど考え、3四歩と突いた。もしかして歩美先輩、私を脅かしただけ? それとも姫野さんから私の噂を聞いて、B級戦法じゃ勝てないと思ったとか?

 後者なら悪い気はしないわね。私がそんなことを考えていると、猿渡さんは8筋に指を伸ばした。いきなり角交換? あれ、指が角を通り過ぎて──

「え?」

【将棋用語解説】


・奇数先

 奇数番の選手が先手になること。5人制の場合は1ー3ー5が先手。

・偶数先

 偶数番の選手が先手になること。5人制の場合は2ー4が先手。

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