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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第3局 初めての大会編(2013年5月12日日曜)
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9手目 入部する少女

 翌日、将棋部の部室で喫茶店の一件を話した。

 あのひとがだれか知りたかったからだ。

 私の話を聞いた志保部長は、メガネがずり落ちた。

「姫野咲耶さんと指したんですか……?」

 いや、そんなに驚かれましても。

 私が恐縮していると、部長は、

「と、ということは、こちらの作戦がバレたっぽいですね」

 とつぶやいた。

 ん? 作戦?

 一方、歩美先輩は私からの伝言を聞いて、

「姫ちゃん、そんなに私と指したいんだ……」

 と、なんだか嬉しそう。危ない関係だと嫌だから、この人は放置しときましょう。私が部室へ戻って来たのは、姫野さんの情報を得るためなんだから。

 私は先を続ける。

「姫野さんは、どういう人なんですか?」

 これには冴島先輩が答えてくれた。

「一言で言うと、ヤクザだな」

 すっごい表現。

「ヤクザ……?」

「どんな無理攻めも腕力で押し通す棋風。それに名前の咲耶とかけてヤクザだ。藤女の女ヤクザが、あいつのニックネームさ」

 ニックネームっていうか、悪口だと思うんですけど。

 でもその渾名、確かに的を射てる。駒損を恐れない超攻撃的なタイプ。攻めるのは私も好きだけど、あそこまで酷くない。

「強いんですか?」

 私が尋ねると、冴島先輩はフッと息を漏らす。

「指したんだろ? ……だったら説明の必要はねえよな」

 うぅ、やっぱりそうなんだ……でも、どのくらい?

 冴島先輩より強いのは分かるけど……おじいちゃんとしか指さないから、基準があんまりないのよね。

 私が中途半端な顔をしていると、うしろから三つ編みメガネの少女があらわれた。

「姫野咲耶。17歳。藤花女学園2年生。公式戦での戦績は、中学個人戦女子の部優勝5回、高校新人戦凖優勝、同個人戦女子の部で優勝3回の強豪です」

 凄いッ! しかも意味がよく分からないッ!

 っていうか誰?

 私が困惑していると、冴島先輩は、

「さすがだな、傍目。歩く将棋データベースだけのことはあるぜ」

 と言った。どうやらハタメというひとらしい。タイピンからして2年生だ。

 でも、さっきのデータじゃ意味が分からない。解説求む。

 私の心境を読み取ったかのように、ハタメ先輩は先を続けた。

「裏見さんは、姫野さんのことをご存知ないんですか? 駒桜市では、かなり有名な人ですけど……女流最強ですからね」

 最強。その言葉に、私のアンテナが引っかかる。

「わ、私はおじいちゃん以外とは、ほとんど指さないんです。だから……」

「なるほど、そういうことですか。では少し説明しましょう」

 そう言うと、ハタメ先輩はホワイトボードに向かい、ペンを持つ。

 こ、ここまで本格的にしてもらわなくてもいいんだけど……まあいい。授業よりはマシだし、おとなしく聴くとしましょう。

「まず、将棋を指す人々の集合を、【将棋界】と言います。将棋界は大きく分けて、2つのグループに分かれます。ひとつは【プロ】、もうひとつは【アマ】です」

 ハタメ先輩は、将棋界という文字から2つ線を引き、プロ・アマを分ける。

 これは私も知ってるわ。おじいちゃんの持ってる本にそう書いてあったから。

「プロには2種類あります。ひとつは、『日本将棋連盟が運営する奨励会を抜けて4段になった棋士』のことです。将棋界の最強集団と言ってよいでしょう。もうひとつ、【女流プロ】というものもあります。これは、女性が奨励会を抜けられないため、特別に設けられた枠です」

「え、女性は奨励会に入れないんですか?」

 私の質問に、ハタメ先輩はかぶりを振った。

「いいえ、入れます。実力的に4段になった人がいないのです。かつては林葉直子さん、矢内理絵子さん、碓井涼子さんなどが在籍していましたが、全員退会しています。現在最も4段に近いと言われているのは、里見香奈さんですが、彼女はまだ奨励会2段です」

 う、うーん、そうなんだ……女の人の方が弱い世界なんだ。

 ちょっとショック。

「プロは遥か雲の上の存在です。私たちは、いわゆるアマと呼ばれる集団になります。もちろん、セミプロ級のアマチュアもいますが、駒桜市にそこまでの人はいませんね。それはさておき……」

 ハタメ先輩は話を区切り、ホワイトボードになにかの表を写し始めた。

 マジックを動かしながら、説明を続ける。

「全国には大小合わせて100を超えるアマチュアの大会があり、駒桜市でも複数開催されています。私たちにとって重要なのは、中高で開催される春と秋の団体戦・個人戦です」

 そこはなんとなくわかる。

 私も中学のときは陸上部だったし。

 団体戦はリレーよね。個人戦は100メートル走とか、そんな感じ。

 大会が年に2回あるというのも、スポーツではよくある話だった。

 甲子園だって春と夏の大会がある。

 私が納得していると、ハタメ先輩はホワイトボードをペンでたたいた。

 そこには、姫野さんの戦績がずらりと並んでいた。

「中学3年間のうち、6回の個人戦で5回優勝したのが、姫野さんなのです」

 そ、それは凄いかも。

「その1回は、だれに負けたんですか?」

 私がたずねると、冴島先輩は、

「へへッ、そんときの優勝者なら、ほら、おまえの目の前にいるぜ」

 と言って、ちらりと歩美先輩を盗み見た。

「そんな昔の話をされると恥ずかしいわね」

 全然恥ずかしそうじゃない。むしろ誇らしげ。謙遜が下手過ぎる。

「はんッ、優勝が恥ずかしいってことはねえだろ。3年の春で歩美が勝ってなきゃ、ヤクザは中学グランドスラムだったんだ。それを止めたんだからな」

 確かにそうだ。もし3年生でも勝ってたら、全学年で春も秋も優勝。

 まさにグランドスラム。

 私、ちょっぴり井の中の蛙だったみたいね。姫野さんも歩美先輩も、同じ市に住んでたのに全然知らなかったし。反省。

「ってことは、いろんな大会に出れば、姫野さんと指せるわけですね?」

 私の一言に、ハタメ先輩はこくりとうなずき返した。

「はい、抽選次第で組み合わせができると思います」

「どうすればエントリーできるんですか? 高校生なら誰でもOKとか?」

「ここに書いてある通り、駒桜市高校将棋連盟所属の将棋部に入ることが要件です」

 え、それって、ここに入部しないといけないってこと?

 それは微妙に嫌なんだけど……私は歩美先輩にちらりと視線を向けた。あいかわらず嬉しそうな表情をしている。姫野さんの言づてが、そんなに気に入ったのかしら。

「部外者は絶対参加できないんですか?」

「できません」

「それって不公平じゃ?」

 私の抗議に対して、ハタメ先輩は首を左右に振った。

「不公平ではありません。将棋大会には運営費がかかります。運営費は、各校の将棋部の出資で成り立っているんです。ですから当然、出資者だけの参加になります。ボランティア活動ではないので」

 うぅ、そういうことか。それは納得せざるをえない。

 仕方ない……ここは腹をくくりましょう。

「じゃ、入ります」

 オォと言うざわめきが聞こえる。

「よっしゃ、そう来なくっちゃなッ! これで人数がそろったぜッ!」

「人数……? 人数制限があるんですか?」

 冴島先輩は後頭部で腕を組み、思いっきり椅子にもたれかかる。

「団体戦は1チーム5人なんだ。出場条件は3人以上だけどな。不戦敗2つでも全員勝てば3ー2だ。つっても、わざわざ不戦敗前提で望む奴はいないだろ?」

 ははーん、それで執拗に勧誘してたんだ。ようやく理由が……って、あれ?

「私が入らなくても、5人いますよね?」

 私は頭の中で名前を数え上げる。

 駒込歩美、冴島円、大川志保、木原数江、ハタメ。

 ほら、5人いるじゃない。

 私が指折り数え直していると、数江先輩が口をひらいた。

「八千代ちゃんは指さないんだよ。観る専ってやつ」

 みるせん? 観る専門ってこと? そ、そんな人いるの?

 私の顔色を読んだのか、数江先輩は言葉を継いだ。

「野球でも、バットを持ったことないのに観戦する人がいるよね。それと同じ」

 納得したような納得しないような。

 将棋を指さずに観るだけって、私の感覚からすると理解不能なんだけど。

「裏見が入んなきゃ、傍目をふん縛って連れてかなきゃならねえからよ」

 そう言って、冴島先輩はポキポキと指を鳴らした。

 この人が言うと洒落になってないなあ。ハタメ先輩も青くなってるし。

 話題を変えましょう。

「団体戦は5月になってますけど、具体的にいつなんですか?」

 私がそう尋ねると、冴島先輩は人差し指を立てて答える。

「ああ、それか……次の日曜日だ」

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