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こちら、駒桜高校将棋部  作者: 稲葉孝太郎
第15局 びっくり初詣編(2014年1月1日水曜)
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93手目 可愛らしい少女

 除夜の鐘を聞きながら、私はぼんやりとテレビを観ていた。

 はぁ〜、大晦日は、こたつでぬくぬくするに限るわ。

 お父さんとおじいちゃんは寄り合いに行っちゃったし、私はお留守番。お母さんはとおばあちゃんは、明日のお雑煮の準備中。私だけ何もすることが……。


 ヴィー ヴィー

 

 ん? この振動リズムは……私の携帯?

 どこのフライングメールかしら……まだ年は明けてないのに……。

 私はめんどくさそうに、もぞもぞとこたつから這い出して、携帯を取りに向かう。こんなことなら、ちゃんとそばに置いとけば良かったわ。

「……ふえ?」

 液晶を見た私は、ぽかんと口を開ける。

 し、知らないアドレスなんですが……名前が表示されてない……。

 迷惑メールかと思った私の視界に、タイトル部分が映った。

「……げッ! 松平(まつだいら)ッ!?」

 あいつ、どっからアドレスを聞き出したのよ。

 まったく、油断も隙もありゃしない……何々、『初詣行こうぜ(松平)』か……私は、タイトル部分だけ読み上げて、どうしようか迷った。うーん……正直、放置したいけど……。

 私は数秒ほど逡巡し、それからメールを開いた。

 

《裏見、いきなりメール悪いな。今から、つじーん、くららん、その他1年生で、駒桜神社に初詣行くんだが、来ないか? 集合場所は、鳥居の下。11時40分までに来いよ。じゃあ、待ってるぜ。剣之介》


 あのさあ……もう来ること確定みたいな扱いになってるじゃない……何で『来いよ』とか命令形になってるんですかね……もうちょっと他に言い方が……。

 私は携帯を放り投げようとして、少しばかり躊躇した。……要するに、1年生会よね、これって。私だけ行かないと、まずい気が……顔合わせの意味もあるし……。

 私は、連盟の役員交代を思い出す。千駄(せんだ)さんの話が正しいなら、今月の9日には、新体制に移行したはずだ。ということは、蔵持(くらもち)くんが会長で、サーヤが副会長(ふくかいちょう)田中(たなか)くんが会計か……。

 どうしよう、全員参加してたら。

 私は1分ほど長考して、時計を見る。うッ……今から出ないと、間に合わない。

 着替えッ! 着替えッ!

 

  ○

   。

    .


「よぉ、遅かったな」

 小走りに、鳥居の前へと向かう私。その私に最初に声を掛けたのは、案の定と言うか、松平だった。松平は、襟元にふさふさの毛がついた、濃紺のジャンパー。その下から、白い長袖のシャツが覗いている。2枚重ねと見た。でないと寒いでしょ、それ。

香子(きょうこ)ちゃん……こんばんは……」

 ああ、この賑やかな雰囲気と対照的な声は……。

「ヨッシー、こんばんは」

 私はヨッシーに挨拶する。

 ヨッシーは、ずんぐりむっくりになるくらい着込んで、寒そうに震えていた。

「香子ちゃんのアドレス……松平くんに教えたけど……良かったよね?」

 良くないと思います。

「いいよ、別に」

「そう……それなら安心……」

 ホッとするヨッシーを尻目に、私はあたりを盗み見る。

 ……あ、やっぱりいた。サーヤ発見。くららんの隣に、べったり張り付いてますね。これまた、凄い振り袖をお持ちで……真っ赤っか……若干似合ってるのが癪……。

 他の面子も把握し終えた私は、自分の予感が正しかったことを悟った。田中くんも来てるし、他にも知らない男子が何人か……ん? あのそばかす少年だけ、見たことあるわね。確か、駒北(こまきた)の……(もり)さんの到着を知らせた男子だったかしら?

 私は、おとなしくしているヨッシーの肩を小突く。

「……何?」

「つじーんと話をしてる、黒いコートの男子、誰?」

 私は相手に見咎められないよう、こっそりと少年を指差した。

 ヨッシーは軽く背伸びをして、何だと言った顔をする。

「あれは……駒北の津山(つやま)くんだよ……」

「つやま?」

「来年度の主将……らしいよ……噂では……」

 私は脳内で、駒北のオーダーを思い出す。

 ……いた気がするわね。そこそこ勝ってたような……。

「そろそろ境内に上がりませんか? 場所が取れなくなりますよ?」

 つじーんの呼びかけに、松平がストップを掛ける。

「待った。まだ、ふたばが来てねえ」

 ふたば? これまた、どこかで聞いたような……。

 思い出そうと四苦八苦する私の横で、つじーんは右の眉毛をひそめた。

葛城(かつらぎ)さんを呼んだんですか? 同級生の集まりに?」

「す、すまん……昨日、この会のこと喋ったら、絶対来るって……」

 気まずそうにどもる松平。

「まあ……別に構いませんけどね……未来の後輩ですし……」

 葛城ふたば……葛城ふたば……あッ! 思い出したッ! 団体戦のとき、ギャラリーの間で挙がった名前だわ。来年度の所属の話をしてたから……中学3年生ッ!?

 私がそう推測したとき、後ろで可愛らしい声がする。

「ごめんなさぁい、遅れちゃいましたぁ」

 私たちは一斉に、神社とは反対側を振り返った。

 緋色の晴れ着を着た少女が、こちらに向かって歩いて来る。

 か、可愛い……尋常じゃなく可愛い……くりくりした瞳と、長い睫毛。髪型は、サイドを少し跳ねさせた栗色のマニッシュショート。

 月並みな言い方だけど、まるで……アイドルみたい。

「ふたばちゃんが来ちゃった……」

 ヨッシーは、なぜか悲し気な溜め息を漏らす。

 な、何かあったんでしょうか?

「ふたばちゃんと並ぶと……なんか、惨めな気持ちになるんだよね……」

 あ、そういう……でも、ヨッシーも可愛いと思うわよ。

 もう少し、雰囲気を明るくすればですね……はい……。

 さてさて、ヨッシーがこれだけ嫉妬するなら、サーヤはさぞかし……ん? そうでもない顔してるわね。勘違いで私をライバル視してるくらいなのに。

「ふ、ふたばッ! 何だその格好ッ!? おまえ、そんなの持ってたのかッ!?」

 驚愕する松平。そんなのって言われても、普通の晴れ着よね……。

 もしかして、超高級品とか? 私には分かりません。

「お姉ちゃんのお下がりだよ。着てけって言われちゃった」

 そう言ってふたばちゃんは、草履でくるりと一回転。

 あうあう……私も嫉妬しそう……この可愛さは、女子から見ても反則……。

「どうかな? 似合ってる?」

「あのな、そういう……」

「剣ちゃん、そろそろ移動しないと、手遅れになりますよ」

 つじーんはそう言って、境内に向かう人の列を見やった。

 た、確かに、これは……急がないと、場所が取れないかも……。

 松平もそう思ったのか、口を閉ざし、全員の先頭に立つ。

「よし、なるべく前の方に行くぞ」

「僕は、後ろでも構わないんですがね……」

「いや、剣ちゃんの言う通りだよ。早めにお参り済ませないと、立ち往生しちゃうから」

 くららんの指摘に促された私たちは、早足で境内へと向かった。

 こ、これは、迷惑行為になってないですかね……。

「ねえねえ、香子ちゃん……ひとつだけ訊いていい……?」

 はいはい、何でしょうか。

「いいわよ?」

「松平くんは……大会にはもう、出ないの……?」

 ぐッ……ヨッシーったら、痛いところを突くわね……。

「本人は……出たがってるかな」

「でも駒桜には……女子将棋部しかないんだよね……?」

 そうなのよねぇ。だから困ってるわけで、お互いに。

 男女共用にするのが、どれくらい難しいのか、私は知らない。まだ、顧問の(かつら)先生と相談していないのだ。そもそも、数江(かずえ)先輩と志保(しほ)部長が反対している以上、まずはそちらを調整しないといけないわけで……ああ、頭が痛い……こんなことなら、来期主将とか引き受けるんじゃなかったわ。1年生の私に、どうしろと。

「まあ、そのへんは、追々……」

「追々……ね……」

 ヨッシーは、私の台詞を真似たあと、押し黙ってしまった。

 な、何か、違う話題はないんでしょうか……今年を振り返ってみるとか……。

「ひゃー、今年はやけに多いな」

 松平は、右手を額に当てて、境内を一望する。

 ほんと、凄い人混み。田舎町の狭い神社だから、余計にそう感じるわ。

「場所、ありそう?」

 と、くららん。これは……タイミングを逸した可能性も……。

「あッ! 辻姉(つじねえ)発見ッ!」

 いきなり大声を出したのは、ふたばちゃんだった。

「辻姉、こんばんはー」

 辻姉の名前を連呼しながら、ふたばちゃんは人混みをかき分けていく。

 別に保護者じゃないけど、中学生の単独行動は……禁止……。

「なるほど、そういう作戦か……悪いが、乗らせてもらうぜ」

 松平の意味不明な台詞に、私は眉をひそめた。

 その松平も、辻姉の名前を叫んで、どんどん前に出て行く。

「あいかわらず、悪知恵が働きますね……」

 つじーんは感心したように呟き、あとに続く。

 他のみんなも……あ、そういう……。

 私もみんなの意図に気付いて、ヨッシーと一緒に最後尾についた。

 私たちの顔を見た辻姉は、きょとんとなる。ま、当然ですよね。

「ふたばちゃん、どうしたの? 私は、大学の友だちと……」

「辻姉に、挨拶しようと思っただけですよぉ。こんばんは」

「こ、こんばんは……」

 あうあう……さすがの辻姉も、慌ててますね……。

 ふたばちゃん、やるぅ。

「というわけで、場所は確保できました」

 ふたばちゃんは、嬉しそうに囁いた。

 ……ですね。この子、見た目によらず、相当……腹黒い。

 友だち同士の合流は、結構強引にできちゃうから、それを利用したわけね。

「姉さんをあんまり、困らせないで欲しいのですが……」

 まあまあ、つじーん、そう言わずに。

 私たちは当たり障りのない談笑をして、カウントダウンまでの数分間を過ごす。

「1分切ったぞッ!」

 どこからともなく、若い男の声がした。

 だんだんと、境内が静かになり始める。

「……10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、明けましておめでとうッ!」

 境内で沸き起こった大合唱のあと、私たちはお互いに、新年の挨拶をする。

「ヨッシー、おめでとう」

「おめでとう……なんか、アッという間の1年だったね……」

 そうかも。高校に入学して、もう……9ヶ月経ったのかしら?

 まさか、こうして将棋部に所属することになるとは、夢にも思わず……実は、夢だったりして。

 私は、冗談半分に、頬を抓ってみる。……いたた。

「何やってんだ、おまえ?」

 っと、松平か。恥ずかしいところ見られたかも。

「明けまして、おめでと」

 私はその場を誤摩化すため、適当な挨拶を返した。

「おぅ、おめでとさん。そろそろ人が動き始めたし、拝んで行くか」

 そうね。せっかくここまで来たわけで、参拝しておかない手はないわ。

 私たちは、人の流れに乗り、前へ前へと進んで行く。いやはや、ふたばちゃんの悪巧みがなければ、これは相当待たされましたね。地方の神社だから、お賽銭を入れるスペースが、小さい小さい。

 私はうまくお賽銭を放り投げ(入ったかどうかは知らないけど)、柏を打つ。

 お願いごとは……今年もいい年でありますように、おじいちゃんたちが長生きしますように、それから……いい将棋が指せますように……あとは……。

 私はいくつかお願いごとを追加して、目を開けた。

 隣を見ると、松平がひどく真剣に拝んでいた。な、何ですかね? 恋愛とか?

「……よしッ」

 松平も目を開け、こちらを見た。

 微妙に気まずい。

「……他の連中は?」

 ……あ、私たちが最後か……長く拝み過ぎましたね。

 とりあえずお賽銭箱の前から退いて、私たちは仲間を捜す。

 ……いたいた。なんか、運動会のテントみたいなところにいるけど……。

「何か、食べて行きますか?」

 つじーんはそう言って、奥にある調理場を指差した。

 鰹節の匂いがする。これは……おそばですね。

「そうだな。腹減ったし」

「あ、僕、年越しそば、食べて来ちゃったんだよね」

 くららんはそう言って、申し訳なさそうに頭を掻く。

 まあ、私もなのよね。普通、家族と一緒に食べるでしょ。

 年越しそば2杯はきついかなあ……くららんは男子だけど……私は……。

「お汁粉あるから、それ食べようよ」

 と、ふたばちゃん。

 こ、この子、微妙にタメ口入ってる。

 香子お姉さんは、許しませんよ。

「そうだね……とりあえず、寄って行こうか」

 私たちは食べ処に入り、長机の一角を占めた。結構な人数だ。

 隣を見ると、参拝客の大行列。今のタイミングじゃなきゃ、入れなかったかも。

「いらっしゃいませ」

 割烹着姿の若いお姉さんが出て来て、注文を取る。

「そば……のやつは挙手」

 松平の催促に、つじーん、津山くん、田中くん、その他数名の男子が手を挙げる。

「お汁粉の人、挙手願いまぁす」

 ふたばちゃんの誘いに、私とヨッシー、それにくららんが手を挙げる。

「あれ? サーヤは?」

 私が尋ねると、サーヤは少し迷ったあと、手を挙げた。

 何か、顔色が悪そうなんですが……。私がちらちら見ていると、サーヤはごそごそと手を動かし、腰の帯びを調整し始めた。

 ……ははぁん、きつく締め過ぎましたね。プロポーションで見栄張ろうとするから、そういうことになるわけで……まあ、サーヤは全然太ってないけど。むしろ、すらりとしてる方だし、何かスポーツをやってる気配が……。

「裏見お姉ちゃん、ですか?」

 私の観察を遮るように、ふたばちゃんが声を掛けてきた。

 少女はきらきらとした眼差しで、こちらを見つめている。

 うぅ……天使のような瞳をしてますが……何か企んでる気がする。ここは慎重に。

「そうよ、私は裏見香子。はじめまして……だよね?」

「うん、ボクの名前は、葛城ふたば。駒桜第二中学の3年生でぇす」

 うわ……ボクっ子……私の学年にも、ひとりいたけど……。

 ふたばちゃん、可愛いんだから、一人称でキャラ付けする必要ないでしょうに……。

「葛城さんは、升風(ますかぜ)に行くの?」

 私はうっかり、受験の話題を振ってしまった。

 お祝いの場で、マズかったかしら?

 だけどふたばちゃんは、全然気にしないような顔をする。

「はーい、来年度から、升風に進学しまーす」

「頑張ってね」

「大丈夫、楽勝ですから」

 ら、楽勝宣言ですか……升風って、ここらじゃ有名な、私立の進学校なんだけど……もしかして、相当頭がいいとか? だから悪知恵も働くという……。

 可愛い+頭いい……微妙にムカつく。

「裏見先輩って、今年度の新人王なんですよね? ……憧れちゃうなあ」

 うふふ、さっきの発言は、撤回。ふたばちゃんは、いい子。

「そうだ、裏見先輩とは初めてですし、一局指しませんか?」

「ふえ?」

 私が変な声を上げた途端、さきほどのお姉さんが戻って来た。

「お待たせしました。おそばの方」

「おーい、そばの奴、挙手しろ」

 お姉さんは、いそいそとそばを並べ、再び調理場へと戻る。

「じゃ、先に食べるぜ。冷めちまうからな」

「どうぞ」

 私はおざなりな返事をして、ふたばちゃんに向き直る。

「しょ、将棋って……ここで?」

「もちろんッ! ……あれ、先輩、目隠しできませんか?」

 ふたばちゃんはそう言って、微妙に顎を引いた。

 なんじゃその「この人、目隠し将棋もできないんだぁ」って表情はッ!

 できるに決まってるでしょッ!

 

挿絵(By みてみん)

 

 ほら、この通り。

「いいけど……食べながら?」

「余興ですから、問題ないですよ」

 ……それもそうか。本気で指すわけじゃないものね。

 いいじゃない、受けて立つわ。

「じゃ、先輩からどうぞ」

「え? ……私からでいいの?」

「手番で揉めてもしょうがないですし、年上からでいいですよ」

 年上って言うなッ! 1コしか違わないでしょッ!

 くぅ……このガキは……第一印象と違って、憎たらしい……。

「7六歩」

 私は颯爽と、角道を開ける。

「3四歩」

「6六歩」

 さあさあ、ふたばちゃん、その年上の怖さ、思い知らせてあげましょう。

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