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4・これ以上、暴かないでください

 

 ――そしてあたしは彼の背中にギュッと腕を回した。



 * * *


 バレンタインを明日に控えた所で、あたしはようやく終わりの見えた作業ににんまりと笑う。

 売り言葉買い言葉か、勢いで芙蓉に手作りのチョコ以外の品を贈る事になったのであたしは、悩んだ末に定番の手編みものに取り掛かり早数日。

 ちゃんとした編み物は初の試みだが、伊達にコスプレ衣装を自作はしていないだけあって、自分で言うのも何だけど飲み込み早く、上手く出来たと思う。メンズ用スヌード。

 首がやや長い芙蓉にはきっと映えるだろうと、彼の目の色に合わせた灰青色の毛糸はスーツにだって合う筈だ。二月も半ばに迫り、何ヶ月も使う事なく季節が変わるだろうが、少しでも日常的に使ってくれればいいと思ってのチョイスだった。

 ホントは市販の板チョコをデコッただけにしようかって予定だったのに、芙蓉にはそれだけじゃ足りないと、せめて料理以外での女らしさを見せようと思い付いたのがこれだったのだ。


 それもこれも、あたしは芙蓉が好きなんだと気付いたから。

 単純だよね。ちょっとでも可能性が見えたら気合の入り方も変わっちゃうんだから。

 だけど、諦めていたようであたしは無自覚にも最初から芙蓉が気にはなってたんだと思い起こして気付く。でも芙蓉は完璧過ぎて性格も違いすぎて、あたしなんか見込みがないと最初から諦めて無意識に気持ちに蓋をしていたと思う。

 本心に気付かなければ傷付きはしないものね。

 だから、芙蓉があたしの事を……ってのは、凄く意外に感じたんだ。

 一つ屋根の下で男と女が同居というシチュエーションで恋が芽生えるのは確かにありがちな話だけど、芙蓉が芙蓉だから有り得ないと思ったんだよね。だってあたし、日常の中で芙蓉にいい所なんか見せた事ないし。

 ま、芙蓉があたしの何処をなんてのは本人からしか知り得ないんだし、考えたってしゃーない。

 問題は芙蓉をどう折らせるかなのだ。

 実は芙蓉、あんなにあからさまな態度を取っておきながら、その後は全くそんな素振りを見せなくなったから。

 ――あの日から数日、話を振ろうものなら見事な笑顔での勘違い発言。


「ありえません。夢でも見ましたか。新手の美人局ですか」などなど、こちらの怒りを仰ぐ切り返しのオンパレードに一時はあたしも思い違いかとか思い直したくらいだ。けど、夢だと抜かす芙蓉への売り言葉に「じゃあ、あの日あたしの裸も見なかったってのか」と買い言葉を叩きつけると、またあの日の赤面を見せ、それから暫く言動がぎこちなくなったのであたしは確信を深めたのだった。

 全く。いい大人が、しかも何かと派閥とか人間関係が複雑そうな大学の中にいて、腹芸の一つもまともに出来ないのは将来大丈夫かと心配になる。逆に、それが芙蓉らしいので笑えるのだけど。

 それに、不器用ながらも芙蓉が頑なに誤魔化す理由には検討はついてる。

 立場上あたしは、お預かりしている知人のお嬢さん(しかも未成年)だもんね。芙蓉にとっては触れるな危険の爆発物に等しい存在だろう。

 真面目で義理堅い芙蓉さんがあたしと過ちを犯すのは、あたしの両親への不義理となり、亡きオババへの顔に泥を塗る行為に違いないのだ。

 あいつはそういう堅物なやつだ。そこがいい所でもある。むしろそうと知ってて芙蓉を誘惑しようとするあたしの方が悪い娘なんだろうな。

 なかった事にしたい芙蓉の蓋をこじ開けようとするんだから。

 それでも走り出した恋を簡単に止めるのは性じゃないんだ。好きだと気付いたら全力で自分の持てる武器で戦わなきゃ。

 そんな策略を込めた手編みのスヌードは数時間後には仕上がった。

 あとは百均で買ったギフト袋に詰めてリボンをかけるだけなのだが――


「はて……どこにしまったっけか」 


 買ったまま取り出した記憶もなかったから、鞄に入れたままだろうと中を開けてあたしは思わず身を強ばらせた。

 目に入ったのは、あたしのケータイだった。

 あちこちデコッて、親友の陽幸からはストーンがゴツゴツして痛いともっぱら不評のケータイ――の、ランプがチカチカと着信を示して点滅をしている。

 それを目にあたしの眉間には自然と深く皺が寄った。

 何十件と表示される着信とメール受信数。鞄の中にマナーで突っ込んだから気付けていなかったそれを、あたしはメールは送信者名を確認するだけで中身を見ずに削除する。もはやメールも受電も拒否設定するべきかと、考え、踏み切れない自分に甘さを覚える。それでもこれは仕方のない罰だろうかとさえ思っている。

 彼をこんな行動に走らせた原因は私にあるのだから。


 ぶっちゃけると、あたし、元彼からプチストーカー被害を受けている。先日、芙蓉を交えて修羅場ったアイツだ。

 あの日、確かにあたし達は別れた筈だ。あたしから別れを切り出したから逆上もされたけど、結局は破局で片は付いた。それが二日後には「冷静になった」と言うアイツが復縁を迫ってきたのだ。

 しかし冷静になった筈のアイツはあたしにこの家を出ろとか、一緒に暮らそうと世迷い言。どこが冷静になったのか分からないし、それにあたしは芙蓉が好きだと自覚してる今はとてもじゃないが首を縦には振れない。とても元の鞘には収まらないと知っているから断り続けたらこれだ。

 連日のストーカー行為。今の所、ケータイだけに集中しているからまだ我慢が出来ている。


 どうしたものか。


 解決策が見つからず、ついでに買い物した品も見つからないで途方に暮れたあたしは、仕方がないと重たい腰を上げる。

 本番は明日なんだ。ラッピング類は百円ショップの商品なんだし、簡単に買い治せると財布を片手に玄関に出た。

 気晴らしのつもりもあった。芙蓉は生徒のレポートの採点と年度末ってのが重なって今夜は大学で泊まりだし、一人じゃなんだか怖いし、やな事ばかり考えそうで。だから外の空気を吸って気分転換でもしようと思ったんだ。去年までなら陽幸を招いてお泊まり会でもしてた所だが、彼氏が出来て最初のバレンタインイブに野暮は出来なくて断念もしてたから。

 シューズを履いて、三和土で二、三足を踏み鳴らしガラス戸を引いた。昔ながらの格子に磨り硝子を嵌めた引き戸はガラガラとレールと滑り外を映し出す。そこであたしは息を飲んだ。


「さとり、やっぱり来てくれた」


 満面に輝く笑みを前にして、あたしは真逆にも戦慄して慌てて扉を閉めた。震える手で鍵を締めて、その場で腰を抜かす。

 信じられない事に、元彼が玄関前に潜んであたしを待ち構えていたのだ。

 被害がケータイ上だけだから高をくくっていた。実際に家にまで来られて、あたしは放置していい問題ではなかったのだと思い知らされたのだ。


「さとり、何で閉めるんだよ。開けろよ、なぁさとり」


 ガラス戸隔てて聞こえる彼の声があまりに普通過ぎて、あたしは余計に怖くなる。


「さとり、俺からのメール見てくれたんだろ? なんで閉めるんだよ、開けろよ」


 メール? 何のこと?

 あの未開封のメールだろうかとあたしは手を合わせてカタカタ震えた。ドアが外から叩かれる。割れたらどうしよう。どうしよう。


「今日、迎えに行くから、俺と一緒になる気があるなら出て来てくれって言ったよな!?」


 知らない聞いてない見ていない。

 だんだん語気が荒くなる彼の声を耳にあたしは必死でドアを押さえた。開けられたらどうしよう。あたしはどうなるんだろう。


「さとり、さとり!」


 彼があたしを執拗に呼ぶ。どんどんガシャガシャとドアが震える。

 怖い。

 これがあんたの愛情なのか。あたしがあんたをこうしたのか。何が悪かった。別れ方? その後のフォロー? 怖い。やだ。怖いよ。芙蓉。


 芙蓉――……。


 今はいる筈もないのに。都合よく帰ってくる訳ないのに、あたしはひたすら彼の登場を願っていた。その時だ。外が更にひときわ騒がしくなった。あまりの恐怖に一瞬頭がぼんやりとして音が言葉として耳で聞き取れない。ただ望んでいた声を聞いた気がしたのと、聞きたくない声が遠ざかった気がしたのとで恐る恐るとドアを開けた。玄関先には、額に汗を浮かべ、色素の薄い髪を張り付けた芙蓉が息を切らせて立っていた。


「芙蓉……」


 呼べば彼は穏やかに微笑み、あたしの頭を優しく撫でた。


「もう、大丈夫です。彼は追い払いました。もう近付く事ないように手を打って置きますから」


「芙蓉……」


「何もされてませんか? 家の前に不審者がいると近所の方から連絡があって、急いだんですが間に合いましたよね? でも怖い思いをさせました。ああ、手がこんなに冷たくなって……」


 そう言って芙蓉があたしの手を握る。ふわりとした温もりがあたしの手の甲と掌から伝わった。芙蓉の温度。たまらずあたしは彼の胸に飛び込んだ。


「智さん!?」


 ちょっと動揺したような芙蓉の声が聞こえたが、すすり泣くあたしの声を聞いたか、黙って玄関を閉めた。途端、石造りの三和土からひやりとした空気が足元から伝わり、家内の静寂さが一際あたしのしゃくり声を引き立たせる。


「……彼、あの後からもあなたにつきまとってたんですか?」


 静かな問いが頭上に振る。あたしは鼻をすすり、小さく頷く。すると、重い溜息が降ったのを耳にあたしは慌てて顔を上げた。


「迷惑をかけるつもりはなかったの! 言ったら芙蓉、優しいから気にしてくれるでしょ!? あたし嫌だったの。自分のいい加減さで芙蓉に迷惑をかけるの。愛想尽かされる、怖かった」


 ぎゅっと、涙染みが出来た芙蓉の胸元を掴み、あたしは懇願する。


「嫌いにならないで」


 ほんのちょっと前なら呆れられたって諦めがついた。なのに、今は芙蓉にそうされるのは怖くて堪らない。あたしは必死になって彼にしがみつく。形振りとか構わなかった。


「あたし、芙蓉がいないとダメ。一番怖い時、芙蓉が先に浮かんだの。あたし、芙蓉以外に好かれても嬉しくないよ。芙蓉は? あんなに汗だくで助けに来てくれたんだから、あたしは少しでも望みない? ねぇ」


 あたしは両腕をしっかり組んで芙蓉を抱きしめる。しがみついて、引き剥がされないように。


「智さん」


 芙蓉は困った声を漏らすと同時に、羽交いにしたあたしの腕を難なく解いて距離を離した。

 引き剥がされてしまった。

 やっぱり芙蓉はあたしを本気で恋愛対象には見てくれないのか。

 そう思うと悔しくて、悲しくて、またじわりと目頭が熱くなる。

 泣いたら、また芙蓉に迷惑かけちゃうよな。せっかく点数を上げようとバレンタインのプレゼントを用意したのに。

 なんだかやるせなくて、ふてくされて俯いて、だからあたしは気付くのに遅れた。芙蓉に距離を置かれた事で、彼が身を屈める隙間が出来、その顔が間近に迫っている事に。


「……あまり可愛い事を言わないで下さい。これ以上、私を暴かないで下さい」


 芙蓉の澄んだ灰青の瞳があたしの視線と被る。

 最初のキスは小鳥が啄むみたいな可愛らしいものだった。でも、そんなバードキスを何度も繰り返すと芙蓉は角度を代え、深く唇を重ね、あたし達は舌を絡めて息を混ぜ合わせた。


「どうなっても知りませんよ」


 抵抗しないあたしに対し、芙蓉が囁く。あたしは返事の代わりに芙蓉の眼鏡を外した。キスには眼鏡は邪魔だから。


 そしてあたしは彼の背中にギュッと――……。


 

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