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Chaos_Mythology_Online  作者: 天笠恭介
第一章 バウンティハント
9/50

8.最強武匠 鍛冶神の名を持つ男・決闘



 爆砕音と共に砂煙が上がり、一時の間御影の姿が見えなくなる。鳳牙は全身から噴き出る冷や汗を感じながらも何とか構えを取った。

 続いて自分の状態を確認すると、一割ほどヒットポイントが減少している事に気がつく。どうも砕かれた大地の破片がぶつかってダメージを負ったらしい。緊張して痛みが表出していないが、身体の数箇所に打撲の跡が見られた。


 鳳牙はちらりと仲間三人の様子を確認したが、全員一様に目と口で三つの丸を作ってかたまっている。


 強めの風が吹いて砂埃が払われると、刀を振り下ろした体勢のままの御影が出現する。刀身が激突したであろう高原の大地は相当な範囲にひびが入り、一部は陥没している有様だった。


 ゲーム内なので時間が経てば自動で修復されるが、その傷跡はおおよそ普通のスキルで出来る様な惨状ではない。


「……ふん」


 鼻を鳴らし、御影がゆらりと体勢を起こす。刀の峰で肩をトントンと叩きつつ、


「そこで避けに出るたぁな。手前の勘、なかなかじゃねえか」


 目を細くして鳳牙の事を上から下まで睨め付けてきた。


「……なんですか? そのスキル。ただの大上段で、そこまでの威力と速度は出ないはずです」


 背中に嫌な汗をかきっぱなしの鳳牙は、気持ちを落ち着ける時間を稼ぐために御影に話しかける。もちろん、動揺している事を悟られぬように注意を払って。


 鳳牙の言葉を受けて、御影は左手で顎をスリスリと撫でつつ、意地の悪い笑みを浮かべた。


「なんとなく、察しはつくだろうぜ。ま、隠すもんでもねえから、冥土の土産に教えてやるよ」


 言って、御影は再びあの構え、頭の横で刀を垂直に立てる構えを取った。


 先の交戦で感じた恐怖が鳳牙の内に蘇るが、意志の力でねじ伏せる。


蜻蛉(とんぼ)っつう構えだ。そして、今の一撃は『一ノ太刀(いちのたち)』。俺のリミテッドスキルだ」


 その言葉は鳳牙の予想通りだった。これだけ桁外れの、それでいてまるで見た事が無いスキルとなれば、リミテッドスキルをおいて他にはない。


「こいつは居合いより速く、大上段よりも強い。手前の『徹し』と違って防御力無視ってわけじゃねえが、相手の防御スキルを貫通する効果がある」


 防御スキルの貫通。言葉通りの意味であれば、あの攻撃に対して防御を取るという事は何もせずに直撃を受ける事と同義だという事だ。

 むしろ防御体勢を取って足を止めてしまう分、格好の的になるという事でもある。


 つまりあの場面で鳳牙が回避に出ず、金剛による防御を選択していたなら――


「そうだ。手前がさっき下手に金剛で防御していたなら、俺の一ノ太刀は容赦なく手前をぶった切っていたはずだ。だから、それをせずに回避を選択したのは正解だ。おかげで一番やり易いところで仕留め損ねたがな」


 鳳牙の胸の内を読んだかのように、御影が鳳牙の行動の正しさを認める。


 ――くそっ。これじゃ不用意に飛び込めない。


 御影のリミテッドスキルの強力さに、鳳牙は思わず奥歯を噛んだ。次の攻め手をすぐに決められない状態なのだ。


 しかし、御影はそんな鳳牙に考える時間を与えてはくれなかった。


「かかかっ。何か勘違いしてそうだから忠告しといてやるよ。この技はどちらかってえと――」


 言葉の途中で御影が縮地を発動し、一瞬で鳳牙はその射程圏内に捉えられる。


「っ!」

「――攻める技なんだよ!」


 再び大音量の叫び声と共に居合いを超える打ち下ろしが放たれ、鳳牙を襲う。


 対して鳳牙はとっさの判断で左右への回避ではなく、同じ縮地による前進回避を敢行。攻撃の一瞬前に御影の脇を通り抜けて後方へ退避。爆散した大地の破片でダメージを受けつつもすぐさま反転して御影の背後を襲う。


「甘えっ!」


 そして同じく振り返って来た御影の構えが居合いに変化している事を確認し、使用スキルを確定。そのまま突撃を仕掛け、


「疾っ!」

「金剛!」


 御影の居合いに合わせて金剛を発動。その身を持って刀を受け止め、次の瞬間には相手の鳩尾に右の掌を触れさせていた。


 ――これで!


 そして遅滞なく徹しを発動。鳳牙の一撃で御影は色を灰色に変えて倒れ込む、そのはずだった。だが、


「喝っ!」


 鳳牙の徹しが発動する直前、刹那と言ってもいい短い時間の中で、鳳牙は御影の質量すら感じる一声をその身に受けた。その結果――


「な……」


 鳳牙はその手応えから自身の徹しが不発に終わった事を悟った。と同時に、


「せやあっ!」


 気合の声と共に打ち下ろされた御影の大上段を、鳳牙は頭上で交差させた両腕の篭手でなんとか防御する。強力かつ重い攻撃に思わず膝を突きかけるが、


「ぬあああっ!」


 全力で相手の攻撃を押し返し、すぐさま後方へ跳躍。追撃を警戒しつつ自分のダメージを確認する。


 ――くそ、今の大上段で三割持ってかれた!


 鳳牙の残存ヒットポイントはおおよそ半分。後二回同じ攻撃をもらうか、一発大きいのを入れられれば死んでしまう状態だ。

 幸いにして攻撃が一ノ太刀では無かったために通常防御を行う事が出来たが、それでも御影の大上段の威力は防御力の低い鳳牙には脅威である。

 それが分かっていたからこそ鳳牙は全力で回避し、喰らう時は金剛で耐えていたのだが、今回は直前で金剛を使ってしまっていたためにそれが出来なかった。


 ――でも、それは御影さんの一ノ太刀も同じか……


 鳳牙の視線の先では、三度御影が蜻蛉の構えを取っているのが見えた。おそらく一ノ太刀はあの構えからしか放てず、またあの構えは一ノ太刀が放てる状態でなければ構えられないのだろう。

 先の攻防から、鳳牙は一ノ太刀のクールタイムをおおよそ割り出している。


 だが、今問題なのは徹しを外された事の方だ。鳳牙の徹し発動の直前に御影が使ったのは『武者』の職業スキル『喝激(かつげき)』だが、あれは単なる範囲挑発技で、モブのタゲを集めるための技に過ぎない。

 当然の如く相手の行動を阻害したり、モブの咆哮のように気絶させる事が出来る技ではないはずだった。


 ――くそっ。分からない。


 鳳牙は内心で盛大な舌打ちをする。表情は動かしていないはずだったが、そんな鳳牙に対して御影がしたり顔を作る。


「くくっ。十八番の技を外されて動揺してるみてえだな。悪いが解説はしてやらねえよ。手前はそのまま、俺にやられちまいな!」


 蜻蛉の構えのまま御影が再度突っ込んでくる。鳳牙は考えのまとまらないまま、御影の進行方向に対し直角方向に縮地を発動。その斬撃を避け、追撃の大地片の範囲からも逃れる。


「おいおいおい。逃げの一手か? まさかそれで自然回復を待つ気じゃねえよな?」


 嘲るような御影の挑発。しかし、鳳牙は黙って動かない。頭の中では先ほどの攻防を何度も再生し、徹しが不発に終わった理由を探り続ける。


 ――原理が全く不明だけど、喝激のせいで徹しが不発に終わったのは間違いない。


 鳳牙の知識の中でそのスキルが妨害をなせる技ではないと分かっていても、現実にそのスキルで徹しを外された以上はそういう事が出来るものとして考えなければならない。

 その上で、どうすれば徹しが発動しない状況になるかを考え、検証していく。


「ふん。だんまりか。まあいい。いつまで逃げ切れるか、なっ!」


 鳳牙が攻めてこないとみるや、御影が再度肉薄してきた。構えは居合い。鋭い一振りが回避を試みる鳳牙を襲い、その前髪をわずかに切り落としていく。


「疾っ! せいやあっ!」


 連続で襲い来る斬撃の嵐。発動スキルの動作に無駄なく構えの変更を組み込むことで、まるで流れるような連撃が放たれる。


 その全てを紙一重でかわしつつ、鳳牙はただ思考を続けていく。


 ――『徹し』の発動条件は二つ。地面に足がついている事と密着状態で相手に触れている事。


 つまり、鳳牙の徹しは空中や足のつかない水中では放てず、触る事の出来ない相手にも発動しないという事だ。


 ――その条件をさっきの状況に当てはめると――


 まず、地面に足がついていたのは確定だ。相手の懐で飛び跳ねるような行動もスキルも使ってはいない。となると、必然的に相手に触れていなければならないという制約を犯しているという事になる。


 ――でも、俺は確かに御影さんに触れていたはず。


 その証拠に、不発だったとはいえ徹しはクールタイムに入っていた。つまり、スキル自体は発動したのだ。ただ、スキルの発動開始から効果発生までのわずかな時間に何かが起こり、徹しは不発に終わった。


 その理由が分かれば対処は可能なはずだった。そしてそれを知るためには――


 考えをまとめると、鳳牙は回避に専念するのをやめ、御影の大上段の技を回避すると同時に再び相手の懐に飛び込んだ。


「しゃらくせえ!」


 当然、鳳牙の行動に対して御影は迎撃を行う。襲い来る斬撃を、しかし鳳牙は何もせずにそのまま受けた。


「お?」


 表示される剣閃は鳳牙の身体を横一文字に走り、鋭い痛みを与える。だが、鳳牙はそれを無視してやや驚いている御影に接近し、掌をその体に押し付けた。


「させるかよ! 喝っ!」


 鳳牙の狙いを看破した御影の喝激が発動。鳳牙の徹しは再び不発に終わり、


「キィエエイ!」


 御影が温存していた一ノ太刀を発動させる。


 だが、その数瞬前に鳳牙は縮地で御影の傍から退避。大地片によるダメージを受けつつも、御影の射程範囲から離脱していた。


 防御する事無く受けた一太刀と追撃で、鳳牙の残りヒットポイントは一割に満たなかった。全身に刻まれた傷から血が滲み、特に胸元を真横に走る傷は相当に深い。

 荒い息を吐き出すその姿は、まさに満身創痍の状態だった。


「……なかなか思い切ったことをするな。だが、手前の徹しは俺には通用しねえよ」


 刀を納め、御影が居合いの構えを取る。もはや鳳牙のヒットポイントは一ノ太刀による追撃で削りきられかねないほどしかない。初撃に一ノ太刀を使わず、連撃の中に組み込む事で確実にとりに来るつもりだろう。

 勝利を確信しているのか、御影の顔には笑みが浮かんでいた。


 対して、鳳牙ははたから見れば立っているのがやっとという状況だ。しかし、敗色濃厚な状況にあって、鳳牙もまた笑みを浮かべていた。それは御影と同じ、勝利を確信している者の笑みだった。


「……ふん。まだそんな顔を出来る余裕があるってのか?」


「余裕なんてありませんよ。ただ、御影さんがどうやって徹しを防いでいるのかが分かっただけです」


 鳳牙の言葉に、御影はピクリと眉を動かした。探るように向けられた視線に、鳳牙は相変わらずの笑みで応える。


「仕組みは単純ですよね。ただ、原理が分かってもそれと同じ事が出来る人が何人いるのか甚だ疑問ですけど」

「……ふん。せっかくだ。最後の言葉として一応聞いてやろう」

「それはどうも。って言っても、本当に単純ですよ。御影さんは徹しの発動の直前に喝激を挟む事で、俺を強制的に後退(ノックバック)させてるんですよね? 普通なら気が付かないほど微々たる距離ですけど、密着が条件の徹しに対しては絶大な効果を発揮する」


 鳳牙の説明に、御影はその顔の笑みを濃くした。それが、鳳牙の説明が正しい事を雄弁に語っている。


「知りませんでしたよ。喝激にそんな効果あったんですね。攻略サイトとか更新してもらわないといけませんよ」

「こんなもんは無駄な知識だろうさ。知っていても本来は何かに使えるもんじゃねえ」


 しれっと答える御影に、鳳牙は苦笑してしまう。その何にも使えないものを他人の切り札対策に使われたのではたまったものではない。


「でも、正直参りましたよ。喝激と徹しじゃあクールタイムの勝負にならないですから」


 喝激は高ランクのスキルではない。そのためスタミナの消費も少なくクールタイムも短く設定されており、加えて――システム上の不備とも噂されるが――眠りや気絶中でも発動出来るお手軽さが売りだった。

 そんな理由もあって、喝激を抑えて徹しを叩き込む事は不可能に近い。

 かといって、今まで試した方法では喝激を掻い潜る事も出来ない。もっと致命的な隙を与える事が出来なければ、御影に徹しは届かない。


「スキルの特性と効果を熟知していりゃあ、何とか出来ねえ攻撃なんぞねえんだ。手前の徹しだけじゃねえ。俺の一ノ太刀だって同じだ。いくら強力でもそれに頼りきりってなぁ駄目なんだよ」


 まさに御影の言う通りだった。確かに今までの鳳牙の攻撃は御影に届かない状態だが、それはあくまで『徹し』に固執したせいで、他のスキルであればわずかな後退など意味をなさない。確実に御影にダメージを蓄積出来たはずだった。


 しかし、現状を見れば御影のヒットポイントは全く減っておらず、鳳牙のヒットポイントだけ九割以上が失われている。


 ふと、御影の背後でフェルドが回復魔法を待機させているのが見えた。おそらく、負けると踏んだら約束を破って鳳牙を回復するつもりなのだろう。


 ――まあ、今の状況じゃあしょうがないよな。


 信用しているしていないではなく、あくまで保険のつもりなのだろう。それはそれでとてもありがたい事だった。


 ――けど、俺は負けないですよ。


 鳳牙は御影を警戒したまま、その後方のフェルドに視線を向けた。すぐにフェルドが気がつき、ぶんぶんと首を振っている。


 しかし、鳳牙もまたそれに対して首を振り、コクンと頷いて見せた。


 それでもフェルドは何か言いたそうだったが、【ささやき】を送ってくる事もなく、盛大な溜息を吐き出して待機させていた回復魔法を消し去った。代わりにすっと眼鏡の位置を直しつつ、絶対に勝てという視線を鳳牙に送って来る。


「ふん。いい覚悟だ。手前との死合い、なかなか楽しめたぜ。だから、次で楽にしてやる」


 じゃり、と御影が強く地面を踏みしめる音が聞こえてくる。


 それに応える様に、鳳牙も構えを取った。


 次の一瞬で勝負が決まる。それはその場の誰が見ても明らかだった。


 ――勝負は一瞬。今度は俺が、刹那の見切りを見せる番だ。


 互いに構えを取ったままのにらみ合いが続き、まるで彫刻のように両者とも微動だにしなかった。強い突風が吹き抜け、風の音が鼓膜を叩く。そして風が収まり、耳元で風の音が聞こえなくなった、次の瞬間――


「「ふっ!」」


 鳳牙と御影は同時に前進、一気にその距離を詰めていく。

 当然、先に己の間合いに至るのは御影の方であり、鳳牙の間合いに至るまでには一瞬の空白がある。当然、熟練の武者たる御影がその一瞬を見逃すはずは無い。


「疾っ!」


 風さえも切り裂けそうな一撃が鳳牙に襲い掛かる。剣閃はちょうど腹と胸の間を通っており、上に跳んでも下にかがんでも避けきれない絶妙の位置だった。

 そして下手に金剛で防ぎようものなら、次の一手に放たれるであろう一ノ太刀をかわしきれない。御影の勝ちは確定的のように思えた。だが、


「『獣化』!」


 鳳牙の宣言と同時に、御影は一瞬鳳牙の姿を見失い、放たれた斬撃は見事に空を切った。


「なっ!?」


 思わず驚愕の声を上げ、しかし御影は視界の端に銀色の獣の姿を捉え、自身の攻撃が空振りした理由を悟る。


 『獣人』には職業スキルとして『獣化』があり、元となる獣の姿――鳳牙の場合は狼に変化する事出来るのだ。

 瞬間的に体格を変化させる獣化によって、鳳牙は普通の回避行動よりも数段速く御影の斬撃の下を潜ったのである。

 加えて、獣化時の行動速度は通常時の三倍。そのため、鳳牙は御影が新たな攻撃の準備を整える前にその懐に潜り込み、たし、と前足を御影に押し付けることに成功した。


 しかし獣化中はデメリットとして装備品の全解除に加え、通常攻撃と特定のスキルを除く全てのスキルを使用する事が出来なくなる。だが、


「せっかくの隠し玉だが、喝っ!」


 それを知らない御影は焦る事無く押し付けられた前足を喝激で引き離し、徹しを防いだと誤認した。


「これで終いだな」


 そのまま刀を蜻蛉に構え、御影が一ノ太刀を放とうとした瞬間、


「ヴォオオッ!!」


 狼となった鳳牙が雄たけびを上げる。その声は波動を生み、今まさに刀を打ち下ろさんとしていた御影の動きを硬直させた。


「なっ!? 獣咆(ビーストロア)……だとおっ!?」


 御影が驚愕の叫びを上げ、


「本当の隠し玉はこっちなんですよ」


 獣化を解いて黒のアンダーウェアのみになった鳳牙は動けない御影に掌を押し当てる。そして――


「破っ!」


 今度こそ捨て身の徹しが発動。御影のヒットポイントゲージは一瞬で空になった。


 世界から音が消え失せ、鳳牙は徹しを放った構えのまま完全なる無音の世界を体験する。だが、次の瞬間には一陣の風が鼓膜を揺らし、硬直していた御影は色を失って大地に倒れこんだ。


 それを見届けて、鳳牙もその場に倒れ込む。ヒットポイントはまだ残っているが、気力が持たなかったのだ。


「鳳牙!」

「鳳牙殿!」

「鳳兄!」


 戦闘が終了し、三人が大急ぎで駆け寄ってくる。フェルドがすぐさま回復魔法を詠唱し、鳳牙の全身に刻まれた傷が治癒していった。


 だが、やはり精神的な疲労が回復せず、鳳牙はアルタイルと小燕に支えられてようやく立ち上がる事が出来た。


「……くそっ。手前、妙な隠し技仕込んでやがったな」


 憎々しげな御影の声が聞こえてくる。彼は灰色になって大地に倒れたままだが、CMOでは死んでからの一定時間はホームポイントに戻らず蘇生魔法を受ける猶予時間が存在するため、御影もまたすぐには戻らずにその場に留まっているようだった。


「御影さんだって、リミテッドスキル持ってる事、黙ってたじゃないですか」


 やや途切れ途切れになりつつも、鳳牙は言葉を返した。


「ふん。聞かれた事がないからな」


 しれっとした答えが返ってくる。御影らしい返答だった。


「それなら俺も同じですよ」

「……ちっ。まあいい。負けは負けだ。……で、俺に何を頼みたいってんだ? 人工知能さんよ」


 やれやれとでも言いたそうな御影に対し、鳳牙は苦笑しつつ、


「……本当は、御影さんに俺たちのギルドのギルドマスターになって欲しかったんですけどね」

「………………は?」


 ずいぶんと間を空けて、御影がいつもと違う変な声で疑問の言葉を吐いた。


 ある意味当然だった。御影からしてみれば作り物のキャラクターが人間の操作するキャラクターにギルドマスターになれと言ってくるのだから、確実に予想外の事だろう。


「あー、聞き間違いか? 悪いがもう一回言ってくれ」


 だからそう聞き返してくるのは当然の事だった。


「だーかーらー。御影のじーちゃんにあたしらのギルドのギルドマスターになって欲しいの」


 鳳牙が何か言うより先に、小燕が再度ギルドマスターの就任要求をする。


 御影は何度かその言葉をぶつぶつと反芻し、



「冗談だろ? そんな事が出来るわけねえだろう。お前らイベントモブなんだぞ? そもそもギルドなんぞ――」

「出来ますよ。システム的な確認を取れてますし、これからギルドネーム付きの賞金首の目撃情報も増えていくはずです」


 眼鏡の位置を直しつつ、フェルドが御影の反論を即座に潰しにかかる。


「うぬ。それに拙者らと御影殿でパーティーを組む事も可能に御座る。フェルド殿、御影殿にパーティー申請を出し、蘇生して見せれば納得して頂けるのでは御座らぬか?」

「ああ、そっか。やってみよう」


 アルタイルの発案を受け、早速フェルドが申請を出したようで、


「……あー……」


 御影が困ったような声を出した。だが逡巡は少しだけで、すぐに御影の名前がパーティー欄に追加される。


「それじゃ早速」


 そう言ってフェルドが蘇生魔法を詠唱し、地面に倒れた御影が強い光に包まれる。そして次の瞬間には色を取り戻して立ち上がった御影が出現した。


「どうです? 僕らの言っている事、少しは信じていただけましたか?」


 フェルドの問いに対し、御影は蘇生した自分の状態を一通り確かめてから、


「ふん。まあ、何かおかしな設定だってこたぁよく分かった。だが、それで手前らが本当に人工知能じゃないって証明にゃあならんよな」


 初めの頃の刺々しさは無くなったものの、懐疑的な態度はそのままだった。


 それを見て、フェルドとアルタイルは困ったような表情になり、小燕ははっきりと落胆の表情を浮かべた。


 ただ一人鳳牙だけが、


「まあ、そうですよね。だから俺は、本当はギルマスになって欲しかったって言ったんです」


 やや引っかかるような物言いをする。


「んん? じゃあ、手前はいったい俺に何を望むってんだ?」


 それに気がついた御影が鳳牙に問い、鳳牙はそれを待ってましたとばかりに答えを返す。


「現実世界の情報です」

「……はあ?」


 御影が素っ頓狂な声を上げた。だが鳳牙はそれに構わず話を続ける。


「俺たちはログアウト出来ません。だから、今現実の世界がどうなっているかを知る方法が無いんです。大きなニュースは掲示板に書き込まれる事もありますけど、俺たちが知りたいのはそんな事じゃない」


 人の口にのぼるようなスキャンダラスなニュースなど、今の鳳牙たちには何の役にも立たない。


「俺たちが知りたいのは空白の一ヶ月に何があったのかです。それと、俺自身についても調べてみて欲しいんです」

「お前自身? どういうこったそれは」


 鳳牙の言葉の意味を図りかねた御影が片眉を跳ね上げている。


「また妙な事を言いますけど、俺たちは自分の本当の名前とか住所とかを全然思い出せないんです。けど、通ってた学校とかあの日にログインしていたアクセスポイント喫茶なんかの事はちゃんと覚えてるんです。だから、そういったところから御影さんに現実世界の俺が今どうなっているかを調べてきて欲しいんです」


 個人情報に関わる事をしゃべる鳳牙に対し、御影はあからさまに顔をしかめた。このままでは話しが終わる前に怒られかねないと判断した鳳牙はすぐさま、


「御影さんの言いたい事は分かります。けど、こんな事は信用出来ない人には絶対に頼めない。だから、俺は御影さんに頼みたい。直接会った事はないですけど、俺は御影さんなら信用出来る。だからお願いします。現実世界がどうなっているのかを調べて下さい。教えて下さい」


 支えられたまま、鳳牙は深々と御影に頭を下げた。


 それを見て、


「じーちゃん、あたしからもお願い。今、何がどーなってるか知りたいの」

「うぬ。拙者らも出来れば元の様に戻りたいで御座る。力を貸して頂きたい」

「僕も同じ気持ちです。全員で元に戻って、また楽しくやりたいんです」


 他の三人も深々と頭を下げる。


 都合四つの頭を下げられた御影は、なにやら所在なさげにぽりぽりと人差し指で頬をかき、ややあって小さく溜息を吐き出すと、


「……ったくよ。何が信用します、だ。俺なんかをよ」


 ぼそぼそとそんな事を言って、


「ああ、いいぜ。調べてやる」


 いつも通りの低い声でそう答えを返した。


 鳳牙たちは全員同時に頭を上げ、何か言おうと口を開いたところで御影の手に言葉を制される。


「ただ、いちいち連絡すんのが面倒だ。内容的に他人に聞かれていいもんでもねえだろうし、ギルドチャットなんかを使った方が便利だろうよ」


 鳳牙たちの視線が集中する中、照れによるものかやや頬を赤くさせながらも御影は言葉を続けていく。


「あー、俺をギルマスにしてえんだろ? いいぜ。ついでだ。あいつらの代わりにゃあならねえだろうが、しばらく付き合ってやるよ」


 そんな御影の言葉を聞き終えて、鳳牙はしばらく時間をかけて今までの御影の言葉を頭の中で再生させていく。そうして全てを理解して、


「いよっしゃあ!」

「ついに僕らの時代が来る!」

「うぬ。これも大金星に御座る!」

「ギルドー。ホームー。お風呂ー」


 同時に理解したほかの三人と共に歓喜の声を上げた。


 御影は狂喜乱舞の四人を穏やかな目でしばしの間眺めて、ふと思い出したように、 


「で、ギルド名はなんてえんだ?」


 唐突に放たれた一言に、鳳牙もフェルドもアルタイルも小燕もピタリと停止して黙り込んだ。

 そのまま錆び付いた音を立てるロボットのような動きで御影の顔を見て、困ったような笑みを浮かべる。


 御影がその意味するところを察して、


「……決めてねえのか」


 大きな溜息を吐き出した。


「あはは……」


 御影の呆れた声に、鳳牙をはじめ全員が乾いた笑いしか返せない。


「ま、まあほら、僕らだけで決めるのもあれですし、御影さんも一緒に考えるという事で」

「うぬ。やはりこういうものは立ち上げメンバー全員で考えるものに御座るな」

「だよねだよね。どーする? かっこいい系? かわいい系?」

「何でもいいからとっとと決めろ。だが、ギルマスとして最終決定だけはさせてもらうぞ」


 その場で地面に座り込み、和気あいあいとギルドネーム議論が始まる。


 そんな心地のいい騒ぎの中、とうとう精神的疲労が限界に来た鳳牙は座り込んだまま意識を手放し、人知れず眠りに落ちる。


 その顔には、どこか満足そうな微笑を浮かんでいた。



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