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Chaos_Mythology_Online  作者: 天笠恭介
第五章 リベレイター
49/50

7.銃拳激突 彼らが選び掴んだ未来




 断続的な銃声と床を蹴る打音。一瞬の息遣いと悪態。獣人の少年と銃兵の青年は先ほどからめまぐるしい攻防を繰り返している。

 そしてその様子を眺めつつ、たった二人だけの姉妹は互いに視線をぶつけ合っていた。

 互いに最初の位置から動いていない。いや、正確には互いに互いが動けないように牽制しあっている結果だった。


「一応ここって私の方が権限が上のはずなんだけど、よく割り込ませたわね。ハル」

「姉さんが直前でプロテクトごといじくってくれたおかげだよ。それに、皆がくれた力がまだ残ってる。いくら権限で上に行かれても、それをひっくり返す事が出来るだけの力が今の私にはある」


 自分たちの命を差し出した四人の想い。その一端はハル自身の内にある。塔に吸収されずに残った力は、ハルの中で生き続けていた。


「……けれど、回復アイテム使用禁止はそのままのようね。それに、私を抑えておくのも長くは持たないのでしょう? 底を尽きる前にこの戦いが終わるかしら?」


 ミコトがちらりとそらした視線の先。そこでは鳳牙とどんどらの一進一退の攻防が続いている。

 戦闘が始まってからまだ五分と経っていないが、互いに一撃も攻撃を当てる事が出来ていない。傍目の状況はすでに膠着状態の様にも思われた。このままの状態が継続するのは確かに好ましくない。だが――


「終わるよ。鳳牙は終わらせてくれる。そう、信じてる」


 ハルは迷う事なく言い切った。それは彼女の中に宿る想いが、鳳牙の中にも宿っている事を知っているからだ。それは確かに苦い記憶かもしれない。だが、そんな記憶だからこそ鳳牙は奮起する。飲まれずに飲み込もうとする。


「私の鳳牙は、絶対に負けない!」


 強い意志を宿した闇色の瞳は感情の炎を燃やし、対してその表情ほどには感情を宿していないように見える黒の瞳は、わずかな揺らぎを見せただけでまぶたの向こうへ隠されてしまった。


「……そう。なら、そう信じているといいわ。貴女自身で選んだ道なのだから、そのくらいの覚悟はしてもらわなければ困るもの」

「……? 姉さんそれってどういう――」

「これ以降は、そらさずに見届けなさい。それが選んだ者の義務というものだわ」


 ミコトに問い返そうとしたハルの言葉は遮られ、遮った彼女はもうこれ以上の問答は不要とでも言うように完全にハルから目をそらして鳳牙とどんどらの戦いに集中してしまっていた。

 ハルは何とも言えない中途半端さを味わう事になったが、確かにこれ以上は何を言い合っても無駄だと判断し、隙をうかがいつつも直ぐそばで繰り広げられている最終決戦に意識を集中させた。



    ◆



「ふっ!」


 縮地による急加速を行い、鳳牙はその場から真横へ身体をずらした。それに刹那遅れてリロード直後のどんどらが放った銃弾が、今の今まで鳳牙の存在していた位置を通過して行く。

 だがこれで安心など出来ない。鳳牙は弾を避けた先からもうすでに次の行動に移っていて、当然にしてどんどらもまた鳳牙へと銃口を向け続けていた。


 どんどらの装備は左右とも銃身にレッドラインが走った漆黒のリボルバー拳銃だ。最大段数は一丁六発の左右で計一二発。これを撃ち尽くしたら当然リロードが必要になる。

 通常ではリロードに約三秒程度の時間が必要になるが、左右を撃ち分ける事でどんどらはこの空白を完全に埋めてしまっていた。弾を浪費させてリロードの一瞬を狙いたいところなのだが、これがなかなかに難しい状況である。


 幸いにしてあの反則級のスキルを使ってくる素振りがないが、もとよりあれは隙が大きい上に相手が大人数でこそ真価を発揮するスキルだと鳳牙は睨んでいた。そのため、一対一の戦闘においてはさほど優位なものではない。


 むしろ厄介なのは、矢と違って飛来する銃弾を容易に弾く事が出来ない事だ。その速さもさる事ながら、あまりに小さいために()を叩いて軌道をそらせる矢とは捌き易さに雲泥の違いがある。


「まったくよく避けるよね。普通の人は銃弾なんて避けられない物なはずだけど、ね」


 射線上から逃れた鳳牙を追って身体を開くように狙いをずらしたどんどらが素早く腕を振りながら二連射を放った。

 初弾は自動的に狙いを外したが、振りの速さが鳳牙の挙動を追い抜いた次弾は最適のタイミングでの置き撃ちになる。

 しかし視界の隅でそれを確認していた鳳牙は初弾の発砲音を耳にした直後に逆縮地を発動させ、前進を強引に後退へと切り替えて置き撃ちを回避。


「甘いね!」


 しかしそこへどんどらの挙動にわずかに遅れて追いついた、逆の手に握られたもう一丁からさらに三発の銃弾が放たれた。

 振り抜きによる三列横並びの銃弾は、鳳牙の左右への退路を不可能にさせる。


「ちいっ!」


 迫りくる銃弾を、鳳牙は地を這い滑るように身を低くする事で潜り抜けた。前後左右への回避を封じられた事で、下方への回避を選択せざるを得なかったのだ。

 逃げ場を限定された事が分かっていながら、その逃げ道を使うしかない。それは当然、そうさせるように仕向けた相手に先を読まれる事を意味している。


「バン!」


 楽しそうな声とともに両の拳銃から一発ずつの銃弾が飛び出してきた。

 現状の鳳牙の体勢からでは回避に移る前に銃弾が届いてしまう。かといって低い姿勢に向けて放たれた打ち下ろしの銃弾は下を潜れる高さがない。かといって上に逃げれば確実に追撃を食う。

 下方への回避を選択した段階で、すでにそれは分かっていた。分かっていたからこそ――


「くっ!」


 鳳牙は銃口の向きから予測出来ていた射線の内側に両腕を差し込み、飛来した弾丸を両の手甲に掠らせて後方へそらした。


「わお」


 自分の攻撃をかわされた事に口笛を吹いたどんどらが追撃を放ってくるが、その攻撃を鳳牙は素早く横に跳ね飛ぶ事で回避。そして着地と同時にジグザグ軌道で一気に間合いを詰めにかかった。

 先のリロードから数えて両手の銃に残された弾は一発ずつ。ここで攻めればその二発以外に相手の攻撃は飛んでこないと踏んでの行動だった。


「なるほど」


 鳳牙の狙いを即座に看破したのか、どんどらが迫る鳳牙から逃げるように動きながらまず右の六発目を発砲。正確に狙いをつけられていない銃弾は鳳牙の頬を掠めたものの外れ、続く左の六発目もジグザグに移動する鳳牙を捕らえる事は出来なかった。


「ふっ!」


 どんどらの残弾がゼロになったタイミングで、鳳牙はジグザグ軌道を止めて最短距離を縮地で詰めた。

 リロードにかかる時間は約三秒。それだけの時間があれば懐に入った鳳牙の手はどんどらに届く。――そのはずだった。


「残念だね」

「なっ!?」


 懐に潜り込み、その体に手を伸ばした瞬間、鳳牙は額当越しの頭に銃口を押し付けられた。リロードの完了にはまだ余裕があるはずだというのに、真正面から見えるそのリボルバーの弾倉には真鍮色の弾丸が収まっている様を確認出来た。


 一瞬でそれを理解し、どうにか首を振って狙いを外そうとするが、火薬の炸裂音と同時に強い衝撃を頭に受け、その勢いで鳳牙は思いっきりのけぞらされる羽目になった。

 強烈な衝撃に意識が飛びそうになるが、


「ぬああっ!」


 のけぞった頭を元に戻す勢いでそのまま豪震脚を発動。


「うお……」


 直近で発生した勁の波動によってどんどらが弾き飛ばされ、追撃の銃弾は明後日の方向へ飛んで行った。


「くそ……」


 ぶんぶんと頭を振ってどうにか意識を保ち、鳳牙は弾き飛ばされて床に転がっているどんどらを見る。彼もまた軽く頭を振りながら起き上ってきており、同じように鳳牙を見据えてきた。

 その手に握られているのは漆黒の拳銃で、それを確認した鳳牙は先の奇襲の理由を悟る。


「……予備か」

「正解。もともと使ってた銃だから今となっては大した攻撃力はないけどね。でもまあ頭を揺らす事くらいなら出来るってわけさ」


 くくくっとどこか意地の悪い笑い方でどんどらが漆黒の拳銃をホルスターに納め、しかし次の瞬間には再びレッドライン付きの拳銃をその手に呼び出していた。

 二丁拳銃の二段構え。リロード選択後に武器を持ち替える事で完全に隙を埋めるという事らしい。


「さあこの二段構え。君に攻略出来るかい?」


 不敵な笑みを浮かべたまま、右の銃でどんどらが狙いを定めてくる。リロード中も攻撃されるという事が分かった以上、弾を撃ち尽くさせて安全に間合いを詰めるという策は通用しない。


「……確かに無傷で同行は出来ないな。けど、もしそれが虎の子のつもりならいくらでも攻略してみせるよ」


 だが、鳳牙はそれを脅威だとは思っていなかった。先は予期せぬ奇襲で危なかったが、タネが分かっていればどうとでもなる。それの弱点は、すでに本人の口から言われているのだから。


「次でケリをつけてやる」

「……ふうん。結構な自信だね。いいよ、やってみな。出来るものなら、ね」


 どんどらの紅の瞳が細まった。冷えた視線に背筋がぞくりとするが、強く足を踏みしめて押さえつける。

 今から鳳牙がやろうとしている事は、おそらく最初の一回だけしか通用しない。それを外せば確実に対抗策を打たれるだろう。ゆえにこれが最初で最後のチャンスだった。

 

 ――迷うな。躊躇うな。全てを賭けろ!


 今度は最初の時のようなコイントスはない。互いにどちらから動き仕掛けるかなど決めてはいない。しかしこの場合、やはり攻め手から動くのが当然というものだ。

 鳳牙はそれと分からぬように小さく息を吸い込み、


「『獣化』!」

「っ!?」


 発砲音。しかし放たれた銃弾は石の床に跳ねる。銀の狼と化した鳳牙は、その速度を持ってどんどらを急襲していた。


「正面から、なんて!」


 しかし彼我の距離があったために獣化した鳳牙の速度でもどんどらを追い詰め斬る事は出来なかった。正面から突っ込む鳳牙へは当然二丁拳銃の銃弾がプレゼントされる事になり、計三発の銃弾によって迎撃されるかに思われた。


「はっ」

「む」


 しかし鳳牙は正面から突っ込むと見せかけて、銃口を向けられて引き金が引かれる瞬間にその進行方向を変化させていた。

 三発の銃弾の射線上から逃れた鳳牙は、そのままどんどらの周囲をぐるぐると回り続ける。


「くっ。狙いが――」


 どんどらがどうにかして己が周囲をぐるぐる回る鳳牙を狙い打とうとするが、そのことごとくが外されてしまっていた。置き撃ちを狙っても反応が遅れ、完全に後手に回っている状態である。


 鳳牙は今の今まであえて獣化を使わなかった。それは発動にやや時間のかかる獣咆ではどんどらに対抗出来ないと思った事も理由の一つだが、最大の理由は目を慣れさせない事にある。

 一度でも獣化の速度に目を慣らされてしまえば、獣化を解いた鳳牙の動きは実に緩慢なものに映ってしまうだろう。だが逆に、通常の鳳牙の動きに慣れきった目であれば、三倍速の獣化の速度は体感でさらに速いものに感じさせる事が出来る。


 その手品も長くは続かないが、今この一回きりであれば劇的な効果を生んでいた。


「ふっ!」


 どんどらの置き撃ちを先読みし、鳳牙は直角に進行方向を変えて相手の懐に飛び込む仕草を見せる。当然どんどらはそれを迎撃しようとしてくるが、はなから飛び込むつもりのない鳳牙はこれを余裕でかわし、再び周回を始める。


 ――残弾は左の一発だけ!


 素早く相手の背後に回り込んだ鳳牙は、再び突進を敢行。即座に振り返ってきたどんどらの銃撃を横に跳んで回避。相手がレッドラインのリロードに入って銃を持ち替えたのを確認し、鳳牙は獣化を解除。同時に着替え袋で外れていた装備を着装しつつ縮地で一気に間合いを詰める。


「こっちにはまだ弾があるよ!」


 接近する鳳牙に対し、銃を持ち替えたどんどらは左手の引き金を引きつつ右の銃を温存。鳳牙の回避先を見極めてからの追撃に回すつもりだった。だが、左の銃から放たれた弾丸は鳳牙の右わき腹に命中。白の闘衣を鮮血に染めた。


「なにっ!?」

「おおおっ!!」


 両手の手甲で顔と体の一部を防御しつつ、鳳牙は銃撃を一切避けずにどんどらへ迫った。


「死ぬ気か!?」


 連続する火薬の炸裂音。放たれた四つの銃弾はうち三発が鳳牙に命中して血を撒き散らし、一発が手甲に当たって弾かれた。

 事そこに至って、どんどらが鳳牙の狙いを看破したのか明らかに驚きの表情を浮かべた。


 鳳牙はその表情に対し会心の笑みを浮かべ、さらに放たれる銃弾をその身に受け続けながらも縮地を使う事で無理やり前進を続けた。


「くそおおっ!」


 最後の銃弾が放たれ、右足と左肩を貫かれる。しかし鳳牙は止まらない。直後に後退するどんどらに追いついた鳳牙は左手で相手の右腕を掴んで自分に引き寄せ、それを迎えるかのように右手を相手の胸に当てた。

 その瞬間、どんどらの左手にレッドラインの銃が握られるが、それは遅きに失していた。

 踏みしめた地面から伝わる力が背中を通って加速増大し、その衝撃で全身の傷口から血を噴きながらも触れた右手を通して相手の内奥に打ち込まれる。


「破っ!!」


 静かな炸裂音とともにどんどらの肉体が震え、トレードマークのテンガロンハットが地面に落ちた。彼の身体が鳳牙に寄り掛かるようにして倒れ込み、そのままずりずりと滑ってうつぶせに倒れ込む。

 その様を見届けて、


「……勝っ……た」


 鳳牙は勝利を口にしてその場であおむけに倒れた。全身に刻まれた銃創が激しい痛みを訴えている。もしかしたらと持ち物ボックスのポットを試すが、使用不可能なままだった。


「鳳牙!」


 光の天井しか見えなかった鳳牙の視界に、ハルの泣きそうな顔が現れた。彼女に手伝われ、どうにか鳳牙は身体を起こす。


「あー、ハル。回復とか出来ないか? すげー、痛いんだけど」


 回復アイテムは使用不可能な状態だが、もしかすると回復スキルであれば有効かもしれない。そう思っての言葉だったのだが、ハルの表情はばつが悪そうなものになってしまった。


「あ……ごめん。姉さんを抑えながらだとプロテクトを解除する事が出来ないから、回復は――」

「もう出来るわよ。それに、私を抑えておく必要なんてもうないわ」

「え?」


 弾かれたようにハルが振り返った。それにならって鳳牙も首だけ振り返ってみると、中央の台座の近くで座り込み、死したどんどらの頭を膝に乗せて撫でているミコトの姿があった。

 慌てて首を戻してみると、そこに転がっていたはずのどんどらの身体がなくなっていた。何らかの方法で向こうへ移動させてしまったらしい。


「そんな……。だって私まだ――」

「最初から貴女の抑えなんか効いてなかったわ。ただ話を合わせてあげていただけ。そうしないと、貴女も無茶しそうだったもの」


 やれやれというようにミコトが大きなため息を吐き、彼女はどんどらを撫でている手とは別の手を鳳牙へと向けた。


「お……」


 途端、鳳牙の身体が淡い光に包まれ、一瞬にして全身の痛みが引いて行った。どうやら回復スキルをかけられたらしいと思い至り、


「何のつもりだよ」


 鳳牙はゆっくりと立ち上がりながら問いかけた。


「何のつもりも何もないわ。貴方たちは私たちに勝った。そのお祝いみたいなものよ」

「……ふざけてるのか?」

「ふざけているとは心外ね。でも、確かにこれは私の意思ではないのだから、そう思われても仕方がないのかもしれないわね」

「お前の意思じゃない?」


 何を言っているのかと鳳牙が問い返すと、彼女は何も答えずにまだどんどらの頭を撫で続けていた。ただ一途な視線を向けたまま。


「ん? おいちょっと――」

「あ、鳳牙」


 ふいに違和感を覚えた鳳牙は足早にミコトへと近付いた。その後ろからすぐにハルも続き、隣に並ぶ。


 鳳牙が見下ろすどんどらは目を閉じたままだった。確実に死んでいるというのに、その肉体に変化がない。色を失ってもいないし、黄色い炎に焼かれてもいなかった。

 一体どういう事かとミコトに視線を投げると、


「それが約束だから。私と、彼との」

「約束……?」

「そう。彼が勝てば、貴方と彼の命をもって私とハルを外へ送り出す。貴方が勝てば、私と彼の命をもって貴方とハルを外へ送る。そういう約束よ」

「っ!」


 鳳牙は息を飲み、横で聞いていたハルも両手で口を押えて言葉を失っていた。

 にわかには信じがたい話だった。今の話では、どちらの場合でもどんどらは自分を犠牲にする事になっている。確かに彼もまたコピー体の一人でしかないのかもしれないが、すすんで犠牲になる理由がない。


「それは……いったいどうい――」

「彼は、元々から死者だったのよ。九十八体のコピーとは違う。生者である貴方とは対極の存在」


 鳳牙の言葉を遮って、ミコトが遠くを見るように顔を上げる。その視線はどこも見ていない。強いて言うのであれば、それは過去を思い出しているように見えた。


「彼はここへ来た最初の日に質問してきたわ。ここにいる者たちは全員コピーなんじゃないかって」


 ミコトが再び顔を下に向けて、どんどらの頬を撫でた。


「いきなりだったからさすがに驚いて、何を根拠にそう思うのかを問いただしてみたの。そうしたら、自分はもう一か月前に死んでいるはずなんだって言ってきたわ」

「一か月前に……死んでいる……?」


 何を言っているのか、鳳牙には分からなかった。賞金首たちはみなゲーム中に意識を失っている。つまりそれはどんどらも同じだという事で、ゲームをプレイしていたのに死ぬとはどういう事なのだろうか。

 そんな鳳牙の疑問は当然のものだったのだろう。ミコトは鳳牙が何か聞くよりも先に続きを話し始めていた。


「彼は一か月前。バーチャルリアリティ機器からゲームに接続する前に自分を刺していた。痛みを鎮痛剤でごまかして、そんな状態でゲームにログインした。現実の世界ではなく、ゲームの世界で死ぬために」

「な……」


 ミコトの語るどんどらの現実を聞いて、鳳牙は少なからず戦慄を覚えた。いったいどんな精神状態であればそんな事が出来るのだろう。自殺の方法としては、少なくとも鳳牙の聞き及んだ限りでは初めてのものだった。


 確かにバーチャルリアリティログインでは身体の感覚はゲームの方へ依存する形になるため、現実世界での感覚が極端に鈍くなる。加えて鎮痛剤でごまかすとはいえ、出血多量で意識レベルが低下すれば強制ログアウトしてしまうはずだ。

 ミコトの言うゲームで死ぬ事は、一般人には物理的にも技術的にも不可能なのだ。


「だから一か月も経ってからゲーム内で目覚めるのはおかしいと思ったみたいね。それで人格までコピーした偽物なんじゃないかって推論に達してしまった」

「……そういう事か」


 鳳牙は今の話でどんどらが最初からおかしかった事の理由を理解した。彼は最初からこのイベントに参加している賞金首が人間ではない事を知っていたのだ。だからあそこまで残酷に事を進められたのだ。


「最初は危険だから除外してしまおうかと思ったけど、ゲームに招いてくれてありがとうと言う彼に興味が湧いた。何の打算もなく、私だけのために何かがしたいという彼に惹かれた。そんな事を言われたのは初めてだったから」


 ミコトの言葉は重かった。彼女は生まれてからずっとモルモット同然に過ごしてきたのだ。常にただの研究対象として扱われて監禁され続けた。

 だからこそ、どんどらのような存在は初めてだったのだ。自分に対し一切の偏見を持たない存在。ありのままの自分をありのままに受け入れてくれた存在。

 それがたとえ特殊な要因によるものだったとして、そんな事は些細な問題に過ぎない。


 重要なのは結果であって、過程ではないのだから。


「でも結局、それが今の状況を生んでしまった。私の満足のために――」


 ふいに、ミコトがハルに視線を向けた。


「――貴女を傷付ける事になってしまったわ」


 彼女はまるで何かに失敗した事を謝るような、そんな表情をしている。

 鳳牙にはなぜ彼女がそんな顔をするのは分からなかったが、


「っ……。まさか姉さんは――」


 再び息を飲んだハルには何か思い当たるものがあったようで、目を見開いてゆっくりと首を振っていた。


「本当は……ね。こんな事言うつもりはなかったの。何も言わずにいるつもりだった。けれど、貴女に嫌われたまま死ぬのが嫌になっちゃった。だから、ごめんね。ハル」


 ミコトの瞳から涙がこぼれ、落下した滴がどんどらの顔に当たって跳ねた。


「姉さん。このためだったの? このために、私をゲームの中へ行かせてくれたの?」

「……ただの保険のつもりだったのよ? ちゃんと、ここを出た後もちゃんと私が貴女を守ってあげるはずだった」


 震える声で尋ねるハルに対し、ミコトはばつが悪そうに目をそらしながらそんな事を言った。

 鳳牙はその仕草を見て、やはり二人は姉妹なのだと改めて確認する。


「けれど私は知ってしまった。貴女がそこの彼と関わる事で知ったものを。知ってしまったら、抑えられなかった。……そうしてこの最後の選択にかけた。この先も貴女を守るか。彼とともに在るか。二つに一つ、って」


 事ここに至って、ようやく鳳牙も少しだけ姉妹の間で交わされる内容を理解した。

 それはどうしようもないほどに歪な愛情の物語だ。今までの事の全ては、ただ妹であるハルのために行われてきた事だったのだ。ミコトは姉として、精一杯妹の事を考えてきたのだ。

 自分を殺し、自分らしい生き方など考えもせず、ただただ妹のために準備してきた。


 だが、どんどらと出会った事で彼女は自分というものに気が付いてしまった。今までずっと自分を殺してきた彼女は、いきなり取り戻した自分に振り回され、結果的にそれを助長してしまったどんどらとともにこの歪な答えに辿り着いた。

 元に自分に戻って生きるか。本当の自分として死ぬか。二つに、一つ。


「今まで辛い思いをさせてごめんね。ハル。私が死ぬ事で貴女に傷ついて欲しくなかったから嫌われようとしたけど、でもやっぱり貴女に嫌われたまま死ぬのは嫌だった。忘れて欲しくなかった。だから傷付けてでも覚えててもらおうとする私を――」


 そこから先の言葉は続かなかった。座り込んだミコトは今、ハルの腕の中にいる。彼女はたった一人の姉を抱き締め、静かに涙を流していた。


「姉さんは馬鹿だよ。だって、たった二人の姉妹なんだよ? ずっと二人で生きてきたんだよ? 忘れるわけないじゃない。どんな事をされたって、姉さんは姉さんで、私は姉さんの妹なんだから……」

「………………うん」


 ハルに抱きしめられたまま、ミコトは笑顔で大粒の涙をこぼしていた。

 その笑顔は、どこか苦痛から救われたような安堵にも似ていると鳳牙は思う。と――


「おい。その黄色い光って……」


 抱き合う姉妹を眺めていた鳳牙は、ミコトの身体から黄色い粒子が散っている事に気が付いた。

 鳳牙の声で同じ事に気が付いたハルが驚きの表情を浮かべているが、対して当のミコトはいたって冷静だった。

 そうしてよくよく見てみれば、倒れたままのどんどらの身体からも粒子が発生していて、その発生個所からどんどん身体が崩れて行っている事に気が付いた。


「さすがにもう限界ね」

「限界って……っ! おいまさかお前、どんどらの死体を維持するために自分の命で補完してたのか!?」


 それ以外には考えられない現象だ。発生した粒子はすぐそばの台座に吸収され続けており、次第に白い光を放ち始めていた。


「姉さん……」


 呆然とした表情でハルが徐々に死にゆく姉の姿を見ている。なんと声をかけていいか分からず、鳳牙は奥歯を噛んだ。


「さあ、私たちに構わず進みなさい。扉を開けるのが私たちの役目。そして、扉の向こうへ行くのが貴方たちの役目なのだから」


 徐々に朽ち欠けゆくミコトとどんどら。淡く光る粒子に彩られたその光景は幻想的であり、どこか現実味のないものだった。人の死というには、あまりにも美しく見えたせいだろう。

 彼女は欠落を始めた手で台座を示し、


「それが最後の鍵よ。二人ともその台座に手を触れなさい。そして実行コマンドを唱えるの。コマンドは……言わなくても分かるでしょう?」


 ふふんと、ミコトがこんな状況でも人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。

 鳳牙は小さくため息を吐いて、しかしコクリと頷いて見せた。


「だったらもう、後は大丈夫ね。…………妹をお願いするわ。私はもう、見守ってあげられなくなるから」


 そういった瞬間にミコトの顔半分が一気に崩れ去り、一際大量の粒子が宙を舞った。


「姉さ――っ!」


 思わずハルがミコトへ手を伸ばしかけたが、 その手は手首まで消滅してしまっている姉の手によって制された。

 先ので声が出なくなってしまったのだろう。彼女はゆっくりと首を左右に振り、そうして微笑んだ。慈しみに溢れた、姉の笑みだった。


「っ……」

「っと……」


 いきなり抱き着いてきたハルにバランスを崩されかけるも、鳳牙は踏みとどまって彼女を受け止めた。胸に顔を埋めて震わせている肩に手を置き、鳳牙はもう一度ミコトを見る。

 彼女はまだ笑っていた。そうして半分になってしまった口を動かして何事かを言うと、


「あ……」


 次の瞬間には全身が一度だけ黄色く発光し、その全てを粒子に変えて、ミコトという存在は永久にこの世から消え去った。最後まで寄り添うように存在していたどんどらもまた、光の粒子となって消え去る。

 飛散した粒子はその全てが台座に吸収され尽くし、一拍の間を置いて台座は白銀の輝きに満ちた。これで準備は整ったという事なのだろう。


「ハル」

「…………うん」


 頭を優しく撫でてやると、彼女はそっと鳳牙に抱き付くことを止めた。その目にはまだ涙がたまっていたが、それを自分の手で拭って大きく息を吸い込む。


「…………うん。行こう鳳牙。私たちの未来へ」

「……ああ」


 鳳牙はハルナの手を握る。彼女もまた鳳牙の手を握り返してきた。

 二人はその握りあった手を台座に乗せ、一度互いに顔を見合わせた後、小さく息を吸い込む。そして――


「liberate!」

「liberate!」


 その言葉を紡いだ瞬間、台座の放つ白銀の光が一瞬にして爆発し、二人の姿はその光に包まれ、消滅した。






 



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