4.最終決起 胸に秘めたそれぞれの決意
全てを決定し、全てを終わらせる朝が来た。
その日も虚構の太陽は燦々と陽射しを降り注がせ、早朝の室内を明るく照らしている。
室内には六つの影。ギルドマスターである御影を除く、全ての面々が集まっていた。
「さて、それじゃあ本当に最後になるけど、みんな準備はいいかい?」
いつもの通りにフェルドが最終確認を呼びかける。
「大丈夫です」
「うぬ」
「あいさー」
「出来てるばい」
「lib。問題ありません」
全員が言葉を返し、その後で最後に応答した人物へ視線が集中する。そこにいるのはメイド服から灰色のローブへ衣装を変えたハルナだ。
この最後の決戦に赴くにあたり、もはや破綻しているゲームを終わらせるために参加するという事だが、その実どんどら側についているというミコトへの対抗策としての位置付けが強い。
目には目を、歯には歯をというやつだ。
最初は当然全員が驚いていたが、鳳牙が思っていたよりはすんなりと受け入れられている。ハルナの申し出を聞かされた時に抱いた不安は、全くの杞憂に終わっていた。終わっていたのだが、どことなく彼としては釈然としない。
――そういや、俺が目を覚ました時もなんか微妙な雰囲気があったよな。
一昨日、どうやら五日も昏睡していたらしい鳳牙が目を覚ました時、知らせを受けて飛んできた四人とハルナの間に微妙な雰囲気が漂っていた。
それはどことなくよそよそしいというか、今までの関係に何かしらの変化が生じてしまったような、そんなしっくりとこない座りの悪さというのが一番近い感覚だ。
別段仲が悪くなっただとかそういった類の物ではなく、何かが決定的にずれたまま戻せなくなってしまっているような、そんな感じだった。
そうして何より、そういった感覚が四人とハルナの間だけではなく、鳳牙の間にも若干滲んでいるのである。表面上はそうでもないように見えるが、とても些細な事の中にそういった変化の端々を感じることが出来てしまうのだ。
たとえばフェルドがあまり雑談をしなくなった。今日を迎えるにあたって二日の猶予しかなかったとはいえ、彼と話をした内容は全て今日のための準備に関する事柄だけだった。
世界の境界での絶望的な敗北が尾を引いているのだとしても、彼という人間はそういった状況であればこそ無駄と思える話で周囲の気を紛らわせようとする人だった。
それがずっとピリピリしている。しかし、苛立っているわけではない。それが不思議だった。
「これが最後の戦で御座るな。それにしても、御影殿はどうしたので御座ろうな。今日の事は一応伝えておったので御座るが」
アルタイルが一際高い目線で周囲を見回している。
彼に関してもそうだ。鳳牙の目が覚めてからこっち、明らかに会話をする回数が減った。忙しそうに飛び回っていた事も要因なのかもしれないが、微妙にさけられているような、改めてどう接していいものか測りかねているような節があった。
鳳牙は鳳牙でその妙な感覚にどうしていいのか分からず二の足を踏んでいたのだが、今にして思えばなぜずけずけと聞けなかったのだろうかと少し後悔している。
「じーちゃんも忙しいんじゃない? 行ってきます言えないのはさみしいけど、書置き残したから大丈夫大丈夫」
テーブルの上に残したメモを指さして、小燕がえへんと胸を張った。
一見するといつも通りの彼女だが、ある意味では彼女が一番顕著な変化を表している。
相変わらず子供っぽい言動をするが、それはあくまで今のような時に限定され、普段の何気ない動作からは一切の子供っぽさが消えたのだ。突発的に抱きついてくる事もなくなったし、何一つわがままを言わない。
それに、一人でいる時に泣いている姿を鳳牙はこの二日だけで四回目撃している。そのどれでも声をかけた瞬間に泣いている事実を隠し、しかし痛々しい笑顔を向けてくるのだ。
そんな彼女に対し、なぜ泣いているのかとは聞けなかった。
「小燕ちゃんの言う通りばい。直接会えないのはさみしかばってん、今は前に進まんと」
いつも以上に威勢よく、ステラが両手でガッツポーズをとっていた。
ステラに生じている変化は一番分かり難い。もとより並列にものを考える事が出来る性質なため、心ここに非ずという状態が珍しくないからだ。
しかし、それはそれで常にその状態であればさすがに違和感を覚える。彼女はこの二日、おそらく常に何かを指向の片隅で考え続けている。そしてそれは、四人に共通する違和感に関する事なのだろうと鳳牙は考えていた。
それぞれに普段通りに振舞おうとどこか無理をしている事に鳳牙は気が付いていたが、それを詮索する事はしなかった。この場合、止められたとも言えるだろう。
止めたのはハルナだ。直接に聞くのはためらわれたので自分が意識を失っている間に何があったのかと尋ねてみたのだが、彼女は黙って首を振り、答えられないと言った。そしてその事に関して詮索してはいけないとも言われたのだ。今詮索をしてもろくな結果にはならない、と。
――いずれ分かるって言われてもな……
ハルナが言うには今回の事が進む過程で嫌でも分かる内容という事だったが、鳳牙はどこか納得しきれなかった。かといってやはり直接に尋ねる事も出来ずに今日を迎えている。
もう少し猶予があれば何か決められたかもしれないが、それはもはや意味のない仮定だった。
「よし。じゃあ行こうか。――ハルナさん」
「lib。それでは転送を開始します。皆様、私のそばにお集まりください」
フェルドの指示を受けたハルナの言葉に従い、全員が彼女を中心にしてぐるりと集まる。
「座標検索開始…………転送ポイントスキャン開始……スキャン完了。トランスポーター起動」
いつものように足元に青白い光を放つ魔方陣が展開され、周囲を淡く照らし出した。ちょうどハルナの真正面に位置している鳳牙は、彼女の闇色の瞳に淡い青が映り込む事で幻想的な雰囲気を帯びている事に気が付く。
それはあの日、二人が別れた日にも見たものだ。今まで何度もこの光景を見ているはずなのに、鳳牙はそれに今初めて気が付いた。
「転送ポイント選択完了……座標固定……、完了。転送を開始します」
ハルナの宣言と同時に魔方陣が一際大きく輝き、次の瞬間には視界が暗転して、直後に闇が晴れた時には眼前にそびえる塔の直近へ至っていた。
一週間前の虐殺の痕跡はどこにもない。ただ、塔の入り口である大扉。その周囲で灯る黄色い炎だけが、過去が現実である事を証明していた。
――これで全てが終わるのか……?
不気味な曇天を貫く巨大な塔。その果てに何が待つのか。今の鳳牙はまだ何も知らないままだった。
◆
鳳牙たちが転送で移動してしまってから間もなく、ギルドホームに御影がログインしてきた。
彼はログインするなりすぐさま自分に割り当てられていた部屋を飛び出して、食堂兼会議室へ向かう。
しかしそこには当然だれもおらず、その人気のなさから彼は己が遅きに失してしまった事を理解した。
「くそったれ! なんでこんな大事な時に足止めを食うんだ俺は!」
思わずテーブルに拳を叩きつけ、
「――ん?」
しかしそこでテーブルに残された書置きを見つける。慌ててそれの中身を読むと、内容は挨拶せずに出かける事への謝罪と、しっかりと目的を果たしてくるという決意が書かれていた。
その置き手紙をしっかりと呼んで、御影はすぐさま直接指定の【ささやき】を試みた。
『おいいるか? いるなら返事をしろ』
『……ええ、いますよ。どうかしましたか?』
通信を試みた相手はBBだった。御影は相手が応答した事を確認すると、
『くそったれが! なんで今朝になってからやっと連絡を寄越しやがった!』
開口一番に怒鳴り声を浴びせかけた。
『なぜと言われましても、調べがついたのが深夜になりましたからね。一応メールではすぐに送りましたが、さすがに深夜にそれ以外の方法で連絡差し上げるわけにもいかないかと』
『そりゃそうだが、それ以前に最初の二・三人調べた段階でおかしいって気が付けただろうが。なんでその段階で一度報告してこなかった!?』
その事が今朝になってようやく分かったというのであれば仕方がないが、伝えられた事実は持ち出したデータを解析し始めてすぐに分かった事のはずだった。
それをもっと早くに知る事が出来ていれば、今日という大事な日に間に合わなかったという失態を演じる事もなかったはずなのだ。
それゆえに御影はBBに非難の言葉を発したのだが、
『それに関しては確信がなかった事が一つですが、たとえ先に知らせたところで我々に何が出来たというのですか?』
『っ……』
返されたBBの言葉に、御影は何も言えなくなってしまった。
確かに彼は遅きに失した。しかし、間に合っていたとしてなんと言えばいいのかと問われれば、即答出来ないのが現実だった。
伝えるべき事ではあるのだが、伝える事によって生じるであろう影響を考えると、果たして伝えてしまってもいいものだろうかと躊躇してしまう。
事はそれほどまでに重大なものだった。
『全てをどうにかしようとすれば私たちの手に余ります。残念ですが、もし私たちに出来る事があるとすればそれは、彼らをただ信じて待つ事しかないでしょう』
淡々と続けられるBBの言葉に、やはり御影は何も言い返す事が出来ない。
『この事実を公に発表したとしても、何の意味もありません。むしろ事態を悪い方向へ持っていくでしょう。あまりにも特殊な状況過ぎますし、想定していた被害者の数に差があり過ぎました』
巻き込まれた賞金首。全国各地で改竄される情報。それら全てが今回の事件の被害者が百人いるという事を示していた。
だが、その実それらは可能性を示していただけで、事実を証明していたわけではなかったのだ。
確かに状況証拠はほぼそろっていた。しかし、それらはどれも決定的ではない。だからこそ誤認した。決定的な証拠を手に入れた今、御影は自分がどれだけ今回の件に踊らされてたのかを理解したのだ。
「くそっ……」
奥底から湧き煮えたぎる感情に歯噛みをする。知らず握りかためていた手の中でメモが区シャリと音を立てた。
――……ん?
ふと、御影は自分がつい握りつぶしてしまったメモに違和感を覚え、しわをのばしながらもう一度テーブルの上に広げる。それはメモ書きされていた面の裏側。そこに小さく一言だけ書かれている言葉があった。
「…………馬鹿野郎が!」
御影は拳をテーブルに叩きつけた。
何もかもが徒労だったとは思わない。だが、最初から自分に出来る事など本当にたかが知れていたのだという事が分かって、御影は自分の情けなさに憤慨せずにはいられなかったのだ。
「くそったれ!」
幾度も幾度も、御影は自分を痛めつけるように拳を叩きつける。
その衝撃とわずかに起こった風に押され、テーブルの上からメモが落ちた。ひらりと舞って床の上に落ちたメモ。
そこにはただ一言、『鳳牙をお願いします』と書かれていた。
◆
「それでは突入前に、『超越者の塔』について説明します」
もはや通常の攻略ではないと判断しているのか、さっさと塔に挑もうとした面々を制したハルナがいつかのようにウィンドウを出現させてダンジョンの説明を始めた。
全く未知の状態で挑まなくていいのであればそれに越した事はないと、満場一致でその説明を聞く事にする。
「現在、塔の中は三階層に分かれています」
「三階層? この高さでたったそれだけにしか分かれていないのかい?」
ハルナの出だしの言葉にフェルドが早速突っ込みを入れた。鳳牙も同じ考えを持ったので視線だけでハルナに尋ねると、
「lib。ミコト姉さんが大きく中身をいじってしまったようです。本来はもっと複雑だったのですが、何らかの目的で簡略化したのでしょう」
なんにせよ好都合でしたと言って、彼女はウィンドウにデフォルメした塔を表示させた。
「この内第一及び第二階層ではそれぞれ特定の相手との戦闘を行う必要があります」
ハルナが軽く手を振ると、塔のデフォルメ絵がだるま落としのような三階層区分表示になった。その第一階層と第二階層に人型マークが表示される。つまりはそれがモブという事だろう。
「この場合の特定の相手というのには二種類あって、まずは塔の各階層に最初から配置されている特殊モブです。これは状況に応じて変化しますので一概には言えませんが、出現数が固定である代わりにその階層にいるプレイヤーの人数によって強さが変化する特殊設定になっています」
ハルナの説明を聞いて、鳳牙は少し厄介だなと感じた。人数によって強くなるという事は、下手をすれば単体性能が極限まで強化されたモブと闘わなくてはならなくなるという事だ。単純な話、相手モブが一騎当千になってしまうという事になる。
こういったモブの対処方法は少数精鋭で何とか出来るギリギリの強さに抑えた状態で戦う事が望ましい。出来るのならばソロ、もしくはコンビだろうか。
「そしてもう一つがCMOのゲーム内で賞金首を討伐し、特殊装備を入手する事で受注可能な特殊クエストに参加しているプレイヤーたちです」
「え? 一般プレイヤーがこの中にいるのかい?」
即座に反応したフェルドに、ハルナがコクリと頷いた。
「lib。その通りです。我々が各階層へ到達した場合、先に固定モブとこれらのプレイヤーたちが戦闘を行い、その後で勝者と私たちが戦闘を行います」
ハルナが手を動かすと、黒い人型しか映っていなかった第一階層と第二階層に赤い人型が複数出現し、カチカチと闘っているような表示へと変化した。
「ですが、これは本来のイベントであった時の話です。今現在はミコト姉さんが中身を改変してしまったので、まず間違いなく勝者は固定の特殊モブになっているはずです。そうしなければ一般プレイヤーの手に渡った感情の欠片を確実には還元出来ませんから」
彼女の言葉尻に合わせて赤い人型がパタパタ倒れていき、黒い人型が勝ちを表現するようにぴょんぴょん飛び跳ね始める。
ハルナの説明によれば、この塔もまた集めた感情エネルギーを還元して最後の障害を取り除くための物であり、最上階層に外へつながるゲートを開けるための仕掛けがあるのだという。
この場に一般プレイヤーたちも招く事で強い感情エネルギーを生成してもらい、最終的には装備品のエネルギーも回収する目的があったようだ。
「しかし、それももはやどこまでか分かりません。もともと姉さんの肩入れするあの男の働きで、当初私たちが考えていた必要エネルギー量のほとんどが集まっていました。今回この塔の内部で生成されるであろうエネルギーを足せば、残りの必要量は十分に確保出来るでしょう」
彼女が分からないといったのは、やはり当初の頃からイベントの内容が大きく変化してしまっているせいだという。企画のほとんどをミコトがやっていたため、どこをどれだけ変更したかは彼女には分からないという事らしい。
「けど、エネルギーが確保されていても最上階層に行かない限りは外へは出られない。だから僕らは真っ当にこのダンジョンをクリアしないといけないんだよね?」
「lib。しかし、改変には改変をという事で、私もどうにか緊急のプログラムを割り込ませました」
フェルドの問いに答え、再びハルナが手を振ってウィンドウを操作する。すると、第一階層と第二階層に二つのレバースイッチと青い転送魔方陣のようなものが出現した。
「本来はその階層の敵性体を全て倒さなければ上階への転送魔方陣は出現しない設定なのですが、今回私が設置したレバーを操作する事ですぐさま一つ上の階層へ進めるようにしました」
ウィンドウの中でレバーが倒れると、青い魔方陣がピカピカと光り出す。つまりはショートカットのようなものなのだろうと鳳牙は理解する。
「ただし、レバーを操作した方は――」
ハルナが不意に言葉を切り、口をつぐんで何かを躊躇う様な仕草を見せた。しかしすぐに、意を決したように口を開く。
「……レバーを倒した方は――」
「あれでしょ? ハルナさん。やぱりイカサマなわけだから、何かしら問題があるんでしょこの方法。たとえばほら、レバーを倒した人は一定時間そこに留まらないといけないとかさ」
言い直しかけたハルナの言葉に被せて、フェルドがそんな事を言い出した。
それは何とも妙な条件だと鳳牙は首を傾げるのだが、
「……その通りです。これはレバーを操作する事で初期転送位置のプレイヤーを上に送るプログラムですので、レバーを操作しに行った方はレバーを操作した後でモブを避けつつ戻ってこなくてはなりません。なので一時的にとはいえ、パーティーを分断されて階層モブと二人で相対する事になります」
ハルナがフェルドの言葉を肯定したので、そういうものなのかと一応納得する。
「うぬ。されど闘う事なく逃げる事に専念するのであれば、そうそう危険も御座るまい」
「そうだよね。アル兄は足速いし、あたしは堅いし問題ないよね」
「ん? なあ小燕。なんでアルタイルさんと小燕限定みたいな言い方するんだ? 足なら俺だって速いぞ。獣化出来るし」
どことなく自分が外されているような気がして鳳牙はそう言ったのだが、
「えっ? あ、うん。えっと、うん。そう、だよね。あははは……」
なぜかしどろもどろになった彼女が乾いた笑い声を発したので、さて何かおかしいぞと再度質問しようとすると、
「塔の中には仕掛けがあるばい。そんなかには回避に特化してたり防御に特化してないと危ないものもあるけん、二人の名前ば出しただけばい。ね? 小燕ちゃん」
そこへステラが割り込んでくる。
確かに彼女の言う通りであればまま納得がいくが、しかしそれはそれで新たな疑問を鳳牙の中にもたらした。
「なんでステラは初めてのダンジョンについてそんなに知ってるんだ?」
全員この超越者の塔へ挑むのは初めてである。ゆえに中がどうなっているのか詳しく知っているはずもなく、今までのハルナの説明でもそういった特徴に関しての説明はなかった。
しかしそれをステラが知っているふうなのはどういうわけだろうか。
「えっ!? ……えっと、それは――」
「lib。そういえば鳳牙様がお目覚めになる前に少しこのダンジョンについて皆様にはお話ししている部分がありました。それを貴方にはお話ししていませんでしたから、皆様が知っているのに貴方が知らないのは当然かと」
びくりと体を震わせたステラが何か言うよりも早く、ハルナがそんな事情説明を行ってくる。
あからさまなこじつけのような気がしないでもないが、五日も昏睡状態だった事は事実なので、その間で何があったのかについては鳳牙に論じれるものがない。
しかし、今の流れで全員が鳳牙に対して何かしら隠し事をしている気配に関しては確信に近い直感を得た。
それをこの場で問うのも一つの手だが、今から最終決戦に臨もうというのに場の雰囲気を壊すのもはばかられる。おそらくはこれもハルナの言ってたその内に分かるという事につながっているのだろうと考え、
「なんだよ。そういう重要な事は言ってくれないと困るじゃないか」
鳳牙はあえてこの話を流した。彼とてハルナとの関係に関してはみんなに話していない。何かしら事情があるのだろうと考えた。
追加の説明によれば、その階層の仕掛けはモブと戦闘になる事で発動し、それまでは特に何も起こらないという事だった。
しかしレバー操作でプログラムを作動させると探知外でも自動的にモブと戦闘状態へ移行してしまうらしく、パーティーが上階へ移動した後で仕掛けも発動するために厄介であるという事だった。
「コホン。えっと、変に話が逸れたけど、ともかくそれぞれの階層でスイッチを押しに行く役を決めておこう」
仕切り直すようにフェルドが咳を挟みつつ話を進め、
「まず第一階層は――」
「拙者が行くで御座る。物理トラップの第一階層は回避特化での拙者が適任に御座ろう」
その台詞を奪う形での立候補したのはアルタイルだった。
確かに回避力に長ける彼ならば多少の罠でも回避してしまえるはずだ。特に職業柄そういったものには慣れっこというのもある。
「じゃあもう一人は小燕ちゃんにお任せなのですよ」
次に手を上げたのは小燕だった。やはり物理ダメージに対しての耐久力はパーティーで一番なので、これに関しては彼女以上の適任者はいないだろう。
「それじゃあ、第二階層は僕が行こうか。ここは魔法トラップが多いんだよね? ハルナさん」
「lib。その通りですフェルド様」
「ならもう一人はうちでよかね」
次の立候補者はフェルドとステラだった。フェルドはステラと頷きあった後、ハルナとも何かしらのアイコンタクトを交わしている。
その間のやり取りがなんなのか鳳牙にはわからなかったが、ハルナの表情がやや硬くなったような気がして、そこだけは少し気になった。
「よし。じゃあそろそろ行こうか。どんどらも攻略に来てるだろうし、もしかしたら途中でまた何かあるかもしれないけど、とにかく上を目指そう。いいかい?」
いつも通りにフェルドが全員の顔を見回し、それに全員が無言の、しかし力強い頷きで答える。
「よし。突入だ。八百万の神々のご加護を!」
ゴーサインに合わせ、六人全員が大扉を潜る。潜った瞬間、エリア転送と似たような暗転が起こり、すぐさま景色が塗り替わった。