表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Chaos_Mythology_Online  作者: 天笠恭介
第五章 リベレイター
43/50

1.胸中吐露 囚われた者たちの願い



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 投稿者名:TAO Re:【激動】賞金首目撃情報交換スレッドその4【激震】


   駄目だ。方々聞いて回ったけど誰も詳細知らない。



 投稿者名:あくせる Re:【激動】賞金首目撃情報交換スレッドその4【激震】


   >>TAO

   こっちも駄目だった。


   ところで同時期にきょぬーとひんぬーがギルドメンバーの募集を

   一時打ち切っているのは今回の事に何か関係があるのかな?



 投稿者名:ふぉんふぉん Re:【激動】賞金首目撃情報交換スレッドその4【激震】


   >>あくせる

   その二つのギルドだけじゃなくて、賞金首を討伐したギルドが軒並み

   メンバー募集打ち切ってるよ。


   今分かってるだけで六ギルドくらいかな。

   ↑の方で出てた特殊クエストと関係ありそう。



 投稿者名:たすく Re:【激動】賞金首目撃情報交換スレッドその4【激震】


   そういやあれ以降そのギルドの人たちめっきり掲示板に来なくなったな。

   といってもまだ三日だけど。



 投稿者名:TAO Re:【激動】賞金首目撃情報交換スレッドその4【激震】


   >>たすく

   いや、明らかに来なくなったと思うぞ。

   きょぬーに連絡してるんだけど緘口令が出されてるから

   しばらく何も答えられないって返されたし。


   >>ふぉんふぉん

   の言う通り特殊クエストに関係している可能性は大だな。



 投稿者名:てりぶー Re:【激動】賞金首目撃情報交換スレッドその4【激震】


   >>TAO

   でもたった一日で三十人も討伐されるなんて何があったんだろ。

   しかも上位陣がかなり喰われてるし。

   美人武者のハヤブサ様が逝ってしまわれたのがなぁ……



 投稿者名:老師ちゃん Re:【激動】賞金首目撃情報交換スレッドその4【激震】


   まさか怒涛の討伐ラッシュを凌駕する事件が起きるなんてね。

   スレの【】の中がここまではまるとは三郎氏も考えなかっただろう。



 投稿者名:あくせる Re:【激動】賞金首目撃情報交換スレッドその4【激震】


   このイベントもいよいよ終盤戦って事なんだろうな。

   どんな結末になるのやら。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 わずかな期待を込めて、二回連続でドアを叩く。小気味の良い音は確かに部屋の中にも届いているはずだが、その音に対する返事はない。

 水差しとコップの乗ったトレイを片手に、ハルナは小さく溜息を吐きつつそっとドアを押し開けた。


 質素な部屋。最低限の家具だけが揃えられた殺風景とも捉えられる部屋の主は、ベッドの上で静かな寝息を立てている。苦しげな様子はない。しかし、楽しげな様子もない。ただ無表情に、無感情に眠っている。


 ハルナは持ってきた水差しとコップを机に置いて、静かな動作で眠り続ける部屋の主――鳳牙の顔を覗き込んだ。

 さらさらとした銀髪に、眠っていても時折ぴくぴくと反応を見せる獣耳。銀の瞳はまぶたの裏に隠れて今は見えず、薄く開かれた口からは胸の上下に合わせて寝息が漏れていた。


「………………」


 そっと手を伸ばし、ハルナは鳳牙の額に触れた。そのまま頭を撫でるように銀の髪を指で遊ばせてやる。指の間をするりするりと抜けていく感触が心地良い。

 だが、撫でられた本人は目覚める気配がない。


 あの日。どんどらによって強制的に送還されてからすでに三日。鳳牙は眠り続けている。その原因は、分かっているとも分かっていないとも言える状態だった。医学的な見地からの説明は可能だが、現実と仮想は違う。だから実際のところは、よく分からないと言うべきなのだろうとハルナは思っていた。


 ふと、部屋の中にノックの音が響いてきた。彼女が応答すると、どこか遠慮がちに開いたドアの隙間から小燕が顔をのぞかせる。


「ハル姉。鳳兄起きた?」

「……いいえ。まだお目覚めになりません」

「…………そっか」


 ハルナの答えに、小燕はあからさまな落胆を見せる。戻ってきた五人の中では一番最初に目覚めた彼女だったが、他の四人がまだ目覚めていないと知った時は精神状態が不安定になったせいでかなり苦労した。

 幸いにしてすぐに御影が様子を見に来てくれた事と、フェルド、アルタイル、ステラがほどなくして目を覚ました事で一度落ち着きはしたが、いまだ目覚めない鳳牙に関して日に三回以上は起きたのかどうかを尋ねてくるようになっている。

 その都度ハルナはまだ起きていないと伝えるしかないのだが、その度に落胆されるので胸が痛い。


「なんで鳳兄だけ起きないんだろうね。フェル兄たちはすぐに起きたのに」

「……そうですね」


 それはやはりよくは分からない事。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()ならばハルナは知っている。

 知っていて、言えない。それはミコトとともにこのイベントを始めた時に定めたものであり、絶対に秘匿し続けなければならない事柄だからだ。


 ――でも、姉さんの肩入れするあの男はそれに気が付いている。


 本来であればあり得ない、あり得てはならない事だった。当然にしてそれを知る事によるリスクは計り知れないのだが、そのリスクを飲み込む事が出来たときのアドバンテージもまた計り知れないのだから。

 アドバンテージを得てしまったものは、百人の賞金首が構成する社会の中で完全なるイレギュラーとして活動する事が出来る。この場合は倫理観の欠如といった方が良いのかもしれない。規模が小さかろうと社会生活をする上で自然と己に課す枷の全てを取り払われた、人という名の獣。いや、この場合は悪魔とでも言うべきなのかもしれない。

 忌避する事をせずただ己の目的のために突き進む力。突き進む権利。あれを知るという事は、それを与えてしまうという事なのだから。


「っ…………」


 ハルナは隣で心配そうに鳳牙を見つめる小燕に分からぬよう、奥歯を噛んだ。あの時ミコトに言われた言葉を思い出して、しかしあの時には言えなかった言葉を心の内に吐露する。


 ――私の想いが健全ではないというのなら、姉さんの想いは行き止まりじゃないですか。


 願う果てはすでに見えている。進む事も戻る事も出来ない袋小路。いや、きっと本当なら進む事は出来るのだろう。ただそれをミコトが望まないというだけだ。

 彼女の望みは変質してしまっている。もう、共に歩む事は出来なくなったのかもしれない。


「――ハル姉。ハル姉ってば!」


 不意に聞こえて来た声に、ハルナはいつの間にか没入していた思考から現実へと引き戻された。

 隣を見ると、エプロンドレスを引っ張っている小燕の姿がある。


「ハル姉聞いてる?」

「…………はい。ええと、すいません少々ぼーっとしてました。……それで、なんでしょうか?」

「もう。言い忘れてたんだけど、フェル兄が呼んでるよ。何か聞きたい事があるって言ってた」


 小燕の言葉に、ハルナはざわりとした不吉な匂いを感じ取った。なぜそんな事を思うのか分からないが、いわゆるこれが直感なのだろうと納得し、


「分かりました。場所は食堂権会議室でよろしいのですか?」

「うん。鳳兄は私が看てるから、大丈夫だよ」

「lib。お願いします」


 ハルナはもう一度眠ったままの鳳牙を見てから、くるりと踵を返して部屋を出る。

 そのままフェルドが待つという場所へ向かうと、はたして窓から空を見上げている彼がただ一人、ポツンと佇んでいた。御影はもちろん、アルタイルやステラの姿もない。


「やあ。呼びつけてごめんね。アルタイルとステラにはちょっと外出してもらったんだけど、小燕は出て行こうとしないからさ。鳳牙のところにおいておけば早々戻っては来ないだろうと思ってね」


 ハルナが何か言うより先に、振り返ってきたフェルドがそんな説明を行なってきた。その意味するところはつまり、誰にも聞かれずに話がしたいという事である。


「まあ、立って話すのもなんだし、座ろうか」


 促される先。そこにはいつの間に用意していたのか二人分の飲み物が置いてある。万全の体制とも言える状況にハルナは内心で危機感を強めながら、しかし大人しく席につく。

 フェルドのその正面に座し、窓から差し込む光が後光のようになって彼に影の演出を加えていた。


「さて、イベント主のミコトがどんどらに肩入れしている可能性はある? それともない?」


 前置きすらなくいきなり放たれた質問に、先ほどまであれやこれやと考えてしまっていたハルナは一瞬言葉に詰まり、


「それ――」

「いや、言わなくていいよ。即答してくれなかった時点で分かった。やっぱりどんどらはそれでこのイベントの仕組みを事前に理解していたわけだ」


 それでも何とか出そうとした声を手で制されてしまった。しかしフェルドの言葉には間違いがあったため、


「いいえ。その点に関しては修正させていただきます。世界の境界最奥部でのイベントは最初に辿り着いた者に扉の開け方を教える事になっていました。宴のギルドマスターは正当な手順で扉の開け方に関する情報を入手しています」


 そこだけは意地でも訂正しておく。別に姉のためというわけでもないのだが、なにから何まで不正ととられるのだけはまがりなりにも運営側に身を置く者としての放置出来ない。

 しかしハルナのとっさの訂正は、さらなる情報をフェルドに提示する結果となった。


()()()、って限定したっていう事は、それ以外の事に関しては何かあるって事だよね?」

「っ……」


 フェルドのすっと細まった黄玉の瞳に射竦められ、ハルナは思わず息を呑む。

 失言だった。元よりどこまで隠し通せるものかも不明瞭だったが、ここまで来るともうどうしようもない。


 ――いえ、もうそれも当然の事でしょうね。


 事態はすでに終幕へ向けて動き出している。超越者の塔が解放された以上、四日後には全ての準備が整う。そこでミコトはなりふり構わずどんどらに汲みする事だろう。

 舞台も、役者も、全てを壊してでも己のために行動するはずだ。当初の目的など、もはや彼女の中では何の価値もない。その意味ではもうすでに、このイベントは破綻しているのだ。


 だからハルナは真っ向からフェルドを見据え返し、コクリと頷いて見せた。

 もう制約に縛られる意味はない。そう判断したのだ。開き直りといってもいい。そうしてハルナは今回の件についてミコトの行なった行為についてフェルドに説明する。


 とは言っても、実際ミコトのした事は多くない。彼女がどんどらのためにやった事は、最奥部の期間用トランスポーターを一時的に削除した事である。これによって一度際奥部に到達した賞金首たちは帰還する事が出来なくなり、長時間その場に留まらざるを得ない状況になった。

 そして先に行かせる事で自然と背後を取り、説明役のサポートメイドを扉の前に出現させる事で注意を逸らさせた。それだけといえばそれだけなのである。


「けど、その場に留まらされて焦れに焦れていた人たちからすればようやく動き出した事態に注意力が散漫になって、そこを見事に突かれたわけだからね。たとえとしては微妙だけど、巌流島の決闘みたいだ」


 どこか疲れたように目を伏せ溜息をついたフェルドは、そっと手を伸ばして眼鏡の位置を調整する。そうして再びまぶたが開かれ、


「まあそれはそれとして、正直一番聞きたいのはそこじゃないんだ。僕が聞きたいのは、何で超越者の塔を解放するために三十人の生贄が必要だったのかって事だよ。君がずっと言っていた鍵人と、何か関係があるんだろ?」


 今回の話の肝になりうるであろう事に関する質問を投げてきた。

 答えるべきか。答えざるべきか。問われる前から迷っていた事に対し、ハルナは答える方を選択した。それが姉への対抗心なのか、それともはぐらかせる意味がないと考えたからなのか。正直ハルナ自身でもよく分かっていない。ただ、ほんの一瞬だけ鳳牙の顔が脳裏を掠めた。それが決定打になったというだけだ。


 ハルナは一度飲み物に口をつけ、特に乾いてもいなかった口を潤してから、


「その質問に答える前に、そもそもなぜこのイベントが開催されたのかについて説明させていただきます」


 決して誰にも語る事はないだろうと思っていた事を話し始めた。


    ◇


「今回のイベントの目的。それは私とミコトがこの囚われた世界から解放される事、即ち『liberate』にあります」

「世界からの、解放……?」


 ハルナの口から飛び出してきた言葉に、フェルドは内心で首を傾げる。言っている事の意味が分からなかったからだ。

 また、その言葉に秘められた強い意志の存在にも驚かされている。彼としても彼女が普通のノンプレイヤーキャラではない事くらい当の昔に気が付いていた事だが、それでもここまで明確にその意思を感じたのは初めてだった。

 それはほん一瞬だけだが、目の前にいる存在が自分と同じただの人間ではないのかという錯覚に陥りそうなほどだ。


「はい。貴方たちも向こうで会ったというハッカーから少し聞かされていませんでしたか? 仮想都市世界に関しての事を。そしてこの場所が極めて仮想都市世界に近いという事も」


 驚きの抜け切らない状態だったが、フェルドは何とか頷きを返す。

 異端者の最果て。そして世界の境界。ともに本来のCMOというゲームとは異なる空間であり、全てがリアルに再現されているがためにただのゲームではありえない感覚まで再現されている。

 それがBBから受けた報告だった。だが、それがいったいなんだというのだろうか。


「……ここは私とミコト、私と姉さんを閉じ込めておくための箱庭だったのです」

「…………はい?」


 いきなり飛び出た驚きの発言に、フェルドは半ば声を失った。姉さん。つまりハルナはミコトと姉妹だと言ったのである。


 ――そりゃ似てるなとは思ってたけど!


 フェルドは心の内で盛大に叫ぶ。


「えっと……、姉さんて兄弟姉妹の姉さんって事?」

「はい。私たちはおそらく世界で唯一の完全な自我を持つデータ生命体。人間と人間を模したデータとの間に生まれた存在なのです」

「っ!」


 データ生命体。人とデータの合いの子。

 その言葉を聞いて、フェルドはBBと御影の話を思い出した。確かあの話の中でそれに関する話がちらりと出ていたはずだ。


「それってもしかして、仮想都市ネットワークが出来た頃に自分で作ったデータを妊娠させたって言う――」

「はい。その時に生まれた双子が私とミコトです。そしてそれからずっと、私たちはこの場所で隔離され、色んな実験や観察を受けながら過ごしてきました」


 仮想都市ネットワークが構築されたのは今から二十年以上前の話だ。彼女の言っている事が本当であれば、そんなにも長い期間この場所に閉じ込められ続けたという事になる。


 ――不味い。ちょっと混乱してきたぞ。


 フェルドは一回状況を整理し直すため、一度ハルナに話を止めてもらい、代わりに自分でまとめながらハルナへ確認を取る事にした。


「まず、君はミコトと姉妹で、この異端者の最果ては君たち姉妹を閉じ込めておくための箱庭をCMOのデータを使って改変したものという事でいいんだよね?」

「はい。正確には世界の境界も超越者の塔も箱庭の一部です」


 話によれば、元々は広々とした原っぱにポツンと大きな平屋が一軒立っていただけのエリアだったらしい。娯楽の類はその都度申請を出す事で手に入れていたようだ。まさしく飼う為の箱庭である。


「で、君たちは二十年間の監禁生活に嫌気が差して脱走するために今回の事を起こした」

「脱走ではありません。自由を勝ち取るためです」


 そこは譲れないものであるらしい。確かに一方的に閉じ込められているのだから脱走というのは彼女たちの存在を無視した言い方だろう。フェルドは素直にその事について詫びを入れつつ、


「あれ? そうするとこれってAA社にとってはどういう位置付けになるんだい? この一件って君たち姉妹の独断行為って事でだよね」

「内輪揉め、でしょうか。ゲームを使ってイベントを公表したのが功を奏して、向こうは下手にこちらに手出し出来なくなりましたけれど」


 企業というものは信用が大事だ。加えてハルナたちの存在はかなりのトップシークレットである可能性が高い。何かの拍子にどこかに漏れでもしたらどうなるか分かったものではないだろう。

 しかし、それならそれで全てが露見する前にさっさと対処してしまいそうなものではないかとフェルドが尋ねると、


「私たちの利用価値が現在までの損害を凌駕しているからでしょうね。失う事の損失の方が多い内は、私たちが何をやってもどうにも出来ませんから」


 しれっとした答えが返ってきた。


「一般人百人の命よりも、貴重なサンプルである君たちの方が価値が高いって判断なわけか」

「………………」


 思わず呟いたフェルドの言葉に、しかしハルナは何も返さない。そこにどんな想いが込められているのかは分からなかったが、なぜか少し悲しそうな顔になったのだけは気になったところだった。


「まあそれはそれとして、なんでこんな事になっているのかは分かったよ。けど、君たちの計画って別に僕らは必要ないんじゃないのかい? 人質にして交渉しているわけでもなさそうだし、その辺りはどうなのかな?」


 今までの話の中で、フェルドが最も気になったのがそこだった。これは生贄の話とも通じる部分であり、目下一番説明を求めたいものだ。

 フェルドの問いに対し、ハルナはもう一度飲み物に口をつけると、


「貴方は、今まで集めていた撃退マークがどういうものだか分かりますか?」


 質問には答えず、逆にそう問い返しきた。


「撃退マークがどういうものか……?」


 久しぶりに聞いたその名称に、フェルドはついきょとんとした顔になる。なにしろそれは装備を整えてしまった後では特に気にする必要のなくなってしまったものだったのだ。ここへきての再登場は完全に不意討ちである。

 そんなフェルドを見て答えを待つ必要はないと判断したのか、ハルナが次の説明を開始した。


「あれは人間の生み出すデータ。感情の欠片です」

「撃退マークが人の感情の欠片? それって、どういう――」

「人間はデータに換算すればわずか一ペタバイトにも満たない存在でしかありません。しかし、人間が持つ感情には一ペタバイトでは収まらないほどのエネルギーがあります。一個の存在が発するものとしては異常なエネルギー量。そのエネルギーをごくごく一部のみですが押し留め、形を与えた物が撃退マークであり、貴方たちが今まとっている装備品でもあります」

「っ!」


 フェルドは目を見開き、すぐに自分のまとっている神呪印装備を確認する。それが撃退マークから出来ていると言われても、なかなか想像が出来ない。


「感情の欠片は感情同士のぶつかり合いによって生成されます。所詮データでもある私たち姉妹では効率よくそれを集める事が出来ません。だからこのイベントを仕組んだのです。ゲームの中で無数の欠片を発生させて収集する。これが賞金首という役柄を作った理由ですね」

「なるほど。確かに二人だけじゃ大変そうだよね。他のサポートメイドは君たちとは別物なんだろうし。けど、それにしたって何でそんな物を集める必要があったんだい?」


 最初の説明のよれば途方もないエネルギー源になり得るものという事だが、それだけのエネルギーを何に使おうとしているのかはまだ聞けていなかった。


「……この世界から出るために必要だったんです。私たちを閉じ込めておくために敷かれたプロテクトをこじ開け、それを維持し続けるためには大量のエネルギーが必要ですから」

「プロテクトをこじ開ける……? あ。それって、もしかしてあの大扉の事? 超越者の塔への入り口だっていう」


 ピンとフェルドが思いついた言葉に、ハルナが肯定の意を示す頷きを見せた。


「最初に言った通り、世界の境界も超越者の塔も私たちを閉じ込める箱庭の一部です。今でこそこんな光景になっていますが、もともと世界の境界は無数のガードプログラムが闊歩するエリアで、私たちが勝手に外へ出ないように見張っていた場所なのです」

「……なるほど。あそこのモブが異様に強いのはそういう理由か」


 つまるところ、今までフェルドたちがあちらで相手をしてきたのはCMOのモブではなくモブの皮を被らされたガードプログラムだったというわけだ。エリア改変の時にそちらの方もいじったのだろう。さすがに排除までは出来なかった事への苦肉の策だったに違いない。

 モブの形を取っていれば、賞金首たちにとってもとっつきやすいのだから。


「私たちの目的の第一段階は塔の大扉に模したプロテクトをこじ開ける事でした。そのために必要な感情の欠片を賞金首に装備という形で運搬させ、さらにその場で戦わせる事で新たな感情エネルギーを生み出しつつ装備化したものを感情エネルギーへと還元する。それがあの場所で生贄を必要とした理由です」

「……全ては目的のため。君たち姉妹をこの世界から解放するための礎というわけか。僕らは最初から君たちの道具であり駒であり、そして利用されるだけの生贄だったってわけだ」

「否定はしません。いえ、この言い方はおかしいですね。その通りです。私たちは私たちの都合のために貴方たちを利用していました」


 きっぱりと、ハルナがフェルドに対してそう言い切った。取り繕う事もせず。ただ淡々といつも通りに事実を述べているだけに過ぎないというように。

 当然の事としてフェルドの中にそんな彼女への激しい怒りが燃え上がるのだが、しかしその感情はすぐに萎んでしまう。自分でもあっけないなと思うほどに、彼女に対して怒れないのだ。


 それはいつも通りに彼女が無表情でいるようで心の痛みに耐えている事が丸分かりであるせいであり、今ここで怒鳴り散らかしたところで何も変わりはしないという事をフェルドが分かっているからでもあった。

 それに彼女は出発の時にヒントを与えてくれていて、なおかつあの時戦ったゴルゴーン三姉妹がフェルドたちを敗北させて強制送還させるためにハルナが仕込んだものであるという事実もある。


 始まりがどうであれ、彼女は彼女として手の届く範囲の人たちを守ろうという動きを見せていた。自分たちの都合で始めた事なのに勝手だとも思うが、そんな事をする意味も必要もない中で、彼女自身の考えとして守ろうとしてくれていた。その事実は動かしようのないものなのだ。


 であれば、今ここで彼女を責めても何の益にもならない。こうして話さなくていい事を話してくれているのだから、こちらが利用されている分最大限利用し返せばいいだけの事だ。そういう間柄だと思えば、互いに少しは楽だろう。

 フェルドは自分の中でそう答えを決め、


「それで、この後はどうなるんだい? 説明によれば四日後に超越者の塔を攻略するためのイベントが発生するって事だったけど」


 ごく普通にそう質問をした。その結果、とても珍しいものを見る事になる。


「え、と、怒ら……ないのですか……?」


 目を丸くしてきょとんとなるハルナ。それはいまだかつて見た事が無い程の面白い表情で、


「ぷっ」


 その破壊力にこらえる間もなくフェルドは噴出した。顔を逸らし、どうにか押さえようとするのだが止まらない。

 それでもどうにかこうにか笑いを抑えてハルナに向き直ると、彼女はいまだ不思議そうな顔はしているものの、先ほどの破壊力抜群の表情ではなくなっていた。


 ――いや駄目だ。想像しちゃ駄目だ。


 ぶんぶんと頭を振って想像を消し去り、ずれた眼鏡の位置を直したフェルドは、


「怒ってどうにかなるならいくらでも怒るけどね。少なくとも僕に関しては今ここで君を怒る気はない。君というアドバンテージが手に入るのなら、今この場での怒りなんていくらでも捨てれるさ。だからそんな事は気にせずに話して欲しい。包み隠さずね」


 先ほど決めた自分の答えを述べる。フェルドの望みもまた同じくこの世界からの解放なのだから、やり方によってはハルナに協力ができるはずだ。騙され利用されるのではなく、利害の一致で協力する。それが出来るのならそれが一番良いに決まっているのだから。


「………………、分かりました。全てを話しましょう。ただし、これを知る事には相当のリスクを負わなければならないという事だけは理解していて下さい」


 長い沈黙の末、何かの決意を含ませた声でハルナがそんな事を言いだした。


 ――……あれ? なんか変だぞ?


 ハルナの変化に、フェルドは内心で首を傾げた。今さっきの自分の言葉で、なにかが決定的にズレてしまったような違和感がある。

 そのズレが、おそらくハルナに決意をもたらした。そして決意した事で、ハルナは何かを伝えようとしている。


 その伝えようとしている事。伝えられようとしている事に、得体の知れない何かがある。


 ――なんだ?


 聞いてはいけない気がする。フェルドは虫の知らせや野生の勘というものをあまり感じた事がないのだが、この時ばかりは頭の中に警告灯でも埋め込まれているのかというほどに確かで激しい何かを感じていた。

 しかしそのあまりの違和感をどうすればいいのか判断に迷い、迷った結果ハルナの口から飛び出す事になる台詞を鮮明に聞き取ってしまう。


 室内の全ての音が、一瞬にして消え去った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ