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Chaos_Mythology_Online  作者: 天笠恭介
第四章 サドンストライク
42/50

14.圧倒絶大 虚空より降り注ぎし力



「鳳牙! アルタイル!」


 土煙が完全に晴れたという事もあり、分断されていた三人とはすぐに合流出来た。開戦時の位置が集団の端っこだった事が幸いし、爆発で中央に吹き飛ばされた鳳牙やアルタイルと違って同士討ちの戦闘には巻き込まれなかったようだ。


「鳳兄。アル兄も大丈夫?」


 ヘルメットを外して薄紫のポニーテールを晒した小燕が心配そうな表情で見上げてきていた。鳳牙もアルタイルも即座に表情を取り繕うが、完全とは行かない。むしろ無理に取り繕おうとした事で余計に小燕の表情を不安にさせてしまっているあたり、本末転倒な有様だった。


「あ、あんたたち!」


 横合いから声がかかる。鳳牙がそちらへ視線を向けると、焦り顔のハヤブサがやってくるところだった。その後ろからトウカが続く。


「ミル、ミルフィニアがパーティーから外れたんだ! そこの忍者君と一緒だから大丈夫だって連絡があってそれっきり。何か、何か知らないか!?」


 アルイタイルの黒装束を掴んで引っ張ったり押したりしながら、完全に取り乱したハヤブサが泣きそうな表情で悲痛な訴えをしている。

 いつもの姐御肌な雰囲気はどこにもなく、何かに怯えるようにミルフィニアの所在を問い続けていた。

 そのあまりの変貌振りに驚く鳳牙だが、その話題が今のアルタイルをどれだけ苦しめるものであるかを思い出し、いよいよ半狂乱になりそうなハヤブサを止めようとして――


「よしたってや」


 行く手を遮る様にして身を割り込ませてきたトウカに動きを制される。


「あんなぁ。今残っとんのうちらしかおらんのよ。他のパーティーにいた二人も。うちらんとこにいた二人も、みんな死んでもうたんよ」


 消沈した声でその事実を告げられた時、鳳牙は全て理解した。ハヤブサもまた鳳牙とアルタイルと同じ痛みを、より多くの痛みを背負ってしまったのだろう。そして直接にその死を見届けていないミルフィニアが生きているかもしれないという、傍目に見れば滑稽にすら映ってしまうであろう望みを信じてこの場に来たのだ。

 だが、その望みが決して叶わないものである事を、鳳牙は誰よりもよく知っている。


「うあ……あああああっ!」


 アルタイルの前で懇願するように、ハヤブサが額を地面に擦りつけながら拳を打ち下ろしている。おそらくアルタイルがミルフィニアの最後を話したのだろう。望みを絶たれた事でさらなる悲しみを背負う事になったハヤブサが、その重みで自分を見失いかけている。


「あんたが……あんたが悪いわけやない。どうしようもあらへんかったんや」


 そんな姿を見かねたトウカがハヤブサに駆け寄り、その上に覆いかぶさるようにして彼女の身体を抱きしめた。幼子をあやすように泣き叫ぶハヤブサをなだめているトウカの姿は、鳳牙の心を抉った。


「鳳、兄。ミル姉たち、死んじゃったの……?」


 目が泳いでいる小燕が唐突にそんな質問をして来た。鳳牙は彼女の望みが否定の言葉であると分かっていて、しかしそうする事は出来なかった。かといって肯定する事も出来ず、黙って視線を逸らす。それだけで小燕が理解するには十分だった。


「――だ。やだやだやだやだやだやだやだ、嫌だっ!」


 彼女もまた駄々っ子のように泣き始めてしまう。

 彼女は鳳牙たちの中で一番死んでしまったメンバーたちとの交流があった。最年少という事もありずいぶんと可愛がってもらっていたし、彼女も親しい相手にしかつけない『姉』をつけてそれぞれを呼んでいた。

 そんな人たちが一気に五人もいなくなったのだ。その反応は当たり前で、そしてそれに対して何も出来ない自分に鳳牙ははらわたが煮えくり返る思いだった。


「ハヤブサさんたちに限らず、他のパーティーもかなりやられているね。まともに残っているのは僕らと『聖帝十字軍』くらいみたいだ」


 泣いている小燕をステラに預け、鳳牙はフェルドとともに改めて状況を確認する。普段通りに冷静そうに見えた彼だったが、先ほどから杖を握る手の色が変わりっぱなしだった。

 鳳牙も知らずの内に奥歯を噛んだり拳を握ったりして落ち着かない。それでも、出来る限り現状を把握しておかなければならなかった。


 大扉の燭台に灯る炎は全部で二十三。『宴』以外で存命中なのがハヤブサとトウカを含めて鳳牙たち七名。わずかに離れた位置に『聖帝十字軍』のタグを付けた集団が八名。後はそこらで呆然とへたり込んでいる四名の姿が確認出来る。

 無意識的に全員が同じ場所に集まってきているようだ。同士討ちは確かに怖いが、それでも誰かの近くにいないと落ち着かないのだろう。

 対してどんどらの指示で再結集したと見られる『宴』側は残存十六名。単純な頭数で言えばまだ鳳牙たち側の方が多いが、こちらは相手と違って連携も統率も取れていない。パーティー単位で各個撃破する形で責められれば確実に押し潰されるだろう。


 ――一回退いたのは確認のためか……?


 ある程度奇襲で削ったところで一度相手の戦力を確認し、第二波で仕留めに来る算段という可能性は十分にある。十分にあるのだが、その場合一つ説明が付かない点が生じる。

 それは先ほど鳳牙とアルタイルを見逃している点だ。殲滅が目的であれば確実に削れるところは削りに来てしかるべきであり、先の突撃は敵の懐に無策で入り込んだのと同じ事だった。まともに狙われていればアルタイルだけではなく鳳牙も死んでいたはずなのである。

 だがどんどらは鳳牙に対して仲間と合流しに戻れと言った。その意図が分からない。


「十九人残った、か。こっちの被害を考えると奇襲をかけた割にはあまり戦果を出せていないよね」


 突然聞こえて来た声に反応して、その場にいる者全てが声のした方へ顔を向けた。そして――


「――どんどら……」


 帽子で視線を隠さず、紅の瞳を晒したままの元凶がそこに悠然と存在していた。配下の者たちはどんどらを射程圏内に捉える形で後方に待機している。

 おそらく誰もが今すぐにでも襲い掛かりたいところだろうが、その事実からうかつに動く事が出来ない。決死の覚悟で挑めば倒せる可能性は大いにあるのだろうが、この場での死が生贄になる事と同義である事が分かっているために誰もが躊躇し、あるいは誰かが引き止めてしまうのだ。

 ハヤブサにしても相手の姿を見るなり襲い掛かろうとしていたようだが、トウカとアルタイルが全力で押さえている。


 どんどらはそんな鳳牙たちの様子を確認して、またあの空虚な笑みを口元に浮かべた。そうして何を思ったのか、突然彼は右のホルスターから早抜きした銃をそのまま空に向かって構えだす。


 ――え?


 周囲の空気におかしなものが混じる。誰もがその行動の意味が分からずに動きを止めた。

 どんどらはそんな鳳牙たちを再度じろりと眺め、


「誰も来ないんだね。てっきりこれ幸いと襲ってくると思ったけど」


 どこか落胆したような声でそんな事を言ってくる。


「このっ……お前えっ!」


 それに反応して再びハヤブサが前に出ようとするが、それを必死になってトウカとアルタイルが押さえ込んだ。本当ならアルタイルも一緒に飛び掛りたいところなのだろうが、先の一件で警戒しているのか無謀な突撃を行なうような気配はない。

 だがそんな彼らを嘲笑うかのように、


「先に言っておくけれど、もしも俺を倒したいのなら今しかないよ。俺がこうして最前線に立って銃口を空へ向けているこの状態。それが唯一君らに残された最後の機会だ」


 不敵に笑うどんどらがそんな事を言い出した。その言葉の真意を、誰もが量りかねる。

 確かに相手の言う通り、今の彼はほぼ孤立している状態だ。背後に配下の賞金首たちが控えているとはいえ、全員で襲い掛かれば一瞬で片をつけられるだろう。ギルドマスターであるどんどらを倒せば『宴』は崩壊する。それは今後の事を考えればやっておくべき事だ。


 しかし、それが分かっていても誰も動く事は出来ない。なにせ今回の始まりで謀られた奇襲を受けているのだ。今目の前にいる男が何の考えもなしに無防備な姿を晒すはずがない。

 誘いに乗ったが最後、どんな罠にはめられて殺されるかもしれないのだ。大扉を開けるためにはまだ七個の魂を要する。先に動いた七名がどんどらの餌食となって生贄にさせられると考えてしまうのは当然だった。


 それは鳳牙たちも同じであり、千載一遇の機会のようでしかしその不透明な何かの存在に二の足を踏んでいた。踏んでしまった事で、鳳牙たちは絶望の扉を自ら開けてしまう事になる。


「残念。時間切れだよ」


 目を伏せた小さな溜息の後、ギロリと開かれた紅の瞳が鳳牙を射抜く。と同時に、どんどらは上空へ銃口を向けたまま引き金を引いた。

 轟く銃声。打ち出された弾丸は虚空に消え、誰の元へも届かない。そしてどんどらが天に向かって放った銃弾はそれだけではなかった。


「な……」


 続けてさらに四回。どんどらは合計五発の弾丸を空に向かって撃ち放った。


 ――どういう事だ?


 意味不明としか言いようのないどんどらの行為に、鳳牙は内心で首を傾げてしまう。

 そして誰もが同じように首を傾げている間に彼は左のホルスターからも銃を抜き、同じように空へ向けて今度は六発全てを撃ち尽くした。ますますもって意味不明である。

 先ほどのデモンストレーションは誘われているのだと思った。誘いに乗ってどんどらに飛び掛れば、当然のごとく迎撃されるのだと。

 だが、どんどらはそれすらも嘲笑うかのように六発しか撃てない弾丸の内五発を空に捨て、あまつもう一つの方は全てを捨ててしまった。左の銃をそのままホルスターに戻した以上、今の彼には右手に持つ銃に装填された一発しか弾丸が残されていない。再び多くの弾を放つにはリロードが必要で、そのリロードを狙えば鳳牙は確実にどんどらを討てる自信があった。

 無論、それはどんどらの言う通り後ろに控える連中が本当に手を出さなければの話だが。


「うん。俺がさっき言った事が本当なら勝てるって顔をしているね」


 銃口を空へ向けたまま、どんどらがまるで鳳牙の胸の内を覗き見たかのような事を言い始める。


「まあ確かにそうだろうね。俺の銃にはもう一発しか弾がない。いくら銃の威力が高くても一発で相手は倒せないからね。喰らう覚悟で突っ込めば君には一撃必殺がある。だから勝てる。そう思ってるんだろう?」


 図星だった。まるで心を読んだような口振りだが、読まれたところでどうなるものでもない。

 とにもかくにも問題なのは相手の後方部隊なのだ。どんどら本人がなんと言おうが、後ろの連中がどんどらとの心中を選択するとは到底思えない。そのため妨害はあってしかるべきと考えなければならないだろう。

 

「先に言っておくけど、後ろの奴らが手を出さないのは本当だよ。魔法もチャージさせてないしね」


 またも鳳牙の胸の内を見透かしたような事を言ってくる。そして――


「けど、だからって君はもう俺には勝てない。だってさっき言っただろ? 君が勝つには俺が銃口を空に向けている時が最後の機会だって。でも、君はそれを生かさなかった。だから、もう終わりなんだ」


 それが覆せない現実だとでも言うように、どんどらが淡々とした声で不吉な宣告を行なってきた。それはやはり鳳牙に対してのものであり、しかしその場にいる者全員へ向けたものでもあった。


「正直なところ、君に関してはあの人が気にしているからもう少し楽しめると思ったんだけどね。案外つまらなかったな」


 ため息混じりに落胆の意を表しつつ、どんどらが空に向けていた銃口を水平に戻した。その動きに反応して鳳牙たちの間に緊張が走る。


「降り注げ――」


 言葉と同時にどんどらが引き金を引いた。鳳牙に限らずその場にいる者たちは思わず防御体勢をとったが、撃ち出された弾丸はそんな面々を嘲笑うかのように誰に当たるわけでもなく地面に弾痕を穿つ。


 ――外した?


 ちょうど鳳牙の足元に銃弾によって穿たれた穴がある。散々もったいぶった攻撃がまさかの失敗と言う事実に困惑し、どういう事かと鳳牙はどんどらに視線を向けて、もはや見るまでもないとでも言うように視線を帽子で隠した彼の姿をに気が付いた――直後だった。


「なん――」


 突然足元に出現した鈍色の魔法陣。おそらくその場にいる者たち全てを包み込むようにして広がった巨大な魔法陣は、明らかにどんどらの放った弾丸を中心にして展開されている。その事実を認識して、


 ――なんだこのアイコン?


 同時に鳳牙は視界の隅に見えていた自分のバッドステータス欄にアイコンがポップしたのに気が付いた。それは疑問符のみが描かれたアンノウンアイコンであり、そのアイコンが表示される理由を鳳牙は一つしか知らなかった。


「リミ――」

星屑の弾丸(スターダストバレット)!」


 空を仰いだどんどらの静かに宣言する。つられて空を見上げた鳳牙は目撃した。はるか上空で突如ひび割れ砕け散る空。ひどく澄んだ破砕音を奏でて開かれた黒き穴から無数の隕石が生じ、瞬く間に驟雨のごとく降り注いできた。鳳牙の視界は落下する隕石群に埋め尽くされ、全てが飲み込まれる。


 悲鳴は上がらなかった。いや、上がっていたのかもしれないが、少なくとも鳳牙の耳には降り注ぐ隕石の衝突音以外のいかなる音も聞こえなかった。

 それも全身の感覚が消え去ってからはその衝突音さえ途中から聞こえなくなり、次にはっきりと自分を認識した時にはなぜか黒い地面に突っ伏している状態だった。


 ――なにが、起こった……?


 分からない。空から隕石が降り注いだ事までは覚えているが、その後どうなったのかがまるで分からない。

 身体の感覚は鈍く、まったくと言っていいほど動かない。ぼんやりとした視界の隅に映っている自分のヒットポイントゲージは、軽く小突かれただけで死にかねないくらいに瀕死の状態だった。


「あれ? うーん。まさか一人も落としきれないとは思わなかった。ちょっと巻き込む人数を欲張りすぎたかな」


 やや朦朧とする意識の中で、鳳牙は場違いなほどにのんきな声を聞いた。その声の主を見ようとわずかに顔を上げて正面を見る。

 すると、そこには自分の銃を眺めながら帽子を押さえて不満そうな顔をしているどんどらがいた。それを確認して、鳳牙の意識は一気に覚醒する。反射的に起き上がろうとして、鳳牙は自分の身体が指の先まで一切動かない事実を再認識する事になった。


 ――なんで動かない!


「まあ、いいか。もう一回撃てば確実だし。誰が最初の七人になるかは運次第だね」


 言って、どんどらがリロードを開始する。絶体絶命の状況だった。本来はいくら瀕死の状態になっても意識がある状態で動けなくなる事はないのだが、先の一撃で身体のあちらこちらを損傷してしまったらしく、自動修復が間に合っていないようだった。

 逃げ出す者や動く気配がほとんどしないところをみると、他の者たちも鳳牙と同じく動けないか、最悪意識がないものと思われた。逸脱領域であるが故に生じた事態に、鳳牙は相手を睨み付ける事しか出来ない。


「リロード完了。それじゃ一気に――おや?」


 急に首を傾げたどんどらの姿に、鳳牙は眉をひそめる。相手の視線は鳳牙のすぐ横辺りに向けられているのだが、いまだ身体の動かない鳳牙には上手くそちらを見る事が出来ない。だが、不意に鳳牙はぶつぶつと呟くような声を捉え、それを発する者が誰であるのかに気が付いた。


「し……」


 名前を呼ぼうとして、鳳牙は自分が声すらまともに出ない状況である事を理解させられる。ならばと何とかそちらへ顔を向けようと悪戦苦闘するが、その努力は報われる事なく、鳳牙の視界にはのそのそと大剣を引きずりながら歩を進める小燕の姿が入り込んできた。

 彼女はちょうど鳳牙とどんどらの間に立ち、大剣を持ったままに両手を広げている。それはまるで、自分を盾にしてなにかを守ろうとしているように見えた。


「――……! し――……!」


 止めろと叫ぼうとして、しかし鳳牙は声を出す事が出来ない。身体の修復も一向に終わらず、ただ見ている事だけしか出来ない状況だ。


「……君は運よくランダムから一番外れたみたいだね。だけど、そんな事をしても無駄だよ。俺の『星屑の弾丸』は弾道型のスキルじゃない」

「――んだ。あたしが――」


 銃口を空に向けつつ、どんどらが暇つぶしのように自分のスキルについて話している。

 だが、それを聞かされているはず小燕はそれを完全に無視し、両手を広げて仁王立ちしたままぶつぶつと同じ言葉を繰り返していた。

 その声は非常に小さく、鳳牙の聴覚でもなかなか拾えきれない。


「君がそこにいようがいまいが、魔法陣の範囲内に捉えた相手にダメージを与えるスキルだからね。こうやって――」


 どんどらが五回連続で引き金を引き、同数の炸裂音が空に響き渡って放たれた弾丸を飲み込んだ。


「――前準備さえしてしまえば、後は最後の一発で場所を指定してやるだけだ。地面でなくてもプレイヤーやモブにあたればその当たった位置を中心に魔法陣が展開される。もちろん防御スキルで防いでも同じだ。だから重ねて言うけど、君の行為に意味はない」


 銃口を小燕に向けたどんどらが、淡々とした口調でそんな説明をしている。

 確かにその通りだった。自由に動けたはずの初撃であればともかく、今なお自由に動けない状態ではどんどらの攻撃を避ける術などありはしない。

 先の話から総ヒット数固定型の範囲内ランダム攻撃スキルのようだが、全快状態でここまで減らされた事を考えれば何をしたところで次を受ければ確実に死ぬだろう。絶対障壁を使えば小燕は生き残れるかもしれないが、弾道型ではない以上は受け止めて後ろの仲間を守る事は出来ない。


 おそらくは小燕にもそんな事は分かっているだろう。だが『秘密の花園』の知り合いたちに加え、今まさに鳳牙たちまで死に掛けている様を見てじっとしている事など出来なかっただけだ。

 パーティーにおいて仲間を守る役目を担い続けてきた彼女が、ここぞというところで何も出来ない事が悔しかっただけだ。その想いが今の行動となって現れている。ただそれだけなのだ。


「……ふう。あまりそういうのを見せ付けないで欲しいよね。そういう感情って、もう俺には――いや、それこそ意味のない行為だな」


 小さく溜息を吐いたどんどらは一瞬何かを言いかけて、しかし帽子をずらして視線を塞ぐ事で言葉を切った。そうして次に帽子を上げた時には、無感情な紅の瞳で改めて銃を構え直してくる。


「終幕だ。ここから先は、俺が一人でやり遂げて見せるさ」


 引き金にかかったどんどらの指に力が込められ、放たれた弾丸は小燕の横を抜けて鳳牙よりもさらに後方へ着弾した。次いで再び鈍色の魔法陣が展開され、地に伏す鳳牙と小燕をその範囲に捉える。


「十九人中七人。運が良ければまた会えるかもね。――降り注げ、星屑の弾丸!」


 宣言と同時に再び空の方で澄んだ破砕音が聞こえて来た。あとものの数秒で再び隕石群が降り注ぎ、その場にいる者全てを蹂躙するだろう。


 ――ここまでか。


 鳳牙は目を伏せ、襲い来るであろう衝撃を覚悟して歯を噛み締めた。だが――


「あたしが――」

「っ! なに!?」


 力強く響く小燕の言葉と驚きに染まるどんどらの声を聞いて、鳳牙は閉じてた目を開いた。そして、黄色を孕む白色に輝く小燕の姿を視界に捉える。

 その様子に驚く鳳牙の前で小燕はクラミツハを天に掲げて逆手に持ち、


「みんなを――」


 虚空の彼方から飛来する隕石群が降り注ぐよりも一瞬早く、


「守るんだああああっ!!」


 逆手にした大剣を地面に突き刺した。直後、鳳牙の耳に隕石の衝突音が轟音というにも足り無い程の衝撃となって襲い掛かる。

 だが襲い来るのは音とそれに伴う震動のみで、一向に直撃が見られない。


 ――あれ?


 鳳牙は音と衝撃で再び閉じていた目を開いた。すると目の前には変わらず光り輝く小燕がいて、相変わらず轟音が聞こえるというのにその周囲、正確には鳳牙の周囲にも何かが着弾しているような形跡がまるで見られない事に気が付いた。先の一撃では視界を埋め尽くされたというのに、今は全てが鮮明に見える。


 ――あ、少し動く。


 やや身体の反応を取り戻した鳳牙は、その場で寝返りを打ってうつ伏せ状態から仰向けになった。すると目の前、つまりは頭上に小燕の発しているものと同じ色の壁のような物が存在しており、その壁が降り注ぐ隕石をことごとく防いでいる事に気が付く。

 まるで小燕の絶対障壁を巨大化させてドーム状に展開させたような状態だ。感じとしてはおそらくフェルドのマジックバリアに近いものだろう。


 ――まさかこれ、小燕のリミテッドスキルか?


 加速度的に機能を取り戻し始めた己の身体を自覚しながら、鳳牙は一つの推測を出した。重戦士には騎士や聖騎士と違って複数に効果を及ぼす防御スキルは存在しない。強力な分自分一人だけというものしかないのだ。そのため仲間をかばう時にはそれなりに考えた運用が必要になる。

 だがこのスキルは明らかに小燕だけではなく鳳牙にも効果が及んでいる。パーティー内で唯一リミテッドを発現していなかった彼女の、誰かを守りたいという想いが形になったのだ。


「よし。これ――で……?」


 ようやく身体の自由を取り戻した鳳牙はまさかの幸運に喜びながら身を起こし、身を起こした事によってそれがぬか喜びに過ぎなかった事を知る。


「……あ……れ?」


 鳳牙を守る光のドームはすぐそこで途切れていた。ちょうど小燕と鳳牙を包む分だけが展開されている。いや、正確には隕石群の隙間から他に三つの光を確認出来た。それはおそらくフェルドとアルタイルとステラだろう。

 つまり、小燕の発現したこのリミテッドスキルの効果は()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 必然的に近くにいたであろうハヤブサとトウカはその範囲外という事になり――


「うそ、だろ……」


 降り注ぐ隕石群が消滅すると同時に光のドームも解除され、鳳牙の視界には破壊しつくされた大地が広がっていた。そこに残るのはいまだ倒れたままの仲間たち。他には何も存在していない。誰も、いなかった。


「綺麗さっぱりとまでは行かなかったけど、これで『世界の境界』はクリアだ」


 背後から聞こえて来た声に、鳳牙は錆付いて壊れた人形のような動作で振り返った。振り返った先では体力を消耗しきったのか小燕が地面に倒れており、その向こうでゆっくりと銃に弾を込めなおしているどんどらの姿がある。


 その姿を見た瞬間、鳳牙は無言で縮地を発動させてどんどらに襲い掛かっていた。リロードはまだ完了していない。二度目の攻撃を耐えきったという今この瞬間ならば、背後に控えた連中の手助けも間に合わないはずだ。

 そうする事に意味があるかどうかはもはや考えていない。ただ鳳牙は抑えていた己の感情のままにすまし顔をしたどんどらの胸に右手を押し当て、一気に力を解き放とうとして――


「残念」


 とても乾いた音が周囲に響き、


「かはっ……」


 胸部に衝撃を受けた鳳牙は徹しを放てぬままに後ろへ倒れた。胸の激痛によって、鳳牙は自分が撃たれたのだと理解する。だがそれは、鳳牙にとっては信じられない事だった。


「なん、ごほ……で、撃て、る……」


 銃はたとえ二丁拳銃であろうともリロード中に攻撃する事は出来ない。襲い掛かる前に鳳牙はどんどらの手の中にまだ三発の銃弾が残っている事を確認していた。つまり、あの三発を装填しきるまではどんどらは完全に無防備な状態であるはずだったのだ。

 だというのにどんどらは硝煙を挙げる拳銃を右手に握っている。その銃はまだあと一発のリロードを済ませていないはずで、故に攻撃など出来ないはずだったのだ。


 そんな鳳牙の指摘にどんどらはにやりとした笑みを浮かべ、


「君が言うリロードってさ、コマンド一発でやるときの話なんだよね。でも俺が今やってたリロードは手作業なわけ。だから一発でも弾を込めればすぐ撃てるんだよ。通常エリアだと出来ないけどね」

「っ!」


 逸脱領域だからこそ出来る逸脱行為。それはゴルゴーン戦で鳳牙も試した事だ。そしてどんどらもまたそれを知っていて、故意か偶然かそれによって鳳牙の奇襲は失敗した。それらを鳳牙が理解した時、突然場違いなファンファーレが鳴り響いた。


「おめでとうございます。開門条件その二が達成されました。この場で生存している全ての賞金首の皆様を『世界の境界』クリア者として認定いたします。報酬は各自サポートメイドより受領して下さい」


 倒れた鳳牙には見えないが、どうやら大扉の前にいたはずのHAJ-十三が移動してきたようだった。


「なお、このフィールドは超越者の塔へ直接転送する際のスタート地点になりますので、よろしくお願いいたします。賞金首同士の戦闘設定は五分後に解除されますのでご了承下さい。それではただいまより帰還用のトランスポーターを出しますので、お帰りの際はどうぞご利用下さいませ。それでは」


 一方的にまくし立てるだけまくし立てて、あのメイドは消えたようだった。空を見上げていたどんどらの視線が再び鳳牙の方へ戻ってくる。


「そんなわけで、僕は一足先に戻らせてもらうよ。――あ、そういえばさっきから回復しないって事はもうポットとか尽きてるのかな?」


 さっさと立ち去ろうとしたどんどらが、急に何かに気が付いたように振り返ってきた。そうして肺にでも穴が開いた事になっているのか呼吸が荒く動けない鳳牙の顔を覗き込んで、


「それじゃあそのままってのもあれだし、アフターサービスしておくよ」


 顔を離したどんどらがおもむろに左右のホルスターから銃を抜いた。その瞬間殺されるのかと鳳牙は身構えたが、相手の向ける銃口が自分を狙っていない事に気が付き、悲鳴に近い声を上げた。


「止め――」


 連続で轟く銃声。その銃撃を受けたのが誰であるのかなど考えるまでもなかった。


「ど、ん……どらぁ……!」

「怒るなよ。もしかしたら帰還用トランスポーターも時間制かもしれないだろ? どうせ瀕死なんだし、こうすれば確実に帰れるんだから感謝して欲しいね」


 そのふざけた物言いに、鳳牙は手を伸ばして相手の足を掴んだ。ありったけの力で握り締めるが、どんどらに堪えた様子はない。ただそれまでは見せ掛けでも張り付かせていた笑みを消し去り、


「いらいらするよ。どうせ今感じている君の感情なんて――」

「――――え?」


 どんどらの言葉を聞いて思わず腕の力が抜けた直後、鳳牙は頭に衝撃を受けて一気に意識を失った。




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