12.奸計巡網 明かされる鍵人の真意
全てが終わった後に残るものは、ただ一つきりのトランスポーターのみだった。さながらミステリーサークルがごとく一部分だけ綺麗さっぱりと吹き飛ばされた大理石の石柱群。その中心地にそれは存在している。
真白き大蛇も美しき姉妹たちも、その存在を示すものなど何一つとして残されてはいなかった。いつの間にか元に戻った青空から差し込む光は、誰の影も映さない。
「ステラ。少しは回復したかい?」
「うう~……。もう少し待って欲しいばい……」
「フェル兄。急ぐのは分かるけどステラ姉はまだ駄目だよ」
「うぬ。あれほど強大な一撃を放ったので御座る。今しばしの休息は必要に御座ろう」
「そうですね。俺で考えた場合、単純換算で『紅蓮拳』を五回連続で打ち込んだ様なものですから」
ゴルゴーン三姉妹とフォートレスボアを一撃で葬り去ったのはツクヨミのウェポンスキルだ。しかもただのウェポンスキルではない。まず、ステラは詠唱時間を増大させる事でスキルの威力を上昇させた。これに加えて口頭で行なう特殊詠唱を用いる事で該当スキルに秘められた特殊効果を引き出し、さらなる威力強化を施した一撃である。
推定される最終的な威力は通常時の五倍強。その代わりに通常であれば一分弱の詠唱時間が二十分にまで増大してしまうが、その一撃はおそらく神をも屠れるものと思われた。
だが、それに比して使用者への負担は計り知れないものになる。
現にゴルゴーンたちを消し飛ばしたステラは直後に倒れ、一時間が経過した今も鎧を外してペタンと座り込む小燕の膝枕に頭を乗せて気だるそうに地面に伸びたままだ。ステータス上のものではないのでポットを使ったところで解消されるわけではないのが悩みどころである。
「まあけど、半分予想通りに次の場所へのトランスポーターが出現しちゃってるわけですし、ある程度体勢を整えてから出ないと危ないですよ」
「それもそうなんだよね。……結局、鳳牙が気にしてた事が大当たりだったわけだ」
そう言って、フェルドがくしゃくしゃと緑の髪をかきながらポツンと存在するトランスポーターを見る。もちろん色は青色で、帰還用の赤いものは存在しない。
おそらくそのトランスポーターの行き先があの時どんどらの言っていた最終フィールドであろうというのがこの場の全員に共通した意見だ。
今までランダム要素を含みつつ進んできて、それをここだけが排されるというからには全ての収束点がこの先にあると考えるのが自然だからである。
「あのどんどらという男、やはりこの事を知っていたという事に御座ろうな」
「そうですね。確証はありませんけれど、知っていたとみて間違いないと思います」
「最後のフィールドで会える事を祈るって言う事は、この先に突破して来たパーティーが全部集まってるって事になる……のかな? ……うーん。もしそうだとして、なんで最後だけ集めるんだろうね?」
フェルドの発した疑問は鳳牙も考えていた事である。当初、鳳牙は世界の境界のクリア条件を最奥部到達であると考えていた。しかしどんどらの態度と今現在の状況、即ち昨日から攻略を行なっているギルドもいる中で未だにただの一度もクリアアナウンスが流れてこないという事実から、クリア条件が別のものであるという事は明白だ。
最奥に到達するだけではクリア条件を満たさない。それをどんどらは知っていたからこそ、昨日の段階で世界の境界へ挑むギルドを捨て置いたのだろう。
――そしてもう一つ……
クリア条件にはおそらく最終フィールドへ到達する賞金首の数が何かしら関係していると思われた。そうでなければやはりあのタイミングでそれぞれのギルドに脅しをかける意味がない。それをしなければならない理由が何かと考えれば、やはり賞金首の人数という事になるだろう。
多少減ってしまっているとはいえ、『宴』はいまだ二十人以上の人員を揃えている。必要人数が何人なのかは分からないが、仮に四十人必要だとすればその時点でどんどらに先んじる事は不可能となる。
「そういえば、ハヤブサさんたちは『蒼穹旅団』と共同戦線で挑むって言ってたっけ?」
「うぬ。昨日ミルフィニア殿が出立の挨拶に来たで御座るよ。昨日の内にじっくり行けるところまで歩を進め、こちらで野営した後に今日で踏破する計画という事に御座る」
フェルドとアルタイルが話しているのは昨日、ハヤブサから共同で世界の境界へ挑戦しようという誘いを受けた時の話である。
残念ながら鳳牙たちは昨日の段階での攻略を考えていなかったために断ったのだが、別の伝手で知り合っていたという少人数ギルドと協力して二パーティー体制で挑むという事だったはずだ。
「ハヤ姉たち、順調に行ってればもう向こうにいるはずだよねー」
「そうだな。十人いればゴルゴーンの姉妹たちクラスの敵でも十分戦えるだろう。俺たちはステラがいなかったら相当苦労したか負けてる危険性すらあったわけだが……」
「そ、そげな事なかよ。うちはただ、一気に攻めようとしただけばい」
鳳牙の言葉に少し気恥ずかしくなったのか、ステラが胸の上においていた魔女帽子を動かして顔の下半分を隠してしまう。さっきよりもさらに回復してきたようだ。倒れた直後はそれこそ指一本動かす事すら億劫そうだったのだから、この調子ならもう一時間もしないうちに行動出来るようになるだろう。
――はたして蛇が出るか鬼が出るか。
鳳牙の視線の先。我関せずとばかりに無音のまま、青いトランスポーターは淡い光を放っていた。
◇
鳳牙の見立て通り、あれからさらに一時間の休息をとった事でステラは普通に立ち上がれる状態までには回復していた。本人曰く多少のだるさは残るものの、さして支障はないらしい。
「よし。それじゃあいよいよ行って見ようか。念のため即座に戦闘に移行出来る準備は出来てるかい?」
フェルドの確認に鳳牙は無言で頷きを返す。他の三人も同様に頷きを返していた。
「うん。それじゃあ行こうか」
フェルドの合図で全員が一斉にトランスポーターへ進入する。触れた瞬間に世界は暗転し、いつもなら瞬時に移動先の景色に切り替わるところを五秒ほどの待機時間を経てから視界が切り替わった。
その微妙な変化に内心で首を傾げた鳳牙だが、
「っ……」
目の前に現れたそれを見て思わず息を呑み、そんな些事はすぐさま忘れ去ってしまった。
「……なるほど。これが、『超越者の塔』ってやつか」
気分を落ち着けるためだろう。フェルドが先ほど直したばかりであるはずの眼鏡の位置を再び修正している。
だが、そうしたくなるフェルドの気持ちは鳳牙にはよく分かった。
眼前にそびえたつそれは、映像で見たものよりもはるかに重厚にして巨大なものだったのだ。
移動してきた場所は黒土の地面に密林で囲まれた見慣れたフィールドだったが、正面には苔生して緑や茶色に変色した巨岩で造られた塔への入り口らしき大扉が存在している。
高さはキャラクターを十人程度積めば並べるだろうかという巨大さだ。幅にいたっては一枚分で二十人は並んで潜れそうである。
そんな大扉の前には、複数名のキャラクターたちがばらばらにたむろしている様子が見て取れた。距離があるために名称などは判別出来ないが、その数は三十人近いだろう。
「あ、あそこにいるのハヤ姉だ」
すっと小燕の示す先。そこには遠めにも目立つ赤地に黒紋様の武者鎧を身に付けた背の高い女性キャラがいる。確かに、その佇まいはハヤブサのものだ。
「ほんとだ。じゃああの辺りにいるのが『秘密の花園』と『蒼穹旅団』のメンバーですかね?」
「たぶんそうだろうね。……うん。ちょっと行って見よう。話を聞きたいし」
「うぬ。そうで御座るな」
「賛成ばい」
満場一致。鳳牙たちは特に急ぐでもなくハヤブサたちの方へ向けて歩き出す。
ほどなくして、向こうもこちらに気が付いたようだった。金髪の女性プレイヤーが大きく手を振ってきて、近くにいた桃色髪のプレイヤーも挨拶のためか頭を下げてきた。
その動きに気が付いたのだろう。じっと塔を眺めていたハヤブサが振り返ってきて、てくてくと歩き始めた。どうやら鳳牙たちの方へ向かってくるつもりのようだ。
ほどなくして鳳牙たちはハヤブサと合流し、
「やあ。あんたらも無事到達出来たみたいじゃないか」
からっとした彼女の笑みに出迎えられる。
「なんや。みんなえらいかっこええ身なりしてんやん。それもマーク交換品なん?」
「あ、皆さんご無事で何よりです。アル様もお疲れではありませんか?」
トウカとミルフィニアもやってきて、それぞれに話しかけてくる。
鳳牙たちはそれぞれに挨拶を返しつつ、一先ずは現状についての話し合いを行なう事にした。『蒼穹旅団』のメンバーにも声をかけたのだが、すこし眠りたいという事だったので、いつぞやの遠征メンバーだけで車座になって現状報告のようなものを行なう事にした。
「――ってわけで、あたしらはもうかれこれ五時間近くここでじっとしてるってわけさ。最初は何か起こるんじゃないかってあれこれ試したりして気を張ってたんだけど、さすがに三時間も過ぎれば緊張ももたないってもんさ。もう一時間くらい前からこんな状態さね」
言って、ハヤブサはぐるりと周囲を見回した。鳳牙もそれに習って周囲を確認したが、とにかく空気が弛緩しきっているという印象だった。先の蒼穹旅団ではないが、地面に寝っ転がっている者やぼーっと塔を眺めている者が目に付く。
「……あれ? ハヤブサさん。試すって何を試したんですか?」
「うん? ああ、あの塔への大扉があるだろう」
鳳牙の質問に、ハヤブサが身体をひねりつつ背後のそれを指差して、
「もちろん力技で押したり引いたりもしてみたんだけど、あの扉の周りに燭台が一杯――三十個くらいかな? それがあるんだ。見るからに怪しいから、あれこれと火をつけられないものか試してみたのさ」
「燭台、ですか」
言われて鳳牙がすっと目を細めて見ると、確かに大扉の囲うようにして等間隔に黒い何かが取り付けられているのが分かった。ここから見る分にはそれが燭台なのかどうかは分からないが、間近で見たであろうハヤブサの言う事を信じればそういう事なのだろう。確かにあからさまに何かありそうなオブジェクトだ。
「そうそう。それでスキルとかアイテムで火を灯そうとしたんだけど、ターゲット出来るくせに何の反応も示さないわけ。結構頑張ったんだけどね。これが全然。そんなこんなで今に至るってわけさ」
「なるほど」
スキルやアイテムの類が反応しないとなると他に考えられるのはどこかに仕掛けが隠されている事くらいだが、それに関しても何一つ見つかっていないらしい。
さすがに広いフィールド内を虱潰しにしたというわけではないという事だが、それっぽく思える場所はすでに調査済みという事だった。
「確かにそれは手詰まりっぽいですね」
ハヤブサの話を聞いて、鳳牙も現状で考えつく試せそうなものは全て確認されている事を理解する。
「だとすると、やっぱりこの場に揃う賞金首の数が関係してくるのか……?」
「え?」
鳳牙の呟きに、ハヤブサが疑問符を頭上に表示させた。トウカとミルフィニアにも聞こえていたのか、同様に首をかしげながら疑問符を表示させている。
「ああ、えっと……」
鳳牙がちらりとフェルドへ視線を向けると、彼はコクリと頷いて、
「昨日そちらにもどんどらが来たと思うんですけど、僕らのところへ来た時に妙な事を言ったんですよ」
鳳牙の代わりに事情の説明を始めた。
「妙な事?」
「ええ。今日、この場所で会える事を祈る。そういった感じの言葉です」
「それって――」
フェルドの言葉を受けて、ハヤブサは明らかに表情を変化させた。彼女もまたどんどらがこのフィールドの存在を知っていたのではないかという事実に思い至ったのだろう。
「ふふん。そうか。あの野郎がこの場所をすでに知っていたという事は、ここで何をしなければならないのかもまた理解している可能性は十分にある。その状態で他の賞金首を焚き付けた理由があるとすれば、それは自分たちだけではここを突破出来ないから。そういう事だろ?」
「その通りです。それをうちの鳳牙がこの場に特定人数の賞金首が集まらなければならないんじゃないかって考えたんです。……あ、そういえば今ここにいるのって何人くらいでしたっけ?」
「ん。『宴』以外の連中はほとんど全員ここにいるみたいだから、残存の五十八人から『宴』の二十四人を引いた三十四人くらいだと思うよ」
きょろきょろと周囲に目を配りながら、ハヤブサがフェルドの質問に答えた。
この場にいる賞金首たちはあちらこちらに散っている上、一部の者はまだ探索を行なっているのか頻繁に移動しているために正確に数える事が出来ない。だが、確かに鳳牙の見る限りでも『宴』のギルドタグを付けたプレイヤーはいないようだった。
――燭台の数を考えれば三十人集まった段階で何かあってもおかしくないんだけどな。
そんな事を考えながら鳳牙は再び大扉へと視線を向ける。おそらくはあの扉を開ける事が『世界の境界』のクリア条件であるはずだ。そして現状で何も反応が見られない以上、鳳牙たちはこの場でどんどらを待つ以外に手段がない状況である。
なにせこのフィールドには移動用も帰還用のトランスポーターも見当たらない。現状では進退窮まっているのだから。
◇
そして、状況が動いたのはそれからさらに三十分後。この場所では昼夜の変化がないために薄曇の微妙な明るさのままだったが、表示された時計の針が二十時を示した時だった。
◇
最初にそれに気が付いたのは、大扉とは反対方向を向いていた者たちだ。
「お、おい!」
凪の水面に投じられた石が生み出す波紋のように、そのざわめきは一気に周囲に伝播した。誰も彼もがそれまで注視していた大扉に背を向け、トランスポーターでこの場所へ移動してきた際の転送ポイントへ目を向ける。
そこには――
「……来たね。『宴』」
忌々しそうな口調でハヤブサが鋭い視線を向けている。それはハヤブサに限らず、方々にいる他の賞金首たちも似たような視線をぞろぞろと表れた訪問者へ向けていた。
「あ、そうか。時間を合わせていたのか」
ぽんと手を打ったフェルドの言葉を聞いて、鳳牙は『宴』のメンバーが揃ってこの場に現れた理由を理解する。
普通に考えれば時間をぴったり合わせるためにはここの一つ前のフィールドで合流している必要があるが、元から何時に移動するという事を決めておけば全てがばらけていても一斉に集合出来る。
時間から見て『宴』のメンバーが二十にこの場所に集まれるように示し合わせていたのは間違いないだろう。
「ん? でもでも、なんでそんな事する必要があるのー?」
鳳牙も一瞬感じた事を小燕が口に出した。確かに彼女の言う通り示し合せるからには何かしら理由があるはずだ。そしてその理由はなんだろうかと鳳牙が思考を巡らせようとしたところで――
「皆様おめでとうございます。超越者の塔、開門条件その一が達成されました」
背後から聞こえて来た言葉に驚き、現れた『宴』に意識を集中していた全ての賞金首たちがそろって振り返った。
そして視界に捉える大扉の、そのちょうど中心点。満面の笑みを浮かべる緑眼金髪サイドテールのメイドが空中に浮かんだまま姿勢を正していた。
頭上にはHAJ-十三という識別番号名が表示されている。
彼女は足元に当たる位置に巨大なウィンドウを出現させ、ファンファーレとともに『Congratulation!』という文字を表示させた。
そして突然の出来事にその場にいる全員がどう反応していいものかと顔を見合わせているうちに、
「それではこれより開門条件その二に関するご説明をさせていただきます。まず、開門条件その二が達成されますと、メイドによる転送可能エリアに超越者の塔が追加されます」
説明役であろうHAJ-十三は周囲の空気を完全に無視して事務的に話を進め始めた。その表情は完全に文句のない営業スマイルなのだが、それを理解した上でもなお機械的な印象を鳳牙は受ける。
これならばハルナの無表情の方がよっぽど感情に溢れていると言えそうだった。
「また、開門条件その二の達成をもって、達成時にこのフィールドにいる全ての賞金首の皆様が『世界の境界』クリア者として認定されます」
「あれ? クリア者って一人だけじゃないの?」
ちょこんと小首を傾げた小燕と同じ事を思ったのか、周囲がにわかにがやがや騒がしくなった。
しかしHAJ-十三はやはりそんな事には構わず、
「クリア報酬はその時までの秘密です。楽しみにしていてくださいね」
どんどんと話を進めてしまう。当然にして質問を投げかけている者もいたが、
「さて、具体的な達成条件ですが――」
HAJ-十三はそれを黙殺して巨大ウィンドウの表示を変更させ、
「私の背後に構える大扉。その周囲には全部で三十個の燭台が設置されています」
燭台のアップ画像を表示させつつ、身振り手振りで実物の大扉周囲に設置された燭台を指し示していた。
ハヤブサの言う通り三十個で間違っていなかったようだ。
「この三十個の燭台全てに火を灯す事。それが開門条件その二の達成条件になります」
再びにっこり顔でHAJ-十三がそんな事を言った。
「この燭台は特殊な物で、スキルやアイテムでは火を点ける事は出来ません」
HAJ-十三に両腕で大きなバツを作られるまでもなく、それはすでに散々試された事だった。そのやり方を試した上で打開策が見つからなかったために無駄な待機時間を過ごしたのだから。
ゆえに、この場の全員が望むのはここからの話。
先ほどまでのざわめきが消え去り、一字一句を逃すまいとする全ての視線をその身に集めながら、しかしHAJ-十三はまるでそんなものを感じさせないまま、
「この燭台に火を灯すためには、『鍵人の魂』が必要になります」
ついにその言葉を口にした。
――鍵人……?
その言葉はハルナたちサポートメイドが転送を行なうたびに口にしていた言葉だ。意味を聞いても開示許可のない事柄だと突っぱねれれているものである。
今までどこにも絡んでこなかったために深く意識していなかったものだが、それがここへ来て急に関わってきた。
「鍵人の魂は特殊アイテムですが、この場で生成されると自動的に燭台へ吸収されますので、皆様はこの場で鍵人の魂を三十個生成する事が出来れば条件達成となります」
相変わらずにこやかなままで行なわれる口頭説明。ともすれば思わず流してしまうようなそれに、鳳牙は強烈な違和感を覚えた。
扉を開けるために必要なアイテムをこの場で生成する。はたして、それはどうやって生成するのだろうか。
――そういえば……
ふと、鳳牙は今日のハルナの様子が少しおかしかった事を思い出す。その時彼女は、転送の際にいつものフレーズを意図的に変更していた。
――選ばれた、鍵人。
ハルナは確かにそう言っていた。選ばれたと言うからには特別という意味があるのだろうが、はたしてなぜそれを付け加えたのか。
あのフレーズは文脈からして賞金首が鍵人となる事を望んでいるという意味に取れるものだが、その中でさらに選ばれるというのはどういう事か。
――……いや、違う。
具体的な鍵人の定義が不明なために確証はないが、その呼称が概念的なものであるとするのならば賞金首とは等しく鍵人であるとも考えられる。
その上で今HAJ-十三の言った『鍵人の魂』というアイテムと、ハルナの言った『選ばれた鍵人』を考えた場合、鳳牙の中で一つのとんでもない推論が導き出された。
――まさか――
昨日からのどんどらの妙な行動。他のギルドを先に行かせた意味。示し合わせて終結した『宴』とその傘下のギルド。その全てに説明がつく。
この場にいる賞金首たちが『扉を開ける者』であり、同時に『扉を開けるための物』でもあるとするならば――
それはもはや動物的な直感と言ってもよかっただろう。『獣人』であり常人よりも野生に近い存在である鳳牙は、人がなくしてしまった機器感知能力によって誰よりも早く背後へ振り返った。
HAJ-十三の登場によって全員の意識は彼女へ集中してしまい、そのせいで誰もが最後に現れた『宴』に対して無防備な背中をさらし続けているという事実を完全に忘れ去っている。HAJ-十三の言っている事がその通りであるならば、どんどらが他の賞金首を焚き付けた本当の目的は明白だ。
「くっ!」
想像した通りの光景に、鳳牙は奥歯を噛み締めた。完全に戦闘態勢を整えた『宴』の構成員たちとどんどらに従うギルドの面々。解き放たれる瞬間を待っている術者たちの魔法スキル。引き絞られた弓。向けられた銃口。突撃の構えを見せる近接職。そして――
「やあ。会えて嬉しいよ」
冷たい笑みを浮かべ、合図を示すように右手を挙げているどんどら。声は届かなかったが、その口の動きから鳳牙は相手の台詞を理解する。
「俺たちを、生贄にするつもりか――どんどらぁ!」
「正解」
鳳牙の雄叫びに驚いた周囲の面々が背後に振り返るのと、どんどらが掲げていたてを振り下ろすのはほぼ同時だった。
高速で迫り来る種々の魔法。飛来する無数の矢群に銃弾。そして勝ち鬨を挙げる様に怒声とともに獲物に襲い掛かる獣がごとく突撃してくる戦士たち。
全ては用意周到に練られたどんどらの策略。完全に不意を打たれた先達組みは、何の用意もないままに先制攻撃を受けるはめになった。
他の者たちより一瞬早く行動に移せていた鳳牙たちの近くにも飛来した光弾が打ち込まれ、大爆発が巻き起こる。
悲鳴すらかき消す暴風に跳ね飛ばされて地面を転がった鳳牙は、全身に生じた痛みに耐えながらなんとか身を起こした。そうして結果的に向けられた視線の先、舞い上がった土埃の中から複数の黄色い火の玉が空中へ飛び出したのを目撃する。
飛び出した火の玉は吸い寄せられるように大扉へ向かって行き、ハヤブサたちが何をやっても点かなかった燭台に吸収された。そして――
「くそっ!」
それが当然であるように、燭台には小さな黄色い炎が灯された。




