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Chaos_Mythology_Online  作者: 天笠恭介
第四章 サドンストライク
39/50

11.勇猛美麗 ゴルゴーン三姉妹・落月



 二手に分かれて戦闘を開始してからそろそろ十四分が過ぎる。その間に判明した事は、メドゥーサの石化睨みがおおよそ二分に一度の割合で放たれるという事だ。

 幸いにして事前にステラから警告が飛ぶために最初の一撃より被弾はないが、もしこれが一人だけで抑えなければならなかったとすれば早々に石像に変えられてしまっていただろう。

 鳳牙はアルタイルと二対一でステンノと相対しているため、たとえどちらかがステンノに動きを封じられたとしても自由な方がフォローする事でメドゥーサの魔眼から逃れる事が出来ていた。

 連携に関しては日頃から組み手をしていたおかげで互いの動きがよく分かる。こんな形でも役に立つとは鳳牙自身思ってなかったが、今のところはミスらしいミスもなく予定通りに事を運べていた。


『また動いとう! 注意して!』


 どこかに身を潜めているステラからの警告が飛ぶ。石柱の影に身を潜めた鳳牙がちらりと視線を送ると、確かに微動だにしない大蛇の頭上でメドゥーサが小さな身体を伸ばしていた。じきにあの緑の魔眼が開かれるはずである。


「かくれんぼにはまだ早いんじゃないかしら?」


 そんな声が聞こえた瞬間、鳳牙は発せられた危険信号に従いその場で腰を抜かす様にして一気に体勢を低くした。直後に今まで鳳牙の首があった位置を薙刀の刃が通り過ぎ、空間に斬閃を刻む。


「ふっ!」


 鳳牙はしゃがみ込んだ体勢のまま縮地を発動。真横に移動して距離を取り、視界の端にメドゥーサを捉えながらもステンノに意識を集中させた。


「ちょこまかとよく逃げるわね。さすがにこんな踊りばかりじゃ飽きてきたのだけど」


 だからつまらないとでも言いたそうな顔で、ステンノがバトンのように薙刀を振り回している。その傍でやや斜め気味に切断された石柱が音を立てて倒れ、床に激突して砕け散った。


 ――バターとか豆腐じゃないんだからさ。


 断ち切られた石柱はすでに七本目だ。本来なら乱立する石柱群は振り回す武器である薙刀にとって邪魔でしかないはずなのだが、ことこの相手にとってはあってもなくても関係が無いらしい。


 ――やばいな。見通しが良くなり過ぎてきた。


 石柱は魔眼からの身を隠すための大事な避難所だ。それを削られるのはかなりの痛手と言っていいだろう。さすがに鳳牙たちを無視して石柱切断を優先させるような事はしてこないが、立ち回りを計算しなければ時間を稼ぐ前にメドゥーサに石にされてしまいかねない。


「ぬう。これは予想外に御座るな」


 いつの間にか隣に来ていたアルタイルが「むむむ」と唸る。彼の言葉に鳳牙は概ね同意だった。

 おそらく小燕の方はこのような事態にはなっていないだろう。あちらは足を止めての殴り合いのようなものだ。必然的に動きは最小限で済むし、なにより戦闘を行っている小燕はメドゥーサの魔眼を避ける必要がない。

 フェルドさえ避けてしまえれば即座に石化は回復出来るのだから、実に安定した抑え方が出来ているはずだ。

 それに比べて鳳牙たちはその都度物陰に隠れなければならず、タイミングが悪いとその隠れ場所から追い立てられてしまうのだ。そして追い立てられた結果が破壊された石柱である。


『来るばい!』

「くっ」

「ぬ」


 ステラの警告を受けて鳳牙とアルタイルは近くの柱の影に飛び込んだ。手近な場所がそこしかなかったために二人ともが同じ場所へ逃げ込んだのだが、


「無駄よ」


 冷徹な言葉が放たれるのと、鳳牙たちの身を隠してくれている石柱が縦に真っ二つに両断されるのは同時だった。

 左右に倒れ行く石柱の向こうには薙刀を振り上げたステンノ。そして翠の双眸を煌かせるメドゥーサがいる。


「げっ!」

「ぬあっ!」


 隠れる場所が無数にあった時とは異なり、どこに隠れるかが確定してしまっていた状況が災いした。避難場所を破壊され、鳳牙とアルタイルにメドゥーサの視線が完全に通ってしまっている。


「くそっ!」


 急速に始まった石化現象を確認して、鳳牙はステンノの追撃が来る前に二本目のディスペルポットを使用。同じく手持ちのポットで石化を回復したアルタイルとともに接近を許してしまったステンノから距離を取る。

 その際アルタイルが罠玉を転がしつつ投玉で反撃を画策したようだったが、


「いい加減これも飽き飽きだわ」


 旋回する薙刀がことごとく投玉を弾き、同時に足元に転がる罠玉はすらりとした足に蹴り飛ばされ無関係な場所で火柱を上げる。

 追撃を防ぐ事は出来たものの、アルタイルの戦術はやはり完全に封殺されてしまっていた。

 それは今まで戦ってきた相手の誰もがしてはこなかった戦法だ。世界の境界においてもここまでおかしな行動を取るモブは出てきていない。

 最初から意味のある会話が成り立っている事を考えれば、最悪このモブたちの中身はハルナたちサポートメイドと同じような存在なのではないかとさえ思えてしまう。直接会ったのは一回だけだが、イベントを仕切っているミコトならそんな事もやりかねないだろう。なにせここは彼女の思うがままの世界なのだから。


 ――……まてよ。


 ふと、鳳牙の脳裏にある考えが浮かんだ。それは『世界の境界』が『異端者の最果て』と同じく規格外エリアであるという事。つまり『異端者の最果て』と同じ法則がこの場所でも生きるのではないかという考えだ。


 ――そうだ。この場所では飢餓感を覚える。なら――


 自分の考えを信じ込めるように鳳牙は一つ頷き、


「アルタイルさん」


 隣のアルタイルへ小声で話しかけた。


「うぬ?」

「ちょっと試したい事があるんですけど、いいですか?」

「うぬ。何で御座るか?」

「えっとですね――」


 鳳牙は自分の思いついた考えと、それによって可能と思われる作戦について簡単に説明する。

 説明を受けたアルタイルは「うぬぬ」とやや唸ってから、


「理屈は通りそうなものに御座るが、ぶっつけ本番で大丈夫で御座るか?」

「俺とアルタイルさんでならやれますよ」


 言って、鳳牙は力強く拳を握って見せた。

 アルタイルはわずかな間そんな鳳牙の様子を眺めていたが、


「……うぬ。相分かったで御座る」


 コクリと頷く。


「しからば――」

「何をコソコソ話しているのかしら?」


 密談を交わす二人の頭上より、なんでもないような言葉とともに迫りくるのは大理石の柱すら滑らかに切り裂く魔の刃。飛び上がりから落下の速度を乗せた一撃を受ければ致命傷になりかねない。


「アルタイルさん!」

「委細承知!」


 瞬時にアイコンタクトを交わし、鳳牙とアルタイルはそれぞれ別方向へ退避する。直後、薙刀の振り下ろされた大理石の床が爆散し、白色の粉が煙のように舞い上がる。

 旋回させた薙刀でそれらを振り払ったステンノが、鳳牙へ狙いを定めて襲い掛かってきた。

 地を這う蛇のような、まるで氷の上を滑るがごとき高速移動。離したはずの間合いを一瞬にして詰められ、振るわれる刃が鳳牙の皮膚を浅く削って行く。


「本当に避けるのだけは上手いのね。だけど、女に踊りのエスコートをさせるなんて恥ずかしくないの?」


 すさまじい速さで斬撃を繰り出し続けるステンノが溜息でも吐くように憂い顔で鳳牙を批難する言葉を発する。


「あいにく、俺に踊りの教養は、ないんでね。教えてもらわないと、踊れないんだ、よ」


 薙刀の間合いは当然にして素手の間合いよりも長いため、確かに現状ではステンノによって鳳牙が強制的に踊りを踊らされているように見える事だろう。紙一重で斬撃を避け続けるその踊りは、ところどころで切断された銀の毛先やら体毛が散るために日の光を受けてキラキラと輝いていた。


「けどさすがに、こうやって踊らされ続けるのには飽きたし、毛並みのトリミングも、もう十分だ」

「あらそうかしら? 撫でた時の毛並みの手触りは、程よく短い方が良いものよ」

『鳳牙殿!』

「っ。それは好みの問題だろ?」


 アルタイルのささやきには返事せず、鳳牙はステンノに対してだけ言葉を返した。そして斬撃の嵐をかわし続けながら心の内でカウントダウンを開始する。


 ――五……四……三……


「連れない言葉ね」

 ――二……

「違うね。だってどうせ――」

 ――一!


 カウントと同時に上からの斬り下ろしを回避。その直後に鳳牙は『逆縮地』で急速後退し、ステンノとの間合いを大きく取った。そうして、


「――お前には触らせないから関係ない、ぜ!」


 当然追撃を仕掛けてくるステンノに向かって()()()()()()()()()()を蹴り飛ばした。


「えっ!?」


 鳳牙の行動にステンノが驚愕の表情を浮かべた直後。


「きゃあああっ!!」


 彼女の身体は地面から噴き上がった火柱に飲み込まれた。ただし突撃の勢いを殺したわけではないので、即座にステンノの身体が火柱を突破してくる。

 だが完全な不意討ちだったせいか、彼女は鳳牙の立っている場所とはまるで異なる方向へもんどりを打って転がった。その身からは焼け焦げた事による煙が薄らと上がっている。


「よしっ!」


 思わず鳳牙はガッツポーズを決め、


「うぬ。上手く行ったようで御座るな」


 近くの柱の陰からアルタイルの巨体が現れる。


 鳳牙の考えた策はひどく単純だ。ステンノが投玉を叩き落し、罠玉を蹴ってどかす事が出来るのならば、同じ事が自分でも出来るのではないかと思ったのである。

 そのためにあえてステンノが追撃しやすいような方向へ初撃をかわし、後はアルタイルの仕込が終わるまで回避に専念して罠に誘い込んだのである。

 罠の設置完了時間さえ分かれば発動タイミングを見切って相手の足元に回避不可能なタイミングで送り込めるというわけだ。なにしろ相手にとっては設置と同時に罠が発動するようなものなのだから、避け難い事この上ない。


「くっ。なんて事なの!」


 猛火に焼かれてすすを付けた状態のまま、麗しき青の乙女が憤怒の気配を放ってきた。今まで余裕で回避してきた物にこんな形で攻撃されるとは思っても見なかったのだろう。なにしろ鳳牙自身さっき思いついた事なのだから、事前に警戒など出来ようはずもない。


「やってくれるわね。玩具の分際で!」


 口調がやや荒っぽくなっている。どうやら今の攻撃がよほど腹に据えかねたらしい。


 ――そういや豪震脚で吹っ飛ばした時も変に怒ってたな。もしかしてダメージを与えると逆上するのか?


 その性質上不死であるがゆえに、ステンノとエウリュアレにはダメージを与える意味がない。攻撃やスキルを放つのは足止めだったり回避・間合い取りのためがほとんどで、ほぼ威嚇のようなものだ。

 だが今の火柱罠は結果としてまともにダメージを与える事になった。ステンノの怒りの原因がダメージを負った事だとするなら、適度に逆上させる事で御し易くなる可能性は大いにある。


『メドゥーサが立ったばい!』


 もう何度目かのステラの警告。鳳牙はさっと周囲に視線を送り、まだ複数の石柱が残っている位置を確認した。実のところ、もう一つ試しておきたい事があるのだ。


「アルタイルさん。火柱を三つ足元に設置してください。それとステンノを近づけないように投玉をお願いします」

「うぬ。分かったで御座る」


 鳳牙の要求に疑問を返さずに応えたアルタイルが、即座に三つの火柱罠を足元にばら撒く。


「くらうで御座るよ!」


 そして続けて怒りに燃えるステンノに投玉を投擲すると、


「何度やっても無駄よ!」


 薙刀を振り回して飛来する投玉をことごとく打ち落としてしまった。しかしアルタイルも投擲を止めないので、ステンノはこちらへ直説攻撃をしてこない。そんな相手に向かって、


「しっ!」


 鳳牙は発動タイミングを計算した罠玉を三個全て順番に蹴り飛ばした。低空を飛翔する三個の罠玉のうち一つは早々に地面に落ちて転がり、残り二つはほぼステンノの足元めがけて飛んで行く。

 しかし今度は先の奇襲とは異なり、その一部始終をステンノに見られてしまっていた。そのため、


「舐めないで!」


 明らかに見え見えの攻撃を、ステンノは後方へ下がる事で回避した。これにより、彼女はアルタイルの投玉の範囲外へと逃れ、同時に足元へ転がった二つの火柱罠からも逃げおおせた事になる。前へ逃げなかったのは一番最初に失速して転がった罠玉が待ち構えているためだ。

 そうして立ち昇る火柱を余裕の笑みで眺めていた彼女はしかし、


「なっ、消えた……?」


 消え去った火柱の向こうに誰もいなくなっている事に気が付いて驚愕の声を上げた。そして、


「どこっ! どこに隠れたの!?」


 勇ましく薙刀を構えながら吼え始める。

 そんなステンノの様子を、鳳牙は火柱罠が目隠しになっている間に潜み隠れた柱の陰から眺めてわずかにほくそ笑んだ。


 ――思った通りだ。


 ステンノは通常のモブとは異なり、どちらかといえばプレイヤーキャラに近い性質を持っていると考えられる。そのために彼女は見えていない、もしくはそこにいると確信出来ない相手に対して攻撃を行う事が出来ないのだ。

 現にステンノは鳳牙たちがどこかの柱の陰に隠れていると分かっていながら即座に行動を起こせないでいる。柱越しに攻撃出来る能力を持ちながら、明らかに迷っているのだ。

 そうこうしている内に、


『メドゥーサがしゃがんだばい』


 メドゥーサの攻撃が終了してしまう。これでまた次のタイミングまで隠れる必要はなくなった。


「……っ! 本当にやってくれるわね。ここまで腹立たしい玩具は初めてよ」


 見事に騙された事を理解しているのか、姿を晒した鳳牙とアルタイルへ向けて痛いほどの殺意が飛んできていた。綺麗だったはずの瑠璃の瞳が妙な濁り方をしているところを見るに、完璧に怒らせてしまったようだ。


 しかし平静さを失った相手ほど簡単にあしらえるものもない。本来であれば不死性を生かした特攻はステンノの得意技の一つなのだろうが、それはあくまでダメージに関してのみの話であり、状態異常付加を目的とする投玉に対してそれを行なえばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 それが分かっているからこそアルタイルの投玉を弾いていたのだろうが、冷静さを失ったステンノはただ無謀な突撃を繰り返し続けてきた。


 そうして再びステラの警告によりメドゥーサの攻撃を掻い潜ったところで、


『最終詠唱を開始するばい! 三姉妹を集めて!」


 事前に知らされていた通りの要求が再度なされる。そして――


「鳳牙殿!」

「はい!」


 鳳牙とアルタイルはそれまで意識を集中させていたステンノを完全に無視して、代わりに真白き大蛇へ向かって全力疾走を開始した。


「なっ……」


 突然その場に取り残されたようになったステンノが呆気に取られた表情になるが、


「っ! 待ちなさい!」


 すぐさま自分の末妹が狙われていると悟り、全速力で鳳牙たちを追いかけ始める。



 <<其は夜天の支配者。巨いなる金輪の加護を受けしもの>>



『小燕!』


 走りながら鳳牙はチャットを【ささやき】に切り替えて同じく大蛇へ向けて走っているであろう小燕を呼ぶ。


『あいあいさー。小燕ちゃんも目標地点に向かっているのですよ。けどエウリュアレがすっげー形相で追っかけてきてるからマジこえー! 半端ねー!』

『了解。こっちも似たようなステンノに追っかけられてるけど、とにかく予定通り行くよ!』

『ういさっさ。アル兄にもよろ』


 返信を受けて鳳牙はチャットを通常に戻し、


「アルタイルさん。最初の手はず通り行きます」


 隣で併走するアルタイルへ話しかけた。


「うぬ。振り落とされてはならんで御座るよ」

「了解。それじゃあ失礼します、ね!」


 言って、鳳牙は斜め前に跳躍。走っているアルタイルの背中に飛びついた。


「全速力に御座る!」


 鳳牙が背中に飛びついた直後、それまで調節して鳳牙と同じ速度で走っていたアルタイルが移動速度を上昇させる。職業補正で忍者は常時一.二倍の移動速度を有しているため、速度強化なしで忍者に追いつけるものはいない。


「待ちなさい!」

「待てと言われて待つはずがないので御座るよ」


 後方から聞こえてくる怒声を完全に無視して、鳳牙を背中に張り付かせたアルタイルがいの一番に大蛇の元へ到達。そしてそのまま進行方向を修正したかと思うと、


「ぬおおおっ!」


 近くにあった石柱を重力を完全に無視して駆け登り始めた。いや、背中に掴まっていた鳳牙の身体は本来の重力に晒されてぶら下がるような形になっている。

 つまりはアルタイルのみが九十度おかしな方向へ重力を働かせているような状態だ。

 その秘密は忍者のパッシブスキル『壁歩き』にある。このスキルはあらゆるオブジェクトに地面判定を出現させ、どこでも移動可能にしてしまうのだ。



 <<厳かなる力。闇を退ける銀輪の具現。――シルバームーン>>



「いっけーアル兄! って、なんか暗くなってほんとにお月様湧いたー!」

「え? え? なんなのあれ?」


 直後に大蛇の元へ到達したとみえる小燕が激励と驚きの声をあげ、エウリュアレが突然の変化に疑問の声をあげている。

 鳳牙とアルタイルもまた一気に薄暗くなった空に出現した銀月に驚愕の声を漏らすが、事前にステラから説明を受けていたために立ち止まるような愚は犯さない。


「なんて事!」


 遅れて最後に到着したステンノが、フィールドに起こった変化に驚きながらもアルタイルと鳳牙の狙いを鋭く看破し、


「させない!」


 即座にアルタイルが駆け登る柱の切断を試みる――が、その一撃は甲高い金属音によって防がれてしまった。


「ふふふ。鳳兄とアル兄の邪魔はこの小燕ちゃんがさせないのですよ」

「くっ!」


 ステンノの薙刀は小燕のクラミツハによって押さえ込まれていた。そのため、大理石の柱には傷一つ付いてはいない。


「エウリュアレ何をしているの! 柱を斬りなさい!」

「え? あ……うん!」


 姉に叱咤され、アルタイルの奇行と突如出現した銀月にぽかんとしていたエウリュアレが慌てて大きく薙刀を構え、一気に振るった。刃は大理石の柱を貫通して斬閃を刻み、斜めの切り口からずれて崩壊を始める。だが、その行為は一歩遅かったと言わざるをえない。

 なぜならエウリュアレが柱を切断する直前――


「行くで御座るよ鳳牙殿!」

「応!」


 柱の頂上に到達すると同時に、アルタイルは駆け登ってきた勢いのままに大蛇へ向けて跳躍。さらにその背中から二段ジャンプの要領で鳳牙が飛び上がったのだ。

 フォートレスボアの大きさは柱よりもさらに高いものだったが、アルタイルと鳳牙の二段ジャンプによって決して届かないはずのそれを凌駕した。



 <<打ち消す事能わず。防ぐ事能わず。逃れる事すら許されない>>



「おおっ!」


 大蛇の頭を超えた鳳牙はその視界にしゃがみ込んでいる緑の少女をはっきりと捉えた。だが――


「フォートレスボア! メドゥーサを守りなさい!」


 そんなステンノの悲鳴に近い命令と同時に、今までまさに砦のごとく動かなかった大蛇が活動を開始し、鳳牙の着地予想地点が大きくずれそうになった。このままでは頭の上に着地出来なくなってしまうだろう。このまま――


「斬山昇水――」

「疾風迅雷――」


 ならば。


「え?」

「え?」


 地上から一連の動向を見上げていた相似の姉妹は、末妹の事を心配するあまりほんの一時周囲への注意を完全に怠ってしまっていた。

 それゆえにステンノは自分の攻撃を防いだ小燕の存在を忘れていたし、柱を切断したエウリュアレも鳳牙の足場となって落下してきたアルタイルが紫電をまとう刀を抜き放った事に気がつけなかった。


「天下両断剣!」

「光陰閃!」

「――ジャアアアアアッ!!」


 超弩級の攻撃を二発同時にその身に受け、絶叫を上げた大蛇の動きが止まる。その間に鳳牙はメドゥーサのいる大蛇の頭上に降り立ち、


「ふぬっ!」


 その場で豪震脚を発動。範囲攻撃である豪震脚は射程内に捉えたフォートレスボアとメドゥーサに勁の波動を叩き込み、


「きゃあっ!」


 少女の小さな身体を悲鳴ごと大蛇の頭上から突き落とした。


「メドゥーサ!」

「メドゥーサ!」


 二人の姉が同時に悲鳴を上げ、それぞれに薙刀を放り出して大蛇から落ち行く末妹の下へ走る。


「くっ!」


 より近い位置にいたステンノがどうにか落下予測地点に到達し、その腕の中に少女の身体を受け止めた。


「ステンノお姉さま!」


 そして受け止めた衝撃でよろけたステンノを、一足遅れてその場に至ったエウリュアレが支える。

 姉妹愛を利用したようで後味の悪い結果だが、鳳牙たちの狙い通りゴルゴーンの三姉妹が一ヶ所に集められた――その時だった。



 <<全てを捕らえ、全てを封ずる光鎖の呪縛。――トゥワニングバインド>>



「なに!?」

「あっ!」


 寄り添うように集まっていた姉妹たちは、瞬く間に銀色の鎖に全身を絡め取られていた。その鎖は瞬きの内に彼女らの足元に展開された黒き光を放つ銀の魔法陣より伸びている。

 鎖はアルタイルと小燕によって大ダメージを被った真白き大蛇をも捕らえており、完全にその動きを封じ込んでいた。


「なんと……」

「うわー……」


 そんな光景を間近で見る事になったアルタイルと小燕の二人はあまりの光景に言葉を失い、


「……すごいな」


 動きを止めた大蛇の身体から段々に飛び降りてきた鳳牙もまた、無数の鎖に縛られる大蛇と三姉妹の姿にそれ以上の言葉が出てこなかった。


「そろそろ幕切れだよ」


 そんな三人の背後から声がかかる。振り向いた先にいるのは眼鏡のブリッジに指を当てるフェルドと、全身の呪印から銀光を放ちながら魔月典ツクヨミを開いているステラだった。

 ツクヨミもまた展開している魔法陣と同じような黒き光を放っており、それが神器解放状態である事は間違いなかった。

 全ての力を解放しているステラは何も言わず、ゆっくりと歩を進める。そうして誰よりも先頭に立ち、


「<<我が行く手を阻みしもの。その存在、塵一つ残さず無へ返さん>>」


 特定の魔法スキルの威力を跳ね上げる最後の特殊詠唱を終えた。


「なんて事なの。こんな事って……!」

「くうっ! 何なのこの鎖外れないよ!」


 その胸に手で顔を覆うメドゥーサを抱いたステンノと、必死になって鎖の呪縛を解こうともがくエウリュアレが声を上げる。

 彼女らの頭上に浮かぶのは荘厳なる夜天の主。本来彼女らに加護をもたらすはずのもの。

 しかしこの時ばかりは、彼女らに滅びを与える災厄でしかなかった。


「これで終わりばい」


 すっと、ステラが大きく右手を掲げた。それはまるで空に浮かぶ銀輪を掴む仕草のようで、実際その認識は正しいと言えた。

 一際強い輝きがステラの装備から放たれ、彼女は幕を下ろすための呪文を唱える。


「孤城落月――」


 詠うように、奏でるように紡がれる言葉。終焉を呼ぶ、滅びの言葉。


「サテライト、ゼロ!!」


 振り下ろされた右手。その動きに連動して、夜天に浮かぶ銀月が大気をすり潰しながら下降を始めた。圧殺された空気が振動を生み、伝播する振動が大地を揺るがす。


 絶対なる力が全てを飲み込み消し去る瞬間。鳳牙はその顔に恐怖を張り付かせた姉妹の腕の中にいる存在に目を奪われた。

 姉妹が守ろうとした少女。呪われた魔眼の所有者。美しき翠の瞳を持つ彼女は、その目をパッチリと開いて迫り来る銀月を凝視していた。

 驚いているわけではない。恐怖しているわけでもない。それはおそらく好奇に満ちた瞳。おずおずと伸ばされた小さな手は、おそらく本人ですらそうしている自覚はないのだろう。

 そして――


「あは」


 少女の顔に満面の笑みが浮かんだ瞬間、全ては銀の光の中に飲み込まれ、消滅した。




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