9.進撃踏破 その果てに待つものは
「それじゃあみんな、準備はいいかい」
いつものように、取りまとめ役であるフェルドが最終確認を行ってきた。
時刻は朝の六時半。いつも以上に豪勢だった朝食を平らげて一息ついた後である。
「ばっちりです」
フェルドの問いに鳳牙はぱたぱたと尻尾を振りながら答え、
「問題御座らん」
「いつでもおっけー」
「万全ばい」
他の三人もそれぞれに威勢の良い返事をしていた。
「おう。もう行くのか」
傍に控えるハルナを覗けば、この場で唯一返事をしなかった存在。火を付けていないキセルをくわえた御影がすりすりと顎をさすりながらそんな事を言ってくる。
「ええ。早めに出た方が時間に余裕を持てますから」
「そうか。まあ、早めの行動ってのはいい事だ。……俺は、そっちの手伝いは出来ねえからな」
大きな溜息を吐き出した御影ががしがしと頭をかく。
そう。今回の遠征に御影は参加しない。パーティーの上限が五人までという制約のせいでもあるが、実際は何が起こるか分からない場所へ一般プレイヤーである御影を連れて行くことを躊躇ったせいだ。
正直な話、鳳牙たちは御影の戦闘力は是非とも頼りたいものでもある。しかしながら『異端者の最果て』の影響を御影自身も受けている事が知れた以上、おそらくは同じ外部エリアである『世界の境界』へ御影を連れて行く事のリスクを重く見た。
「御影さんが今回の事を気にする必要はないですよ。御影さんの力を借りないと決めたのは僕らなわけですし、それに御影さんには僕らには手が届かない現実世界の事でまだまだ迷惑をかける事になるかもしれないんですから」
「そうですよ。それに御影さんは俺たちのために装備品を作ってくれたり修復してくれたりしているじゃないですか。もし御影さんの武具がなかったら、俺たちどうなってたか分かりませんよ」
フェルドの言葉も、そして鳳牙の言葉も本心からのものだ。
御影の存在は今日までしっかりと鳳牙たちを支え続けてくれた。そして現実世界での事も彼がいなければ何一つ分からないままだったのだ。
この上さらに下手な危険に巻き込む事など出来ようはずもない。たとえ本人がそれを望んだのだとしても、マリアンナという家族もいるのだ。申し出を受ける事は出来ない。
「まあ、これも適材適所なんだろうぜ。俺は俺で出来る事をやらせてもらおう。その……なんだ、気を付けて行って来い」
ぽりぽりと照れくさそうに頬をかきながら、御影がそんな事を言ってくる。
その様子を見て、鳳牙は御影にギルドマスターを頼んだ事は間違いではなかったと改めて確信する。
「それでは、準備はよろしいのでしょうか?」
話の区切りがついたところで、タイミングを図っていたと見られるハルナがそんな確認を入れて来た。
鳳牙をはじめ全員で頷いてみせると、
「liberate。それでは、これより皆様を『世界の境界』へ転送いたします。マスターはその場より一歩下がって退避してください」
凛とした良く通るハルナの声が発せられると、なんとなく身が引き締まるような気がする。鳳牙は獣耳をぴんと張り、尻尾をふりふりと揺らす。
「いいかお前ら。無茶だけはするんじゃねえぞ。何があっても絶対に全員で帰って来い。ギルマス命令だ。分かったな?」
ハルナの言う通り一歩下がった場所にいる御影から、とても彼らしい激励が飛んできた。
鳳牙はその言葉にわずかに苦笑して、
「必ず」
大きく頷きながらそう返した。
「もちろんですよ。御影さん」
「命令とあらば仕方ないで御座るな」
「おうともさー」
「行って来るばい」
他の四人もそれぞれに言葉を返し、その様子を見た御影もまたコクリと頷いた。
「転送ポイント選択完了……座標固定……、完了」
すっと閉じていたハルナのまぶたが開き、淡く発光する青色を映し込んだ闇色の瞳が鳳牙を見つめる。
鳳牙もまたその銀色の瞳にメイド少女の姿を映し、小さくコクンと頷いて見せた。
「転送を開始します。よろしいですか?」
「やってくれ」
ハルナの問いに鳳牙は即答する。
すると彼女はもう一度まぶたを閉じ、しかしまたすぐにそれを開いて、
「liberate。皆様がこの世界に自由と解放をもたらす――」
一度そこで言葉を切り、わずかな影を宿した表情で逡巡を見せた後、
「――自由と解放をもたらす、選ばれた鍵人とならん事を」
――え?
いつもとはわずかに違うその言葉。それが意味するものを問うよりも早く、鳳牙の視界は完全に闇に包まれ、刹那の後にはあの不気味な森に囲まれた黒土の大地と、無数に乱立するトランスポーターの群れが視界の中に現れていた。
◆
彼は一人きりの部屋の中、窓越しに差し込む陽光にその身を浸していた。偽物の太陽から降り注ぐ偽物の光はしかし、それが本物の光であるかのように冷えた身体に熱を充填させていく。
それは彼の日課のようなものだった。朝起きて、その日もまた自分という存在がそこにある事を確かめるための行為。もしもこれで膝を突き、両の手を合わせていたならば神に祈っているようにも見えただろう。
それはまるで精緻な彫像のような姿。目を閉じたまま微動だにしない様は、呼吸によりわずかな胸の動きがなければ死んでいるようにすら思える。
「…………ん」
不意に、日の光を浴びていた男――どんどらが背後を振り返った。まるで誰かに呼ばれたような行動で、実際のところ彼は確かに呼ばれていた。いつの間にかその場に現れていた、彼がよく知る気配によって。
「やあ。お早う」
言っていつものように帽子の位置を調節しようとして、どんどらは自分が帽子を被っていない事に気が付いた。衣服はいつも通りに身に着けているのだが、テンガロンハットだけはオーク製のデスクに置かれたままなのだ。
「まだ、こんなところでぐずぐずしているですか?」
無い物に触れようとしていた相手の失敗を笑うでもなく無視し、若干呆れ顔を作ったミコトが軽く批難の言葉を発した。
「別に急ぐ必要もないからね。俺は無駄に待つのは好きじゃないんだ。それに――」
デスクの上の帽子を手に取り、優雅な動作でそれを被ったどんどらは、
「真打は最後に登場するもの、だろ?」
幅広のつばをぴんと指で弾いた。口元には野獣の笑み。いつものひょうひょうとしたものではない。それは見る者をして生理的な恐怖を与えるだろう。
しかしそんな笑みを見つめるミコトはますますその表情に呆れの色を濃くし、最終的には小さく溜息まで吐き出した。
「それはそれでもいいのですけれど、先ほどあの子のギルドが『世界の境界』へ向かいました。貴方があんな挑発を仕掛けたせいで昨日の内にほとんどのギルドが潜っているわけですが、これで異端者の最果てに残っているギルドは貴方の『宴』だけになっています」
「ふーん? それで、昨日潜った連中で戻ってきちゃったところはある?」
自分たちを除いて全てのギルドが『世界の境界』へ行ってしまったというのに、どんどらは特に気にした様子もなくそんな質問をする。
「今のところはありませんね。今一番奥へ進んでいるのが『聖帝十字軍』でしょうか。先ほどまでは三回目の中ボスエリアを突破していたはずです。どのギルドも昨日はじっくり攻めて、今日からスパートをかけているようですね」
「堅実だね。まあ、現状だと俺より先に最奥に辿り着いたとしても無意味だって事を知らなければ仕方ないか。そうなるように仕向けたのは俺なわけだし、せいぜい到達者の気分に浸らせてやるとするかな」
そっと帽子に右手をそえ、視線を隠したどんどらは口元に笑みを貼り付けたまま左手で作った指鉄砲をミコトへ向ける。
模倣の銃口を向けられたミコトはその行為の意味を図りかねたのかきょとんとした表情で首を傾げた。そして、
「一体なんの――」
「幕開けだ」
真意を尋ねようとしたミコトの言葉尻に被せ、どんどらが力強く宣言する。隠していた視線を再び晒し真紅の瞳にメイドの少女が映し込まれた。
「今から俺が、君の望みを叶えよう。楽しみに待っていてくれ」
それはまるで恋人に愛をささやくように、甘く優しく、それでいて決意に満ちた言葉だった。
そうして言いたい事はもうないとでも言うように、どんどらはミコトの反応を待たずにその隣をすり抜けて部屋を出て行く。
残されたのは目を瞬かせるメイド少女が一人だけ。
彼女はしばらく主のいなくなった部屋に留まっていたが、
「……ふう」
様々な感情の入り混じった溜息を一つ吐き出して、その身を空気に同化させるように消え去っていった。
◆
序盤の攻略はこれといって苦戦らしい苦戦になる事もなかった。それは以前までに挑んでいた時とは明らかに鳳牙たちの状況が違うせいだろう。
御影の製作したそれぞれの神器。そして各種ステータスの強化に加えて神器の性能を極限まで引き上げる事の出来る神呪印装備の存在。
鳳牙たちはその恩恵を改めて知る事になった。
初挑戦時は第六フィールド到達まで四時間以上の時間がかかっていたというのに、今現在は時刻が昼の十二時を回った段階で三回目の中ボスを撃破している。
これは雑魚モブたちの性能強化が第五フィールドで打ち止めになった事にも起因していた。
第七フィールドで登場するモブは数こそ第五フィールドに比べて多くはなるものの、その強さは第五フィールドと全く同じだったのだ。
そしてモブ数の上昇も第十フィールドでパーティー人数に対して四倍弱となった時点で変化がない。つまるところ、第十フィールドさえ突破出来れば問題になるのは単体で登場する中ボスのみになるという事だ。
強いて問題があるとするなら連続戦闘による精神的な疲労だが、これには都度休憩を挟む事で対処している。
実際、十八箇所のフィールド攻略にかかったのは四時間程度で、後の二時間は休憩に充てられた時間である。モブの性能に対して引けを取らない強さを手に入れている鳳牙たちは、一回の戦闘時間が劇的に短くなっているため、休憩に割く時間が多く取れているのだ。
「えーとここが十八回目だから、残り十二回でクリアって事でいーんだよね?」
「そうだな。このペースだと十七時頃には三十箇所目のフィールドに到達出来るんじゃないか?」
フィールド内のボスモブを倒したところで昼休憩を挟んでいる鳳牙たちは、車座に座って昼食をとっていた。
さっさと自分の分を食べ終えた小燕が、黒土の地面にどこで拾ったのか木の棒を使って三十引く十八は十二と書いている。
「過半数のフィールドは突破しているわけだけど、たぶんここからが後半戦って事になるんだろうね。もしかしたらまた敵が強くなるかもしれないし、場合によっては中ボスにもさらに変化が出るかもしれないな」
「ばってん、神器解放も使っとらんばい。まだまだ余力は残っとう」
「うぬ。されど油断は大敵に御座る。勝って兜の緒を締めよ、と言うので御座る。いまだ勝ったとは言えぬ拙者らは当然にして気を引き締めていくべきに御座ろう」
比較的余裕のある戦いが続いているため、こうした会話もどこかしら穏やかな感じが漂っていた。
鳳牙もまた心身がリラックス状態にあるせいか、時折ぴくぴくと耳が動いたり尻尾がふりふりとリズムを刻んでいたりする。
そんなこんなでそれ以後も懸念していたような事態にはならず、事故らしい事故もなく攻略を続け、とうとう最終フィールド目前の第二十九フィールドの敵を殲滅したところで再び最後の休憩を挟む事になった。
「よし。それじゃあいよいよ次が最後のフィールドだ。これまでのパターンからしてまた巨大モブが出るとは思うけど、何が来ても大丈夫なように最終確認は怠らないでね」
フェルドの言葉に頷きを返し、しかし早々に準備を済ませてしまった鳳牙は仲間が準備を行っている間に軽く身体をほぐす為の運動を始めた。
実際のところは身体をほぐすというよりも精神をほぐすためと言った方がいいかもしれない。ある種のイメージトレーニングである。
――……ん?
突然、鳳牙はいいようもない違和感を覚えてぴたりと動きを停止した。見つめる先にあるのは四つの青いトランスポーター。
綺麗に一列に並び立つそれは、シンクロしているように寸分の狂いなく同じ方向へ同じ速度でくるくる回転している。
「うん? 鳳牙。どうかしたのかい?」
じっとトランスポーターを見つめ続ける鳳牙を不審に思ったのか、フェルドが傍にやって来た。
鳳牙はそんなフェルドに視線を向けず、ぱたぱたと尻尾を振りながらじっとトランスポーターwを見つめ続け、
「あれって、何で四つある|んですかね?」
感じた違和感をそのまま言葉に変える。
そんな鳳牙の言葉にフェルドは怪訝な表情を作り、
「何でって、ここはそういうところじゃないか。フィールドを攻略すれば移動用のトランスポーター四つと帰還用の赤いのが一つ出現する。ここまでの二十八回も全部そうだったはずだよ」
本当にどうしたんだいと少し心配そうな顔になって鳳牙の顔を覗き込んできた。眼鏡のグラス越しに見える黄玉の瞳に自らの姿を映し込んだ鳳牙は、
「……あ、いえ、そう……ですよね。うん。そうですよね」
自分が言った事が急におかしな事に思えてきて、バリバリと自分の頭をかいて銀の髪の毛をくしゃくしゃと弄ぶ。
「おいおい鳳牙。しっかりしてくれよ。ようやくここまで来て緊張してるのかもしれないけど、ここまで来たからには負けられないんだからさ」
「はい。もう、大丈夫です」
鳳牙がそう言うと、フェルドは「本当かい?」とややおどけながらも確認を取って、アルタイルたちの方へ向かっていった。
鳳牙もその背中を追おうとして、やはりもう一度四つ並ぶトランスポーターを眺める。
――……あいつの『最後のフィールドで君らに会える事を祈っている』っていうのは、どういう意味だったんだ?
鳳牙の感じた違和感の正体。それは昨日のどんどらの言葉だ。今思い出してみればあれは即ち最終第三十フィールドで会う事になるという意味にも取れるのだが、そこへのトランスポーターが四つあるという事はこの先も今までと同じようなランダムフィールドという事になる。
はたして示し合わせる事もなく最後のフィールドでかち合うなどという事がありえるのだろうか。
――いや、そんな事になるはずがない。
攻略にかかる時間もばらばらである事を考えれば、最後の最後で鉢合わせになる確率など皆無に等しい。
となれば、あの時のあの言葉には何か別の意味があると考えたほうが自然だ。
――次のフィールドを攻略した後で何かがあるのか?
可能性として一番高いのはそれだろう。だがそれが何であるのかは分かりようがない。
鳳牙はしばらくそんな思考を続け、やがて頭を振ってそれらの考えを振り払った。今この場で悩んでも仕方がないと結論付けたためだ。
いずれにせよこの先へ進む事は決定事項である。今は余計なことを考えるよりも待ち構えているであろう強敵への対処を優先するべきだ。
「鳳牙。そろそろ行くよ」
「はい」
フェルドに呼ばれるままに仲間たちの下へ合流し、鳳牙はそのままトランスポーターへと向かう。
選択したのは一番右端。理由は特にない。
「じゃあ、最後のボス戦と行こうか。八百万の、神々のご加護を」
「うし!」
「うぬ!」
「おー!」
「うん!」
全員で揃ってトランスポーターへ進入。切り替わった視界に広がるのは――
「……神殿?」
視界を覆い尽くす白磁の氷。それはガラスのような光沢のある磨き抜かれた大理石だ。大木を思わせるような円柱の柱が支えるべき屋根もないというのに何本もそびえ立ち、ところどころには横倒しになって砕け散った柱も存在している。
「雰囲気がだいぶ違うけど、ドルミナス高原の崖下神殿跡に似てなくもないな」
ぺたぺたと近くの柱に触れながら、フェルドがそんな感想を漏らしている。
アルタイルや小燕も同じようにすべすべした表面を晒す壁に触れてなにやら話しており、ステラは足元の床に映り込む自分の顔を見て目を丸くしていた。
――このフィールドだけ、明らかに今までと違うな。
鳳牙はそんな仲間たちの様子を確認しながら、ぐるりと周囲を見回してみる。
まず持って今までのフィールドと異なり圧倒的に狭い印象を受ける。柱が乱立しているせいでもあるのだろうが、特に少し離れた位置で床が途切れているように見える事が原因だ。
――まさか、な。
鳳牙はその途切れた床が気になって縁まで近付いて行き、
「……嬉しくない当たりだな」
その先が断崖絶壁がごとく切り立ったものになっている事を確認した。そしてそっと差し出した手が明らかに縁を越えてしまう事を確認して、その場所が見えない壁の存在しない落ちれる場所である事を確認する。
ひょいと覗き込んだ深淵は底が知れず、落ちればどうなるのか考えたくもない状況だ。
「鳳兄?」
「ん?」
いつの間にか後ろに立っていた小燕に呼ばれ、鳳牙は身体ごと振り返る。彼女からフェルドが呼んでいる旨を聞かされた鳳牙は一度だけ不吉な絶壁を振り返り、小燕に連れられるように仲間の元へ戻った。
「さて言うまでもなく明らかにおかしい状況なわけだけど、ここからは固まって行動しよう。鳳牙も今さっきみたく一人で離れないでね」
「すいません。ちょっと向こうの崖が気になったんで」
言って、鳳牙はさっきまで自分が立っていた場所を指差した。
「崖に御座るか?」
「ええ。しかも壁のない落ちれる崖です。出来るだけ近寄らない方がいいですね」
「うえ!? あそこ壁ないの?」
鳳牙の伝えた事実にアルタイルが目を細め、小燕は素っ頓狂な声を上げる。
それも無理のない事だ。普通に考えればああいった場所は見えない壁で落ちれないように設定されているはずで、実際今まで突破して来たフィールドも断崖絶壁に囲まれた場所では見えない壁がきっちりと存在していた。
それがここへ来て突然なくなったのである。その点一つだけでもこのフィールドが今までとまるで異なる事は明白というものだ。
「噴き上がる流水のオブジェクトも見当たらないし、どうなってるんだろうね」
「えっと、正直よく分からんばってん、ここで悩んでてもしかたなかと」
ぽりぽりとっ頬をかくフェルドに対し、ステラがそう進言する。
確かに彼女の言う通り、このままここで悩み続けても埒が明かないだろう。鳳牙はもう一度周囲を見回して、
「さしあたってここは端っこの方みたいですし、向こう側の中央部分へ行ってみるしかなさそうですよ」
大理石の床が遠くまで途切れる事無く続く方を指しながらステラの進言を支持意向を示す。
アルタイルや小燕にしても考えは同じようで、そんな面々の様子を確認したフェルドが、
「……そうだね。確かにここでこうしていても仕方がない。慎重に探りながら進んでみよう」
方針の最終決定を下した。
行動する際の陣形として先頭を鳳牙と小燕。その後ろにフェルドとステラが続き、殿をアルタイルで固める密集陣形を取った。
基本的に奇襲強襲を受けた時に対処しやすい陣形である。機動力は落ちるが、元々障害物の多い今のエリアに機動力は必要ないと判断したのだ。
そうしてそろりそろりとフィールドの探索を開始してわずか五分後。
「……ん?」
「……お?」
先頭を行く鳳牙と小燕は同時にあるものを発見して思わず声を漏らした。
「二人ともどうしたの? 何か見つけた?」
すぐ後ろにいるフェルドからそんな問いが飛んできたので、鳳牙は少し身体をずらしてフェルドの視界を確保しつつ、すっと指を伸ばしてある一点を示した。そこには――
「石像?」
「石像ばい」
「石像に御座るな」
フェルドの他にも小燕の背が低いおかげで元々視界を確保していたステラと、そもそもどこにいても視界を遮られないアルタイルが同時にそんな感想を口にした。
そう。石像である。最初に鳳牙と小燕が見つけた物が灰褐色のそれだ。離れた場所からでも実に精巧なものである事がよく分かる。その数横並びに三体。
中央には両手で顔を押さえながら髪を振り乱してしゃがみ込む少女の像。そしてその両脇に勇ましく立つ双子のようによく似た女性の像。二体の手には薙刀や青龍偃月刀のような武器が握られており、まるでしゃがみ込む少女を守護しているかのようだった。
「なんでしょうかね? あれ」
「うーん……。なんとも言えないな」
「あからさまに怪しいで御座るな」
「ただの石像……ってことはないよねー」
「……謎ばい」
大理石の神殿に三体の石像。ある意味で違和感のない組み合わせではあるのだが、今この場所において違和感のない事それ自体が違和感でしかないのだ。
明らかにあの三体の石像には何らかの意味があると見てしかるべきだった。
「……とりあえず調べてみよう」
フェルドの言葉に誰も反対を意を示さず、鳳牙たちは陣形を保ったままそろりそろりと石像へ近付いていく事になった。
そうして石像までの距離が五メートル程になったところで、
「ん?」
「え?」
「ぬ?」
「お?」
「な?」
鳳牙たちは目の前で起こった事に驚いて声を漏らしていた。
その変化は一瞬だった。今の今まで灰褐色だった石像たちに一瞬にして色彩が宿ったのだ。それは目の錯覚かと思うほどに刹那の変化で、むしろ今まで認識していた灰褐色が何かの間違いだったのかと思いたくなるほどに鮮やかなものだった。
中央のうずくまっていた少女の髪は海草のような濃い緑色に変化し、一瞬を切り取ったように静止していたそれらがまるで生き物のようにうねうねと動いている。顔は両手に覆われたままでうかがい知れないが、啜り泣きが聞こえないところを見るとないているわけではないようだ。身に着けているのはこれもまた濃い緑のワンピースのみで、夏の海にでもいそうなほどの軽装である。
対して武器を構えて立つ二人の女性は、深海の水底を思わせる濃く青い髪をしていて、瞳の色もまた暗青色。石像の状態ですでに美しさは際立っていたが、色彩の宿る今となっては美しいと形容する事さえ言葉足らずなほどの魅力を有していた。
青色の鱗模様の軽装鎧を身にまとうその姿は、さながら海の戦士とでも言ったところだろうか。
「……で、何これ?」
あまりの変化に一瞬我を失い、はっと我に返った直後に鳳牙がそんな事を口走った瞬間だった。それまでどこにも焦点の合っていなかった瑠璃の瞳が明らかに鳳牙たちに向けられ、
「くっ!」
「戦闘準備!」
「ぬう……」
「やんのかこらー」
「オプション展開」
刺す様な殺気に全身を貫かれ、全員がその場で戦闘態勢を取っていた。そして――
「あらあら。今日もまた玩具が遊びに来てくれたようね。これでまた少しはこの子の笑顔も戻るのかしら。ねえ? エウリュアレ」
向かって左。右手に武器を構える女が向かって右の左手に武器を構える女に話しかけ、
「どうかしらね。でも、無駄にはならないと思うわよ。ステンノお姉様」
二人の間にそんなやり取りが交わされる。
そうして互いに微笑を交し合い、再び計四つの瑠璃の瞳が鳳牙たちへと向けられた。左右対称に獲物を構えた二人の女は妖艶な笑みをその顔に貼り付けたまま、
「さあ、私たちの可愛い妹のために踊りなさい!」
「さあ、私たちの可愛い妹のために踊りなさい!」
見事なシンクロを見せた二つの青い風が、激流のごとく襲い来る。