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Chaos_Mythology_Online  作者: 天笠恭介
第四章 サドンストライク
30/50

2.深淵招待 死を忘れたモノたちの居城



 BBに指定されたポイントは、廃都ベルクドレムのアドラ城南西の塔最上部だった。

 アドラ城は不死族の王やアンデッド系のボスモブが居を構える難関ダンジョンの一つで、鬼のように湧き続けるモブをひたすらに退け続ける事が出来なければあっという間に飲まれてしまう事で有名である。


 その中でも城の南西の塔は今のところ特殊なアイテムもなければ中ボスモブすら存在しない、攻略するにあたって無駄足にしかならないとして無視されている場所だ。

 ある意味密会するには都合がいいが、モブの湧きが止まるわけでもないので落ち着いて話をするにはいささか無理がある。


「とはいえ、そこを指定されたからには行かないといけないんですよね」


 朝食のパンを食みながら、鳳牙はやや愚痴めいた事を言う。BBには別の場所は駄目なのかと聞いたのだが、どうしてもそこでなければ駄目だというのでしぶしぶ了承したのである。

 もっとも、立場的に考えて鳳牙に場所の選択権はないため、それが無駄な交渉だという事は分かっていたのだが。


「ソロだと神呪印(ゴッドスペル)装備でも抜けて行くのはきついよね。僕にとっては一番力の発揮出来るダンジョンだけどさ」


 ヨーグルトを食べていたフェルドが、手に持ったスプーンをメトロノームのように振っている。

 確かに通常はほとんど攻撃手段を持たない『司祭』だが、唯一アンデッド系モブに対する攻撃手段だけは豊富に存在する。

 特に周囲のアンデッド系モブを一撃で消し飛ばす『ターンアンデッド』はアドラ城攻略の鍵とも言われているスキルだ。


「うぬ。あそこはほぼ全てのモブが不死族で御座る故、フェルド殿の攻撃が最も有効で御座るな」

「でもあたしゾンビパラダイスきらーい」

「うちもあまり好かんばい」

 

 ビジュアルがリアルなバーチャルリアリティゲームでは、美しく綺麗なものはより美しく綺麗に見えるが気味の悪いものもより気味が悪く見えてしまう。そのためアドラ城はその難易度というよりもビジュアル的な意味で、特に女性プレイヤーに嫌われているダンジョンの一つだったりする。


「その辺りも加味しての選択なのかもしれませんね」

「そうだね。早朝からあそこに行こうとする人はそうはいないかな。夏休みの肝試し感覚ならまだしも」

「ですよね」


 鳳牙としてもさわやかな朝からゾンビとランデブーなど本来は願い下げである。だが、BBの情報は鳳牙たちにとって生命線になり得る貴重なものだ。多少の面倒を厭う事は愚かでしかない。

 全員それが分かっているからこそ、口では文句を言いつつも昨日の内に準備は十全に済ませている。

 腹ごしらえが終われば後は突き進むだけだ。


「失礼します。食後にお茶はいかがですか?」


 一通り全員が朝食を食べ終えたタイミングで、ハルナが氷の入ったグラスを六つのせたトレイを手に現れた。

 断る理由もないのでそれぞれに礼を言いながらカップを受け取っていき、


「どうぞ」

「ああ、ありがとハルナ」


 最後になった鳳牙はテーブルへ置かれる前に直接グラスを受け取った。トレイの上にはまだ一つ残っているが、これはハルナ自身の分である。

 一昨日の一件以来、食後のお茶だけ一緒に飲むのがハルナの習慣になっていた。


「lib。本日はアドラ城へ向かわれるとお聞きしておりましたので、耐ステータスダウン効果のある『アンブレ』をご用意いたしました。持続時間は三十分です」

「ふーん? ああこれ、ハチミツとオレンジなんだ。ちょっと不思議な感じがするな」


 ステータスアップが付加された事を示す淡い光を身体から発しながら、フェルドが口から鼻に抜けていると思われるアイスティーの香りを楽しむようにふんふんと頷いている。

 鳳牙も軽くグラスをあおって中身を口に含むと、ほのかなハチミツの独特な甘みとオレンジのすっきりした爽快感が広がり、その美味しさに自然と尻尾がぱたぱたと振れた。


「うぬ。馳走になったで御座るハルナ殿」


 ほぼ一息にグラスの中身を飲みきったアルタイルが空になったグラスをハルナに渡し、ゴキゴキと首を鳴らしながら席を立つ。

 鳳牙も最初の一口を舌の上で転がした後はアルタイル同様にグラスの中身を一気にあおる。残りの三人にしてもあまりのんびりとはせずにぐいぐいとアイスティーを飲み干し、全員が席を立った。


「もうよろしいのですか?」


 トレイをテーブルに置き、身体の前で両手を重ねたハルナがそん事を言ってくる。鳳牙たちが前日に用意を整えている事は彼女も知っているので、最終確認のために聞いてきているのだろう。


「うん。時間もちょうどいいし、せっかくのアイステーの効果がもったいないからね」

「lib。それではこれより皆様をアドラ城へ転送させていただきます。どうぞお集まり下さい」


 フェルドの返事に一礼で答えたハルナがゆっくりと両手を広げ、もはや見慣れた転送魔法陣が床に出現する。

 全員がその魔法陣の中に収まると、ハルナが形のいい唇を静かに開き、


「それでは参ります。皆様がこの世界に自由と解放をもたらす鍵人(カギビト)とならん事を」


 これもまたお決まりの文句と共に転送魔法が発動させる。


 鳳牙の視界からハルナの姿が消え去り、全てが黒に塗り潰されたかと思えば、次の瞬間には薄暗くて狭い空間の中に立っていた。目の前には灰褐色の石造りの壁があり、そこかしこに木箱のオブジェクトが放置されているところを見るに、倉庫部屋か何かに転送されてきたようだった。


「ここ城のどこら辺ですかね?」

「ああ。えーっとマップマップと……うん、今いる位置がちょうど三階の北東みたいだね」


 フェルドが事前に露店にて購入しておいたアドラ城の城内マップを広げると、となって三階層に分かれた立体映像の図が表示された。現在位置を示す赤い点は、確かに北東の隅に位置する小部屋に存在している。


「うぬ。それぞれの塔は一階からしか辿り着けぬ故、一度下に行く必要があるで御座るな」


 アルタイルの言う通り、アドラ城の四つの塔へはそれぞれ城の一階部分にしか連絡通路が存在していない。

 二階及び三階部分はあくまでアドラ城個別の階層になっていた。


「うへえ。外にスケルトンとかグールとかが一杯いるよう」

「リビングデッドもおるばい。気持ち悪かあ」


 そっと開いた扉の隙間から外の様子を探っていた小燕とステラがぶるっと身を震わせている。

 限定空間内を不死族が闊歩している様はまさにホラー映画そのものだ。鳳牙としても今までよくショックで心臓麻痺するプレイヤーが出なかったものだと無駄に感心してしまう。

 それほどまでにリアリティあふれるモブたちだった。


 鳳牙たちはこれからその不死者たちの群れを突破していかなければならないのだが、評判通りなら外へ出るなり戦闘になるだろう。

 また、元々不死族モブはその性質上毒や眠りといったバッドステータス系統がまったく効かない特性を持っているため、簡単に無力化する事が難しいモブでもあった。

 フェルドの魔法を切り札として温存する事を考えると、出来得る限り戦闘にかける時間は最小限に留めて突き進むのが望ましいだろう。


「基本は強行突破でいいんですよね?」

「そうだね。あまり一所に留まって応戦すると増援とリポップで押し潰されかねないし、『ターンアンデッド』はちょっと詠唱に時間がかかるから乱発出来ないしね」

「うぬ。外と違って城内は空間が限定される故、あまり大立ち回りをするわけにもいかんで御座る。小さくまとまって立ち止まらずに進むのが良いで御座ろう」


 当然ながら屋外と屋内ではそれぞれの立ち回り方は大きく異なってくる。

 アドラ城の廊下は人が三人程度並べるだけの広さしかなく、鳳牙の場合はあまり飛んだり跳ねたりすると壁に激突して動きを阻害される危険性が高いし、アルタイルの罠玉は効果エフェクトの大きさから必要以上の目隠しになって混乱の元になる危険性を孕む。

 フェルドの場合は味方が魔法の効果範囲外へ行ってしまう危険性は激減するものの、敵の射程距離内に捉えられる危険性が上がるために遠距離系モブの動向に細心の注意を払う必要が出てくるのだ。


「うちのクリスタルもせまっこいところだけは苦手ばい。二個くらいが限界やろうね」

「モブが密集してるから範囲技メインだよね。スキルで蹴散らして後は無視する感じ?」


 ステラもそうだが、一番立ち回りが変わらないのは小燕だろう。あまり乗り気ではないだろうが、先頭は小燕に行ってもらうのが適任のはずだった。


「それじゃあ隊列を決めよう。先頭は小燕だ。よろしくね」

「うえ。……うーん、しょうがないよねー」


 鳳牙の予想通り、フェルドが小燕を先頭に指名する。指名された本人はやや不満げに口を尖らせて見せたが、結局は我がままを言う事もなくバケツメットを装備した。


「次は鳳牙。『豪震脚』と『旋風脚』を上手く使って通路を切り開く手伝いをして欲しい」

「はい」


 豪震脚による弾き飛ばしは相手を押し返すのに、旋風脚による引き寄せは分散する敵を一箇所にまとめるのに効果がある。

 特にモブにとっても逃げ場のない屋内であればほぼ確実に相手を効果圏内に捉える事が出来るだろう。


「次が僕でその後にステラ。君は状況を見て背後からの追撃を防いだり、小燕と鳳牙のアシストをして」

「了解ばい」


 真ん中にフェルドが来るのは当然そこが一番支援し易いからだ。また、前にも後ろにもすぐに対応を切り替えられるという利点がある。

 ステラは持ち前の射程でどこにいても汎用性が高い。


「殿はアルタイルだ。使いどころが限られるけど、要所要所で罠を張れば後顧の憂いを絶てるはずだ」

「承知」


 アルタイルを最後尾に置く事で、彼が比較的味方の邪魔をせずに罠を使用する事が出来る状況を作り出せる。また、誘引罠を後方へ設置し続ければそれだけでも十分な足止めになるだろう。

 おそらく現状の布陣としてはこれ以上にはない。


「オーケー。それじゃあ行こうか。神器は普通に使うけど、神呪印装備への換装はいざという時まではしちゃ駄目だよ。あれは強力過ぎて頼りっきりにしちゃうと絶対に鈍るから」

「そうですね。俺も通常装備で攻略出来る分には勘を鈍らせないためにもそうする方がいいと思います」


 フェルドの意見に、鳳牙は賛成の意を示した。他の三人にしても反対はないようで、全員無言でコクリと頷いている。

 それらを確認して、フェルドがそっと手で合図を送る。

 合図を受けた小燕が扉に手をかけ、背後に並ぶ鳳牙たちをチラリと肩越しに振り返ってきた。

 鳳牙が頷いてやると、小燕もまた頷きを返して顔を前に向けて静止する。


「カウントダウン行くよ。三……二……一、八百万の神々のご加護を!」


 フェルドの合図と同時に小燕が扉を勢いよく引き開けて廊下へ飛び出して行く。鳳牙もその後に続いて飛び出すと、


「ア゛ア゛ッ」

「ア゛ー」


 即座に反応した不死族モブたちが、なんとも不気味な声を発しながらいっせいに襲い掛かってきた。鳳牙は廊下に出てすぐに周囲を確認する。先に飛び出した小燕が進行方向側のモブと交戦している姿を視界の端に捉えると、そちらへは背を向けて反対側から迫り来る集団へ接敵。目前で急制動をかけ、その勢いのままに渾身の力で石の廊下を踏みつけた。


「ふぬっ!」

「ア゛ア゛ー」


 発動した豪震脚によって鳳牙の全身から爆発的な勁が放たれる。目視すら出来そうな勁の波動に飲まれたモブたちは、範囲ダメージの追加効果によって石の廊下をずるずると滑りながら後ろへ押しやられて行った。

 鳳牙が初手で後ろの敵を後退させたのは、味方後続が廊下に出ていきなり襲い掛かられないようにするためだ。


「アルタイルさんあとはお願いします!」

「任されたで御座る」


 言って、鳳牙は返事が聞こえる前にはすでに反転し、小燕が応戦しているモブの内で彼女の範囲スキルの判定外にいるモブを狙って強襲を仕掛けた。


「破っ!」


 完全に不意を打ったグールに掌を押し当て、鳳牙は徹しの一撃と豪炎拳カグツチの追加攻撃で相手を瞬時に灰色にして廊下に横たわらせる。


「てりゃああっ!」


 その隣では四体のモブをまとめて胴切りにしそうな勢いで小燕が大剣を振るっていた。

 龍水剣クラミツハの追加効果で大剣による攻撃と同時に剣身から放たれる水刃がモブを切り刻み、こちらもただの一振りで四体がまとめて廊下に横たわった。

 今の攻防で進行ルートの第一波は壊滅させたわけだが、


「二人とも! すぐにリポップしてくるからガンガン先へ行って階段の周囲を確保して!」


 一息つく間もなくこちらへ向かってくるフェルドからの指示が飛んでくる。その背後にはステラ、アルタイルと続き、さらに後ろからは無数のモブがまさに亡者群れとなって押し寄せて来ていた。


「鳳兄!」

「応!」


 小燕と視線を合わせて頷き合い、鳳牙は第一目標地点である階段を目指す。当然そこにもわらわらとグールやらスケルトンやらがたむろしているわけだが、


「小燕!」

「あいあいさー」


 まずは先行した鳳牙が多少のダメージを覚悟でモブ集団の真っ只中に突入。次いで即座に旋風脚を発動させる。

 自分を中心とした小規模の竜巻を発生させる旋風脚は、豪震脚とは逆に範囲内のモブを吸い寄せる効果があった。これにより、階段の前で群れていた集団のほとんどが鳳牙を中心とした狭い範囲にかき集められ、


「だっしゃあー!」


 横構えから突進し、攻撃の瞬間に急制動をかける事で反動をのせた小燕の横薙ぎが目にも留まらぬ速さで振り抜かれ、空中回し蹴りの最中だった鳳牙の真下を剣閃が通過していく。

 そうしてスキルの効果が終わって着地した時には、鳳牙の周りには灰色になったモブの残骸が散らばっている有様になっていた。


「階段前確保しました!」


 報告を上げつつ、鳳牙はクールタイムの終わった豪震脚で一掃した階段前に集まってくるモブたちを退ける。


「了解。アルタイル! 階段に到着したら誘引罠と火柱罠で後方を塞いで!」

「委細承知!」


 階段へは最初の隊列の通りに下りて行き、廊下よりも狭くなった階段の途中にいるモブは鳳牙と小燕で強引に打ち倒していく。

 背後からはフェルドとステラの的確な支援が飛んでくるため、敵の攻撃を回避し切れなくても致命的な状況にはならない。


「ここから先は通行止めに御座るよ!」


 最後尾のアルタイルが複数の罠玉を足元にばら撒くと同時に下段へ後退。先に発動した誘引罠に引かれて密集していたモブたちの中心から巨大な火柱が上がり、周囲の全てを業火の舌が舐めとって行った。


「よし。次の二階は上位個体も混じってるからほとんど無視して駆け抜けるよ! いいかい?」

「応」

「うぬ」

「あいさっさー」

「了解ばい」


 モブを蹴散らしながら階段を駆け下り、鳳牙たちはアドラ城の一階を目指して進撃する。


    ◇


 南西の塔への連絡通路は人が四人程度横に並べる程度の広さがあり、今までに比べると幾分か空間に余裕があるのが特徴だった。

 モブの群れを越えた先には大きな両扉が存在し、どうやらそこから南西の塔へ侵入する事が出来るようだ。

 鳳牙たちは連絡通路をモブを蹴散らしながら突き進み、ようやく南西の塔の入り口である扉の前まで到達したところで、


「う――ああっ!」


 扉の向こうから聞こえて来た誰かの悲鳴を耳にした。次いで、


「何でこん――のがいる――よお!」

「知るか! ――なんで扉――ねえんだよバグっ――そっ!」

「やべ――ンカーズもらっ――た! もう――ポットねえぞ!」

「ちきしょう――だよお……」


 混乱した怒号が漏れ聞こえてくる。詳細は不明だが、どうやら扉の向こうで別のパーティーが戦闘を行っているようだった。声の焦り具合や内容からして全滅寸前である可能性が高い。


「えっと、これどうしましょうか? 突撃してそのまま混乱に乗じて階段へ走るって手もありますけど」


 扉に耳を近づけて中の様子を伺っていた鳳牙は、背後を振り返ってフェルドに尋ねた。

 よもやここで別パーティーとニアミスするとは思っていなかったため、とっさにどうすればいいのか決めかねたのである。


「うーん。今中にいるのが賞金首って事はないだろうから、このまま全滅を待った方がいいんじゃないかな」


 尋ねられたフェルドはそっと眼鏡の位置を調整しながらそんな意見を出してきたが、


「しかし、このままここに留まるのもいささか危険では御座らぬか? モブをほとんど無視して突破して来た故、通路のモブがどんどんこちらへ押し寄せて来ているで御座る」


 アルタイルがその案の危険性を指摘する。

 確かに突破して来た通路には数多くのモブたちが不気味な声を上げて蠢いており、そのほとんどが鳳牙たちへ狙いを付けてゆっくりと向かって来ていた。

 この場で棒立ちになったままでは遠からず集団に飲み込まれて轢き殺されてしまうだろう。それは鳳牙としては勘弁願いたいところだ。


「リポップ早いから神器解放で消し飛ばしてもすぐに元通りになっちゃうよねぇ。疲れ損になりそう」


 じっと自分の大剣を見つめた小燕がポロリと漏らし、


「五分も留まってたら不味い事になりそうばい」


 そんな小燕の肩に手を置いて、近付いてくる不死族モブたちを見つめたステラが所見を述べた。それぞれに間違った意見は述べていないので、最終判断はフェルドに任せる事になる。

 扉の向こうからはいまだ複数の声が漏れて来ており、背後の群れはもはやすぐそこまで迫っている。


 行くべきか、留まるべきか。


 最終的にフェルドが出した結論は――


「先へ進もう。こんなところに他のパーティーがいる以上、また別のプレイヤーが来ないとも限らない。下手に留まって襲われてもつまらないしね」

「うぬ。しからば拙者は念のために二個ばかり誘引罠を放り込んで来るで御座る」

「うちは目眩しのフラッシュをチャージしておくばい」

「小燕。扉は俺が開けるから、範囲攻撃スキルの発動準備をしておいてくれ」

「ういさっさ。小燕ちゃんにお任せなのですよ」


 方針が決まるや否や、全員がそれにあわせて準備を開始する。

 鳳牙はフェルドの魔法チャージが完了したのを見届けると、そっと扉手を押し当てた。肩越しに背後の仲間を振り返ると、全員が無言で頷いて来る。

 それに鳳牙も頷きを返し、小さく息を吸い込んでから一気に両腕に力を込めて扉を押し開け――る事が出来なかった。


「あれ?」


 びくともしない扉に首を傾げ、鳳牙はもう一度腕に力を込めて扉を押す。しかし、一向に動く気配がない。一瞬引いて開けるのかとも考えたが、取っ掛かりになる物がない以上は押して開けるより他に手がない。


「鳳兄?」


 扉が開かない事を不思議に思ったのか、小燕が首を傾げて鳳牙に問いかけて来た。

 それに対し鳳牙も首を傾げてしまい、


「えっと、開かない……です」

「うぬ?」


 鳳牙の言葉にアルタイルまでもが首を傾げ、そのまま扉の前にやってくると鳳牙と同じように扉を押し開けようとして、


「……うぬ。確かにまったく動かんで御座るな」

「え? そんなはずはないだろう」


 頭をかくアルタイルに驚き、今度はフェルドが扉に手をかけて押し開こうとするが、やはり扉はびくともしなかった。


「あれ? 何だこれ?」

「開かんと?」

「うええ!? アル兄の罠効果切れて、ゾンビたちもうそこまで来ちゃってるよ!」


 小燕の言葉を受けて背後を確認すれば、確かにモブの群れがもうそこまで来てしまっていた。ここまで近付かれてしまうと誘引罠では前にいる集団の足止めにならない。

 このままでは退路の無い状態で物量戦を挑まれることになるだろう。


「フェルドさん全員で押してみましょう。もう中に入らないと色々やばいです」

「そ、そうだね。よし、みんなで思いっきり押そう」


 それぞれが扉の前に立ち、全力で押し始める。だが、やはり扉は壁を押しているかのようにびくともしない。

 それでも諦めずに押し続け、真ん中で押していた鳳牙が破れかぶれのつもりで思いっきり扉への体当たりを敢行した瞬間だった。


「うわあっ!!」


 一際大きな悲鳴が扉の向こうから聞こえたかと思うと、


「うおあっ!」

「うわっ!」

「ぬあっ!」

「わわわっ!」

「きゃあっ!」


 どんなに押してもびくともしなかったはずの扉がいきなり開き、体当たりを仕掛けた鳳牙は塔の中に入るなりバランスを崩して石の床の上を転がってしまった。


「痛たた……」


 ステータス的なダメージは無いものの、思いっきり転がったせいで身体のあちこちが痛みを訴えている。軽く涙目になりながら立ち上がると、鳳牙はやけに広い空間の中にいる事に気が付いた。

 塔の一階にしてはやけに天井が高い。さながらどこかの巨大ホールか何かの中にいるようだった。


「いててて。まったく、何で急に開くかなぁ……」

「うぬ。この不意打ちはひどいので御座る」

「うええ。鎧着てるけど衝撃ががが」

「痛いばい……」


 周囲を見回していた鳳牙が背後へ振り返ると、そこには綺麗に一列になって床に転がった四人の姿があった。彼らの背後でようやく開いた扉がゆるゆると閉まって行き、その向こう側に群れていたモブたちをこの空間から完全に閉め出す。

 そんな様子を見て、鳳牙はある違和感に気が付いた。


 ――あれ? そういえばさっきまでしてた声の人たちはどこだ?


 ふと、鳳牙は仲間のいる位置を見て自分が出入り口付近にいるわけではない事を再認識し、もう一度ぐるりと周囲を見回した。

 そこは半径が十五メートルほどの円形の空間で、扉から正反対の場所に階段らしきものがある他は何も、そして()()()()()殺風景な空間だった。

 戦闘の跡が無いのは仕方がないにしても、この場所には何かの残滓すらも感じられない。扉の外にいたときに聞こえて来た焦燥感に満ちた声の主たちは、影も形も存在していなかった。無論、その相手さえも。


「あれ? 何だこのただっ広い空間」

「うぬ。広い事は広いに御座るが、それだけに御座るな」

「っていうか、さっきの声の人たちどこ?」

「おかしかね。誰もおらんばい」


 装備についた埃を払いながら立ち上がったフェルドたちも、鳳牙と同じ事に気が付いたようだ。きょろきょろと周囲を確認している。

 鳳牙は仲間のところへ戻り、


「何か妙ですね。扉が開く直前くらいに全滅したような感じではありましたけど、あれだけ大騒ぎしてたはずなのにこんなに静かですから」

「そうだね。僕も正直不気味としか思えないよ」

「うぬ。されど思いの外時間を消費してしまっているゆえ、約束の時刻まであまり時間も無いのでござる」

「うーん。とにかくあっちに階段あるんだから行ってみようよ」


 言って、鳳牙たちが話している間に小燕が階段へ向けて走り出してしまい、


「あ、小燕ちゃんちょっと待つばい」


 それを追ってステラも移動し始めてしまった。次いで、


「あ、おい小燕」


 鳳牙も二人の後を追い、


「ちょっとみんな離れちゃ駄目だって」

「フェルド殿。とにかく行ってみるしかないで御座る」


 その背後からフェルドとアルタイルも続いた。

 距離にして三十メートル程度。小燕の脚力なら七秒程度で駆け抜けてしまえる距離だ。だから鳳牙が駆け出したときには、小さな鎧姿はこの空間の中心地点を通過しようとしているところだった。そして――


「ん?」


 先頭を走っていた小燕が急に足を止めた――その瞬間だった。


「なっ!?」


 床の上に不気味な赤紫の光を放つ魔法陣が展開され、周囲の全てがどす黒い血の様な色に染め上げられる。


「わっ!」

「小燕! ――ふっ!」


 不意にバランスを崩した小燕が尻餅をつき、その眼前に黒い影のような物が高波のように伸び上がったのを鳳牙は視認する。

 その影に対し強烈な悪寒を覚えた鳳牙は即座に縮地を発動。伸び上がった影が小燕を飲み込む前に彼女の身体を体当たりするように抱きかかえ、勢いのままに影の足元から退避して石畳の上を転がった。


「いってえ……」

「うん。でも鳳兄ありがと助かった」


 二度目の転がりに今日は厄日かもしれないと内心で溜息を吐きつつも立ち上がり、小燕を飲み込もうとしていた影の動向を再確認しようとして、


「っ!」


 鳳牙は驚いて声を失った。隣の小燕にしても、向こうで合流している三人にしてもそれは同じようで、ただ目の前に突如出現した存在に驚愕の視線を向けるより他にない。


「カハアァ……」


 それはこの世全てのおぞましきものの集合体。死を撒き散らす災厄にしてあらゆる呪いの具現。誇り高き龍族の末裔ながら、その身を持ってすら浄化し切れなかった怨嗟に飲み込まれた存在。

 腐肉をまとい、腐蝕した骨を晒した醜き姿なれど、その圧倒的な存在感は龍族を名乗るに不足は無い。


「ドラゴン、ゾンビ……」


 思わず鳳牙がその名を口にした途端、ぐずぐずのどろどろになった顔にあって濁りきった白色の目に黒き炎が宿り――


「っ! やばっ! みんな急いで装備変こ――」

「キ゛ュ イ゛イ゛イ イ ッ!!」


 フェルドの警告をかき消すようにして、腐肉を撒き散らしたドラゴンゾンビが身体の芯から震え上がりそうになる不気味な咆哮を上げた。




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