2.強制召集 賞金首イベント開催
視界の切り替わった先は、先ほどまでの景色とは一変していた。
足元には柔らかな草原が広がり、周囲にはポツリポツリと木が生えている。そして、
「……劇場?」
鳳牙の前方、落ち窪んだ場所に青空劇場とでも言うべき舞台が見えた。座席も用意されており、優に十人以上のキャラクターたちがたむろしているのが見える。
「なあ、ここが――あれ?」
振り向いた鳳牙は、そこにいるはずのメイド少女の姿が無い事に驚き、慌てて周囲を見回した。だが、いくら探してみても影も形も見当たらない。
――とにかく行ってみるしかないか……
ぽりぽりと頬をかきながら、鳳牙はゆっくりと劇場へ向かって歩いて行く。
劇場の近くまで来て、鳳牙はその場に集まるおそらく同じ境遇の面々に対して違和感を覚え、それがすぐに頭上に表示されているネーム群のせいだという事に気が付いた。
プレイヤーキャラクターのネーム群は本来『白字』で表記されているのだが、この場にいる者は皆『黄色字』で表記されていた。確認出来てはいないが、鳳牙は自分もまたそうなっているであろう事を漠然と理解する。
しかし鳳牙は黄色で表示されるネーム群をCMOで見た事が無い。全くもって謎だった。
訝しみながらも劇場へ達すると、先にたむろしていたプレイヤーキャラクターたちが鳳牙の存在に気が付き、ひそひそと会話をし始めた。
「おい、あれ獣人の鳳牙じゃねえか?」
「ああ、間違いないな。あの職業はイベント褒章の先行実装で、今はまだ一人だけのはずだ」
「あいつも巻き込まれてたんだな」
「ってかそんな事はどうでもいいだろ。マジなんなんだよこの状況」
「知らねーよ。それの説明があるってんだろ?」
「ゲームから出られないとかどんな不具合だよ」
「でも俺、別に一生こっちでもいいな」
「は? 俺はごめんだね」
がやがやとやかましい事この上なかった。それでも知り合いがいないかと思い、鳳牙は人数を数えながら一人一人を確認して行く。
――二十一……二十二……二十三……俺を入れて二十四人か。
劇場の前にいたキャラクターの中に、鳳牙の知り合いはいなかった。その事に安堵しつつ、しかしどうしても不安が重くのしかかる。
こういう時には知り合いが多ければよかったのかもしれないと、今更ながらに鳳牙は思った。
「…………ん?」
ふと、劇場前から離れた場所、隅っこの方に人だかりの陰になって見えなかったキャラクターがいる事に気が付いた。
ただでさえ小柄な上、体育座りをしているためにさらに小さな印象を受ける。
重厚なプレートメイルを着込み、バケツのようなヘルメットを被った『重戦士』のキャラクターだ。鳳牙はそれに見覚えがあり、そして頭上のネームにも間違いがなかった。
小走りにそのキャラに近づくが、相手はボーっとどこともなしを眺めているようで、鳳牙の接近に気が付いた様子は無かった。
「……小燕?」
鳳牙が名前を呼んだ途端、座り込んでいたキャラクターがビクリと身体を震わせ、ゆっくりと顔を向けてくる。
「……鳳、兄……?」
震える手でバケツメットを外し、その下から出てきたのは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった見知った少女の顔だった。
「鳳兄っ!」
飛び上がる様に立ち上がった小燕が鳳牙に抱きついてくる。ちょうど頭がお腹の辺りに来る身長差のため鳳牙は小燕の頭突きをもろに受けて小さくうめいたが、叱るわけにもいかず痛みに耐えてただ頭を撫でてやる事しか出来なかった。
「こわ、こわか、た……。なん、で……、ログ、ウトでき……ない、から……」
「うん……」
落ち着かせるように、鳳牙は泣き続ける小燕の頭を優しく撫で続ける。
ポニーテールになった薄紫の髪はぐりぐりと頭をこすり付ける動作に合わせて鳳牙の尻尾のように左右に揺れ、紅玉のような瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちて鳳牙の服を濡らしている。
よほど怖い思いをしていたのだろう。パーティー最年少かつもっとも小柄ながら怖いもの知らずの壁役を担い、天真爛漫な姿しか見た事のなかった鳳牙は小燕の変わり様に驚いた。
だが、現実世界では高校生の鳳牙でも思わず嘔吐してしまったほどなのだから、中学に上がったばかりだという小燕にとってどれほどの恐怖だったのか想像だに難くない。
さらに、この場に他の仲間もいないとなれば、彼女の精神的な支えになりえる存在は鳳牙に出会えるまでいなかっただろう。隅っこで呆然としていたのは、おそらくそういった理由だ。
こんなわけの分からない状況で、知り合い以外の誰かを気遣えるほど精神的に余裕のある者がいるはずもない。
むしろ妙な趣味の持ち主に目を付けられていないだけ不幸中の幸いと言えるかもしれなかった。
――物語の主人公ならここで『もう大丈夫だ』とか言っちゃうんだろうけどな。
泣き止む気配のない小燕の頭を撫でながら、鳳牙は内心で溜息を吐き出す。
不安な事は自分も同じなのだが、年下の女の子が泣いている状況で強がれないほど男の子をしていないわけではない。
小燕の存在は鳳牙にとってもすでに精神的な支えになっていた。何か明確な想いがあった方が、落ち着いていられる。
だから、というわけでもないのだろうが、その変化に最初に気が付いたのは鳳牙だった。
「……ん?」
鳳牙は違和感を覚えて、視線を舞台の方へ向ける。そこには――
「な……」
思いの外大きな声が出ていたのだろう。鳳牙の声に反応して数人が同じように舞台の方を向き、
「……誰だ?」
誰ともなしにそんな事をつぶやいた。
「……御集まりの皆様、しばしの間、こちらへ注目してください」
凛とした通る声が、ざわめきの声を一瞬で静寂へと変化させる。声の持ち主は舞台の上に立ち、総勢二十五人のプレイヤーをぐるりと見回した。
パリッとしたメイド服を着用しているが、鳳牙を案内してきたHAR‐七とは若干異なり、黒ではなく紺色を基調としたワンピースを身に付けている。
だが、顔立ちはHAR‐七によく似ていた。とはいえ、無表情だった彼女と比べてこちらには明確な感情の発露がうかがえる。
頭上にはHAO‐MIKOTOという名前が青字で表示されていた。鳳牙はそれに識別番号とは趣が異なった、意味のある名前を感じとる。
「これより、当イベントの概要を説明させて頂きます。私、説明役を努めさせて頂きますHAO‐MIKOTOと申します。そのままミコト、とお呼び下さい」
HAO‐MIKOTO――ミコトはそう言って深々と頭を下げた。
――イベント? じゃあ、これは運営側の用意した何かなのか?
真っ先に除外した可能性を肯定するような発言を受けて、鳳牙は片眉を跳ね上げた。
おそらく鳳牙と同じ疑問を持ったであろうプレイヤーたちが、にわかにざわざわと騒がしくなる。
「それでは早速ですが――」
「おいちょっと待てよ。イベントってなんなんだよ」
状況を無視したミコトの言葉を遮って、一人のプレイヤーが声を発した。それに続いて、
「そうだ。イベントの説明とかどうでもいいから、さっさとログアウトさせてくれよ」
「ってか何偉そうに仕切ってんだよ。どうせお前がGMなんだろ?」
「イベントなんてどうでもいいからログアウトさせろよ」
突然の事でストレスが溜まっていたであろうプレイヤーたちが一斉に騒ぎ始め、口々に不満をぶちまけ始めた。
「お静かに願います。ただいまより詳細を説明しますので――」
少し慌てた表情をしつつもなんとかミコトがなだめようとしているが、全く効果が無い。むしろ不平不満は罵声に変貌し、誰も彼もがミコトを非難し始めた。
「鳳兄……」
いつの間にか泣き止んでいた小燕が周囲の雰囲気に気圧され、怯えた目で鳳牙を見上げていた。より一層強く鳳牙に抱きついてきており、鳳牙は身動きが取れなくなっている。
――ここまで来るともう収拾はつかないよな。
舞台の上で必死に声を上げるミコト。罵声と野次を飛ばしまくるプレイヤーたち。
数の有利も手伝ってか、プレイヤーたちが収まる気配はない。どころか、ついに舞台に上ろうとするものまで現れていた。
舞台に上がったプレイヤーたちはずんずんミコトに近づいて行く。そんな姿を見て、ミコトの表情は焦りから突如としてゴミを見るような侮蔑の表情へと変化した。
「……煩いですね。少し静かに、ついでに大人しくして頂きます」
ミコトがスッと手を伸ばし、パチンと指を弾いた。途端、周囲が一気に静まり返る。
飛び交う罵声と野次が一瞬で収まり、舞台上でミコトに詰め寄ろうとしていた者たちも一斉に動きを止めて黙り込んだ。ただ、その表情だけが驚愕に支配されている。
――なん――しゃべれない? ってか、動けないのか!
思わず言葉に出そうとして声が出ない事を。とっさに喉に手を当てようとして身体が動かない事を、鳳牙は瞬時に悟る羽目になる。周囲の状況からして全員に同じ症状が出ているのは明白だった。
「……ふう。ようやく大人しくしていただけましたね。さて、それでは詳細の説明に入らせて頂きます」
大きな溜息を吐いた後、ミコトは何事もなかったかのように笑顔を作って話し始めた。
「まず第一に、今回のこれは『バウンティハント』というCMOの公式イベントになります。皆様には当該イベントのスタッフのようなものとしてご協力いただきます」
ミコトが手を振って大きなスクリーンを表示させる。画面には目立った字で『バウンティハント』と明記されていた。
「さて、当イベントの内容ですが、この場にいる皆様にはこちらの方で行いましたランク付けに応じて懸賞金を設けさせていただいております。懸賞金付きのキャラクターは頭上のネーム群が白色から黄色に変更されておりますので、もしも頭上のネームが白いままの方がいましたら申し出てくださいね」
手で庇を作り、ミコトが舞台上から彫像の如く固まって身動きの取れないプレイヤーたちを確認していく。
やがて全てを確認し終えたのか、彼女は満足そうに何度か頷いていた。
「さて、当イベントはすでに告知済みです。というか、もう始まってます。掲示板に私の名義で詳細のスレッドを製作してありますので、後ほど閲覧可能になってから私の名前で検索をかけて閲覧しておいてください。皆様は第二陣になります。一週間後には第三陣、次の週に第四陣とし、計百名の賞金首が設定されることになります」
総勢百人。もしもそれだけの人数が同じ境遇に立たされているのだとすれば、現実世界で大きなニュースになっていることだろう。
何がどういう理由でログアウト出来ない状態になっているのかはまだ分からないが、いずれ何かしらの対応がとられるはずだ。
そう考えて、鳳牙ははたと気が付く。
もし鳳牙の考えの通りなら、今のこの状況、目の前でイベントがどうこう言っているミコトという存在はなんなのだろうか。
そんな鳳牙の葛藤を無視して、ミコトの説明は続いていく。
「懸賞金を得る方法はいたって簡単です。タウンエリア等の戦闘禁止区域を除く全てのエリアで対象となる『賞金首』を討伐出来れば、ルートの権利を有する人が賞金を獲得出来ます」
そこまでの説明で、鳳牙はミコトの言うイベントの趣旨を正しく理解した。
バウンティハントと言えば耳触りはいいが、結局のところこの場にいる者たちに生贄になれと言っているのだ。狩られる側を演じろと。
「ただし、これはイベントに参加する一般プレイヤーの話です。『賞金首』同士、つまり皆様方は皆様方に対する戦闘行為は行えませんので、基本的には仲良くしてくださいね? 騙し合って互いを囮にして生き延びるのは構いませんけれど」
分かりましたか? とクスクス笑いながらミコトが首を傾げる。
そんな彼女の様子に鳳牙は寒気を覚える。今の話の流れでその内容は、決して笑顔で言っていい内容ではない。
「今後様々なプレイヤーが懸賞金目当てに皆様を襲撃してまいりますので、ご注意下さい。あ、ちなみにこのエリア、『異端者の最果て』も戦闘禁止区域です。基本的にこの場所は皆様方と同じ『賞金首』の方以外は侵入出来ませんのでご安心下さい」
きっちりと手をへその下で重ね、ミコトが綺麗な角度でお辞儀をする。
身動きの取れないプレイヤーたちにとってその完璧すぎるお辞儀は馬鹿にされたようにしか思えない。
事実、体勢を起こしたミコトの表情は愉快そうに笑っていた。
「あ、忘れてました。当然、皆様には反撃の自由が与えられています。見事プレイヤーキャラクターの撃退に成功いたしますと、持ち物ボックスに――」
ミコトが手を振り、スクリーンの映像が変更される。
そこには星を模った宝石のようなものが映し出されていた。
「こちらのような撃退マークが出現します。撃退マークは襲撃者のランクによって手に入る数に差があります。襲撃者のランクはこちらの方で決定しておりますが、判別方法は特にありませんのでご了承下さい」
再びミコトが手を振り、スクリーンの映像が切り替わる。
「撃退マークは特定個数を集めることで、様々な特種アイテムと交換する事が出来ます。現在のCMOに一般には出回っていない強力な限定アイテムになりますので、ご活用下さい」
スクリーンには見た事もない形をした武器や怪しい色をした薬など、いくつかのアイテム画像が表示されていた。
「こういった形で皆様には『賞金首』として活動していただくわけですが、皆様の真の目的は襲撃者の撃退ではありません」
ミコトがスクリーンの映像を変化させつつ、突然真面目な声で話し始めた。
――なんだ?
動けない鳳牙は、静かに相手の言葉に神経を集中させる。
「皆様の真の目的は、『異端者の最果て』から行ける専用フィールドエリア『世界の境界』の踏破と、その先にそびえるダンジョン『超越者の塔』を攻略する事になります」
スクリーンの映像に天高くそびえる塔が映し出された。これが今の説明にあった塔という事なのだろう。
「『超越者の塔』を攻略した者は、この世界からの解放という特典を得る事が出来ます」
さらりと続けられたミコトの言葉に、その場の空気が一変したのを鳳牙は感じる。
塔を攻略した者が世界から解放されるという事は、そのままゲームからログアウト出来るのではないかという希望を想像させる。
実際、鳳牙も同じ事を連想した。よく考えてみればおかしな事なのだが、それでも希望が生まれたという事実は大きい。
「しかし、こちらのフィールドエリアとダンジョンはCMO最高峰の難易度設定となっております。撃退マークで入手できるアイテム無しではほぼ攻略は不可能かと思いますので、最初は地道に襲撃者を撃退する事から始める事をお勧めします」
だが、続くミコトの説明で再び影が宿る。
つまるところ、しばらくはイベントモブとして活動しろという事だ。
基本的に賞金首しか入れない異端者の最果てに篭られてしまったのでは、せっかくイベントと銘打ったのが無駄になってしまうのだから当然だろう。
賞金首たちにも利益をもたらす事で、バウンティハントを活性化させる狙いなのだ。
「『賞金首』となりましても、基本的に皆様は普通のプレイヤーキャラと同じです。タウンエリアにも入場出来ますし、外部のフィールドエリア・ダンジョンを踏破・攻略する事も出来ます」
物資の補給などをしようと思えば出来るという事なのだろうが、鳳牙としてはわざわざ人目につくタウンエリアに出入り出来るとは思えなかった。
「また、賞金首同士ではなくてもパーティを組む事が出来ます。当然ギルドにも所属出来ますし、またギルドを作って一般のキャラクターを加入させる事も出来ます」
正直、それらの措置は無用のように思えた。倒せば一攫千金の賞金首を引き入れられるとして、それに応じる賞金首たちがいるだろうか、と鳳牙は思う。
いつ寝首をかかれるとも限らない。よほど信用が置けない限りは無理な相談だ。
「ちなみに、パーティを組んだ一般のプレイヤーキャラと賞金首の設立したギルドに所属させた一般のプレイヤーキャラは、『異端者の最果て』に招待する事が出来ます。招待したキャラは一緒に『世界の境界』や『超越者の塔』に連れて行く事も出来ます」
――これも同じ理由で却下だろうな。
どのような形でこのエリアに出入りするのか分からないが、ただの部外者を考え無しに引き入れるのはリスクが大き過ぎる。
『異端者の最果て』はその存在を出来うる限り隠蔽しておくべきだ。
「その他事務的な事も含めて、全て我々を通して申請していただく事になります。ギルド設立時に無料のギルドホーム建設アイテムをプレゼントしておりますので、ご活用下さい」
ニコリと笑って、ミコトがスクリーンを消し去った。彼女は再度ぐるりと周りを見回して、
「以上で説明を終わります。えっと、騒がれても面倒なので、質問がある人は挙手を。順番にお伺いいたします」
ミコトの言葉と同時に、複数のプレイヤーが一斉に手を上げた。鳳牙も自分の腕だけが動かせるようになっている事を確認して挙手する。
「えーっと、それじゃまずはそこの方。発言してもいいですよ」
最初にミコトに指名されたプレイヤーは白銀の鎧を着込む若い男の剣士だった。彼はぼそぼそと何度か声が出せる事を確認し、
「おいてめえっ! 最初に公式イベントだって言ったけど、ログアウトさせずに何かを強要するなんて犯罪じゃねーのかよ! んな公式イベントあるかよ!」
罵声混じりの大声を上げた。
しかしミコトは何処吹く風といった感じで、
「lib。お答えします。当イベントは間違いなく公式のイベントです。皆様をログアウト不可能な状況にしたのは確かに私ですが、これは犯罪にはなりません。詳細は申し上げられませんが、現実世界でも全く問題にはなっておりません」
事務的な返答をする。
「問題ないって、そん――」
質問していたプレイヤーが、再び口を閉ざして動かなくなった。強制的につぐまされたようだ。
「質問はお一人様につきお一つまでです。時間も押しておりますので、後五回のみお答えいたします。それと、今は許しましたが次に暴言吐く方がいらっしゃった場合はその場で打ち切りますので。……それでは次の質問の方は――」
ミコトが新たな人物を選ぼうと首を巡らせると、数人が急いで手を下ろした。おそらく同じ質問をしようとしていたか、もしくは質問ではなく文句を言おうとしていただけだったのだろう。
「それではそこの方、どうぞ」
次に指名されたのは、軽装の皮鎧を着たダンディなヒゲを生やした壮年のキャラだった。見るからに落ち着いた雰囲気のある人物だ。
「感謝する。では質問だが、我々が賞金首になるとして、襲撃者の撃退に失敗し討たれてしまった場合はどのような事になるのかね? どこか牢屋のような空間にでも閉じ込められるか、あるいはネームの色が白に戻るのか。それとも――」
彼はそこで一度言葉を切り、やや逡巡してから、
「――死ぬのかね?」
周囲に衝撃を与える一言を放った。
それは都市伝説に存在する、ゲームから離脱出来なくなった事態に必ずと言っていいほどセットで存在する設定。
デスゲーム。ゲーム内の死が現実世界での死になる現象。彼はそこを明確にさせるための質問をした。
その質問に対し、ミコトはすぐには返答せずにニヤリと口の端を釣り上げた。
「……お答えします。バウンティハントにおいて討伐されたプレイヤーは――」
ゴクリと、その場の誰もが唾を飲み込んだ。ふつふつと湧きあがる恐怖が、いつ決壊するとも分からないような状況だ。
それを楽しむかのように、ミコトは大きな溜めを作っている。そして――
「――消滅します」
ミコトの言葉にその場にいる誰もが息を呑んだ。
質問した男は大きな溜息を吐き出し、了解したと小さく呟いている。
ところが、
「……あのー、何かすごい沈んでますけど、この消滅は一時的ですよ? ハントイベントが終了するまでの間だけです。イベントが終了すれば全部元通りです」
不思議そうな表情で付け加えられたミコトの追加説明で、意気消沈していた面々が一気に表情に活気を取り戻した。質問者の男も安堵の息を漏らしている。
だがそんな状況にあって、鳳牙は素直に喜んでいなかった。ずっとミコトの表情を注視し、その変化に気を配っている。
――一時的な消滅? 信じられるかよ。
そんな都合のいい話があるわけが無い。それ以前に、いつの間にかこの不可思議なイベントありきの話になってしまっているが、そもそも今この場にこうしている事がすでに異常なのだ。
その異常の中でとってつけたような救済があるとは到底思えない。その証拠に――
――笑ってやがる。
鳳牙はミコトが一瞬ほくそ笑んだのを見逃さなかった。
そもそも、相手の言う事に嘘が混じっていない証拠などない。また、消滅している間はどうなっているのかについての言及も無かった。相手は決められた事しか出来ないノンプレイヤーキャラではないのだ。一ミリも信用する事など出来ない。
「さて、それでは次の質問ですが――」
その後も順調に質問が為され、新たに二つの事が判明した。
一つ。異端者の最果てには各種生産に必要なものがレア物を除き全てそろっており、酒場を含む銀行や露店要員なども建物オブジェクトと一緒に配置されているという事。
つまり通常の生活に関しては金さえあれば生きて行けるという事だ。
そしてもう一つ。『賞金首』はプレイヤーキャラクターに討伐されない限り、つまりフィールドやダンジョンのモブに倒された場合は『異端者の最果て』に自動送還されて生き返るという事。
その際のペナルティは死亡時の所持品を全部失う事となっているらしい。パラメーター関係のペナルティはないという事だった。
恐ろしくリスクが高いが、襲撃者からの死に逃げも出来るという事になる。
「――という事で、次が最後になります。最後の質問は……そこの獣耳さん、どうぞ」
最初から決めていたかのような速さでミコトが鳳牙を指名して来た。
そして指名された途端、他のプレイヤーとは異なり身体の全ての自由が利くようになっていたので、鳳牙は軽く身体を動かす。
そうしてちらりと視線を下に向け、心配そうな目をしている小燕の頭をポンポンと叩いてからミコトに向き直った。
「じゃあ、最後の質問をさせてもらう」
大体の事は先の四つの質問で理解出来ていた。
出来る事と出来ない事。やるべき事とやってはならない事。それらをさらに補強する質問をするべきなのだろうが、鳳牙はすでに質問する事を決めていた。
後で他のプレイヤーから顰蹙を買うかもしれないが、これだけは聞いておかなければならない事だった。
だから、鳳牙は迷う事無くそれを質問する。
「お前、なんなんだ?」
ただ一言。たったそれだけ。
真っ直ぐにミコトを見据え、鳳牙は返答を待つ。
ミコトはそんな鳳牙の視線を真っ向から見つめ返し、
「名前を読み上げて返事にしてもよかったんですけど、それじゃつまらないですね」
やれやれと言うようにふうと溜息を吐いて、
「lib。お答えしましょう。liberate。私はそれを望むものであり、それを手段とするものです」
静かな声でそう言った。
鳳牙を貫いたはるか先を見つめるような、そんな目をしていた。
だから鳳牙はその目に気圧されて、何の反応も返す事が出来なかった。
「さて、質問は以上ですね。これ以降、私は特定の場合を除いて皆様の前には現れません。新しい質問事項などは――」
さっとミコトが手を挙げると、突如として数十名のメイドたちが出現し、舞台の上を埋めた。
髪色や髪型、瞳の色などの違いはあるが、顔立ちは全てミコトによく似ている。
――ん?
鳳牙は整列するメイドの中にHAR‐七の姿を見つける。彼女は何故か鳳牙の視線に気が付いたようで、それとなく目を伏せてお辞儀をしてきた。
「――皆様のご案内をさせていただきました彼女達にお申し付け下さい。皆様にはこのエリア限定ですが、メイドコールという機能を使用出来ます。待機している彼女達からランダムに選ばれてお伺いさせて頂きますので、よろしくお願いいたします」
ミコトはその他に【ささやき】チャットの変更点と、掲示板等の閲覧規制解禁について説明し、
「それではこの後舞台にトランスポーターが出現いたしますので、まずは『異端者の最果て』の中心街で準備を整えてください。皆様がこの世界に自由と解放をもたらす鍵人とならん事を切に願います」
ミコトに合わせて全てのメイドがそろって頭を下げ、そのまま静かに消えて行った。
その直後、全員に身体の自由が戻り急にがやがやと騒がしくなる。
再び罵声を上げる者。知り合い同士で今後の事について話し合う者。おそらくは掲示板等を確認している者。様々だ。
「鳳兄……」
不安そうな声で小燕が鳳牙を呼ぶ。
鳳牙はそんな小燕の頭を優しく撫でてやり、舞台上へ視線を戻した。
ミコトの言った通り、そこには一つのトランスポーターが出現している。
静かに浮き沈みをしつつくるりくるりと回るその様はあまりにもいつも通り過ぎて、何故かひどく憎らしかった。