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Chaos_Mythology_Online  作者: 天笠恭介
第四章 サドンストライク
29/50

1.心機一転 新たなる力



「ワガナ、タケミカヅチナリ!」


 暗雲立ち込める空を荒れ狂う雷鳴。その轟音さえ従えた大音声で名乗りを上げるのは、巨大なる偉丈夫。絞り込まれた肉体は鋼のように硬く、膨れ上がる筋肉は山脈の如く隆起していた。

 その豪腕が操るのは雷のほとばしる巨木のごとき剛槍。巨大な身の丈をさらに超える超重量を軽々と振るう様は、まさしく武神と呼ぶに相応しい姿である。


「オロカナルモノヨ、カミノサバキヲウケヨ!!」


 暴風を巻き起こしながら振り回す剛槍を、建御雷之男神(タケミカヅチ)が渾身の力で大地に突き刺した。

 破壊的な一撃は当然のごとく地面を爆散させるかと思いきや、吸い込まれるように滑らかに大地へ沈み込み、ほとばしる雷も一瞬にして静かになる。


 それはぞっとするほどの静寂。その場にいる者に等しく強烈な悪寒を感じさせる、嵐の前の静けさ。


「全員集合! 裁きの雷(ジャッジメント)が来るよ!」


 そんな静寂を破るのは、高々と金色の装飾の施された白杖を掲げたフェルドの声だった。その身を包む純白のローブには金色の呪印が無数に描かれ、淡く光る事でその存在感を誇示している。


「下がります!」

「うぬ!」

「わわわっ!」

「フェルドさん揃ったばい!」


 その声に反応して散会していた鳳牙、アルタイル、小燕、ステラの四人がフェルドの側へ集まる。そして――


「マジックバリア!」


 全員が揃った事を確認したフェルドが宣言と共に掲げていた杖の石突で地面を叩いた。途端、足元の地面に白く輝く大小五つの魔法陣が広がり、歯車のようにそれぞれが回転を始めた。それとほぼ同時に魔法陣から発生した薄い光のドームが鳳牙たち全員を包み込む。

 その直後、漆黒の雲が埋める空から無数の雷が降り注ぎ、周囲の大地を容赦なく抉り始めた。当然鳳牙たちを包む光のドームにも雷は落とされるが、轟音と衝撃がわずかに伝わるのみで落雷はその威力を光のドームによって散らされていく。


 ややあって雷の豪雨が止むと同時に光のドームも解除され、周囲の地面が抉られ焼け焦げる惨状にあって、鳳牙たちはまったくの無傷だった。

 大技を放った建御雷之男神は大地に突き刺した剛槍を引き抜き、再び雷をまとったそれを油断なく構えて来る。


 武神と呼ばれるだけあって、建御雷之男神は相当な強敵であった。最難関討伐クエストの一つに数えられている事も十二分に頷ける。

 だが、今の鳳牙たちにとってはその最難関のクエストですらも壁と呼ぶにはいささか低すぎるものになっていた。

 その理由は――


「いっくよー!」


 剣身に青い龍の描かれた大剣を横手に構えた小燕が、単身で建御雷之男神へ突撃を敢行する。彼女がその身にまとうのは青水晶の輝きを放つプレートメイル。随所に刻み込まれた呪印が光を発し、小燕が青の光弾のごとく雷神へ迫る。


「ヌアッ!」


 向かって来る小燕に狙いを定め、建御雷之男神がまさに神速呼ぶに相応しい槍裁きを繰り出してくるが、


「でええりゃああっ!」


 相手の剛槍が自分に届く直前、小燕は構えていた大剣を一気に振り抜き、強引に超重量の攻撃を弾いてしまった。

 爆弾が爆発したかのような音と共に弾かれた剛槍は狙いをそれて大地に突き刺さり、深く抉られた大地に巨大な傷跡を残す。

 だが、本来狙われたはずの小さな少女はわずかな勢いすら殺されぬままに駆け続け、


「『神器開放』!」


 宣言と同時に相手の足元へ到達。剣身から噴き出す水流が形成した長大にして巨大な剣を大上段に振りかぶり、


斬山昇水(ざんざんじょうすい)――天下両断剣(てんがりょうだんけん)!」


 気合の掛け声と共に振り下ろした。


「ガアアアアッ!!」


 左の肩口から縦一直線にその身を切られ、建御雷之男神が激痛による叫びを上げながら後ずさる。

 それは通常であればありえない光景だろう。相手の小指にも満たない大きさの存在が、ともすれば巨人を一刀両断出来るほどの巨剣を軽々と振り回すなど常軌を逸していると言ってもいい。


「ステラ姉!」


 今まさに神へ大打撃を与えた小燕から、ステラへ要請がかかった。呼ばれたステラは走って戻って来ようとしている小燕を見て楽しげに笑い、


「任せんしゃあ!」


 元気のいい返事と共に漆黒の魔導書を開いた。銀の装丁が為されたその魔導書が怪しげな光を発すると、同じく銀の呪印が描かれたステラの闇色の魔女帽子や外套などのあらゆる装備品までもが輝きを放ち始める。


「行くばい」


 静かな声と共に総展開された四色のクリスタルオプションたちが高速で体勢を立て直しきれていない建御雷之男神へ殺到。赤と青のクリスタルオプションからバインドの光鎖が放たれてたくましい雷神の両腕を拘束した。

 次いで黄のクリスタルオプションが足場を泥化させる事で機動力を奪う『モラース』を発動。突如踏ん張りの利かなくなった建御雷之男神が槍でどうにか倒れまいとするのを、緑のクリスタルオプションが支えになっていた槍を魔法で弾き、ついに雷神は泥沼と化した大地に膝をつく。


「こんで仕上げばい」


 右手を天に掲げたステラの言葉と同時に呪印の放つ光がますます強くなり、同時に四つんばいになった建御雷之男神の上にいつかのギガンテスへ落とした巨岩を超える規模の、もはや一つの山といっても過言ではない物体が見る見るうちに形成されていく。

 そして――


「アースフォール!」


 振り下ろされた右手に連動して、建御雷之男神の巨体へ一つの山が落とされた。


「グウオアアアアア!!」


 自身をはるかに凌駕する超重量に押し潰された建御雷之男神が断末魔のような悲鳴を上げる。落ち来る山は情け容赦なく建御雷之男神を泥沼に押し込めて行った。

 そうして全ての魔法効果が消え去った時、その場には大ダメージを被った雷神だけが残される。しかし、半分以上を大地に埋めていた身体も全て元通りになっており、建御雷之男神はいまだ堂々たる姿で再び大地を踏み締めた。


「ワレ、タケミカヅチ。ナカツクニヲスベル、ライジンニシテブシンナリ!」


 巨大なる偉丈夫は振り回した剛槍を構え、その全身から攻めの気配を発して来た。


「わわわ。まだ元気いっぱいだ!」

「さすがにしぶとかあ」


 とんでもない攻勢を終えた二人が頑健な神に呆れ半分の評価をくだすなか、


「それじゃあ、次は俺たちの番ですね」


 鳳牙は拳を打ち合わせて犬歯を見せ、


「うぬ。手はず通り止めはフェルド殿に任せるで御座るよ」


 アルタイルが顔の前で二本指を立て、


「了解。いざとなったら回復はポットでよろしくね」


 フェルドがすちゃっと眼鏡の位置を調節した。


「行くで御座るよ鳳牙殿! ふぬう、ぬあ!」


 アルタイルの身体から閃光が放たれ、次の瞬間には漆黒を纏うロボアルタイルが出現する。それを確認して、


「はっ!」


 高々と跳躍した鳳牙は差し出されたアルタイルの手に着地し、そのまま腕を駆け上がって肩に到る。


「来るで御座るよ!」

「応!」


 鳳牙が前に向き直った時、建御雷之男神は縮地のごとき勢いで迫って来るところだった。

 ロボアルタイルはそれに対して即座に霊刀ミナカタを抜いて応戦。初撃を刀で受けて逸らす事に成功する。

 そこからはまさに巨人同士のつばぜり合いだ。

 繰り出される槍をロボアルタイルが紙一重でかわし、反撃を建御雷之男神が槍身で受け止め弾き返す。

 一進一退の攻防が続き、四度目の斬撃を建御雷之男神が受け止めた時、


「ふっ!」


 ロボアルタイルの肩で待機していた鳳牙が動いた。


 その身にまとうのは漆黒の闘衣ではなく、真珠のように七色に輝きを孕む白き衣。描かれた紅橙の呪印の輝きは燃え上がる火炎を連想させ、実際鳳牙の右拳は神器解放によって激しい炎を噴き上げていた。


「炎魂一擲――」


 駆け抜けたロボアルタイルの腕から鳳牙は全力で跳躍。


「せぇええりゃあああっ!」


 驚きに見開かれた建御雷之男神の眉間へ灼熱の拳を叩き込む。

 右の拳が相手に触れると同時に大爆発が発生し、雷神が衝撃によっておもいっきりのけぞってひっくり返った。


「ととっ……」


 反動で後方へ飛ばされた鳳牙は空中で何とかバランスを取ろうともがくが、すぐさま重力につかまって落下を始める。しかし地面に叩きつけられるよりもずっと早く、鳳牙はすべすべしたものの上に着地した。


「助かります」

「うぬ。見事に御座る」


 鳳牙が降り立ったのはロボアルタイルの手の上だった。彼は鳳牙を手に乗せたまま素早く退き、もはや瀕死に近い建御雷之男神が槍を杖代わりに何とか立ち上がった時には相手の射程圏外へ逃げおおせている。


「フェルドさん」

「フェルド殿」


 鳳牙とアルタイルが同時に声を変えると、ローブの呪印から金色の輝きを放つフェルドが静かに一歩を踏み出した。

 その手に持つ白杖もまた金色に輝き、その光は日輪を思わせるに十分なほど神々しいものである。


「皆のお膳立てだもんね。ここで決めないと格好悪いな」


 ゆっくりと歩を進ませ続けるフェルドが、たった一人で満身創痍の雷神と真っ向から相対する。

 本来ヒーラーである彼がそのような真似をするのは自殺行為だったが、鳳牙をはじめ誰もそれを止めようとはしない。どころか、全員がすでに武器を納めてしまっていた。

 常識的に考えればそれはありえない光景で、しかし鳳牙は天高く杖を掲げたフェルドが全てを終わらせてくれる事を確信していた。


「『神器開放』」


 静かなる宣言と共に、フェルドの装備品から発せられる金光がより一層明るく激しくなる。


「カアアアッ!」


 その光を危うしと見たのか、建御雷之男神がボロボロの姿で果敢に突進を開始したのが見えた。だが、その行動ははすでに遅きに失している。


 相手が動き出すよりもわずかに早く、フェルドは全ての準備を整えていた。彼は天に掲げていた白杖をその身に引き寄せ、


神罰執行(しんばつしっこう)――――ディバインレイ!」


 宣言と同時に迫り来る建御雷之男神へと向ける。途端、世界は白一色に塗り潰された。何も見えない、ただ一点の穢れ無き白の世界。音も無く、風も無く、ただただ白き無のみが広がる世界。

 そんな世界が一時の間全てを支配して、次の瞬間には激しい風が全てを消し飛ばしていた。


「くっ……」

「ぬう……」

「うひょー」

「ん……」


 鳳牙は暴風から顔を庇って何とか目を開けたままにするが、視界が悪すぎて状況がまるで分からない。結局ほぼ風が止んだところでようやく鳳牙は事態を把握する事が出来た。

 まずフェルドはそのままだ。彼は杖を構えたままの状態で静止している。そして――


「……勝負あり、か」


 鳳牙の視線の先、そこには後一歩でその槍を届かす事の出来た建御雷之男神が立ったまま灰色と化している姿がある。その姿は死してなお武神の名に恥じず雄々しいままだった。


「うん。皆お疲れ様」


 止めを刺したフェルドが振り返り、にこりと笑って労いの言葉をかけて来る。

 鳳牙はそれに対し軽く手を上げながら近付いて、


「フェルドさんもご苦労様です」


 相手の手と自分の手と打ち合わせて軽快な音を立たせた。


    ◇


 建御雷之男神のドロップ品を回収した後、鳳牙たちは神界門から直通でホームポイントへ帰還し、自分たちのギルドホームへ帰って来た。

 待っていた御影にドロップ品を全て渡し、早速アルタイルの新装備作成に取り掛かってもらう。他の必要材料は全て揃えてあるので、一時間もかからないだろうという事だった。


「これで全員が一通り装備を新調したって事になるわけだね」


 呪印装備から以前までの装備に着替えたフェルドが、テーブルに置かれた飲み物に口を付けながらそんな話題を持ち出してきた。

 装備品を以前のものへ戻しているのは、御影からあまり見せびらかすものではないと釘を刺されているからだ。

 幸いにも『着替え袋』という持ち物ボックスとは別枠で装備品を登録して所持出来るアクセサリーがあるため、以前の装備を持ちっぱなしにしていても問題が無かった。


「そうですね。なんだかんだでアルタイルさんのが一番最後になっちゃいましたけど」


 同じく以前の装備へ着替えた鳳牙は、ぺたーんと行儀悪くテーブルに突っ伏しながら言葉を返し、チラリと隣のアルタイルへ視線を向けた。

 フェルドと同じくグラスをあおっていたアルタイルは鳳牙の視線に気が付くと、


「うぬ。すでに皆の性能を確認済みで御座る故、実に楽しみなので御座るよ」


 上機嫌な様子でそんな事を言っている。


「アル兄のウェポンスキルってなんなんだろーね?」

「検討がつかんばい。ばってん、強力な事に間違いなかと」


 こちらもいつも通りの服装な女子組みは、飲み物の他に甘い物をテーブルに並べてもぐもぐと楽しんでいた。

 全てにおいてリアルでありながら、いくら食べても体型も体重も変化しないという事実が判明してからは女の子の欲望に対して忠実になっているようである。


 ――でも体型はともかく体重なんて量れたか?


 そんな疑問を抱きつつ、鳳牙がふりふりと尻尾を揺らしてのんびりしていると、突然ブルッと左の耳に振動が発生した。次いで、


『こんにちは。今、大丈夫ですか?』


 電話越しのような男性の声が鳳牙の耳に入って来た。相手からの声は鳳牙にしか聞こえないらしく、すぐ隣にいるアルタイルは声に反応していない。

 声の主が声の主のため、鳳牙は一瞬誰もいない場所へ移動した方がいいかもしれないと考えるが、結局はその場で話をする事にした。


 テーブルに預けていた身体を起こし、


「いいですよ」


 通信相手に返事をする。

 途端、いきなり言葉を発した鳳牙へ視線が集まるが、つんつんと左の耳についた耳輪を示すと全員が何も言わずにコクリと頷き見せた。


『ありがとうございます。さて、調査で少々分かった事がありましてね。どこかで話を出来ないかと思うのですが』

「このまま言ってくれても良いと思いますけど?」


 この場の全員へBBの声を転送出来ないのが面倒だが、それはそれで鳳牙の口から再度説明すれば済む話である。わざわざ外へ出てリスクを負う必要性はない。

 そう思っての発言だったのだが、


『ええ。貴方たちの事情は知っていますし、最近イベントをさっくり終わらせてしまおうって考えるプレイヤーも増えて来ました。私としてもこのまま話す事はやぶさかではないのですけれど――』


 相変わらず持って回った言い方をするBBだが、何かを掴んだという以上は絶対に話を聞かせてもらう必要がある。

 鳳牙はただ黙って相手の言葉に耳を傾け、


『ついでに私からの交換条件として出した権利を行使させて欲しいんですよ』

「交換条件?」


 BBの言葉に目をぱちくりとさせながら聞き返してしまった。聞き返してしまってから、


「……ああ、そういえばそんな約束しましたっけ」


 あの日御影の工房で交わしたBBとの契約を思い出した。

 直後にアルタイルの事があったせいで重要な部分以外は意識の埒外へ追いやってそれっきりになっていたが、確かに鳳牙は個人的にBBと約束を交わしている。


『いや、そこを忘れられてしまうと私としては非常に困るんですけれど』

「えっと、すみません」


 軽く非難するようなBBの言葉が聞こえて、鳳牙は素直に謝罪した。


『ともかくそういう事です。でもまあこれは私の好奇心だけってわけじゃありません。貴方たちの事を詳しく調べれば貴方たちにとってもこちらの調査にとってもプラス材料になるはずなんですよ』


 そう言うBBの言葉は鳳牙としても間違ってはいないと考えている。個人を特定出来る事柄に関して忘れてしまっていたり一般プレイヤーへ伝達出来ないように制限のかかっている現状、無理矢理にでもそれらの情報を引っ張り出せる可能性があるのなら、そこから何かしら事態を打破出来るものが生じる可能性はある。


「そういう事なら出向かないわけには行かないですけど、BBさんどこかにホームでも構えているんですか?」


 まさか普通のフィールドに留まって長々と何かをするわけには行かない。この間の一件で御影の工房は破棄されてしまっているため、代替になるような物が無い限りはどうしようもないのだ。

 出来ればBBを異端者の最果てへ連れてくるのが手っ取り早いのだろうが、これに関しては御影をはじめフェルドにも今のところは反対されている。


『落ち合うポイントはこっちで指定します。場所はちょっと特殊ですね。ただし、いつかの個人ホーム以上の安全は約束しますよ。そこは普通のプレイヤーには絶対に見つけられない場所ですから。なんでしたら皆さんでお越しいただいても構いませんよ? 広さも十分ですからね』


 一般プレイヤーには絶対に見つからない場所。BBのその言葉に含まれるやや危険な匂いを鳳牙は敏感に感じ取ったが、正直なところ今更わずかな危険に臆しているような場合でもない。

 虎穴にいらずんば虎児を得ず。鳳牙はそう考えて、


「そうですか。それで、日時はいつになりますか?」

『日取りは明日――いや、明後日にしましょう。時間は早い方が良いですね。何が分かる分からないにせよ、お互いその後もすぐ動ける方が良いでしょうから』

「それじゃあ明後日の朝八時で構いませんか? この通信俺以外には聞こえてませんから、そっちへ行く人数は後で連絡します」

『分かりました。それではご連絡お待ちしています』


 その言葉を最後に鳳牙の左耳がブルブルと二回震え、通信は切れてしまった。鳳牙はすりすりと左耳の装飾品を指で擦り、小さく溜息を吐き出した。


「BBさん何だって?」


 通信が終わったと見て、早速フェルドから質問が来る。

 鳳牙はそれらに一つ一つ答えながら今の会話の内容を全員に伝え、結局明後日は全員でBBに会いに行くという事で話がまとまった直後、


「おう、待たせたな。出来たぜ筋肉忍者」


 室内へのっそりと入ってきたのは御影だった。その手に薄紫色の鞘に収まった刀と、見た目は小さな巾着袋にしか見えない『着替え袋』を持っている。

 その後ろからはハルナも続いて来て、どうやら御影の作業を手伝うか何かしていたらしい。


轟雷刀(ごうらいとう)タケミカズチだ。袋の中はお前さん好みの雷神の黒装束装備だな」

「うぬ! 御影殿かたじけないで御座る」


 早速御影にトレードでアイテムを渡してもらったアルタイルが、いそいそと着替え袋の瞬間換装機能で新装備へ着替えはじめた。


 アルタイルの新装備は見た目にはいつもの忍者装束と大差無いが、鳳牙たちと同じく装備の各所に紫色の呪印が描かれており、それがタケミカヅチに反応して淡く光を放っている。


「ぬう。これは力が溢れ出てくるで御座るな」


 装備品の異常なまでのステータスボーナスを実感しているであろうアルタイルが、今度は鞘から刀をゆっくりと抜き放った。

 反りの無い直刃の刀身には乱れ刃紋が描かれ、何の変哲も無い忍刀のようでその圧倒的な存在感はあの武神にも引けを取らない。


「ふん。これで全員に武器が行き渡ったってわけだな」


 一仕事を終えた充足感をより満たすためか、御影がいつものキセルをくわえて火をつけている。

 それを大きく吸い込み、じっくり留めてからから内に溜まった何かを追い出すように煙を吐き出した。

 そしてにやりと笑いながらアルタイルの持つ刀を見て、


「轟雷刀タケミカヅチ」


 その名を口にする。次いで御影はステラの胸に抱かれた銀の装丁を持つ魔導書に目を向け、


魔月典(まがつてん)ツクヨミ」


 名を呼ばれた途端、ステラの抱く黒本がわずかに光を放った。

 その様に満足そうに頷き、御影の視線はフェルドへ移る。


聖陽杖(せいようじょう)アマテラス」


 フェルドが取り出した金細工の美しい白杖が太陽のように輝き、彼の眼鏡をキラリと光らせた。

 その光から逃れるように逸らされた先には小燕がいて、


龍水剣(りゅうすいけん)クラミツハ」


 彼女は御影の言葉に合わせて大剣を頭上に掲げている。


「そして――」


 最後に御影の視線は鳳牙の右拳に向けられ、


豪炎拳(ごうえんけん)カグツチ」


 ドクンと、鳳牙の手にある紅橙のナックルが脈動したような気がした。わずかな熱を帯びたそれは、猛り狂う火の神の化身のようだった。


「正直こんだけのもんを作れるってなあ、匠冥利に尽きるってもんだぜ。なあハルナの嬢ちゃんよ。感謝してるぜ?」

「lib。私は決められた制約の上でマスターの要求に応えただけに過ぎません。最高の作成難度を誇る武具をただの一度も失敗せずに作り上げたのは、一重にマスターの力量です」


 御影の賞賛を、ハルナはいつも通り淡々と受け止めている。ただ、鳳牙はその顔にどこか嬉しそうな様子を感じ取った。彼女にとっても褒められる事はそれなりに嬉しいものであるらしい。


 ――やっぱりただのノンプレイヤーキャラじゃないんだよなぁ。


 ふと、鳳牙は出来るものならハルナも調べてみた方が何か分かるんじゃないだろうかと思った。だが、すぐにその考えに首を振る。

 彼女はミコトと繋がっている存在だ。直接的に妙な真似をすれば何が起こるか分からない。あくまでサポーター的な立場にいる内はこちらから手を出す必要性がない。


「何か?」


 じっと眺めていたのがばれたのか、ハルナがじと目を鳳牙へ向けてきた。その圧力にやられて、


「え? い、いや、何でもない」


 鳳牙は手と首を振ってやや大げさに含みは無い事を強調する。そうしてハルナのじと目からそれとなく目を逸らした時だった。


 ――あれ?


 鳳牙はピタリと動きを止め、何度か瞬きを繰り返した後に目を泳がせる。


 ――何だ? この感覚。落ち着かない……?


 突然、鳳牙の中に原因不明のもやもやが生じていた。それは不快なわけでも苦しいわけでもなく、ただただぞわぞわと鳳牙の身体の中を這い回り、妙な焦燥を駆り立てている。

 その感覚がなんなのか分からなくて、鳳牙はもう一度ハルナを見た。彼女は相変わらずじと目で鳳牙を見てきていたが、


「鳳牙様? どうかなさいましたか?」


 いきなりきょとんとした表情になったかと思うと、つかつかと近寄ってきて鳳牙の顔にほっそりした指を伸ばしてきた。


「え?」


 そうされて、ハルナの瞳に自分の姿が映し込まれている様を見て、鳳牙はようやく自分が妙な顔をしているという事実に気が付いた。

 自分でも顔に触れてみるが、頬の筋肉が硬直している事から相当におかしな顔になっているであろうという確証が得られただけだった。


「どこか具合でも悪いのでしょうか?」


 鳳牙の頬に手を伸ばしたまま、ハルナが首を傾げている。淡々とした中にもどこか気遣われている様な気がして、鳳牙は自分が心配されているらしいという事を理解した。


「……いや、何でもない。ちょっと妙な感じがしたんだけど、もう無くなった」

「…………そうですか」


 長めの間を置いて、ハルナは小さく嘆息して鳳牙の顔から手を離した。そうして一歩後ろに下がり、


「もしも体調不良があるようでしたらご相談下さい。そちらに関しては通常アイテムなどでは対応が利きませんので」

「ああ。何かあったら相談させてもらうよ」

「lib。……ところで、鳳牙様はよろしいのですか?」

「え? 何が?」


 突然の質問に、鳳牙は首を傾げて答えた。ハルナの言葉に主語が抜けているので、何がよろしいのかまったく分からない。


「失礼いたしました。鳳牙様は皆様と一緒に行かれなくてよろしかったのですかと確認させていただいております」

「ん? 皆とって、だって皆はここに――」


 さっと室内を見渡すと、その場には鳳牙とハルナの二人しかいなかった。フェルドもアルタイルも小燕もステラも、はては御影すらも忽然と姿を消している。

 唯一残されたものは小燕とステラの摘まんでいたケーキが二人分と、それに添えられたメモが一枚。


「あれ?」


 疑問符を点灯させながらも残されたメモを見れば、


『ごゆっくり』


 ただそれだけが書かれていた。


「お茶の用意をいたしますか?」


 いつの間にか隣でメモを覗き込んでいたハルナの言葉に、


「……そうだな。ハルナってこういうの食べれるんだっけ?」

「lib。必要性はありませんが、味覚は搭載しています」

「そっか。それじゃあ残してもあれだし一個食べてくれ」

「lib。それでは少々用意してまいります」


 脱力気味にハルナとのやり取りを終え、鳳牙は部屋を出て行く彼女の背中を見送った。

 一人残された部屋の中で、鳳牙はテーブルに顎を乗せてぱたぱた尻尾を振り、ぴくぴくと耳を動かす。


「それでもノンプレイヤーキャラ、のはずなんだけどなぁ……」


 誰に聞かせるわけでもなく呟いて、鳳牙はハルナの淹れて来るであろう美味しい紅茶の到着を待ち続けた。




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