9.神器解放 豪炎拳カグツチ
闇御津羽神が起き上がるタイミングで動けるようになった鳳牙たちは、瞬時に戦闘態勢を取った。
相手を陸上へ上げてしまえば後はこの二時間さんざんやって来た方法でヒットポイントを削ればいいだけである。
そうそうに小島に戻らされたとあって、先の攻勢で与えたダメージはまだ一割も回復されていない。ここで攻めれば一気に相手のヒットポイントを削れるはずだった。
「ステラ殿! バインドを!」
遠くから声が聞こえる。ふと視線を向けると、神を放り投げたロボアルタイルが再び海面を足先で切り裂きながら小島へ戻って来ているところだった。
どうやらあれは空を飛んでいるのではなく泳いでいるという判定になっているらしい。そんなロボアルタイルはこのまま行けばちょうど神の背後を取る事になる。
「了解ばい! っ、ストロングバインド!」
一目で状況を正確に理解し、ステラが拘束魔法を展開。クリスタルオプションと連携して再び闇御津羽神の動きを封じ込めた。
「ク゛オ゛!」
しかし闇御津羽神は先の一戦と同じように相対的に拘束力の弱いクリスタルオプションが展開するバインドの鎖を引き千切ろうとして、
「そうは問屋が卸さんで御座るよ!」
背後から飛びついてきたロボアルタイルにがっちりと組み付かれ、その目的を果たせなくなった。
「今に御座る鳳牙殿!」
「っ! 応!」
瞬時にアルタイルの意図を察した鳳牙は縮地を使った飛び出しの加速を利用し、一息に闇御津羽神へ肉薄して、
「破っ!」
豪炎拳カグツチによってより強化された徹しを叩き込む。直後に闇御津羽神の首元に真紅の魔法陣が描き出され、一拍を置いて激しい炎を撒き散らす大爆発を巻き起こした。
「ク゛キ゛ア゛ア゛ッ!」
直近の大爆発に容赦なく体表の鱗を焼かれ、闇御津羽神が怨嗟の絶叫を上げる。
「ぬお……!」
「ちいっ!」
「くうっ……!」
ひときわ激しく暴れだした闇御津羽神によって、背後から組み付いていたロボアルタイルは弾き飛ばされ、ステラの苦痛の声と共に絡みついていたバインドの鎖は光の欠片となって砕け散った。
鳳牙はそれらの一瞬前に闇御津羽神の足元を脱したために無傷だが、もう少し反応が遅れていれば踏み潰されていたかもしれない。
「よし。やっぱり豪炎拳カグツチでの徹しは一撃が大きい。海に逃げたものをすぐさま強制的に陸に引きずり出せれば、今からで十分に倒し切れる!」
支援魔法を準備しつつも一連の流れを観察していたであろうフェルドが拳を握り、
「アルタイル! その『益荒男』の効果時間とクールタイムは?」
「うぬ。効果時間は三分。クールタイムは十分に御座る」
「長っ! ってか三分てそれじゃあもう残り一分ないじゃないか」
「然り。されどこの一分、攻めて攻めて攻めまくるで御座るよ!」
足元の砂と海水を爆散させ、アルタイルが咆え猛る闇御津羽神に向かって縮地の如き速度で接近。いつの間にその手に収めていたのかロボアルタイルの巨体に合わせた巨刀を振りかぶり、
「我が霊刀ミナカタの錆になるで御座るよ!」
闇御津羽神へ超重量の斬撃を見舞う。だが――
「カ゛ッ!!」
アルタイルの巨刀は大きく口を開けた闇御津羽神の牙によって挟み込まれ、受け止められてしまった。しかもそのまま喰らい付いて離さない為、ロボアルタイルとの鍔迫り合いのような格好になる。
「うぬうさすがは神。やるで御座るな。――されど果たしてこのような形で拙者と遊んでいてよいものに御座るかな?」
実際にはロボ化したアルタイルの表情に変化はないが、彼のまとう雰囲気が不敵に笑う。その変化に気付いた闇御津羽神がどこか訝しむような目をして、すぐに何かに気が付いたように目を見張った。
「妙に聡いAIに御座るな。しかしもう――」
「遅い!」
「いっくよー!」
「全弾発射ばい!」
アルタイルとの鍔迫り合いで完全に周囲への注意を怠る形になった闇御津羽神へ、再び鳳牙と今度は小燕が急速接近。
そして二人の頭上をステラの放った火属性魔法の火球群が通り抜け、二人が攻撃態勢に入ると同時に闇御津羽神に着弾して爆発を起す。
そこへ続け様に小燕のエンチャントフレイムを乗せた全力の一撃と、
「破っ!」
鳳牙のこの上陸で二度目の徹しが炸裂し、追加で生じた真紅の魔法陣が灼熱の爆発を巻き起こした。
「ク゛キ゛ア゛ア゛ッ!」
一瞬の内に大ダメージを負った闇御津羽神がたまらず悲鳴を上げ、
「ようやく放してくれたで御座るな。しからば!」
牙から解放された巨刀を引き寄せたアルタイルが、隙だらけになった相手に今度こそ超重量の切り下ろしを叩き込む。
「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
連撃を浴びた闇御津羽神が必死の神咆を発動。ちょうど益荒男の効果が切れて元に戻ったアルタイルを含め、全員が気絶状態で動けなくなる。
その間に、傷付いた闇御津羽神はまたも海中へ逃げて行ってしまった。
しかしその残存ヒットポイントは今の攻防で残り一割を切っている。
今回のダメージは今までと違い、アルタイルの益荒男のクールタイムを終えた程度でどうこうなるほど小さなものではない。
次に上陸させた時が決着であろう事に疑いの余地はなかった。
――けど、ここで気は抜けないよな。
海へ逃げられた事でまた鳳牙たちから手は出せなくなったが、怒り狂った闇御津羽神の執拗な攻撃に晒される危険性は十分にある。
あの憎悪に燃える瞳から放たれる殺意はそれだけで痛みを覚えるほどに鮮烈だ。
――そう。今この時……も?
ふと、鳳牙は違和感を感じ取った。その場でぐるりと周囲を見回し、何かが決定的に足りない事を理解する。
「鳳牙?」
鳳牙のおかしな様子に気が付いたフェルドが声をかけてきた。彼が違和感を覚えている様子はない。
もう一度ぐるりと周囲を見渡して、鳳牙は一つの疑問点を口にする。
「闇御津羽神、どこに行きました?」
「え?」
「ぬ?」
「ほ?」
「ん?」
鳳牙の言葉を受けて、全員がいっせいに海の方へ目を向けた。それぞれ違う方へ視線を飛ばしたため、ほぼ三百六十度をカバーしている。だが――
「こっちにはいないよ」
「こちらもで御座る」
「いなーい」
「おらんばい」
「俺の方にも影がありません」
全員が闇御津羽神を捕捉出来なかった。
鳳牙は闇御津羽神が海へ逃げ込んだ方向の小島の端へ近寄り、そっと海の中をのぞいてみる。しかし最初の時のように真下に潜んでいるわけではなさそうだ。
「…………よし」
覚悟を決め、鳳牙は思い切って海に飛び込んだ。
驚くほどにクリアな視界が維持されている海の中を、鳳牙は注意深く観察する。
――……いた!
鳳牙は小島からはるか離れた場所。海底でじっと伏せつつこちらを睨み付けている闇御津羽神の姿を確認した。
水中だと鱗が保護色になって非常に見え辛いが、そのどうしようもないほどに感情の燃え盛る緑柱石の瞳だけははっきりと確認する事が出来る。
どうやらある程度回復するまであの場所に居座るつもりのようだった。
「ぷはっ」
「あ、鳳牙どうしたんだい? いきなり海に飛び込むなんて」
「ええ。今報告します」
水上に顔を出したところでちょうど小島の縁にいたフェルドの手を借り、鳳牙は小島の上に身体を引っ張り上げた。
少し苦しくなっていた息を整え、鳳牙は自分が見たものを皆に報告する。
「うわ。それは不味いよ」
「うぬ。どこまでも逃げの一手で御座るな」
「最後はやっぱり水中戦って事……?」
「後ちょっとばってん、難しか問題ばいね」
せっかくアルタイルのリミテッドスキルで光明が見えたと思った矢先である。今が攻め時である事に疑いようはないのだが、地の利が相手にありすぎる戦場での戦いは容易に全滅を招いてしまう。
何かしら手を打つ必要があった。
――まあ、なくもないんだよなぁ。
チラリと、鳳牙は自分の右手にある紅橙のナックルを見つめる。
豪炎拳カグツチに秘められた力。いまだ制御し切れていないそれを使えば、おそらく今の闇御津羽神を一撃で屠る事が可能だ。
ただし、鳳牙はまだ一度もその力をまともに使えていない。あまりに強力過ぎるために今の鳳牙の手には余ったのである。
――けどここで使わない手はない、か。
一人覚悟を決め、鳳牙は難しい顔で悩んでいる皆に声をかけた。
「俺が行きます。カグツチを使えば、多分今の闇御津羽神を一発で倒せると思いますから」
「カグツチって、もしかして『神器解放』を使うつもり? でもあれはまだ――」
「これの性質上、水中であればおそらく多少威力が減衰するはずです。そしてその分制御もし易くなると思います。減った分はフェルドさんの『栄光への一撃』と俺の『点穴』で補えばいい」
フェルドに最後まで言わせず、鳳牙は自分の計画を伝えた。
それに対しまだ何か言いたそうなフェルドだったが、鳳牙の真剣な目を見て小さく嘆息するにとどまる。
「でもでも、泳ぎはどうするの? さすがに近付いたら動いてくるよね?」
小燕が心配そうに鳳牙を見上げてきた。たとえ何とか近付いてもまた逃げられたらいたちごっこになるのではないかと言いたいのだろう。
だが、これに関しても鳳牙はすでに打開策を考えている。
「そこはアルタイルさんの『益荒男』で運んでもらいます。本質的にはキャラクターと変わらないと思いますから、肩かどこかに乗せてもらっての運搬は可能のはずです。そしてアルタイルさんに運んでもらって、後は俺が一撃を叩き込みます」
鳳牙はぐっと拳を握り込んだ。右手のナックルが熱を帯びていくのが分かる。全てを焼き尽くさんとする、火之迦具土神の炎。
「……分かった。どうせ全員で水中戦なんて無理なんだ。けど、ステラ」
「なん?」
「君のクリスタルオプションを一緒に連れて行ってもらおう。詠唱速度が遅くても君の魔法は絶対に必要になる。それに、マイクの他にカメラ機能もあるんだよね?」
「普段は邪魔やけん使ってなかけどね。移動速度に関してはアルタイルさんに乗っけさせてもらえれば問題なかね」
通常状態で小燕とステラの二人を肩に担げるアルタイルである。益荒男の姿であればクリスタルオプション四つを搭載する事など造作も無いだろう。
「アルタイルさん、それにステラ。とにかくほんの少しの間でいいんです。さっきみたいに闇御津羽神の動きを封じてもらえれば絶対に決めて見せます」
「うぬ。承知仕ったで御座る」
「詠唱はなんとかタイミングを計るばい」
鳳牙の言葉に二人が揃って力強く頷き、最終決戦の策は確定した。
「アルタイル。クールタイムの残りは?」
フェルドが詠唱の長いリミテッドスキルを発動させながらアルタイルに問う。
「残り三十秒というところに御座るな」
「了解。僕の『栄光への一撃』も攻撃しないままでの効果時間はちょうど三分間だ。一応君にもかけておくよ」
「かたじけない」
ようやく詠唱を終えたフェルドがアルタイルに魔法をかけると、彼は再び鳳牙へかけるための詠唱を開始した。
『栄光への一撃』は効果中の最初の一撃の威力を二倍にする強化魔法だが、詠唱時間が二十秒程度かかるためにヒーラーの立場であるフェルドには戦闘中のかけ直しが難しく、やや使い難いスキルとなっていた。
しかし、その威力は絶大である。
「それと鳳牙。分かってるとは思うけど『点穴』はギリギリまで使っちゃ駄目だよ。下手をすると酸素ゲージのペナルティとで二重のスリップダメージがひどい事になるから」
「分かってます」
泳ぎの熟練値が皆無の鳳牙は三十秒も潜ってはいられない。酸素ゲージがなくなるとペナルティとしてヒットポイントスリップダメージが発生するため、そこへ点穴によるスリップが乗ると全快状態でも二分と活動は出来ないはずだ。
時間的な意味も含めて完全に最後の一戦になるだろう。
「鳳兄……」
メットを外した小燕が心配そうな顔で鳳牙を見上げてきた。今回の闇御津羽神討伐は小燕の武器を作成するためのものである。だというのに最後の最後で何も出来ない事が歯がゆいのだろう。
そんな空気が簡単に読み取れたので、
「にゃ……」
鳳牙は黙って小燕の小さな頭を撫でてやった。薄紫の髪には塩が付着してざらざらとしているが、今はこれくらいが心地いい。
なんとなく、鳳牙はアルタイルが自分の頭を撫でる気持ちが分かる気がした。こんな不安そうな顔をされたら、何とかしてあげたいと思ってしまうというものだ。
「よし詠唱終了。アルタイル、準備はいいかい?」
「いつでも」
フェルドの問いにアルタイルが久しぶりのマッスルポージングで答えた。
今回の要とあってやる気十分である。
「ステラ」
「万全ばい」
続くステラも背後に四色のクリスタルを総展開し、完全に気合を入れていた。
「鳳牙」
「お願いします」
最後の鳳牙もフェルドの眼鏡越しの黄色い瞳に大きく頷きを返し、その身にただ一撃の力を宿らせる。
「よし。それじゃあ最終作戦開始だ。こんどこそ闇御津羽神を討つ! 八百万の神々のご加護を!」
「応!」
「うぬ!」
「おー!」
「やるばい!」
全員で勝ち鬨を上げ、まずはアルタイルが再び『益荒男』によってロボアルタイルに変化。その両膝と両肩にそれぞれクリスタルオプションが張り付いた。
「鳳牙殿」
「はい」
差し出された巨大な手に飛び乗り、鳳牙はそのままアルタイルの肩へ移動する。幸いにして掴めるだけの窪みがあるため、振り落とされる心配はなさそうだった。
「では行くで御座るよ。『巨星』アルタイル。モードマスラオ。いざ再び――参る!」
宣言と同時に鳳牙の身体を強烈なGが襲う。だが、振り落とされるほどではない。
「大丈夫に御座るか鳳牙殿!?」
「大丈夫です! それよりも、この速度だとあと十秒くらいで相手の真上です!」
「委細承知!」
ロボアルタイルの返答の直後、鳳牙は一瞬にして水の中へ没した。そしてやや正面に行ったところに鎌首をもたげた闇御津羽神がいる。
『いたで御座る!』
『こっちに気付きましたよ』
『こっちも確認したばい』
水中では通常チャットが使えなくなるため、【ささやき】に切り替えて互いに連絡を取り合う。
闇御津羽神は突然現れたロボアルタイルにやや驚いた様子だったが、ここが水中という事もあってかそれほど慌てた様子は無かった。むしろニヤリと笑ったかのようにうっすらと口を開けて牙を覗かせている。
『小島の上と違ってやる気満々に御座るな』
『海神ですからね。自分のフィールドで負けるはずがないと思ってるんじゃないですか?』
『だったら、うちらん事を今度こそ思い知らせてやるばい』
なんにせよ好都合だった。正直な話、今一番困るのは逃げられる事だからだ。
鳳牙たちの持ち時間は三分。実際にはここへくるまでに時間を使っているので実質残りは二分半といったところか。
その時間の内に決着をつけられなければ鳳牙たちの敗北である。
『一先ず向かってくるのであれば早々に押さえ込むだけに御座るな。ステラ殿。バインドの詠唱にはどの程度かかるで御座るか?』
『高速詠唱でも十秒は必要ばい』
『うぬ。オプションは詠唱を始めると止めらぬで御座るし、溜めて置く事も出来んで御座るからな。拙者の動きと十秒のタイムラグを考慮するとなると、少々骨で御座るな。となれば――』
最初から相手を押さえ込むために無手の状態だったロボアルタイルが、おもむろに右足側面から射出された物体を手に掴み、そのまま力強く振り抜いた。
すると、一瞬にして巨大な刀が出現する。先の戦闘でいきなり巨刀が出現したように見えたのはこういう事だったらしい。
『まずは攻め、相手にこちらの狙いを悟られぬように組み付く他ないで御座るな。ステラ殿。詠唱のタイミングは拙者の合図に合わせて欲しいので御座る』
巨刀を構えて闇御津羽神と相対しつつ、アルタイルがステラへ【ささやき】を飛ばしている。
『了解ばい。そろそろ残り二分になっとうよ』
『承知。鳳牙殿。やや荒れ狂う故、振り落とされてはならんで御座るよ』
『了解です。こっちは自分で何とか出来ます』
『委細承知。では、行くで御座る!』
予備動作なしでロボアルタイルが背中のバーニアを起動。水を切り裂きながら闇御津羽神へ接近し、正面から奇襲の斬撃を見舞う。
それは地上での闇御津羽神であれば絶対に避けれないはずの一撃だった。だが――
『ぬ!?』
ロボアルタイルの攻撃は想像以上の速度で機敏に身をかわした闇御津羽神を捉える事無く空振りに終わり、それどころか――
『ぬあっ!』
『ぐっ……』
かわした動作から繋げた鞭のような首の一撃を脇腹に受け、ロボアルタイルは海中で弾き飛ばされた。幸いにして水の抵抗によって大きく移動させられる事は無かったが、鳳牙もアルタイルも相手の俊敏さに驚きを禁じ得ない。
今の速度が本来の闇御津羽神であるというのであれば、小島の上ではどれだけ機動力が落ちていたというのだろうか。もしも今の速度の半分でも地上で出されていれば、到底勝てる気がしない。
『なんね今の!? あれが本当の闇御津羽神なん!?』
クリオプ越しに今の一合を見ていたであろうステラが驚愕の声をを上げている。
見るだけでなく体感した鳳牙にしても、相手が泳ぎをどうにかした程度で相手に出来る存在ではないという事が嫌でも分かってしまった。
――やっぱりフェルドさんの戦法は正しかったんだな。
すぐに海へ逃げてしまう面倒な神だと思っていたが、元より相手は海神。己がフィールドにおける絶対覇者がそうそう弱いと思われるはずが無い。
『うぬ。ずいぶんと素早くなっているで御座るな』
『それに挑発的になってますね。あんな紙一重でかわして反撃まで入れてきましたから』
体勢を立て直したロボアルタイルが、再び闇御津羽神と相対する。
ゆらりゆらりと水中に浮かぶ相手はひどく落ち着いているようだ。じっくりとこちらの出方を伺っているようである。
『まあ、こちらが先に動いても速度的に後出しで勝てるわけですから、先に動く利点も無いって事ですかね』
『然り。されど、それならそれでその驕りを隙にさせてもらうで御座るよ』
言って、ロボアルタイルが巨刀を顔の右横から水平にして構えて突きの体勢を取った。そうして、
『ステラ殿。詠唱を開始して欲しいで御座る。左肩と右膝よりバインドとストロングバインドを。左膝からは吸引固定魔法のアトラクション。右肩はフラッシュに御座るが、これは水中であってもすぐに発動出来る故、次の合図まで残して欲しいで御座る』
『了解ばい。先の三つを同時発動するように調整するばい』
ステラの【ささやき】を受け、ロボアルタイルに張り付いたクリスタルオプションの詠唱が開始された。
『最後の一つ……三……二……一、開始ばい!』
時間調節によって同時発動するように図られたクリスタルオプションたちが、徐々にその輝きを増していく。
しかしアルタイルは構えたまま動かない。そうして最後の詠唱開始から五秒が経過した時、
『勝負!』
再び予備動作なしでロボアルタイルが背部のバーニアを起動。泰然と待ち構える闇御津羽神へ急接近し、
『喰らうで御座る!』
両手で握っていた巨刀の柄から左手を離し、いつの間にか柄頭へ移動させていた右手でもって巨刀を全力で射出させた。
「ク゛オ゛!?」
さすがに予想外だったのか、闇御津羽神が慌てて首をひねらせて巨刀を回避した。だがその時にはロボアルタイルはすでに相手の懐に入り込み、右手で闇御津羽神の口をがっちりとつかんで開けなくさせ、左腕を長大な首に巻きつけていた。
『ぬううおおおおっ!』
ロボアルタイルが全力で闇御津羽神の押さえ込みを開始した直後、前もって詠唱されていた全ての魔法が同時展開。闇御津羽神の巨大な体には魔力の鎖が絡みつき、左膝で発動したアトラクションの効果で闇御津羽神は数秒間の移動を封じられる。
『鳳牙殿!』
『応!』
呼ばれると同時に、鳳牙は闇御津羽神の頭を掴むロボアルタイルの右腕を駆け上り始めた。
ロボアルタイルの身体には地面判定があるらしく、水中であっても地上の七割程度の速度で走る事が出来る。
駆け上がりながら鳳牙は両の拳を合わせ、その状態で伸ばした親指で自分の首を突いた。瞬間、全身に爆発的な力が宿る。
だが、すでに酸素ゲージのペナルティを受けていたヒットポイントの減少速度に拍車がかかり、見る見るうちにヒットポイントゲージが減少していった。
しかし鳳牙はそんな事には構わない。全身にみなぎる力を全て右の拳へと集中させて行き、
――『神器解放』……
内心での宣言と同時に、完全な水中だというのに鳳牙の右手が、いや、豪炎拳カグツチが激しく燃え上がった。
周囲の水を蒸発させているのか、大量の気泡が鳳牙の右腕から発生する。
その変化に、頭を押さえ込まれた闇御津羽神が緑柱石の瞳を見開いた。
『ステラ殿!』
『了解ばい!』
ステラの返答とほぼ同時に、鳳牙は自分の背後から強烈な光が発せられた事に気が付いた。そして、
「ク゛キ゛ア゛ア゛ッ!」
まともに閃光を浴びて右目を焼かれた闇御津羽神がわずかにロボアルタイルの手を振り払って悲鳴を漏らす。だが、次の瞬間には再びがっちりと黒い手に掴み直されていた。
『鳳牙殿! 後は任せるで御座るよ!』
『応!』
最後の距離を縮地で走破し、鳳牙は右目を潰された闇御津羽神と正面から相対した。
憎悪に燃える左の瞳から殴られたような感情をぶつけられるが、鳳牙はただ静かにいまだ燃え続ける右の拳をより強く握りこみ、腰だめに構えた。
全ての思考をクリアにし、ただ目の前の相手に全ての力を叩き込む事だけを考える。
――炎魂一擲……
わずかに姿勢を前傾にし、つま先に力を込める。そして――
――『紅蓮拳』!
『せぇええりゃあああっ!』
爆発力を解放した踏み込みで一気に前進し、その勢いのままに燃え盛る拳を闇御津羽神の眉間に叩き込んだ。
瞬間、鳳牙の視界は放たれた閃光で白一色に染められた。その状態にあって、鳳牙の右拳に伝わる完璧な手応え。
閃光が収まって視界が元に戻ると、打ち込んだ右拳は鱗を破砕して完全に闇御津羽神の体内に埋め込まれていた。その身体はすでに、鮮やかな青色を失って灰色と化している。
『うぬ』
相手のヒットポイントゲージが空になっているのを確認したロボアルタイルが拘束を解くと、支えを失った闇御津羽神の身体は水底へ沈み、わずかな土煙を巻き上げて横たわる。
それが海神、闇御津羽神の最期だった。
◇
「鳳兄! アル兄! おかえりー!」
延々と泳いで小島まで帰還した鳳牙とアルタイルを、メットを外した状態で犬の尻尾のようにポニーテールを揺らした小燕が出迎えた。
「二人ともお疲れ様ばい」
一緒に出迎えたステラも労いの言葉をかけてくる。
「うん。ただいま」
「戻ったで御座る。うぬ。さすがに疲れたで御座るな」
この戦いの最大の功労者であるアルタイルが、慣れない力で踏ん張ったせいかゴキゴキと全身の骨を鳴らしていた。
「二人ともお疲れ様。それで、首尾は?」
「ええ、この通り――」
フェルドに尋ねられ、鳳牙は持ち物ボックスから『闇御津羽神の魂』を取り出した。それは透明な水晶玉のようなもので、火之迦具土神の時とは違い中で薄青い泡のような物がぷくぷくと絶えず発生し続けている。
「ほら、小燕」
「ふぇ?」
フェルドに見せた後、鳳牙は小燕にトレードを出して『闇御津羽神の魂』を渡してやる。
彼女は恐る恐るといった感じでそれを受け取り、そっと太陽に透かして眺め始めた。
「……綺麗」
思わずといった様子で小燕の口から感嘆の言葉が漏れた。
火之迦具土神の魂は荒々しい印象を受けたが、確かに闇御津羽神の魂は何か惹き付けられる様な魅力があった。
「よかったばいね、小燕ちゃん」
「……うん」
小燕は大事そうに闇御津羽神の魂をその胸に抱くと、
「鳳兄」
まず鳳牙を見て、
「アル兄」
次にアルタイルを見上げ、
「フェル兄」
フェルドに頷かれ、
「ステラ姉」
隣のステラにそっと肩を抱かれたまま、
「皆……ありがとう!」
今までの疲れも吹き飛びそうなほど飛びっきりの笑顔を作っていた。