8.巨兵出撃 その漢『益荒男』
「ウォーターブレスが来る! 射線上から退いて!」
フェルドの警告を受けて、大きく溜めを作っている闇御津羽神の正面にいた鳳牙と小燕がそれぞれ左右に退いた。直後、金属ですら切り裂けそうなほどに凝縮された水流が闇御津羽神の口から吐き出され、海面を切り裂きながら一直線にほとばしる。
爆音と共に海水が弾け飛び、ダメージこそ無いものの鳳牙は全身に飛散した海水を叩きつけられた。
「なあっもう! 大人しくするばい! ストロングバインド!」
詠唱を終えたステラの宣言と同時に、海面に浮かび上がった魔法陣から重厚なる魔力の鎖が出現し、闇御津羽神の長い首に巻きついてその動きを阻害した。
青のクリスタルオプションからもバインドの鎖が加わり、二方向から引く事でその動きを封じ込める。
そうして動きを止めた闇御津羽神の隙を逃さず、赤のクリスタルオプションが大火球を生成。相手に比すると小さく見えてしまうが、それでも狙う顔面に叩き込めれば相当な威力が望めるだろう。
「いっけええっ!」
ステラの掛け声と同時に赤のクリスタルオプションが生成した火球を撃ち放つ。十分な弾速を持って闇御津羽神に向かう火球は、その威力を惜しみなくダメージとして神に与えるはずだった。
だが――
「ク゛オ゛ッ !」
「なあっ!?」
解き放たれた火球がその巨大な頭に直撃する寸前、闇御津羽神が強引に青のクリスタルオプションのバインドを引き千切り、そのままステラのストロングバインドの力に逆らわずに首を倒したため、通常ではあり得ない挙動速度で火球の直撃を避けてしまった。
それでもかわしきれずにわずかばかりは表面を焦がしているが、与えたダメージとしては雀の涙もいいところである。
「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
ステラの攻撃に怒ったのか、闇御津羽神が雄叫びを上げる。全身を殴られたかのような衝撃に加え、鳳牙は一気に身体の自由が利かなくなった。
「うぬ。また神咆で御座るか」
「確かに追撃はまったく来ませんけど、相手が海にいる間に削った分の何割か回復されちゃってますよね」
「くそ。考えてた以上に使う頻度が高いな。これは厄介だぞ」
鳳牙たちを気絶で行動不能にした闇御津羽神は、悠々と小島から海中へ没して行く。
ようやく全員の気絶が解ける頃には、相手は海の向こうでこちらの様子を伺っているという次第だ。もうすでに五回以上このパターンで戦闘の中断を余儀なくされている。
戦闘が中断する度に体勢を立て直せるのはいいが、それは闇御津羽神にしても同じ事であり、いつかの強化ギガンテスほどではないにせよ自然回復の速度はそこそこに速い。
再上陸させる頃には与えたダメージの三割からひどい時は半分程度回復されてしまっている事もあった。
今現在、闇御津羽神の残存ヒットポイントはいまだ七割強である。累計与ダメージだけを見ればすでに残り三割程度となっていてもおかしくないはずの状態だが、それだけ自然回復で相殺されてしまっているという事だ。
鳳牙にしても闇御津羽神にはまだ一撃しか徹しを当てられていない。どういうAIをしているのか不明だが、初撃に徹しを打ち込んでから鳳牙が接近すると全力でそれを阻止に来るのである。
離れて見ていたフェルドとステラの言葉によれば、明らかに鳳牙が近付くのを嫌がっているように見えたというのだから間違いないだろう。
それならばとそれを利用して鳳牙を囮に小燕、アルタイル、ステラが間隙を縫って攻撃を加えているのだが、いい感じに鳳牙たちが攻勢になると先のように逃げてしまうので手に負えない。
「フェルドさん。俺たちがここへ入ってからどれくらい経ちましたっけ?」
「多分そろそろ一時間くらいじゃないかな」
「そうなると単純に考えて削り切るのにあと二時間半くらいかかりますね。神界門の最大時間って三時間じゃなかったですか?」
「……不味いね」
制限時間に達してしまった場合、神界門の中にいるプレイヤーは強制的に外へ排出されてしまう仕様になっている。当然再入場するためにはクエストを受けなおさねばならず、また再入場する時には闇御津羽神も完全回復した状態になってしまうのだ。
「多少無理してでも徹しを狙って行かないとどうしようもなさそうですよ」
「うーん。とは言っても、狙い打てる? あれだけ派手に暴れられると手を触れるのってすごく難しくないかい?」
「それはそうなんですけど……」
鳳牙はこれまでの攻防を振り返り、自分で言った事とはいえ正直相当にきついだろうとは思っていた。囮役を買って出るにせよ隙あらば徹しを打ち込むつもりでいたのだが、結局それが出来ていないのだ。
致命的な一撃をもらう覚悟でもしない限りは難しいだろう。
「うーがー! ストレス溜まってきたー! 逃げるな戦え神様だろー!」
「小燕ちゃん落ち着くばい」
「うぬ。しかし小燕殿の気持ちも分かるで御座る。こうも逃げ続けられてはどうにもならんで御座るよ。よもやこんな形で泳ぎを育ててない事が足かせになるとは思わなかったで御座る、な」
罵声と共に挑発を仕掛ける小燕。それをたしなめるステラ。そして誘引罠を遠投するアルタイル。
何回目かからこれもほぼパターンになってしまっていた。
「水中戦……はどう考えても無理ですよね」
「そうだね。鳳牙は徹しが使えなくなるし、ステラも泳ぎの熟練値を上げてないからクリスタルオプションでも詠唱速度ががくんと落ちる」
CMOの仕様では、水中では魔法の詠唱は格段に遅くなってしまう。泳ぎの熟練値が高ければ地上にいる場合と大差なく詠唱出来るようになるが、今それを望めるはずがない。
それでも高速詠唱という手段がありそうなものではあるのだが、
「それ以前に地上ではあれだけもっさりした動きになるけど、闇御津羽神は水中にいる時が一番速いからね。チャージが出来ないクリオプで狙いをつけるのはなぁ……」
フェルドが言うにはその程度では焼け石に水という事だった。
「小魚程度の俺たちじゃまったく歯が立たないって事ですね。それこそ相手と同じくらい大きければまた違うんでしょうけど」
それはポツリとこぼれたもので、特に鳳牙に何か考えのあった言葉ではなかった。
だがその言葉を耳聡く聞きつけた小燕が、
「ん? んんん?」
大げさなほどに首を傾げ始め、そのまま横に倒れるのではないかというほどに身体ごと傾けたかと思えば、一瞬にして起き上がり小法師の如く体勢を元に戻した。
「そう言えばさー。去年の秋頃一ヶ月限定でジャイアントフィールドっていうへんてこな試験実装エリアなかったっけ?」
「え? ……ああ」
突然発せられた小燕の言葉を受けて、鳳牙は去年の秋頃公式発表で『巨大ロボになって戦おう!』という見出しと共に期間限定の特殊フィールドが実装されていた事を思い出す。
「そう言えばあったなそんなの。確かフィールド内のモブが全部ギガンテスとかの元から巨大なモブか、設定いじって巨大化させたモブだらけのやつだっけか」
「うぬ。拙者も覚えているで御座る。確か目玉はキャラを巨大ロボット風にメカメカしくさせ、怪獣大決戦のような狩りが出来るというものに御座ったな」
「あー、確かにあったばいね」
「それ、一部のプレイヤーには好評だったけど、結局普通の狩りとやる事が変わらないって事で半月くらいで廃れたんだよね。僕も一回見に行ってそれっきり行ってなかったな」
ジャイアントフィールド内で特殊アイテムを使用する事で、確かにアルタイルの言う通り巨大ロボのような外見に変化し、また全てのステータスを十倍にするというとんでもない恩恵を受ける事が出来るというものだ。
元のキャラクターを素体とするためバーチャルリアリティログインをしていても違和感無く操作出来るというのも売りの一つで、最初の一週間はそれなりに盛況であった。
しかし結局のところミニチュアフィールドで普通にモブと戦う事と何も変わらず、一部巨大ロボットのコックピットに乗り込めるというデマ情報が流れていた事もあってプレイヤーたちに早々に飽きられてしまったのだ。
その結果ジャイアントフィールドは本当に一ヵ月限定という幻のイベントとなり、多くのプレイヤーから忘れ去られた。
「あーゆうのあれば水の中でも戦えるのになー……」
ぱしゃりと小石を蹴飛ばすように小燕が足元の水を小さく蹴り上げる。
確かに、彼女の言うようにあの時の巨大化とステータスアップの恩恵があれば例え水中であっても闇御津羽神に遅れは取らないだろう。むしろステータス十倍ともなればこちらが相手を圧倒出来るはずだ。
「けど、あれって結局実装されなかったからな。完全に無い物ねだりだぞそれ」
「うー。分かってるよ」
鳳牙の指摘を受け、小燕が言葉では納得しながらも態度はまるで納得していないことは明白だった。
しかし、やはり無い物ねだりをしても仕方が無い。
「ともかく出来うる限り迅速に上陸させるしかないよね」
「で御座る、な」
フェルドの言葉に同意しつつ、アルタイルが再び誘引罠を遠投する。そのかいあってか、悠々と泳いでいた闇御津羽神が鎌首をもたげて少しずつ小島の方へ近づき始めた。
「そろそろブレスが飛んでくるばい。小燕ちゃんよかと?」
「……うっし! 負けてたまるかこのやろー!」
ダーッと拳を突き上げ、小燕が気合を入れなおした。
その姿を見て、鳳牙もまた自分の両頬を軽く叩いて気を引き締める。
戦いはまだまだ長引きそうだった。
◇
「ふええ。つーかーれーたー」
「小燕ちゃんもうちょっと……と言いたいところばってん、さすがにうちも疲れたばい」
小燕が大剣を杖代わりにへなへなと腰砕けになり、それをたしなめようとしたステラも弱気な発言をしてしまっている。
あれからさらに一時間が過ぎてしまい、今の時点での闇御津羽神の残存ヒットポイントは四割弱となっていた。
正直なところあと一時間で押し切れるかどうか微妙な線である。
加えて、二時間ぶっ続けでの戦闘はどうしようもなく鳳牙たちに疲労を溜めてしまっている。世界の境界においては十分な急速を挟む事で長時間の攻略をこなす事が出来たが、こと今の状況においてはそんな休息を取れる状況ではない。
その上、海に逃げられている間は鳳牙たちから手が出せないとはいえ、闇御津羽神は海の中にあってもブレスによる攻撃を行ってくるのである。
幸いにしてアクアボムに関しては相手と反対側の小島の端にいれば射程外になるが、ウォーターブレスは闇御津羽神がどこにいても小島の全ての場所へ届かせてくるため一箇所に留まり続ける事が出来ないのである。
延々と相手に注意を払い続けるのは精神的にも相当な負担だ。
その場で倒れるような事は無いが、ほぼ全員の呼吸が荒くなってきている事を鳳牙は鋭敏な聴覚で確認していた。
かく言う鳳牙も結局だいぶ無茶をして徹しを狙い続けたため、徐々に呼吸が乱れてきている。
もはやいつどこで誰が決定的なミスを犯してもおかしくない状況だった。
「うぬ。誘引罠ももう尽きてしまったで御座る。小燕殿の挑発のみで上陸させるとなればさらに時間がかかってしまうで御座る」
「弱りましたね。まさかこんな戦い方をする相手だとは思いませんでしたよ」
フェルドの指示で持てるだけ持ってきた罠を使い切り、ただでさえ思うような仕事の出来ていないアルタイルががっくりと肩を落としている。
その隣に立つ鳳牙も、悠然と海を泳ぐ闇御津羽神に忌々しげな視線を送る事しか出来ない。
「でもこっちの戦い方が通用しないとなると、僕らで闇御津羽神を倒す事は出来ないって事になっちゃうんだよね。今更泳ぎの熟練値を育てるにしても無茶だし、育てたところで勝てる見込みも無いしなあ……」
指で眼鏡のブリッジを押さえつつ、フェルドが眉間にしわを寄せている。
別段鳳牙は彼の見立てが甘かったとは思っていない。実際ここまで安定して相手を削っているのだから、戦法として間違っているわけではないのだ。
――ただ単純にこちらの戦力不足、か。
「うぬ。後は釣りをどうにかする事くらいで御座るか?」
「それも無理だよ。闇御津羽神を釣るには熟練値が最大じゃなきゃ駄目だけど、異端者の最果てじゃそこまで上げられないじゃないか」
釣りの熟練値は魚を釣り上げる事で成長する。魚毎に難易度が設定されており、熟練値はその難易度に合わせたところまでしか成長しないため、徐々に難しい魚に挑戦していかなければ頭打ちになるのである。
異端者の最果ての湖にいる魚では、到底必要な値まで成長させる事は出来ない。
「かといってヒット中は無防備になる釣りを異端者の最果ての外でやるわけにはいかない。最大値まで上げられる釣り場は限られているから、護衛をつけても待ち伏せられて飲まれるし」
フェルドの言う通り、賞金首という立場でそんな危険を冒す事は到底出来ない。まして今から育てるとなっても相当に時間がかかるだろう。
それは現実的ではなかった。
「それこそさっき小燕が言ってた巨人化くらいの何かが無ければどうしようもないって事ですよね」
「うぬ。巨人化で御座るか。そう言えば先ほどの話で拙者、大昔のアニメ作品を思い出したで御座るよ。確かそこには忍者ロ――――ぬ?」
「あれ? どうかしましたかアルタイルさん」
どこか気まぐれな感じで何かを話そうとしていたアルタイルが、突然言葉を切ったかと思うと顔をしかめるように目を細めた。
鳳牙の問いかけにも答えず、しばしそのまま固まったかと思うと、
「ぬぬぬぬぬ……」
突然唸るような声を発し、頭を抱えて全身をわなわなと震わせ始めた。
「ちょ、アルタイルさんどうし――」
「うぬあああっ!」
鳳牙の言葉はアルタイルの天を貫くようにして放たれた雄叫びによって遮られ、その叫びは身体の内から湧き上がる何かを発散するように長く発し続けられた。
ややってその声が途切れ、大空を見上げていたアルタイルが一転して身体を丸めるように猫背になってうつむく。そして、
「来たで御座る。来たで御座るよ。何かが、とてつもない何かが拙者の中から湧き上がって来たで御座る!」
反動をつけてがばりと体勢を起こすと、豪快な声で大笑いを始めた。
もはや何がなんだか分からない。間近にいた鳳牙やフェルドはもちろん、少し離れた場所にいた小燕やステラまで若干腰が引けている。
それほどまでの奇行を為した当の本人は、ひとしきり笑い声を上げたところで、
「鳳牙殿。貴殿が『徹し』を会得した時、どんな感じで御座ったか?」
突然真面目な口調で鳳牙へそんな問いかけをしてきた。
顔を向けられた瞬間に獣耳と尻尾をぴーんと張ってしまった鳳牙だが、意地ですぐさまそれを沈めると、
「えっと……徹しを発現した時ですか?」
一応確認の問いを返した。
うぬと鷹揚に相手が頷いたのを確認して、鳳牙は記憶を探りながらその時の事を思い出す。
「えっと、何かこうもやもやっとした物が身体の内から這い上がってきて、全身を妙な感じが駆け巡ったと思ったら、ぽんと前々から知っているみたいな感じでその能力や何をどうすればいいのかが頭に浮かんでくるって感じですけど」
実際口で説明しろといわれると非常に難しい。ある種閃きに近いものなのだ。おそらくCMOがゲームであるためにそこへ技の性能やら使い方まで入り込むために妙な事になるのだろうが、有体に言えば天啓となるのかもしれない。
「……やはりそうで御座るか」
「はい?」
説明を受けて一人納得顔のアルタイルに、鳳牙は首を傾げてしまう。
だが、
「おいアルタイル。君もしかして――」
傍から見ていたフェルドには何か思い至ったようで、はっと驚いた顔でアルタイルを見ていた。
そんなフェルドにアルタイルが頭巾から唯一のぞく目をニヤリとさせ、
「理由はまったく持って不明に御座るが、拙者たった今リミテッドスキルを会得したで御座るよ」
いきなりそんな事を言い始めた。
「はい?」
「これから闇御津羽神を小島に引きずり上げに行って来るで御座る。しばし待たれるといいので御座る」
驚く鳳牙の頭をぽんと軽く叩くと、アルタイルは何故か自信満々な様子でそう言い残してずんずんと小島の端を目指して進んで行く。
そうしてこちらの様子を伺うように海の中を泳いでいる闇御津羽神へ狙いを定めると、
「ぬう…………、ぬあ!」
アルタイルの掛け声と同時に一瞬その大きな身体がさらに大きく膨れ上がったかと思うと、次の瞬間には強烈な光が放たれた。
「くっ……」
とっさに手で目を隠し、さらに鳳牙は顔を逸らして襲い来る閃光を防いだ。数秒間発せられた強烈な光が収まった事を確認し、再び顔を正面へ向け直せばそこにアルタイルの姿は無く、
「これが拙者の会得したリミテッドスキル、『益荒男』に御座るよ! ヒットポイント五倍。その他のステータスは全て二倍。水中での移動速度低下無し潜行時間制限無しの性能に御座る!」
代わりに妙に猛々しく説明口調で宣言しているのは、どこかで見たような黒装束っぽい衣装を着た巨人である。いや、衣装をまとっているわけではない。まして目の前のそれは生き物でもなかった。
陽光を反射する鏡面の如き金属質なボディは、まさしく巨大ロボットとしか言いようのないものだ。
「なん……」
「……え?」
「うおおおおっ!? アル兄かっけええっ!」
「何の冗談ばい……」
ただ一人小燕だけが一気にテンションを跳ね上げる中、鳳牙とフェルドとステラは口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。
大きさが段違いだがその筋骨隆々な堂々たる体躯、そして腕を組んで胸をそらしているような忍者立ちはまさにアルタイルのそれである。
全体的に角ばった装甲。忍び装束に合わせた塗装具合。まさしく忍者ロボと呼称するに相応しい姿だった。
「さあ神よ覚悟召されよ!」
くるりと鳳牙たちへ背を向けたロボアルタイルがぐいと前傾姿勢をとる。すると大きな背中に幾重ものスリットが生じ、突然その周囲の景色が歪みだした。そして――
「『巨星』アルタイル。モードマスラオ。いざ――参るっ!」
そんな宣言と同時に爆音を発してロボアルタイルが急速加速。文字通り空を飛ぶが如く足先で海面を切り裂きながら、離れた場所でゆっくりと泳いでいた闇御津羽神を急襲した。
「ク゛オ゛ッ!?」
「ぬおおおっ!」
急接近してきた黒い巨体に気が付いた闇御津羽神が海深く潜行する寸前、ロボアルタイルの黒光りする手が相手の頭部に生えた角をがっちりと掴んだ。そして――
「ぬありゃあああっ!!」
地面から根野菜を引っこ抜くが如く、ロボアルタイルが強引に闇御津羽神の巨体を海から引きずり出して空中へ放り投げた。放物線を描く海神は、冗談のような緩やかさで海ではなく空の青の中を泳いでいる。
だが、
「ってちょっとはこっちの事考えろ馬鹿野郎!」
神の落下地点が小島だと瞬時に理解したフェルドが罵声混じりの絶叫を上げ、
「全員散開! 潰されるぞ!」
目算でおおよその落下位置を割り出した鳳牙は小燕とステラに全力退避の指示を出した。
「なーもう無茶苦茶ばい!」
「うははは! すっげーすっげー!」
半泣きになりながらステラが走り難い足場を水音を立てて逃げ始めた。その隣では相変わらずテンション最高潮な小燕が笑いながら併走している。
鳳牙もフェルドと共にその場から退避し、直後に海面を大爆発させながら飛来した神の巨体が陸揚げされた。
驚いているのか落下のダメージを受けたのか分からないが、神は仰向けに倒れたまま動かない。
今が絶好の機会だという事を鳳牙は頭で理解していたが、同時にあまりに信じられない光景に思考が麻痺して次の行動に移るのが遅れてしまった。そのため、
「ク゛、ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」
仰向けに倒れたまま放たれた神咆をまともに受け、鳳牙は思わず膝をついてしまう。
「ク゛オ゛オ゛ ッ!」
鳳牙たちが気絶状態で動けない内に闇御津羽神はごろりと横に転がってうつ伏せになり、緑柱石の瞳に物理的な何かを伴いそうな殺意を宿して立ち上がった。




