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Chaos_Mythology_Online  作者: 天笠恭介
第三章 エンカウント
25/50

7.海神龍王 闇御津羽神を討て



 その一室において、オーク製の頑丈なデスクに足を投げ出す男と一枚の紙を片手に立ってる男との間には、見た目以上に絶対的な優劣が存在している。それは立っている男の顔に張り付いた濃い怯えの色を見れば明らかだろう。

 必死に押さえ込もうとしている震えはどうしようもなく全身に伝播し、手に持つ紙がカサカサと音を立ててしまっている。


「……それで、今日はどのくらい集まった?」


 デスクに足を投げ出した男――テンガロンハットで顔を隠したままのどんどらが立っている男に問いかける。

 それはとても穏やかで、ともすれば心地良いとさえ感じられるほどの声だった。だが――


「ひっ……。あ、あの、その、今日のあ、あがりは二百三十四個、です……」


 声をかけられた男は小さく悲鳴を上げ、恐怖に染まった目で必死に手に持った紙をのぞき込みながら、しどろもどろでつっかえつっかえな報告をする。

 カチカチと聞こえる音は、おそらく男の震えが歯を打ち合わさせているせいだろう。


「二百三十四、ね。まあ良いんじゃないの? 課してるノルマの二百は超えてるし」

「え、ええまあ」


 どんどらのどこか満足そうな言葉を聞いてやや安心したのか、男の震えが少しだけ収まる。

 報告役を押し付けられた時は気が気ではなかったのだろうが、思いの外なんでもないどんどらの言葉を聞いて、男は不必要に怯えていたのかもしれないとわずかばかりの隙を空気に滲ませている。

 しかし、そんな緩みかけた空気は次のどんどらの言葉で一瞬にして吹き飛んだ。


「……言って置くけど、俺が課したノルマって単純計算で一人五個程度なんだぜ? そりゃ、俺が必要な物を必要な時期に揃え切るにはそのくらいのペースでも構わないさ。けど――」


 彼は顔を覆っていたテンガロンハットを指で押し上げ、その真紅の瞳で報告していた男を見据えて、


「お前たちに回る撃退マークは最低限俺のノルマをクリアした余剰分の寄せ集めでしかないって事、理解してんのか?」


 淡々と、しかし身震いを起させるほどの冷たさを孕んだその言葉は、鋭い刃となって緩みかけていた男を切りつけた。

 安堵の浮かんでいた顔には再び恐怖が宿り、本人は気が付いていないのだろうがずりずりと後ずさりをしてしまっている。


「自分たちの事を考えるなら、せめて課したノルマの二倍くらいは集めてきた方がいいんじゃないか? 捨て駒なだけに数は多いんだからさ」


 そこまで言って、どんどらはテンガロンハットを押し上げていた指を下ろし、再びその顔はハットに隠れて見えなくなった。

 視線の威圧から解放されたことで男の後ずさりは止まったが、その顔から恐怖が拭われる事はない。


「報告がそれだけならさっさと行きなよ。それで明日どうするか決めた方が良いと思うよ?」

「は、はひ……」


 恐怖で呂律の回らなくなった男は憐れなほどに全身を震わせたまま逃げるように、いや、実際にどんどらの部屋から脱兎の如く逃げ出していた。


 本人以外の人気のなくなった部屋は静寂に包まれ、どんどらも相変わらずデスクに足を投げ出したまま微動だにしない。

 そうしてしばらく無音の時間が過ぎた頃、


「よろしいですか?」


 誰もいないはずの室内から急に凛とした通る声が聞こえて来た。

 だが、そんな突然の事態にも関わらずどんどらはやはり微動だにしない。だが、


「構わないよ」


 彼は誰とも分からぬ存在へ言葉を返した。


「訪問者がいるというのに、顔を見せないというのはどういう了見なのですか?」


 そんな小言を口にしながら、まるでログインしてきたかのように室内に一人のメイドが姿を現した。他のメイドと異なる紺色の衣装をまとう彼女の頭上には、HAO-MIKOTOという青字ネーム表示されている。


「約束も何もしてないからね。お客様じゃないなら出迎える義務なんてないだろう?」


 ひょいとテンガロンハットのつばを指で押し上げたどんどらは、軽薄そうな笑みを持ってミコトへの返答とする。

 それは先ほどのように人に恐怖を与えるものではなく、むしろどこか楽しいような安心させるような笑みだった。見る者が見れば、その落差に驚かずにはいられないはずだ。


「まあそれはそれとして、一体何の用だい? 確か直接姿を見せる事は無いとか何とか言ってたと思ったけど」

「特定の場合を除いて、とも言ったと思いますが?」

「ん? ……ああ、そういえばそうだったね」


 言って、どんどらはデスクに投げ出していた足を下ろし、床板を軽快に鳴らして立ち上がった。

 デスクを挟んで、二人は相対する。

 悠然と腕を組みながらうっすらと笑みを浮かべるミコトに対し、どんどらは相手の事を測りかねているようだった。ミコトの言葉の意味がどういうことなのかすぐには思い至らないせいだろう。

 そのため、


「もう一度聞く。何の用だい?」


 わずかな沈黙を早々に破ったのはどんどらだった。その事に対し、ミコトは一層笑みを濃くする。


「ちょっとした状況確認ですよ。今もっともイベントクリアに近い場所にいるのは、間違いなく貴方ですから」

「……ふーん?」


 再びミコトの言葉を測りかねたのか、どんどらがなんとも微妙そうな声を出した。しかしミコトはそんなどんどらには構わず、


「見事な手際でした。普通、意図的に明言を避けた事とはいえ、これだけリアルな状況で人殺しを簡単に出来る人というのも珍しいと思いますよ? その証拠に、貴方が行動を起すまではなんだかんだで一線を越えようとするプレイヤーは圧倒的に少数でしたから」


 どんどらの打ち立てた戦果に関しての賛辞を送る。

 それに対してどんどらは片眉を跳ね上げ、


「それは俺が特別だって事かい?」

「さあ? どうでしょう。それは()()()()()()()()()()()()()|事ではありませんか?」

「…………さあね」


 含みを持たせたミコトの言葉に小さく嘆息し、テンガロンハットのつばで視線を隠した。


「まあ、俺が特別な境遇だって事は確かかな。多分、今現在このバウンティハントイベントに関して気が付いているのは俺だけだろうね。それも俺はたまたますぐに気が付ける立場にいたってだけだけど」


 どんどらはミコトに背を向け、背後にあった窓から外を眺めた。青々とした空に程よく白い雲が浮かんでいる。それは見る者の心を洗う風景だが、


「気が付いてしまえば別になんでもないさ。ああ、こういう考え方が出来るのも俺だからなのかな?」


 彼はそんな景色にまったく心を動かさず、興味も後ろ髪も引かれぬままに再びミコトへ向き直った。


「私に聞かれても困りますね。私は貴方という人間をそこまで知っているわけでもありませんし」

「俺という人間()、だろ?」

「……そうですね。訂正します」


 どんどらの指摘を受けて、ミコトがゆるりと一礼した。それは劇場で見せた高圧的な態度とは似ても似つかないほどに素直な対応だ。


「さて、ずいぶんとお喋りも過ぎたな。それで、結局何の確認? 別にやましい事をしているつもりは無いけど」

「ええ。別に素行調査ではありません。先ほども申し上げた通り、今現在は貴方がもっともイベントクリアに近い場所にいます。撃退マークの交換による必要アイテムも近々揃うのでしょう?」

「俺一人分ならね。でも実際には後四人分揃えてやらないといけないから、まあ一ヶ月ってところじゃないかな。結構無茶やらかしてるからね。一般プレイヤーだってそう何度もこっちの罠にはかかってくれないだろうし、人も減って徐々に生産性も落ちるよ」


 すでに『宴』の動向は掲示板でも注目の的になっている。強引なやり口から方々で恨みも買っており、そこかしこで不平不満が溜まってしまっていた。

 中には有志を募って本格的に『宴』を優先的に討伐してはどうかという意見も出ている。そういったものにはリネームカードを使って名前を変えたメンバーが工作を仕掛けているが、それもあまり長くは続かないだろう。


「そうですか。では『世界の境界』踏破の目標は十月の初旬頃になると?」

「そのくらいじゃないかな。というか、フル装備のフルパーティーで突破出来なかったら打つ手ないしね。もしも『超越者の塔』へ至る事でまた新しい何かが追加されるんだったら、それはそれでまたどうにかするさ」


 ひょうひょうとした態度でそう言い切ると、どんどらはただ黙ってミコトの出方を伺っている。

 目を伏せたミコトはしばらく黙り込んだかと思うと、


「……分かりました。私は貴方に期待していますよ」

「そうかい? そりゃ光栄だ。ちょっとは恩返しが出来てるって考えてもいいのかい?」

「恩返し……?」


 どんどらの言葉があまりにも以外だったのか、悠然としていたはずのミコトが素で驚いた顔になって瞬きを繰り返している。


「そうさ。俺にとってこの世界は全てなんだ。君が俺に世界をくれた。なら俺は君のためになる事をしよう。君がこのイベントのクリアを望むのなら、俺がその望みを叶えてやるさ。だって――」


 ピン、とどんどらがテンガロンハットのつばを指で弾き、


「俺はそのためだけにここにいるんだから」


 ニヤリとした笑みを口元に浮かべながら、まるで宣戦布告を行うようにそう言い切った。

 その言葉に驚きの表情を浮かべていたミコトが、今度は訝しんだ表情を作って、


「ええと、なんといいますか、それは私に対する告白ですか?」

「さあ? どう受け取ってもらっても構わないよ。君が好きか嫌いかと聞かれれば、好きだと即答出来るほどではあるという自覚はあるけどね」


 なんとも持って回った微妙などんどらの言い回しに、またも驚いたのかミコトはきょとんとした顔になり、すぐに小さく吹き出して笑い始めた。


「ずいぶんと面白い事を言いますね。それなら私は、貴方の子供を生んで差し上げれば宜しいのでしょうか?」

「うーん。妙なところへ飛躍させるよね。まあでも、出来るってんなら悪い話じゃないかな。俺がここにいたという証を残すのも、悪くない」


 今度はミコトの言葉に面食らっていたどんどらだったが、彼はすぐさま衝撃から立ち直ると、どこか遠くを見るような目でそう返していた。


「分かりました。その件はその件で考えておきましょう。貴方は今のまま目的を達成するために頑張って下さい。……そうですね。貴方のメイドコールに私を指定選択出来る機能を追加しておきました。何かあれば直接呼んで頂いても構いません。ただし――」


 人差し指を口に当て、片目をつぶって『内緒』をアピールしたミコトは、


「二人っきりでお願いしますね」


 誰もが魅了されるような笑顔でそう言うと、現れた時と同じく一瞬にしてその姿を消し去ってしまった。

 後にはどんどらだけが残され、再び室内には静寂が戻る。


「やれやれ……」


 どんどらは一つため息をつくと丈夫な皮張りの椅子にどっかと腰掛け、再びデスクの上に足を投げ出した。自然な動作で帽子をずらして顔を覆い、そのまま小さな寝息を立て始める。

 ほんのわずかだけ見えた彼の口元は、楽しみを見つけた子供のような笑みを作っていた。



    ◆



 CMOにおける討伐対象の神々には属性が設定されており、大抵の場合その神々の属性に合わせたダンジョンに神々との決戦フィールドへ至るための『神界門(スピリチュアルゲート)』が設置されている。

 『神界門』の起動にはクエスト受諾時に受け取る専用アイテムを所持している必要があり、これを通行手形として神々との決戦用フィールドへ移動する事になる。


 今回の討伐対象である闇御津羽神(クラミツハ)は水属性の海神であり、神界門はフラミー海岸に隣接するダンジョンエリア『海岸洞窟』の最奥に存在していた。


 海岸洞窟は潮とコケ類の湿った匂いが充満しているダンジョンで、日の光が届かないために非常に暗い。ただ、ところどころに生えている『ハロゲンモスギス』というモブが発光しているために真っ暗闇ではなかった。

 ところがハロゲンモスギスは倒せてしまうモブであるため、下手に倒すと近場の光源を失って一時的に真っ暗になってしまう事もある。

 本当に多少小突く程度で倒せてしまうため、範囲攻撃や範囲魔法で巻き込んでしまう事故は珍しくない。

 洞窟内は水棲生物系モブの溜まり場であり、頭が魚類で身体は人と同じく四肢がある魚人(マーマン)族の王国がある。

 そのため、洞窟の入り口付近から見張りのマーマンソルジャーやマーマンナイトなどのモブが随所に配置されてるため、迅速かつ確実に先を目指さなければトレインやリポップによる挟撃で全滅の憂き目に遭い易いエリアとしても知られていた。


「あ! 鳳兄そっち一匹逃げた!」

「応! ちょっと待て、破っ!」

「ステラ殿! 罠で一箇所にまとめたで御座るよ!」

「合点承知ばい! っ、サンダーストーム!」

「全員それ以上僕から離れないでね。フェローヒーリング!」


 小燕のまとめ斬りから逃れたマーマンソルジャーを鳳牙が徹しで仕留め、アルタイルの誘引罠と催眠罠のコンボで一箇所に足止めされた他のマーマンたちをステラが放つ魔法が一掃する。

 最後にフェルドの全体回復魔法で全員の削られたヒットポイントを回復させれば、その場に立っている者は無傷の五人だけになった。

 場所は海岸洞窟中腹の分岐点。この先の分岐点を右に行けば地底湖のマーマン王国へ行く事ができ、左の螺旋坂を下っていけば神界門のある最深部に到達出来る。


「一先ずは順調ですね」

「そうだね。問題はここへ来るまでに三人くらいの一般プレイヤーに見られちゃってるから、後ろから襲われるかもしれないって事くらいかな」

「うぬ。されど近場からここへ来るにはそれなりに時間がかかるで御座る」

「時間もそうばってん、うちらの目的が闇御津羽神とは思わないんじゃなかと?」

「ねーねー早く行こうよー」


 戦闘後の一息を入れる事も無く、今回もっともやる気な小燕が螺旋坂の手前でぴょんぴょん跳ねている。新装備への渇望を全身から溢れ出させているようだ。

 そんな小燕の様子に鳳牙たちは互いに顔を見合わせ、それぞれやれやれといった仕草をとると、こんな事態になってからは珍しくわがまま姫モード全開になっている小燕の後を追った。


 螺旋坂にも配置されているマーマンたちを駆逐しながら下へ下へと目指して行き、その終わりの小部屋のような場所から壁面を縦に割るの細い隙間を通り抜けた先は、青々とした光に包まれた広大なドーム状の空間が広がっていた。

 その中心部に、『神界門』が存在する。

 神界門は青白い光の玉を囲う二つのリングが不規則に回転しているオブジェクトで表示されており、その大きさは巨大モブに引けをとらない。空間を彩る青い光は神界門の光の玉から発せられているようだった。


「とうちゃーく!」


 いち早く辿り着いた小燕が両手をダーッと挙げて吼えている。残りわずかな理性が溶けてなくなれば今にも単独で神界門に突撃しそうな勢いだ。


「小燕。簡単に注意点の説明するからこっちにおいでー」


 娘を呼ぶ父親か何かのようにフェルドが声をかけると、弾かれたように振り返った小燕が全力疾走で鳳牙たちの方へ向かって来た。

 そうして全員が神界門からやや離れたところに集まると、


「よし。それじゃあ最終確認だ」


 いつものようにフェルドが眼鏡を光らせつつ、対闇御津羽神戦の注意点を説明し始めた。

 彼はどこからかメモ用紙とペンを取り出すと、


「まず闇御津羽神の決戦フィールドだけど、これは単純に言えば足首くらいまで水没した平たくて丸い小島とそれを取り囲む海って事になる。見渡す限りの海洋が広がってるけど、実際には世界の境界よりもやや狭い程度のフィールドだね。あ、小島の広さは半径三十メートルくらいだったかな」


 全員に見えるようにして四角形とその中心に円を描いた。四角形がフィールドで、円が小島というわけだ。

 

「それで、僕らはこの水没した小島を足場にして闇御津羽神と戦うんだけど、闇御津羽神は小島の周りの海に潜んでの攻撃も行ってくるんだ」


 フェルドがペンで円の周囲にぐるぐると線を走らせる。海に潜んだ闇御津羽神は三百六十度どこから攻撃を仕掛けてくるか分からないという事だろう。


「水中にいる間の闇御津羽神には僕らも水中にいないと攻撃が出来ない。一応僕らは泳げる設定ではあるわけだけど、熟練値を上げてないと泳ぐ速度は遅いし長時間潜ってもいられない。だから相手を小島に上陸させて戦う必要がある」


 ここまではいいかなと尋ねるフェルドに、全員がコクリと頷きを返す。

 熟練の水泳持ちになるとペンギンのように自在に泳ぎ回れるようになるという事だが、それは一朝一夕でどうにかなるものではない。

 加えて鳳牙に関しては水中に没した時点で『徹し』を封じられる事になるため、最初から水中戦は論外である。


「上陸のさせ方は主に二つ。一つ目は釣り上げる事なんだけど、これは出来ないから却下。だから二つ目の挑発系スキルでひたすらに呼び続ける方法一択だね。小燕の挑発とアルタイルの誘引罠で引っ張り上げて欲しい」

「承知仕った」

「りょーかい。あ、ところでフェル兄。闇御津羽神ってどんなモブなの? 火之迦具土神(カグツチ)と同じくらい大きい?」


 小燕が首を傾げてフェルドに問う。

 足場が半径三十メートルの円である以上、仮に火之迦具土神と同じサイズと仮定すると自由に動けるのは外側二十メートル弱という事になるだろうか。

 場所固定タイプの火之迦具土神と違って自由に動き回れる相手である以上、下手を打てば端に追い詰められて悲惨な事になる恐れがある。


「闇御津羽神は火之迦具土神よりちょっと小さいよ。外見は水かきのある足を持つ首長竜を想像してもらえればいいかな」


 言いつつ、フェルドがデフォルメされた怪獣のような絵をササッとメモに書き込む。良く特徴を捉えた分かり易く上手い絵だった。


「主な攻撃パターンは全身を使ったのしかかりと長い首を鞭みたいに振るう吹き飛ばし付きの薙ぎ払い。それにアルタイルの水刃罠みたいな超高圧の水流を吐き出すウォーターブレスと、着弾地点を中心とした一定範囲を攻撃するアクアボムの二種類のブレス攻撃を使ってくる」


 一つ一つ確認を取るようにフェルドが指を立てていく。そして五本目の指が伸ばされ、


「後は獣系の神々共通の固有スキル神咆(ゴッドロア)。火之迦具土神も使ってきたけど、これはフィールド全体に効果を及ぼす確定の気絶効果付きの範囲攻撃だ。ただ、闇御津羽神は神咆を使うと高確率で海に逃げるからあまり気にしなくてもいいかな」


 対火之迦具土神戦で辛酸を舐めさせられた固有スキルの説明がなされた。ただし今回は追撃に繋がる可能性が低いという事で、それほどの脅威にはならなさそうである。


「朝も言ったけど上陸中は火属性が弱点になるから、鳳牙は豪炎拳カグツチの効果を最大限利用して攻撃。ステラは当然火属性の魔法だね」

「了解です」

「了解ばい」


 フェルドの言葉に答えて、鳳牙は右の拳に装備された紅橙のナックルを眺める。火之迦具土神のまとっていた紅蓮の炎を凝縮させたようなそれは、今にもメラメラと燃え上がりそうな存在感を示している。

 その威力は道中のマーマン相手に惜しみなく発揮されたが、その特殊効果に関してはまだ扱い切れているとは言えない状況だ。しかし闇御津羽神との闘いでは絶対に必要になる力でもある。

 なんとしても豪炎拳カグツチの全てをものにする必要があった。


「小燕には僕がエンチャントフレイムをかけるとして、問題はアルタイルだな」

「うぬ? 何故で御座るか? 拙者には火柱罠があるで御座る」


 ただ一人妙な言い方をされたアルタイルが、真っ向からフェルドに疑問をぶつけた。


「分かってるよ。だけど、僕はこれから行くフィールドがどんなところだって言ったっけ?」

「うぬ? …………むう」


 首をゴキリと鳴らしたアルタイルがしばし目を閉じて考えたかと思うと、すぐにかっと目を開いて苦悶の声を漏らした。


「分かったかい? 罠は地面に設置して使うものだけど、僕らの足元は足首くらいまで水に浸かっているんだ。火柱罠は水没して発動しないんだよ」

「うぬう。となれば毒煙罠も使えんで御座るな。水刃罠は属性に難ありとなれば、此度の拙者は釣り役にしかならんという事に御座るか」

「残念だけどそうなるね。ああ、あと低確率で命中低下の効果は入るみたいだから、目潰しメインで攻める感じで。水中に戻ると全てのステータス異常とダウンが解消されるから長時間の効果は望めないけどね」


 大きな身体でしょぼぼんと肩を落としたアルタイルの背中を、フェルドがバンバンと叩いて慰めた。

 そうして再びそれぞれの顔をぐるりと確認すると、


「何か質問事項はある?」

「特には」

「無いで御座る」

「だいじょーぶ」

「無いばい」


 全員の返答を受けてフェルドが「よし」と大きく頷いている。


「それじゃあ突入だ。八百万の――って、今から神殺しに行くのに神のご加護ってのも変だな」

「いいんじゃないですか? 俺たちが欲しいとすれば味方をしてくれる神の加護なんですから」

「……うーん、それもそうか。じゃあ改めて、八百万の神々のご加護を!」


 フェルドのゴーサインに合わせて、いっせいに神界門へ向けて走り出す。

 そのオブジェクトの一部である巨輪に触れるか否かという瞬間、数拍の暗転を経て鳳牙は燦々と降り注ぐ眩い光に目を焼かれ、思わず手で顔を覆った。

 やや置いて目が明るさに慣れて来たところでようやく周囲の景色を見渡す事ができ、


「おぉ……」


 急に鼻を突き抜けた潮の香りと共に、鳳牙は青々とした空と海の境界線を視界に収める。

 凪の海原と雲一つ無い空の織り成す二つの青が支配する世界は、それが作り物だと頭で理解していてもなお心を揺さぶるものがあった。


「これはまた……」

「うぬ……」

「ほえー……」

「綺麗ばい……」


 他の面々にしてもこの青のフィールドの美しさに感じるものがあったらしく、一言発しただけで思わず景色に見入っていた。

 ふと、鳳牙はひんやりとした足元を見下ろす。フェルドの説明通り足首程度まで水に浸かっており、その透き通った水の下に白い砂のような物が存在している。

 試しに手ですくってみると、それが細かな珊瑚の欠片だという事が分かった。それに気が付いて、鳳牙は自分の足場としている場所が珊瑚礁の上に堆積した砂地の島であるという事に思い至る。

 現実にはここまで水没してしまうと堆積した砂は流されてしまうものだが、仮想世界であるという事と波の立たない凪の海という事で堆積したままなのだろう。


 ――けど、これ足場としてはやたら動き難いな。


 ぐいぐいと足に体重をかけてみて、鳳牙はその足がやや沈み込む事を確認した。加えて足首程度まで水に浸かっているとなると、ただ歩くだけでも普通よりずっと体力を使いそうだった。


「あ、フェル兄ー。闇御津羽神さんどこー?」

「え? ああ、そう言えばもう全員フィールドに入ってるのに姿が見えないな」


 小燕の質問に景色に見入っている状態から復帰したフェルドが、きょろきょろと周囲を見回している。

 それに釣られて鳳牙もぐるりと周囲を見回してみるが、一面青ばかりで巨大な影はどこにも見当たらない。


「うぬ。もしや拙者らの前に誰か討伐したのでは御座らぬか?」

「いや、神界門は複数のミラーフィールドから誰も攻略してないものが選ばれる仕様のはずだし、神界門の起動でそのフィールドのモブを強制的にリポップさせるはずだから、中に入れてモブがいないって事は無いはずだよ」

「ばってん、なーんも見当たらんばい」

「見当たらーん」


 手で庇を作ったステラと小燕がずいーっと周囲を見回しているが、確かに何も見当たらない。


 ――変だな。


 首を傾げつつ、鳳牙は足場の端まで移動してそっと海の中を覗き込んでみた。透明度が高いので、それなりの深さまで水に顔をつけなくても確認する事が出来る。

 そして確認出来たが故に、鳳牙は水中からこちらを睨み付ける緑柱石の瞳と対面する事になった。


「うおあっ!」


 予期せずして受けた物理的な何かさえ感じてしまう強烈な威圧に気圧され、鳳牙はその場で尻餅をついた。下半身がずぶ濡れになるが、そんな些細な事は気にしていられない。


「鳳牙?」

「鳳牙殿?」

「鳳兄?」

「鳳牙さん?」


 大声に驚いた面々が揃って鳳牙の方へ顔を向けて首を傾げている。そんなのんきそうな仲間に、


「いや今海の中にく――」


 鳳牙は急いで今見たものを説明しようとして、言葉を失った。

 それはいつか見た映画のワンシーンのような光景だ。気が付いた時には振り返った先の仲間の背後から姿を現しているモンスター。

 鳳牙の視線は首を傾げた四人の後ろ。巨大で長大な首を水面上に表した闇御津羽神に釘付けになった。

 ところどころに濃淡の緑色を伺わせながらも、海の青に溶け込む薄青く透き通った鱗。蛇の頭にごてごてと刺々しい装飾品を盛り付けたかのような頭には、三本の猛々しい角が生えている。

 そして先ほど強烈な視線でもって鳳牙を圧した緑柱石の瞳は、爬虫類のそれのように縦に細まって自らの領域を侵犯した者への殺意に満ち溢れている。

 そして――


「っ、後ろ!」

「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」


 鳳牙が警告を発するのと猛る海の龍神が咆哮を上げるのは、ほぼ同時だった。



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