3.奇襲埋伏 死神は仮面と共に
『…………お、やっぱ酒場に一人いやがんな。多分見張りだろうぜ』
チャットチャンネルにトリエルへ進入した御影から報告が入る。
その瞬間、鳳牙は周囲の空気が若干硬くなるのを感じ取った。予期していた事とはいえ、トリエルに見張りがいる以上七割方戦闘になるのは間違いない。
出来れば何事もなく進みたかったところではあるが、早くもその願いは崩れ去ったと見るべきだった。
『そうですか。他には誰もいませんか?』
緊張した空気の中、フェルドが冷静に御影に質問を返した。本人とて緊張していないわけではないだろうが、作戦の立案者としては平静を装わなければならないのだろう。
『……調べた限りじゃ酒場の奴だけだな。俺が町に入った時点で探ってる気配があったが、ありゃ酒場の奴だったみたいだな。他は……いなさそうだ』
『……分かりました。それじゃあ、予定通りに御影さんはカルテナの森へ向かってください』
『おう。向こうの確認が終わったら連絡するぜ』
『お願いします』
御影とのやり取りを終えたフェルドが静かに息を吐き出している。
次の御影の報告まではおそらく五分とかからないだろう。報告が入り次第、鳳牙たちは二通りの対応を迫られる事になる。
その片方の道筋においてキーパーソンになるアルタイルが、その大きな手の中に罠玉や投玉を出現させたり消したりしていた。入念に持ち物の再整理を行っているようである。
「アルタイルさん」
鳳牙はチャット設定を切り替え、通常チャットでアルタイルへ話しかけた。
「……うぬ? どうしたで御座るか鳳牙殿」
一拍置いて、同じく通常チャットに切り替えたアルタイルが首を傾げながら鳳牙に言葉を返す。その手には謎の藁人形が握られていた。
手の上でぐにぐにと藁人形を弄ぶその様子に、必要以上の緊張は感じ取れない。
「いえ、ほら、場合によってはいつだかみたいにアルタイルさんに先行してもらう事になるじゃないですか」
「うぬ。いつぞやの時以上に大役で御座るな。まあ御影殿もおられる故、それほど難儀なものでも御座らぬよ」
覆面の向こうに見える青い瞳が優しく笑ったかと思うと、鳳牙は突然アルタイルに頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でられた。
鳳牙とアルタイルではそれなりに身長差があるので、ちょうど兄が弟の頭を撫でているような構図になる。鳳牙としてはもうすでに誰かに頭を撫でられるような年齢でもないのだが、不思議とそうされる事が嫌ではなかった。
「心遣いはありがたいで御座るが、そう心配するものでもないで御座るよ。保険もあるで御座るし、拙者の実力は鳳牙殿もよく知っているで御座ろう?」
その言葉を聞いて、鳳牙は自分の顔に考えが出てしまっている事に気が付いた。
気を使うつもりが逆に気を使われてしまったとあって、思わず鳳牙は顔を赤くしてしまう。
アルタイルはそんな鳳牙の頭をひとしきり撫で回した後、最後にぽんぽんと叩いてその大きな手を離した。
「大丈夫で御座る。いつも通りにすれば何の問題も御座らぬよ」
「……そうで――」
『いいか?』
鳳牙の言葉は、チャットチャンネルから聞こえて来た御影の声によって制される。
『どうぞ』
即座にフェルドが返事をし、一拍置いてから御影の報告が入る。
『トランスポーター付近にゃ誰もいねえな。今なら突っ切れそうな感じだぜ』
『……分かりました。御影さんは僕らが行くまで待機しててください』
『おう』
口早に御影への待機指示を出すと、フェルドはその場にいる七人へと視線を向けた。
『今から予定通り、全員で一気にトリエルを駆け抜けるよ。カルテナの森へ移動したら御影さんに先頭を行って貰って、工房の場所を知らない『秘密の花園』の三人とステラは中央へ。殿はアルタイルと鳳牙にお願いするけど、行けるかい?』
『了解です』
『問題御座らん』
フェルドの確認に、鳳牙は力強く答えを返した。その隣ではアルタイルもがっしりと腕を組んで大きく頷いている。
そんな二人の反応にフェルドもまた頷きを返し、
『それじゃあ合図と同時に全力疾走だ。準備はいいかい? カウントダウン、五……四……三……二……一、八百万の神々のご加護を!』
腕を振るフェルドのゴーサインに合わせて、鳳牙たちはいっせいにトランスポーターへ進入した。瞬きの暗転を経て周囲が街中へ切り替わると同時に再び走り出す。
町へ鳳牙たちが進入してきた事に気付いた男性プレイヤーが右前方に見える酒場から顔を覗かせるが、その顔はあっけに取られたようにポカンとしていた。
総勢八名の賞金首たちはそんな男を無視して一気に酒場の前を駆け抜け、彼方にあるトランスポーターを視界に入れる。
――今から連絡されたとして、おそらく中盤か工房近辺で襲撃されるかどうかってところか……
そんな推測を立てながら、最後尾を走っていた鳳牙はなんとなく肩越しに酒場の方へ振り返った。そこには無言で鳳牙たちを見送る一人の男。表情は変わらず口を半開きにした――
――っ! 違う。笑ってる……?
鳳牙の目は先ほどまでとうって変わってにんまりとした笑みを浮かべる男の顔を映した。まるで狙っていた獲物が罠に飛び込む瞬間を観察する狩人のような笑み。
――何か不味い!
直感的に危険を察知した鳳牙が警告を発しようとするが、その時にはもう先頭がトランスポーターへ進入した後だった。そして――
『くそったれログインだとお! 気を付けろ待ち伏せだ! 少なくとも七人以上!』
チャットチャンネルから驚愕混じりの御影の警告が聞こえて来た。
『なっ!?』
『ぬう!』
『うええっ!?』
『なあっ!』
『不味い!』
『うへ!』
『え? え? ええ!?』
だが、その警告は一歩遅かったと言わざるを得ない。危険に気が付いた最後尾の鳳牙ですら勢いを止められずにトランスポーターへ進入。周囲はすでに薄暗い森へと変化してしまっている。
「よっしゃ大漁だ!」
「押し潰せ!」
「いや全員を仕留めなくていい! 数はこっちが有利なんだ。一箇所に集中して削り取れ!」
そして状況を確認する間もなく、鳳牙たちは待ち構えていた襲撃者たちの奇襲を受ける羽目になった。
『各自自分に向かってくる相手を迎撃! 二人以上に狙われたら救援要請を! 後衛は状況を各自で判断して!』
やや声に焦りを滲ませながらも、即座に呪文の詠唱を始めたフェルドが早口で指示を飛ばす。
『アルタイル!』
『委細承知。ばら撒くで御座るよ!』
宣言と同時にアルタイルの手から無数の罠玉が無差別に放られ方々に散っていく。
『まだまだ!』
続けざまに投玉を取り出したかと思うと、これもまたおおよその狙いを付けるのみだが近場の敵めがけて投げつけ始めた。
「くそ! あの忍者厄介だぞ気を付けろ!」
まともに狙いを付けられていないとはいえ、順次発動する罠と飛び交う投玉は注意しなければまともに連撃を喰う恐れがある。
結果として襲撃者側がアルタイルを邪魔者として目を付けるのは当然の事であった。
「死ねやあ!」
大上段に構えた武者がアルタイルに肉薄し、高威力の斬撃を叩き込もうと狙ってくる。
新しい罠玉をばら撒き、投玉も投げつけていたアルタイルは行動中の硬直で回避行動を取れない。恐らくは命中率を強化しているであろう武者の攻撃は、容赦なくアルタイルを切り裂くだろう。
そんな手応えを確信したであろう武者は、攻撃対象であるアルタイルへ意識を手中させていた。だがそれは――
『ふっ!』
「あ?」
ほんの一瞬とはいえ他の全てを意識から外してしまうという事でもある。
『破っ!』
「ぐはっ!」
今まさにアルタイルへ斬りかからんとしていた武者に、鳳牙はカウンター気味の徹しを打ち込んだ。
意識をアルタイルのみへ向けていた武者はその巨体の影から飛び出してきた鳳牙に対応出来ず、一撃でその身を灰色と化した。
「馬鹿やろ、『銀狼』には気を付けろって言っただろ! おい、そいつの相手はこいつに任せて俺たちは向こうを叩くぞ!」
「面目ねえ……」
今しがた鳳牙が倒した武者へ向けて騎士からの罵声と仲間への指示が飛ぶ。そして――
「………………」
鳳牙の前には不思議な仮面で顔の上半分を隠したプレイヤーキャラが悠然と現れていた。無手のところを見ると、職業は拳王のようだ。
『鳳牙殿!』
『大丈夫です。アルタイルさんは皆の方をお願いします』
言いつつ、鳳牙はちらりとやや離れた場所へ移動してしまっている仲間の戦況を確認した。
相手は総勢で十名。二パーティーでの待ち伏せのようだった。うち前衛が七名にヒーラーが三名。どうやら奇襲で集中攻撃を仕掛け、一人でも賞金首を仕留められればいいというスタイルのようだ。
幸いにして御影クラスの猛者はいないようだが、残存前衛は六名。一人は鳳牙の前にいるので五名だが、この構成からハヤブサと小燕だけで後衛を守り切るのは難しい。
出来れば御影を戦線に加えたいところだが、すでに戦闘になってしまっている以上下手にギルドマスターを晒すわけには行かない。
加えて相手方にヒーラーが三人もいるとあっては、例え必中の魔法を持ってしてもちょっとやそっとで倒し切るのは不可能だ。
ステラのクリスタルオプションが要になりそうだが、これも下手に晒せば集中攻撃を受けてしまう可能性が高いだろう。状況はどう考えても芳しくない。
それが分かっているからこそ、鳳牙はアルタイルに仲間への援護を求めた。幸いにして敵は目の前の拳王を除いて全て向こうに集中している。
――それに、俺の相手はこいつに任せろって言ってたしな。
騎士は鳳牙の『徹し』を知っているようだった。その上でこの拳王を抑えに選択したという事は、何かしら理由があってしかるべきだ。
それがどんな理由か分からないが、鳳牙は直感的に目の前の拳王を他の仲間と相対させてはいけないと感じていた。
――なんでそう思うのか分からないけど、とにかく瞬殺だ。早く皆の加勢に行かないと。
地面を踏み締め、鳳牙は構えを取った。
それに呼応するように、仮面の拳王も構えを取る。
――え?
相手の構えを見た瞬間、鳳牙は思わず唖然としてしまった。そして――
「ふっ!」
その隙を逃さず、仮面の拳王が一気に間合いを詰めて来る。
――まず――
懐に入られたら間違いなく連撃をもらってしまう。近接戦闘は鳳牙の望むところではあったが、先手を取られたために徹しによる迎撃のタイミングは逸していた。
そのため、とっさの反応で鳳牙は出の早い中段突きのスキル『崩拳』で迎撃を狙うが、
「はっ!」
拳王が鳳牙の繰り出した拳に当たる直前で強引に真横へ跳ね飛んだため、見事に空振りに終わる。
――ちいっ!
鳳牙は仮面の拳王の動きを目で追って、相手の狙いが背後からの急襲であると読んだ。事実、横へ回避した仮面の拳王は着地と同時に鋭い角度で鳳牙の後方へ入り込み、そこから縮地による急激な加速をもって接近して来た。
――こうなったら二・三発もらってでも一発当ててやる!
『徹し』の存在を知ってなお飛び込んで来る相手に、鳳牙はクールタイムの長さを読み間違ったと判断。先の一手とは異なり、回避行動を捨てて肉を切らせて骨を絶つ策に出た。
覚悟を決めた鳳牙が後ろへ振り返った時には、仮面の拳王はすでに目前に迫っている。互いに攻撃を打てば当たる距離だ。
――とっ――え?
勝利を確信した鳳牙は相手に向けて手を伸ばそうとして、仮面の拳王もまた自分に向けて手を伸ばしてきている事に気が付いた。
それは明らかに通常のスキルとは違う動きだ。まずもって拳を握っていない。仮面の拳王はまるで鳳牙に掌で触れるだけで構わないというような動きで伸ばされており、まさに今鳳牙がやろうとしている事と同じ行為であった。
互いに伸ばされた腕が交差し、それぞれに相手の身体に触れようかという瞬間、鳳牙は仮面の拳王のむき出しの口がにやりと笑ったのを見逃さなかった。そして――
『ふぬっ!』
鳳牙は徹しの発動をキャンセルし、全霊を込めた右足で大地を踏み締め、全身から爆発的な勁を放った。
「む……」
その結果、仮面の拳王の手はほんの刹那鳳牙の身体に触れたが、次の瞬簡には放たれる勁の波動によってその身を強制的に後退させられていた。
その隙に鳳牙は間合いを取り直し、再び仮面の拳王と相対する。
相手に気取られないために表面上は平静を装ってはいるが、その実鳳牙は背中に嫌な汗をかいていた。
――なんとか『豪震脚』を割り込ませたけど、次は見切られるな……
荒くなりそうな息を何とか整えつつ、鳳牙は相手の出方を観察する。
『豪震脚』は自分を中心にした半径二キャラ分の範囲を攻撃する範囲攻撃スキルである。その追加効果として大幅な強制後退があった。
鳳牙が徹しを諦めて豪震脚を使ったのは、仮面の拳王が鳳牙への連撃を狙っていたわけではないと気が付いたためだ。
そして目の前の仮面の拳王の態度を見て、鳳牙は自分の推測が正しいものである事を半ば確信する。
『………………』
「………………」
仮面の拳王は構えを取っていた。それはとても見覚えのある構えで、だから鳳牙は先の一手を先んじられる結果になった。
――やっぱりこいつも、『徹し』使いなのか……
CMOにおけるリミテッドスキルは特定のプレイヤー固有のスキルではない。ランダムな発現条件によって会得出来る『限定スキル』ではあるが、同じリミテッドスキルを持つプレイヤーはごく少数ながら存在するのだ。
単純にリミテッドスキルの全容がいまだ解明されていないために単一固有のスキルと考えられがちだが、少なくとも鳳牙はフェルドと同じリミテッドスキルを発現しているプレイヤーに会った事がある。
「まさかこんな形で俺もお仲間に会うとは思わなかったよ」
チャット設定を通常に戻し、鳳牙は仮面の拳王に話しかけた。
「………………」
会話をする気がないのか、仮面の拳王は鳳牙の言葉に何も返して来ない。
だが仮面の拳王は見せ付けるように右の掌を鳳牙に向けると、まるで銃を撃ったときの反動のようにわずかにその手を上げた。
それで決定的だった。仮面の拳王は鳳牙と同じ『徹し』をリミテッドスキルとして発現していると見て間違いない。
先ほどの騎士が鳳牙の相手を仮面の拳王に任せろと言ったのは、同じ一撃必殺スキルを持つが故の発言だったというわけだ。
――くそ。絶対に他の皆に相手をさせるわけにはいかないぞ。
『徹し』の威力は鳳牙が一番よく分かっている。対人においては最大ヒットポイントの関係上、限界まで特化させて初めてその威力に耐えられるかどうかといったところだ。
その分相手への密着が条件という、防御力に劣る拳王にとっては徹しを撃つ前にやられかねないリスクを負うスキルではある。だがその威力はデメリットを補って余りあるものであった。
だからこそ怖い。今の一合で鳳牙は仮面の拳王が徹しを使い慣れている事を理解していた。
鳳牙自身が徹し使いでなければ死んでいる。それ故に、嫌な汗を噴出しているのだ。あの瞬間、間違いなく鳳牙の首に死神の鎌がかかっていた。
互いに一撃必殺。故に下手な動きは出来ない。懐に入っても入られても、先んじて攻撃を当てた方が勝者となる。さながら早撃ち勝負のようだった。
――ちっ。不味いな。完全に封じ込められた格好だ。
仮面の拳王への注意は維持したまま、鳳牙は再度戦況を確認する。
五人の前衛を相手にハヤブサ、小燕、アルタイルはどうにか後衛を守っているようだった。だが、襲撃者側の人数も減っていない。三人のヒーラーが安全圏から常に支援をかけ続けているため、倒しきれないのだ。
この状況で下手にヒーラーを狙いに行こうものなら即座に反転した前衛五人の集中攻撃を受けて即殺されてしまうだろう。
完全な膠着状態に見えるが、その実鳳牙たちにとっては最悪の状況と言えた。
究極的に襲撃者側は鳳牙たちをずっと足止め出来ればそれでもいいのだ。すでに呼ばれているであろう援軍、今の状況にもう二・三人加わるだけで一気にバランスは崩壊してしまう。
鳳牙たちはその援軍が来る前にどうにかしてこの状況を突破しなければならないのだ。そのためには――
――っ! そうだ!
戦況をやや離れた位置から見ていた事が幸いし、鳳牙は起死回生の策を思いついた。
混戦の中にあってただ一人蚊帳の外に置かれる形になってしまっている戦力。それはごく短期間の投入であっても十二分な戦果を上げてくれるはずだった。
『御影さん!』
即座にチャットの設定をチャンネルへ切り替え、鳳牙は戦闘に加われずに歯噛みをしていた御影に声をかけた。
『なんだ』
『森の中を迂回して相手のヒーラーの背後に回りこんで下さい。位置に付いたらアルタイルさんにパーティーを飛ばしてもらって――』
『よし分かった』
皆まで聞かず、すぐさま御影が森の中へ消えていく。
『鳳牙! そっちは大丈夫か!』
チャンネルから鳳牙の声が聞こえた事によって、フェルドは鳳牙が一人だけ離れた位置にいる事に気が付いたようだった。
鳳牙のいる位置はヒーラーの支援範囲外なため、何があっても当然手助けは期待出来ない。
現状、鳳牙は仮面の拳王によってこの場所に釘付けにされている。だが、言い方を変えれば仮面の拳王をこの場所に釘付けにしているとも言えた。
仮に仮面の拳王を含めた六人をハヤブサ、小燕、アルタイル、鳳牙の四人で相対した場合、確実に仮面の拳王の『徹し』による被害者が出る。
乱戦の中での一撃必殺はまさに死神の鎌だ。音も無く忍び寄り、振るわれれば誰かが死ぬ。
目の前の存在を、鳳牙は決してこの場所から逃がしてはならない。
『こっちは大丈夫です。それよりも、御影さんが一度だけ後衛を引っ掻き回します。その隙に全力で相手を叩いてください。増援が来たら勝ち目がありません』
『……分かった。ステラ!』
『なん?』
『合図に合わせてクリスタルオプション総展開。敵前衛にありったけの魔法を撃ち込んで!』
『り、了解ばい。マナポイント無くなってしまうばってん、高速詠唱併用で一気に攻めるばい!』
『トウカさんはステラの攻撃と一瞬ずらして撃ち漏らしを狙い撃ってください』
『はいな。おねーさんに任しとき!』
鳳牙の策を全面採用したフェルドが矢継ぎ早に指示を飛ばす。
その直後、
『背後に回りこんだぞ』
『っ! 了解です。アルタイル!』
『うぬ。御影殿!』
『ちったあギルドマスターらしい仕事をしてやるよ! 疾っ!』
固まっていたヒーラー三人の背後から御影が強襲を仕掛ける。
それまで傍観に徹していたはずの一般キャラクターが突如攻撃をしてきたとあって、三人のヒーラーは慌てふためいていた。
もとより接近されると脆いヒーラーである。御影の刀に抗えるはずもなく、瞬く間に一人二人と切り伏せられる。
その状況に動揺を見せた前衛五人組の隙を、フェルドは見逃さなかった。
『ステラ!』
『一気に行くばい!』
宣言と同時にステラの背後に四色の菱形クリスタルが総展開。同時に詠唱エフェクトが発動し、高速詠唱の効果で即座に魔法スキルが発動する。
『いっけええええっ!』
放たれた火炎・氷槍・雷撃・岩石・光弾が敵前衛に炸裂し、支援を失った相手のヒットポイントをごっそりと削り取る。
その機を逃さず、
『てやああっ!』
ハヤブサの青眼の構えから放たれた神速の突きが、
『ちぇりゃああっ!』
小燕の放つ豪快な横薙ぎが、
『ふんぬっ!』
アルタイルの投玉と斬撃のコンビネーションが炸裂し、敵の前衛が一気に崩壊する。
『ライトニングボルト!』
それらの攻撃を辛くも凌いだ最後の一人も、トウカの放つ最速の電撃魔法を受けて地面に倒れた込んだ。
御影の攻撃から始まった全力攻勢が見事にはまり、瞬く間に襲撃者は鳳牙の目の前にいる仮面の拳王だけとなる。
雌雄は決した。もう襲撃者側に勝ち目はない。
つい、鳳牙はそう考えてしまった。見事にはまった自分の策に、鳳牙はほんの一瞬、仮面の拳王から意識を外してしまった。その結果が――
「ふっ!」
独特の呼吸。強く地面を蹴り出す音。瞬間的に加速した身体は、気が付いた時には虚像を置き去りにして手の届かない場所へ移動している。
――なっ!
声に出そうとしたのに声が出ない。わずかでも緩んでしまった緊張は、たった一言を発する事でさえ思い通りにならなくさせる。
鳳牙を無視して飛び出した仮面の拳王。その向かう先には、逆転の攻勢を終えたばかりの仲間がいる。
『――危ない!』
やっと警告の声を発した時には、仮面の拳王はすでに構えに入っていた。
狙われているのは集団の中で一番鳳牙たちに近かったミルフィニア。その顔は急接近する仮面の拳王に対する驚きが浮かんでいる。
戦闘職ではない彼女にとっさの回避など出来ようはずもなく、仮面の拳王の魔手はその白いローブへと達して――
『ミルフィニア殿!』
そんな叫びが聞こえたかと思うと、ミルフィニアの細身の身体は黒い巨体に押しのけられ、彼女は仮面の拳王の魔手から逃れる事が出来た。
だがその代わりに割り込んだ黒い巨体――アルタイルの身体に仮面の拳王の手が押し当てられ、直後にその身体が衝撃を受けたように震える。
『――アルタイルさん!!』
鳳牙の悲痛な叫びもむなしく、アルタイルはその色を失って地面に倒れ伏した。
あまりの出来事に全員が絶句する中、アルタイルの大きな身体はまるでそれが当然だとでも言うように、音もなく消え去っていった。