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Chaos_Mythology_Online  作者: 天笠恭介
第一章 バウンティハント
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1.状況不明 孤独の荒野とメイドさん



「……あれ? いつっ……うあ……」


 眠りから覚めるように目を開いた鳳牙(ほうが)は、青々とした空に出会った。次いで、突如襲い来る頭痛を伴う眩暈に吐き気を催しながらも、何とか倒れていた身体を起こす。

 身を起こすと頭痛は急激に引いていき、眩暈も治まってしまった。


 そうしてやっと、鳳牙は周囲の状況を確認する事が出来る。


 そこは、ごつごつした岩の混じった赤茶けた地面が見渡す限りに広がっている場所だった。鳳牙の知識に照らし合わせれば、今いる場所はドルミナス高原というフィールドエリアに似通っている。

 ただし鳳牙の記憶にあるそのエリアは、見渡す限りに何も無く、ぐるりと地平線に囲まれているほど広大なものではないはずだった。ところどころに鋭角に突き出た岩山が隆起し、もっと起伏に富んだ地形をしているはずなのだ。


 ――どこだ? ここ。ってか、俺なんでこんな所にいるんだ?


 鳳牙はプルプルと頭を振って、自分の置かれている状況を整理する。記憶が曖昧かつ思考に霞がかかったようで、上手く物を考える事が出来なかったためだ。

 それでも何とか、ステータスウィンドウを開いて自身の状態をチェックする。



 ――ヒットポイント、スタミナ、マナポイントは全快。ステータス異常も無し、と。


 ウィンドウに表示される数値は、まったくもって正常だった。その時点で靄のかかっていた思考もずいぶんとはっきりしてきた事を確認し、鳳牙は自分の身に特に以上は無いと判断する。

 装備品にもおかしな点は見受けられない。愛用の手甲にノースリーブの闘衣。ファイアパターンの入った改造黒袴。指輪などの装飾品もそのままだ。


 ――うん。これも異常無し。


 すっかり意識を回復した鳳牙は、クリアになった頭でまずは直近で思いだせる記憶を探っていく事にした。


 ――えっと、期末テストが終わって久々にログインしてから……


 ゲームにログインしてすぐにいつもの仲間と連絡を取り、その後懇意にしている武具職人からとある素材を手に入れてきて欲しいと依頼され、仲間と四人で神殺しに挑んだのだ。


 神との激闘を制し、鳳牙たちは勝利した。


「………………」


 鳳牙は自分の手を握ったり開いたりして確認する。まだ、最後の一撃を放った手応えを覚えていた。

 そして勝利に喜び、鳳牙は神のドロップ品を確認して――


「――そうだ。あのドロップ品」


 慌てて鳳牙は自分の持ち物ボックスを確認する。

 表示されたウィンドウの中には予備のナックルや回復薬やらが存在していた。それらに混ざって赤い炎を宿す水晶玉のようなアイコンを見つけ、


 ――あれ? 何だこのアイコン。


 見慣れないアイコンに違和感を覚えてそれを確認する。


「……火之迦具土神(カグツチ)の、魂」


 それは鳳牙の記憶の中でアイコンが未表示になっていたアイテムだった。目的だった物がなくなっているわけではない事にほっとしつつ、しかし未表示だったはずのものにアイコンが表示されている事に眉をひそめる。


 ――なんだってんだ?


 ガシガシと頭をかくが、もちろん何も思い浮かばない。鳳牙は思わず大きなため息を吐き出そうとして、とても重要な事を思い出した。

 それは意識を失う直前に見た光景。彼の視界には地面に付した三人の仲間の姿があった。


「っ! 皆は……」


 鳳牙はとっさに倒れていた三人の姿を探す。だが、すぐにそれが無意味な事だと気が付いた。何せ周囲には何もないのだ。視界の届く範囲に人が倒れていれば気が付かないはずがない。

 広大な赤茶けた台地の上で、鳳牙は一人きりだった。


 ――……それにしても、何で俺はこんなところにいる?


 胸の内に宿る不安を紛らわせるため、鳳牙は思考に没頭する事にした。


 そもそも、今いる場所は火之迦具土神と戦った専用エリアとはまったく異なる場所だった。仮に意識を失っている間にタイマー設定で強制排出されたのだとしても、排出先は専用エリアへの入り口の前であってしかるべきだ。

 また、排出後に敵キャラ――モブに襲われて殺されたのだとしても、それならそれで復活ポイントへ強制送還されるのが普通だ。

 鳳牙は仲間と一緒に神殺しへ挑む前に同じ町で復活ポイントの設定を行っている。だというのにこのような見ず知らずの謎の場所で目を覚ますのは明らかな異常事態だった。


 考えられる理由はゲームのバグか何かだが、現状ではこれ以上何も分からなさそうだ。


 ――あ、そうだ【ささやき】。


 ふと、鳳牙はゲームのチャット機能の存在を思い出した。【ささやき】は指定した相手とどれだけ離れた位置であっても互いにログインしていれば会話する事が出来る、言わば携帯電話のようなチャット機能だ。

 会話内容は指定相手以外には聞こえないため【ささやき】と呼称されている。


 鳳牙はアドレス帳と同じく知り合いを登録出来るフレンドリストを開き、その中から対象を選んで【ささやき】を送ろうとするが、


 ――あれ?


 そこで初めて自分のフレンドリストが真っ白になっている事に気が付いた。知り合いの名前が一つも表示されないのである。

 鳳牙は一度リストを閉じて、その後改めて開いてみた。しかし、リストは真っ白のままだ。


 もとよりさして登録人数は多くなかった鳳牙だが、神殺しに挑んだ仲間たちはリストの最上部に登録してあった。それが、今は何故か真っ白なのである。


 ――バグか? なんだよ……


 携帯の故障でのアドレス情報が飛んでしまった時のような悲しさを覚えつつ、鳳牙はキャラクターネーム直接指定による【ささやき】を試みる。

 だが、不思議な事にチャットの設定を【ささやき】に変更出来ず、通常チャットのまま固定されて一切の操作を受け付けない。


 ――おいおい。何だ真面目にバグってないか?


 何度か設定変更を試みて、結局鳳牙は【ささやき】の使用を諦めた。


 何か他に外部と連絡をとる手段が無いかと思案して、今度はゲーム内掲示板の事に思い至る。

 ログイン中にも書き込み可能な掲示板のため、リアルタイムで情報が飛び交う有用性の高いものだ。

 鳳牙はメニューウィンドウを出現させ、そこから掲示板を選択する。しかしこちらも一向に反応しない。バグが色んなところに派生しているようだった。


 ――GM(ジーエム)コールも使えないな……


 緊急連絡ボタンでゲームの管理者を呼び出す事も出来ず、どうにも手詰まり感がある。

 鳳牙は各種ウィンドウを閉じながらもう一度ぐるりと周囲を見回して、盛大な溜息を吐いた。

 見知らぬ場所で連絡手段も無く放り出されている状況は、遭難と言って差し支えの無い状態である。


 ――まあ、何か不具合出てるっぽいし、いったんログアウトして外部の掲示板とか見てみるか。


 フリーズしたパソコンを再起動させるような感覚で、鳳牙はログアウトを選択して目を閉じる。認証画面で了承を選択し、すぐさまログイン時と同じようなピリッとした痛みが全身を――駆け巡らなかった。


「え?」


 思わず声に出して、鳳牙は目を開いた。目の前には、広大な赤茶けた大地の荒野が広がっている。砂埃を含んだ乾いた風が駆け抜け、鳳牙の全身をざらりと撫でて行った。


 ――ミスったかな。


 何か手順を間違えたのだろうと思い、鳳牙は再びログアウト、了承と選択していく。今度は間違いない。そのはずだというのに、


「……なん、だ……これ? ログアウト……出来無い?」


 何度ログアウトを了承しても、鳳牙の意識がゲームから現実へ戻らない。鳳牙は依然、ゲームにログインした状態のままだった。


 ――なんだよこれ? ログアウト出来無いって、そんな空想の物語本当にあるわけが――


 気が付けば、鳳牙の胸の内に急速に黒い不安が膨らんでいた。


 バーチャルリアリティゲームが現実になる以前から、空想上の物語としてゲームからログアウトの出来なくなる人々を描く物は多くあった。

 そしてゲームが現実になって以後も、そういった都市伝説はまことしやかに流されていた。

 だが、一国の代表のような権力者にまでごく普通に利用されるのがバーチャルリアリティだ。その安全性は高く評価されていて、今までも事故らしい事故など一度たりとも起こった事は無かった。


 鳳牙もまたバーチャルリアリティにまつわる噂など信じていなかった。そんな事はありえないと。あるはずが無いと思っていた。

 しかし、それが今現実に自分の身に起きている。ゲームから、ログアウト出来ない。


 ――まてまてまてまて。落ち着け、何かの間違いだ。そう、間違いのはずだ。


 鳳牙の心臓が早鐘を打ち、呼応するように体温が急上昇していくのが分る。顔や背中に汗が浮かび、肌を滑り落ちて行く。

 自然と荒くなった呼吸がその身を揺らし、あごに集まった汗の雫が落ちて、乾いた荒野の大地にごくわずかな染みを付けた。


「……え?」


 鳳牙は足元に出来た汗の染みを見て驚愕の表情を浮かべる。恐る恐る手を伸ばして自分の顔に触れ、その手に汗がべったり付くをの確認して、絶句した。


 顔にかいた汗が触れた手に付着する。そんな当たり前な事は、バーチャルリアリティゲームでは当たり前ではない。プレイヤーキャラ鳳牙は汗をかかない。汗をかくのはプレイヤーである人間だ。

 リアルな感覚を有するバーチャルリアリティゲームだが、それは一部の話であって、発汗などの生理現象はゲームに反映されない。生身の人間は汗をかくが、ゲームのキャラは汗をかかないのだ。

 だというのに鳳牙はその顔に汗をかき、手で触れれば手が濡れる。それはゲームではあってはならない事だった。それではまるで、ゲームが現実にでもなってしまったかのような、プレイヤーがプレイヤーキャラそのものになってしまったかのようだった。


「なん……え? なんなんだこれ? え? え? なんだよこれ……」


 鳳牙は両手で自分の顔を覆う。頭が混乱していた。理解出来ない。何がなんだか分からない。


「うっ……」


 強烈な吐き気を感じて、鳳牙はその場に胃の中身をぶちまけた。二度三度と嘔吐を繰り返し、胃液すら吐き出して出るものがなくなっても、胃は痙攣を続ける。

 地面に膝をつき、鳳牙は神に祈るかのように額を地面に押し付けながら胃の痛みに耐えた。


 しばらくそのまま苦しみ続け、息も絶え絶えになってようやく痛みが引き始めた頃、


lib(リブ)。最後の一人を発見いたしました。ご案内を開始いたします」


 突然、頭上から無機質な印象を受ける女性の声が聞こえてきた。

 鳳牙はばね仕掛けの人形のように身を起こし、目の前に立つ人物を見る。


 純白のフリル付きカチューシャを乗せた、黒というよりは青を内包する闇色といった綺麗なセミロングの髪。その髪と同色の無感情な瞳が、鳳牙を映し込んでいる。陶磁器のように透き通る白い肌は、顔の部分だけ外気に晒されており、頬にほんのり朱をさしていた。

 出で立ちはメイドというに相応しい黒を基調とした丈長のワンピースに。それとカチューシャと同じく純白のエプロンドレスを着用し、手にはおそらくシルク製の手袋をしている。

 年齢は鳳牙とそう変わらなさそうな、一人の少女だった。


「き……君は……?」


 喉が焼けて張り付く鳳牙は、苦労しながらも声を吐き出す。


「lib。私は識別番号HAR(エイチエーアール)(セブン)と申します。ウォンテッドネーム『銀狼』の鳳牙様」


 メイド服の少女は、鳳牙に向かって静かに一礼した。

 透明な声だった。ゾクリとするほどに淡々とした、無感情な声。

 よく見てみれば、おかしな名前を名乗った少女の頭上には、HAR‐七と青色の字で表示されていた。それを見て、鳳牙は目の前の存在がノンプレイヤーキャラなのだと理解する。


 バーチャルリアリティゲームにあってあまりにも機械的だった事を不審に思ったが、中身がいないキャラであるのならば無感情という印象を受けてしまうのも頷けた。


「NPCがいるってことは、やっぱりここはまだCMOの中って事だよな」


 ひとまず自分以外の何かが存在することに安堵し、鳳牙はよろよろと立ち上がりながらぼそりと自分の考えを口にした。それはただの独り言で、誰かに対する問いかけの意味は無かった。しかし、


「lib。正確には、私は当該ゲームにおけるノンプレイヤーキャラとは異なります。が、ほぼ同じものとお考え下さい。最後の質問に関しては『はい』と回答させて頂きます」

「な……」


 鳳牙はメイド姿のノンプレイヤーキャラを驚愕の視線で見つめる。


 ノンプレイヤーキャラは決められた台詞を決められた手順で返すように設定されている。特定の語句を含む話を振った場合に特殊な反応を返すキャラもいるが、今の鳳牙の独白のように特に意味もない言葉に対して明確な意味を持った言葉を返せるはずが無かった。

 加えて、今の回答は二つに分けて為されている。自身の位置付けと、鳳牙の現状について。


 それはまるで人間同士で会話をしているような自然さだった。普通のノンプレイヤーキャラに出来るものではない。


「な……なんなんだよ、お前……」


 一瞬、ノンプレイヤーキャラの振りをしている運営側の誰かなのかと考えたが、鳳牙はすぐにその考えを否定した。

 仮に運営側の人間であったとして、こんな事をするメリットを思いつけなかったためだ。ゲームを怖がらせるような真似をする必要性など、どこにも無い

 そう考えた鳳牙は、得体の知れない恐怖に犯されて後ずさる。目の前にいる存在が、急に恐ろしいもののように思えた。


「lib。すでにお伝えしました通り、私は識別番号HAR‐七と申します。ウォンテッドネーム『銀狼』の鳳牙様。貴方様をお待ち――いえ、お迎えに上がりました」


 先ほどと同じように、透明で無機質な声と共にHAR‐七という名称のノンプレイヤーキャラは鳳牙に向かって頭を下げる。


「HAR‐七? ウォンテッドネーム? 迎えに来たって、どういう事なんだよ! お前なんなんだよ!」


 わけが分らず、鳳牙は声を荒げた。状況が飲み込めす、気分が落ち着かない。

 しかし、そんな鳳牙と対照的にメイド姿の少女は表情一つ変えることなく、


「lib。順に説明させて頂きます。HAR‐七は私の識別番号になります。私の名前と思っていただいて構いません。ウォンテッドネームに関しては後ほど説明させて頂きます。ただいま各地に散っております方々をあるエリアにご案内させていただいております。そちらへは――」


 メイド少女――HAR‐七が左手を横に伸ばして何かを撫でるようにスライドさせる。すると、地面から半透明の何かが突き出し、次の瞬間には鳳牙のよく知るエリア間を移動するためのトランスポーターが出現していた。

 半透明の青いそれは垂直に立った幾何学模様をしており、ふわふわと浮いたり沈んだりしつつくるくると回転している。


「こちらのトランスポーターよりご入場下さい。最後の質問ですが、私は識別番号HAR‐七と申します」


 全てを言い終えて、HAR‐七は静かにお辞儀をした。

 完璧な会話だった。鳳牙の口走った言葉一つ一つに明確な回答をしている。


「……お前、ただのNPCじゃないよな?」

「lib。私は鳳牙様の知識にあるノンプレイヤーキャラとは異なります。我々に関する詳細なご説明も、こちらのトランスポーターからご入場していただく先でご説明させて頂きます」


 ちらりと視線を向け、HAR‐七は鳳牙に対してトランスポーターの利用を促がしてくる。


 やや頭の冷えてきた鳳牙はそんな相手の態度はひとまず無視し、事態の観察に努める事にした。

 人間と大差の無い会話能力を有する青字キャラ。ノンプレイヤーキャラのようで全く違う。何もない場所にトランスポーターを出現させた事といい、システムをある程度いじくれる存在である事に間違いは無い。

 鳳牙の頭に思い浮かんだのはやはり管理者権限を有するゲームマスターだが、その可能性はすでに自分で否定している。こんな事をするメリットが無い以上、目の前にいるメイド少女はゲームの運営とは別の何かが関わっている可能性が高い。


 ――特に今はログアウトすら――


「っ! そうだログアウト。ログアウト出来ないのは何でだ!?」

「lib。そちらに関する説明も、ご入場頂いた後でご説明させて頂きます。鳳牙様で最後になりますので」


 HAR‐七が再びトランスポーターを指し示す。その淡々とした対応に鳳牙は再び苛立ちを覚えるが、すぐに頭を振って怒りを押さえ込む。


 ――これ以上の問答は意味が無さそうだな。


 先ほどHAR‐七は鳳牙を迎えに来たと言った。ならば、鳳牙が相手の誘いに応じない限りは話が進まないという事になる。

 不可思議な事だらけな上、現在位置は見渡す限りの荒野。見える範囲には目標となりうる物も無く、ただ鳳牙とメイド少女とトランスポーターがあるのみ。加えてログアウトする事も出来ないとなれば、今はもう先に進んでみるしかない。


「……分かったよ。行けばいいんだろ? 行けば」

「lib。ご協力感謝いたします」


 HAR‐七が深々と頭を下げた。


 そんなHAR‐七の様子を見て、ふと、鳳牙の脳裏に誰かの姿がよぎったような気がした。ほんの一瞬だった上に映像がぼやけてまるで判別出来なかったが、妙に気になった。だから――


「なあ」

「はい」

「お前、前にどこかで会ったか?」


 気が付いた時には三流以下の口説き文句のような事を言っていた。


「………………」


 問われたHAR‐七は変わらず無表情のまま鳳牙に視線を向け続けている。沈黙がやけに痛かった。


 とんでもないことを口走った事を理解し、鳳牙は自分の顔にぴりぴりとした熱を持った。そうして何か取り繕う言葉を言おうと口を開きかけたところで、


「いえ。私と鳳牙様とは初対面のはずです」


 言葉尻の部分だけ何故か視線を逸らしながらHAR‐七が言葉を返してくる。


 結局さらりと流された事もあって、鳳牙はすぐに落ち着きを取り戻し、先ほどからもう一つ気になっている別の事を質問してみる事にした。


「……なあ」

「はい」

「一つ前と今は言わなかったけど、さっきから話し始める前に言ってる『リブ』って何だ?」

「lib。ご説明いたします。こちらは『liberate(リベレイト)』という言葉を短くしたものです。動詞ですが、意味は自由と解放。我々の間では相手に対する応答、つまり『はい』や『了解』などの代わりに用いております」


 抑揚の無い声で、HAR‐七が答える。


 何かの意図を持つ言葉だろうか、と鳳牙は考えた。ログアウトする自由を失い、CMOというゲームに囚われている今の状態を盛大に皮肉っているとしか思えないためだ。


 そして、頭に血が上っている時は気にも留めなかったが、相手の言っている『我々』という言葉も気になる。

 我々というからには、目の前のメイド少女以外にも複数名が今回の件に関わっているはずであった。また、鳳牙で最後という事は必然的に他にも案内されている誰かがいるという事になる。


 鳳牙の脳裏を最後に一緒にいた三人の姿が掠めるが、頭を振ってその映像を消し去った。

 知り合いが巻き込まれていればいいなどという考えは持つべきではない。むしろ巻き込まれていなければ助けを求められるかもしれないのだから。


「どうかなさいましたか?」


 HAR‐七が無表情のまま首を傾げている。


「……いや。行こう。案内してくれ」

「lib。ではこちらへ」


 HAR‐七に先導される形で、鳳牙はトランスポーターに向き合う。


 ――そうさ。行くしかないんだ。


 覚悟を決め、鳳牙はトランスポーターに触れる。


 景色が暗転し、数秒の間を置いて、新たな景色が生まれた。



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