9.明暗分割 明日への希望
空気が重い。オレンジ色のランプの明かりに照らされた室内。余っている二部屋を本拠地改造で一つの部屋にして設けられた会議室の雰囲気は、端的に言って最悪だった。
席に着くのは『真理の探究者』である鳳牙、フェルド、アルタイル、小燕、御影の五名と、新規に加わったステラ。そして『秘密の花園』からギルドマスターのハヤブサの計七名である。
最悪の雰囲気というのは、その場にいる者たちの仲が悪いだとか、環境が劣悪だという意味ではない。
時間にして一時間ほど前、異端者の最果てのホームポイント付近で起きた騒動に加え、御影のもたらした現実世界の情報が全員に暗く重い不安の種を植え付けてしまったためだ。
「………………」
誰も、何も言葉を発しない。
なんと言っていいのか分からないというのが本音だろうかと、鳳牙は思う。
静まり返った会議室の中で、鳳牙はもう一度事の顛末を最初から思い起こしていく。
どんどらたちが去った後、鳳牙たちは本拠地に戻って早々にハルナに頼んで会議室を用意してもらい、その過程でどんどらが異端者の最果てで賞金首を殺した事について尋ねてみたのだが――
◇
「いいえ。それは不可能です。最初の説明にもありましたように、皆様賞金首に設定されている方々は、互いに戦闘行為を行う事は出来ません。また、タウンエリアと同じである『異端者の最果て』においては、そもそもそういった事が出来ない仕様になっています。それらの仕様変更に関する通知は、受けておりません」
眉一つ動かさず、ハルナは淡々と説明を行う。
だが、鳳牙たちは確かに見たのだ。いや、鳳牙たち意外にも大勢が目撃している。あの生々しさは、勘違いでも白昼夢でもありえない。
「lib。そこまで仰るのであれば、少々お時間を頂けますでしょうか? 統括メイドのミコトへ問い合わせを行ってみますので」
しつこく食い下がる鳳牙たちに、ハルナはそんな提案を出してきた。五分もかからずに問い合わせは出来るという事だったため、それならと問い合わせをかけてもらう事にする。
「lib。それではしばしお待ち下さい」
いつものようにハルナが綺麗なお辞儀をして、鳳牙たちがひとまずとわずかに力を抜きかけた瞬間――
「返答がありました」
下げていた頭を上げた直後にハルナがそんな事を言ってきたので、鳳牙たちは面食らう羽目になった。
五分程度と知らされた問い合わせにわずか五秒もかからずに返信があったのだ。鳳牙はそこに何らかの作為を感じたが、ひとまずは返信の内容を知る事が先決と、余計な事は言わずにハルナに内容の説明を促した。
「lib。返信内容を口頭にてお伝えいたします。『ノーコメント』。以上です」
「………………は?」
あまりに予想外だったハルナの言葉を聞いて、その場の誰もが一時の間絶句してしまった。
よりにもよってノーコメントただ一言である。直接の問い合わせに対する返答として、認められるはずも無い。
どういう事なのかと鳳牙はハルナに問おうとして、
「なるほど。ノーコメント、ね」
ぼそりと聞こえたフェルドの呟きに言葉を飲み込み、なにやら考え込んでいる彼の方へ視線を向けた。
その場にいる全員の注目を集めたフェルドは、すっと眼鏡を位置を直すと、
「ハルナさん。もう一つ問い合わせてくれるかな?」
「lib。何でしょうか?」
わずかにずれていた軸を几帳面にフェルドの方へ直し、ハルナが直立不動の体勢で次の言葉を待つ。
「異端者の最果てから、最初に説明を受けた五つの場所以外への転送を行う事は出来るのかどうか、って聞いてみてくれる?」
「lib。問い合わせを行います」
再びハルナが深々とお辞儀をし、
「………………返答がありました。『不可能』。以上です」
今度はやや時間を置いてから、しかし待つというには短過ぎる時間で返答が来る。
ハルナの報告を受け、
「なるほど。今度は不可能、か」
フェルドが右手で口元を隠し、ややうつむき加減になって熟考モードに入った。ピタリと動きを止めた彼の頭の中では、めまぐるしい速度で思考が渦巻いているはずだ。
鳳牙には分からなかったが、どうやらフェルドは今の短いやり取りで何か気になるところがあったらしい。
「うぬ。フェルド殿のアレが始まったで御座るな」
「アレだねぇ」
「相変わらずしちめんどくせえ奴だな」
仲間内では珍しくも無いフェルドの熟考モードだが、付き合いの浅いハヤブサとステラには何がなんだか分からないようで、
「なあ、彼どうしたのさ?」
「ねえ、フェルドさんどうしたと?」
二人同時に鳳牙へ問いかけてきた。
「物事をじっくり考える時のフェルドさんの癖みたいなものです。年の功じゃ御影さんに勝てませんけど、ずっと俺たちのブレーン役でしたから」
作戦の立案から戦闘中の指示役まで、長くヒーラーという立場を経験し続けているフェルドはパーティーの司令塔である。リアルの学力という点でも彼が一番のため、自然と考える役目はフェルドがこなすのが通例になっていた。
そのため、フェルドが熟考モードに入った場合はとにかくおとなしく待機というのが慣習である。
「…………一応仮説としては立つ、か」
時間にして十分程度だろうか。うつむいていたフェルドがゆっくりと顔を上げ、口元から手を離してぼそりとそんな事を言った。彼の中で何かが固まったらしい。
「フェルドさん、何か分かりましたか?」
「うーん。どうだろうね」
首をひねりながらフェルドが鳳牙の問いに答える。しかし、
「けど、僕らが一つ大きな勘違いをしているという事だけは分かったかな」
そう続けるフェルドの表情は怖いくらいに真剣だった。
「ほら、今さっきの二つの質問って、僕らが受けた説明だとどっちも出来ないって言われてた事だったよね」
誰ともなしに確認するようなフェルドの問いに、鳳牙はコクリと頷き、他の面々もほぼ同時に頷く気配がする。
「でも、僕らは賞金首が賞金首を殺すところを見た。これは勘違いでも錯覚でもない。過程がおかしかったけど、最終的には普通に死んでったからね」
鳳牙の脳裏に鮮烈でどす黒い赤がフラッシュバックする。死してなお色を失わなかった身体。加害者に冒涜され、ようやく消えていった被害者。
それを普通と言っていいのかは分からない。だが、確かに最終的には鳳牙もよく知る形で納まったのには違いない。多くの疑問は残っているが、そこだけは紛れも無い事実だ。
「で、賞金首が賞金首を殺せるようになったのか、と言う質問に対する返答は『ノーコメント』だった」
フェルドが右手を胸の高さまで持ち上げ、何かを示すように掌を上に向けた。
鳳牙はそれが何を意味するのか最初は分からなかったが、すぐにハルナから得た返信を示しているのだという事に思い至る。
それを証明するように、
「けど、今僕がした転送に関する質問の答えは『不可能』になっている」
フェルドが今度は左の手を右手と同じように胸の高さまで挙げ、掌を上に向けた。
最初の返答と、二回目の返答。比較するように示された二つの返答は、本来同じ答えが返って来るべきものだ。どちらも出来るか出来ないかという問いなのだから、返答も可能・不可能で帰ってくるのが道理だ。
しかし、現実には異なる答えで帰ってきた。
「と言う事は、前者の質問に対して不可能という返答は適切ではないという事になるよね? まあ、僕の仮説が正しければここでノーコメントという返答をする意図がよく分からないんだけど」
両手を差し出したままフェルドが肩をすくめる。
「まあそこは後にしよう。えっと、だからつまり、何らかの手段を用いれば賞金首は賞金首を殺す事が出来るって事に間違いはないって事。しかも異端者の最果てという、本来戦闘行為が禁止されているはずの場所でもだ」
「………………」
フェルドの口から語られた言葉が、その場にいる者たちに重くのしかかる。そして、その仮説は鳳牙が疑問に思っていたもう一つの事を説明してくれるものでもあった。
「それじゃあ、あの四人組が妙にどんどらを恐れていたのは――」
「相手が制約を無視して自分たちを害する事が出来ると知っていたからだろうね。どんどらが誰かのヒットポイントにダメージを与えるところを見た事があったんじゃないかな」
そのフェルドの推測は、鳳牙とまったく同じものだった。どういった理由からなのか、どんどらは他の賞金首を攻撃する事が出来る。
そしてあの四人がやけを起さなかったところを見るに、どんどらに対してあの四人は攻撃をする事が出来ないのだろう。加えて、異端者の最果てではほとんどのスキルが使用出来ない。そこには防御系のスキルも含まれている。
すなわち、あの場において彼らにどんどらの攻撃から逃れる術など無かったのだ。
安全圏と言われているはずの場所で、特定のプレイヤーによるプレイヤーキルが可能という事実。そんな事実が広まりでもしたら、異端者の最果てはとんでもない事になってしまうだろう。
――いや、あの場面を目撃したのは俺たちだけじゃない。
鳳牙の記憶の限りでは、少なくとも十三人。ギルドタグを付けたプレイヤーがいた事も考えれば、今頃はもうほぼ全てのプレイヤーの耳に入っているはずだ。
「……『宴』が急速に勢力を伸ばしたのは、それのせいって事か?」
腕を組むように自分の両肘を掴んでいたハヤブサが、ふと何かを思い立ったように顔を上げた。
「考えてもみな。本人の弁じゃないが、『宴』は有象無象のプレイヤーの寄せ集めギルドなんだ。あたしんとこみたいに総意の思惑があるわけでも、あんたらんとこみたく前々からの知り合いってわけでもない」
全員の視線が集まる中、過去の経験を思い出しながらだろうか、ハヤブサがどこに焦点を当てるわけでもなく言葉をつむいでいく。
「どうにもおかしいと思ってたんだ。何でそんな統率の取れていないはずのギルドが集団戦、しかも他人を囮にするなんて反吐が出るような真似が出来るんだろうってさ」
ハヤブサの言う事は鳳牙にもよく分かる。野良パーティーに参加した場合、一パーティー程度であれば即席の連携でもどうにかなるが、二パーティー以上になると途端にぐだぐだになる場合が多い。
もとより集団戦に慣れていないプレイヤーで構成されたパーティーでは、それぞれが勝手に動き過ぎるのだ。その結果は五足す五が七、下手をすれば四以下に減じてしまう事を意味する。
故に統率の取れない集団は、その半分の統率の取れた集団に劣ってしまう事が少なくない。
「けど、さっきみたいにどんどらの奴が絶対的な恐怖でギルドをまとめているのなら、納得はいくさ。だれだって死にたかない。自分が死ぬくらいなら他人をどうにかしてでも生き残りたいだろうからね」
ギリッ、とハヤブサが奥歯を強く噛んだのを鳳牙の聴覚が捉える。最後の方が感情的になりかけていたので、落ち着けているのだろう。
死の恐怖を持って、一人のプレイヤーが大集団を確実に統率出来るのであれば、それはもう強大な武器だ。統率の取れた集団には同数の統率の取れた集団か、倍以上の人員を要する。
「なるほど。ハヤブサさんの言う事にも一理ある。でも、なんでわざわざ見せたんだろうって疑問が残るんだよね」
フェルドが眉をひそめつつ唸る。
どんどらの行為はまさに公開処刑とでも言うべき行為だ。そして、公開処刑とは見せ付けるために行うものである。その意味で、あの事件は正しく機能したと言っていい。
「うぬ。身内を縛るために見せ付けるのであれば、何もあのような公衆の面前でなくともよいで御座るからな。さすれば、あの行為はやはり外部の者に見せ付けるための行為であったと考えるのが妥当で御座ろう」
そんなアルタイルの発言に対し、
「でもでも、それを見せちゃったら危ない人って警戒されちゃうよ? 隠しておいた方が色々便利じゃない?」
「そうばい。よりにもよってな事ばってん、ばらす意味がなかとよ」
小燕とステラの女子組みが疑問を呈するが、
「いや、そうでもないぜ」
ここへ来て御影が口を挟んだ。
「俺もさして詳しかないが、ここで言うギルドってな、普通とはちっとばかし違えんだろ? 一度所属すると鞍替え出来ないんだったか?」
最後の言葉はただ一人席に着かず、部屋の隅の方で待機しているハルナに対してのものだ。
彼女は小さくお辞儀を返し、
「lib。所属ギルドの途中変更は認められません。設立、もしくは加入の時点で所属ギルドは固定されます」
御影の質問に答えた。
異端者の最果てにおけるギルドに通常のギルドとは別の制約が設けられている事はすでに周知である。正直なところ、いまさら確認するべき事でもないと鳳牙は思う。
「って事はだ。もうすでにフリーの賞金首がいないとすりゃあ、普通に考えれば個々のギルド人員は減る事はあっても増えはしねえって事にならあな」
だが、御影は変わらずに当たり前の事を再確認していく。
そんな彼の行為に鳳牙は内心で首を傾げるのだが、
「ええ。まあそうですよね。一度加入したギルドを脱退出来ないとなればどうしようも――あ、そうか」
同調していたフェルドが急に言葉を切ったかと思うと、何かに気が付いたようにぽんと手を打ったのだ。
「え?」
「うぬ?」
「お?」
「なん?」
その急変に鳳牙、アルタイル、小燕、ステラの四人は付いて行き損ねたのだが、
「ああ。そういえばそんな仕様があったねえ。普通には使わないからすっかり忘れてたよ」
唯一ハヤブサだけがすぐさま何かを思い出したようにフェルドと同じく手を打った。
そんなそれぞれの反応を確認して、
「ギルド作る時に聞かれたんだがな。まあギルドにゃあ同盟と敵対と傘下ってえ設定項目があんだよな?」
御影が再びハルナに問いかけた。
「lib。僭越ながら皆様に唯一関係のある『傘下』に関して簡単にご説明させて頂きます」
ハルナが今度は深くお辞儀をして、宣言通りに説明を始める。
「ギルド設定を傘下にするには、他ギルドを指定して傘下申請を受理してもらう必要があります。傘下申請が受理されると、申請ギルドは被申請ギルドの傘下になります」
傘下とはつまり属国と同じ意味である。本来対等であるはずのギルド同士に上下を区別をつけるというわけだ。
「被傘下ギルドのギルドマスターは、傘下ギルドに対しギルド倉庫の解放権限を有します。つまりは、傘下ギルドの倉庫から自由に資金やアイテムの出し入れが出来るという事になります」
つまるところ、傘下ギルドは被傘下ギルドに無断で倉庫内のアイテムやお金を持っていかれても文句は言えないという事になる。
この特性を利用して複アカウントで一人ギルドを結成し、メインの傘下に収める事で安価に倉庫枠を拡張するプレイヤーも多い。
だが、今回はそういったプレイヤー間での一般論ではなく、ゲームシステムとしての一般論での傘下という事になる。つまりは――
「そういう事情を考えるんなら、そのどんどらって奴がわざわざ人前で誰かを殺して見せたのは周囲に対する脅しってわけだな。今頃一パーティの五人にも満たないくらい人数の少ない弱小ギルドを脅迫でもしてんじゃねえのか?」
御影の言う通り、どんどらの能力があれば他のギルドを『宴』の傘下に置く事は難しくないだろう。
だが、と鳳牙は思う。
――仮にそれが目的だとして、何でどんどらはそこまでして人を集めようとしてるんだ……?
どんどらの言葉通りであれば、『宴』はすでに二十人を超える人員を有している事になる。いくら恐怖で統率出来るにせよ、人数が多ければ多いほどに足並みを揃えるのは容易ではない。
「うーん。正直、今の段階じゃ何も分からないな。とにかくしばらくは『宴』の動向に気を配るしかないと思う」
ひとしきり全員で悩んだ末、フェルドの一言によってとりあえず『宴』関連の話題は保留という結論に達した。すると、
「ん。一応この話は終いって事でいいんだよな?」
念を押すように御影がフェルドに確認を取っている。
そんな御影の様子に軽く首をひねりながらも、フェルドがコクリと頷いた。
「よし。だったら、俺からの報告をさせてもらうぜ」
言いながら、御影は懐からキセルを取り出すと、慣れた手つきでタバコに火を付け、軽く吸ってから話を始めた。
「まずは鳳牙。お前の言ってたアクセスポイント喫茶なんだがな、別の店に変わってたぞ」
「…………え?」
あまりにもさらりと言われてしまったため、鳳牙は一瞬御影の言っている意味が分からなかった。
何度か頭の中で反芻し、ようやく御影の言った事の意味を理解し、さっと血の気が引いていく感覚を味わった。
「そ、それじゃあ――」
「ああ。当然だがお前はいなかった。ついでに前の店でも働いてたっつう受付の兄ちゃんに先月の六日に変わった事がなかったかも聞いてみたが、何もなかったみてえだな」
頭をハンマーで殴られたような衝撃を感じる。思考が真っ白になり、一時の間何も考える事が出来なくなった。
――あのアクセスポイント喫茶が、なくなっている?
ややあってから御影の言葉を反芻するが、どういう意味なのか分からなかった。なにせ鳳牙はもう一ヶ月、実際には二ヶ月間もCMOに閉じ込められているのだ。意識がゲーム中にある以上、鳳牙の肉体はあの日のバーチャルリアリティ機器の中に取り残されていなければならない。
だというのに、あるべき場所にあるべきものがないと御影は言った。ならば鳳牙の身体は、現実世界の肉体はどこへ消えたというのだろうか。
「でよう。ちっとばかし気になる事があったんでな。鳳牙以外の連中に聞きたい事がある」
続く御影の言葉に、考えに没頭していた鳳牙ははっと現実に引き戻される。見れば、御影は鳳牙への報告を聞いて同じように驚いていた他のメンバーに視線を移していた。
そうやって全員の注目を集めた御影は、
「店の位置と名前は言わなくていい。東京近郊にあるってんなら今なら確認にも行けるが、まあ無駄だと思うんでな」
再度キセルをゆっくりと吸い、
「で、だ。俺が聞きてえのは、お前らが揃って意識飛ばした時にどこからログインしてたかって事だ。まず聞いておくが、自宅からって奴はいるか? いたら手を挙げろ」
煙を吐き出すと同時にそんな問いかけをした。
問われた面々は互いに顔を見合わせるも、誰も挙手をしない。
唯一ハヤブサだけが職業年齢共に不詳だが、最年長でも大学生である『真理の探究者』には、自宅にバーチャルリアリティ機器を構えられるような者はいない。
「ふん。じゃあ次だ。鳳牙と同じくアクセスポイント喫茶からって奴はいるか?」
それを確認した御影が軽く鼻を鳴らし、今度はそんな質問をした。
すでに質問の対象外である鳳牙は、御影と同じく他のメンバー全員をぐるりと見回してみたのだが――
「え……」
今度は全員が手を挙げていた。質問者の御影と除外対象の鳳牙を除く、その場にいる関係者五人全員が揃って手を挙げたのだ。
その様子を見た御影が再びゆっくりとキセルを吸い、今度はため息混じりに煙を吐き出したかと思うと、
「……最後だ。その中でそのアクセスポイント喫茶がゲーム企業の出資で経営されているところだったって奴は手を挙げたままにしろ」
半ば投げやりとも思えるような調子で最後の質問をした。
その結果は――
「……あれ? みんなも?」
「うぬ。奇遇に御座るな」
「あたしまだちゅーがくせーなので節約必須」
「うちも空いてる時はなるべく」
「いや、これ奇遇とかで片付けていいの?」
全員が手を挙げたままだった。
鳳牙を含めれば、六人中六人。確率十割である。
「……ふん。やっぱりか」
それを見て、御影ががりがりと頭をかきむしっている。彼はどこかいらいらした様子でくわえていたキセルを手に取ると、
「おい武者娘。ギルドチャットで今のと同じ質問をメンバー全員にしてみろ」
ビシッとキセルでハヤブサを示し、有無を言わさずに指示を出す。
その勢いに押されたハヤブサが、少し慌てた様子でなにやら空中を撫でたり突いたりしていたかと思うと、次の瞬間にはその顔に驚愕の表情を貼り付けた。
「……なんて事なの……」
呆然として様子でポツリとそう呟き、
「皆同じ。こっちも全員、ゲーム企業出資のアクセスポイント喫茶からバーチャルリアリティログインしてる」
そう報告して来た。
確認した十二人中十二人。確率、いまだ十割。
これはもはや偶然ではない。偶然と、言ってはならない。
「ふん。最悪だな。ああ、最悪だ」
御影がコンコンとキセルでテーブルを叩いている。ハヤブサの報告によって、その機嫌はさらに悪くなっている様に見えた。
何故彼がそこまで不機嫌になっているのかは分からないが、とても話しかけ辛い雰囲気である。
鳳牙としてはまだ聞きたい事があるのだが、うまいきっかけが見つからない。
「あー、それとだ。この話にはもう一個おまけがある。俺自身もネットで確認したんだが――」
そこで付け加えるように語られた御影の話は、鳳牙たちを更なる驚愕の渦に突き落とした。
「……それじゃあ、少なくともこの場にいる賞金首は、全員がゲーム企業出資のアクセスポイント喫茶からログインしていて、しかもそのアクセスポイント喫茶はもうすでに別のものに変わってるって事ですか?」
御影の話を聞き終えた段階で、すぐさまフェルドが確認を取る。
「日本全国確認したわけじゃないが、そうなるんだろうな」
御影がため息混じりの肯定を返した。
鳳牙の耳が誰かの息を呑む声を捉えるが、それが誰なのかを確認しようと思う気持ちは涌いてはこない。
鳳牙が頼み、御影によってもたらされた現実世界の情報は、多大なる衝撃と謎をもたらす結果になってしまった。
誰一人として、それ以上言葉が出てこない。
もとよりあやふやで明確な状況が不明だった現実世界だが、明確な情報を持って未だあやふや、それどころか余計にわけが分からなくなってしまっている。
鳳牙はこれまでの話を再度思い返してみるが、それは徒労に終わった。
何度思い返したところで新しい発見などあるはずもないのだ。
御影のもたらした現実世界の情報は正確だったが、その量が足りなかった。議論をするにもあまりに材料が無さ過ぎる。
加えて、あまりに不可解過ぎて全員の思考がショート寸前という事もある。肉体の所在が不明という事実が鳳牙だけに適用されるなどと楽観視が出来る者はこの場にはいない。
等しく全員が、言いようもない不安を抱える事になった。
「さすがにここまでやっておいて今の状況がお前らの狂言だとも公式の発表通りだとも思いはしねえよ。二ヶ月前からの事を一般人の俺がちょっと調べてみただけで、胡散臭さが普通じゃねえ。ま、それも俺がお前らの話を聞いていたってのが大半だがな」
腕を組んで背もたれに体重を預ける御影が、重々しく息を吐き出した。
「が、正直なところ現状で手詰まりだ。俺も一介のプレイヤーに過ぎねえんでな。運営元であるアストラルアーツ社を調べてみるべきなんだろうが、生憎その手段が思い浮かばん」
CMOの運営元であるアストラルアーツ社は、各種工学関係の大手企業だ。人工知能によるバウンティハントなどというイベントがすんなり受け入れられているのも、会社としてのブランドネームによる影響が強い。
物理的なセキュリティはもちろん、世界最高峰のサイバーセキュリティシステムが導入されている事もあって、生半可な事では探りを入れる事など不可能な話だった。
「つってもまあ、実を言うとそこに関してはみ――ああいや、マリアンナが何かしら伝手があるって言ってたんでな。早々に話す席を設けようと思っている。あいつも――」
ふと、そこで御影が急に視線をステラへ向け、
「そこの魔女娘に会いてえだろうしな」
わずかに目を細めつつ、口元をわずかにほころばせた。
マリアンナはステラが所属していた『時計塔の魔女』のギルドマスターの名前である。クローズベータ時代からプレイしているらしく、御影とはリアルでも知り合いであると鳳牙は聞いていた。
「うん。うちもマスターに会いたいばい」
少し節目がちに、しかしステラも顔をほころばせている。
件のギルドマスターとは鳳牙も何度か会って話した事があるが、なんと言うか実に包容力のある女性だった事を覚えている。母親とは少し違う、けれど暖かく見守ってくれそうな。そんな感じだろうか。
小燕はもちろん、フェルドやアルタイルもマリアンナに対して好意的だ。不安な事が多くなってしまった今、彼女と会える機会というのは貴重である。
「まあそ――っと、噂をすればだな。向こうで調整が付いたらしい。……あ、日時は明日の午後を指定されているが、場所はどうする? ここにするかそれとも外にするかだが?」
「……ここ、と言いたいところですけれど、出来ればここではない方がいいと思いますね。必要以上にこのエリアの存在を外部に漏らすべきじゃないと思います。御影さんもそう思ったから、まだマリアンナさんにここの事は教えていないんでしょう?」
御影の問いに対し、わずかに逡巡したフェルドがそう返答する。
異端者の最果ての存在は、まだ一般プレイヤーには知られていない。それは御影のようにこのエリアに招待された一般プレイヤーが今のところ皆無であるせいだ。
公式発表で賞金首とパーティーを組めるという事はアナウンスがなされているが、一般プレイヤーの多くは賞金首討伐に重きを置いているし、賞金首たちは賞金首たちで撃退マーク集めに躍起になっている。
現状では完全に敵対している状態なのだ。一般のプレイヤーがここへやってくる事は当分ありえないだろう。
「ああ。あいつにはお前らの事情に関してだけ話してある。……そうだな。毎度毎度というのもどうかと思うが、カルテナの森にある俺の工房がいいだろう。個人ホームだから出入り制限もかけられるし、いざとなりゃ一回だけしか使えんが、ホーム破棄で中にいるプレイヤーをホームポイントに強制送還って手段もある」
フェルドと御影の間であれよあれよと予定が決定していく中、しばしそんな様子を傍観していたハヤブサが、
「あー、その席ってあたしも参加していいのかい?」
おずおずと手を挙げながら発言する。
それに対し、
「構わねえだろうぜ。むしろ情報は多い方がいいだろう。あんまり大勢でもしょうがねえが、まあ二人くらい連れてくる分には道中何かあっても対処出来んだろ。こっちから一人出せば四人四人で二パーティー組めるからな」
御影が了承の意を伝える。
鳳牙としてもその意見には賛成のため、口を挟まなかった。他のメンバーにしてもそれは同様だろう。
「了解だ。それじゃあ、何か変更とかあったら【ささやき】よろしく。あたしは今の話をうちのメンバーにしてくるとするよ」
それじゃ、と軽く手を振って、紅鎧の女武者は黒髪のポニーテールを揺らして颯爽と去っていった。その去り方が実に様になっていて、小燕とステラが「格好いい……」と小さく声を漏らしていた。
「よし。これで連絡事項は終了だな。悪いが俺はこれで落ちるぜ。旅先なもんでな。自分用にカスタマイズしてないバーチャルリアリティ機器は肩がこっちまう」
コキコキと首を右へ左へさせる御影は、確かに疲れているようだと鳳牙は思った。
「御影さん。わざわざ調べてくれてありがとうございます」
だからというわけでもないのだが、鳳牙はテーブルに打ちつける勢いで御影に頭を下げる。
「ふん。あん時の勝負の条件に従ったまでよ。お前自身で勝ち取った権利だ。礼を言われるような事じゃねえ」
対して御影は、小さく鼻を鳴らすのみだ。本当に大した事をしたわけではないと考えているのだろう。
「それでも、ありがとうございます」
一度顔を上げた鳳牙は、再度深々と頭を下げた。本当は言葉だけでは表現出来ないほどに感謝している。だが、今の鳳牙には言葉以外に御影に伝える手段は無い。
だから、嘘偽り無く心からの礼を述べるのだ。
「……ふ、ふん。そうかよ。まあ、いい。とにかく今日はこれで落ちる。明日は昼から顔を出すから、午前中は適当にやっとけ」
鼻を鳴らしながらぷいっとそっぽを向いた御影が、次の瞬間には音も無くその場から消え去ってしまった。ただ、彼のキセルから立ち昇っていた紫煙がわずかばかり残るのみである。
それはつまり今いる場所が確かに現実で、しかし仮想の世界であるという証だった。
ログアウト。それを許されない鳳牙たちは今日という現在を、明日という未来をこの仮想の世界で過ごして行く。
腹が空けば物を食べ、眠くなれば睡眠をとる。
当たり前の行為を、当たり前ではない場所で。
自分という確かな存在すら不確かなものになってしまっているのだとしても、このいつまで続くとも分からない世界を生きて行かなければならない。
すっと、鳳牙は静かに席を立った。そのまま窓辺に近寄り、偽物の硝子越しに夜空を見上げる。
その日もまた、ありえないほどに美しい、銀の満月が浮かんでいた。